第8 回 オープンイノベーションと経済 その 2) ·...

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1 8 回 オープンイノベーションと経済(その 2) 1. オープンイノベーションの考え方 (1) 研究開発-製品化サイクルの変化 1 「自前主義」的イノベーション (出所)Chesbrough(2003) 1 (邦訳 p.5.)・研究開発投資…自社のリソースを使う ・新技術の発見…自社でアイデアを発見 ・新製品の販売…自社でマーケテイング ⇒自社の研究開発行動により利益が増大するのだから、研究開発投資の規模を拡大し、技 術に関する知的所有権は防衛する必要がある。 2 「自前主義」の崩壊 (出所)Chesbrough(2003)(邦訳 p.8.)1 Cf.Chesbrough,Henry W.(2003)Open Innovation,Harvard Business School(大前恵一朗訳『OPEN INNOVATION産業能率大学出版部、2004 ).

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Page 1: 第8 回 オープンイノベーションと経済 その 2) · ⇒オープンイノベーション下では外部技術を利用し、企業内部の技術と結び付け競争優位

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第 8 回 オープンイノベーションと経済(その 2) 1. オープンイノベーションの考え方 (1) 研究開発-製品化サイクルの変化

図 1 「自前主義」的イノベーション

(出所)Chesbrough(2003)1、(邦訳 p.5.)。

・研究開発投資…自社のリソースを使う ・新技術の発見…自社でアイデアを発見 ・新製品の販売…自社でマーケテイング ⇒自社の研究開発行動により利益が増大するのだから、研究開発投資の規模を拡大し、技

術に関する知的所有権は防衛する必要がある。 図 2 「自前主義」の崩壊

(出所)Chesbrough(2003)、(邦訳 p.8.)。

1 Cf.Chesbrough,Henry W.(2003)Open Innovation,Harvard Business School(大前恵一朗訳『OPEN INNOVATION』

産業能率大学出版部、2004 年).

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・技術者によるベンチャー設立…熟練労働者の流動性の高まり ・ベンチャーキャピタルの存在…ベンチャー設立を資金面でバックアップ ・株式公開・買収…成功したベンチャーは継続的に同種の研究開発を行うとは限らない。 ⇒新技術の発見が利益を必ずしも約束しなくなり、「自前主義」的な研究開発サイクルが断

ち切られる。 (2) 研究開発-製品化サイクル変化の背景 ・労働者の流動性上昇 ・従業員の知的レベルの向上 ・ベンチャーキャピタルの存在 ・市場競争の激化 ・情報化の進展⇒企業と市場(内と外)との垣根が低下することを連想せよ。 (3) クローズドイノベーションとオープンイノベーション

図 3 クローズドイノベーション

(出所)Chesbrough(2003)、(邦訳 p.6.)。

⇒研究と開発は一体となっており、研究は選別過程を経て開発が行われ市場へと至る。 ⇒研究はあくまで自社領域内で行われている。

図 4 オープンイノベーション

(出所)Chesbrough(2003)、(邦訳 p.9.)。

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⇒企業の境界線にゆらぎが生じ、自社以外の研究成果いわば外部資源と自社資源とを結び

付けることで付加価値を作り出している。 ⇒自社内では市場へ至らなかった研究成果は外部へと公開する。 ⇒「伽藍とバザール」との対比に表れているように、オープンソースのビジネスモデルは

オープンイノベーションの概念が前提。 2. オープンイノベーションの実際 (1) P & G(コネクト+デベロップ)2

(出所) https://www.pgconnectdevelop.jp/index.php

2 Cf.小高久仁子(2010)「「50%のイノベーションは外部から」のオープンスタンス」『週刊エコノミスト』臨時増刊 8/9号、毎日新聞社、pp.54-56。

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・社外の資源を自社の資源と結び付け製品開発 ⇒A・G ラフリーCEO(2001 年当時)「50%のイノベーションは外部から」 ・自社の資源を外部へと公開するプラットフォームを提供 (2) オープンソースにみるオープンイノベーション

図 5 Linux カーネル 2.6.30 以降のコード変更に対する貢献

(出所)The Linux Foundation(2010)『Linux カーネル開発』、pp.13-14。

図 5 から読み取れること 変更件数に対する貢献数は None(所属企業の支援なし)が最多であり草の根レベルでの開

発をうかがわせるものとなっているが、Red Hat、Novell 等はむろん貢献割合を合計する

と約 7 割が企業によるものである。

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3. コスト構造の考察3 (1)イノベーションのコスト構造

図 6 クローズドイノベーション下のコスト構造

収益

コスト

・製品価値…製品の独自性ならびに競争優位を反映。顧客は通常この部分に対価を支払っ

ている(Ex:独自アプリケーション、それに特有なソリューションあるいは特定のハードウェ

ア etc.)。 ・企業内技術…製品の競争優位を生み出す際に不可欠な技術。コストは企業が各自に負担

(Ex: 周辺技術の開発)。 ・企業外技術…応用開発の土台となる技術。通常は社会や経済において広く共有されてお

り、コストは広く分担される(Ex:基礎研究分野、情報通信分野では情報工学や数学 etc.)。

図 6 オープンイノベーション下のコスト構造

収益

コスト

3 Cf.Chesbrough(2003)、Bottomley,James(2010) “Is the Future Open Source and What Can I Do to Heip?”および福

安徳晃(2011)「オープンソース経済モデル~IT 産業振興に関する一考察

製品価値

企業内技術

企業外技術

製品価値

企業外技術 企業内技術

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オープンイノベーション下では… ・技術開発活動の中で企業内技術の比重が低下し企業外技術のウェイトが上昇。 ⇒オープンイノベーション下では外部技術を利用し、企業内部の技術と結び付け競争優位

を作り出す。 ⇒オープンソースではソースコードは基本的に公開されており、企業内部での技術開発コ

スト上昇への圧力は小さい。 (2) オープンソースの観点から考える

変更件数に対する貢献数は None(所属企業の支援なし)が最多であり草の根レベルでの開

発をうかがわせるものとなっているが、貢献割合を合計すると約 7 割が企業によるもの。

貢献企業の構成は Intel、Renesas、AMD、Texas Instruments 等半導体企業の支援が目立

っている。 ⇒オープンソースに対する貢献が企業の正規の業務として行われており、コミュニティの

開発成果を企業の競争力へと結び付けようとする姿勢が垣間見える。 【オープンソース三段活用】4

コスト

経済効果

・エンドユーザーとして使用(第一段階)…サーバー、web サービスなどオープンソースを企

業、個人が使用。この段階ではいわば他の商用ソフトと同じように単に「使って終わり」。 ・ビジネスで活用(第二段階)…アプリケーションソフト販売、サポート、システム構築。オ

ープンソースはソースコードが公開されているため、それを活用することで必要な機能を

拡張することが可能。ライセンス面でも他の商用ソフトと比較して、知的所有権の制約は

小さい。いわばオープソースの制約の「緩さ」を利用。 ・バグ修正やパッチ提供をはじめとしたオープンソース開発への関与、コミュニティへの

4 Cf.工内隆「Linux3 段活用節」『よしっ、Linux で行こう!』。

エンドユーザーとして使用

ビジネスで活用

開発貢献

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人的・財政的支援を通じてコミュニティと課題を共有。このことにより「集合知」による

「ネットワーク効果」が形成されて機能拡張、安定性上昇が期待されうる。この成果はユ

ーザーへと還元される。 ⇒「組み込み」という表現どおり、半導体はユビキタス時代のインフラとなっている。オ

ープンソースへの貢献は自社製品の安定性を高め製品価値向上を高めている可能性。

・CTC 奥田陽一代表取締役社長 ⇒「IT 設備投資および運用コストの削減と、競争力ある IT インフラの維持を両立するため

の投資として、クラウドコンピューティングが関心を集めており、(中略) 当社グループは、

クラウドコンピューティングサービス強化に向けた取り組みとして、サービスラインアッ

プの拡充、クラウド対応型データセンターの新設検討や専門組織、人材育成制度の立ち上

げなどを実施しました」5

・日立製作所川村隆執行役会長兼執行役社長

⇒「当社は、高信頼・高効率な情報通信技術と社会インフラ技術に支えられた「社会イノ

ベーション事業」の強化を通じ、より安定した収益基盤の強化をめざしています」6

4. 本講義のまとめ 経営戦略の方向性には「囲い込み型経営」と「オープン型経営」がある。これをイノベ

ーションに当てはめると、「自前主義的」なものとオープンイノベーションの二つに分類で

きる。 前者から後者への移行は様々な要因が背景にあるが、情報化の進展もその一つと考えら

れる。取引費用の概念を用いると、情報化進展は市場と企業、外部と内部との境界にゆら

ぎをもたらす。すなわち業務内部化と比較して外部資源の活用が相対的に有利になると考

えられるのである。 オープンイノベーションは自社資源と外部資源とを結びつける開発スタイルである。オ

ープンソースは Raymond の「伽藍とバザール」でバザールモデルとして位置づけられてい

るように、オープンイノベーションの一つとして考えられる。オープンソースの活用には

「使って終わり」のレベルからコミュニティの参加まで濃淡があるが、開発への関与の約 7割は企業の正規の業務として行われており、ここから外部のオープンソース開発の成果を

取り入れ自身の競争力向上に繋げようとする意図がうかがえる。

5 http://ctcir.ctc-g.co.jp/rose/profile/index.htm 6 http://www.hitachi.co.jp/IR/library/report/091207.pdf

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