授業研究 日本の労働の変遷と 労働をめぐる問題 ·...
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はじめに1
日本経済の停滞とともに,非正規雇用労働者の増加やワーキングプア,見せかけ店長,ブラック企業の問題など,日本の雇用環境に大きな変化があらわれている。 なぜこのような状況になったのか,労働の面から考え,よりよい社会づくりを考えるきっかけにしたい。
単元の構成2
(1) 単元名 日本の労働の変遷と労働をめぐる問題
(2)ねらい 日本や世界の労働の歴史をみて,労働のあり方,よりよい社会を考える。
(3)指導過程第1時「世界・日本の労働時間の推移,労働
問題,労働基準法・労働組合法」第2時「現在の日本の雇用状況,何のために
働くの?」(4) 評価 ① 歴史的にものごとをつかみ,自分の意見を言えたか。
② 人の意見との練り合いで社会的思考が深まったか。
③ よりよい社会づくりの目を養えたか。
第1時「世界・日本の労働時間の推移,労働問題,労働基準法・労働組合法」3
(1)産業革命後のイギリスの労働者 最初に,『アドバンス中学歴史資料』p.121に掲載されている産業革命後のイギリスの労働者のようすをみせながら,次の質問をしたい。
当時は,現在の中学生くらいの年齢の子どもたちも一家の稼ぎ手となり,食事や睡眠の時間も十分にないきびしい労働環境のなか働いていたことが読み取れる。
質問 6歳の子や18歳の人が20時間労働したら どうなるの?
質問 あなた自身がこのような労働者だったら どうする?
資料① 『アドバンス 中学歴史資料』p.121
公民授業研究 日本の労働の変遷と
労働をめぐる問題沖縄県那覇市立石嶺中学校 玉寄 義治
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公 民授業研究
産業革命によって発生したさまざまな社会問題の解決法として,生産手段の私有を廃止し,政府が計画的に経済開発をするという社会主義の思想が生まれた。この思想は,その後の労働運動に影響を与えていった。
(2)日本の労働法制 日本では日清戦争をきっかけに軍需工場をはじめとする諸工業が発達し,工場労働者の増加とともに労働問題が発生した。1911年には,工場労働者の就業制限と,業務上の疾病死亡に対する扶助制度を定めた工場法が公布された。しかし「産業の発達」と「国防」という面が強調され,今日のような労働者の保護を目的としたものではなかった。 そこで,当時の工場法と,現在の労働基準法・労働組合法を照らし合わせて,どのように労働条件が改善されたのかを比較させたい。
1911年 工場法公布(施行は1916年)。12歳未満の就業禁止(許可をえれば10歳以上は可能)。15歳未満と女子を保護職工として,1日12時間をこえる就業,22時から4時までの深夜業及び危険・有害な業務を禁止し,休日
質問 日本の工場法と現在の労働基準法・労働 組合法はどのように違うだろうか?
と休憩時間について法定。ただし,15歳以上の男子労働者には,労働時間に関する規制は設けられなかった。保護職工に限らず,工場労働者の業務上の疾病や死亡について,本人や遺族に対する扶助が規定された。
1923年 就業禁止年齢を12歳未満から14歳未満へ引き上げ,保護職工とされる年少者も16歳未満に引き上げた。16歳以上の男子労働者への労働時間の規制はいぜん設けられず。
第1条 ①この法律は,労働者が使用者との交渉において対等の立場に立つことを促進することにより労働者の地位を向上させること(略)を目的とする。第7条 使用者は,次の各号に掲げる行為をしてはならない。1 労働者が労働組合の組合員であること,労働組合に加入し,若しくはこれを結成しようとしたこと若しくは労働組合の正当な行為をしたことの故をもつて,その労働者を解雇し,その他これに対して不利益な取扱いをすること(略)。
資料② 日本の工場法
資料③ 労働組合法(抜き書き)
資料④『社会科 中学生の公民』p.147
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第2時「現在の日本の雇用状況, 何のために働くの?」4
(1)現在の日本の雇用状況 まず,現在の日本の雇用状況にはいるための導入として,次の質問をしたい。
非正規雇用とは,正規雇用以外の有期雇用をいう。非正規雇用労働者については,ワーキングプアの存在が指摘されている。
派遣労働者は正社員に比べ,仕事の種類や時間を労働者が選べる一方で,給与が少ない,雇用が不安定,キャリア形成のしくみができていないという問題がある。 次に,非正規雇用労働者が増えている理由について考察させたい。その際,社会的背景や景気動向,政府の政策や企業の方針など,多様な視点から考えるようにうながしたい。
『社会科中学生の公民』p.148に,「近年,
質問 下のグラフからいえることは何か?
質問 労働者の立場からみた派遣労働者の労働 形態のメリットとデメリットについて, 教科書p.148からまとめてみよう。
質問 なぜ,非正規雇用が増えてきているのか?
経済のグローバル化によって進行する外国企業とのきびしい競争や不況に対応するため,雇用や賃金のあり方を見直したり人件費をおさえたりする企業が増えてきました」とあるように,企業側にとって利点が多いから増えたのが非正規雇用である。 さらに,2004年の労働者派遣法改正では,製造業への派遣が解禁されるなど,規制が大幅に緩和された。その結果,派遣の悪用による弊害が目だつようになり,低賃金と不安定な雇用から抜け出せないワーキングプアの問題などへと広がった。市場原理にまかせた自由競争は万能ではないこと,そして政府の政策の一つ一つが国のあり方を大きく変えることに気づかせ,政治に目を光らせておくことの大切さについて気づかせたい。 非正規雇用労働者の増加に直面しているのはEUも同様である。EUではどのようにこの問題に取り組んでいるのかをみてみたい。EUレベルでの非正規雇用労働の法整備は1980年代に始まり,非正規雇用労働者とフルタイム労働者の均等待遇を原則に進められてきた。1997年のパートタイム労働指令では,パートタイム労働者に対し,客観的事由がない限りフルタイム労働者に劣る処遇は認められず,また,フルタイムとパートタイムとの間の転換も配慮が求められることとなった。指令を受けて,EU加盟国では,国内法の整備が進められている。 なお,EUでは労働時間についても,1週間の上限を48時間と規定している。時間外労働も含んだ労働時間であることが特徴である。2000年にはフランスで,世界で初めて週35時間労働制が施行された。
(2)何のために働くか 社会は人間同士が助け合う場であり,企業
資料⑤ 『社会科 中学生の公民』p.148
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にもさまざまな社会的責任が求められる。そこで,次の資料から働くことの意義や,企業のあり方について考察させたい。
質問 何のために働くのか,また企業のあり方 について考えてみよう?
おわりに5
この授業案は,教科書の内容に加えてさまざまな資料を取り入れて作成した,一つの提案のかたちである。生徒には,授業を通じて現在不況といわれている日本について,どのような社会をつくっていくのか,歴史をひもときながら自分の目で確認して判断をくだす人になってもらいたい。
資料⑥ 『アドバンス 中学公民資料』p.93
資料⑦ 坂本光司『日本でいちばん大切にしたい会社』 (あさ出版,2008年)より
社とは,単に経営上の数字ではなく,会社を取り巻くすべての人々が『いい会社だね』と言ってくださる会社のこと」(中略)では,伊那食品工業の経営理念にはなんと書いてあるのか。「企業は社員の幸せを通して社会に貢献すること」と高らかに謳っています。(中略)伊那食品工業が伸びてきたのは,この社是と経営理念をベースにした経営を,ブレることなく続けてきた結果といえるでしょう。③中村ブレイス株式会社 まだ日本に義肢装具のニーズがほとんどなかった時代に,過疎が進む故郷で,たった1人で創業した会社,それが中村ブレイスです。(中略)指のかたちや足の太さは,100人いれば100人すべて違います。一人ひとりのお客様に対応したものをつくらなければなりません。(中略)社員の方々の多くは,土日も仕事をしているといいます。中村さんが「休みなさい,出社してはいけない」と言っているため,こっそり出社するのだそうです。この仕事は非常に時間がかかりますが,1日早く仕上げることができれば,困っている方が1日早く助かるのです。そういう思いがあるからこそ,「休みなさい」と言われても,仕事をせずにはいられないのでしょう。
①日本理化学工業株式会社 昭和12年(1937)に設立された「日本理化学工業」は,主にダストレスチョーク(粉の飛ばないチョーク)を製造しており,50年ほど前から障害者の雇用を行っています。(中略)[当時専務だった現社長の]大山さんは「人間にとって “生きる” とは,必要とされて働き,それによって自分で稼いで自立することなんだ」ということに気づいたそうです。「それなら,そういう場を提供することこそ,会社にできることなのではないか。企業の存在価値であり社会的使命なのではないか」それをきっかけに,以来50年間,日本理化学工業は積極的に障害者を雇用し続けることになったのです。 [ ]は筆者補足
②伊那食品工業株式会社 寒天メーカーという斜陽産業のなかで,48年間増収増益を果たしてきた伊那食品工業。(中略)「いい会社をつくりましょう」これが伊那食品工業の社是です。(中略)「いい会
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