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研究員レポート：EU の農業・農村・環境シリーズ 第 15 回

（社）JA 総合研究所 基礎研究部 客員研究員 和泉真理

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日本の農業関係者に、「農業を巡る最大の課題は」と尋ねると、たいがい「担

い手・後継者不足」という答えが返ってくる。他方、ヨーロッパに農業調査に

行っても、農業者や後継者が不足しているとの話は聞かない。ヨーロッパでは

後継者問題は無いのだろうか？ドイツでの例を紹介したい。

１ ドイツのニーダーザクセン州で聞いた後継者の状況

ニーダーザクセン州は、ドイツの北西部の平原地帯にあり、ドイツの中でも

規模の大きい穀類経営や酪農が営まれている。2010 年７月にこの地で農業環境

支払い制度の調査に訪れた際、制度に参加している５人の農業者から話を聞く

事ができたので、農業後継者についても聞いてみた。

５人の農業者の経営は、耕種の専業経営では 150ha が平均というこの地域で

は、むしろ中小経営に属する。一番規模の大きいボイトナー氏（57 才）は、2000

頭の豚と 140ha の農地を経営している。70 才のマインカ氏は、兼業農家で、10ha

でこの地方特産の競技用馬 10 頭を飼育している。クーカー氏は 59 才、以前は

酪農家だったが、今では 40ha を小麦と草地にしている。ハイムゾント氏（66 才）

は、75ha の小麦、菜種、草地のほか、馬の育成を手がけている。ウィーランド

氏（66 才）は 220ha を他の農業者と共同で経営し、養豚と穀物、菜種、飼料穀

物を生産している。

同行してくれたブレーメン大学の先生から「農家で後継者がいるのは３軒か

５軒に１軒だ」と聞いていたが、この５人の農業者のうち農業後継者がいるの

は「息子は農業を勉強中だ」というボイトナー氏１人だけだ。66 才になるハイ

ムゾント氏は「自分はあと数年でやめる。息子が農業をするかどうかはわから

ない」と語っていたし、比較的規模の大きい経営をしているウィーランド氏も

「息子は他の職についている。やめたら農地は貸すよ」とのこと。

そこでニーダーザクセン州の農業省の担当者に「農業後継者は不足していな

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いのか。日本では耕作放棄地が問題となり、企業の農業参入が話題となってい

るが、ニーダーザクセン州ではそのような問題はないのか」と聞いてみた。

（自らの経営について語る、右から、ボイトナー氏、マインカ氏、クーカー氏、

ハイムゾント氏、ウィーランド氏）

担当者は「農業者が不足しているということはない」と断言した上で、次の

ような背景説明をしてくれた。

「この地域の農業経営の平均規模は、30 年前には 35ha だったが、今では 70ha

である。農家の 60%は兼業農家やホビー農家であり、30〜40%が主業農家だ。主

業農家の経営規模は拡大しており、むしろ耕地は足りないし、放棄されている

所はない。食料市場の将来をみれば、中国やインドでの消費拡大、バイオ燃料

の需要など売り先は十分にあると考えられる中、意欲的な農家は経営を拡大し

ようとしている」

農業外からの新規参入については、「いないことはないが、多くは小規模の有

機農業経営」であり、農業の世代交代は家族経営の継承がほとんどである。「農

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業の基本は家族経営だ」と、日本では担い手対策として企業参入への期待があ

るとの話に驚いていた。

同じような話は英国でも聞いた。ドイツ以上に主業農家の平均規模が大きい

英国では、農業に新規参入して 1000ha を超えるような穀物経営にまで経営を発

展させることは非常に難しい。農家の子弟による経営継承が必然であり、子弟

がいないか継承しない場合は、他の経営がその農地を吸収して規模を拡大させ

ていく。「経済全体の成長の中で、農業の競争力を維持するためには規模拡大を

するしかない。次の世代の競争力維持に必要な数の後継者がいれば良いのであ

り、全ての農家に後継者がいる必要はない」とイングランド南部の穀倉地帯で

農業普及を行う機関の職員が説明してくれた。

２ ドイツのバイエルン州の農業後継者

しかし、ヨーロッパも、平原地帯であるドイツ北東部やイングランド南部の

ように、規模の大きい主業農家が生き残り、世帯交代が進んでいる地域ばかり

ではない。山岳地域など農業条件の劣悪な地域では、若い世代の農業参入が進

まず、また、若い世代が農業を継承したくても規模や経済性から難しいという

現状がある。

ドイツ南部のバイエルン州の南側、アルプス山脈の一画はそのような山岳農

業地帯である。

紅顔の青年農業者ヨセフさんは、標高 860m の山の中で、父親とともに酪農を

営んでいる。集落には６軒しかなく、うち農業（酪農）を営むのは２軒である。

経営面積 77ha（草地が 21ha、アルム（高地）草地が 30ha、残りは林地）で搾乳

牛 35 頭、育成牛 35 頭を飼っており、育成牛は夏の間はアルム草地で放牧する

アルム農業に取り組んでいる。ヨセフ家はこの地で酪農をやって 15 世代目であ

る。農業を職業に選んだことについて彼は、

「小さい時からここで生まれ育ってきて、農業をすることは自然の流れだ。仕

事としてもとても誇りに思っている」

と語っていた。

しかし、経営自体は苦しい。息子の就農もあってか、2005 年に 40 万ユーロ（約

5000 万円）をかけて父親は新しい畜舎を建てたが、近年の乳価の暴落が大きな

負債の返済をより苦しくしている。

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このような条件不利地域の農業を、EU や国、州の農業支援策が支えている。

特に、バイエルン州は、州内に自動車メーカーの BMW とアウディの本社がある

など豊かな経済基盤を背景に、独自の手厚い農業支援策を持っている。バイエ

ルン州独自の助成金「農耕景観プログラム」（KULAP）には、家畜飼養と作物栽

培の粗放化、アルム酪農、草地奨励、伝統種の保存、農家民宿等の副業部門の

振興等のプログラムが用意され、取り組みに応じて助成が受けられる。ヨセフ

さんの経営は、アルム酪農に関する助成を受けている他、集落には景観維持の

ための助成プログラム「我が村を美しく！」が適用されている。

若い農業者を支える制度としては、州が若い農業者への農業教育を実施して

いる。バイエルン州には４７の地区農業事務所があるが、それぞれが農業学校

を併設している。農業事務所長は、農業学校の校長を兼ね、地区事務所職員は

農業学校の教員を兼ねる。この若い農業者への教育システムは 2000 年頃から本

格的に導入され、６年程度かけて農業者を育てている。20〜23 歳位の若い農業

者を対象に、最初の３年程度の見習い期間、後半 2.5 年程度がマイスターへの

研修期間となり、その間半年単位での研修が提供されている。ヨセフさんは、

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まだ見習い期間であり、今後マイスターを目指していくことだろう。

先週発表された日本の農業センサス速報によれば、この 10 年で農業就業人口

は 33%、販売農家数は 30％減少した。同様の統計をドイツの農業について見る

と、1997 年から 2007 年の 10 年間で農業従事者数は 29%、農家数は 31%減少して

おり、数値的に大きな違いはない。しかし、日本の農業就業者の平均年齢が 66

才であるのに対し、ドイツの農場所有者（農家の戸主）のうち 65 才以上の比率

は 7.5%であり、また、50ha 以上層が着実に伸びるなど、ドイツでは農業部門で

の世代交代と規模拡大が着実に進んでいる。将来の世界の市場動向も見据えた

農業経営の収益確保のための方策、農業教育のあり方など、日本の農業の参考

となる点は多い。