炎症性腸疾患の外科治療(i) 上部消化管病変への対応...

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炎症性腸疾患の外科治療(I) 上部消化管病変への対応 Crohn 病の病変に対する外科治療 横浜市民病院外科 1.はじめに 炎症性腸疾患のうち,上部消化管病変に対する外 科治療を必要とする主な疾患は Crohn 病であり, 本稿では Crohn 病についてのべる. Crohn 病は本邦で2005年度には25287名と増加 し,主な病変部位である小腸,大腸だけでなく, 上部消化管,特に胃,十二指腸にも治療を要する 症例が増加している.上部消化管病変のうち,主 に外科治療を必要とする胃,十二指腸病変の特徴, 術式,術後経過を述べる. 2.食道,胃十二指腸病変と手術の頻 Crohn 病に合併する上部消化管病変の頻度は その重症度によって異なる報告がある. 食道病変の合併は少なく,上部内視鏡検査施行 例の4.8%(23! 482例)で,アフタ様びらんが最も 多く,縦走潰瘍がこれに次ぎ,症状は心窩部痛が ほとんどであり,重症の合併症である食道気管瘻 は 1 例に認めるのみで保存的治療が行われてい 1) 胃,十二指腸病変は高頻度に見られ,初回内視 鏡検査による微小病変の頻度は75.2% 2) ,胃の竹 の節状変化54%,十二指腸の縦列びらん33% 3) ,慢 性胃炎32% 4) で,上腹部痛などを認める症例では 93%に異常が認められた 5) .胃,十二指腸病変検索 例のうち,進行した病変である幽門狭窄の累積合 併率は診断後10年で3.1%であった 1) .有症状例の うち,外科治療を必要とする頻度は37%(33! 89 例) 5) ,42%(5! 12例) 6) と高く,自験 Crohn 病腸管 手術例374例のうち,胃,十二指腸病変に対する手 術を行ったのは26例(7%)であった 7) 3.胃,十二指腸病変の病態 胃,十二指腸病変には,胃,十二指腸に発生し た 縦 走 潰 瘍 や cobble stone appearance な ど Crohn 病固有の原 発 巣(‘primary lesion’と 定 義)と,結腸病変や回腸結腸吻合部からの瘻孔な どの2次病変が(‘secondarylesion’と定義)があ る.これらの胃,十二指腸病変手術例に占める割 合は,primarylesionは30%(8! 26例),secondary lesionは70%(18! 26例)と,secondary lesion が多 かった(表17) 1)胃病変 胃では十二指腸狭窄に伴う幽門輪の狭窄以外に は外科治療を必要とする primary lesion の報告は みられない.自験例でも結腸病変,回腸結腸吻合 部再発病変からの胃瘻を各 1 例認めるのみであっ た(図1). 2)十二指腸病変 外科治療の対象は primary lesion としての狭窄 と secondary lesion としての十二指腸瘻である. (1)狭窄 Primary lesion で あ る 縦 走 潰 瘍,cobblestone appearance による線維性狭窄は十二指腸第 1 部 から第 2 部上部にかけてみられることがほとんど で,第 2 部下部から第 3 部にかけての報告例はほ とんどない.しかし,自験例のような Treitz 靭帯 近くの十二指腸第 3 部から上部空腸にかけて広範 な敷石状変化と線維性狭窄を認め,バイパス術を 47

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Page 1: 炎症性腸疾患の外科治療(I) 上部消化管病変への対応 ...炎症性腸疾患の外科治療(I) 上部消化管病変への対応 Crohn病の病変に対する外科治療

炎症性腸疾患の外科治療(I)上部消化管病変への対応

Crohn 病の病変に対する外科治療

横浜市民病院外科 杉 田 昭

1.はじめに炎症性腸疾患のうち,上部消化管病変に対する外科治療を必要とする主な疾患はCrohn 病であり,本稿ではCrohn 病についてのべる.Crohn 病は本邦で2005年度には25287名と増加

し,主な病変部位である小腸,大腸だけでなく,上部消化管,特に胃,十二指腸にも治療を要する症例が増加している.上部消化管病変のうち,主に外科治療を必要とする胃,十二指腸病変の特徴,術式,術後経過を述べる.

2.食道,胃十二指腸病変と手術の頻度

Crohn 病に合併する上部消化管病変の頻度はその重症度によって異なる報告がある.食道病変の合併は少なく,上部内視鏡検査施行

例の4.8%(23�482例)で,アフタ様びらんが最も多く,縦走潰瘍がこれに次ぎ,症状は心窩部痛がほとんどであり,重症の合併症である食道気管瘻は 1例に認めるのみで保存的治療が行われている1).胃,十二指腸病変は高頻度に見られ,初回内視

鏡検査による微小病変の頻度は75.2%2),胃の竹の節状変化54%,十二指腸の縦列びらん33%3),慢性胃炎32%4)で,上腹部痛などを認める症例では93%に異常が認められた5).胃,十二指腸病変検索例のうち,進行した病変である幽門狭窄の累積合併率は診断後10年で3.1%であった1).有症状例のうち,外科治療を必要とする頻度は37%(33�89例)5),42%(5�12例)6)と高く,自験Crohn 病腸管手術例374例のうち,胃,十二指腸病変に対する手

術を行ったのは26例(7%)であった7).

3.胃,十二指腸病変の病態胃,十二指腸病変には,胃,十二指腸に発生した 縦 走 潰 瘍 や cobble stone appearance な どCrohn 病固有の原発巣(‘primary lesion’と定義)と,結腸病変や回腸結腸吻合部からの瘻孔などの 2次病変が(‘secondary lesion’と定義)がある.これらの胃,十二指腸病変手術例に占める割合は,primary lesion は30%(8�26例),secondarylesion は70%(18�26例)と,secondary lesion が多かった(表1)7).

1)胃病変

胃では十二指腸狭窄に伴う幽門輪の狭窄以外には外科治療を必要とする primary lesion の報告はみられない.自験例でも結腸病変,回腸結腸吻合部再発病変からの胃瘻を各 1例認めるのみであった(図1).

2)十二指腸病変

外科治療の対象は primary lesion としての狭窄と secondary lesion としての十二指腸瘻である.(1)狭窄Primary lesion である縦走潰瘍,cobblestoneappearance による線維性狭窄は十二指腸第 1部から第 2部上部にかけてみられることがほとんどで,第 2部下部から第 3部にかけての報告例はほとんどない.しかし,自験例のようなTreitz 靭帯近くの十二指腸第 3部から上部空腸にかけて広範な敷石状変化と線維性狭窄を認め,バイパス術を

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小腸・大腸2

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図1 胃結腸瘻を合併したCrohn病症例(注腸造影検査)

図2 十二指腸第3部から上部空腸に病変を有するCrohn病症例

表1 外科治療を行った胃,十二指腸Crohn病症例の概要(n=26)

Secondary lesion(n=18)

Primary lesion(n=8)

Stomach 00Stricture 3 *0Fistula

1Gastrocolonic f. 1Gsrto-ileocolonic f. 1Gastro-colonic, jejunal f.

Duodenum 07Stricture

61st-2nd portoin13rd portion

17 *1Fistula 312nd portion103rd portion

Boundary between 52nd and 3rd portion

* :patients with 2 lesions 文献7)

必要とした稀な症例もある(図2).(2)十二指腸瘻十二指腸の primary lesion として瘻孔を形成する症例は稀で,通常は肝弯曲から脾弯曲に至る横行結腸のCrohn 病病変,または回腸結腸吻合部再発を primary lesion として secondary lesion としての十二指腸瘻が形成される(図3a,b,c)(図4).十二指腸瘻孔の部位は第 2部下部から第 3部はじめにかけてが最も多い.自験17例では第 2部3例,第 2部下部から第 3部 5例,第 3部10例であった(重複例あり)(表1).通常は瘻孔周囲の十

二指腸に広範に炎症が波及するため管状の瘻管は形成されないが,稀に明らかな瘻管を形成する例もある(図5).骨盤内近くのCrohn 病の腸管病変からの瘻孔が腸間膜を介して十二指瘻孔を形成したり(図6),小腸病変からも十二指腸瘻が形成されることもある.稀ではあるが,自験例十二指腸瘻のうち 1例は

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図3 Crohn病に合併した十二指腸瘻 文献7)

図4 十二指腸結腸瘻を合併したCrohn病症例(上部消化管造影検査)

図5 瘻管を有するCrohn病十二指腸結腸瘻

十二指腸第 2部の primary lesion から近接する第2部下部に壁内の内瘻を形成していた.

4.胃,十二指腸病変の手術適応1)胃結腸瘻

胃結腸瘻は横行結腸,または回腸横行結腸吻合部病変と胃の瘻孔で,狭窄の合併が多い.病変周囲に炎症性腫瘤を形成している例ではTreitz 靭帯近くの小腸への炎症の波及がみられる.小腸をバイパスするため下痢,栄養障害などを生ずることが多く,診断がつき次第,手術適応を行う.

2)十二指腸狭窄

十二指腸第 1部から第 2部はじめにかけての線維性狭窄に対して内視鏡的拡張術術は標準的治療として有効と報告されており8),当科では長さ3cm以上の狭窄を内視鏡的拡張術が困難なことが多いことから手術適応と考えている9).狭窄が高度,狭窄部が長いなどのために内視鏡的拡張術が不可能(図7),または拡張術を頻回に行う必要がある症例は手術適応である.

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図7 敷石状病変を伴った広範な十二指腸狭窄Crohn病症例

図8 胃結腸瘻を合併したCrohn病症例に対する手術

図6 回腸病変から腸間膜を介して生じたCrohn病十二指腸瘻

3)十二指腸瘻

十二指腸と横行結腸,または回腸横行結腸吻合部病変の瘻孔は,小腸をバイパスするため下痢,体重減少などの栄養障害などを生じ,また瘻孔周囲の炎症の波及により十二指腸病変の修復が困難になるため,診断がつき次第手術を行う.

5.手術術式Crohn 病に対する手術の原則は腸管温存を目的とした小範囲切除術である.胃,十二指腸病変はこの原則に加えて,バイパス術を行う唯一の病変である.

1)胃結腸瘻

Primary lesion である横行結腸病変,または回腸横行結腸病変の切除と瘻孔を形成した胃大弯側の病変部の楔状切除,または部分切除術を行う(図8).

2)十二指腸狭窄

手術適応となる十二指腸第 1部から第 2部の高度,または長い狭窄に対する術式は胃空腸吻合,または狭窄形成術である.十二指腸狭窄に対する狭窄形成術は縫合不全を発生すると膵液,胆汁の流出により重篤な合併症を併発する可能性があり,あまり行われない.(1)胃空腸吻合術(図9)胃体下部大弯側やや後壁よりに自動縫合器を用いて空腸を吻合する.本法では食物が胃内に停滞するのを防ぐため吻合口を大きくする目的で,

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図9 胃空腸吻合術を行った広範な十二指腸狭窄Crohn病症例

図10 十二指腸空腸吻合術

TLC100,GIA80などの縫合線が長い縫合器を用いて吻合を行う(吻合口5cm).吻合部潰瘍を防止するための迷走神経切除術の付加については意見が分かれているが,当科では胃内停滞を避けるため迷走神経切除術を行わず,術後にH2拮抗薬,または proton pump inhibitor を投与している.(2)十二指腸空腸吻合術(図10)十二指腸第 3部から上部空腸にかけての狭窄例

には十二指腸第 2部空腸 Roux-Y 吻合術を行う.自験例ではバイパス空腸への排出が十分でないことから,胃瘻から吻合部を通って空腸に経腸栄養チューブを留置し,食事摂取と在宅経腸栄養療法を行っている.(3)狭窄形成術十二指腸狭窄に対しては狭窄形成術のうち,

Heineke-Mikulicz 法,またはFinney 法が選択され,狭窄が長い例では後者が行われる.しかし,狭窄形成術を行った13例で,縫合不全を 2例,狭窄の持続が 4例,長期経過で再狭窄を 6例にみとめたとの報告もあり10),十二指腸狭窄に対する狭窄形成術施行は慎重であるべきと考えている.

3)十二指腸瘻

まず,横行結腸病変,回腸結腸吻合部などをはじめとする primary lesion を切除する.十二指腸瘻孔部は周囲に炎症を伴って広範に壁が硬化して脆弱であることが多く,これらの病変を確実に切

除し,腸管の縫合は健常な十二指腸壁で行うようにすることが重要である.この際に再建を困難にしないためできるだけ十二指腸の欠損を小さくするように注意する.当科では病変切除後の欠損が小さければ(<3cm)瘻孔部の単純閉鎖,大きければ(>3cm)単純閉鎖は困難であるため十二指腸欠損部空腸Roux-Y 吻合術を行っている11).十二指腸瘻閉鎖後には腹壁から胃を介して吻合部十二指腸に減圧チューブを留置している.(1)十二指腸瘻切除,単純閉鎖術十二指腸瘻切除後の欠損部が小さい症例では,腸管の長軸方向と直角に十二指腸壁を縫合閉鎖する.通常は全層縫合に奨膜筋層縫合を追加する(図11a,c).腸壁の浮腫が高度の例では全層一層縫合の場合もある.自験例では十二指腸欠損が3cm未満の症例で単純閉鎖術が可能であり,縫合不全は9%(1�11例)であった11).稀ではあるが,明らかな瘻管の形成される症例では瘻管を周囲から剥離後に自動縫合器で切離するだけでよい(図11b).(2)十二指腸瘻切除,空腸十二指腸Roux-Y 吻合術(図12)十二指腸瘻切除後の欠損部が大きく単純閉鎖ができない症例に対して,当科では1997年より十二

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図12 十二指腸欠損部空腸Roux Y吻合術 文献7)

図11 十二指腸瘻単純閉鎖術 文献7)

指腸欠損部を空腸と側々吻合する術式を行なっている.吻合後は食物,消化液は十二指腸空腸側々吻合部,および通常のTreitz 靭帯にある小腸を通過することになる.本法を行った自験 4例では縫合不全はなく,食事の通過障害もなく術後経過は良好であった.同様の方法で良好な結果が得られた報告もみられる12).

5.まとめCrohn 病に合併する上部消化管病変のうち,胃,十二指腸病変に対する外科治療の適応は狭窄,瘻孔である.狭窄は内視鏡的拡張術が有効でない症例に胃空腸吻合,十二指腸空腸吻合などのバイパス術,または狭窄形成術を行う.瘻孔は結腸や

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回腸結腸吻合部などの原発巣(primary lesion)から胃,十二指腸に波及した病変(secondary lesion)がほとんどであり,原発巣の切除後,瘻孔が小さい例では単純閉鎖術,瘻孔が大きく十二指腸の欠損が大きい例では十二指腸欠損部空腸Roux-Y 吻合術を行う.上部消化管病変の術後経過は良好であり,手術適応のある症例には時期の遅れがなく手術を行うことが重要である.

文 献1)浜田 勉,近藤健司,高添正和,ほか:Crohn病における食道病変.胃と腸 42:403―416,2007

2)畠山定宗,八尾恒良,松井敏幸,ほか:Crohn病の胃,十二指腸病変の長期経過―内視鏡所見の定量化による評価―.胃と腸 34:1239―1248, 1999

3)国崎玲子,杉田 昭,木村英明,ほか:Crohn病患者における上部消化管内視鏡所見と臨床因子との関連.日本消化器内視鏡学会雑誌43:1625, 2001

4)Haimel L, Karkkainen P, Rautelin H, et al:High frequency of helicobacter negative gas-tritis in patients with Crohn’s disease. Gut38:379―383, 1996

5)Nugent FW, Roy MA:Duodenal Crohn’sdisease:an analysis of 789 cases. Am J Gas-

troenterol 84:249―254, 19896)Poggioli G, Stocchi L, Laureti, et al:Duode-nal involvement of Crohn’s disease. Threedifferent clinicopathologic patterns. Dis Co-lon Rectum 40:179―183, 1997

7)杉田 昭,木村英明,小金井一隆ほか:Crohn病の胃,十二指腸病変に対する外科治療.胃と腸 42:477―484, 2007

8)松井敏幸,別府孝浩,平井郁仁ほか:Crohn病の胃,十二指腸狭窄性病変に対する内視鏡的拡張術の有用性.胃と腸 42:461―476,2007

9)木村英明,杉田 昭,西山 潔:狭窄症状をともなった十二指腸Crohn 病 6 症例の臨床像と治療成績.日消誌 97:697―702, 2000

10)Yamamoto T, Bain IM, Connolly AB, et al:Outcome of strictureplasty for duodenalCrohn’s disease. Brt J Sur 86:259―262, 2003

11)Kimura H, Sugita A, Koganei K, et al:Surgi-cal management of duodenocolonic fistulas inCrohn’s disease. Dis Colon Rectum 49:757,2006

12)Yamamoto T, Bain IM, Connolly AB,Keighley RB: Gastroduodenal fistulas inCrohn’s disease. Clinical features and man-agement. Dis Colon Rectum 41:1287―1292,1998

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