吸着熱除去によるデシカント空調プロセスの低温度駆動 ―断 …pass honeycomb...

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654 日本機械学会誌 2007. 8 Vol. 110 No. 1065 吸着熱除去によるデシカント空調プロセスの低温度駆動 ―断熱除湿限界の克服― 1. はじめに 快適空間を得るには湿度制御も重要 であることは認識されつつあるが, 「除 湿モード」は冷房操作よりも多くのエ ネルギーを消費することはあまり知ら れていない.本稿で紹介するデシカン ト空調プロセスは各種コジェネレー ションやヒートポンプ排熱などこれま で捨てられてきた熱エネルギーを除湿 操作に活用することで高品質かつ省エ ネルギー空調を実現するものである. 2. デシカント空調プロセス このプロセスは図 1 に示すようにデ シカントロータ,顕熱交換器,空気加 熱器から構成されるシンプルな熱駆動 型空調装置である.デシカントロータ として吸着材ハニカムが用いられるこ とが多いが,その低い圧力損失は空気 の大量処理に適している.その空調原 理は,まず外気が吸着材ロータで除湿 される.吸着熱発生により温度が上昇 した乾燥空気は顕熱交換 ロータで対向する室内還 気で冷却され,快適空気 となって室内に給気され る.さらに低い給気温度 が必要であれば各種冷却 装置と組み合わせる. いっぽう,顕熱交換ロー タで温度が上昇した室内 還気はさらに加熱後,吸 着材ロータに供給され る.吸着材ロータはゆっ くりと回転しており,除 湿能力が低下した吸着材 は再生ゾーンに移動して この加熱空気により再生 され,再び吸着ゾーンに 供給される.この空調原 理は 1950 年代に提案さ れたものであるが,当初 は目的に合致した除湿 ロータが開発できずに実 用化には至らなかった. 近年,シリカゲル,ゼオ ライトあるいは高分子を ベースとした吸着材ロー タが続々と開発され,さらに環境・エ ネルギー問題の顕在化と室内空気品質 への意識向上により換気型かつ除湿を 重視するデシカント空調プロセスが注 目されるようになってきた. 3. 低温度駆動のための吸着熱除去 図 1 に示した“従来型デシカント空 調機”が夏季多湿時に十分な除湿能力 を発揮するには 80℃程度の再生空気 温度が必要とされる.しかし,大規模 実証が進む固体高分子形燃料電池に組 合わせようとすると,50-60℃程度で も十分な除湿性能が発揮できるデシカ ントロータが求められる.より低い再 生温度で除湿量を稼ぐことができれば エアコン室外機排熱さえも利用可能と なり,いっそうの省エネルギーを課さ れた空調装置に与えるインパクトは大 きい. 一般に吸着材の水蒸気吸着量は相対 湿度に比例する.従来型ロータでは除 湿はほぼ断熱状態で進むため,除湿時 に発生する吸着熱により通過空気の相 対湿度はさらに低下し,空気流れ下流 域での除湿量すなわち吸着材利用率は 極めて小さくなる.よって,除湿時に 発生する吸着熱を連続的に除去できれ ば通過空気の相対湿度低下は緩和さ れ,吸着材利用率が向上し除湿性能改 善が期待できる.研究開発の一例とし て図 2 に吸着熱除去型デシカントロー (1) を示す.放射状に設置したアル ミ製のスリットの間に扇形のハニカム 吸着材が組み込まれており,スリット 内を通過する冷却用流体によって吸着 熱を除去する仕組みである.実験では 従来型に比べて,2 倍近い除湿量を達 成することができた.なお,従来型ロー タでは通過空気の相対湿度低下の影響 が大きく,吸着材の特性差は現れにく いが,吸着熱除去が進んで等温除湿に 近づくほど吸着材特性が除湿性能に反 映されてくる.たとえば,再生空気よ りもわずかに高い相対湿度領域で平衡 吸着量が大きく増加する S 字型吸着 等温線を示す吸着材は等温除湿に有利 であると考えられる. 4. おわりに 提案した吸着熱除去型ロータは,構 造が複雑であり,そのままでは実用化 は難しい.いかに簡単な仕組みで効率 よく除熱するか,「相反する課題」を 解決しなくてはならない.現在,吸着 材とシステム構成の両面から多くの研 究開発 (2) が進められている.近い将来, デシカント空調機あるいはそれを応用 した空調システムが広く普及し,省エ ネルギーと快適性の維持の両立に貢献 できるものと期待する. (原稿受付 2007 年 4 月 4 日) 〔児玉昭雄 金沢大学〕 ─ 88 ─ ●文 献 ( 1 )Kodama A., ほか , Performance of a Multi- pass Honeycomb Adsorber Regenerated by a Direct Hot Water Heating, Adsorp- tion , 11-Supplement 1 (2005),603-608. (2)例えば , 垣内・ほか,新規水蒸気吸着材 FAM-Z01 の基礎特性評価および吸着ヒート ポンプへの適応性検討,化学工学論文集, 31-5(2005),361-364. 図 2 吸着熱除去型デシカントロータと実験結果の一例 温水再生可能 加熱空気 あるいは 外気 排気 再生 ゾーン 吸着 ゾーン 乾燥空気 吸着材層 層高20cm 冷却用空気・水 (スリットを通過) 湿潤空気 ローター回転方向 上面 上面 (拡大図) 12 10 8 6 4 2 0 10 12 14 16 18 20 22 24 外気湿度[g/kg(DA)] 再生温度 従来型ロータ (シリガゲル) 606060505050熱交換型除湿ロータ 除湿量[g/kg(DA)] 室外へ排気 外気 デシカントロータ 各種排熱,太陽熱など 空気加熱器 顕熱交換ロータ 室内からの還気 快適空気 吸着材ローター 吸着材:シリカゲル,ゼオライトなど 厚さ: 0.2mm程度 空気流路:ピッチ; 2mm×4mm程度 (デシカントロータ断面の拡大写真) 25-3030-4040-6070-90図 1 吸着式デシカント空調プロセス

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Page 1: 吸着熱除去によるデシカント空調プロセスの低温度駆動 ―断 …pass Honeycomb Adsorber Regenerated by a Direct Hot Water Heating, Adsorp-tion, 11-Supplement

654 日本機械学会誌 2007. 8 Vol. 110 No.1065

吸着熱除去によるデシカント空調プロセスの低温度駆動―断熱除湿限界の克服―

1.はじめに 快適空間を得るには湿度制御も重要であることは認識されつつあるが,「除湿モード」は冷房操作よりも多くのエネルギーを消費することはあまり知られていない.本稿で紹介するデシカント空調プロセスは各種コジェネレーションやヒートポンプ排熱などこれまで捨てられてきた熱エネルギーを除湿操作に活用することで高品質かつ省エネルギー空調を実現するものである.2. デシカント空調プロセス このプロセスは図 1に示すようにデシカントロータ,顕熱交換器,空気加熱器から構成されるシンプルな熱駆動型空調装置である.デシカントロータとして吸着材ハニカムが用いられることが多いが,その低い圧力損失は空気の大量処理に適している.その空調原理は,まず外気が吸着材ロータで除湿される.吸着熱発生により温度が上昇

した乾燥空気は顕熱交換ロータで対向する室内還気で冷却され,快適空気となって室内に給気される.さらに低い給気温度が必要であれば各種冷却装置と組み合わせる.いっぽう,顕熱交換ロータで温度が上昇した室内還気はさらに加熱後,吸着材ロータに供給される.吸着材ロータはゆっくりと回転しており,除湿能力が低下した吸着材は再生ゾーンに移動してこの加熱空気により再生され,再び吸着ゾーンに供給される.この空調原理は 1950 年代に提案されたものであるが,当初は目的に合致した除湿ロータが開発できずに実用化には至らなかった.近年,シリカゲル,ゼオライトあるいは高分子をベースとした吸着材ロー

タが続々と開発され,さらに環境・エネルギー問題の顕在化と室内空気品質への意識向上により換気型かつ除湿を重視するデシカント空調プロセスが注目されるようになってきた.3. 低温度駆動のための吸着熱除去 図 1に示した“従来型デシカント空調機”が夏季多湿時に十分な除湿能力を発揮するには 80℃程度の再生空気温度が必要とされる.しかし,大規模実証が進む固体高分子形燃料電池に組合わせようとすると,50-60℃程度でも十分な除湿性能が発揮できるデシカントロータが求められる.より低い再生温度で除湿量を稼ぐことができればエアコン室外機排熱さえも利用可能となり,いっそうの省エネルギーを課された空調装置に与えるインパクトは大きい. 一般に吸着材の水蒸気吸着量は相対湿度に比例する.従来型ロータでは除

湿はほぼ断熱状態で進むため,除湿時に発生する吸着熱により通過空気の相対湿度はさらに低下し,空気流れ下流域での除湿量すなわち吸着材利用率は極めて小さくなる.よって,除湿時に発生する吸着熱を連続的に除去できれば通過空気の相対湿度低下は緩和され,吸着材利用率が向上し除湿性能改善が期待できる.研究開発の一例として図 2に吸着熱除去型デシカントロータ(1)を示す.放射状に設置したアルミ製のスリットの間に扇形のハニカム吸着材が組み込まれており,スリット内を通過する冷却用流体によって吸着熱を除去する仕組みである.実験では従来型に比べて,2倍近い除湿量を達成することができた.なお,従来型ロータでは通過空気の相対湿度低下の影響が大きく,吸着材の特性差は現れにくいが,吸着熱除去が進んで等温除湿に近づくほど吸着材特性が除湿性能に反映されてくる.たとえば,再生空気よりもわずかに高い相対湿度領域で平衡吸着量が大きく増加する S字型吸着等温線を示す吸着材は等温除湿に有利であると考えられる.4. おわりに 提案した吸着熱除去型ロータは,構造が複雑であり,そのままでは実用化は難しい.いかに簡単な仕組みで効率よく除熱するか,「相反する課題」を解決しなくてはならない.現在,吸着材とシステム構成の両面から多くの研究開発(2)が進められている.近い将来,デシカント空調機あるいはそれを応用した空調システムが広く普及し,省エネルギーと快適性の維持の両立に貢献できるものと期待する.(原稿受付 2007 年 4 月 4 日)

〔児玉昭雄 金沢大学〕

─ 88 ─

●文 献( 1 )Kodama A., ほか , Performance of a Multi-

pass Honeycomb Adsorber Regenerated by a Direct Hot Water Heating, Adsorp-tion, 11-Supplement 1 (2005),603-608.

( 2 )例えば , 垣内・ほか,新規水蒸気吸着材FAM-Z01 の基礎特性評価および吸着ヒートポンプへの適応性検討,化学工学論文集,31-5(2005),361-364.

図 2 吸着熱除去型デシカントロータと実験結果の一例

温水再生可能

加熱空気あるいは外気

排気

再生ゾーン

吸着ゾーン

乾燥空気

吸着材層層高20cm

冷却用空気・水(スリットを通過)

湿潤空気

ローター回転方向

上面上面

(拡大図)

12

10

8

6

4

2

010 12 14 16 18 20 22 24

外気湿度[g/kg(DA)]

再生温度

従来型ロータ(シリガゲル)

60℃

60℃ 60℃

50℃

50℃50℃

熱交換型除湿ロータ

除湿量

[g/k

g(D

A)]

室外へ排気

外気

デシカントロータ各種排熱,太陽熱など

空気加熱器 顕熱交換ロータ室内からの還気

快適空気

吸着材ローター

吸着材:シリカゲル,ゼオライトなど 厚さ:0.2mm程度空気流路:ピッチ;2mm×4mm程度(デシカントロータ断面の拡大写真)

25-30℃ 30-40℃ 40-60℃ 70-90℃

図 1 吸着式デシカント空調プロセス