危機発生時の情報開示のための webモニタリング ·...

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2015/10 季刊 企業リスク 32 クライシスにどう向き合うか ~効果的なクライシスマネジメント~ 1 はじめに 現代のメディアは実に多様化している。特に急速な普 及とともに大きな力を得ているのがCGM(Consumer Generated Media:消費者が情報発信をするメディア) である。Twitter、Facebook、YouTube、ブログおよび掲 示板などがその例だ。一般的にはソーシャルメディア やソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)と呼 ばれる。 CGMは、たったひとりの消費者であっても、企業ある いは社会を揺るがすような情報発信を可能にした。も し、企業がそういった情報発信にまったく無頓着であ ると、突然大きなリスクを背負い込んでしまうケース もある。一方で、CGMは企業が危機に見舞われたとき に、社会の声をダイレクトに観察できる心強いツール ともなりえる。 本稿では、危機の発生を検知する準備態勢(Readiness) 危機の発生検知とその対処(Response)および危機から の回復(Recovery)における、CGMの監視手段としての Webモニタリングと、その情報を利用した危機発生時の 情報開示の関係について考察する。 2 危機対応の整理と情報開示 筆者は危機対応にWebモニタリングは欠かせないと 考える。 図表1はデロイトのクライシスマネジメントの 整理:準備態勢、対処、回復のそれぞれの段階において、 情報開示に適切に対応するために、組織に具備される べき機能と、そのとき何を目的にWebモニタリングを 実施すべきかを整理した表である。 危機発生時の情報開示のための Webモニタリング デロイト トーマツ企業リスク研究所 主任研究員 亀井 将博 研究員 谷崎 陽介 図表1 クライシスマネジメントの段階別Webモニタリングの目的 準備態勢(Readiness) 対処(Response) 回復(Recovery) 適切な情報開示と必要な機能 ●リスク評価によるリスク感度の一致 ●危機対応体制の整備および訓練 ●サービス停止(回収)判断 ●告知および速報 ●お詫びおよび釈明の公表 ●再発防止策の策定および公表 ●サービスの再開告知 Web モニタリングの目的 ●不穏な情報の検知 ●社外の事実認識の把握 ●見込/既存顧客の声の収集 ●社会の論調把握 インシデント

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2015/10 季刊 ● 企業リスク 32

クライシスにどう向き合うか ~効果的なクライシスマネジメント~

 1 はじめに

 現代のメディアは実に多様化している。特に急速な普

及とともに大きな力を得ているのがCGM(Consumer

Generated Media:消費者が情報発信をするメディア)

である。Twitter、Facebook、YouTube、ブログおよび掲

示板などがその例だ。一般的にはソーシャルメディア

やソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)と呼

ばれる。

 CGMは、たったひとりの消費者であっても、企業ある

いは社会を揺るがすような情報発信を可能にした。も

し、企業がそういった情報発信にまったく無頓着であ

ると、突然大きなリスクを背負い込んでしまうケース

もある。一方で、CGMは企業が危機に見舞われたとき

に、社会の声をダイレクトに観察できる心強いツール

ともなりえる。

 本稿では、危機の発生を検知する準備態勢(Readiness)、

危機の発生検知とその対処(Response)および危機から

の回復(Recovery)における、CGMの監視手段としての

Webモニタリングと、その情報を利用した危機発生時の

情報開示の関係について考察する。

 2 危機対応の整理と情報開示

 筆者は危機対応にWebモニタリングは欠かせないと

考える。図表1はデロイトのクライシスマネジメントの

整理:準備態勢、対処、回復のそれぞれの段階において、

情報開示に適切に対応するために、組織に具備される

べき機能と、そのとき何を目的にWebモニタリングを

実施すべきかを整理した表である。

危機発生時の情報開示のためのWebモニタリング

デロイト トーマツ企業リスク研究所 主任研究員 亀井 将博研究員 谷崎 陽介

図表1 クライシスマネジメントの段階別Webモニタリングの目的

準備態勢(Readiness) 対処(Response) 回復(Recovery)

適切な情報開示と必要な機能●リスク評価によるリスク感度の一致●危機対応体制の整備および訓練

●サービス停止(回収)判断●告知および速報●お詫びおよび釈明の公表

●再発防止策の策定および公表●サービスの再開告知

Web モニタリングの目的 ●不穏な情報の検知●社外の事実認識の把握 ●見込/既存顧客の声の収集

●社会の論調把握

インシデント

2015/10 季刊 ● 企業リスク 33

クライシスにどう向き合うか ~効果的なクライシスマネジメント~

 そもそもWebモニタリングは、図表1に限らない様々

な目的で実施されている。たとえば新商品の開発/販

売のための事前情報の収集や、キャンペーンリリースを

打った後の反響確認などである。本稿では危機対応、特に

危機発生時の適切な情報開示にテーマを限定し、それぞ

れの段階におけるWebモニタリングについて説明する。

 3 準備態勢(Readiness)時の Webモニタリング ー 不穏な情報の検知

 準備態勢(Readiness)時は、不穏な情報の検知を目

的とした、いわば「平時のWebモニタリング」が実施さ

れる。このとき大切なことは、どれだけしっかりと対象

を絞り込むことができるかということである。

 CGMはインターネット上の情報である。インター

ネットは誰か(あるいはいずれかの組織)が集中管理し

ているネットワークではない。誰がいつどのようにア

クセスし、どのような情報を掲示したかをリアルタイム

で正確に把握している者はいない。よって、「不穏な情報

の検知」という言葉から連想される対策は「蟻の子一匹

見逃さない」、つまりCGMの100%監視だが、それは論

理的に不可能なWebモニタリングである。

 さらに、費用対効果も考慮した、実務的なWebモニタ

リングが必要になるわけだが、そのためにはモニタリ

ングする対象を絞り込まなくてはならない。通常、この

絞り込みは以下の2つの要素に対して行われる。

●騒動を警戒する

●情報漏えいを警戒する

3-1  “騒動を警戒する” Webモニタリング

 騒動を警戒するWebモニタリングには、ITの力を駆

使しやすい。一定条件の件数の増大を検知すればよい

ので基準が明確だからである。企業が警戒すべきネット

上の騒動には、「自組織名(あるいは主要ブランド名)」

が併記される。また、1件や2件の批判的意見であれば

騒動とはいえないので、ある程度の件数を伴うもので

なければ静観できる。つまり、

●自組織名をキーワードに設定する

●設定したキーワードを含む投稿数が、通常時と異なる急

激な拡散を起こした際にアラートが発せられる

という仕組みを構築しておけば、たいていの騒動は検

知できる。

 そして、こういった騒動における急激な拡散は、現代

ではTwitterや新浪微博(Sina Weibo)といったマイク

ロブログによって発生する。マイクロブログにおける急

激な拡散を検知する仕組みのイメージを図表2に示す。

図表2 急激な拡散を24時間監視しアラートを発する仕組みの例

感度鋭い件数多

感度普通件数中

感度鈍い件数少

つぶやき量

2015/10 季刊 ● 企業リスク 34

クライシスにどう向き合うか ~効果的なクライシスマネジメント~

この仕組みは24時間365日休みなく稼動しているこ

とが望ましい。

 また、この急激な拡散を検知する方法と、騒動のタネ

となり得る「リスクサイト」に的を絞ってモニタリング

する方法とを併用する場合がある。CGM上の騒動とは

「炎上」と言い換えることができるが、その炎上のきっ

 図表3はまとめサイトを中心としたリスクの高いサ

イトを100以上選定し、そのサイトに自組織名を含む投

稿が発生していないかを24時間365日監視し、もし発

生すればアラートを発するというモニタリングである。

3-2 情報漏えいを警戒する   Webモニタリング

 騒動を警戒するWebモニタリングに対して、情報漏え

いを警戒するWebモニタリングには、どうしても人の目

と労力がより必要となる。つまり、よりお金がかかる。な

ぜならば、自組織名を明記してくれる投稿だけ相手にし

ていればよいわけではないということと、急激な拡散

が起こってしまった後では遅いからといった理由だ。た

かけとなるWebサイトの中には、「匿名掲示板の特定ス

レッド」や、それらの情報を転載する「まとめサイト」と

いうものがある。まとめサイトに掲載された記事が炎

上を招いた例は多い。2014年から2015年にかけて複

数の食品会社に発生した異物混入問題による炎上は、

その典型例である。

とえば、画像で開示された勤務シフト表や売上高管理

表を自組織のものであると判別する力は、現代の技術

ではITよりも手馴れたオペレータの目視の方が確実な

のである。

 2013年の中ごろから、組織の非正規従業員の悪ふ

ざけ行為による炎上が多発したが、その投稿内に企業

名や商品ブランド名がテキスト(文字)で明記される例

は希であった。添付の画像を開いてみると、会社のユニ

フォームを着たアルバイトの、目を覆いたくなるような

悪ふざけ行為を目の当たりにしてしまう、というものが

多かった。

 これはCGM上の情報漏えい案件にも共通している。

実はこういった悪ふざけ行為は、程度の差こそあれ現

在でも継続して発生しており、社外秘情報の開示を伴う

図表3 リスクサイトを24時間365日でモニタリングする例

2015/10 季刊 ● 企業リスク 35

クライシスにどう向き合うか ~効果的なクライシスマネジメント~

ケースも見受けられるのである。非正規従業員を多用

する業態では、マイクロブログによる不正投稿を監視し

続け、不正投稿発見の都度、当該投稿者を特定して投稿

削除を要請している企業が増えている。

 こういったWebモニタリングでは、以下の動作が必

要となる。

●特定(危険な)アカウントの発見と、他SNSも含んだ

継続的な監視

●画像等の添付ファイルの閲覧

●当該投稿のみではなく、過去の投稿を遡っての所属

確認

 4 対処(Response)時の Webモニタリング ー 社外の事実認識の把握

 対処(Response)時では、社外の事実認識を把握す

る、いわば「危機発生時のWebモニタリング」が必要と

なる。ここでのポイントは、以下の2点である。

●すでに社会は発生した危機事象を認識しているか

●社会は自組織に何を期待しているのか、その論調

 を知ること

4-1 社会の危機事象の認識を把握する   Webモニタリング

 組織が危機発生を認識するタイミングは、CGM上の

情報拡散とは限らない。たとえば、お客様センターが複

数の不審情報を受信し、念のため内部調査を行ったと

ころ情報漏えいが判明する、といったケースもある。そ

のとき、どのようなタイミングで情報漏えいの事実を

開示するかは、危機管理上極めて高度な判断を要する

対象である。

 たとえば、当局への捜査協力という観点では容疑者

の逃亡や証拠隠滅を警戒して開示を遅らせることは正

解である。しかし、被害拡大の防止の観点では、ある程

度詳細が不明の段階であっても想定最大規模で早く広

く注意喚起を促すことが正解である。

 しかし、もし公開されている媒体にその情報流出に

対する懸念が表明されていれば、情報開示は「待ったな

し」となる。「自組織を守るために不都合な事実を隠蔽

しようとした」という致命的な評価を与えられてしま

う、あるいは、事実とは異なる尾ひれが付いた誤った情

報の拡散によって、被害を受ける可能性のない人が疑

心暗鬼になるなど、社会をより混乱させてしまうかも

しれないからだ。

 2014年に発生した教育事業会社による個人情報流

出、および2015年に発生した社会保険情報の流出事

案では、情報流出に関する懸念が、組織の発表前に公開

媒体に投稿されていた。報道によれば、両組織ともに公

表の数ヶ月以上前から事象の発生を認識して調査や対

策を施していたそうである。その事象の発生を認識し

た時点からWebモニタリングを行なっていれば、この

ような先行開示に気づくことができたかもしれない。

 図表4は、対処(Response)時のWebモニタリングに

求められる機能を備えた、CGMを中心としたWEBサ

イト情報の自動収集ツールによるモニタリングの例で

ある。多様な媒体を現在から過去に遡って、自由なキー

ワードで検索可能で、検索結果はすぐに閲覧できる。

2015/10 季刊 ● 企業リスク 36

クライシスにどう向き合うか ~効果的なクライシスマネジメント~

4-2 社会の論調を把握するモニタリング

 社会がすでに危機事象を認知しているかを知ること

が重要である一方で、今現在社会がその危機事象をど

のように感じているか、という内容を把握する作業も

並行して行うべきである。日本のCGMではマイクロブ

ログが多数派であるため、マイクロブログの論調を把

握することで、通知色をより強めるか、お詫び色をより

強めるかといった開示内容の判断を客観的に下すこと

ができる。また、投稿数と併せて検討し、開示のタイミ

ングや場を合理的に判断することも可能となる。

 図表5は、発生した危機事象の典型的なキーワード

を設定し、そのキーワードを含むマイクロブログの投

稿が1件でもあれば、1時間ごとにその内容をメールで

通知するモニタリングの例である。日次でその日の投

稿をまとめて知らせてくれる機能も有効である。

図表4 自動収集ツールによるモニタリングの例

2015/10 季刊 ● 企業リスク 37

クライシスにどう向き合うか ~効果的なクライシスマネジメント~

 5 回復(Recovery)時の Webモニタリング ー 見込/既存顧客の声の収集

 不祥事を引き起こした企業には、当分の間「顧客情

報を漏えいさせる会社」、「リコールを多発させる会社」、

「異物混入をなんとも思わない会社」などとレッテル

が貼られる。こういったレッテルによって、企業および

主力商品のブランドがどれだけ毀損されたかを正確に

知ることは難しい。しかし、図表4の自動収集のような

機能を用いて、不祥事発生時前後の声、競合他社に関す

る声などを集め、比較することは可能である。

図表5 マイクロブログの投稿を短いサイクルでモニタリングする例

図表6 不祥事発生時前後の社会の声の分析イメージ

時間

1日毎

約60分毎

品質事故による炎上発生

安全・信頼8%安全・信頼4%

安全・信頼32%

独創・革新5%

退屈・埋没19%退屈・埋没13%退屈・埋没6%

その他36%その他33%その他38%不具合・不良32%

不具合・不良47%

不具合・不良5%

独創・革新3%独創・革新19%

2015/10 季刊 ● 企業リスク 38

クライシスにどう向き合うか ~効果的なクライシスマネジメント~

 たとえば図表6は、品質事故を発生させ、その事故

からの再起に苦慮している架空の製造業A社におけ

るCGM情報の分析例である。

 「スゴイ」、「ならでは」、「新しい」などの単語を「独

創性・革新的」に割り振る。同様にその他の典型的な

単語をそれぞれ「安全・信頼」、「不具合・不良」、「退

屈・埋没」の分野に割り振り、出現数を計測して全体

投稿数に対する割合を計算する。

 事故前の世間の評価は総じて「安全性が高く、信頼

でき、独創性にも富んでいる」というものだったが、

品質事故によって「不具合・不良」が大多数となり、A

社のブランドが大きく傷ついていることが明らかに

なる。

 A社では様々な改革を断行するが、なかなか思うよ

うに進まない。品質事故のほとぼりが冷めてきたこ

ろには、社内で「品質事故のトラウマを引きずりすぎ

ていないか、反省は必要だが自信を失うような指摘

や施策ばかりでは士気が高まらない」といった意見

も出始める。

 しかし、事故後ある程度の期間を置いた同様の分

析では、「不具合・不良」に加えて「退屈・埋没」という

声が多数という結果が出てしまう。このような客観

的な情報を対外的な施策の立案と社内の意識改善に

活用するのである。

 もしCGMを解析して前述のような結果が出てし

まった場合は、対外的な情報発信において斬新さや

先進性を訴求する広告を打ち出すよりも、企業イメー

ジ回復を意識した情報開示を心がけるべきであろう

し、商品開発においてはデザインや機能面よりも基

本的な品質や安全性における新しい技術の活用に重

点が置かれるべきであろう。

 また、社内に対しては、不祥事で動揺する社員に単

なる推測ではない客観データに基づいた自己分析と

合理的な仮説を提示して、押し付けではない自発的な

意識改革を促す方法が考えられる。

 再起を図る回復時には、そのようなWebモニタリ

ングの活用も可能である。

 6 Webモニタリングを ”しない”リスクと”する”恩恵

 図表7は、図表1に示した各段階で、Webモニタリ

ングをしっかり行なった場合と、全く行なわなかった

場合に想定される状態を整理したものである。

 もしWebモニタリングをまったく行なわない場合

は、「寝耳に水」という状態で危機対応を開始しなけ

図表7 危機対応の各段階におけるWebモニタリング例

準備態勢(Readiness) 対処(Response) 回復(Recovery)

Webモニタリング

一般的な手法●リスクサイトの監視●マイクロブログの急上昇キー

ワード検知●多種媒体のアーカイブデータ閲覧

●多種媒体のアーカイブデータ閲覧●特定テーマを選定してのビッグデータ分析

しっかり行なう●不穏な情報を検知し、情報拡

散されないよう準備できる

●情報拡散量を把握して、開示場所を選定できる

●論調を把握して、開示内容を検討できる

●説明や再発防止策に対する論調を把握できる●様々な時点の論調を比較し、サービス再開範囲や時期

を合理的に判断できる●組織内に対応策を合理的に説明できる

まったく行なわない

●「寝耳に水」状態になるリスクがある

●過小(あるいは過剰)に反応してしまうリスクがある

●一次発表に対する評価が不明で、 二次対応にも失敗するリスクがある

●ステイクホルダーの不信を増大させるリスクがある●サービス再開時期を見誤るリスクがある●回復計画の必要性と勝算に内部からの不信が起こる

インシデント

2015/10 季刊 ● 企業リスク 39

クライシスにどう向き合うか ~効果的なクライシスマネジメント~

ればならなくなるであろうし、自組織の発表もしくは

公表に対する社外の反応を掴むこともできず、購買

意欲の高まらない顧客に再開商品を押し付けるよう

なことになるかもしれない。また、社員が自社ブラン

ド力の低下に危機感を抱けずに再発防止に身が入ら

ないかもしれない。ひいては悪評を更に拡大してしま

うリスクが高まってしまう。

 常に一定の条件で自社に対する社外の評価や声を

集めるWebモニタリングは、このようなリスクを合

理的に低減する、危機対応時には欠かせないツール

である。               Ò