研究ノート...

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大阪市大『季刊経済研究Vo l .22No.3 , December1999 , pp.85-98 研究ノー ト 介護サー ビスの民営化 と介護保険制度 ISSN0387-1789 わが国の高齢化の進展は,先行す る欧米諸国のどこよりも早 く, しかも,高齢化率は2000 年で ドイツ,英国は勿論のこと,スウェーデ をも上回 り,世界最高の水準になることが予 想 されて い る.2015 年には, 4 人に 1 人が65 歳以上の高齢者になるとい うことであ り,超高 齢化時代は間近に迫 っているといえよう. 大量の高齢者 を抱 えて, これ までに経験 した ことのない新 しい問題 に遭遇す ることになる だ ろ うが,環境 問題 や IT 革命 と違 って,将来をかな り高い確率で予測す ることがで きるだ けに,場当た り的な対症療法の績み重ねではな く, しっか りと した原理原則に則 って,高齢 化 に対 して体 系 的 な施策 を講 じる ことが強 く求 め られ る. 本格的な高齢化時代の招来を前に,今最 も論議を呼んでいるのが,年金と老人保健 と介護 保険の問題である.前二者はもっぱら財政的な要因から,現行制度の抜本的な見直 しが求め られているのに対 して,最後の介護保険制度は2000 4月 か ら新 た に導 入 しよ うとい うもの で, いかに うま く軟着陸 させ ることがで きるかに関 して,具体的な制度の中身 が問い直 され ている.年金,保健,および介護は高齢化社会の三大問題であって, これ らの諸問題にどの よ うに対処 す るか に よって, 来 るべ き高齢 化社 会 の基 本性格 は大 き く異 な って くるだ ろ う. それだけに,三つの問題に対応す る制度的枠組みの基本原則について,国民的合意に基づい て確立す ることの必要性は,い くら強調 して もしす ぎることはない. と ころが,三 つの 問題 と も芯 が ふ らつ く駒 の よ うに揺 れ に揺 れ て い る. 介護 保 険制 度 も開 始 され る前か ら, 「第 2 の国保」になって,財政的な破綻から原則の不明瞭な制度になるの ではないかと懸念されている.そこで,本稿では今導入されようとしている介護保険制度が, はた してどのような制度的矛盾を内蔵 しているかを明らかにし,介護保険制度の定着化のた めに,どのような基本的な考え方で臨めばよいかを論究 したい. 〔キーワー ド〕 措置型公的介護、契約型保険介護、介護の民営化、介護保険料、-イブリッド型 システム

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Page 1: 研究ノート 介護サービスの民営化と介護保険制度dlisv03.media.osaka-cu.ac.jp/contents/osakacu/kiyo/DB00000974.pdf · の第1号被保険者の保険料は半年間徴収を差し止めにし,その後の1年間は半額に軽減する

大阪市大 『季刊経済研究』

Vol.22No.3,December1999,pp.85-98

研究ノー ト

介護サービスの民営化と介護保険制度

ISSN0387-1789

植 田 政 孝

わが国の高齢化の進展は,先行する欧米諸国のどこよりも早 く, しかも,高齢化率は2000

年で ドイツ,英国は勿論のこと,スウェーデソをも上回り,世界最高の水準になることが予

想されている.2015年には,4人に1人が65歳以上の高齢者になるということであり,超高

齢化時代は間近に迫っているといえよう.

大量の高齢者を抱えて,これまでに経験 したことのない新 しい問題に遭遇することになる

だろうが,環境問題や IT革命と違って,将来をかなり高い確率で予測することができるだ

けに,場当たり的な対症療法の績み重ねではなく, しっかりとした原理原則に則って,高齢

化に対 して体系的な施策を講 じることが強 く求められる.

本格的な高齢化時代の招来を前に,今最も論議を呼んでいるのが,年金と老人保健と介護

保険の問題である.前二者はもっぱら財政的な要因から,現行制度の抜本的な見直 しが求め

られているのに対 して,最後の介護保険制度は2000年4月から新たに導入 しようというもの

で,いかにうまく軟着陸させることができるかに関 して,具体的な制度の中身が問い直され

ている.年金,保健,および介護は高齢化社会の三大問題であって,これらの諸問題にどの

ように対処するかによって,来るべき高齢化社会の基本性格は大きく異なって くるだろう.

それだけに,三つの問題に対応する制度的枠組みの基本原則について,国民的合意に基づい

て確立することの必要性は,い くら強調 してもしすぎることはない.

ところが,三つの問題とも芯がふらつ く駒のように揺れに揺れている.介護保険制度も開

始される前から, 「第 2の国保」になって,財政的な破綻から原則の不明瞭な制度になるの

ではないかと懸念されている.そこで,本稿では今導入されようとしている介護保険制度が,

はた してどのような制度的矛盾を内蔵 しているかを明らかにし,介護保険制度の定着化のた

めに,どのような基本的な考え方で臨めばよいかを論究 したい.

〔キーワー ド〕 措置型公的介護、契約型保険介護、介護の民営化、介護保険料、-イブリッド型

システム

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86 季刊経済研究 第22号 第3号

1 介護保険制度の本質的含意

(1) 混迷と動揺の続 く介護保険制度

介護保険制度は2000年4月から導入さ.れることになっているが,既に,99年10月から介護

認定審査の申請手続きが正式に開始されている.介護保険の給付を受けようとする高齢者は

保険者である市町村の窓口に申請 して, 「介護の必要な状態にある」ことの認定を受けなけ

ればならないことになっている.一部の市町村においては,申請の時期的集中による手続き

の混雑を避けるために,10月以前から試行的に申請を受理 しているところもあり,実質的に

は介護保険制度は既に始まっているといえる.

そうした幕の開く寸前の状況にあるいまになって,政府は急に 「制度の本格的なスター ト

に向けての助走期間」と位置づけて,高齢者が新たな負担に慣れてもらうために,65歳以上

の第 1号被保険者の保険料は半年間徴収を差し止めにし,その後の 1年間は半額に軽減する

ことを決めた.また,40歳から64歳までの第2号被保険者に対 しては,従来より負担増とな

る医療保険料について,2000年度から2年間にわたって半年分ずつ財政支援することとなっ

た.10%の利用者負担に対 しても,既にホームヘルプサービスを受けている低所得利用者の

負担を,当面3年間は3%にし,その後段階的に引き上げていくという,特別対策を講 じる

ことになった.

こうした特別対策の導入によって,保険者の市町村の現場は大混乱を呈 しているが,どう

して,土壇場になって,介護保険制度の中枢部分にあたるところの変更を急に行 うのだろう

か.2000年の総選挙を有利に戦おうとする政治算術が働いたことは想像に難 くないが,それ

以上に,介護保険制度に対する政府の自信のなさが背後にあるように思われてならない.

かつて介護保険制度の導入をめぐる論議が展開されていたとき,現場の声として 「拙速」

論が根強かった.介護保険制度は高齢者介護に一大革命をもたらすものであり,その 「革命」

に保険者として対応の責任が持てないと判断したからであろう.

そうした市町村の声に対 して,政府はまず導入することを求め,問題は実践する過程で対

応 していったらよいという意見で反論 した.従来の官僚主導型の制度化手法にはなじまない

大胆な発想である. しかし,一度つくった制度を,問題が生じたからといって柔軟に制度改

正を行 うことが可能だろうか.たとえ可能だとしても,原理原則に係わることは,制度の創

設にあたって十分審議をつくし,国民の理解を得ることが必要ではないだろうか.

高齢者介護のあり方に関する原理原則が暖味なまま走 り出したがために,政府は無節操に

制度の手直しを平気でできるのではないだろうか.もし,そうだとすれば,介護保険制度も

医療保険と同様に,つぎはぎだらけになって,保険制度としての本質的な機能さえ形骸化す

る憧れがある.

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介護サービスの民営化と介護保険制度

(2) ・「措置」型公的介護から利用者本位の保険介護-

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介護保険制度は従来の高齢者介護に関する考え方を否定 し超克する桔どの,衝撃的内容を

持ったものである.

つまり,従来の高齢者介護は家族介護を基本としており,.家族介護に欠ける貧しい高齢者

に対 してのみ,慈善的な 「措置」として,公的介護を施されることになっているのに反 して,

介護保険制度は正当な事由なくして保険料を支払わないものを除けば,すべての高齢者が被

保険者の権利として,必要とする介護サービスを選択 し給付を受けることを原則としている.

ちなみに 「措置」とは,伝染病患者が強制的に隔離入院させられるように,個人の自由を

剥奪 して,行政が一方的に処置することを意味する.従って,そこには本人の意思や好みに

対する配慮はなく,むしろ,かなり画一的に処理されることを覚悟せ ざるをえない.

そうした 「措置」としての従来の公的介護に対 して,介護保険制度は高齢者の自立を支援

する観点から,高齢者の多様なニーズや状態に適合した介護サービスを,高齢者自身が選択

することを基本としている.公的介護は総 じて 「最後を看取る」介護が中心であって,それ

ゆえに施設収容型に傾斜 していたのである.それが介護保険制度になると,住み慣れた家庭

や地域で老後生活を送れるように,在宅介護が重視されるように転換 している.

ところで,高齢者の自立支援を原則として,高齢者自身の希望を尊重 し,その人らしい,

自立 した質の高い生活を送れるよう,社会的に支援するということになると,大量にして多

様な介護サービスの整備が図られなければならない.

介護サービスの整備が立ち後れ, 「保険あって介護なし」という状態が発生すれば,保険

制度に対する国民の信頼は喪失 し,保険制度それ自身の存立が危ぶまれることになりかねな

い.介護保険制度の導入には,まず介護サービスの質量両面における供給の保障が絶対的な

要件となる.

(3) 保険給付対象の介護サービス

もちろん,どんな種類の介護サービスも介護保険の給付対象になるのではない.保険制度

である以上,基本的に保険料収入の制約によって,給付対象となるサービスの種煩や範囲は

限定される.その給付対象の限定が,利用者本位の介護サービスの自主的選択の原則を,実

質的に否定することになるのではないかと懸念する向きがある.

医療,福祉,教育の分野は,国民の生存権や発達権,更には人間の尊厳に係わるだけに,

ナショナルミニマムといった最低基準での供給ではなく, 「いつでも,誰でも,どこでも満

足なサービス」・を受けられるのが,最も理想とするところである. しかし,経済的負担の問

題を度外視 して,利用者が求めるニーズをすべて充足することが,果たして社会的にみて合

理的といえるだろうか.

医療,福祉,教育のサービスを完全な私的財として扱 うことによって,消費者主権の原則

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を十全に適用することは不可能である.つまり,それらのサービスの効用について正確に認

識する能力に当事者が欠けるからである.どのような・サービスを受けることが最適であるか

ということは,受け手である消費者よりも,むしろ,専門的知識を持つサービス提供者の方

がより正 しく判断できる立場にある.

ただ,だからといって,医療,福祉,教育の専門家にすべてを委ねてよいかというと,決

してそうではない.仏が人を見て説 くように,専門家が利用者一人一人の症状あるいは能力

と,その置かれている環境に合わせて,最適サービスをいつも提供 してくれるとは限らない.

利用者の効用の極大化よりも,自らの収益の最大化を優先 して,サービスの提供を算術的に

決定するとともある.あるいは,利用者の支払い能力の制約から,サービスの提供を制限せ

ざるを得ないこともある.

特に,新 しく導入させる介護保険制度は,受益と負担の対応関係がより一層明確にしよう

としているだけに,負担の許容限度に照応する形で,保険給付の臨界点が形成されることになる.

具体的に介護保険制度の給付対象となっている介護サービスをみてみると,以下の通 りで

ある.

居宅サービス ・・・①訪問介護 (ホームヘルプサービス),②適所介護 (ディサービス),

③施設短期入所 (ショー トステイ),④訪問看護,⑤ リ-ビリ,⑥車いす等の貸与,⑦訪問

入浴,⑧住宅改修,⑨居宅療養管理指導,⑲痴呆性老人向けグループホーム,⑪有料老人ホー

ム等における介護,⑫ケアマネジメソトサービス

施設サービス - ・①特別養護老人ホーム,②老人保健施設,③療養型老人ホーム等

また介護サービスの給付される対象者は65歳以上の第 1号被保険者である.加えて,40-

64歳の第 2号被保険者の場合は,老化が原因とされるパーキソソソ病,脳血管疾患,初老期

における痴呆,慢性関節 リウマチ等の15種の特定疾患で,介護支援が必要と認められたもの

が給付を受けることができる.

2 介護サービスメニューの再検討

(1) 政府の介護保険認定漏れ対策

これらの介護サービスの給付の範囲と条件に関 して疑念を抱 く読者もいよう.

まず第 1は,介護サービスの範囲の狭さに対する疑問である.現在,各府県の社会福祉協

議会を中心として展開されている介護サービスメニューの中には,介護保険にはないサービ

スが含まれており,介護保険制度への連続的な移行を願 う立場からすれば,漏れたサービス

を保険対象にすることを要請するのも至極当然である.政府は99年11月の全国老人福祉 ・介

護保険担当課長会議で,介護保険の要介護認定を受けて 「自立」と判定され ■介護サービス

の利用ができなくなる高齢者などを支援する;新 しい事業の詳細を明らかに しているが,そ

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の事業の中に,従来提供されている配食,移送,寝具の乾燥,訪問理美容等のサービスがあ

げられている.来年度予算に,介護保険認定漏れ対策として,400億円 (事業ベースでは自

治体負担の400億円と合算 した800億円)が計上されており,介護保険制度の枠外ではあるが,

部分的に介護サービスの範囲の拡大が図られている.ただし,配食サービスや訪問理美容に

ついては,実費相当分を利用者が負担することになっており,その他のサービスは 1割程度

の負担を基本としている.

ところで,政府の介護保険認定漏れ対策とは別に,もともと,介護保険制度で定められた

12種の居宅サービス等に追加 して,配食や移送サービス等を保険者である市町村が,自らの

裁量に従って介護保険勘定に組み込んで提供することは可能である.その時は当然保険料を

引き上げざるを得ないが,サービスと負担の関係については,基本的に市町村が選択するこ

とができるようになっている. 「高福祉高負担」を選ぶか,それとも 「低福祉低負担」を選

択するかは,市町村の自治に委ねられている.

また,大阪市のように,従来提供されてきた保険漏れサービスを,一般公費で継続 して提

供することを決めている市町村もある.これは高齢者負担の急増を避ける配慮からなされた

ものであり,制度移行の暫定的措置としてはやむを得ないといえるが, しか し,本来一般的

な高齢者介護サービスの範ちゅうに入るものならは,すべて介護保険制度の給付対象とする

方が,介護保険制度の理念にかなっているのではないだろうか.高齢者自らの意思に基づい

て選択される適切な介護サービスを,明確な受益と負担の対応関係を基本にすることによっ

て,効率的に提供することのできる制度として,介護保険制度が導入されているのであるか

ら,特別の高費用サービスでもない限り,一括 して介護保険で給付されるべきであろう.

それはともかく,介護保険制度は介護サービスの給付範囲を狭 く限定するものでは決 して

ない.政府は国民にとって必要なサービスを全国を通 じて確保することを原則とする立場か

ら,標準的な介護サービスメニューを示 しているが,地域ごとに介護ニーズやサービス水準

が異なる状況を踏まえて,地域の特性を配慮 したサービスの提供を図ることができるシステ

ムになっている.それならば,なぜ政府は介護保険認定漏れ対策を講 じるのかという疑問が

生 じよう.保険認定に漏れた高齢者に対する介護サービスのあり方は,市町村が地域の実態

に即 して対応すればよいことであって,国があえて保険外扱いで対処することを決める必要

は毛頭ないのである.介護給付の対象サービスが狭 く限定されているということよりも,地

方自治を無視 した政府の認定漏れ対策の方が問題は重要であるといえるかもしれない.

(2) 障害者介護と高齢者介護の分断化

第 2の疑問は,介護保険制度がなぜ被保険者の範囲を狭 く限定せざるを得ないような,高

齢者介護だけを対象とするのかということである.換言すると,なぜ同じ介護サービスを必

要とする状況にあるにもかかわらず,障害者を排除 して老化に伴 う介護ニーズに限定するの

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か,という疑問である. ・

老化に伴う介護ニーズに限定 した介護保険制度の導入は,逆に介護福祉を分断 し,差別を

持ち込むことになるのではないかという懸念がある.つま.り,介護の原因を問われずに,,障

害者に対 しても高齢者に対 しても,等しく介護保険を適用 し,それぞれの介護ニーズにあっ

たサービスが提供されるべきではないかという意見である.この意見に立つ限り,40歳の下

限年齢の設定には当然反対であって,もっと年齢を下げるべきであるということになる.

こうした意見に対 して,厚生省の介護保険制度試案 (1996年5月15日)の参考資料によれ

ば,次のような所見が発表されている.もし,介護の原因を問わずに,介護サービス■全般を

介護保険の給付対象とするならば,介護保険の給付に相当する障害者福祉 (公費)の介護サー

ビスを,制度として廃止することになる. しかし,平成14年度を目標に障害者プラソを策定

したところであって,現段階で現行の障害者介護サービスを廃止することは適当ではない,

という所見である.

この所見からは,福祉対象者ごとに分かれている縦割 りの福祉行政の弊害が見て取れる.

障害者プラソが策定されたばかりであるといっても,そのプラソの実行性が制度的に担保さ

れているわけではない.計画期間中に見直され,目標数値の変更を余儀なくされることは決

して少なくない.そうした内容の障害者プラソの策定を口実に,障害者介護の介護保険-の

統合を拒絶するのは,あまり説得的とはいえない.

決して障害者プラソを反故にしてもよいといっているのではない.策定された障害者プラ

ソは社会的拘束力を持っており,社会に対 して一定の義務と責任を伴 うものである.・しかし,

障害者プラソの基本的なところを変更せずに,障害者介護を介護保険制度に統合することは

決してできないことではないだろう.

介護理念の原点に立ち戻って,障害者介護を含む介護サービスのあり方を,総合的に再検

討することが求められるのである.

3 介護サービスの需給均衡メカニズムの難点

(1) 介護サービスの 「市場化」 ・「民営化」

介護保険制度は高齢者の自立を支援 し,その多様な生活を支える観点から,高齢者自身が

サービスを選択することを基本としているために,給付対象となる介護サービスはかなり広

く設定されている.また,国民にとって必要なサービスを全国を通 じて確立する一方,地域

の介護ニーズの特性を踏まえて,保険者の市町村が自らの裁量でサービスの種類や範囲の多

様化を図ることができるシステムになっている.

ところで,そうした多様化 した介護サービスを過不足なく提供することが,本当にできる

のだろうか.従来の 「措置」としての公的介護と違って,介護保険制度は民間事業者を供給

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介護サービスの民営化と介護保険制度 91

主体の柱とすることによって,多様な介護ニーズへの対応は可能であると考えられている.

行政主導の措置方式から民活中心の保険方式に制度転換 したからといって,思惑通 りの民

間事業者の参入が期待できるのだろうか.

たしかに,介護サービスの分野で民活を導入するのはこれが始めてではない.介護サービ

スが生活に困窮する 「要保護老人世帯」に対 して 「措置」として施されていた当初は,基本

的に市町村がサービス供給者であったといえる. しかし,その後サービス対象範囲が拡大さ

れるにつれて,市町村直営による対応の他に,外部委託方式が採られるようになった.特に,

1985年に出された社会保障制度審議会建議の 「老人福祉の在 り方について」において,民間

委託の推進が提案されたのを契機に, 「社団法人シルバーサービス振興会」が設立され,シ

ルバービジネスの振興が図られるようになった.

そ して,1989年に 「ゴール ドプラソ」が策定されると,その目標値を達成するために,香

託先を社会福祉協議会に限らず, 「在宅介護サービスガイ ドライソ」の要件を満たす民間事

業者に拡大されるところとなった.

こうした経緯から明らかのように,既に介護サービスの 「市場化」は漸進的におこってい

たといえる.けれども,基本的に介護サービスの供給枠は行政によって決められていたし,

民間事業者による給付も行政からの委託契約に基づいて行われるのが一般的であった.

それが介護保険制度になると,保険者の市町村から指定を受けた民間事業者が,利用者と

直接契約を結ぶことになる.介護認定審査会が申請者の心身の状況や日常生活動作等に基づ

いて,どの程度の介護が必要かについて認定 した後,ケアマネジャーが本人の希望を配慮 し

てケアプランをつくる.そのケアプラソに従って,利用者が自らの判断で選んだ指定事業者

と,介護サービスの給付の契約を直接結ぶことになっている.指定業者を選ぶのは,あくま

で高齢者本人であって,行政ではない.ここに市場の合理性を形成するために不可欠な要件

である,利用者主権の原則の成立をみる.

行政を介する需給のマッチソグから,相対 (あいたい)的な需給のマッチングへの転換の

市場経済学的含意は大きい.

利用者本位の原則に基づいて,高齢者の自立支援に関する多様なこてズに対応するために

は,市場の需給調整機能を活用する意外に道はなく,介護サービスの 「市場化」 ・「民営化」

は,介護保険制度の不可欠な条件であるといえる.

けれども,介護サービスの 「市場化」 ・「民営化」によって,多様な介護ニーズは過不足

なく充足されるかといえば,必ず しも楽観することはできない.既に,厚生省の手によって,

介護サービスの供給状況の予測調査が行われている.調査は全国の市町村が推計 した2000年

度から2004年度までの,高齢者数や介護サービス供給量を集計 したものである.その調査に

よれば,在宅介護の中心となる訪問介護の供給量は,被保険者の利用希望者に対 して,84%

にとどまるとのことである.訪問看護になると65%と更に低い水準になる.

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(2) 国保導入の時の経験

日本経済新聞社が独自に行った調査結果をみると,事態はもっと深刻である.それによれ

ば,訪問介護では29%近い自治体が,必要量の7割程度以下 しか確保できないとの解答であ

る.高齢者を短期間預かるショー トステイで26%,自宅から通 う適所介護でも30%にのぼっ

ている.痴呆性高齢者が共同で 1-2ケ月間暮らすグループホームになると,60%近い市町

村が不足すると答えているし,訪問 リハビリも46%が足りないとの答えである.グループホー

ムは98年度末で全国103ヶ所にとどまり,整備が遅れているし,訪問 リ-ビリは担当する作

業療法士 らの確保が困難を極めている.

「保険あって介護なし」の発生が懸念されるのであるが,この問題に対 して,介護保険制

度推進派は次のような見解に立っている. 「保険あって介護なし」という問題は既に,国民

健康保険制度を導入 したとき (1961年)に同じような批判が寄せられたが,保険制度導入と

ともに一挙に診療所と病院が整備され,医療ニーズの拡大に対 してスムーズな供給対応を行

うことができた.介護保険制度においても,多少の地域的アソバランスは避け難いにしても,

95年に介護保険制度を導入 した ドイツの事例をみても明らかなように,介護サービス分野へ

の多様な事業者の参入によって,社会的に解放された介護ニーズへの対応は可能になるであ

ろう,という内容の見解である.

たしかに,介護サービスの 「市場化」 ・「民営化」によって,介護 ビジネスへの進出に意

欲を示す企業は少なくない.例えば,介護 ビジネスにおいて唯一の店頭公開専業企業である

ジャバソケアサ∵ビスは,99年 3月期末で195人の従業員数を,2000年 3月期には2300人に

増やす計画である.また, 日本福祉サービスは2-3年後には,サービス拠点を今の52ヶ所

から,150ヶ所に拡大する予定である.その他,家電メーカー,商社,保険会社,人材派遣

業等の異業種から,新規参入を検討 している企業は枚挙にいとまがない.

介護市場は急成長する魅力的な市場である.日本経済新聞社の 「第17回サービス業総合調

査」をみても,98年度実績で,介護 ビジネスの中枢とでもいえる在宅介護 ・在宅入浴サービ

ス業の対前年度伸び率は23.7%で,成長ラソキソグの第 3位に位置 している.99年度見込み

では,28.5%と更に伸び,再就職支援サービス (78.7%),イソタ-ネットプロバイダー

(61.3%),衛星放送 (30.8%)に次ぐ高さになっている.厚生省の試算では,介護保険制

度を導入する2000年度の介護需要は,4兆3千億円前後になるものと見込んでいる.ただし,

これまで老人福祉や医療保険から給付されていた経費で介護保険に振 り替わる部分が2兆 3

千億円程度あるので,●それを控除 した純増分は2兆円程度だと予想されている.

(3) 介護報酬の水準とその体系

バブル崩壊後の深刻な平成不況から脱出できずに,低迷を続けている日本径済にあって・,

介護ビジネスは数少ない成長産業であるだけに,この魅力的な介護市場に熱いまなざしを向

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介護サービスの民営化と介護保険制度 93

ける企業は少なくないだろう. しかし,そうだからといって,国民健康保険の時のように,

うまく需給均衡が達成されると考えるのは,少 し甘すぎるのではないだろうか.

その理由は以下の3点にある.第 1は,国民健康保険の時には,医療報酬の水準が病院建

設の費用を賄えるほど高かったし,医療の進歩のための研究開発費も折 り込まれていたのに

対 して,介護保険制度の場合は,報酬単価は民間事業者の参入を促す狙いから,全体に高く

設定されているものの,報酬単価にでこぼこがあり,需給関係でのミスマッチが部分的にお

こる健れがあるということである.

介護保険の報酬仮単価が99年 8月に公表されたが,全般的に在宅介護サービスは高水準の

単価設定がなされているために,民間事業者は当初から採算が取 りやすい環境が整ったと,

関係筋では好評である.

一例をあげるならば,ホーム-ルパーの訪問介護の場合,身体介護30分以上 1時間未満が

4020円であり, 1時間以上 1時間半未満になると5840円である.現在の民間委託の時給が,

都市部でも千円前後であるから,いかに高い報酬単価になっているかが分かる.多くの企業

がいうように, 「人材を集め,教育 ・研修 し再投資をしても適正利潤をあげられるほどの水

準」であるといえる.

しかし,他方で例えば,家事援助は30分以上 1時間未満が1530円で, 1時間以上 1時間半

未満が2220円と相対的に低 く抑えられている.また,介護サービス計画作成が最も高い要介

護 3-5でさえ, 1ケ月当たり8400円に設定されている.高齢者の要介護度に応 じて具体的

に介護計画を立てる作業は意外と手間のかかるものであって, 1日がかりになる場合もある

ことを考えると,採算のとり難い水準にあるといえる.

こうした報酬体系上のアソバラソスは,介護サービスの組み合わせにさまざまな赦寄せを

生じさせることになることは想像に難 くない.

(4) 介護ビジネスの特異性と規制緩和

第 2は,介護サービスの中心と目されている訪問介護の場合,医療サービスと違って,サー

ビス需要が朝夕の特定の時刻に集中する傾向があるために,効率的なヘルパーの活用が難 し

く,事業収益の大きな圧迫要因になるということである.いかに,報酬単価が高 く設定され

ていようとも,医療サービスのような地域独占はほとんど望めない上に,ホーム-ルパーの

移動時間や待機時間が長ければ,サービス需要に時間的制約性が強いだけに,非効率的な供

給となって,事業経営が著 しく阻害されることになる._-ルパーの稼働率の向上が,訪問介

護の民営化の鍵となるが,事業者間の地域調整はほとんど望めない以上,,介護サービスの

市場環境は決して良好とはいえないのである.

第 3は,NPO系の事業主体が大量に参入することによって,・イコール ・フッテイソグの

原則が崩れ,民間営利事業者の経営が圧迫されることにある.介護保険の事業指定は,それ

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ほど厳 しい基準があるわけではない.法人格を持つNPOが訪問介護事業を始める例は少な

くない.特に,在宅介護サービスは人材確保ができれば,施設サービスよりも,はるかに容

易に市場に参入することができる.もともと,介護保険制度は高齢者介護を支えていく共助

の考え方を重視する立場から,市民参加型の体制を組み入れたシステムを構築することを基

本理念としていた.それゆえに,民間営利事業者とは別に,市民参加の非営利組織などの参

加により,多様な介護サービスの提供が図られている.

ところが,非営利組織による介護サービスは,収益を度外視 して提供されるために,総 じ

て良質で廉価である.多様な介護ニーズに対 して,質量両面において過不足なく対応するた

営利事業所の排除がおこりゃす くなるのも事実である.

以上の3つの理由により,国民健康保険の時にスムーズに供給対応ができたので,介護保

険制度も深刻な過少供給に悩まされることはないだろうと,簡単に断定することはできない

のである.たしかに,あまり介護サービスの過少供給の可能性を強調 しすぎるのは適切でな

いかもしれない. しかし,医療機関の設立を促進するために,資金的に支援する医療金融公

庫が設立されたように,介護分野においても,介護ビジネスを振興する方策をおろそかにし

てはならない.在宅介護,ソフト開発などのサービス業の起業者への低利融資や優遇税制,

あるいは介護福祉士や介護支援専門員などの資格取得の機会の拡大等に対 しては,積極的に

取 り組む必要があるだろう.

いま政府は社会福祉法人の設立条件を大幅に緩和 した 「小規模社会福祉法人」を新設する

方向で検討 している.居宅介護サービスと異なり,特別養護老人ホーム等の施設介護に関し

ては,規制緩和が行われずに,現行の自治体直営と社会福祉法人を中心とする供給システム

が踏襲されることになっている.介護保険制度の導入とともに,大量の施設介護ニーズの発

生が予想されるだけに,果たして現行制度の枠組みで,どこまで対応できるかについて心配

する向きは多い.居宅介護分野と同様に,施設介護においても, 「市場化」 ・「民営化」を

大胆に行 うべきではないかという要求が民間サイ ドから強 く出されている.

そうした状況を反映 してか,政府は 「1億円以上の資産保有,土地建物は自己所有」とい

う現行の社会福祉法人の認可基準を, 「資産 1千万円程度,施設は賃貸でも可」という内容

に緩和 したいとのことである.ただし,新たに 「5年以上の事業実績」という基準が設けら

れることになっているし,また; 小規模法人は一つの都道府県の区域内に限定される模様で

ある.新たな付帯基準は不要なものと思われるが,それでも施設介護の民営化を促す契機に

なることは確かであって,今後の一層の規制緩和が望まれる

政府は特別養護老人ホームの待機者は98年度の段階で,全国に約4万7千人いたと発表 し

たが,この数字は自宅や一般病院にいる待機者に限られていて,老人保健施設や療養型病床

群にいる高齢者で,特養入所を希望する人は含まれていない.介護保険制度の導入に伴って,

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介護サービスの民営化と介護保険制度 95

特別養護老人ホームでの要介護者は急増するであろうから,施設介護の民営化を促す総合的

な施策の展開が待たれる.

4 介護保険制度の保険性問題

(1) 介護保険料の5段階方式と市町村の補正

介護保険制度の導入にあたって,政府が最も留意 していることは, 「保険あって介護なし」

といった過少供給によって生 じる国民の保険不信を醸成させないことの他に,もう一つ,国

民に過大な介護保険料の負担感を与えないことである.介護保険法では,65歳以上の保険料

については,保険者である市町村が介護サービスの整備と並行 しながら決定 し徴収すること

になっているので,市町村にとっても保険料問題は最大の関心事である.

各市町村の介護保険料 (第 1号被保険者の)は2000年度予算編成との絡みで,2000年 1月

頃に本決定するだろうが,既に99年7月段階で中間集計が行われ,おおよその傾向と構造が

明らかにされている.

それによると,特別の支援策が見込まれる離島を除けば,最高の保険料は北海道厚田村の

6204円であり,最低は兵庫県内の町の1409円である.その格差は4.4倍である.全国平均は

2885円となっているが,保険料は所得に応 じて5段階に分かれる.中間所得者の払 う額を基

準額として,最も所得の多い層は基準額の1.5倍,逆に最も少ない層は半額を負担すること

になっている.いま全国平均を基準額とすると,上限の負担額は4328円,下限は1443円にな

る.応能的な配慮が払われているわけだが,所得に対する保険料の割合でみると,最高の保

険料を支払う第5段階がオープソエンドになっている関係で,高額所得者の保険料支払いが

逆進的になる構造になっている.また,最低の保険料の第 1段階には,生活保護を受けたり,

老齢福祉年金を受給 したりしている人が含まれており,もともと年額18万円の年金受給を下

限基準とすること-の疑問が寄せられている.つまり,年額18万円の年金受給者に対 して,

老夫婦2人分として月額3000円を保険料として強制的に天引きすることは,あまりにも重す

ぎるのではないかという,素直な疑念である.

千葉県流山市や京都府船井 ・北桑田両郡の8町では,高額所得者に新 しい段階を設立 し,

低所得者の負担を軽減する独自方式の導入が検討されている.流山市は千万円以上の人を対

象にした第6段階を設定 し,保険料を基準額の2倍にする一方,第 1段階の人は0.3倍,第

2段階の人は0.7倍にし,施行令よりそれぞれ0.2ポイソト,0.05ポイソト引き下げるととを

予定 している.

国の施行令では,市町村によって,倍率を変えたり,段階の 「刻み」を細分 したりするこ

とが認められており, 今後,流山市や京都 8町村に追随する市町村が出てくることが予想さ

れる.

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96 季刊経済研究 第22号 第3号

ところが,こうした保険料の加減額補正が市町村の手で行われるということの背後に,保

険料それ自体の負担が,国民にとって重すぎるという問題があるとすれば,介護保険制度に

おける公費と保険料との負担区分に無理があり,公費負担の割合が今後増えていくことを暗

示しているといえないだろうか.こうした道は医療保険制度の歩んだ道でもある.その結果

として,医療保険制度は保険制度としての本質を失ってしまっている.介護保険制度が同じ

轍を踏まないようにするためには,公費で保障する介護サービスの範囲と種類を原理的に明

らかにする必要がある. しかし,残念ながら, 「走 りながら考えればよい」とする政府の姿

勢からは,そうした原理的な検討を期待することができない.

それを象徴する出来事が,土壇場での保険料徴収の凍結軽減の決定である;政治的な連立

の枠組み維持や総選挙を意識 した妥協の産物であるとする解釈も成 り立つが,その根底には,

介護費用をどのような原則に従って充足すればよいのか,という制度の根幹にかかわる問題

についての明確な理念の欠落がある.

(2) -イブリッド型の介護保険制度

北欧流の税方式か,それともドイツ流の保険方式か,といった問題設定はもはや行うべき

ではない.わが国の介護保険制度は,北欧型でもなければ ドイツ型でもなく,その-イブリッ

ド型であるといえよう.

つまり,介護費用総額の5割が公費によって賄われることになっている.その内訳は国25

%,都道府県12.5%,市町村12.5%である.残りの半分は第 1号被保険者 (65歳以上)の保

険料収入で17%,第2号被保険者 (40歳から64歳)で33%が充足されることになっている.

わが国の介護保険制度は,公費を一切投入しない ドイツ型と異なり,正に税方式と保険方

式の-イブリッド型になっている.一般に,税方式には給付から漏れる人が少ないとか,刺

度コス トが安 くてすむ等のメリットがある/保険方式には①権利意識を醸成する,②受益と

負担の対応関係がより明確である,③利用者本位に選択できる,④財源が安定する等の・メリッ

トがあるといわれている.ところが,税方式と保険方式の-イブリッド型ということになる

と,両者のメリットが共有できるのではなく,両者のメリットが打ち消しあってしまう.つ

まり,税方式でもなければ保険方式でもないといった,暖味な性格のものになってしまうのである.

国民の負担を軽減 したいし,また国民に多様な介護サービスを給付 したい,という欲張っ

た意図から出た制度であると,善意に解釈することができるとしても, しかし,公費の投入

については,明確な原則に基づいて行われるべきであり,それができなければ,制度の中に

「甘えの構造」が芽ばえ,公費の膨張を避けることはできなくなるだろう.

(3) 限定型の地域保険制度

介護保険制度のもう一つの特徴として,わが国初の本格的な地域保険であるといわれてい

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介護サービスの民営化と介護保険制度 97

る.医療,年金,雇用,および労災に次 ぐ第5の社会保険制度であるが,・市町村を保険者と

する本格的な地域保険であるという意味では,わが国初めての制度である.地域保険の先輩

格としては,国民健康保険があるが,それは医療保険制度の-構成体にすぎず,市町村に保

険経営の自主権はかなり限定 した形でしか与えられていない.

ただし,そういう意味でいうと,介護保険制度も決して本格的な地域保険制度とはいえな

い.なぜなら,第2号被保険者から徴収する保険料は,健康保険料に上積みされて,医療保

険に支払われるからである.つまり,医療保険制度の枠組みに従って一括処理 されている点

において,第2号被保険者は国の保険制度に包括されているといえるのである.

介護保険制度において純然たる地域保険といえるのは,第2号被保険者のおよそ半分の第

1号被保険者を対象とする部分にすぎない.第 1号被保険者に対する保険料の決定は,市町

村が主体となって行 うことになっている.また第 1号被保険者全体のおよそ3割を占めると

いわれている無年金者,遺族年金や障害年金の受給者などからは,市町村が個別に保険料を

徴収することになっている.

このように見てくると,財政主体としての市町村の自主権はかなり限られたものであるこ

とが分かろう.実施主体として市町村に付与されている権限と責任に比べると,市町村の保

険財政経営権は実に狭いものであり,この両者の非対称性が,介護保険制度の地域保険とし

ての限界を基本的に規定 しているといえる.

介護保険は, 「初めて市町村という住民の目に見える範囲で受益と負担のリンクを,かな

りの大きな金額で, しかも40歳以上の住民全員の参加のもとで作 り出すという壮大な実験で

ある」 (神商大教授 舟場正富)という見解もあるが,いわれるほど受益と負担のリソクは

明確ではないし,住民全員の参加といっても,それは第 1号被保険者と第 2号被保険者に分

断された形での参加であることに留意する必要がある.

不十分ながら介護保険制度が地域保険であることから,保険料や介護サービスの面で,む

しろ地域格差を拡大するという,新 しい問題を投げかけてくることを銘記すべきである.

結びにかえて

介護保険制度の問題は多岐にわたる.保険料,利用者負担,公的資金投入,保険財政,介

護支援要員確保,施設整備,介護報酬,介護認定漏れ,介護サービスの質的向上等,個別的

な問題を拾い上げるときりがない.それらの問題の中には, 「走 りながら考える」こともや

むを得ない技術的なものも少なくない. しかし,大事なことは, 「走る前に考えなければな

らないこと」は何かを明らかにすることであり,それらに関して一定の考えの集約を国民参

加の形で行うことである.

いいかえると,介護保険制度の最も中枢にある基本的な問題に対 して,十分なる国民的論

議をつくし,その原理原則を確立することである.わが国の介護保険制度はす ぐれて特殊日

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98 季刊経済研究 第22号 第 3号

本型である.単純な原理で律 しえないような複雑な構造になっているが, しかし,複雑系に

なっていればいるほど,その時々の政治力学や経済情勢に流されることのない,国民の共通

できる足場を確立することが必要である.

それがなければ介護保険制度は,必ずや 「第 2の国保」になるであろう.また,決 して社

会保障改革に発展させる起爆剤としての役割は果たし得ないであろう.介護保険制度はそ う

した新 しい社会保障制度のあり方をどう構築するかという視点から検討することを忘れては

ならない.

参考文献

1 植田政孝 「介護保険制度と保険財政問題」 『経済学雑誌』第100巻3号所収

2 里見賢治他, 『公的介護保険に異議あり』 ミネルヴァ書房,1996

3 金森久雄他, 『高齢化社会の経済学』 東大出版会,1990

4 三浦文夫編 『図説 高齢者白書』 全国社会福祉協議会,1997

5 岡本祐三監修 『公的介護保険のすべて』 朝 日カルチャーセソタ-,1995

6 高齢社会をよくする女性の会編 『公的介護保険Q&A』 岩波書店,1982

7 武田宏 『高齢者福祉の財政課題』 あけび書房,1995

(1999.12.13受理)