矯正用インプラントアンカー(仮称)の現 状につい …anchorage implants...

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- 67 - - 67 - 最近のトピックス 最近のトピックス 【は じ め に】 骨接合用プレートあるいはスクリューを用いて骨を固 定源とした矯正治療が行なわれるようになってきた。 発想は 1960 年代 1) からあり,決して新しいものでは ないが,この 10 年ほどは様々な製品が各社から発売さ れている。 当初は外科処置を必要とするプレートタイプのものが 主流であったが,最近では粘膜の剥離を必要としないセ ルフドリリングのスクリュータイプが主流である。 しかし,本文のタイトルにもあるように,「矯正用イ ンプラントアンカー(仮称)」としたのは矯正用として の認可が薬事申請中であるが故である。 通常,矯正治療の固定源として用いられるヘッドギア は患者の協力が必要が必要不可欠である。成人の矯正治 療患者に1日 12 時間以上のヘッドギアの使用を望むの は実際不可能に近い。また,大臼歯の位置の垂直的コン トロールの必要性から外科的矯正を選択せざるを得ない 症例も少なからず存在する。 これらの症例に対して患者の協力度に依存しないです む確実で強固な固定源として,あるいは従来のフォース システムでは不可能であった大臼歯の積極的な圧下が可 能になるため外科手術が回避できる方法として矯正用イ ンプラントアンカー(仮称)は有効であることが示され てきた。 2) 当科でも 2002 年より正式導入を行い,2008 年までで 111 症例を超え,近年では一般矯正患者の 10%近くを占 めるまでになってきた。(図1)適応患者の平均年齢は 24 歳6か月で,半数以上は成人であった。症例の臼歯 関係の分類では 80%がアングル II 級咬合であった。ま た,埋入部位では 89%が上顎臼歯部であり,埋入目的は 42%が加強固定・39%が遠心移動・32%圧下であった。 3) 以上より患者の協力度に依存しないですむ,確実で強 固な固定源として応用されていることを示すものである。 しかし,当科での施術例のうち6%には脱落あるいは 感染例が認められており,補綴のインプラントと同様に インプラント周囲のプラークコントロールを怠ってはな らないことはいうまでもない。 表1 症例数の年次推移 図1 プレートの固定部位の例と矯正装置の関係 【症   例】 症例1) 矯正再治療症例にインプラントを応用 治療開始時年齢 25 歳3か月 女性 本症例は中学生の時,他医にて上下小臼歯抜歯にて矯 正治療を行ったものの,約 10 年経過し II 級咬合と叢生 の後戻りが生じた症例である。矯正用インプラントアン カーを適用することで上顎大臼歯の遠心移動が可能とな り II 級関係と叢生を治療することができた。従来の治 療法で行うとすれば,追加抜歯あるいは外科矯正が必要 となったと考えられる。 矯正用インプラントアンカー(仮称)の現 状について A present state of orthodontic anchorage implants 新潟大学大学院医歯学総合研究科 口腔生命科学専攻 摂食環境制御学講座 歯科矯正学分野 八巻正樹,焼田裕里,齋藤 功 Division of Orthodontics, Department of Oral Biological Science Course for Oral Life Science Niigata University Graduate School of Medical and Dental Sciences. Masaki Yamaki, Yuri Yakita, Isao Saito 177

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Page 1: 矯正用インプラントアンカー(仮称)の現 状につい …anchorage implants 新潟大学大学院医歯学総合研究科 口腔生命科学専攻 摂食環境制御学講座

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最 近 の ト ピ ッ ク ス

最 近 の ト ピ ッ ク ス

【は じ め に】

 骨接合用プレートあるいはスクリューを用いて骨を固定源とした矯正治療が行なわれるようになってきた。 発想は 1960 年代 1)からあり,決して新しいものではないが,この 10 年ほどは様々な製品が各社から発売されている。 当初は外科処置を必要とするプレートタイプのものが主流であったが,最近では粘膜の剥離を必要としないセルフドリリングのスクリュータイプが主流である。 しかし,本文のタイトルにもあるように,「矯正用インプラントアンカー(仮称)」としたのは矯正用としての認可が薬事申請中であるが故である。 通常,矯正治療の固定源として用いられるヘッドギアは患者の協力が必要が必要不可欠である。成人の矯正治療患者に1日 12 時間以上のヘッドギアの使用を望むのは実際不可能に近い。また,大臼歯の位置の垂直的コントロールの必要性から外科的矯正を選択せざるを得ない症例も少なからず存在する。 これらの症例に対して患者の協力度に依存しないですむ確実で強固な固定源として,あるいは従来のフォースシステムでは不可能であった大臼歯の積極的な圧下が可能になるため外科手術が回避できる方法として矯正用インプラントアンカー(仮称)は有効であることが示されてきた。2)

 当科でも 2002 年より正式導入を行い,2008 年までで111 症例を超え,近年では一般矯正患者の 10%近くを占

めるまでになってきた。(図1)適応患者の平均年齢は24 歳6か月で,半数以上は成人であった。症例の臼歯関係の分類では 80%がアングル II 級咬合であった。また,埋入部位では 89%が上顎臼歯部であり,埋入目的は42%が加強固定・39%が遠心移動・32%圧下であった。3)

 以上より患者の協力度に依存しないですむ,確実で強固な固定源として応用されていることを示すものである。 しかし,当科での施術例のうち6%には脱落あるいは感染例が認められており,補綴のインプラントと同様にインプラント周囲のプラークコントロールを怠ってはならないことはいうまでもない。

表1 症例数の年次推移

図1 プレートの固定部位の例と矯正装置の関係

【症   例】

症例1)矯正再治療症例にインプラントを応用治療開始時年齢 25 歳3か月 女性 本症例は中学生の時,他医にて上下小臼歯抜歯にて矯正治療を行ったものの,約 10 年経過し II 級咬合と叢生の後戻りが生じた症例である。矯正用インプラントアンカーを適用することで上顎大臼歯の遠心移動が可能となり II 級関係と叢生を治療することができた。従来の治療法で行うとすれば,追加抜歯あるいは外科矯正が必要となったと考えられる。

矯正用インプラントアンカー(仮称)の現状についてA present state of orthodontic anchorage implants

新潟大学大学院医歯学総合研究科口腔生命科学専攻

摂食環境制御学講座歯科矯正学分野

八巻正樹,焼田裕里,齋藤 功Division of Orthodontics, Department of Oral Biological Science

Course for Oral Life ScienceNiigata University Graduate School of Medical and Dental

Sciences.Masaki Yamaki, Yuri Yakita, Isao Saito

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Page 2: 矯正用インプラントアンカー(仮称)の現 状につい …anchorage implants 新潟大学大学院医歯学総合研究科 口腔生命科学専攻 摂食環境制御学講座

新潟歯学会誌 40(2):2010

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図2 治療前後の口腔内写真

症例2)加強固定にインプラントアンカーを適応した症例治療開始時年齢 17歳 女性 十分なヘッドギアーの使用が不可能と考えられたため,大臼歯の加強固定のためインプラントアンカーを適応した。

図3 治療前後の口腔内写真(上段)   治療前後の口元のアップ(中段)   治療前後のセファロトレースの重ね合わせ(下段)

【ま と め】

 今後,矯正用インプラントアンカー(仮称)は間違いなく矯正治療上なくてはならない有効なオプションの一つとなってきたが,その特性を十分に理解して使用しなければ両刃の剣となってしまう。

【参 考 文 献】

1)Linkow LI.:The endosseous blade implant and its use in orthodontics.:Int J Orthod,7: 149-54, 1969.

2)福井忠雄 : 新潟大学医歯学総合病院・矯正歯科診療室における矯正用インプラントアンカー(仮称)を用いた矯正治療の現状と問題点:甲北信越矯歯誌 17(1): 17-21: 2009

3)焼田裕里,小栗由充,越知佳奈子,齋藤 功 : 新潟大学医歯学総合病院矯正歯科診療室における矯正用インプラントアンカー(仮称)の使用について:甲北信越矯歯誌 17(1): 54: 2009.