研究動向・成果 lpデータを用いた近年の 土石流の流下実態...

1
1.背景 土石流の規模や流下形態・堆積範囲を予測するこ とは土石流対策上、最も重要な技術の1つである。そ のため、土石流の実態に関する情報データは土石流 対策上重要であるが、土石流発生前の詳細な地形情 報を得ることが難しいなどの理由から、必ずしもデ ータの蓄積が進んでいないのが現状であった。一方、 近年、災害前後の航空レーザープロファイラによる 地形測量データ(以下、「LPデータ」と呼ぶ)を用 いることにより、土石流流下による地形変化状況を 空間的に精緻に把握可能になってきている。そこで、 砂防研究室では、LPデータを活用し、土石流対策計 画に係る技術指針の見直し及び改訂に資するために、 土石流の規模や流下状況の調査を進めている。 2.検討概要 (1)検討対象 近年、顕著な被害を引き起こした土石流が発生し た渓流では、土石流発生前後においてLPデータが取 得されている場合が増えてきた(下表)。そこで、 砂防研究室ではこれらのデータが取得されている土 石流発生渓流を対象に以下の検討を進めている。 表 対象渓流 (2)検討項目 検討している代表的な項目は以下の通りである。 ・土石流の粒径構成と土石流堆積形状の関係 ・土石流侵食幅・侵食深の実態把握 ・流出土砂量に影響を与える因子(降雨・地形・集 水面積)の分析 ・土石流ピーク流量の推定ならびに土石流ピーク流 量に与える因子(降雨・地形・集水面積)の分析 ・数値計算手法の条件設定手法が流下実態の再現性 に及ぼす影響の検討 (3)検討結果の例 土石流発生前後のLPデータや空中写真を用いて土 石流流下範囲を特定し、土石流発生前後の侵食幅・ 侵食深を計測した(下図)。その結果、平均侵食幅 の約83%の事例が10~30mの範囲にあり、平均侵食深 の約80%の事例が0.75~2.5mの範囲にあった。また、 同一渓流であっても、侵食幅・侵食深のばらつきが 大きいため、土石流の調査を実施する場合は、適切 に代表的な断面を抽出することが重要であること示 した。 図 土石流の侵食幅・侵食深の計測例 3.まとめ 今後もデータの蓄積、より詳細な解析を継続して 実施し、土石流の規模や流下形態の予測技術の向上 を図りたい。 【参考】 1) 工藤司・内田太郎・松本直樹・桜井亘: レーザープロ ファイラデータを用いた土石流侵食幅・侵食深の解析、土 木技術資料 Vol.57、NO.11、pp.22-25、2015 発生年月日 場所 対象渓流数 平成21年7月21日 山口県防府市 5渓流 平成23年7月27~30日 新潟県南魚沼市 5渓流 平成24年7月11~14日 熊本県阿蘇市、南阿蘇村 5渓流 平成24年9月18日 三重県いなべ市 2渓流 平成25年8月9日 秋田県仙北市 1渓流 平成26年7月9日 長野県南木曽町 1渓流 21渓流 平成26年8月20日 広島県広島市 2渓流 2. 研究動向・成果 - 85 - - 85 - 215 LP データを用いた近年の 土石流の流下実態に関する調査 土砂災害研究部 砂防研究室 研究官 松本 直樹 交流研究員 工藤 主任研究官 (博士(農学)) 内田 太郎 室長 桜井 (キーワード) 土石流、流下実態、LPデータ

Upload: others

Post on 06-Dec-2020

2 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

成果の活用事例

山地流域の流砂量年表の作成

土砂災害研究部 砂防研究室 室長 桜井亘 主任研究官 内田太郎 研究官 田中健貴 交流研究員 井内拓馬

(キーワード) 山地流域、流砂水文観測、掃流砂、浮遊砂、ハイドロフォン、濁度計

1.背景

山地流域における土砂動態の把握は、砂防基本計

画の策定や総合的な土砂管理方針の検討、また国土

監視の観点からも重要である。これまでも砂防堰堤

の堆砂測量結果等から流砂量を推定する試みがなさ

れてきた。しかし、これらの方法は多大な労力を要

する上に、時間分解能が粗い等、課題があった。一

方、近年直轄砂防事務所を中心に、河床に設置した

金属管に掃流砂が衝突する際に発生する音響によっ

て掃流砂量を観測するハイドロフォン、また濁度計

を用いた手法により流砂水文観測が実施されるよう

になってきた1)(写真)。そこで砂防研究室では、

直轄砂防事務所で観測された流砂水文観測データを

河川砂防技術基準(調査編)で位置づけられた「流

砂量年表」としてとりまとめた。

2.観測データ概要

今回対象としたのは、2009年度から2013年度まで

の間、全国の直轄砂防事務所により54か所で実施さ

れた流砂水文観測データである(図)。対象流域の

流域面積は約3~913km2、流域平均勾配は約1.2~

14.5度である。

本流砂量年表で対象とした観測項目は水深、流量、

掃流砂量、浮遊砂量である。掃流砂量はハイドロフ

ォンによって得られた音響波形を鈴木ら(2010)2)

が示した合成音圧法を用いて単位幅掃流砂量に変換

し川幅を乗じて求め、浮遊砂量は濁度計で計測され

た濁度から浮遊砂濃度に変換し、流量を乗じて求め

た。また、本流砂量年表では日流砂量、月流砂量、

出水毎の流砂量について整理した。

3.まとめ

本年表は国総研資料として発刊予定である。これ

まで情報が極めて限定的であった山地流域の土砂動

態を把握するための基礎資料となる他、幅広い用途

での活用が期待される。一方、山地流域の流砂水文

観測は技術的な課題も多く残されており、さらなる

技術開発や研究が必要である。

【参考】

1)田中健貴・内田太郎・蒲原潤一・桜井亘:近年の

山地流域における流砂観測による成果と課題、土木

技術資料 Vol.57、 No.7、 pp.22-25、 2015

2)鈴木拓郎・水野秀明・小山内信智:音圧データを

用いたハイドロフォンによる掃流砂量計測手法に関

する基礎的研究、砂防学会誌、62(5)、18-26、2010

写真

(写真デー

タの貼り付

けは不要) (博士(農学))

写真

(写真デー

タの貼り付

けは不要)

写真 流砂観測施設の例

(博士(農学))

図 流砂観測箇所位置と観測流域の流域面積と

流域平均勾配(左上)

研究動向・成果

LPデータを用いた近年の土石流の 流下実態に関する調査 土砂災害研究部 砂防研究室 研究官 松本 直樹 交流研究員 工藤 司 主任研究官 内田 太郎 室長 桜井 亘

(キーワード) 土石流、流下実態、LPデータ

1.背景

土石流の規模や流下形態・堆積範囲を予測するこ

とは土石流対策上、最も重要な技術の1つである。そ

のため、土石流の実態に関する情報データは土石流

対策上重要であるが、土石流発生前の詳細な地形情

報を得ることが難しいなどの理由から、必ずしもデ

ータの蓄積が進んでいないのが現状であった。一方、

近年、災害前後の航空レーザープロファイラによる

地形測量データ(以下、「LPデータ」と呼ぶ)を用

いることにより、土石流流下による地形変化状況を

空間的に精緻に把握可能になってきている。そこで、

砂防研究室では、LPデータを活用し、土石流対策計

画に係る技術指針の見直し及び改訂に資するために、

土石流の規模や流下状況の調査を進めている。

2.検討概要

(1)検討対象

近年、顕著な被害を引き起こした土石流が発生し

た渓流では、土石流発生前後においてLPデータが取

得されている場合が増えてきた(下表)。そこで、

砂防研究室ではこれらのデータが取得されている土

石流発生渓流を対象に以下の検討を進めている。

表 対象渓流

(2)検討項目

検討している代表的な項目は以下の通りである。

・土石流の粒径構成と土石流堆積形状の関係

・土石流侵食幅・侵食深の実態把握

・流出土砂量に影響を与える因子(降雨・地形・集

水面積)の分析

・土石流ピーク流量の推定ならびに土石流ピーク流

量に与える因子(降雨・地形・集水面積)の分析

・数値計算手法の条件設定手法が流下実態の再現性

に及ぼす影響の検討

(3)検討結果の例

土石流発生前後のLPデータや空中写真を用いて土

石流流下範囲を特定し、土石流発生前後の侵食幅・

侵食深を計測した(下図)。その結果、平均侵食幅

の約83%の事例が10~30mの範囲にあり、平均侵食深

の約80%の事例が0.75~2.5mの範囲にあった。また、

同一渓流であっても、侵食幅・侵食深のばらつきが

大きいため、土石流の調査を実施する場合は、適切

に代表的な断面を抽出することが重要であること示

した。

図 土石流の侵食幅・侵食深の計測例

3.まとめ

今後もデータの蓄積、より詳細な解析を継続して

実施し、土石流の規模や流下形態の予測技術の向上

を図りたい。

【参考】

1) 工藤司・内田太郎・松本直樹・桜井亘: レーザープロ

ファイラデータを用いた土石流侵食幅・侵食深の解析、土

木技術資料 Vol.57、NO.11、pp.22-25、2015

発生年月日 場所 対象渓流数

平成21年7月21日 山口県防府市 5渓流

平成23年7月27~30日 新潟県南魚沼市 5渓流

平成24年7月11~14日 熊本県阿蘇市、南阿蘇村 5渓流

平成24年9月18日 三重県いなべ市 2渓流

平成25年8月9日 秋田県仙北市 1渓流

平成26年7月9日 長野県南木曽町 1渓流

計 21渓流

平成26年8月20日 広島県広島市 2渓流

写真

(写真デー

タの貼り付

けは不要)

(博士(農学))

写真

(写真デー

タの貼り付

けは不要)

2.防災・減災・危機管理

研究動向・成果

- 85 -- 85 -

215

LP データを用いた近年の土石流の流下実態に関する調査

土砂災害研究部 砂防研究室 研究官 松本 直樹 交流研究員 工藤 司  主任研究官

(博士(農学)) 内田 太郎 室長 桜井 亘

(キーワード)  土石流、流下実態、LPデータ