総論...
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16 機 械 設 計
はじめに
精密位置決め技術は,加工機,組立てなどの製造装置や検査・測定装置に必要な精密メカトロニクス技術および精密計測技術であり,アクチュエータ,案内要素,センサおよび制御技術などの幅広い機械・電子技術の集大成である。特に近年では,精密・正確な運動だけではなく高速化つまり単位時間当りの処理能力(スループット)向上の要求が年々厳しくなってきている。以上のような高性能な位置決め装置を設計する際には,基本に忠実な設計手法と最新の技術トレンドを知ることが重要となる。精密工学会超精密位置決め専門委員
会1)は約50社の法人会員および約40名の個人委員(2018年4月現在)からなり,精密位置決め技術の情報交換会を年5回行っている。さらに1986年以来4年ごとに「超精密位置決めアンケート」を実施し,位置決め技術の現状と変遷,また現時点と将来的に発生する具体的な問題点などについて調査・分析を行ってきた2),3)。本稿では,位置決め装置の基礎について述べるとともに,上記のアンケート調査結果から現状の技術トレンドおよび将来の展望について紹介する。
精密位置決め技術の現状
まず,前述のアンケート調査の結果を引用して,
図1 対象装置別の位置決め精度と分解能の限界値
(a)精度の限界 (b)分解能の限界
40
30
20
10
0
平均値 nm
3
2
1
0
平均値 nm
全体
測定機・計測機器
機械要素技術
半導体検査・製造装置
組立調整装置・ロボット
超精密加工機
工作機械
その他
全体
測定機・計測機器
機械要素技術
半導体検査・製造装置
組立調整装置・ロボット
超精密加工機
工作機械
その他
現在の精度の限界近未来の精度限界
現在の分解能の限界近未来の分解能限界
総論 �精密位置決めの動向と基礎技術
静岡大学 大岩 孝彰*
*おおいわ たかあき:大学院総合科学技術研究科 工学専攻 教授
特集 精密位置決め技術の最新動向と有効活用のポイント
PART 1精密位置決めの最新技術とその適用
17第 62 巻 第 9 号(2018 年 8 月号)
精密位置決め技術の最新動向と有効活用のポイント特集
過去および現在の精密位置決め技術の現状を紹介する。図1は現在と4~5年先の近未来における位置決め精度および分解能の到達限界を尋ねた回答結果を示している。回答者が興味を持っている装置の種類別に分類した。図中の破線は全体の平均値を示すが,現時点の精度限界は10 nm程度(平均13.2 nm)だが,将来は約1 nm(同1.7 nm)に達するだろうとの意見が多い。また分解能は現時点では約1 nm(平均0.94 nm)だが,将来は0.1 nm(同0.12 nm)に達するという回答が多い。 また図2は,装置に使用されている位置決め用変位フィードバックセンサの分解能を示している。上の結果を裏付けるように,1 nm以下の分解能を持つセンサの使用割合が特に増加している(1998年9.5%→2014年25%)。装置の位置決めの範囲は,年度を追うにつれて位置決めストロークが100 mm~1 mに集約化している傾向がある。さらにこの十数年ぐらいは1 m以上の回答も増え,2010年では21%,2014年も17%に達し,約2割を占めている。最大送り速度は回を追うごとに増加傾向にあり,特に1 m/s(60 m/min)以上の回答が約30%に達した。 以上をまとめると,多くの位置決め装置ではストローク100 mm~1 mで分解能1 nm以下が要求されつつある。精度や位置決め分解能をストロークで除して無次元化した数値すなわち相対精度(ダイナミックレンジと呼ぶこともある)は10-8~10-9(ナノ)となる。主な精密機械・機器の相対精度・相対分解能をプロットしたチャートを図3に示す4)。この図においてもストローク100 mm~
1 mに向かって精度向上に伴う下向きのベクトルの存在が確認できる。つまり,小さいものを作るための,いわゆるナノテクノロジー(ナノメートルテクノロジーの略)ではなく,人類の生活に必要な100 mm~1 mの大きさの部品を1~10 nmの精度で製作するテクノロジーが必要とされていることがわかる。
精密位置決め装置の基礎
図4は一般的な直線運動を行う位置決め装置の概念を表している。リニアボールガイドや静圧空気案内などの案内要素でガイドされた位置決め対象物であるテーブルをモータなどのアクチュエータで運動方向に駆動する。図ではテーブルの変位をセンサによって計測し,アクチュエータへフィ
図2 変位センサの分解能
1994
<0.1nm 0.1-1nm 1-10nm 10-100nm 100-1000nm
1998
2002
2006
2010
2014
0% 20% 40% 60% 80% 100%
51 28 27 23
81 27 37 22
211 21 31 18 13≧1000nm
7 16 18 19 23 4
13 26 22 28 18 1
5 14 17 13 20 6
図3 精度・分解能とストロークのプロット
ストロークおよび代表長さL(m)10-6
10-9
10-6
10-3
10-3
10-5
10-7
10-9
10-3 100(1μm) (1mm) (1m)
(1nm)
(1μm)
(1mm)
レーザ測長システム
半導体露光装置
三次元座標測定機の精度
工作機械の精度
最新リニアエンコーダSPM
電気的コンパレータ
機械的コンパレータ
Wilkinsonの中ぐり盤
分解能および精度 L(m)
∆
ダイナミックレンジ
および相対精度 L/L∆
図4 位置決め装置の概念
コントローラ
運動の方向 内乱(振動)
外乱(熱・室温変動)
運動伝達要素
アクチュエータ
内乱(熱)
外乱(振動)
構造体
案内要素
位置センサテーブル・位置決め対象
18 機 械 設 計
ードバックして目標値からの偏差が最小となるように位置決め制御を行っている。要求される精度や速度を実現させるためには,適切なアクチュエータ,案内要素,運動伝達要素,センサおよび制御コントローラを選択する必要があるが,その種類・組合せは膨大であり,外乱や内乱(振動・熱など)も加わり要求仕様を満足させることは年々困難になってきている。 図5は直線運動機構の位置決め方向(X方向)とその直角方向の並進偏差(YおよびZ方向)とX,Y
およびZ軸回りの姿勢偏差(ロール,ピッチ,ヨー)を示している5)。一般にX方向の静止時あるいは運動中の瞬間的な位置の誤差を位置決め誤差,並進偏差および姿勢偏差を運動の真直度誤差あるいはモーションエラーなどと呼んでいる。以上の位置決め誤差や運動誤差には繰返し性のある誤差と繰返し性のない誤差がある。前者は幾何偏差などによる系統的な誤差であり,補正が可能である。後者は内・外乱,たとえば熱膨張や振動などによるものであり,補正は困難である。
アッベの原理
1.姿勢誤差が位置決め精度に及ぼす影響 超精密な機械の設計では,アッベの原理6),7)は非常に重要である。アッベの原理とは,「ある点の変位を測定するとき,測定軸がその点の運動に対して平行であるだけではなく,測定軸とその点が一直線上になくてはならない」というものであ
る。図4における位置決め装置では,テーブルの変位は正しく測定できるが,テーブルに載せられた被測定物上の加工点あるいは計測点と変位センサの間にはオフセットが存在する。テーブルに姿勢誤差がない場合は,計測点の変位と変位センサの測定値は一致するが,図6のように案内要素の運動誤差などに起因する姿勢誤差が発生すると,計測点には〔オフセット〕×〔姿勢誤差〕となる大きさの位置決め誤差が発生する。つまりオフセットが大きくなれば誤差は拡大されてしまう。そこで,オフセットをできるだけ0に近づけなくてはならない。〔オフセット〕=0とすれば前述の誤差は結果的に0になるはずである。 以上がアッベの原理の概要であるが,計測系だけではなく駆動系にも拡張される。たとえば,直線運動機構などの設計時においては,テーブル・工作物系の重心,案内要素,そしてアクチュエータの駆動軸を一直線上に配置したほうがよい。テーブルをアクチュエータで駆動する際には,テーブルの重心には慣性力が,案内要素には摩擦力が作用するが,図7のようにこれらの間にオフセットが存在すれば,力学的にモーメントが発生し位置決め方向以外の運動誤差が生じやすくなる。以上は,Bryanのアライメント原理(alignment
図6 姿勢誤差が発生した場合
案内要素
加工点・計測点
ワークピースアクチュエータ
テーブル
誤差=オフセット×姿勢誤差
オフセットセンサ
姿勢誤差
図7 アクチュエータがオフセットを持っている場合
オフセット
案内要素の摩擦力
慣性力
駆動力
ワークピース
アクチュエータ
テーブル
図5 直線運動機構の運動誤差
Z
Y
X 進行方向位置決め誤差δx
水平方向並進誤差δy
ピッチングδβ
ヨーイングδγ
エンドエフェクタ
位置決め方向
オフセット(x,y,z)T
上下方向並進誤差δz
ローリングδα