特集 食の安全を確保するために -食品衛生法改正- ·...

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特集 食の安全を確保するために 特集1 食品衛生法改正の概要 1 特集2 HACCP 導入推進の取り組み-小規模飲食店を中心にー 特集3 食品リコールの報告制度スタートに向けて−情報をどう活かすか− 5 8 消費者問題アラカルト 地域でつなぐタネの未来 11 中古車の契約をめぐるトラブルQ&A 中古車の売却(2)-ネットでの売却トラブルー こんなときどうしたら?インターネットのセキュリティガイド 不正ログイン 私と消費者問題 山中 龍宏さん 14 16 19 海外ニュース <イギリス>合意なき EU 離脱の影響は? <アメリカ>自然災害から身を守るために <スイス>買うより借りる「モノの図書館」とは <ドイツ>植物を原料とする使い捨て容器の実力は? 21 消費者教育実践事例集 大学生が取り組む「すごろく」による消費者教育 気になるこの用語 管轄 23 25 消費生活相談員のための割賦販売法 個別信用購入あっせん(1)-要件、行政規制- 苦情相談 注文した覚えのない商品が届いたネット通販トラブル 暮らしの法律 Q&A 放置されたままの危険な空き家はどうする? 暮らしの判例 土地の所有権放棄が権利濫用等に当たると判断された事例 誌上法学講座 不当条項規制(9条)(3) 28 32 34 35 38 ウェブ版 NO.762018目次 -食品衛生法改正-

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特集 食の安全を確保するために

特集1 食品衛生法改正の概要 1

特集2 HACCP 導入推進の取り組み-小規模飲食店を中心にー

特集3 食品リコールの報告制度スタートに向けて−情報をどう活かすか−

5

8

消費者問題アラカルト 地域でつなぐタネの未来

11

中古車の契約をめぐるトラブルQ&A 中古車の売却(2)-ネットでの売却トラブルー

こんなときどうしたら?インターネットのセキュリティガイド 不正ログイン

私と消費者問題 山中 龍宏さん

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海外ニュース <イギリス>合意なき EU 離脱の影響は?

<アメリカ>自然災害から身を守るために

<スイス>買うより借りる「モノの図書館」とは

<ドイツ>植物を原料とする使い捨て容器の実力は?

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消費者教育実践事例集 大学生が取り組む「すごろく」による消費者教育

気になるこの用語 管轄

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消費生活相談員のための割賦販売法 個別信用購入あっせん(1)-要件、行政規制-

苦情相談 注文した覚えのない商品が届いたネット通販トラブル

暮らしの法律 Q&A 放置されたままの危険な空き家はどうする?

暮らしの判例 土地の所有権放棄が権利濫用等に当たると判断された事例

誌上法学講座 不当条項規制(9条)(3)

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ウェブ版

NO.76(2018)

目次

-食品衛生法改正-

国民生活 2018.11 1

はじめに食品衛生法が 15 年ぶりに改正され、2018

年 6 月 13 日に公布されました。今回の改正では、以下の大きく 7 つの点に関する改正が行われました。

この度の改正については、これに先立ち食品衛生の現状と課題を整理し、課題解決のために中長期的に取り組むべき事項を含めて食品衛生法の改正の方向性を議論するため、12 人の委員から構成される食品衛生法改正懇談会(改正懇談会)が設けられ、2017 年 9 月から 11 月にかけて合計 5 回開催され、議論がされました。本稿ではこの度の食品衛生法の改正内容を紹介するとともに、併せて改正懇談会での議論の一部も紹介します。

食品衛生法改正の背景食品衛生法については、これまでも食をめぐ

る環境の変化、あるいはその時々に発生した食品衛生に関する問題に対応するための改正がなされてきました。直近では 2003 年に改正が行われています。当時は BSE(牛海綿状脳症)の問題や中国産冷凍野菜中の基準値を超過した残留農薬の検出などにより、食の安全に対する国民の不安が高まりました。これに対応するため食品のリスク評価を行う食品安全委員会が内閣府に設置されるとともに食品安全基本法が制定され、これに併せて食品衛生法についても ①食品衛生における国等の責務の明確化 ②残留農薬に係

かかわるポジティブリスト制の導入

③輸入食品、国内流通食品に対する監視の強化 ④リスクコミュニケーションの体制の強化等、を内容とする改正が行われました。

この改正から既に 15 年が経過しましたが、その間(ア)一人暮らしの世帯の増加等に伴う調理食品や外食・中食への需要の増加等の食へのニーズの多様化(イ)輸入食品の増加など食のグローバル化の進展(ウ)ノロウイルスや腸管出血性大腸菌(O157)等による広域的な食中毒の継続的な発生(エ)いわゆる「健康食品」による健康被害の発生等、食品衛生の課題は変

(1) 広域的な食中毒事案への対策の強化

(2) HACCP(ハサップ)に沿った衛生管理の制度化

(3) 特別の注意を必要とする成分等を含む食品による健康被害情報の収集

(4) 食品用器具・容器包装の衛生規制の整備

(5) 営業許可制度の見直しおよび営業届出制度の創設

(6) 食品リコール情報の報告制度の創設

(7) 輸入食品の安全性確保・食品輸出事務の法定化

食の安全を確保するために-食品衛生法改正-

特 集

1978 ~ 2018 年まで国立医薬品食品衛生研究所にて「医療製品の品質 ・ 安全性 ・有効性評価」および「食とくらしの安全確保」のための試験 ・ 研究に従事、2018年からは食品安全委員会委員を務める。

川西 徹 Kawanishi Toru 食品衛生法改正懇談会座長

食品衛生法改正の概要特 集

1

国民生活 2018.11 2

化しており、これらの課題解決のためにも、食品衛生法改正等に取り組むことが必要となっていました。

改正の主な内容

●健康被害の防止や食中毒等のリスク低減に向けて

(1)広域的な食中毒事案への対策の強化食中毒についてはサルモネラや腸炎ビブリオ

など、対策が効を奏して発生が大きく抑えられているものがある一方、ノロウイルス等による食中毒は依然として数多く発生しているほか、食中毒発生件数全体でも近年下げ止まりの傾向がみられています。今後食のニーズの変化や高齢者人口の割合の増加が、現在下げ止まり傾向にある食中毒件数・患者数を押し上げていくことも懸念され、的確な食中毒対策を講ずる必要があります。

そのためこの度の改正では、広域にわたる食中毒発生の防止に向けた厚生労働省と都道府県等の間の連携 ・ 協力(改正食品衛生法(以下、改正法)第 21 条の 2 関係)や食中毒発生状況の情報共有等の体制整備を図るための広域連携協議会の設置(改正法第 21 条の 3 第 1 項関係、第 66 条関係)に向けた改正がなされました。施行は 2019 年 4 月を予定しています。

なお改正懇談会では、食中毒対策においては、調理段階における対策だけでなく、食肉処理段階での対応の強化や生産段階との連携強化等、フードチェーン全体を通じた衛生管理を向上させることの重要性が指摘されました。(2)HACCPの制度化

食品衛生上の危害要因を科学的に分析し、危害の発生を防止するために特に重要な工程を管理するという、HACCP(Hazard Analysis and Critical Control Point の略。)の考えを

取り入れた衛生管理は、食中毒等の食品事故防止や事故発生時の速やかな原因究明に役立つものであり、先進国を中心に義務化が進められ、今や国際標準となっています。

一方わが国においては中小規模事業者等では依然として普及が進んでいないという状況があり、HACCP の制度化に取り組むこととなりました。この度の改正では厚生労働省令による基準の策定、および営業者の遵

じゅん守し ゅ

が第 51 条第 1項および第 2 項関係として盛り込まれました。施行は公布日(2018 年 6 月 13 日)より 2 年以内*1、経過措置期間は 1 年とされています。

HACCP の制度化については、厚生労働省に設置された「食品製造における HACCP による工程管理の普及のための検討会」や「食品衛生管理の国際標準化に関する検討会」において課題の整理等の議論がなされてきましたが、食品ごとの特性や事業者の状況等を踏まえた実現可能な方法で着実に取り組みを進めることが重要です。

改正懇談会では、①コーデックスのガイドラインに基づく 7 原則を要件とする基準 A *2 の適用が困難な小規模事業者や一定の業種等については、基準 B *2 を採用することを可能とし、かつ、この基準が業界ごとの手引書等を参考に管理を行う多様なものであることを周知すべき ② HACCP 導入への事業者の理解促進のために食品衛生推進員など民間人材の積極的活用、アメリカのようなランク付けや消費者への理解促進等についても検討すべき ③制度の施行に当たっては十分な準備期間を設けるべき、等の意見が出されました。(3)特別の注意を必要とする成分等を含む食

品による健康被害情報の収集いわゆる「健康食品」などは、食品であって

も一般的でない摂取方法や特定成分の過剰摂取

特集 食の安全を確保するために-食品衛生法改正-特集 1 食品衛生法改正の概要

* 1 公布日から起算して2年を越えない範囲内において政令で定める日。* 2 現在基準Aおよび基準Bの呼称は、それぞれ「HACCPに基づく衛生管理」、「HACCPの考え方を取り入れた衛生管理」に改め

られている。

国民生活 2018.11 3

により身体に悪影響を及ぼす可能性があり、その多くは成分の含有量や製品全体の品質管理についての法的規制がなく、製品としての安全性や有効性の確認は製造者の自主性に委ねられていることから、安全性等の確保が明らかでないものが流通する可能性があります。また現状では、食品による健康被害情報の収集が制度化されていないため、必要な情報収集が困難であり、健康被害が生じても、その発生 ・ 拡大を防止するために食品衛生法を適用する根拠が不足していました。

そこでこの度の改正では、リスクの高い、特別の注意を必要とする成分等として、厚生労働大臣が薬事 ・ 食品衛生審議会の意見を聴いて指定する成分等を含む食品(指定成分等含有食品)に関する健康被害情報について、事業者から都道府県知事等(都道府県知事、保健所を設置する市の市長または特別区の区長)への届け出を通じた、国への報告を義務化するための改正を行いました(改正法第 8 条第 1 項および第 2項関係)。さらに医療関係者にも健康被害に関する調査への協力をうたう項が設けられました

(改正法第 8 条第 3 項関係)。施行は公布日より 2 年以内です。

なお改正懇談会では、健康被害の未然の防止の観点から製造工程管理や原材料の安全性の確保のための法的措置を講じ、実効性のあるしくみを構築すべきとの意見が出されるとともに、

「健康食品」という呼称自体が消費者の誤解を生む一因でもあり、呼称の見直しについても検討すべきとの意見が提出されました。(4)食品用器具・容器包装の衛生規制の整備

食品に用いられる器具および容器包装は、従来は食品衛生法に基づき個別の規格基準を定めた物質についてのみ使用の制限等を行う「ネガティブリスト制度」による規制に加え、業界団体の自主基準による管理等の取り組みによってその安全性の確保が図られてきました。しかし

ネガティブリスト規制では、海外で使用が禁止されている物質であっても、個別の規格基準を定めない限り、規制することができません。

そこで、認められた物質以外は原則使用禁止とする「ポジティブリスト制度」の導入のための改正を行いました(改正法第 18 条第 3 項関係、第 52 条第 1 項および第 2 項関係、第 53条第 1 項および第 2 項関係)。施行は公布日より 2 年以内、ただし経過措置として、施行日に流通している器具 ・ 容器包装には改正後の規定は適用しないとされています。

食品用器具 ・ 容器包装のポジティブリスト制度については欧米の主要国、インド、中国、インドネシア、ベトナム、オーストラリア、ニュージーランド、ブラジル、アルゼンチン等で既に採用されており、国際標準となる流れにあります。この制度の導入については、厚生労働省の

「食品用器具及び容器包装の規制に関する検討会」で検討が行われてきましたが、改正懇談会では、制度の導入に当たっては、対象材質 ・ 物質の範囲やリスク管理の具体的なしくみ、事業者間で伝達すべき具体的な情報の内容およびその伝達方法等の明確化や適正な製造管理等の策定、具体的な監視指導方法のしくみ、第三者機関の活用等について検討すべき等の意見が出されました。 ●食品安全を維持するためのしくみの創設等(5)営業許可制度の見直しと営業届出制度の

創設HACCP の制度化に伴い、旧来営業許可の対

象であった 34 営業許可業種以外の事業者(例えば漬物製造業、水産加工品製造業といった、自治体が独自に許可制度を設けているもの等)についても所在地等を把握する必要があり、営業届出制度を創設するための改正がなされました(改正法第 57 条関係)。あわせて現行営業許可の対象である 34 営業許可業種についても、実態に応じたものとするため、食中毒リスクを

特集 1 食品衛生法改正の概要

特集 食の安全を確保するために-食品衛生法改正-

国民生活 2018.11 4

考慮しつつ見直しを行うための改正が行われました(改正法第 54 条関係)。施行は公布日から3 年以内です。

改正懇談会では、①業種の区分については可能な限り大くくりでまとめて整理 ②営業届出制度の創設に当たっては容易に届出ができるような工夫が重要、等の意見が出されました。(6)食品リコール情報の報告制度の創設

食品衛生法に違反する食品については、食品衛生法に基づき都道府県知事等が事業者に対して当該食品の回収等を命じることができることとされており、都道府県等の判断により運用が行われているほか、食品等事業者が自主的に食品の回収等を行う場合もあるのですが、その報告を求めるしくみは食品衛生法に規定されていませんでした。

そこで食品等事業者が製造・輸入等を行った製品について、自主回収を行うとした場合の情報を国が把握し、国民に情報を提供するしくみを構築するため、リコール情報の報告制度創設のための改正が行われました(改正法第 58 条関係)。施行は公布日より 3 年以内です。

改正懇談会では、報告制度を作るに当たっては、報告を義務づける対象の範囲や報告を行う基準などを明確にするとともに、健康被害があるものの、回収に至っていない製品の情報提供についても併せて検討する必要があるとの意見が出されました。(7)輸入食品の安全性確保・食品輸出事務の

法定化 従来輸入食品の安全性確保については輸入

時の検査の充実が対策の中心でした。しかし、HACCP の制度化に伴い、わが国も欧米同様、輸入に当たって HACCP による衛生管理や乳製品等の衛生証明書の添付の要件化等を行うための改正を行いました(改正法第10条第2項関係、第 11 条第 1 項および第 2 項関係)。施行は公布

日より 2 年以内です。輸入食品の検査関係では、改正懇談会で、輸

入時の検査を担う食品衛生監視員の人員確保、検査機器の確保等の体制整備についても計画的に行うべきとの意見が出ました。

また食品輸出に当たって、輸出先国の衛生要件を満たすことを示すため、国 ・ 自治体における衛生証明書の発行等の食品輸出事務が増加しているにもかかわらず、従来このような事務の根拠規定が食品衛生法にありませんでした。そこで、自治体等の食品輸出関連事務の根拠規定を創設するための改正を行いました(改正法第74 条関係、第 75 条関係)。施行は公布日より2 年以内です。

おわりに

食品衛生法改正の内容については、厚生労働省のウェブサイト*3 に解説や関連事項の Q&Aが公開されております。ご参照ください。

この度の食品衛生法改正内容との直接のリンクはありませんが、改正懇談会ではリスクコミュニケーションに関しても議論がなされ、「食品安全のリスクコミュニケーションは、行政、消費者、事業者などの関係者が食品安全に関する情報を共有した上で、それぞれの立場から意見を出し合い、お互いがともに考える土壌を築き上げ、社会的な合意形成の道筋を探ろうというものであり、食品安全に関するリスク等に関する情報を正しく消費者に伝えるため、行政から国民への情報の発信方法や内容を工夫するとともに、双方向の情報交換及び意見交換を推進すべき」との意見がまとめられました。

食品衛生法改正が引き続き適切なリスクコミュニケーションのもとに施行され、わが国の食品衛生のさらなる向上として結実することを願っています。

特集 1 食品衛生法改正の概要

* 3 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000197196.html

特集 食の安全を確保するために-食品衛生法改正-

国民生活 2018.11 5

はじめに

今般の食品衛生法改正により、原則としてすべての飲食業を含む食品等事業者に対して、HACCP に沿った衛生管理の実施が求められます。しかし、大規模な事業者の多くが HACCPに基づく衛生管理を実施しているのに対し、中小零細規模の事業者においては発展途上であるといえます。

このようななか、小規模な一般飲食店に対して、公益社団法人日本食品衛生協会(以下、日食協)がどのような取り組みを行っているか紹介したいと思います。

HACCP の必要性

現在、日本国内における食に対する関心は、外食・中食に向けられ、その需要は高まる傾向にあります。これは、共働き世帯および定年退職後の夫婦世帯の増加と相関があり、今後もこの需要は伸びることがうかがわれます。

また、日本の食料自給率は年々減少傾向にあります。あわせて、輸入食品の届け出件数および輸入数重量は増加傾向にあります。さらに、海外から日本を訪れる旅行者も増加し、その目的には日本食が含まれます。

輸出においても、日本の食品は、海外の富裕層から人気があり、輸出額と数重量も増加傾向にあります。

このように、日本における食は、自ら家で料理するだけではなく、輸入品による原料を中心

に、飲食店や大量調理施設で製造された料理を食べる世帯が増え、日本を訪れる旅行者も日本の飲食店で日本食を食し、日本国内で製造された食品は海外に輸出されるという、食のグローバル化が進んでいます。

さらに、2019 年にはラグビーワールドカップの開催、そして 2020 年には東京オリンピック・パラリンピックが控えています。

一方、食中毒の発生件数は年間約 2 万件で下がり止まりの傾向にあり、また、最近では広域で発生する食中毒事例も散発するなど、食中毒予防は今までの方法では根本的な解決につながっていないことがうかがわれます。

HACCP は食品の製造工程において温度、時間などを管理することで、食中毒などの危害要因を排除することができる手法です。その有効性から、諸外国では、食の安全にかかわる国際標準である HACCP を義務化している国が少なくありません。それらの国から来訪する人々が日本の食に触れ合い、飲食店などで安心して食事してもらうためには、HACCP に沿った食品衛生管理の実施が不可欠となります。

こうした状況から、HACCP の制度化は必要になってきました。

HACCP 導入の現状

HACCP 制度化の対象はすべての食品等事業者とされています。これまでも、国や各業界団体が HACCP に基づく衛生管理について、普及啓発や人材育成を行ってきており、大企

特集 食の安全を確保するために-食品衛生法改正-

HACCP導入推進の取り組み− 小規模飲食店を中心に −

特 集

2

太田 敬司 Ota Keiji 公益社団法人日本食品衛生協会 公益事業部 HACCP 事業課長

国民生活 2018.11 6

業ではほぼ 7 割が、中小企業では 3 割程度がHACCP を導入できていますが、その導入率はこの 3 年間変化がありません。

「食品衛生管理の国際標準化に関する検討会」(以下、検討会)においても、制度化に向けて、食品の業態や特性を考慮し、厚生労働省と業界団体等が連携しながら、食品衛生管理計画の策定および実施の支援を行うことが必要であるという結論が出されています*1。このことを受けて、HACCP の制度化においては、コーデックス HACCP の 7 原則*2 を要件とする「HACCPに基づく衛生管理」もしくは、コーデックスHACCP の 7 原則をそのまま実施することが困難な小規模事業者等に対して、コーデックスHACCP の 7 原則の弾力的な運用を可能とする

「HACCP の考え方を取り入れた衛生管理」によって実施することになりました。

この「HACCP の考え方を取り入れた衛生管理」は、つまり、HACCP による衛生管理は、これまでの衛生管理とまったく異なるものではなく、これまでの衛生管理を基本としつつ、科学的な根拠に基づき、HACCP の原則に則して体系的に整理し、食品の安全性確保のしくみを

「見える化」しようとするものです。これらの衛生管理の実施に当たって、事業者

の負担軽減を図るために、各食品等事業者団体において食品の特性等を踏まえた手引書の作成が推奨されています。その作成を支援するために「食品等事業者団体による衛生管理計画手引書策定のためのガイダンス」 *3 が示されており、基本的な考え方や構成、留意事項等を参考にすることができます。

日食協の HACCP 導入推進に向けた取り組み

HACCP の制度化において、全国都道府県市の食品衛生協会の会員は、その 6 割が飲食店で、数名の家族経営でメニューが多く、また、従業員が高齢であることも少なくありません。このような会員の負担軽減を図るため、日食協では 2017 年 9 月に小規模な一般飲食店向けの

「HACCP の考え方を取り入れた衛生管理のための手引書」* 4(以下、手引書)を策定しました。

この手引書は食中毒予防の 3 原則(つけない、ふやさない、やっつける)を基本に、日々の一般的衛生管理とメニューに応じた注意点について衛生管理計画を明確にし、実施し、記録することにより衛生管理を「見える化」できる内容としています。

また、幅広く利用してもらえるよう、難しい言葉や外国語(いわゆる横文字)等の使用はできる限り避け、文字を少なくしてイラストを多用するなどして分かりやすい手引書にすることを心がけました。

この手引書を参考に、会員が HACCP の考え方を取り入れた衛生管理を具体的に実施できるよう、次に挙げる講師、指導者の養成とその講師による講習会や研修会を全国で展開することで全国の飲食店等事業者に向けて普及啓発を図っています。また、実質的な HACCP 導入の準備として「食の安心・安全五つ星事業」についても紹介しています。(1)食品衛生指導員活動(日食協事業)

国民に安全で衛生的な食品を提供できるよう実践活動を行い、国民の保健衛生の向上と増進に寄与することを目的として、1960 年から実

特集 2 HACCP導入推進の取り組み−小規模飲食店を中心に−

* 1 https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000146747.html* 2 FAO/WHO合同食品規格委員会(コーデックス委員会)策定のガイドライン。「7原則」は、危害を分析・特定した上で、重要

な工程を継続的に監視し、記録・検証するHACCPの構成要素。* 3 https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11130500-Shokuhinanzenbu/0000209408.pdf* 4 http://www.n-shokuei.jp/eisei/pdf/haccp_tebikisyo.pdf

特集 食の安全を確保するために-食品衛生法改正-

http://www.n-shokuei.jp/eisei/haccp_sec05.html

国民生活 2018.11 7

施している、日食協の中核となる活動です。全国約 48,000 名の食品衛生指導員が行政当局と連携、協力のもと、食品等事業者の衛生指導や相談、さらに消費者の食品衛生意識の啓発など、幅広い活動を行っています。

2017 年度からは巡回指導における重点指導項目を「HACCP の考え方に基づく衛生管理の実施」として普及・啓発活動を実施しています。(2)飲食店等HACCP理解醸成事業(厚生労

働省委託事業)2016 年度から受託している事業で、毎年全

国 7 カ所で、地域で中心的な役割を担う飲食店に受講してもらい、その内容を地元の飲食店を営む人に説明してもらうことを図り、リーフレットの配布と合わせて、普及・啓発を行っています。(3)HACCP人材育成事業(農林水産省補助

事業)2018 年度から実施している事業で、食品等

の事業者を対象に HACCP の考え方を取り入れた衛生管理にかかわる研修会を行っています。内容は、一般飲食店向け衛生管理手引書に基づく講義演習と、他業界団体の手引書の内容について講義し、中小企業を中心とした食品等事業者に、HACCP の考え方を取り入れた衛生管理についての理解を進めてもらうため、全国30 カ所で開催しています。(4)食の安心・安全五つ星事業(日食協事業)

食品衛生指導員が確認する、次の 5 つの項目をそれぞれ星の数として数え、その取り組みに応じて店頭にプレートを貼

ちょう付ふ

することができる、日食協、独自の制度です。①従事者の健康管理実施店②食品衛生講習会受講店③衛生害虫等の駆除対策実施店④食品衛生管理記録実施店⑤食品賠償責任保険加入店

飲食店においては前記④について HACCPの考え方を取り入れた食品衛生管理計画および記録簿(一般飲食店)に、日々の食品衛生に関する事項を記録していることで判定を受けることができます。また HACCP の考え方を取り入れた衛生管理実施店であることを記載したプレートを店頭に掲示することができます。(5)HACCP指導者養成研修(農林水産省補

助事業)2014 年度から農林水産省より受託し、中小

零細企業に対して HACCP に基づく衛生管理のメリットやその導入にかかわる指導助言を分かりやすい言葉で伝えることができる人材を育成するため、延べ約 600 名に対して研修を実施してきました。

修了者は HACCP 普及指導員や、HACCP の考え方を取り入れた衛生管理にかかる講習会、研修会の講師として活躍しています。(6)HACCP普及指導員制度(日食協事業)

2016 年度から開始した制度で、HACCP 指導者養成研修修了者のうち、具体的に HACCPに基づく衛生管理の導入支援を担うことを目的とする人に登録してもらう制度で、2018 年4 月の段階で約 230 名の登録があり、随時、HACCP 導入支援を求める食品等事業者に対して講演や指導助言を行っています。

当 協 会 は、 こ の よ う な 取 り 組 み を 進 め、HACCP の考え方を取り入れた衛生管理の普及と、分かりやすい言葉で伝えることができる指導者の養成、そして、HACCP 導入に向けた支援を引き続き進めてまいります。

特集 2 HACCP導入推進の取り組み−小規模飲食店を中心に−

特集 食の安全を確保するために-食品衛生法改正-

国民生活 2018.11 8

特集 食の安全を確保するために-食品衛生法改正-

6 月に公布された改正食品衛生法により、食品リコール(自主回収)の報告制度ができることとなりました。厚生労働省(以下、厚労省)が設置した「食品衛生管理に関する技術検討会*」で具体的な内容を検討中で、概要がみえてきたところです。

事業者が、食品衛生法違反や違反のおそれのある食品のリコールに着手した際に、行政へ届け出ることを義務づけます。行政はその情報を監視指導に活かすとともに、健康被害の可能性の高さに応じてクラス分けをして、分かりやすく情報発信します。厚労省がインターネット上に届出システムを構築し、事業者からの報告や国民への情報提供を迅速に行うしくみとなります。

これにより、リコールが抱える課題は大幅に改善される見込みです。制度は法律公布から3年以内に施行されます。以下、解説します。

農薬混入事件で不備が浮き彫りに

従来は、食品衛生法第 54 条により、営業者が第6条(有毒有害物質を含有する食品等の販売等の禁止)、第 11 条(規格基準に適合しない食品等の販売等の禁止)などに違反した場合には、厚生労働大臣や都道府県知事がその食品の廃棄や回収等を命じることができる、とされていました。行政は命令を出すとともに、情報を公表します。

しかし、実際には、命令が出る前に事業者が自主的に回収し始め、そのまま命令が出されないケースがありました。また、食品衛生法ではリコールに関する規定がなく、報告も義務づけられていませんでした。

そのため、健康被害が起きるかもしれないリコール情報が、幅広い市民・消費者に正確に届かない、という事例が出てきていました。例えば、2013 年 12 月の (株)アクリフーズの冷凍食品農薬混入事件です。

同社がリコールを決めてから県に届け出たため、県は結局、回収命令を出しませんでした。のちに、従業員が農薬を混入した事件であることが分かりましたが、同社はリコールを公表した記者会見等で、農薬のリスクを著しく小さく説明してしまいました。その内容を、同社が厚労省に直接報告するルートもありませんでした。

リコール公表の翌日、報道を見て厚労省が誤りを指摘し、同社は翌未明に記者会見を開いてリスクの説明を改めました。極めて緊急性の高い「絶対に食べてはダメ。すぐに、家庭の冷凍庫の中を探してほしい」という重要な情報が正しく国民に届くまでに、2日近くもかかってしまったのです。

筆者は、同社が設置した第三者検証委員会のメンバーとして原因調査に当たりました。投入された農薬による健康被害が確認された事例はありませんでしたが、この時、正しいリコール

* https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/other-syokuhin_436610.html

食品リコールの報告制度スタートに向けて− 情報をどう活かすか −

特 集

3

新聞記者を経て、フリーランサーとして食品の安全性、機能性、農業技術等について取材執筆、講演を行っている。著書に『効かない健康食品 危ない自然・天然』(2017年、光文社新書)など

松永 和紀 Matsunaga Waki 科学ジャーナリスト

国民生活 2018.11 9

特集 3 食品リコールの報告制度スタートに向けて−情報をどう活かすか−

特集 食の安全を確保するために-食品衛生法改正-

情報を迅速に全国民に伝える公的なしくみが求められていることを、痛感しました。

質の異なるリコール情報が氾濫

自治体の中には、条例等によってリコールの報告を義務づけ、ウェブサイトなどで公表する自治体もありますが、すべての自治体ではありません。不備を補うべく、民間のリコール情報集約サイトや、消費者庁の「リコール情報サイト」が運営されています。しかし、事業者の任意の情報提供に頼っています。

さらに、事業者のリコールの理由がさまざまであることも情報の混乱につながっています。厚労省による 140 自治体の調査によれば、リコール報告受理件数は 2016 年度、食品衛生法関係(異物混入、カビ等)が 418 件、食品表示法関係(アレルギー表示、期限表示、添加物表示等)が 549 件。例えば、食中毒菌の規格基準違反、アレルギー表示の不備、消費期限表示のミスなどは、健康被害を招くおそれが小さくありません。一方、毛髪混入、味わいなど品質の不備、賞味期限表示のミス、重量表示ミスなどは、健康被害には直結せず、場合によっては回収に応じず食べても問題はありません。

ところが、情報が混在したまま民間サイトなどに区別なく掲載されているのです。

これらの課題については、内閣府消費者委員会が 2013 年、報告書「食品リコールの現状に関する整理」で指摘しました。消費者団体などの間でも、「分かりにくい」「情報を活用できない」などの声が上がっていました。2017 年に厚労省が設置した「食品衛生法改正懇談会」でも議論され、報告制度の創設が決まりました。

安全性にかかわる情報を一元化

厚労省が 2018 年 8 月 24 日に開いた「第5回食品衛生管理に関する技術検討会」で説明

した資料によれば、食品衛生法第 58 条により、リコールの際の報告を規定しています。リコール報告の対象は、食品衛生法に違反する食品と同法違反のおそれがある食品です。インターネットのシステムを厚労省が構築し、事業者はリコールに着手するとともに、製品名称や賞味期限、製造者、自主回収の理由、健康への影響の程度などを入力します。都道府県が情報を確認し厚労省に報告し、都道府県や同省はプレスリリースやウェブサイト等により情報を公表します。

原則として、食品表示法違反の食品は対象外となります。同法違反は、所管する消費者庁が届出義務を定めたり国民への情報提供などを担います。ただし、食品表示法の規定の中には、アレルギーや消費期限など安全性に重要な影響を及ぼす項目があります。そのため、これらについては厚労省のシステムにも情報を取り込み、国民が食品の安全性にかかわるリコール情報を一元的に得て、判断できるしくみにするとのことです。 また、「食品衛生法改正懇談会」等で、危害性の種類や情報の重要度が分かりやすく伝わるように工夫すべきとの指摘があったのを受け、Ⅰ〜Ⅲの3段階のクラス分けを検討しています(表)。

実効性のある制度になるか?

届出義務化により、情報が迅速にその重要性も併せて提供されれば、国民の利便性は大きく高まるでしょう。とはいえ、実効性のある制度とするにはかなりの困難がありそうです。まず、クラス分けはそう簡単な話ではありません。例えば、アレルゲンの義務表示漏れは、今のところはクラスⅠになる方向性ですが、そのアレルゲンの患者以外には危害はまったくありません。「分類は誤解を招く」という意見も事業者

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特集 3 食品リコールの報告制度スタートに向けて−情報をどう活かすか−

特集 食の安全を確保するために-食品衛生法改正-

の中にはあります。また、毛髪やビニール片など口の中のけがが起きないものは報告対象から外す見込みですが、違和感を覚える国民もいそうです。

さらに、2016 年に起きたリステリア菌にからむ冷凍食品の回収事例のような場合も、判断が難しいでしょう。リステリア菌に汚染された可能性のある冷凍野菜がアメリカでリコールされ、日本企業が国内で販売する冷凍食品にも同じ原料が用いられていることが分かり、日本でもリコールが行われました。パッケージには加熱して食べるように表示してあり、加熱すればリステリア菌は死滅します。また、日本では冷凍野菜にはリステリア菌の規格はなく法律違反でもありません。しかし、日本企業は「もし加熱せずに食べる人が出たら」という万一を考え、リコールしました。今後、同様の事例が起きた

時にどのクラスに分類するか。表示どおりに食べれば危害はないだけに、判断は難しいのです。

クラス分類は往々にして、その食品に対するレッテル貼りにつながり風評被害も招きかねません。厚労省は制度開始までにさまざまな事例についてどの分類にするか決定し、都道府県や事業者等に提示しておく必要があります。

消費者の理解も求められます。消費者は「クラスⅠだから、早くうちの冷蔵庫の中にその食品がないか調べないと」という行動に結び付けなければなりません。一方で、クラスⅢを過剰に警戒するような誤解も防ぎたいところです。

リコールする側の事業者にも能力が求められます。リコール情報を自ら入力し、事案が食品衛生法違反に当たるのか、安全性には無関係の食品表示法違反なのか等の区別も必要です。食品事業者のほとんどは中小企業で、インターネットのシステムに不慣れな高齢経営者も多いので、自治体等のサポートも必要でしょう。

事業者と消費者に対応する自治体や消費生活センター等は、双方に分かりやすく情報を流し理解を促し、インターネットを使えない高齢者等の市民・消費者にまで、迅速に正しい情報を流す役割が求められます。

この制度がうまく運用されれば、非常に効果的です。しかし、多くの情報を一元的に集めて仕分けをし、分かりやすくかつ科学的に素早く国民に提供する、というのは容易な話ではありません。さまざまな段階で、多くの関係者の協力と努力が求められます。また、一定のコストもかかります。厚労省や自治体等は国民とのコミュニケーションに努め、理解を深めてから制度をスタートさせる必要があります。

表 食品のリコール情報の報告制度の危害分類(案)

クラスⅠ 喫食により健康被害が生じる可能性が高い食品(食品衛生法第6条違反に該当する食品)食品例

●腸管出血性大腸菌、サルモネラ、リステリア等の病原微生物に汚染された食品

●硬質異物が混入した食品●アフラトキシン等発がん性物質に汚染

された食品●高濃度の農薬が検出された食品 等

クラスⅡ 喫食により健康被害が生じる可能性が否定できない又は可能性がほとんどない食品食品例

●農薬等が一律基準を超過しているが、残留量が他の作物で設定された基準値以内の食品

●日本で使用可能な添加物であるが、当該添加物の使用が認められていない食品に添加した食品 等

クラスⅢ 喫食により危害発生の可能性がない食品食品例

●今回の制度における報告の対象は、①食品衛生法に違反する食品、②食品衛生法違反のおそれがある食品としていることから、食品安全の観点では想定する食品はない

【参考】:米国では最終製品への食品添加物表示漏れが該当している

出典:「第5回食品衛生管理に関する技術検討会」資料第5回会合では、文言等に異論も出て検討課題となっており、確定していない (2018 年 9月 23日現在 )

(厚労省資料、同省食品監視安全課取材をもとに、2018年 9月に執筆。資料は、厚労省「食品衛生法の改正について」https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000197196.html に掲載されている)

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地域でつなぐタネの未来

消費者問題 アラカルト

博士(農学)。国際協力事業団(現国際協力機構)、農林水産省、名古屋大学教授等を経て 2013 年より現職。著書に『生物多様性を育む食と農』 ( 編著、コモンズ、2012 年 )、『種子が消えれば、あなたも消える』 ( コモンズ、2017 年 ) など。

西川 芳昭 Nishikawa Yoshiaki 龍谷大学経済学部教授(農業・資源経済学)

 タネ(種)屋の息子に生まれた筆者は、大学で遺伝や種子生理を学んで以来30年以上タネと人の関係について興味を持ち続けてきましたが、最近突然タネが日常の話題に上るようになり驚いています。 国の責任で稲・麦・大豆の優良な種子を供給するしくみを定めた主要農作物種子法(1952年制定。以下、種子法)が、2018年4月に廃止され、一部の農家や市民が、農と食の将来について不安を覚えたことが理由でしょう。タネを研究している筆者にとって、タネが注目されることはうれしい半面、一方で誤解も広がっていることを憂いています。本稿ではタネと人の素敵な関係を築くために必要な情報を共有したいと考えています。

「タネを守る」とは「タネを使う」こと

 まず前提として、「タネというものは公共の財産であり、誰かの持ち物ではない」という考え方があります。人間と作物は、人間が作物の世話をし、作物は人間に食物や繊維などを与えてくれる支え合いの中でお互いの命をつないでいます。通常の資源は使うとなくなりますが、タネを含めて生物は増殖するので、人間がタネを使ってこそタネの未来は守られます。 農業にとって品質の良いタネを持続的に入手できることはとても重要です。持続可能な社会の実現のためにも、私たちがどのような農業をしたいのか、どのような食を求めているのかを考え、タネを生活に必要なものとして利用でき

る社会を築くことが大切です。

タネは旅をする-農林 10 号の物語-

 タネは、経済用語で「遺伝資源」といいます。私たちが日常食べている作物は世界中の遺伝資源が利用されて作られた優れたタネによって生産されています。トウモロコシは中米、小麦は中東で栽培化されました。コシヒカリのイモチ病耐性遺伝子は、フィリピンやアメリカなど世界中から来ています。タネは旅をして、私たちのところにやってきたのです。現在の日本の領土内に起源をもつ作物は、ワサビ、フキ、ミョウガなど、ごくわずかです。そう考えると、「日本のタネ」を守るなどという考えが、いかに作物と人間の世界的な相互依存関係からかけ離れた考えかが分かります。 旅するタネの最も有名な例を紹介します。農林10号という小麦の品種があります。東北地方で育成され、背が低くて頑丈で多くの穂を付けても倒れない性質を持っています。第二次大戦後、占領軍の農学者サーモンが、このタネをアメリカに持って帰りました。アメリカに渡った農林10号は、アメリカの品種と交配され、「ゲインズ(収益)」という品種が作られました。さらにこのタネは旅をしてメキシコにある国際研究所にいたボーローグという研究者の手に渡ります。彼は、開発途上国の飢餓をなくす研究にこのタネを使ってインドやパキスタンの環境に適した品種を育成し、1965年から翌年にかけて大凶作のときに、数万トンのタネを送

消費者問題 アラカルト

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りました。それによって、インドでは小麦の収量が倍近くになり、パキスタンでも自給が可能なレベルに達したそうです。 もともと中東で栽培化された小麦が日本で品種改良され、アメリカ、メキシコを経由してインド、パキスタンで飢餓を救いました。この業績でノーベル平和賞を受賞したボーローグは、農林10号の開発者である稲塚権次郎に対して、「農林10号を作ってくれてありがとう」と言ったそうです。稲塚は「農林10号を広めてくれてありがとう」と返しました。この物語は、仲代達矢主演で『NORIN TEN~稲塚権次郎物語』という映画にもなっています。 企業の論理は別ですが、作物の品種改良を行う人たちの多くは、開発した品種やタネを自分のものだとは言わない傾向があります。

種子法が守ってきた協働の関係

 種子法というのは、3つのことを決めていました。1つ目は、都道府県がその地域に合った品種、すなわち奨励品種を決めるための試験を行うこと。2つ目は、決まった奨励品種について、原種、原原種を生産すること。原種は、農家がまくタネの親の世代、原原種はそのまた親の世代、つまり祖父母のタネをいいます。新しい品種が開発されたとき、手元にあるタネの量はほんの一握りであるため、何世代かかけてタネを増やすわけです。 3つ目は、最終的に農家がまくタネの生産圃

場を選ぶこと、タネを生産している間にも他のものが混ざらないよう調べ、助言・指導を行うことです。国・県・JA・農家が協力して、私たちの食卓を守ってきたのです。 似た名前の法律に種苗法があります。種苗法は、品種の育成の振興と種苗の流通の適正化を図るための法律で、品種を作った人の知的財産権を守る法律です。種子法がなくなることで、日本のイネの品種が海外の企業に流出する、というような誤解がありますが、それは種苗法の

取り扱う内容です。 種子法廃止のポイントは、食料安全保障の側面で主要作物の種子を供給するという国の責務が放棄されたことです。さらに、納税者として気になることは、種子法廃止とともに制定された農業競争力強化支援法で、積極的に国や県が持っているノウハウを民間に出すことを促していることです。将来、私たちの税金によって公的機関が開発した品種やノウハウが特定の企業に占有される可能性は否定できません。 ちなみに、種子法の範囲外ですが、私たちが食べているほとんどの野菜は「F1」という交配種です。品質がそろい、流通しやすいので、広く利用されています。F1なしには産業としての農業は成り立たないといってもよいでしょう。F1のタネは一代限りしかその性質を保てず、同じものを作るには毎年タネを買う必要があります。タネが採れないわけではなく、トマトなどでは、F1から自分の好みのものを選抜している農家もあります。ただ、タネが採れない技術(雄性不稔)を使ったF1品種もあり、タネが企業に支配されるという批判の要因となっています。

品種育成者の権利か、農民の権利か

 次にタネをめぐる世界の議論を紹介します。産業として新しい品種を育成した者に付与する権利(知的財産権)に対して、有史以来タネを採り続けてきた農民が持つ権利の両方を対等に認識しましょう、という考え方に基づいて、2001年に「食料及び農業のための植物遺伝資源に関する国際条約」に「農民の権利」が明文化されました。現時点では日本政府はこの権利を積極的に認める方向にはありません。また、条約中の「farmer」という言葉を「農民」ではなく、「農業者」と訳し、産業的に農業を営む者というニュアンスを強くしています。日本では、農家の大半がタネを企業等から買っているので、自分でタネを採る権利は重要ではない

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というのが政府の考え方かもしれません。 作物の品種というのが「資源」として認識され、それを加工して商品が生み出されるという産業としての農業のみに注目すると、農家自身の自家採種や種苗交換は想定外になります。自分の食べるもののタネを採って次の世代に継いでいくというのは人間にとって当たり前の行為ですが、日本を含む先進国の制度、しくみの中では、この行為がないがしろにされがちです。だからこそ「私たち自身がどのようにタネを採り続けるのか」を自覚することが重要になってきます。 条約にはタネをみんなで継いでいく考えがあるのに、各国政府は必ずしもそれに賛同しない動きがあります。そこで、タネを継ごうとする人たちが交流して意見交換を、ということで、市民や農民団体が条約の加盟国代表が集まる会議の場で情報共有を行い、政府に働きかけていく動きも世界中に広がっています。筆者がその場で報告してきた、日本のタネをつなぐ素敵な事例を紹介します。

地域でタネを継ぐ取り組み

 野菜の話になりますが、日本各地でタネを継ぐさまざまな取り組みが行われています。 広島県農業ジーンバンク*(種子の保管庫)では、広島県内でかつて作られていたけれど現在は作られなくなった野菜のタネを保管しています。農家や市民がその野菜を作ってみたいと思ったときに、そのタネを貸し出してもらえます。国のジーンバンクは、研究や育種のためにしかタネの提供はしておらず、原則として一般の農家の利用はできないので、興味深い事例です。 奈良県の「プロジェクト粟

あわ」では、大和の伝

統野菜を調査する非営利の法人と、タネを使って野菜を作る農業法人、そして野菜をレストランで提供する営利企業が三位一体となって活動

しています。   京都府立桂高校では、伝統野菜のタネをクラブ活動として継いでいます。京都には門外不出で、研究者が来てもタネを出さない農家もありますが、高校生が「この野菜、私たちの世代につなげたいんです」と言うと、農家も「そんなに言うのだったら、作り方を教えてあげるわ」と応じました。2017年は、14種類の野菜のタネを採って次の世代につなげただけでなく、機能性の研究も行い、京野菜の1つである「桂うり」を使った糖尿病患者向けのスイーツ開発などで、伝統野菜の積極的利用を促しています。

「食料安全保障」とともに「食料主権」実現を

 「食料主権」という言葉があり、これは「食料安全保障」とは異なる概念です。食料安全保障は、自給率が40%を切っているというような主として量的な確保の概念です。それに対して「食料主権」という言葉は、「何を作るか」「どうやって食べるか」などについて、私たち一人一人、農家の人も消費者も、流通の人もレストランの人も、それぞれが決める権利です。国や地域での取り組みも含まれます。これは国連の人権宣言と関連した「食への権利」として、人権の一部とも考えられています。 産業的な農業のためには、企業が種子を供給するしくみは重要です。ただ、それだけでは農業は成り立ちません。国や都道府県による公的種子供給と農家自身による自家採種、そして企業による種子供給、こういうものがすべてそろったときに、生活の一部・社会の一部としての農業の営みを基盤として、持続可能な農業と食が保たれます。あまりにも産業的な農業や競争力に目を向け過ぎている現在の政策は、市民にとって持続可能な社会を創り出す基盤を失う危険があります。多様なタネと私たちとの関係を大事にしていくべきだと考えます。

* 一般社団法人 広島県森林整備・農業振興財団 農業ジーンバンク

Q 1

A 1

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    インターネットで中古車の廃車買取

サービスを探し、メールで申し込みました。そ

の後、廃車を専門とする買取事業者から電話が

あり、廃車をする車の状況を説明し、買い取っ

てもらうことを「口頭で承諾」し電話を切りま

した。しかし、口頭で承諾をしたものの車を売

ることを考え直し、数分後に電話で継続使用す

ることを買取事業者に伝えたところ、「電話を

切ったあとすぐにレッカーの手配をしたので、

違約金(キャンセル料)一律 30,000 円を請

求する」と言われました。支払わなければなら

ないでしょうか?

    今回のケースは、当協会のモデル約款を採用していない非会員の買取事業者に、インターネットを利用し、電話で買取の承諾をしたが、数分後にキャンセルする旨を連絡したところ、買取事業者より「違約金(キャンセル料)一律 30,000 円を請求する」と言われたという相談です。契約は電話またはメール、ファクスでも成立し、書面による契約と同様の責任を負うことになります。しかしながら今回のような違約金請求の場

合、消費者契約法第 9条第 1号(消費者が支払う損害賠償の額を予定する条項等の無効)では、「当該消費者契約の解除に伴う損害賠償の額又は違約金等を合算した額が当該条項におい

て設定された解除の事由、時期等の区分に応じ、当該消費者契約と同種の消費者契約の解除に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害の額を超えるものについては、当該超える部分を無効」と規定しています。契約成立後とはいえ、相当初期の段階である

ことは明らかであり、契約後のキャンセルについてレッカー手配にかかる「違約金として一律30,000 円を請求された」場合、①契約後レッカー手配が行われるまでは、実際に損害が発生しているとは考えにくい。②レッカー手配がされていた場合でも、これを解約した場合に買取事業者に発生する損害の額が、必ずしも「一律30,000 円」とは限らない。前述①②から、消費者契約法第 9条に違反するのではないかと考えられます。違約金(キャンセル料)を請求された場合には、その内訳や合理的な根拠を書面で求め、それが妥当なものなのか確認することが必要です。そこで、当協会では、会員事業者に対し、

「JPUC行動基準」*1で、違約金(キャンセル料)の請求など、消費者の利益を一方的に害する内容を契約条項に定めてはならないとしております。また、中古自動車(廃車を含む)の契約時は「書面又は電子契約(PDF などの契約書)」を遅滞なく相手方に交付しなければならないと定めております。

* 1 一般社団法人日本自動車購入協会のホームページ(http://www.jpuc.or.jp/charter/)より「JPUC行動基準」(2017 年 11月10日改定)参照

中古車の契約をめぐるトラブルQ&A

中古車の売却(2)−ネットでの売却トラブル−

最終回

一般社団法人日本自動車購入協会(略称:JPUC/ジェイパック)自動車買取事業に関わる事業者が協働し、自主規制団体として設立、「消費者の皆様が安心して自動車を売却できる環境づくり」を推進するための活動を行っている。

Q 2

A 2

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したがって、電話またはメール、ファクスにて中古車の廃車買取サービスを利用する場合は、後日トラブルとならないよう、事業者のホームページに掲載されている「申し込みの流れ」等の内容を十分に理解したうえで進めることが重要です。契約は法的に拘束力を持つ約束事になりますので、簡単に解約することはできません。契約解除には大変な労力が必要となりますので、慎重な対応を心がけてください。なお、四輪自動車についてのクーリング・オ

フ規定の適用は特定商取引法政令により除外されております。

    昨年の12月、インターネットを利

用し、「個人間売買」で中古車を出品し、希望

の販売価格で中古車を売却することができまし

た。代金も入金され、車の名義変更(移転登録)

に関わる書類も引き渡しました。ところが、今

年度の自動車税の納税通知書が届いたので、個

人間売買を仲介した事業者に相談したところ、

対応してもらえず困っています。自動車税の納

付はどうすればよいのでしょうか?

    このケースは車と代金の受け渡しが済んだ後、自動車税の納付に関するトラブルとなった事例です。自動車税は 4月 1日現在、自動車の所有者(割賦販売等で売主が自動車の所有権を留保している場合は使用者)として自動車検査証(車検証)に記載されている人に 1年分が課税されます。売却をした中古車の自動車税納税通知書が届く場合は、3月 31日までに購入者が名義変更(移転登録)の手続きを完了していないことが原因と考えられます*2。よって、自動車税の納付義務は避けられません。道路運送車両法第 13条第 1項では、「新規

登録を受けた自動車(以下、登録自動車)につ

いて所有者の変更があつたときは、新所有者は、その事由があつた日から 15日以内に、国土交通大臣の行う移転登録の申請をしなければならない。」と定めております。そこで、このようなトラブルを避けるために、

車を引き渡す前に売主が「一時抹消登録」を行うことも、有効な手段と思われます。個人間売買では、名義変更(移転登録)に関わるトラブル以外にも「車両を渡したが代金の支払いがされない」「車両を渡した後に故障し、買主から修理代金を請求された」ため、仲介した事業者に相談したが対応してもらえない等の容易に解決することができないトラブルも増えています。その一方で、車の売買を生

なり業わいとしていない個

人間売買の場合は、消費税がかからないことがメリットの1つとして挙げられます。そのため、今後消費税が増税されると個人間売買の市場がさらに活発になるのではないかと思われます。消費者がインターネットを経由して、気軽に

取引を行うことが可能となるなど、利便性が向上しています。しかし、個人間売買を仲介する事業者の中には、「それぞれの自己の責任および費用によって、対象自動車の売買契約に関する交渉、和解、解除、履行の請求、訴訟の提起その他の対応をするものとします」などといった、仲介の場を提供するのみで仲介事業者としての責を負わない「利用規約」を定める事業者も多くあります。現在、一部自主的な対応(消費者の保護)を

実施している事業者もありますので、消費者自身が「利用規約」等を確認のうえで事業者を選択し、トラブルの未然防止に努めることが大変重要です。

*2 国土交通省「自動車検査・登録ガイド」自動車を売買等により譲渡、譲受する場合(移転登録)http://www.mlit.go.jp/jidosha/jidosha_fr1_000033.html

中古車の契約をめぐるトラブルQ&A

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 本号では、「不正ログイン」について解説します。

身近に潜む不正ログインの被害 近年、インターネットを介してあらゆるコンテンツやサービスが提供されています。消費者は多様なサービスの中から、自分の好みに合ったものを利用します。そのサービスを利用するシステムの1つとして、アカウント登録が存在します。 アカウント登録は基本的にIDとパスワードを設定することで、サービスを利用する正規ユーザーの一人として認識されるしくみです。このIDとパスワードの組み合わせは正規ユーザーであると認識するための、いわば本人確認であり、そのユーザー以外は知らないことが前提です。 しかし、IDとパスワードを不正に取得した第三者が正規ユーザーになりすまし、アカウントに不正ログインする事例が多発しています。アカウントが不正ログインされると、例えばインターネット通販サービスの場合、不正に買い物をされてしまいます。

ID、パスワードが窃取される原因 では、どのような経緯でIDとパスワードが窃取されるのか、その代表例を紹介します。■フィッシング 本連載第3回*1では、インターネットバンキングに限定して説明しましたが、ECサイトやSNSを対象とした手口もあります。例えば「不審なアクセスを検知しました。今すぐ確認し

てください」などのメールが届き、IDとパスワードを入力させるリンク先へと誘導する手口(図1)や、フィッシングサイトへと誘導する手口(図2)などです。

■サービス提供元からの漏えい サービス提供元がサイバー攻撃を受けてしまい、アカウント情報(IDとパスワードのセット等)が漏えいするという事例もあります。一度漏えいしたアカウント情報は「リスト」として闇市場に出回り、別のウェブサイトへのログイン試行や次のサイバー攻撃に使うために利用されます。「リスト」を使用した攻撃を「リス

こんなときどうしたら?インターネットのセキュリティガイド

第 5回

図 1 Apple ID をねらったフィッシングメール例

図 2 Apple ID をねらったフィッシングサイト例

資料:フィッシング対策協議会「フィッシングに関するニュース」より

*1 ウェブ版「国民生活」2018 年 9 月号「こんなときどうしたら?インターネットのセキュリティガイド」第 3 回「偽ウェブサイトとインターネットバンキングをねらった攻撃」

   http://www.kokusen.go.jp/wko/pdf/wko-201809_07.pdf

「次のアドレスでアカウントのブロックを解除することができます」と記載されている。

不正ログイン独立行政法人 情報処理推進機構(IPA)セキュリティセンター

国民生活 2018.11 17

ト型攻撃」といいます。■パスワード解析 パスワードの中には推測されやすいキーワードを使ったものがありますが、こうしたキーワードを設定した場合、推測だけでパスワードが破られる可能性があります。例えば「password」「zaqwsx(キーボードの左端2列)」や、「(名前のローマ字)+(誕生日のような数字4桁)」のようなものです。攻撃者はこうしたよくある簡易なキーワードを事前に「辞書」としてデータ化して攻撃を行います。こうした攻撃を「辞書攻撃」といいます。 昨今のウェブサービスへの不正ログインは主にこの「リスト型攻撃」や「辞書攻撃」です。

不正ログインの被害事例 実際に起きた事例と、どのような被害に発展するかを紹介します。1)大学で相次いだフィッシング 2018年の夏頃に複数の大学から個人情報の流出被害が確認されました*2。大学の学生や教職員宛てに、大学で利用しているウェブメールサービスのシステム管理者を装い「メールボックスがいっぱいです」などと書かれたフィッシングメールが送られてきたというものです。教職員などがそのメール内のリンク先にIDとパスワードを入力してしまったことが原因と考えられます。2)フリーメールの乗っ取り IPAには、Yahoo!メールやGmailといったフリーメールの乗っ取り被害の相談が多く寄せられます。メールアカウントが乗っ取られると、送受信履歴などから個人情報が流出してしまうだけでなく、そのアカウントで迷惑メールを送信されてしまうことが考えられます。3)仮想通貨の不正送金 仮想通貨交換業者のウォレットに保管していた仮想通貨が、不正に送金されてしまったとい

う被害相談もIPAに寄せられています。仮想通貨交換業者や仮想通貨を保管するウェブウォレットなどのサービスもIDとパスワードによる認証のため、前述した攻撃の方法などにより突破されたことが原因と考えられます。4)ねらわれるキャリア決済 身に覚えのないキャリア決済があったという相談も多く寄せられています。特にApple IDからの請求だったという報告が多いです。Apple IDの支払い方法をキャリア決済に設定する際、携帯電話番号とその電話番号宛てにショートメッセージ(SMS)で送られるPINコードを入力する必要があります。何らかの方法で電話番号とPINコードが窃取されてしまうと、第三者のApple IDに勝手に連携され、不正に使用されてしまいます。 実際にフィッシングの手口で、電話番号とPINコードを盗み取ろうとする事例がありました*3。

不正ログインへの対策 他者に乗っ取られないためにパスワード管理などの対策が重要となります。パスワードはユーザーが任意で設定できるものです。このパスワードが安易な文字列だと、第三者に推測されてしまいます。また、パスワードを異なるサービスで使い回すことも危険です。1つのアカウントが乗っ取られた場合、使い回したパスワードを登録した他のアカウントも乗っ取られてしまい、被害がより大きくなります。 IPAが行った2017年度の意識調査*4によると、「パスワードは誕生日など推測されやすいものを避けて設定している」と答えた人が53.0%、「パスワードはわかりにくい文字列(8文字以上、記号含む)を設定している」が53.9%とあり、半分以上の人がパスワードを複雑にするよう意識していることが分かります。一方で、「サービス毎

ごとに異なるパスワー

こんなときどうしたら?インターネットのセキュリティガイド

*2 日本経済新聞「6 大学にフィッシングメール、1.2 万件の個人情報流出 」(2018 年 7 月 2 日)   https://www.nikkei.com/article/DGXMZO3249535002072018CR8000/* 3 フィッシング対策協議会「佐川急便をかたるフィッシング」 (2018 年 8 月 10 日 )   https://www.antiphishing.jp/news/alert/sagawa_20180810.html* 4 IPA「2017 年度情報セキュリティの脅威に対する意識調査」報告書   https://www.ipa.go.jp/security/fy29/reports/ishiki/index.html

国民生活 2018.11 18

ドを設定している」と答えた人は32.3%となり、7割近い人がパスワードを使い回しているという事実がうかがえます。■安全なパスワードと管理 パスワードはできる限り「長く」「複雑」にして「使い回さない」ことが重要です。昨今の攻撃では1つのパスワードで複数のサービスに対して不正ログインを試されることが多いため、使い回した場合、複数のサービスで被害にあう可能性が高くなります。 今の時代、多くの人がさまざまなサービスアカウントを所有しています。パスワードを使い回さないようにしたくても、管理が大変になり、覚えきれなくなる不安もあると思います。 そこで、IPAでは使い回しを回避するパスワードの作成方法を紹介しています*5。やり方としては、すべてのパスワードに共通して使う「コアパスワード」とサービスごとに使い分ける「識別子」を組み合わせる方法です(図3、図4)。 この方法であれば、コアパスワードだけは暗記して、識別子だけをメモなどで記録するように管理しておけば、仮にメモを紛失した場合でも悪用される心配はありません。

■2段階認証の設定 パスワードの作成方法について解説しましたが、これに加えて2段階認証を設定することを推奨します。 認証方式には大きく分けて次の3つがあります。

 2段階認証とはこれらの認証方式を複数組み合わせることです*6。パスワードに加えて、セキュリティコードの入力をさせるなどの方式で、たとえパスワードを突破されたとしても、セキュリティコードを入れなければログインできなくなるようにするしくみです。セキュリティコードが携帯電話の電話番号宛てにSMSで届くようにした場合、パスワード(SYK)とSMS認証(SYH)を組み合わせた2段階認証となります。このように、複数の認証方式を組み合わせることはセキュリティをより強固にします。 もしも、アカウントに不正ログインをされて、パスワードを勝手に変更されてしまった場合は、自分がログインできなくなります。そのような状況になった場合は、その運営会社に問い合わせることが必要になります。問い合わせの際は、そのアカウントの本来の所有者であるという証明が必要になります。運営会社によって対応は異なりますが、もし証明できない場合はアカウントを取り戻せないことも考えられます。こうしたことを想定して、事前に手続き方法などを確認しておくとよいでしょう。 大事なことは乗っ取られないことです。日頃から利用しているアカウントはいくつあり、パスワードは強固なのか、2段階認証は設定しているのかなどを確認するようにしましょう。

こんなときどうしたら?インターネットのセキュリティガイド

図 3 コアパスワード作成例

助詞を大文字に変換

短い日本語のフレーズを決定

決めたフレーズをローマ字に変換

変換ルール1を適用(大文字に変換)

変換ルール 3を適用(末尾に数値を追加)

変換ルール 2を適用(末尾に記号を追加)

末尾に「!!」を追加

末尾に好きなスポーツ選手の背番号「06」を追加

例えば、こんな変換ルールを適用します

* 5 IPA「不正ログイン被害の原因となるパスワードの使い回しは NG」   https://www.ipa.go.jp/security/anshin/mgdayori20160803.html* 6 SYK&SYH など複数の要素を組み合わせた方式を「多要素認証」ともいう。

図 4 識別子作成例

IPA メールのパスワードは「IPA」とコアパスワードだから「IPAterebiGAsuki!!06」だな

サービスごとの

認証方式 方法記憶による認証(SYK)Something You Know

ID・パスワード、PIN認証、秘密の質問など

所有物による認証(SYH)Something You Have

SMS認証、ワンタイムパスワード、ICカード(スマートカード)など

生体認証(SYA)Something You Are

指紋認証、顔認証、静脈認証、虹彩認証など

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病院勤務で初めて知った多発する子どものけがや事故――――子どもの事故防止のお話の前に、まずは医師として小児科を選んだ理由を教えてください。

子どもが特に好きということではありませんが、ヒトの「発達」に興味がありました。小児科は子どもに関することすべてを扱い、オールラウンドであることも魅力だったのかもしれません。ただ、大学では子どもの病気ばかり教えられ、けがや事故の処置などは大学病院も含めて、一切習ったことはありませんでした。

ところが実際に地域の病院に勤務すると、いきなり事故にあった子どもがやってきます。処置の経験はなく、まわりに専門家もいない。重症だったり亡くなったりすると、辛いし気の毒だし、事故にあった子どもを診るときは本当にやるせない気持ちでいっぱいでした。――――子どもがプールの排水口に吸い込まれ死亡した事故が、子どもの事故防止に取り組む契機となったと聞いています。

ええ、運び込まれた時はもう手の施しようがありませんでした。聞けば、排水口のふたは潜って持ち上げれば外れる構造だった。穴に柵でもあれば起こらない事故です。全国で同様の事故が何例もありました。そこで文部省(当時)の知人に改善すべきだと話したら「私の担当じゃない」と一言。ただただ呆れ、それなら自分たちでこの現状を変えるしかないと、論文や小児科学会で子どもの事故について分析や提言を発信するようになったのです。

注意喚起だけでは効果なし事故のサーベイランスが急務――――山中先生のクリニックでは事故のデータ収集にも注力なさっていますね。

子どもの事故は管轄が各省庁にまたがり、また裁判などに影響するためか、発表される事故のデータは簡潔すぎて詳しいことが分かりません。そこで事故の患者の基本的な情報に加えて、事故当時の環境や行動をアニメーションとして作れるくらい詳細な調査票を作成しました。事故を予防するには詳細なデータのサーベイランスこそが重要だと考えたからです。

サーベイランスというのは継続的にデータを集めることで、その分析から検証を重ね、予防につなげることができます。その第一段階であるデータ集めは厚生労働省や国民生活センターでも実施され、例えば「やけど」と検索すればいくつもの例が出てきます。これらからどんな事故が起きやすいかの分析までは容易になりました。

ただ、その先がまだできていない。日本では今でも事故があれば「気をつけて」と注意を促すことに終始しがちです。私も過去、健診で誤飲の注意を呼びかけたその日に、子どもがボタン電池を誤飲したと保護者が駆け込んできたことがありました。このことから注意喚起の効果

医師 山中 龍宏さんNPO 法人 Safe Kids Japan 理事長

子どもの事故は予測不能のアクシデントではなく予防可能な傷害である。その信念からたった一人で声を上げ、今や多方面の人々を巻き込んで事故防止の活動を広げる小児科医の山中龍宏さんに、お話を伺いました。

子どもの事故防止を願い人々と連携しつつ役割を担う

私と消費者問題 第 5回

私と消費者問題

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があったのかなかったのか、結果を検証することが重要だと考えるに至りました。

個人規模であれ、具体的な予防策へとサーベイランスの次の段階に進むことができたのは、何と言っても他分野の方々との出会いがあったからです。まずはインターネットを通じて強い協力者が現れました。インターネットには私の考えを広げる力があり、NPO 法人 Safe Kids Japan* 1 の設立にもつながったと思います。また、工学系の人が一緒に事故を減らそうと名乗り出てくれたことは非常に大きな力になりました。産業技術総合研究所* 2 では事故が起きた遊具などで実験を重ね、問題点を見いだすことができます。危険をはらむ製品をなくし、安全な商品の開発に役立ちます。

私は、人にはそれぞれ役割があると思うのです。医師は患者に接して事故の詳細データを集める。コンピューターに強い人がデータを加工し管理する。事故に応じた検証は工学系や化学系の人が担い、それを参考に企業はよい製品を作る。こうした連携が私たちの活動の中で生まれ、滑り台の改良やのどを突かないように折れ曲がる歯ブラシ、自転車のセーフティーガードなどの事故防止製品を生み出してきました。そうした安全な製品があることを親に教えることも、医師の役目の1つでしょう。

個人の責任論から脱却し社会問題として問いかける―――子どもに重大な事故が起きると「親が悪い」という声を耳にすることがありますが……。

「親の責任論」の顕著な例が商業施設の自動回転ドアで起きた 6 歳児の死亡事故です。ドアに駆け込んだ子どものマナーを問題視し、親の責任に言及した新聞もあり、社会的議論となりました。その後、畑村洋太郎氏らの「ドアプロジェクト」* 3 のおかげで、3トン弱のドアが子どもの頭を挟み込んでしまう無防備な設備の存在自体が間違いであると立証されました。しかし、他の事故でも「目を離した親が悪い」と

する考えは根強く、親本人もそう思い込み、その後の人生に影を落とすことが多いのです。

そもそも子どもは突発的な行動を起こすものなのです。子どもからまったく目を離さず、ずっと見ているなんてできるわけがありません。かといって事故が起きないように、あれもダメこれもダメでは窮屈この上ない。ちょっとくらい目を離しても、子どもが多少やんちゃに転んだり跳ねたりしても大丈夫なように、事故につながりかねない環境や製品をなくせばよいのです。また親も自分が悪いと決めつけないで、危険な製品を知らせたり、訴えたりしてほしい。その声が次の事故を防ぐことにつながります。

子どもの事故は消費者問題として相談員の方が対応することもあるでしょう。そんな折には自信を失っている被害者の力になってあげてください。そして事故を減らすために事故の詳細を報告する勇気を持つように導いてほしいと思います。

誰もがそれぞれの役割を担い、その連携こそが大きな力になります。かくいう私たちも初めはどう協力し合えばよいか分かりませんでした。実際に取り組むうちに少しずつ進んできたのです。分野を超えた連携は、それまでの苦労を忘れるような喜びをもたらしてくれます。こうした連携に相談員の方々もぜひ力を貸してください。

今後は、(公財)交通事故総合分析センターのように、年齢を超えた事故のすべてを集め、分析して立法につなげられる消費者事故総合分析センターの設置が望まれます。そして施策に対しては、きちんと評価する制度が必要です。一方、消費者には事故の責任を見極める意識改革教育をすべきでしょう。それぞれの役割が果たす仕事は山積みです。

多方面に色々と意見を言うのは、まだ私の役割の1つでしょうか。煙たがられたり嫌がられたり。でもまあ、子どもの事故予防のためにはしかたがありませんね。

(ライター:丹羽ひさ江)*1 子どもの傷害予防に関するさまざまな活動を実施し、普及啓発を行っている。 http://safekidsjapan.org/*2 https://www.aist.go.jp/* 3 http://sozogaku.com/hatamura/news/lecture,project-door-symposium-2005-03-22.php

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 イギリスのEU離脱交渉が難航している。2019年3月の離脱に向け実質的交渉期限が迫るなか、政府は合意なき離脱に至った場合に起こり得る事態(EU圏への旅行、個人情報の扱いなど、合計77項目)の対応策を順次発表した。政府は「すべてのシナリオでスムーズな離脱が可能になるよう責任あるアプローチをとっている」とするが、離脱後も消費者利益保護の最優先を求める「消費者憲章」を2018年3月に発表したWhich?は、消費者の利便性が損なわれ、金銭的損失のおそれもあると懸念を表している。 具体的には、2018年1月にEU規則によって一部のクレジットカード使用時に加盟店の消費者に対する手数料徴収が禁止されたばかりだが、合意なき離脱の場合、EUやEUに本拠を置く加盟店でのカード

使用にEU規則の保護がなくなる。特に航空会社や旅行会社などは手数料を再導入する可能性がある。 また、イギリス内に支店を置くEUの金融機関は、数年は事業を継続できるが、EU圏内でイギリスの銀行が同様の扱いを受けられるかどうかは不明だ。預貯金の払い出しや年金受け取りに支障を来すおそれもある。さらに、携帯電話のフリーローミング*が継続されるか否かは事業者の決定に委ねられるところとなり、モバイル通信費が非常に高くなるおそれがあるという。 Which?は、改めて政府に対し消費者利益の保護を訴えるとともに、混乱の機会に乗じて、銀行員や保険会社員をかたり、電話やメールなどで個人情報を聞き出す詐欺などにも十分警戒するよう注意喚起している。

 自然災害から身を守るには、どうするべきか。このたびCR(コンシューマーレポーツ)は、命と健康を守るために大切な心得をまとめた。①1人1日約3.8ℓの水を3日分と、飲料水用の消毒剤(ヨウ素など)を備蓄する。煮沸の必要がある場合は最低1分以上(標高の高いところは3分)行う。冷凍庫の氷やトイレのタンク(洗剤未使用)内の水なども飲料水として利用できる。②缶詰やクラッカーなど保存が利く食糧を、1人につき最低3日分備蓄する。のどが渇く食品は不向きだ。停電時は冷蔵庫内の生鮮食品は傷みを防ぐため冷凍庫へ移すとともに、先に消費する(庫内を満杯にして開けなければ48時間は保存可)。キャンプ用コンロなどで調理も可能だが必ず屋外で行う。手洗いやアルコールの使用で衛生維持を心がける。③呼吸器疾患については山火事の煙による発作や、

過敏症・アレルギー患者は豪雨・浸水によるカビで発作が起こるおそれがある。前もって医師に相談することで、予備の頓服の処方を受けることもできる。④停電時に発電機を使用する際は必ず住居から約4.6m以上離れた屋外で行う。災害時の一酸化炭素中毒による死亡事故の原因の83%は発電機の使用によるものだ。⑤数日分の処方薬や常備薬を用意しておく。災害の後片付け時は工具店などで購入できる専用のマスクを使用、後片付けを急ぐあまりの過労や脱水、熱中症に注意する。また子どもに目が届かないゆえの溺�水事故や、蚊など汚水だまりで発生する虫による感染症に注意。汚れた水は小さな傷に触れても感染症の原因となる。 一方、FTC(連邦取引委員会)では後片付けに便乗した詐欺などに気をつけるよう呼び掛けている。

イギリス  合意なきEU離脱の影響は?● Which? ホームページ https://www.which.co.uk/news/2018/08/how-a-no-deal-brexit-would-affect-your-finances/

https://www.which.co.uk/news/2018/09/what-happens-to-mobile-roaming-if-there-is-no-brexit-deal/●イギリス政府離脱省特設ホームページ                                                             ほか

● CR ホームページ https://www.consumerreports.org/emergency-preparedness/guard-your-health-before-and-after-a-natural-disaster/● CDC ホームページ https://www.cdc.gov/disasters/index.html● FTC ホームページ                                                                  ほか

アメリカ  自然災害から身を守るために* 例えば旅行先の国が EU圏内であれば、滞在中自国内と同じ料金で携帯電話の通信を利用できる。

https://www.gov.uk/government/collections/how-to-prepare-if-the-uk-leaves-the-eu-with-no-deal

https://www.consumer.ftc.gov/blog/2018/09/picking-pieces-after-hurricane

文 / 安藤 佳子 Ando Yoshiko

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 せっかく購入したのに、ほとんど使う機会がないまま場所を取っている電気ドリル、高圧洗浄機、旅行用子どもベッド、調理器具等はないだろうか。このように出番の少ない生活用品は、購入するよりも、借りたほうが合理的と考える消費者が増えている。 そこで、多様な生活用品を借用できるレンタルショップが世界各地に広がっている。本ではなく、物を借りられるという意味で、「モノの図書館」とも呼ばれる。スイス消費者保護財団もクラウドファンディングを活用しながら、首都ベルンに同国初のショップ(Leihladen)を設立する予定である。このようにレンタル品を利用することで廃棄物削減につながり、環境にも財布にもやさしいと強調する。実は、このプロジェクトのリーダー自身も、自宅地下室に2回しか使ったことがないゴムボート、1回

しか使ったことがないテントが眠っていると打ち明けている。 「モノの図書館」の運営方法はサービス提供者によって異なるが、同財団では月会費(5スイスフラン程度*1)を払えば、無料で貸し出すしくみとする予定である。また、非会員であっても、手頃な利用料で貸し出すことを検討中だという。 同財団がかかわるプロジェクトとしては、ほかに「修理カフェ」が知られる*2。壊れた製品を持ち込むと、修理の得意なボランティアが無料で直してくれるもので、市民の交流の場になっている。「モノの図書館」も物を大切にする社会をめざす点で、「修理カフェ」と共通する。順調に拠点を増やした「修理カフェ」のように、「モノの図書館」も定着させていきたいという。

 ヨーロッパで排出されるプラスチックごみは、年間約2500万トンと報告されている。ところが、そのうちリサイクル用に回収される割合は30%未満で、残りは埋め立て・焼却処分されるのが実情だという。そこで、EUの行政機関である欧州委員会は、2030年までにプラスチック容器包装をすべてリサイクル可能なものにするという計画を発表した(2018年1月)。また、同計画とは別に、海藻を原料とする持ち帰り用「食べられる容器」の実用をめざす外食チェーンも現れた。 このようななか、『エコ・テスト』は、バーベキューやピクニックで多用される使い捨て食器に着目した。「生分解性の」「持続可能な原料を使った」などと宣伝する製品が増えているからである。そこで、今回はサトウキビの絞りかす、ヤシ科植物の葉、トウモロコシやテンサイを原料とするポリ乳酸

(PLA)等を使った使い捨て食器20商品(皿13、コップ�7)を対象に、有害物質や性能をテストした。 その結果、12商品が総合的に良好と評価された一方、多くの国で禁止されている有機塩素系殺虫剤DDTが検出された1商品(インド産の葉を原料とする)が落第点となった。同商品を含む2商品には、カビも生えていたという。また、臭いが強い4商品は、食欲を失いかねないとして減点された。なお、自社の商品について、13事業者が「熱い飲み物、スープには適さない」と自己申告していたが、テストしたところ、熱い液体が漏れた商品はなかったという。 もっとも、「生分解性の」等という宣伝にもかかわらず、根拠に乏しい商品が目立ったとのことである。同誌は、使い捨て容器よりも再利用可能容器のほうが、環境にとって望ましいと結論づける。

スイス   買うより借りる「モノの図書館」とは●スイス消費者保護財団ホームページ https://www.konsumentenschutz.ch/themen/nachhaltigkeit/konsumentenschutz-baut-leihladen-auf/

https://www.konsumentenschutz.ch/themen/nachhaltigkeit/leihbar-crowdfunding-erfolgreich-gestartet/https://www.konsumentenschutz.ch/medienmitteilungen/2018/10/leihbar-oeffnet-tore-in-der-alten-feuerwehr-viktoria/

●エコ・テスト出版『エコ・テスト』2018 年6月号 https://www.oekotest.de/bauen-wohnen/20-Einweggeschirr-aus-nachwachsenden-Rohstoffen-im-Test_111087_1.html●欧州委員会ホームページ https://ec.europa.eu/germany/news/20180116-plastikstrategie_de

ドイツ   植物を原料とする使い捨て容器の実力は?

*1 1 スイスフラン=約 115円*2 ウェブ版「国民生活」2018 年4月号「海外ニュース」参照 http://www.kokusen.go.jp/wko/pdf/wko-201804_08.pdf

文 / 岸 葉子 Kishi Yoko

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目白大学社会学部社会情報学科は、生活者の視点から社会的課題を発見し解決する能力を身に着けることを学びの中心に置いています。また、消費生活関連の資格は本学科の学びの分野を網羅するものでもあるため、学科創設当初より希望する学生と歴代の担当教員が資格取得をめざした勉強会を継続しています。本稿で紹介する「すごろく」による消費者教育の事例は、その勉強会に参加した学生を中心としたグループの自主的な活動です。

自らの提言を実現するために

すごろく作成の直接的なきっかけは、2014年 ACAP* 1 消費者問題に関する「わたしの提言」に、前記勉強会に参加していた学生が応募し入選したことです。その中で「大学生から中高生に講習会を実施し伝えていく同世代による消費者教育」を提言していたため、「実現しなくては」と、勉強会のメンバー 2名で活動を開始しました。当初は知識不足の部分もあったので、日本消

費者教育学会および国民生活センター主催の「消費者教育学生セミナー」に参加し基礎知識や教育手法を学びました。その後、消費者教育支援センターなどへの訪問や中高生への聞き取り調査を行った結果を踏まえて、中高生が主体的に楽しみながら学べる方法として、すごろくで消費者教育を実施する案がまとまりました。また自分たちで実現可能な方法を考えた結果、

大学の学園祭に参加し、来場してくれる中高生を対象にすごろくを実施することとしました。 ここまでに、約 1年を費やしています。そ

して企画内容が明確になることによって、興味関心を持ってくれる仲間が増え、最終的には 6名での活動となりました。

2回にわたり「すごろく屋」を開催

 学園祭ですごろくを実施したのは、2016年と2017年の2回(2年)です。多くの人に参加してもらえるよう、明るく楽しい雰囲気に飾り付け、すごろくをしない人にも学んでもらえるように消費者教育に関連した展示や映像を流すなどの工夫を凝らし、名称も「すごろく屋」としました(写真1)。

①1年目は中高生を対象に1 年目に作成したすごろくは、提言のとおり

中高生を対象とし、4年間の大学生活・消費行動をすごろくで疑似体験してもらうというものです。具体的には「教科書を買う」「友達と旅行に行く」などの消費行動の際にクレジットカードやデビットカードを使用することでしくみを理解したり、アルバイトなどで収入を得ながらクレジットを返済、その状況を家計簿に付けて管理します。また、ところどころに「トラブル」のマスがあり、そこに止まった場合は消

大学生が取り組む「すごろく」による消費者教育

消費者教育実践事例集

このコーナーでは、消費者教育の実践事例を紹介します。

第 56回

田中 泰恵 Tanaka Yasue 目白大学社会学部社会情報学科教授、              消費生活専門相談員、消費生活アドバイザー

*1 公益社団法人 消費者関連専門家会議

写真 1 「すごろく屋」のようす:すごろく実施の際は、    必ず作成者がサポートしながらゲームを進行

消費者教育実践事例集

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費者トラブルに関する知識を身に着けられるようなクイズに答え、正解すると報酬が得られます。そして最終的な所持金に応じて、お菓子などの景品を獲得できるようにしました。学園祭は、2日間とも来場者が絶えることな

く、多くの人から「楽しかった」「勉強になった」など好評を得ることができました。一方で、来場者は小学生が多く、楽しんではもらえたものの、消費者教育の面では内容が理解できなかったのではないかとの反省点も出ました。②2年目は小学生を対象に そこで2年目は、来場者の特性に合わせて小学生を対象としたすごろくに改良しました。カレーライスを作るために、お小遣い2,000円で食材を購入していくというもので、食材にはそれぞれ、「高価なもの」「普通」「傷がついているので安価なもの」など品質・価格が違うものを用意しました。これによりお金の計画的な使い方や、商品の品質や価格を自分で考えて選択することを疑似体験できる内容となっています。また、「トラブル」のマスに止まった場合は、小学生が巻き込まれやすい消費者トラブルに関するクイズに答えてもらい、それに正解すると好きな食材がもらえるルールとしました。そして最後には、ゲーム内で集めた食材を使い、完成したカレーライスを想像して絵を描いてもらいました(写真2)。学園祭では、子どもたちが自ら考えながらす

ごろくに参加しているようすがうかがえました。この年は残念ながら台風の影響で1日目が雨、2日目が中止となってしまいましたが、それで

も多くの子どもたちが来場してくれました。なお小学生向けのすごろくは、学科のオリジナルサイトからダウンロードが可能です* 2。

作成者の学びも

本事例は、すごろくにより大学生が小中高生に消費者教育をするというものですが、実は一番多くの学びを得たのは作成した学生たちだったように思います。消費者トラブルなどに関する知識や教育手法を学んだことはもちろん、「理想や発想をチームで一からかたちにする難しさ」「それを完成させて、子どもたちに楽しんでもらえたうれしさ、誇らしさ」を感じ、「1つのプロジェクトをやっているようだった」と振り返っています。今後この貴重な経験を活かし、社会のさまざまな場面で消費者教育の一翼を担ってくれるのではないかと期待しています。

今後も学生の主体的な活動を支援

近年多くの場所で大学生が積極的に消費者教育にかかわっており、これらの活動は各地域での消費者教育の浸透・発展に欠かせないものだと思います。大学では、適度な機会とサポートを提供しながら主体的な活動に結び付けていけたらと思っていますが、それを継続・発展させていくことの難しさも感じています。今後は、この 6名の学生たちの成果を、次の多くの学生たちの学びの中に活かしていけるよう努力していきたいと思います。

* 2 http://msg2.mju.jp/dsi/sis2018/index.html

写真 2 子どもたちが描いたカレーの絵

写真 3 右が中高生対象、左が小学生対象のすごろく

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はじめに

日本には、最高裁判所、高等裁判所、地方裁判所、家庭裁判所、簡易裁判所といったさまざまな裁判所があり、最高裁判所以外の裁判所は全国各地に存在しています。このようにたくさん存在する裁判所の間において裁判権* 1 の行使を分配する定めを“管轄”といいます。“管轄”にはさまざまな種類がありますが、

今回はよく問題となるところを中心に解説します。

職分管轄

裁判権の諸般の作用をいずれの裁判所の職分とするかに関する定めを“職

しょく分ぶん管かん轄かつ”といいま

す。“職分管轄”では、上訴に関する“審級管轄”

が重要です* 2。皆さんもご存じのとおり、原則として、判決を求める場合の第一審裁判所は地方裁判所となり、控訴裁判所は高等裁判所、上告裁判所は最高裁判所となります(民事訴訟

法[以下、民訴法]311条1項、裁判所法 16条1項、24条1項)* 3。

事物管轄

第一審訴訟の裁判権について同一地を管轄する地方裁判所と簡易裁判所のいずれに担当させるかに関する定めを“事

じ物ぶつ管かん轄かつ”といいま

す。原則として訴額によって決められており、140 万円以下の請求にかかる訴訟は簡易裁判所の管轄、その他の訴訟は地方裁判所の管轄とされています(裁判所法 24 条1項、33 条1項1号)* 4。

土地管轄

ある事件について“職分管轄”と“事物管轄”を持つ管轄裁判所が異なる所在地に複数存在する場合に(例えば地方裁判所は全国に 50カ所存在します)、いずれの所在地の裁判所に管轄権を認めるかに関する定めを“土

と地ち管かん轄かつ”とい

います。“土地管轄”は、いずれの裁判所に提訴でき

気になるこの用語 第 3回

通信販売の会社から送られてきた契約書を見ると、「本契約に関する一切の紛争については販売業者の本店所在地を管轄する地方裁判所を第一審の専属管轄裁判所とすることを合意とする」という条項が記載されていました。万が一訴訟となった場合は、その所在地の裁判所まで出向くことになるのでしょうか。そもそも、「管轄」とはどういうものか教えてください。

管 轄

* 1 “裁判権”とは、司法権の一作用として民事裁判を行う国家権力という意味です。具体的な行為としては、判決を言い渡す、証人を呼び出す、証拠を提出させる、書面を送達する等があります。

* 2 “職分管轄”には、“審級管轄”のほかにも、①受訴裁判所と執行裁判所の区別、②人事訴訟における家庭裁判所の管轄権、③公示催告手続等に関する簡易裁判所の管轄権があります。

* 3 例外的に、簡易裁判所が第一審裁判所となる場合は、控訴裁判所は地方裁判所、上告裁判所は高等裁判所となります(裁判所法16条3項、24条3項)。また、人事訴訟では、家庭裁判所が第一審裁判所となります(人事訴訟法4条)。

* 4 例外的に、訴額が 140万円以下の不動産に関する訴訟では簡易裁判所と地方裁判所の競合管轄とされます(裁判所法 24条1項)。また、高等裁判所が第一審管轄権を持つ場合もあります(公職選挙法 203条、204条等)。

東京芝法律事務所。日弁連消費者問題対策委員会副委員長。共著に『お買いもので世界を変える』(岩波ブックレット、2016 年)、『Q&A 振り込め詐欺救済法ガイドブック−口座凍結の手続と実践−』(民事法研究会、2013 年)など。

中村 新造 Nakamura Shinzo 弁護士

消費生活相談の周辺用語を取り上げ、やさしく解説します。

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るか(原告)、応訴の負担を強いられるか(被告)という点で当事者の利益に大きく影響します。冒頭の質問も、実は“土地管轄”に関するものなのです。それでは、“土地管轄”はどのように決められるのでしょうか。■裁判籍――普通裁判籍と特別裁判籍“土地管轄”を決定する基準となる関係地点

を“裁さい判ばん籍せき”といいます。

事件の種類内容と関係なく一般的に認められる裁判籍を“普通裁判籍”といいます。これに対してある限定された種類内容の事件についてだけ認められる裁判籍を“特別裁判籍”といいます。“普通裁判籍”のほかに“特別裁判籍”の定めがある場合、両者は競合し、そのいずれによるかは原告の選択によることとなります。■普通裁判籍――原則として被告の住所地民訴法4条1項は「訴えは、被告の普通裁判

籍の所在地を管轄する裁判所とする」と定めています。そして、民訴法4条2項は「人の普通裁判籍

は、住所により、(中略)定まる」と定めていますので、土地管轄は原則として被告の住所地を管轄する裁判所となります* 5。この規定は「原告は被告の法廷に従う」というローマ法時代の原則に由来するものとされており、その趣旨は、原告のむやみな訴え提起による被告の損害を回避すること、訴えるほうが訴えられるほうの関係地点に出向いていくことが当事者間の公平に資する点にあります。なお、民訴法4条2項は、①日本国内に住所

がないときまたは住所が知れないときは「居所」(住所のように生活の本拠とまではいえないが多少の期間継続して居住する場所をいいます)、

②日本国内に居所がないときまたは居所が知れないときは「最後の住所」により、人の普通裁判籍が定まるとしています。■特別裁判籍民訴法5条は特別裁判籍について定めていま

す。以下、主なものに限定して紹介します* 6。・財産上の訴え――義務履行地(民訴法5条1

号)債権関係を有する当事者は、もともと義務履

行地において履行の提供をし、その受領をすべき者ですから、その地で提訴したり応訴したりすることは両当事者にとって便利かつ公平であるという趣旨で設けられた規定です* 7。・不法行為に関する訴え――不法行為があった

地(民訴法5条9号)交通事故や医療事故などの不法行為は原告や

被告の住所地とは無関係な場所でも起こり得ます。そのような不法行為に関する訴えを不法行為地の裁判所で審理することができれば、即時の提訴を容易にし、かつ証拠の収集、証拠調べなどに便利であるという趣旨で設けられた規定です。・不動産に関する訴え――不動産の所在地(民

訴法5条12号)賃料未払いのために建物の明け渡しを請求す

る場合など不動産に関する訴えの場合について定めた規定です。不動産所在地には不動産登記簿、土地台帳、家屋台帳があり、証拠調べ(現地調査など)に便利であり、利害関係人が多く存在するのが通常であることから統一した審理が可能であるという趣旨で設けられた規定です。・相続権若しくは遺留分に関する訴えまたは遺

気になるこの用語

* 5 他の普通裁判籍については民訴法4条参照。例えば、同条4項は、法人その他の社団・財団の普通裁判籍について、原則として「その主たる事務所又は営業所による」と定めています。

* 6 特許権等に関する特別裁判籍については、民訴法6条、6条の2が定めています。* 7 もっとも、民法 484 条は、債務の弁済を持参債務としているため、債務者は自己の住所地で提訴することができる一方、債務者

は不意に訴えを受けたのに遠隔地の原告の住所地で応訴を余儀なくされることとなります。これでは、民訴法4条1項の大原則(被告の普通裁判籍)に大きな例外を設けることになり、民訴法4条項の趣旨が没却されるという批判があります。

国民生活 2018.11 27

贈その他死亡によって効力を生ずべき行為に関する訴え――相続開始時における被相続人の普通裁判籍の所在地(民訴法5条14号)被相続人の死亡時の住所地には相続関係者が

多数存在し、相続財産の大部分が存在するのが通常ですから、この地で相続権、遺留分、遺贈等に関する訴えについて審理するのが迅速審理、訴訟経済に益するばかりでなく、訴訟関係人の提訴、応訴の便宜にも資するという趣旨で設けられた規定です。

合意管轄

民訴法 11条1項は「当事者は、第一審に限り、合意により管轄裁判所を定めることができる」と定めています。このように合意によって定めた管轄を“合

ごう意い管かん轄かつ”といいます。

この規定は、専属管轄(法律が管轄を定めているため合意や応訴によって管轄を決める余地がない場合)の定めのある場合を除き、事物管轄と土地管轄に限り(職分管轄は不可)、当事者の合意によって管轄を定めることができるとしたものです。合意管轄の趣旨は、そもそも法定管轄(法律

の規定によって定められた管轄)は、裁判事務の公平な分担ないし審理の便宜等の公益的要求もありますが、他方、訴訟追行の便宜ないし当事者間の利害調整等の当事者の利益も合わせて考慮しているものですから、合意により双方が好都合な裁判所を排斥するまでもないという点にあります。なお、合意管轄は、当事者の意思を明確にす

るために、書面でしなければならないとされています(民訴法 11 条2項)。ただし、申込みと承諾は別の書面でなされても構わないとされています。また、法定管轄を排除して特定の裁判所に専

属的に管轄権を生じさせる場合を“専属的合意”といい、法定管轄に付加して特定の裁判所に管轄権を生じさせる場合を“付加的合意”といいます。いずれに属するかは合意の意思解釈の問題となりますが、特定の裁判所のみを管轄裁判所とする旨の意思表示がある場合は、専属的合意と認められると考えられています。

応訴管轄

“応おう訴そ管かん轄かつ”とは、原告が管轄違いの裁判所

に提訴した場合であっても、被告が異議を述べずに応訴したときは、その裁判所に管轄を生じさせるというものです(民訴法 12条)。なお、被告が応訴しない場合には、裁判所は管轄裁判所に移送することになります(民訴法 16条)。応訴管轄の趣旨は、そもそも管轄とは、専属

管轄以外は、当事者の便宜も考慮して定められているものですから、たとえ原告が管轄違いの裁判所に提訴した場合であっても、被告が異議を述べずに応訴したときは、その裁判所に管轄を生じさせても差し支えないし、当事者間の公平や、訴訟の迅速処理にも資するという点にあります。沿革的には合意管轄の変形として発達したものといわれています。

おわりに

冒頭の質問は、合意管轄(専属的合意)に関するものです。この契約書に署名捺

なつ印すれば、

「販売会社の本店所在地を管轄する地方裁判所」に専属管轄を認めるという効果を持つこととなります。そのため、遠方の地方裁判所で裁判を受けることになる可能性があります。契約書にサインする際にはこのような管轄についての規定にも注意してください。

気になるこの用語

個別信用購入あっせん(1)-要件、行政規制-

国民生活 2018.11 28

 定義 割賦販売法(以下、割販法)では、①カード等を利用することなく、②特定の販売業者または役務提供事業者が行う、③消費者への商品等の販売もしくは役務の提供を条件として、④その代金の全部または一部に相当する額を販売業者に交付し、⑤2カ月を超える後払いにより受領する、という三者間の取引全体を「個別信用購入あっせん」(以下、個別クレジット)と定義づけています(割販法2条4項)(図)。また、個別クレジット会社と消費者との間の契約部分を「個別信用購入あっせん関係受領契約」と呼びます(割販法35条の3の3。以下、個別クレジット契約)。

あらかじめカード等を交付して販売業者に提示して利用する点を除けば、包括クレジットの定義(割販法 2 条 3 項)とほとんど共通です。

包括クレジットはインターネット取引や日常的な店舗販売で多用されるのに対し、個別クレジットは高額な店舗販売や訪問販売で用いられています。

 個別クレジット契約締結の通常の手順①個別クレジット会社と販売業者との間で、あ

らかじめ加盟店契約を締結し、クレジット申込書類を販売業者に預けておきます。加盟店契約は事業者間の契約関係ですので、割販法ではその契約内容について規制はなく、事前の提携関係があれば契約形式は問いません。

②販売業者と消費者との間で商品売買契約等の締結について話を進めるとともに、その代金を後払いとする場合、販売業者がクレジット申込書に商品名、代金額、支払条件等の必要事項を記入し、消費者が署名捺

なつ印

し、販売業者を通じて個別クレジット会社に提出します。

③個別クレジット会社は、年収の記載や信用情報を調査して支払い能力を確認し、消費者に電話意思確認を行ったうえで、個別クレジット契約の締結を承認することを販売業者に通知します。

④販売業者は、個別クレジット契約の承認を受けると、消費者に商品等の引渡しを行います。

⑤個別クレジット会社は加盟店契約に従って、加盟店手数料を控除し、所定の支払期日に販売業者に立替金を送金します。

⑥その後、消費者から個別クレジット会社に対し所定のクレジット手数料を加算した弁済金を振込送金等により支払います。

 貸金契約と個別クレジット契約の違い商品代金に充てるために貸金業者から借り入

日本弁護士連合会消費者問題対策委員会幹事、内閣府消費者委員会委員、経済産業省産業構造審議会割賦販売小委員会委員、特定適格消費者団体埼玉消費者被害をなくす会理事長、国民生活センター客員講師、明治大学法科大学院非常勤講師など。著書に『割賦販売法(クレサラ叢書 解説編)』(共著、勁草書房、2011 年)ほか。

池本 誠司 Ikemoto Seiji 弁護士

第 9 回消費生活相談員

のための割賦販売法

図 個別信用購入あっせんのイメージ

加盟店契約代金の一括立替払い

商品の販売信用調査・電話意思確認

立替払契約 売買契約代金の後払い クレジット申込

個別クレジット会社 販売業者

消費者

国民生活 2018.11 29

れを行い(金銭消費貸借契約)、これを販売業者に支払うことと、個別クレジット契約とはどこが違うのでしょうか。以前には、中小の貸金業者が借入申込書を販売業者に預けて商品代金の支払いのために貸し付けを行い、貸金業法に基づく事業であるから割販法の適用がないと主張する例が見られました。

消費者が商品代金を支払う目的で貸金業者との間で自ら借入契約手続きを行い、貸付金を受け取って販売業者に支払う場合は、商品売買契約と貸付契約とは独立の契約であり、個別クレジットには当たりません。貸金業者と販売業者があらかじめ提携関係を結んで借入申込書を販売業者に預けておき、販売業者が商品を販売するに際し借入額や返済条件の交渉や申込書の必要事項の記入を販売業者が担当し、消費者の署名捺印を加えたうえで販売業者から貸金業者に提出するというしくみであれば、両者の提携関係により売買契約と貸付契約が販売業者の下で不可分一体に締結しているということができ、個別クレジットに該当するといえます。

個別クレジットの定義には、立替払委託契約、金銭消費貸借契約、保証委託契約、債権譲渡契約などの契約形式は規定されていませんし、与信の主体が流通業者か金融機関か貸金業者かなどの限定もありません。クレジット契約であると認定するポイントは、売買契約と与信契約とが不可分一体で締結されるという取引実態によって判断します。

なお、代金相当額を直接販売業者に送金する場合は、クレジット契約のしくみであることが容易に判定できますが、仲介業者などの第三者を経由する場合や消費者の預金口座を経由するケースもあります。こうした場合も個別クレジットに当たり得ることを明確にするため、割販法 2 条 4 項の定義には、販売業者以外の者を通じた販売業者への交付を含む旨規定して、間接的な資金の流れでもよいことを規定してあります。そうなると、売買契約と与信契約との不可分一体性や販売業者と与信業者との提携関係の実態があることが、判断のポイントとなります。

Q 販売業者が割賦販売契約書の中に「債権譲渡を異議なく承諾する」という条項を定めておき、割賦販売契約を締結後直ちに、あらかじめ提携している債権回収業者に債権譲渡するケースは、個別クレジットには当たらないのでしょうか? A 販売業者が代金債権を債権回収業者に譲渡することにより、売掛金債権を早めに回収するという処理は、債権の流動化として近年しばしば見られます。

もっとも、近年みられるケースの中には、①販売業者と債権回収業者とが、あらかじめ割賦販売債権を一定の与信枠まで買い受ける「包括的債権譲渡契約」を締結しておき、②販売業者の自社割賦販売契約条項には「販売業者が顧客に対して取得した割賦販売代金債権を第三者に譲渡することを異議なく承諾する」との条項があらかじめ記載されており、③販売業者は、割賦販売契約締結後第 1 回支払期日までに、債権回収業者に割賦販売代金債権を譲渡し、④債権回収業者が消費者から割賦弁済を受ける、というしくみを展開するものがあります。個別クレジット会社が加盟店として受け入れないような悪質販売業者と提携関係を結ぶケースも見られます。

現行民法では、債務者が債権譲渡について異議なき承諾をした場合は、譲渡人に主張できた事由があっても譲受人に対抗できないものとされるため(民法 468 条)、実質的に抗弁接続の効果を脱法するおそれがあります。

この場合、①販売業者と債権回収業者との間に包括的債権譲渡契約が事前に締結されている点で、売買代金の回収に関する密接な牽

けん連れん

関係が存在すること、②商品購入を条件として代金債権を自動的に譲り渡し、債権譲渡代金を債権回収業者から販売業者に交付するしくみとなっていること、③債権回収業者は 2 カ月を超える割賦販売債権として弁済を受けることから、実質的に見て個別クレジットに当たると評価することができると考えられます。

もっとも、債権回収業者と消費者の間で契約の締結がないから個別クレジット契約に当たら

消費生活相談員のための割賦販売法

国民生活 2018.11 30

消費生活相談員のための割賦販売法

ないという解釈を示す裁判例があります(東京地裁平成 26 年 10 月 3 日判決、『判例タイムズ』1413 号 279 ページ)。しかし、個別クレジットの定義は、債権譲渡契約方式も想定しており、与信業者と消費者との間の契約締結が必須の要件ではないはずです。販売業者の与信業者との提携関係の存在や売買契約と債権譲渡方式による与信契約との不可分一体の取引実態が認められるかどうかを見極めることが重要です。

 登録制個別クレジットを業として行う事業者は登録

を受ける義務があります(割販法 35 条の 3 の23)。貸金業者が事実上個別クレジット業務に参入して悪質販売業者に信用供与を行うケースや、個別クレジット会社が悪質販売業者に対する加盟店調査を怠るケースが多発した経緯があるため、取引適正化のための行政的監督を強化する必要があることから、2008 年改正により登録制が導入されました。登録に当たっては、加盟店に対する適正与信調査や過剰与信防止の調査など、業務運営体制が整備されていないことが、登録拒否事由として規定されています(割販法 35 条の 3 の 26)。

 過剰与信防止のための支払可能 見込額調査

個別クレジットは当面の支払いの負担感なく契約しがちであるため、消費者の行動として安易な利用による多重債務に陥るおそれがあるうえ、代金回収リスクを負わない販売業者は消費者の支払能力を無視した次々販売等を行い、トラブルにつながるおそれがあります。

そこで、個別クレジット会社は、店舗取引を含めて、個別クレジット契約の申込みを受けたとき、顧客の収入を確認したりクレジット債務残高について信用情報を照会することなどにより支払能力を調査する義務を負い(割販法 35条の 3 の 3)、年間支払可能見込額を超える契約を禁止しています(割販法 35 条の 3 の 4)。

年間支払可能見込額を判定する際は、年収からクレジット債務年額を控除するほか生活維持

費年額も控除することとされています。なお、10 万円以下の生活に必要な家財を店

舗で購入する場合や、相当な範囲の教育費や緊急医療費を支払う場合などについては、過剰与信防止義務の適用除外が設けられています(省令 73 条、74 条)。

 適正与信のための加盟店調査個別クレジットは、販売業者が代金回収のリ

スクを負担せずに販売活動を行い、個別クレジット会社は契約締結場面に立ち会っていないため、販売業者による不適正な販売活動に利用されるトラブルが多発した経緯があります。そこで、個別クレジット会社は、消費者に適正な販売信用を提供するため、加盟店の販売方法等を調査し、不適正与信を防止する責任を負うとする適正与信調査義務 ( 割販法 35 条の 3 の 5) と、不適正な与信を禁止する規定(割販法 35条の 3 の 7)が、2008 年改正により定められています。

特にトラブルが多発しやすい訪問販売・電話勧誘販売等に個別クレジットを利用する場合には、個別クレジット会社は、①販売業者と加盟店契約を締結するときに、取扱商品や販売方法を調査すること、②個別クレジット契約の申込みを審査するときに、申込書の内容と電話意思確認により販売方法を調査すること、③顧客の苦情が発生したときに、販売方法等を改めて調査することが義務づけられています(省令 75〜 77 条)。

店舗販売や通信販売に個別クレジットを利用する場合には、個別クレジット会社は、顧客の苦情発生時の適切処理義務として、加盟店の販売方法を調査する義務が定められています(割販法 35 条の 3 の 20)。

個別クレジット会社は、販売業者に関する苦情について加盟店調査を行った場合および加盟店契約を解除した場合、加盟店情報交換制度へ登録する義務を負います(割販法 35 条の20)。悪質加盟店の情報をクレジット業界全体で共有することにより、悪質加盟店を効果的に排除することをめざす趣旨です。

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消費生活相談員のための割賦販売法

過剰与信防止義務や適正与信調査義務に違反する場合は、業務改善命令の対象となります(割販法 35 条の 3 の 21)。

 契約書面交付義務個別クレジット契約は契約条件が複雑で長期

契約に及ぶため、従来は、個別クレジット契約を利用する販売業者が、店舗販売を含めて契約書面交付義務を負う定めでした。個別クレジット会社は、消費者と直接やり取りをしないので、契約書面交付義務が定められていませんでした。

しかし、悪質販売業者が、誇大な役務提供や利益提供を約束して商品を販売しながら、クレジット契約書面には商品販売部分しか記載しないトラブルが繰り返され、書面交付義務がない個別クレジット会社はこれを調査し是正する動機づけがないため放置する傾向がありました。そこで、トラブルが多発する訪問販売等の取引類型で個別クレジットを行う場合は、個別クレジット会社自身が販売業者による約束の内容を調査し契約書面に正しく記載することの責任を負うべきであるとして、2008 年改正により、契約書面交付義務を定めました。

すなわち、個別クレジット会社は、訪問販売等 5 類型で個別クレジット契約を締結するときは、契約書面交付義務を負います(割販法35 条の 3 の 9)。法定記載事項として、販売する商品名や支払条件だけでなく、役務提供が商品販売の条件となっているときや商品販売が役務提供の条件となっているときは、それぞれ附帯する特約事項も「他に特約があるときはその内容」(省令 81 条 13 号、83 条 13 号)として記載義務の対象に含まれるものと解されます。

そして、法定記載事項を満たした書面交付日が個別クレジット契約のクーリング・オフの起算日とされているので、附帯特約の存在をきちんと確認し書面に記載していなければ、個別クレジット契約のクーリング・オフがいつまでもできるという民事効果に結び付きます。

Q リース契約はクレジット契約とは違うのですか? A 本来のファイナンス・リース契約は、商品を供給する業者(サプライヤー)が利用者(ユーザー)に商品を販売(所有権を移転)するのではなく、リース会社が商品を買い取ったうえでユーザーに一定期間貸与し、ユーザーは利用料(リース料)を支払う、という契約です。元々は、建設機械やコンピューター設備を導入する事業者が、商品を買い取るのではなく一定期間利用することを希望する場合の取引形態であり、ユーザーとサプライヤーとの間で商品の選択や設置や保守管理の協議を行い、ユーザーとリース会社との間でリース契約の条件を協議するというかたちで始まりました。

その後、比較的低額の商品を導入するに当たって、サプライヤーがリース契約条件の協議も事実上担当する提携リース契約(リース提携販売ともいう)が行われるようになりました。提携リースは、サプライヤーがリース契約条件の協議や契約書の作成業務を代行する点で、個別クレジットに近い取引実態となります。しかし、サプライヤーがユーザーに商品を販売するわけではないので、個別クレジット契約と同視することはできません。

もっとも、リース会社とサプライヤーが役割分担により訪問販売の方法でリース提携販売を展開する場合は、リース会社とサプライヤーが協力して訪問販売業を営んでいるものと評価できます(特商法通達)。この場合は、ユーザーが消費者であれば、リース提携販売について契約書面交付義務やクーリング・オフが適用されます(名古屋高裁平成 19 年 11 月 19 日判決、

『判例時報』2010 号 74 ページ)。また、サプライヤーが提携リース契約の勧誘に当たり不実告知等の不当勧誘行為を行った場合は、リース契約締結の媒介を委託されたサプライヤーの不当勧誘行為について消費者契約法 5 条を明示しないものの、同法 4 条 1 項を適用して、リース会社に対し提携リース契約の取消しを認めた裁判例があります(神戸簡裁平成 16 年 6 月25 日判決、兵庫県弁護士会ウェブサイト)。

国民生活 2018.11 32

相談内容

インターネット通信販売の事業者(以下、販売事業者)から、注文した覚えがない美容クリーム 3本(以下、商品)が届いた。販売事業者に電話で連絡し、注文した覚えがない旨を申し出たところ、キャンセル料 1,080 円を支払い、返送料を負担すれば返品が可能であるとの案内があった。注文した覚えがないのでキャンセル料の支払いおよび返送料を負担したくないと伝えたところ、注文の際には電話番号や電子メールアドレス等の個人情報等の入力が必要だが、それらが入力され、注文を受け付けていると言われた。納得できないので注文時の情報を確認したいと伝えたが、教えてもらえなかった。絶対に注文していないので、キャンセル料の

支払いおよび返送料を負担したくない。支払い方法は、後払い決済サービスが選択さ

れているようで、後日、後払い決済サービス提供事業者から請求書が届くようだ。

(50歳代 女性 自営・自由業)

結果概要

相談者から相談を受け付けた消費生活セン

ター(以下、受付センター)は、販売事業者に連絡し、注文時の詳細な情報を確認したところ、注文者の住所、氏名、生年月日、注文日時、電子メールアドレス、IP アドレス、使用端末(スマートフォンの種類)等を知ることができた。注文日は商品が届いた日の約 2カ月前であった。販売事業者は、注文を受け付けたため商品を送っただけで、もし第三者によるいたずらや個人情報が悪用されたということであっても、警察が被害届を受理しない限り、キャンセル料の支払いおよび返送料の負担による返品しか認められないとの回答であった。受付センターから相談者に対し、販売事業者

の回答を伝え、注文時の詳細な情報と相談者の個人情報を照合してもらったところ、相談者の個人情報と一致した。しかし、相談者は日頃からインターネット通信販売では化粧品や健康食品などを購入しない考えであるため、販売事業者に注文することはないと強く主張した。後日、販売事業者の回答に従い、相談者は最

寄りの警察署に本件について相談し、被害届を出したいと伝えたが、受理してもらえなかった。受付センターから販売事業者に対し、相談者

が警察に相談したが被害届は受理してもらえな

国民生活センター 相談情報部

注文した覚えのない商品が届いたネット通販トラブル

インターネット通信販売の事業者から、注文した覚えのない商品が届き、連絡するとキャンセル料等の支払いを求められた事例を紹介する。

苦 情 相 談

国民生活 2018.11 33

かったことを伝えたが、警察が被害届を受理しなければ一切対応は変わらないとの回答であった。その後、相談者は警察に再度相談したが、やはり被害届は受理してもらえなかった。また、相談者は後払い決済サービス提供事業者にも電話で問い合わせたが、販売事業者と話し合うようにと言われるだけであった。そのため、受付センターは、本件解決について国民生活センター(以下、当センター)に相談した。受付センターから相談を受けた当センター

は、相談者から改めて聴き取りを行い、相談者に時系列に事実を書き出した経緯書面を作成し、販売事業者に送付してもらうこととした。当センターは、販売事業者に連絡し、販売事

業者に記録されている相談者のアクセスログやアクセスの経路を教えてほしいと伝えたが、「販売事業者の ECサイトにアクセスする前の状況は分からない」とのことであった。相談者に対し、注文日時のスマートフォンのアクセス履歴を確認してもらったが、約 2カ月前の履歴を確認することはできなかった。当センターは、相談者が注文した覚えがない

と強く主張していることから、売買契約が成立していない可能性が高いと考え、販売事業者に対し、経緯書面の内容を踏まえて、本件の解決のために再検討するように要請した。その後、販売事業者から当センターに対し、

「今回のみキャンセル料 1,080 円は免除するが、商品は相談者が返送料を負担して、販売事業者まで送ってほしい」との回答であった。これに対し、当センターは、相談者が商品を注文していないと強く主張していること等を踏まえ、相談者が商品の返送料を負担しない方法(送料着払い)で送ることで解決できないかと交渉したが、販売事業者は応じなかった。当センターから相談者に対し、販売事業者の

回答を伝えたところ、相談者が承諾したことから、当センターは、本件あっせんを終了した。

問題点

本件は通信販売契約に関する相談だが、相談者は販売事業者に注文した覚えがないと主張し、販売事業者は相談者から注文を受け付けた記録があると主張している状況で、相談者と販売事業者の間に売買契約が成立しているか否かがトラブルの原因となっていた。契約は、申し込みの意思表示と承諾の意思表

示が合致することにより成立する。また、インターネット通信販売の場合、消費者が商品の購入ページの申し込みボタンをクリック(タップ)することで申し込み、事業者が承諾画面を表示したり、事業者の承諾の電子メールが消費者に届いたりすることで契約が成立する*。本件の販売事業者の利用規約では、承諾画面を表示することで契約が成立するとしていた。本件では、なぜ販売事業者に相談者の申し込

みの記録があったのか原因は判明しなかったが、相談者以外からも同様の相談が全国の消費生活センター等に複数寄せられていたため、第三者によるいたずらや個人情報が悪用された可能性も考えられる。このような場合、消費者は同様のトラブルを

未然に防ぐことが難しい。そのうえ、支払い方法が後払い決済サービスの場合、販売事業者から後払い決済サービス提供事業者に債権が譲渡され、後払い決済サービス提供事業者から消費者に代金が請求されるため、身に覚えのない請求でも、放置せず、販売事業者と交渉して解決しなければならないので注意が必要である。

* 電子消費者契約及び電子承諾通知に関する民法の特例に関する法律4条

国民生活 2018.11 34

A 近年、空き家は社会問題となっており、2014 年には空家等対策の推進に関する特別措置法(以下、法)が成立し

ました。法 3条では「空家等の所有者又は管理者(以下、所有者等)は、周辺の生活環境に悪影響を及ぼさないよう、空家等の適切な管理に努める」と規定されています。しかし、実際には放置されている空き家も少なくないため、法律上は市町村(自治体)においても「空家等に関する必要な措置を適切に講ずるよう努める」とされました(法 4条)。空き家対策において最も重要なのは、所有者

等を特定することです。通常、空き家の所有者は建物登記に記載されています。しかし、相続の際に相続登記の手続きがなされておらず、現在の所有者が分からない空き家や、そもそも登記されていない空き家(未登記建物)も存在しています。そこで、自治体の長(例えば市長)は、「固

定資産税の課税その他の事務のために利用する目的で保有する情報であって氏名その他の空家等の所有者等に関するもの」を、必要な限度において、本来の目的以外の目的で内部利用することができるとされました(法 10条)。また、自治体の長には、空き家への立入調査

権限(法 9条)も与えられました。これらの規定に基づき、自治体は、空き家の固定資産税の納税者に連絡を取ったり、空き家の中に立ち

入ったりして、所有者等を確認することができます。自治体は、空き家の所有者等を特定した後、

「所有者等による空家等の適切な管理を促進するため、これらの者に対し、情報の提供、助言その他必要な援助を行うよう努める」とされています(法 12条)。しかし、空き家の所有者等の中には、多額の管理費用をかけるメリットがない(利活用することができない)といった理由で放置してしまう人も少なくありません。そこで、空き家の中でも特に対策が必要なも

の、例えばそのまま放置すれば倒壊等の危険が著しく大きい空き家等(特定空家等。法 2条2項)について、次のようなしくみが設けられました。まず自治体は、所有者等に対して、修繕等の措置に関する助言・指導(法 14条 1項)を行い、当該助言・指導に従わない場合には勧告(同条 2項)をすることができます。そして、当該勧告に従わない場合において、特に必要があるときは、措置をとることを命令することができます(同条 3項)。さらに、所有者等が当該命令に違反した場合、自治体が所有者等に代わって措置を取り、後日費用を請求することができます(同条 9項)。また、当該命令に違反した所有者等は 50万円以下の過料に処せられます(法 16条 1項)。相談者としては、自治体に対して、法律に基

づく上記のような対応を求めることが考えられます。

放置されたままの危険な空き家はどうする?隣の老朽化した空き家が危険なので解体してほしいと思っています。もう何十年も空き家のままで現在の所有者は不明です。自治体に相談すれば何か方法はあるのでしょうか?

Q暮らし &法律 Q A

第一東京弁護士会所属。企業法務を中心に、一般民事事件、家事事件などを広く手がける。協力:萩谷 雅和(萩谷法律事務所)

菅原 修 Sugawara Shu 弁護士

第 78 回

相談者の気持ち

国民生活 2018.11 35

  事案の概要

1 事案の経緯   「本件土地1」および「本件土地2」(両土地をまとめて「本件各土地」という)は、1935年3月22日当時、Xの曾祖母であるAが所有していた。Xの父親であるBは、相続によって本件各土地の所有権を取得し、2014年9月18日、本件各土地の相続登記を行った。Xは、本件各土地を将来的に相続する可能性が高くなったと考え、よく分からない土地を将来的に延々と保有し続けることについて釈然としないものを感じ、Bに対し「このまま置いておくと、本件各土地は将来的に自分が相続することになるが、今のうちに自分の責任で処分したいので、本件各土地を贈与してもらいたい」旨

を申し出た。Bはこれに応じ、2014年10月1日、Xに対し、本件各土地を贈与した。Xは、同年10月17日、贈与を原因とする所有権移転登記をし、同年10月23日、本件訴訟を提起し、

「本件訴訟提起をもって本件各土地の所有権を放棄する旨の単独の意思表示をしたことにより、その所有権を喪失し、本件各土地は所有者のない不動産となった結果、民法239条2項*1

により、国であるYが本件各土地の所有権を取得した」と主張して、Yに対し、本件各土地について、本件訴訟提起の日である2014年10月23日放棄を原因とするXからYへの所有権移転登記手続をすることを求めた。2 本件土地(山林)について   本件土地1は、2014年度の固定資産税評価額が47万3,083円、年税額が7,569円の山林

暮らしの判例

土地の所有権放棄が権利濫用等に当たると判断された事例 本件は、土地の所有権を放棄した結果、国が所有権を取得したと主張して、消費者が国に対して所有権の移転登記を求めた事例である。 裁判所は、不動産の所有権放棄を一般論としては認めたものの、本件での消費者による所有権放棄は、財産的価値の乏しい土地の管理費用や責任を国に押し付けようとするもので、権利濫

らん用よう等に当たり無効

であると判断して、消費者の請求を棄却した。 一般論として不動産の所有権放棄を認めた点、権利濫用等により規制されることを示した点において、参考となる判決である。(広島高裁松江支部平成 28年 12月 21日判決、LEX/DB掲載)

消費者問題にかかわる判例を分かりやすく解説します

国民生活センター 相談情報部

* 1 所有者のない不動産は、国庫に帰属する。

原告・控訴人:X(土地所有者)被告・被控訴人:Y(国)関係者:A(Xの曾祖母)、B(Xの父親)

国民生活 2018.11 36

である。本件土地2は、2014年度の固定資産税評価額が6,763円、年税額が108円の山林である。 本件土地1は23,084㎡の山林であり、本件土地2は330㎡の山林であるが、いずれも民家や県道、鉄道の線路に近接している。本件各土地は、いずれも、いまだ隣地との境界が確定していない。XとBは、本件各土地について、これまでに、固定資産税の支払いを除き、何ら管理を行ったことがなく、本件各土地はいずれも地上に樹木が生い茂った状態である。3 国が土地を取得したならば生じる負担 本件各土地の境界確定作業を行う場合、それに要する費用は、本件土地1につき495,482円、本件土地2につき25,194円を下らない。本件各土地について巡回警備を行う場合、それに要する費用は、1回当たり3,320円を下らない。本件各土地に単管柵を設置する場合、それに要する費用は、10m当たり31,479円を下らない。また、本件土地1につき、第三者が侵入可能で単管柵を設置する必要のある境界の距離は、約320m程度である。本件各土地の草刈りを行う場合、それに要する費用は、1㎡当たり20円を下らない。また、本件各土地を適切に管理するために草刈りが必要となる面積は、本件各土地のうち約1,631㎡である。本件各土地の枝打ち(枝の切り落とし)を行う場合、その費用は、樹木1本当たり899円を下らない。4 第1審判決  第1審判決は、「財産的価値の乏しい本件各土地について、その管理に係

かかる多額の経済的負

担を余儀なくされることとなるものであることを併せ考慮すれば、本件各土地の負担ないし責任をYに押し付けようとするものに他ならず、不動産の所有者に認められる権利の本来の目的を逸脱し、社会の倫理観念に反する不当な結果をもたらすものであると評価せざるを得ないのであって、権利濫用に当たり許されない」「Xに

よる本件所有権放棄は権利濫用に当たり無効であり、Yは本件各土地の所有権を取得していないから、Xの請求は理由がない」として、Xの請求を棄却した。そこでXが控訴した。

  理由

 Yが本件各土地の所有権を取得した場合、Yにおいて、直ちに隣地との境界を確定させ、本件各土地の範囲を明らかにする必要があるから、そのために測量費用の支出を余儀なくされるものと認められる。また、巡回警備、単管柵設置、草刈りおよび枝打ちについても、これらが本件各土地の「良好な状態での維持及び保存」のために必要であることは明らかであるから、そのための費用の支出も国有財産法9条の5*2 の規定から直ちに要請されるといわざるを得ない。 以上によれば、不動産について所有権放棄が一般論として認められるとしても、Xによる本件所有権放棄は権利濫用等に当たり無効であり、Yは本件各土地の所有権を取得していないから、Xの請求はいずれも理由がない。これらを棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却する。

  解説

1 所有権放棄の一般的可能性  規定はないが、権利は権利者が自由に放棄で

きると考えられており、所有権も同様である。ただし、他人の土地に廃棄物を捨てるなど、他人に迷惑をかけるかたちでの所有権放棄は許されず、法令に従った処分が求められる。家庭ごみは、ごみの回収手続きに従う必要があり、粗大ごみは各地の条例に則って回収されることになる。家電などの処分についても家電リサイクル法による規制があり、ペットについても動物愛護法による規制がされている――自分の所有物でも自由に処分ができない――。この意味で、

暮らしの判例

* 2 各省各庁の長は、その所管に属する国有財産について、良好な状態での維持及び保存、用途又は目的に応じた効率的な運用その他の適正な方法による管理及び処分を行わなければならない。

国民生活 2018.11 37

所有者には責任が伴い、自由に所有権放棄ができるわけではなく、他人に迷惑をかけるかたちでの所有権放棄がされても、それは無効と考えられる。2 所有権放棄が無効になるための法的構成 

所有権放棄の無効原因であるが、国は権利濫用または公序良俗違反ということを主張し、第1 審判決は権利濫用と構成した。本件判決は、

「権利濫用等」と国の両方の主張を容認するような表現に変更している。ただし、第 1 審判決が権利濫用を問題にしたため、控訴審では権利濫用が議論されており、もっぱら権利濫用の判断がなされている。3 「負動産」問題  

不動産については、明治時代になされた登記のままになっている所有者不明の不動産、空き家のように、所有者は分かっているが、所有者が相続により取得した不動産につき価値を認めずその管理を行っていない不動産――いわば

「負動産」――が、現在社会問題になっている。2014 年 11 月には、いわゆる空き家法(空家等対策の推進に関する特別措置法)が制定され、従来代執行*3ができなかった所有者不明の場合にも代執行が可能になった。相続登記の義務化など権利関係を正確に登記に反映するしくみも作ることが検討されており、2020 年までに不動産登記法や民法などが改正予定である。4 土地所有権の放棄  

土地所有権の放棄についてルールを設けている国もあるが、日本には、この点の特別規定は置かれていない。では、X が主張するように、無主の不動産は国の所有になるので、不動産の所有者が自由にその所有権を放棄――国に対する意思表示(単独行為)――でき、所有権を取得した国に対して所有権移転登記への協力を求めることができるのであろうか。(1)無制限に認めるのは問題――立法が必要

倒壊のおそれのある廃屋について撤去費用が惜しいので、その所有権を放棄するのは、廃棄

物を他人の土地に投棄するのと同様に許されるべきではない。放棄がされるのは、通常は価値のない不動産であり、寄付や物納とは事例が異なり、立法により要件や手続きを明記することが好ましい。これがない現在、民法の解釈としてどう考えるべきか、議論があり、学説には放棄を認める主張もある。(2)現行民法解釈  

本判決は、初めての高裁判決であり、①まず、「不動産について所有権放棄が一般論として認められる」ということを傍論として認めた点が注目される。権利濫用にならなければ、要件や手続きを定めた規定がなくても放棄が可能なことになる。②次に、権利濫用により規制されること、無価値な土地でその管理等に相当の費用がかかり、それを国に押しつけることを目的としている場合に、権利濫用になることを認める1 つの先例を残したことには大きな意味がある。この先例を 当てはめれば、ほとんどの山林の放棄は許されないことになる。被災地などの例外を認めるかは、解釈の課題として残された問題である。ただし、被災地については行政法上の救済が第一次的には問題になる。

  参考判例

 松江地裁平成28年5月23日判決訟務月報62巻10号1671ページ(本件の原審判決)

暮らしの判例

* 3 行政機関の命令に従わない人がいた場合に、法律に基づいて行政機関が代わって撤去や排除を行うこと。

国民生活 2018.11 38

法9条2号の意味と要件消費者契約法(以下、法)9条2号は、消費

者が消費者契約に基づく金銭債務の全部または一部について支払期日までに支払わなかった(=支払いを遅延した)場合における損害賠償額の予定や違約金を定める条項に関して、これらの合算額が支払期日の翌日から実際の支払日までの期間の日数に応じ、支払期日に支払うべき額から既払金を控除した額(=未払額)に年14.6%を乗じて計算した額を超過したときは、その超過部分を無効にすると定めています。1号もそうですが、この2号は当事者間で損害賠償額の予定または違約金を予定することができるとした民法 420条の特則です*1。やや分かりにくい条文ですが、消費者庁の『逐

条解説 消費者契約法』(以下、逐条解説)* 2

に分かりやすい例が紹介されていますので、それに基づき(ただし、少し例を変えて)具体的に考えてみることにしましょう。例えば、不動産賃貸業を営む事業者(賃貸人)と消費者(賃借人)との間で、賃貸マンションの一室につき、月額 50,000 円の家賃を毎月 25日に支払う約定で賃貸借契約が締結されたのですが、その契約には、前記の日付を過ぎた場合には1カ月分の家賃に対し年 30%の遅延損害金を支払うという条項があったとします。例えば、73日後

に支払った場合には、そのままだと、家賃の滞納分に加えて、[50,000 円× 30%× 73日/365日(うるう年ではなかったとします)=]3,000 円を遅延損害金として支払うことになります。ただ、この場合には法9条2号が適用され、年 14.6%を超える部分、すなわち 3,000円から[50,000 円× 14.6%× 73 日/ 365日=]1,460 円を引いた 1,540 円については無効となるので、賃借人である消費者はその額を支払う必要はありませんし、支払った場合には不当利得であるとして返還を求めることができます* 3。この法9条2号は、次の4つの要件を満たす

場合に適用されます。すなわち、①消費者契約であること、②支払うべき金銭の全部または一部の支払遅延(=金銭債務の履行遅滞による債務不履行)があった場合を対象としていること、③②の場合における損害賠償額の予定または違約金を定める条項であること、④③の損害賠償額の予定または違約金の合算額が、支払期日の翌日から実際の支払日までの日数に応じ、未払額に14.6%を乗じて計算した額を超過することの4つです。このうち、①については本連載第2回で検討

済みです。また、②にいう「金銭」には、売買契約における代金、役務提供契約における役務の対価、立替払契約における支払金等が含まれ

不当条項規制(9条)(3)博士(法学)。専門は民法・消費者法。消費者庁「消費者契約法の運用状況に関する検討会」委員等を歴任。宮下 修一 Miyashita Shuichi 中央大学法科大学院教授

誌上法学講座 新時代の消費者契約法を学ぶ

第 14 回

*1 現行民法 420 条は、2017 年の民法改正で修正されたが、この点については、本連載第9回 39 ページを参照。*2 消費者庁「逐条解説 消費者契約法」

http://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_system/consumer_contract_act/annotations/* 3 なお、家賃の滞納が長期間にわたる場合には、民法上、当事者間の信頼関係が破壊されたことを理由に賃貸借契約自体が解除さ

れることがある点に留意されたい。

国民生活 2018.11 39

るとされています。③・④については、若干の検討が必要なので、項目を改めて検討することにしましょう。

「延滞料」の性質要件の③については、例えば「キセル乗車」

のような不正乗車をした場合に割増料金の支払いを求める条項のように、金銭の支払遅延以外の事情を理由とする損害賠償額の予定または違約金に関する条項には法9条2号が適用されないことを明らかとしています(ただし、後に検討する法 10条が適用される可能性はあります)。『逐条解説』では、このほかにレンタルビデ

オ等の延滞料に関する条項(例えば、期限までに返却しない場合に1日当たり 300 円の支払いを求める条項)につき、「契約に定められた期間を超える期間における物品の貸借についての追加料金」として法9条2号には該当しないとされています。しかし、筆者がレンタル業者の料金表を確認

したところ、例えばDVDだと(残念ながら、ビデオテープはもとよりビデオデッキも、最近は市場にはほとんど存在しません)、レンタル料自体は、一般的には新作ですと1泊2日か2泊3日で 300~ 400円前後、7泊8日で400~ 700 円前後、新作でなければ同じ日数で 100~ 200 円、7泊8日で 100~ 300 円前後というのが相場のようです。ところが、延滞料は、新作であるか否かを問わずに 200 ~300 円前後となっています。このようにレンタル料と延滞料の金額にはほとんど相関がないとすれば、延滞料を『逐条解説』がいうように「追加料金」とみるのはかなり難しいのではないでしょうか。むしろ、一種の損害賠償額の予定または違約金であると考えたほうが実態には合っていると思います。実際、日本弁護士連合会の

『コンメンタール消費者契約法』(以下、コンメンタール)* 4 では、延滞料は「目的物の返還債務の不履行に伴う賃料相当損害金」と解されるとしています。もっとも、レンタルビデオ等の延滞自体は、

法9条2号が適用対象とする②「金銭」の「支払遅延」ではないので、いずれにしろ、同条文が適用されないというのはそのとおりです(ちなみに、契約を解除するわけではないので法9条1号も適用されません)。しかし、前述したように、その結果として徴収される延滞料が、実質は損害賠償額の予定または違約金であるとするならば、必要以上に高額の損害賠償をさせないために制定された法9条2号の趣旨* 5 を踏まえると、そのまま何もせずに看過することは許されないでしょう。そこで『コンメンタール』では、延滞料につ

いては、事業者に不当な利得を得させないという法9条2号の趣旨を斟

しん酌しゃくし、後に検討する法

10条を適用して、レンタルビデオ等が他に貸し出しできなかったことによる平均的損害* 6

を超える部分は無効と考えるべきであるとしています。学説にも、延滞料については法9条1号・2号とまったく同様の問題を生じるとして、同条の類推適用か 10条での対応を検討すべきであるとする見解もあります。確かに当面はそのように対応すべきですが、将来的には、法9条2号の適用対象を限定する②の要件を削除すべきであると説く見解も踏まえて、同号の改正をすることが望まれます。

14.6%の意味と妥当性次に、法9条2号では、「14.6%」という数

字が、条項を無効とするか否かの分ぶん水すい嶺れいとされ

ています。『逐条解説』によれば、これは消費者の損害賠償責任を事業者に生じる平均的損害の額にとどめるという趣旨であり、無効とすべ

誌上法学講座

* 4 日本弁護士連合会消費者問題対策委員会編『コンメンタール消費者契約法(第2版増補版)』(商事法務、2015 年)* 5 本連載第 12 回 37 ページを参照。* 6 『コンメンタール』では、ここでいう平均的損害とは、次の項目で紹介する『逐条解説』と同様に損害賠償額の上限であるととら

えて、具体的にはビデオ等を「再調達するのに必要な購入価格」であるとする。しかしながら、中古のDVD等であれば商品の人気度次第で市場での再販売価格が高騰することもあり、これをベースにすると損害賠償額の上限が高額になることもあり得る。この点を考慮すれば、実際に設定されているレンタル料をベースにして、延滞料が損害賠償額の予定または違約金として適切な金額であるか否かを検討すべきであろう。

き限度は、一定の妥当な水準に制限するという目的、市場取引の実情、他の立法例等を踏まえて設定されるべきものであるとします。具体的には、退職労働者の労働者への未払賃金の遅延損害金の上限(賃金の支払の確保等に関する法律6条1項)や世間一般の相場(日歩4銭)に合わせて 14.6%としたと説明しています(なお、この 14.6%は単利であり、損害賠償額の予定が日・月等の単位で定められているときは年利に換算するとされています)。もっとも、未払賃金に関する規定は、強い立

場にある使用者(事業者)が弱い立場にある労働者に本来支払うべき労働の対価である賃金債務の支払いを遅延するケースを念頭に置いたものです。これに対して、法9条2号は、弱い立場にある消費者が強い立場にある事業者に支払うべき金銭債務の支払いを遅延するケースを念頭に置いたものです。前者は、事業者による賃金債務の支払遅延という事態の発生を防止するために遅延損害金が高めに設定されてもやむを得ないでしょうが、後者は、むしろ事業者が必要以上に高額な遅延損害金を得ることを防ぐことが目的なのですから、単にどちらも遅延損害金であるということだけで同様に扱うことは適切ではありません。むしろ、2006年の利息制限法等の改正によって金利規制が強化されたこと、また、2017年の民法改正で法定金利が5%から3%に引き下げられたうえで、さらに実勢金利を踏まえた変動金利制が採用されたことを考慮すれば(民法 404条参照)、法9条2号に定める 14.6%は事業者に生じる平均的損害の額としては高過ぎるように思われます。早期に改正をして、実勢金利を踏まえた適正な数字まで引き下げることが強く望まれるところです。

法9条2号と利息制限法4条との関係――法 11 条2項の意味法9条2号は、金銭の支払遅延の場合にお

ける損害賠償額の予定や違約金の合算額が

14.6%を超える部分を無効とします。実は、利息制限法4条1項は、これと同様に、金銭消費貸借契約に基づく債務不履行による損害賠償額の予定(2項により違約金もそれとみなされます)につき、その額の元本に対する割合が同法1条に規定する利率* 7 の 1.46 倍を超過する部分を無効としています。法 11条2項は、契約取消権や不当条項の無

効に関して民法・商法以外のその他の法律に別段の定めがある場合にはそちらを優先的に適用すると定めています。消費者契約法は、消費者契約関連法の一般法であるという性格を有するため、個別の取引に関する特別法に同様の規定がある場合にはそちらを優先することにしました。そこで、金銭消費貸借契約に関する特別法である利息制限法4条が、法 11条2項にいう「別段の定め」に当たるとして優先的に適用され、法9条2号が適用されないかどうかが問題となるわけです。仮にそうなるとすれば、利息制限法4条のほうが法9条2号よりも遅延損害金の上限が高くなるので、無効とされる超過部分の範囲が狭くなるからです。裁判例をみると、この点の立場は分かれてい

ます。札幌簡裁平成13年11月29日判決、『消費者法ニュース』60号 211 ページ([1]判決〔要旨のみ掲載〕)は、貸金業者と消費者である借主との間で消費貸借契約に基づく残債務につき、元金を分割払いとし、遅延損害金を年26.28%とする和解契約につき、強行法規である法9条2号が適用されるとしました。また、東京高裁平成 16 年5月 26 日判決、『判例タイムズ』1153号 275ページ([2]判決)は、消費者である借主が銀行から借り入れた借入金について信用保証をした会社が、借主に代わって銀行に元金と利息の合算額(約 191 万円)を返済したうえで借主に対して前記金額の求償金と年 18.25%の遅延損害金の支払いを求めたものです。裁判所は、求償権が元の貸金債務と実質的に同じであることから利息制限法の規

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* 7 利息制限法1条は、元本の額が 10 万円未満の場合には年 20%(1号)、10 万円以上 100 万円未満の場合には年 18%(2号)、100 万円以上の場合には 15%(3号)により計算した金額を超過する部分の利息を無効とすると定める。

国民生活 2018.11 40

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定が適用されるという信用保証会社の主張を、保証委託契約に基づく求償金元金と約定遅延損害金請求権の法律的性質に根ざさないものであるとして否定し、法9条2号を適用しました。これに対して、東京地裁平成 17年3月 15

日判決、『判例時報』1913号 91ページ([3]判決)と東京高裁平成 23年 12月 26日判決、『判例時報』2142号 31ページ([4]判決)* 8

は、いずれも損害賠償額の予定の定めにつき、法9条2号の適用を認めず、利息制限法4条1項を適用するものとしました。[3]判決は、貸金業者が借主である消費者に対して、カードキャッシング契約に基づき貸金の返還を求めたところ、貸金業者が債務整理の交渉において損害賠償額の予定を年 18%とする提案をしたことが不法行為に当たるか否かが争われたものです。裁判所は、貸金業者と借主の交渉は「金銭を目的とする消費貸借上の債務の不履行による賠償額の予定」についての示談交渉であると述べて、利息制限法4条1項が優先して適用されることを理由に、借主の主張を否定しました。[4]判決は、貸金業者と消費者である借主との間で締結された金銭消費貸借契約における残債務につき、その返済に関する和解契約を締結した際に定めた年 21.9%の割合による遅延損害金の支払義務を課す条項の有効性が争われたものです。裁判所は、和解契約は、利息制限法の適用がある貸金契約上の貸金債務について保証した保証契約に関して、その債務の額を利息制限法の制限利率内で確認するとともに、その弁済方法および条件付一部債務免除等を定めたものであり、消費貸借上の債務と取扱いを異にして利息制限法上の制限利率の適用を排除すべき実質的な理由はないとして、和解契約は貸金契約や保証契約とは別に創設的に規定されたものであって利息制限法の適用対象ではなく法9条2号が適用されるとした原審判決の論理を否定しました* 9。以上でみてきたように、[2]判決は、消費

貸借契約と同時に締結された信用保証契約に基づく求償権に関するものであり、[1]判決は消費貸借契約における、[4]判決は消費貸借契約と同時に締結された保証契約における、それぞれ残債務の和解契約に関するものです([3]判決は、和解契約の締結には至りませんでしたが、その交渉過程における提案に関するものですから、大きくとらえれば[1]・[4]判決と同様に和解契約にかかわるものであるといえるでしょう)。これらの各契約は形式だけ見れば確かに消費貸借契約とは別の契約ではあるのですが、その関連性について単純にそれだけで割り切ることは難しいところです。ただ、利息制限法4条は、同法1条にいうよ

うに「金銭を目的とする消費貸借における利息の契約」に関するものですから、その利息を含む債務に関する通常の保証契約には適用されることにはなるでしょう。しかし、そうした通常の保証契約とは異なり、いわば業として行うがゆえに保証料等を徴収し、かつ、求償権が発生することを前提としてそれに遅延損害金を付すという信用保証契約、あるいは金銭消費貸借契約に基づき発生した債務のうちの残債務について、同契約あるいはその通常の保証契約を前提として新たな債務を負担することを目的として締結された和解契約は、利息制限法が直接の適用対象とする契約とは「似て非なるもの」というべきでしょう。そうであるとすれば、これらの契約には利息制限法4条ではなく、法9条2号を適用すべきです。もっとも、法9条2号も利息制限法4条も、

いずれも当事者間の格差を考慮して弱い立場にある者の保護を図る規定なのですから、そもそも相互に齟

そ齬ごがあるかたちで規定が設けられて

いること自体が問題です。将来的には、両者の規定をその趣旨を踏まえて9条2号に合わせるかたちで改正することも検討すべきでしょう。

* 8 [3]判決は、高等裁判所の判決であるが、簡易裁判所から争われたものであるため、上告審判決である。* 9 もっとも、[4]判決では、貸金業者は上告せず、借主のみが上告したため、上告人に有利な結論を下した原審判決をそれに不利

なかたちには変更できないとして、原審判決の結論自体は維持している。

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