再犯防止対策の現状・課題・展望再犯防止に関する総合的研究 345...

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343 第4編 再犯防止対策の現状・課題・展望

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Page 1: 再犯防止対策の現状・課題・展望再犯防止に関する総合的研究 345 第1章再犯防止対策の今日的意義 本書では,まず,日本における再犯の実態について,近時の傾向及び戦後約60年という

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      第4編

再犯防止対策の現状・課題・展望

Page 2: 再犯防止対策の現状・課題・展望再犯防止に関する総合的研究 345 第1章再犯防止対策の今日的意義 本書では,まず,日本における再犯の実態について,近時の傾向及び戦後約60年という

再犯防止に関する総合的研究 345

第1章再犯防止対策の今日的意義

 本書では,まず,日本における再犯の実態について,近時の傾向及び戦後約60年という

長期間に蓄積された膨大な量の犯歴及び近時の統計を基に詳細な分析を行った(第1編及

び第2編)。続いて,そこで明らかとなった犯罪及び再犯者の特徴を踏まえた効果的な犯罪

予防及び再犯防止対策を考えるため,実証的根拠に基づいて効果が確認された(犯罪予防

又は再犯減少効果が認められる)処遇方法に関し,調査対象国(米国,カナダ,英国及び

オーストラリア)での実地調査及び広範囲にわたる情報収集を行った(第3編)。本編にお

いては,それらを集約した知見を示すとともに(第1章及び第2章),今後の日本における

再犯防止対策の充実に資すると考えられる事項について述べる(第3章)。

1 実証的データに基づく再犯防止対策の今日的意義

 今回の犯歴分析から明らかとなったように,犯罪者の約70%は,犯罪を行って一生に1

回だけ有罪判決を受けた「初犯者」にとどまっており,残りの約30%の犯罪者だけが,再

び犯罪を行って有罪判決を受けた「再犯者」となっている。しかし,これらの犯罪者が社

会に及ぼす損害という結果の側面から観察すると,この約30%の再犯者が,全犯罪の約60%

を行っており,初犯者に比べてはるかに大きな脅威と被害を日本社会に与えている(第2

編第2章)。人員で少数派にとどまる再犯者が,過半数の犯罪を行っていることにこそ,刑

事政策における再犯防止対策の必要性と重要性の根拠が存在する。

 さらに,100万人初犯者・再犯者混合犯歴(全期間)を対象に分析すると,人員では1%

に満たない10犯以上の多数回再犯者(0.8%,8,398人)が,6.4%(10万8,201件)の犯罪を

行っていることから,再犯者の中でも多数回再犯者対策が一つの重要な柱であることが分

かる。このような多数回再犯者が,社会に多大の損害を与えていることは調査対象国にお

いても同様であり(例えば,英国では,0.5%の多数回再犯者が,全体の9%の犯罪を行っ

ている(内務省調査,2001年)。Wheelhouse,2008),第3編第2章以下で詳述したように,

各国において重点的な再犯防止対策の対象とされている。

2 再犯防止対策の要点と今回の研究の位置づけ

 ここでは,1980年代から欧米諸国を中心に続けられてきた,実証的根拠に基づく効果的

な犯罪者処遇探求の成果を踏まえた再犯防止対策の要点をまとめながら,その中に,今回

の研究がどのように位置づけられるか等について述べる。

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(1)犯罪者処遇は,実証的根拠に基づいて効果が確認された(再犯減少効果が認められる)

 処遇方法を用いるべきこと(実証的根拠に基づく実践,evidence-based practice)

 この原則に沿って,これまで,どのような犯罪者処遇方法が,実際にどの程度再犯を減

少させ,かつ,社会全体として,どの程度の額の費用節約効果ないし便益があると認めら

れているかについて,多数の実証研究の集積及びそれらの結果を統合した統計的な解析が

行われてきた。これらの研究が到達した現時点における成果については,第3編第1章及

びそこに収録した一覧表(3-1-2-1から2-3表)でその要旨を示した。効果が認

められ,比較的対象者のサンプル数も多い例を再掲すると次のとおりである。

ア 成人

 ①施設内又は社会内における認知行動療法(性犯罪者を対象とするものを含む),②ド

ラッグ・コート,③監視ではなく処遇に重点を置いた社会内での集中的指導監督プログラ

ム,④社会内での薬物乱用者処遇,⑤社会内での雇用支援及び職業訓練,⑥刑務所内にお

ける治療共同体を含む薬物乱用者処遇,⑦刑務所内での職業訓練及び初等・中等教育,⑧

刑務所からの外部通勤プログラム

イ 少年 ①再犯危険性の低い犯罪者に対する少年ダイヴァージョン事業,②保護観察における機

能的家族療法,③その他の家族療法プログラム,④攻撃性置換訓練,⑤ティーン・コート

(TeenCourts),⑥少年犯罪者に対する認知行動療法(性犯罪者を対象とするもの,少年の

行動変容プログラムを含む。),⑦少年ドラッグ・コート,⑧少年犯罪者に対する修復的司

法プログラム,⑨機関間連携プログラム,⑩少年犯罪者に対するカウンセリング/心理療

法,⑪少年の教育プログラム,⑫少年に対する生活技能教育プログラム,⑬支援等のサー

ビスを伴ったダイヴァージョン

(2)犯罪者処遇は,最も処遇効果の高い者に対して優先的に実施されるべきこと(処遇効

 率及び費用対効果)

 最も処遇効果の高い者とは,再犯危険性の高い者を意味している。前記の国内外の実証

データが示すように,再犯者の中でも特に多数回再犯者は,生涯で1回だけ犯罪をする初

犯者に比べて,極めて大きな害を社会に与える。しかし,多数回再犯者及び6回以上再犯

をする者の数は,それ以外の者に比べて少ない(前記の100万人初犯者・再犯者混合犯歴(全

期間)の場合,これらに該当する3.4%の者が,17.3%の犯罪を行っている。)。それゆえ,

人数比で少ない再犯危険性の高い者を再犯危険性評価によって絞り込み,それらの者に対

して処遇を重点的に行うことによって,それらの者が実際に犯罪を繰り返す前に,その再

犯者化の防止に成功すれば,将来に向かって,再犯による被害者を減少させ,かつ,再犯に

係る社会的コストを大幅に削減することができる(第3編第1章3-1-2-3表参照)。

 本書で行った犯歴を対象とした大規模な分析では,年齢層別,罪種別,処遇態様別(保

護観察付執行猶予,仮釈放,満期釈放),再犯期間別及びそれらを関連づけて,どのような

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犯罪者の再犯危険性(一般的再犯危険性,同一罪名又は同種再犯危険性)が高いのかにつ

いて実証的に検討した。その結果は,次のとおりである。

 ①年齢層別では,20歳代前半の若年者で刑務所入所歴のある者の一般的再犯危険性が高

く,②罪種別では,窃盗,傷害・暴行,覚せい剤取締法違反を犯した者の同一罪名又は同

種再犯危険性が高く,③処遇態様別では,仮釈放者よりも満期釈放者の,仮釈放者につい

ては保護観察終了時無職の者の一般的再犯危険性が高く,無職の者の中では窃盗など財産

犯を犯して受刑し仮釈放された者の一般的再犯危険性が高く,④再犯期間別では,20歳代

前半及び55歳以上の者の再犯期間が短いことが判明した(対策については次章参照。)。

 この結果を踏まえると,実数の多い若年犯罪者及び窃盗,傷害・暴行,覚せい剤取締法

違反を犯した者に対する重点的取組が,その再犯防止による再犯事件被害者の減少及び社

会的費用の節減に寄与すると考えられる。

(3)再犯防止のための犯罪者処遇は,実証的根拠に基づく再犯危険性の程度に応じて実施

 されるべきこと(RNRの原則)

 前記(2)で述べた原則を実践するためには,再犯危険性の高い者を,①処分の決定段階及

び②処分の執行段階を通じて,確実に識別することが前提となる。集団処遇を前提とした

カナダ等の研究では,再犯危険性の低い者に対して,再犯危険性の高い者に最適化した高

密度処遇プログラムを適用すると,そのプログラムを適用しない場合よりも,かえって,

プログラム終了後の再犯率が増加することが確認されている。その理由は,再犯危険性の

高い者の処遇グループに,それが低い者を入れると,高い者からの悪影響を受けることに

よって再犯危険性の低い者の状態が悪化するからであるとされている。

 このような犯罪者の再犯危険性を確実に把握するには,第3編の随所で触れた,再犯危

険性評価基準(Risk andNeedsAssessmentScale)を用いて,当該犯罪者の①Risk(静

的再犯危険性)と②Needs(動的再犯危険性)を評価し,処遇によって改善可能な動的再

犯危険性の具体的内容を特定した上で,③当該犯罪者に最も適した処遇方法を選択して

(Responsivity,応答性),当該犯罪者が抱えている動的再犯危険性に対して処遇を進めるこ

とが最も効果的である(RNRの原則,BontaandAndrews,2007)1。犯罪者の静的再犯危

険性とは,年齢,性別,犯罪歴など処遇によって変更できない再犯危険因子を意味し,動

的再犯危険性とは,住居・就労の有無,家族関係の安定,薬物乱用の有無と程度など,処

遇によって改善ないし変更可能な再犯危険因子を意味している。

 第2編の犯歴の分析は,これら再犯危険因子のうち静的再犯危険性に関するものを中心

とし,矯正及び保護統計の分析には,動的再犯危険性に関するものも含まれている。ちな

みに,平成20年版犯罪白書特集における高齢犯罪者に関する実態調査は,動的再犯危険性

にも焦点を当てた研究である。

1 RNRの原則における「RNR」とはRisk,Needs,Responsivityの頭文字である。

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第2章 日本における再犯者の実態及び

      効果的な再犯防止対策の在り方

 今回の研究において,再犯危険性の高いことが判明したのは,下記の類型に属する者で

あった(第2編)。本編第1章で述べたように,最も効果的な再犯防止対策は,再犯危険性

が高い者を判別して,それらの者に対して,重点的な処遇を実施することである。

 そこで,以下では,再犯危険性及びその対策の検討を,①年齢層及び②罪種に分けて行

う。③再犯期間については,年齢層及び罪種との関係での分析結果を踏まえた対策を,該

当部分において述べる。

1 年齢層別再犯対策

 年齢層別の犯罪傾向一般に関しては,①年齢犯罪曲線(age-crime curve)が日本におい

ても妥当すること(Hirschi and Gottfredson,19831Gottfredson and Hirschi,19901

Moffitt,199311997),②その中に,一般的な傾向とは異なって,再犯者化ないし多数回再

犯者化する者が含まれていることが今回の犯歴分析から明らかとなった。

 すなわち,年齢層別に見た一般的再犯危険性では,20歳代前半(20歳から24歳)の者が,

最もそれが高く,加齢とともにそれが減少していくこと,及び20歳代前半の者の約5%が,

10犯以上の再犯を繰り返す多数回再犯者化していることが確認された。この5%という比

率だけを見ると少ないように思えるが,20歳代前半の犯罪者の実人員は,他の年齢層に比

べてかなり多いので(2-4-2-1-3表で示した,年代ごとの20歳代前半の者の実数

とその合計),20歳代前半の者の中で多数回再犯者化の危険性が認められる者を再犯危険性

評価によって識別し,その再犯を効果的に防止することができれば,かなりの再犯事件減

少効果を期待することができると考えられる(第2編第4章第2節1)。

 また,既に多数回再犯者化している者について見ると,近年高齢者の占める比率が急速

に高まって,2005年には20.3%となっており,これに再犯期間が短くなり始める55歳以上

64歳以下の者を併せると64.4%に達して,これらの者の高齢化が進んでいる(2-3-1-

5図,第2編第3章第1節)。

 他方,再犯期間との関係では,20歳代前半の者の再犯期間が比較的短いほか,55歳以上

の年齢層において再犯期間が急速に短くなる傾向が見られ,特に65歳以上の高齢者につい

ては,1年以内に再犯をする者が47.0%と他の年齢層に比べて際立って短い再犯期間を示

していることが判明した(2-4-4-1図,第2編第4章第4節及び第2編第4章第2節5)。

 そこで,ここでは,若年者(20歳代の者)及び高齢者に焦点を当てて,具体的対策を検

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討する。

(1)若年者

 多数回再犯者化防止対策としては,どのような条件を満たす若年者が多数回再犯者化す

るのかについて,今後,その属性等に関するより詳細な分析が必要である。今回の研究に

おいても,裁判時少年及び若年の初入新受刑者の保護処分歴の分析によって,その点に関

する手かがりを得ようとした(第2編第4章第2節3,4)。ただし,そこでも指摘したよ

うに,少年時に有罪判決を受けた者は,家庭裁判所から,保護不能又は保護不適のため刑

事処分相当として事件の送致を受けたものを対象としているので,実数が少なく,かつ重

大犯罪を中心としていること,若年の初入新受刑者については,犯歴のように同一人に関

する少年時からの経歴の追跡ができないことから,これらの検討結果だけで多数回再犯者

化の条件を特定することはできないことに留意する必要がある。しかし他方,裁判時少年

については,他の年齢層に比して一般的再犯危険性,同種再犯危険性が高く,かつ再犯期

間も短いことが犯歴を対象とした今回の分析から判明した。また,若年の初入新受刑者に

ついては,特に20歳代前半のほぼ半数の者に,傷害・暴行,窃盗,覚せい剤取締法違反に

よる保護処分歴が認められながら,更生できずに,刑務所収容に至っている。

 これら二つの分野の者には,後年,多数回再犯者化する可能性のある20歳代前半の者が

含まれているであろうことは,特に裁判時少年について,今回の研究におけるそれら少年

の成人後の犯歴の追跡調査結果から推測されるところである。それらを踏まえると,今後

の研究を充実させることは別として,現時点では,裁判時少年及び若年の初入新受刑者に

関しては,再犯危険性の高い者として,重点的な処遇の対象とすることが相当と考えられ

る。

 少年及び若年犯罪者に対して,諸外国で実証的に効果が確認された処遇方法の具体例と

しては,次のものがある(Aos et aL,2006a,2006bl Farrington and Welsh,20051

MacKenzie,20021Lipsey and Wilson,1998)。米国の連邦プログラムである①ジョブ・

コーツ(JobCorps,16歳~24歳向け,教育と多面的な就労支援を合わせた包括的就労支援

プログラム・詳細は第3編第2章参照),②OJJDP包括的暴力団処遇モデル(OJJDPCom、

prehensive Gang Mode1,12歳~25歳向け)のほか,米国,カナダ等で実施されている③

マルチシステミック(多体系)療法(Multisystemic Therapy,重大な問題を抱えた少年

犯罪者に対する多面的介入プログラムの一種。対象少年が抱える動的再犯危険因子に関し,

少年本人,家族(親の訓練を含む),仲間,学校そして地域社会に対して,多面的な働きか

けを同時進行的に行う。詳細は第3編第5章2(4)参照。),④機能的家族療法(Functional

FamilyTherapy,FFT,11歳~18歳向け),⑤多面的養育処遇(MultidimensionalTreat.

mentFosterCare,MTFC),⑥攻撃性置換訓練(AggressionReplacementTraining)な

どが挙げられる。また,施設内又は社会内における認知行動療法,監視ではなく処遇に重

点を置いた社会内での集中的指導監督プログラム,施設内における職業訓練及び初等・中

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等教育,カウンセリング・心理療法,行動変容プログラム(認知行動療法),機関間連携(多

機関連携)プログラムなども,少年犯罪者に効果が認められている(第3編第1章)。

 日本においても,施設内処遇における職業訓練及び教科教育,カウンセリング・心理療

法,施設内処遇及び社会内処遇における就労支援などは実施されている。しかし,多機関

連携プログラムについては,①2006年度開始の法務省と厚生労働省の連携による刑務所出

所者等総合的就労支援対策(刑務所出所者,保護観察対象者,更生緊急保護の対象者の就

労を確保し,その改善更生を図るための日本初の制度化された多機関連携),及び②2007年

度正式開始の法務省と文部科学省とが連携した,刑事施設及び少年院に収容されている者

に,これらの施設内において,高等学校卒業程度認定試験を受験させる制度が緒に就いた

ところである。犯罪者の動的再犯危険性は,重層的かつ多様であり,また,長期間にわたっ

て対応する必要のある要因も含まれているので,これらすべてに刑事司法機関のみで対応

することは不可能である(平成19年版犯罪白書,pp.267~,染田,2006,pp.101~,諸外国

の例について,同書pp.53~)。それゆえ,今後,前記の調査対象国におけるような,効果

が実証された形態における,より広範囲かつ長期間対応可能な多機関連携体制(調査対象

国の例については,第3編第2章以下参照)の整備とその下での処遇の充実が必要と考え

られる。

 少年時又は若年時から犯罪を繰り返している者については,できるだけ早期に,再犯危

険性評価によってこれらの者を識別し,少年院又は刑事施設からの出所時には,その短い

再犯期間を念頭に置いて,釈放後早期に重点的な働きかけを行うことが重要であると考え

られる。そして,これらの者は,社会内における集中的な早期介入プログラム又は処遇に

重点を置いた社会内での集中的指導監督の対象とすることが,その後の再犯防止に効果的

であることは,前記の米国・カナダのプログラムや英国の社会内での集中的指導監督プロ

グラムなどが示している。犯罪予防効果が確認された早期介入プログラムの例としては,

妊婦に対する家庭訪問プログラム,母親に対する家族養育パートナーシップ,幼児教育プ

ログラムのほか,前記のマルチシステミック(多体系)療法,機能的家族療法,多面的養

育処遇などもそれらに含まれる(Farrington and Welsh,2005)。

 これらの処遇プログラムは,処遇ネットワークの中に対象者を繋ぎ止めておくこと,及

びアフターケアの充実によって,その効果を発揮するとされている(WorrallandMawby,

2004)。したがって,日本で同様の方策を採用する場合,英国の多機関連携公衆保護協定

(MAPPA)や頻回犯罪者(PPO)プログラム(Wheelhouse,2008,本書第3編第4章)な

どの方式や実務の実態も参考にしつつ,その点に関する体制の整備も同時に必要であると

考えられる。

 以上述べた処遇プログラムの多くは,通常程度の再犯危険性と評価される少年又は若年

者に対しても適用可能なものが多いが,費用対効果の観点からは,まず,最も再犯危険性

が高いと評価された少年・若年犯罪者から優先的に処遇の対象とすることが妥当であろう

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(例えば,米国,カナダ,オーストラリア,ニュージーランド及び欧州9か国において実施

されているマルチシステミック(多体系)療法の場合,1人あたり約45万円の費用がかか

る上,相当程度の処遇側の人員体制も必要とされる。)。

 他方,少年・若年犯罪者は,その数が他の年齢層と比較して多いことから,これらの者

が1犯目から2犯目に至ることを防止するだけで,量的に見て,かなりの再犯減少効果が

期待でき,刑事司法全体にとって相当程度の負担軽減となる上,長期的に見て,日本社会

を担う人材の育成に寄与すると考えられる。この観点からは,動的再犯危険因子の一つで

ある無職の状態にある者は,再犯危険性が高いことが判明しているので(第2編第6章),

少年・若年犯罪者で無職の者に集中的に就労支援を行うことが効果的であろう。ちなみに,

2005年の新入受刑者のうち,入所度数が2度以上の者の場合,犯行時の職業は,有職者が

27.8%,無職者が70.6%であり,保護観察対象者の再犯率(2005年)は,無職者(39.6%)

が有職者(7.3%)の5倍強となっている(平成19年版犯罪白書)。若年者は,年齢的に見

て,現在労働市場で求められているIT関係,福祉・介護等の知識・技能を身につける場合

に有利であり(室井,2008),有職化を進めることが一つの効果的再犯防止対策になると考

えられる。

(2)高齢者

 高齢犯罪者は,若年者と異なって,高齢になってから1犯目を行った者が犯罪を繰り返

す確率は低い。その問題性は,①他の年齢層との比較におけるかなり短い再犯期間(2-

4-4-1図)及び②初犯者を中心とした高齢犯罪者の有罪確定人員の高い増加率(2-

4-2-5-6図)にある。②については,高齢犯罪者の有罪確定人員は1987年を100とす

ると2005年には傷害・暴行を中心とする粗暴犯型犯罪の初犯で1,314.3と約13倍,窃盗・詐

欺を中心とする財産犯型犯罪の初犯で1,036.8と約10倍になっており,その間の高齢者人口

の変化率が192.7と2倍弱に留まっているのと比べて,極めて高い増加率を示している(第

2編第4章第2節5)。それは,処分決定後の段階である高齢の受刑者,仮釈放者,保護観

察付執行猶予者の数に反映し1近年ほぽ一貫して,いずれの区分も増加している(平成20

年版犯罪白書第7編)。

 ①の再犯期間については,47%の者が1年以内に再犯に至っているので,この短い期間

内の再犯防止策の充実が必要である。1年以内という期間は,第2編で述べたように,身

柄釈放後,再犯を行って裁判所で有罪宣告を受けるまでの諸手続を含めた期間なので,実

際に再犯行為に及ぶまでの期間は,これよりもはるかに短い。そして,これらの短期間再

犯事例の場合,実務的に見て,釈放後,身寄りがなく,無職のまま,生活に困って再犯に

至る事例が少なくない。それゆえ,この再犯危険性の高い時期に,福祉・保健・医療等の

関係機関・団体と刑事司法機関が緊密に協力する多機関連携体制による支援を行うことが

重要であると考える。

 しかし,高齢犯罪者で身元引受人がいない場合,満期釈放となる場合が少なくないが,

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仮釈放者と異なって,満期釈放の高齢者の場合には,実際の支援提供については種々の困

難を伴っているのが実情である。そこで,このような受刑者に対しては,刑事施設在所中

から,刑事施設側に福祉・保健等の有資格者を配置して,帰住予定地の福祉等機関・団体

と連絡を密にする等,釈放直後の最も再犯危険性の高い時期をホームレスにならずに過ご

せるような支援策を講じることが効果的と考えられる。一部の刑事施設では,非常勤の形

態ながら,このような福祉等との連携が既に実施されているので,今後より一層の充実が

期待される。

 仮釈放対象者については,更生保護施設への一時的な収容保護が考えられる。現在の更

生保護施設は,就労して自立できる者を過渡的に収容保護することを基本としている。し

かし,高齢で生活基盤が不安定なために刑事施設からの釈放後その再犯危険性が高い者か

ら社会を守り,同時にこれらの者の社会復帰を支援するとの観点から,一定の場合には,

地域の福祉・保健・医療関係機関との緊密な連携体制構築を前提に,福祉等機関による保

護に移行するまでの比較的短い期間に限定し,一種の中間処遇としての収容保護を検討す

る余地もあるのではないかと考える。

 第3編で紹介した,米国,カナダでは,刑務所からの釈放に先立って,帰住予定地に近

い場所にある更生保護施設を含む中間処遇施設に移送され,移送元の刑務所,中間処遇施

設の職員,それらの施設と連携体制が構築されている各地域の福祉・保健・住宅(housing)・

就労支援等の機関・団体が協力しながら,地域社会への再統合を支援する体制が採られて

いる。また,オーストラリアでは,受刑者並びに仮釈放者及び満期釈放者に対する継続的

処遇の充実により,①再犯防止を通じた社会の安全確保を図り,並びに②更生した犯罪者

を社会へ再統合し,及び③彼らによる社会貢献を通じた社会の活力向上を図ることを目的

として,「釈放後サービス(Post-ReleaseServices)」という概念が提唱され,受刑中から

釈放段階に至る過程を詳細に分析して,それぞれの時期に対応した適切な支援と指導監督

が,多機関連携の下で提供される枠組みの構築が進められている。具体的には,①釈放前

の準備期間に,継続的処遇の見地から,施設内で実施した薬物乱用等処遇プログラムの釈

放後の維持・継続を図るべく,関係機関・団体の間での情報共有を進め,②釈放直後(移

行初期)は,最も再犯危険性が高く不安定な時期なので,中間処遇の第1段階として,ま

ず,衣食住の確保に重点を置き(関連する福祉等サービスと刑事司法機関との連携),③移

行中期・後期は,中間処遇の第2段階として,職業の確保と自立に向けた支援に重点を移

すことになっている。④最終段階では,仮釈放期間終了に際し,本人が抱える特定の問題

に引き続き支援を行う必要がある場合(例二薬物乱用には,長期間の継続した専門的処遇

と支援が必要),民間団体等によるアフターケアに円滑に移行するための連携体制の整備が

図られることになっている(AIC,2005)。日本の場合も,このように,釈放された者の置

かれている段階に応じた支援体制の整備が重要と考えられる。

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再犯防止に関する総合的研究 353

2 罪種別再犯対策

 今回の分析から,罪種別に見て,1犯目の罪名を基準として,①同一罪名再犯危険性の

高い犯罪及び②再犯期間の短い犯罪があることが確認された。①は,窃盗,覚せい剤取締

法違反,傷害・暴行であり,②は,覚せい剤取締法違反及び窃盗が中心的な罪名であるが,

傷害・暴行についても,一部,再犯期間の短い者が見られる。①と②は,ほぽ重なり合う

ので,ここでは,罪名別にまとめて対策を検討する。

(1)窃盗

 窃盗は,認知件数及び再犯者数ともに極めて多いが,これまで,体系的にその再犯防止

対策が検討されてきたことはなかった。窃盗には職業的な犯行から機会犯的なものまで含

まれ,その態様や被害の程度は,粗暴犯以上に多様であり,警察庁の認知件数統計を見る

と,侵入盗,非侵入盗,乗り物盗の基本的区分の下に多様な類型が見られる。これがパター

ン別の対応を困難にしている一つの要因と考えられる。加えて,窃盗は,今回の調査にお

いても,年齢層を問わず多く見られる犯罪であった。しかし,その対策を考えるためには,

今後,まず,1犯目の者又は初犯で終わっている者と再犯者とを区別しつつ,その手口,

動機,年齢,性別,生活環境などを総合した,窃盗発生要因についての実証研究を行うこ

とが重要であると考えられる。

 今回の海外調査においても窃盗再犯防止対策について調査したが,その点にも焦点を当

てた内容を含む処遇プログラムは多くなく,訪問した米国の刑務所で実施されていた,認

知行動療法をべ一スにした「道徳的再動機付け療法(MoralReconationTherapy,MRT)」

の実施に際して,それと同時に実施されることのある複数のプログラムの一つとして,認

知行動プログラムの一種である,窃盗防止(盗癖改善)プログラムが含まれる程度である

(第3編第2章第2節2(1))。

 生活に困っての窃盗の場合は,これらの処遇方法と併せて,前記の高齢犯罪者のように,

釈放直後にホームレスとなったり,その他経済的に行き詰まることがないように,支援体

制を充実させることが,その再犯防止に効果的であると思われる。

 いずれにせよ,窃盗は,量的観点から見ても,その再犯を減少させることができれば,

社会的コストを大きく削減することが可能であるので,今後の具体的対策の実施が重要で

ある。

(2)覚せい剤取締法違反

 覚せい剤取締法違反で実刑を受けた者に占める使用又は使用目的所持の者の比率は,

1985年から2003年までの問,一貫して90%を超えている(平成16年版犯罪白書,p.309)。し

かし,薬物乱用者対策として,通常の刑事罰のみでは,乱用防止効果に乏しいことが本研

究から明らかとなった。すなわち,覚せい剤取締法違反のみを繰り返した者に関して,罪

種別・犯歴の回数と量刑の重さの変化及び犯歴の回数と再犯期間の変化を分析すると,回

数を重ねるにつれて,量刑は重く,再犯期間は短くなることが分かった(2-4-3-1

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図③)。仮に,通常の刑事罰が効果的であるならば,再犯期間は長くなるはずであるが結果

は逆であった。これは,当初,自由刑の執行猶予により更生の機会を与えられたにも関わ

らず,乱用を止められずに犯歴を重ねて,覚せい剤乱用の悪循環が加速され,依存の段階

に至ることを示している。この結果,2000年以降過剰収容状態が続いている刑事施設での

受刑者に占める同法違反者数は,近年継続的に,男子新受刑者のおおむね20%前後,女子

では30~40数%に上っている。

 そこで,刑罰以外の専門的薬物乱用者対策を検討する必要がある。欧米やアジア諸国で

は,既にこの問題に直面し,それを克服するための方策が導入され,実証的に効果が認め

られた方法が見られる。法的な構造やプログラムの詳細は,国・地域によって異なってい

るが,共通点は,一種のダイヴァージョン・プログラムに,薬物乱用者に対する専門的処

遇を法的に強制する方法を組み込んでいることである。アジア及び欧米9か国における,

この問題に関する法務総合研究所研究部及び国際連合研修協力部(国連アジア極東犯罪防

止研修所)の研究グループによる共同研究及び実地調査によれば,欧米では社会内命令

(communityorder)やプロベーション命令の遵守事項,ドラッグ・コートなどが,アジア

では,起訴猶予との組合せや裁判所の特別の命令などが,薬物乱用者に対する強制的処遇

プログラムの形態となっている(アジアの5か国の強制的処遇制度の概要比較については,

平成16年版犯罪白書5-3-3-9表参照。)。ドラッグ・コート及び社会内における薬物

乱用者処遇が,実証的に効果が認められることについては,既に,第3編第1章で述べた

とおりである。実施場所は,専門の治療施設での処遇と通所型の社会内処遇(米国で開発

されたMatrixプログラムなど。タイでも専門家の指導の下,導入されている。)がある(染

田,寺村,桑山ほか,2005,2006)。

 日本の状況や法制度を踏まえつつ,この薬物乱用者に対する強制的処遇プログラムを導

入すれば,①乱用の早期に専門的薬物乱用者処遇を受けさせることにより同一罪名再犯の

減少を図り,②刑事施設の過剰収容解消に貢献し,併せて③費用対効果の面でも刑務所収

容に比べて節約が期待されると考えられる。

(3)傷害・暴行(重大な暴力再犯の防止)

 傷害・暴行を犯した者には,2年以内と比較的再犯期間の短い者が約40%含まれている。

その再犯防止上の大きな問題は,傷害・暴行に対する処分は財産刑が圧倒的に多く,自由

刑であっても執行が猶予される者が多いことである。傷害のみを繰り返した者について,

1犯目から10犯目までの量刑の変化を見ると,初犯時は約9割が,6~10犯目に至っても

約69%が罰金に処せられている。6~10犯目では執行猶予を含む自由刑に処せられる者が

約3割となるが,刑が重く実刑となっても,再犯期間が長くなる傾向は見られなかった(第

2編第4章第3節)。

 しかしながら,当初は,軽微な傷害・暴行であっても,その中の一部の者は,後年,殺

人や強姦を犯していることが今回の追跡調査から判明した(第2編第4章第5節)。また,

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再犯防止に関する総合的研究 355

20歳代及び30歳代に傷害・暴行などの粗暴犯を行った者は,加齢を経てもその粗暴傾向を

維持していることが判明した(2-4-2-2-7表及び8表,第2編第4章第2節2)。

 罰金及び自由刑の単純執行猶予に付された者は,刑事司法機関による処遇を受けること

なく釈放され,その中の相当比率の者が,比較的短期間で同種再犯に至っている上,その

粗暴傾向は,矯正されることなく加齢を経ても維持され,一部の者は,殺人などの重大犯

罪に至る。そこで,これらの者には,諸外国にみられるようなドメスティック・バイオレ

ンスの加害者に対する処分と同様,刑罰の一部として又は刑罰とは別に,このような問題

性に着目した専門的な暴力防止プログラムヘの参加を,法的に義務づける制度の創設が検

討されてよいと考える。

 なお,保護観察に付された(仮釈放者を含む)粗暴犯については,日本においても,2008

年6月の更生保護法全面施行に伴い,保護観察所で実施する認知行動療法に基づいた「暴

力防止プログラム」が導入された。粗暴犯は,その態様・程度・動機等が区々であり,か

つ,飲酒との関連が認められる場合もあるが,諸外国で既に実効性が確認された認知行動

療法をべ一スとしたプログラムに基づき,その認知の歪みを改善して再犯防止を図ろうと

するもので,今後,日本における効果検証が期待される。

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第3章 今後の課題と展望

 以上を踏まえて,ここでは,今後の日本における効果的な再犯防止対策を構築する上で,

有用と考えられることについて,その要点を述べる。

1 実証的根拠に基づく実践の徹底

 まず,犯罪者処遇は,実証的根拠に基づいて再犯防止効果が確認された方法を中心とす

ることが必要である。日本においても,1990年代に認知行動療法の応用である生活技能訓

練(Social Skills Training,SST)が社会内処遇において導入され,最近では,2006年に

専門的性犯罪者処遇方法がカナダ及び英国から施設内処遇及び社会内処遇において導入さ

れ,また,認知行動療法に基づく,覚せい剤事犯者処遇プログラムや暴力防止プログラム

なども導入されつつある。既に施設内及び社会内処遇で実施されている処遇方法の中には,

前記のように,諸外国の研究で効果が認められた方法も含まれている。今後は,処遇の中

心を,このように実証的根拠に基づいて効果が認められた方法にシフトするとともに,日

本においても,実際に再犯防止の効果が認められるかについて,中・長期的視点に立った

独自の効果検証のための実証研究を行うことが不可欠である。

2 処遇実施側の体制整備(処遇実践者のプログラムヘの忠実性)

 調査対象国で現在問題となっているのは,実証的根拠に基づく実践を徹底し,再犯率減

少の根拠が確認された犯罪者処遇プログラムを運用しているのに,なぜ,地域によって,

効果(再犯率)に違いが生じるのかということである。これは,処遇実践者の処遇プログ

ラムヘの廉潔性(integrity)ないし忠実性(fidelity)の問題として,以前から認識されて

いた。しかし,実際に,どのような要因が影響しているのかを確認した全国規模の研究は

なかった。そこで,カナダでは,ランダム化比較試験(RCT)によって,地域別に保護観

察官を無作為に抽出し,実験群は,前記のRNRの原則等について,十分な事前研修とその

後のフォローアップを受けて特定の犯罪者処遇プログラムを行い,同様に無作為に抽出さ

れた統制群は,それらの研修等を受けずに特定の犯罪者処遇プログラムを行った2。現在追

跡調査中であるが,中間的結果としては,前者によって処遇された犯罪者の方が,約20%

再犯率が低く,その結果は統計的に有意であった。この結果を踏まえて,体系的な保護観

察官研修とその後の現場におけるフォローアップ体制の見直しについて提言が予定されて

2 処遇を受ける対象者については,いずれのグループの保護観察官に処遇を受ける者にっいても,

年齢,性別,犯罪歴等がほぼ同様となるように,条件が統制されている。

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再犯防止に関する総合的研究 357

いる。また,米国,英国及びオーストラリアにおいても,この点を踏まえた対応が採られ

ている場合もあるが,予算・人員の制約,現場職員の意欲等様々な要因によって,直ちに

体制整備に結びつかない場合も見られる。

 日本において,今後,再犯防止効果が確認された方法を中心としていく場合,同時に,

処遇実践者のプログラムヘの忠実性の問題及びそのような忠実性実現を可能とする予算・

人員等体制整備も同時に行うことが,本来予定された再犯防止効果を得る上で不可欠の前

提となると考えられる。

3 犯罪者の再犯危険性評価の徹底と電子化された情報共有

 このような処遇体制の前提となっているのは,①刑事司法の全段階における犯罪者の再

犯危険性評価の実施及び②評価結果の関係機関における共有である。日本では,①は不十

分であり,②は少年鑑別所に入所した者に対する資質鑑別以外,十分には実現していない。

重点的処遇を要する対象を絞り込むには,刑事司法の早い段階で犯罪者の再犯危険性評価

を行って,それに基づいて処分を決定し,その結果を処遇機関が引き継ぐというのが,最

も効果的であり,かつ,社会的コストの観点からも無駄が少ない。今後は,少年,成人を

問わず,処分決定前から犯罪者の再犯危険性評価を行い,処遇の節目において,評価を繰

り返し,最も非行・犯罪少年,犯罪者に適した処遇方法が,常に選択されるようにする必

要がある。そして,このような評価結果を関係機関で共有するためには,①評価基準の統

一(共通の様式に基づいた評価)及び②評価結果の電子化とデータベース化が不可欠であ

る。カナダで開発された再犯危険性評価基準が,諸外国で使用されていることは既に触れ

たが,米国,英国及びオーストラリアにおいては,それらに加えて,国情に合わせた再犯

危険性評価基準を作成し,使用している。英国のOASysは,その一例であり,2002年から

プロベーション・サービスで,続いて2004年から刑務所(18歳以上の者を収容する施設に

限る。)において,それぞれ導入が始まり,現在,プロベーション・サービス及び刑務所に

共通の再犯危険性評価基準として全国統一一で活用され,評価結果はe-OASysを用いて,こ

れらの機関においてネットワークを通じて電子的に共有する体制が構築されている(第3

編第4章)。また,カナダでは,連邦矯正局(全国の刑務所及び仮釈放事務所)を核として,

連邦犯罪者(刑期2年以上の者)についての刑に関する情報共有を可能とする電子化され

たデータベースである犯罪者管理システム(Offender Management System,OMS)を構

築している。OMSを経由して,全国仮釈放委員会(National Parole Board),犯罪者の

中間処遇施設,警察,裁判所その他の刑事司法機関及び連邦国境警備並びに出入国管理庁,

連邦刑事統計センター,連邦歳入庁(オンライン化推進中),州の機関等の関連機関が,連

邦犯罪者についての情報共有を行っている(第3編第3章)。電子化された犯罪者に関する

統合的なデータベースの構築は,今回の調査対象国すべてにおいて行われており,更にそ

れを進めて,カナダのようにかなり広範な範囲でネットワーク化されている例もある。い

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ずれの調査対象国においても,これらの電子化とネットワーク化には,かなりの期間と多

額の費用を投入している。

4 犯罪者処遇における多機関連携の徹底

 犯罪者が抱える動的再犯危険性は,多様で重層的であり,薬物依存のように対応に長い

時間的経過を要する因子もある。これらに幅のある対応を同時に行い,かつ,時間軸とし

て,アフターケア段階まで見据えた対応を行うには,多機関連携方式以外に効果的な選択

肢は存在しない。調査対象国では,就労,住居,保健・医療,教育,福祉等関係機関・団

体・個人(専門家やボランティア)との緊密な連携体制が,専門官方式又はチーム方式に

よって採用され,1か所で多様な問題に継続的に対応することが可能なワン・ストップ・

サービスの提供体制が整備されている。

 日本においては,前記のように,法務省と厚生労働省の連携による刑務所出所者等総合

的就労支援対策及び法務省と文部科学省とが連携した,刑事施設及び少年院に収容されて

いる者に,これらの施設内において高等学校卒業程度認定試験を受験させる制度によって,

あるいは,一部の刑事施設における釈放時の福祉等との連携によって,多機関連携が進め

られつつあるが,第3編で紹介した調査対象国の例に比べて,まだ不十分な点が多いと考

えられる。効果的な連携のためには,常時,ワン・ストップ・サービスが提供可能な程度

に,関係機関・団体の関係者や各分野の専門家が一つの場所に集まって,恒常的に,チー

ムで問題解決に当たることができる体制を構築することが極めて重要である。日本におい

ても協力雇用主制度の充実のための特定非営利活動法人全国就労支援事業者機構が2009年

1月から事業を開始するなど,効果的な連携に向けた取組は進められている。今後,連携

の範囲の拡大とそれらの体制の制度化のために,調査対象国に見られる社会資源調整官の

ような専門官の導入も含めて,具体策が検討される必要があろう。

5 継続的処遇体制の整備(地域に根ざした司法を含む)

 拘禁刑の宣告を受けた者,ある程度の期間にわたって未決拘禁された者は,そのことに

よって,就労,住居を失う場合が多く,また,家族関係など人間関係にも重大な影響を受

ける。この施設内から社会内への移行に際しては,生活全般の基礎が不安定な場合,釈放

直後が,最も再犯危険性の高い時期であり,また,無職状態が続くことは,動的再犯危険

性が高まることを意味している(第2編第6章)。日本の場合,特に,満期釈放者について,

継続的処遇の観点から問題が少なくない。その点についての抜本的な対応策の一つは,米

国やカナダのように,原則として,すべての受刑者を正式の釈放前に,中間処遇施設に移

送し,そとで地域との連携を図りながら,釈放に備える体制を導入することであろう。第

3編で紹介した,多様な社会再統合支援プログラムは,この体制を支える機能を有してい

る。日本の場合,そこに至らないまでも,最低限,満期釈放された者が,釈放直後の生活

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再犯防止に関する総合的研究 359

困難に直面しないため,刑事施設,保護観察所,福祉・保健・医療等関係機関・団体との

密接な連携体制の構築が不可欠と考えられる。その際,全体的に見た社会的費用の負担軽

減の見地からは,釈放直後の生活困難を原因とした再犯により,短期間で刑事施設に再収

容されることによる費用(収容費用,一連の刑事司法手続に要する費用すべてを含む。)と

生活保護など福祉的支援の費用を比較すれば,前者の方が,社会全体からみて,より重い

負担となる可能性が高いことを念頭に置く必要があると考えられる。

6 犯罪者の処遇参加への動機付け

 犯罪者の処遇参加への動機付けについては,いずれの国においても重要な課題となって

いる。例えばカナダの場合,犯罪者を単に処遇の対象としてではなく,問題解決に共に当

たるチームメンバーと位置づけ,刑務所収容時から,受刑者本人,刑務官,刑務所駐在保

護観察官がチームを構成して,本人の処遇計画について話し合いながら処遇を進める体制

が採られている。チーム内では,前記の再犯危険性評価結果を含め,犯罪者管理システム

(OMS)に登載されている本人に係る電子情報はすべて本人公開され,透明性の高い処遇が

行われている。この透明性の高さが,受刑者本人の自己改善への動機付けを高めることに

つながっている。また,カナダでは,保護観察官は,全員,動機付け面接(Motivational

Interviewing)の研修受講を義務づけられており,施設内・社会内を問わず,犯罪者の更生

意欲喚起に十分な注意が払われている。

 処遇プログラムの効果を十全にするためには,このような処遇を受ける側の準備が重要

であり,前記の処遇実践者のプログラムヘの忠実性(fidelity)とともに,今後の日本にお

ける処遇効果向上の前提として,対応が必要な事項であると考えられる。

7 今後の研究の充実

 今回の研究では,先行研究で指摘されている点を含め,再犯者の犯行パターンに幾つか

の類型が見られることが分かった。例えば,①再犯期間一集中型(短期間に犯罪反復),間

欠型(一定期間をおいて犯罪反復),再発型(若年時等に犯罪をした後再犯がないまま推移

し中高齢になって再犯),②犯罪歴一早発型(若年時から犯罪反復),遅発型(中高齢になっ

て1犯目をして以後反復)等である。第2編では,罪種,年齢,再犯期間等との関係で分

析を試みたが,犯罪者自身の属性に関しては,分析対象に含まれる情報の制約等のため深

い分析ができなかった。現在,欧米の犯罪学では,犯罪者はなぜ犯罪を止めるのか(desistan-

ce)に関する研究が盛んである(Sampson and Laub,1993,2003)。日本においても,こ

の観点を踏まえつつ,犯罪者が再犯をしなくなる要因についての研究が,これらの犯行パ

ターン研究の充実も図りつつ推進されていくことが期待される。

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法務総合研究所研究部報告 42

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