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日皮会Ife : 100 ( 9 ), 947-951, 1990 (平2)
皮膚癌予防の目的でetretinateを使用した色素性乾皮症の1例
橋本
飯塚
夫
..J
松本
張
要 旨
知能低下,聴力障害などの神経症状が認められた色
素性乾皮症(XP)の16歳男予例を報告した.線組芽細
胞を用いた遺伝的相補性群の検討からは,本症患者は
C群に属する可能性が示唆された.現在まで6個の基
底細胞上皮腫(BCE)の発生が組織学的に確認された
が,cancer prevention の目的でetretinateを投与し4
年間経過観察した結果,腫瘍の発生に対する本剤の抑
制効果については評価困難であったものの,腫瘍の増
大傾向が遅延するという印象が得られた.
XPにおけるレチノイドの発癌予防についてその問
題点と作用機序について文献的に考察した.
緒 言
今回著者らは神経症状を伴った色素性乾皮症(XP)
の1例を経験し,初診から10年間遮光を行いつつ,皮
膚癌発生の有無につき経過を観察した.
特にcancer preventionの目的でetretinateを長期
投与したので,その効果を報告する.
症 例
患者:16歳男子.
初診:昭和54年8月8日.
主訴:顔面の黒褐色皮疹.
家族歴:宗族内に同症はなく,両親に血縁関係はな
し≒
現病歴:患児は昭和48年4月15日,体重3,500g,身
長50cm,正常分娩で稚内市で出生.周産期には異常は
なかったが,乳児期から戸外にっれだすと日光練露部
に紅斑,水庖が出現したという.この様な症状を繰り
返すうちに顔面に色索斑が多発してきたため,昭和54
年8月8日,6歳時に当科を初診.色素性乾皮症を疑
い以後外来において定期的に観察,昭和57年8月,9
歳時に右頬部に小腫瘍が出現したため,当科に1回目
旭川医科大学皮膚科学教室(主任:飯塚 一教授)
*京都大学放射線生物研究セソター
平成元年n月30日受付,平成2年3月23日掲載決定
別刷請求先:(〒078)旭川市西神楽4線5号 旭川医
大皮膚科学教室 橋本喜夫
光博
海龍*
大熊
池永
憲崇
満生*
の入院となり,切除術をうけた.昭和60年3爪11歳
時に鼻尖部および前額部に小咄瘍力川現,討・卜」の入
院となった.
2回目入院時現症:顔面全体に半米粒人心での褐色
~黒色色素斑が多発散在し,頬部には軽度の毛網血管
拡張が認められた.鼻背には径8mmドーム状,ケラト
アカソトーマ様外観の腫瘍,右前額部には径3mm黒色
扁平局面が認められ,これらの腫瘍はいずれも組織学
的に基底細胞上皮腫(BCE)であった.眼球結膜には
充血,内眼角部には翼状片が認められた(Fig. 1).
以後外来通院中著変はなかったが,昭和62年3月頃
からド顎部に黒色皮疹が出現,徐々に拡大してきたた
め,切除および精査を目的で7月27日当科に3回目の
Fig. 1 Clinicalfeatures of patient XPIAS at age
11.
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948 橋本 百人ほか
Fig. 2 Pathologic日ndings of blackish plaque showing tumor nests which consist
of basalioma cells.
入院となった.
3回目入院時現症:右下顎部に5×7mm, 5×5mm
の黒色類円形の局面が2個認められる.身長158cm,体
重48kgで体格ぱほぼ年齢相応.
病理組織学的検査:右下顎部の黒色局面のHE染
色では,腫瘍細胞は真皮上層から中層にかけて胞巣状
あるいは索状に増殖しており,胞巣を構成する細胞は
核の比較的大きないわゆるbasalioma cell で,胞巣内
にはタラニソ色素と思われる茶褐色の色素が多数認め
られた.胞巣辺縁のpalisadingおよび周囲の裂隙形成
が認められ, BCEと診断した(Fig. 2).もう1個の黒
色局面も組織学的にBCEであった.
血液一般,血清生化学的検査,尿検査:正常.最小
紅斑量(MED)測定(3回目入院時施行):東芝・エー
ザイのデルマレイ装置(DMR-I東京)を用い,光源よ
り37cmの距離で‥胞者背部皮膚にUVB(FL-20SE 5
本)を照射(エーザイ多孔板使用)し,それぞれ24,
48, 72時間後に判定した結果,20秒(0.04J/cm2)照射
で24時間後に紅斑,水庖球形成され,UVB最小紅斑量
の低下が証明されたが,異常遅延反応は指摘されな
かった.遅発性色素沈着は数カ月間持続して認められ
た.
神経学的検査:錐体路,錐体外路とも神経学的異常
はないが,軽度の嘸下障害が認められたが,食道造影
で器質的異常は認められなかった.知能検査(Wise-
R)においてIQ40以下と,知能発達の遅延が認められ
た.
頭部CTでは軽度のcerebral atrophyと側脳室拡
大が認められたが,脳波所見では特に賢常に認められ
なかった.オージオグラムを用いた聴力検査の結果,
高音漸傾型の両側性感音性難聴が認められ,約60dB
の聴力損失があり, SISIテストでは4,000Hzで両側
80%の内耳障害が認められた.聴性脳幹反応は未施行.
尺骨神経伝導速度は右59.7m/s,左63.4m/s (正常域
40~70)と特に遅延は認められなかった.
眼科的検索:翼状片が認められた以外に,角膜,中
間透光体,眼底は正常.
細胞学的検査:患児皮膚から採取した培養線組芽細
胞を用いて検索した結果は,下記のごとくである.
(1)不定期DNA合成(UDS):紫外線(UV, 254
nm)を20J/m2照射した後のDNA修復合成を常法1)に
従いオートラジオダラフィー法によるUDSとして測
定した結果,患者由来細胞(XPIAS)のUDSは正常
細胞の約20%であった.
(2)相補性テスト:患者由来細胞(XPIAS)と各相
補性群標準細胞との融合細胞にUVを照射し,誘発さ
れるUDSをオートラジオグラフィー法で検出した.
標準C群細胞(GM3176)およびG群細胞(XP2BI)
との相補性は常法l)通りに行ったが,標準A群細胞
(XP350S)およびF群細胞(XP1010S)との実験は,
大きさの異なるラテックスビーズで標識した細胞を用
いること2)によって,異種2核細胞におけるUDSだけ
を測定した.その結果をFig. 3に示したが‥脆者細胞
は標準C群細胞(GM3176)とは相補せず,標準A群
-
16
細 胞 核 の
数
0
etretinateを使用した色素性乾皮症
0
細胞核あたりの銀粒子数
Fig. 3 Complementation test of XPIAS
(a) XPIAS/XPIAS, (b) XP1AS/GM3176 (C), (c) XP1AS/XP2BI (G), (d)
XPIAS/XP350S(A),(e)XPIAS/1010S(F).
The distributions of the number of grains per nucleus shown in Figs(d)and(e)
are those counted in heterodikaryons alone (see text in detail).
細胞CXP35OS),標準F群細胞(XPIOIOS),標準G
群細胞(XP2BI)とは相補性を示した.なお, XPIAS
は他のA群細胞(XP30S)とも相補性を示した.
治療及び経過:初診時から日本Roc社遮光クリー
ムのクレームエクラソトタール7A十B(現在15A十B)
を使用し,紫外線防御を指導した.2回目入院以後は
紫外線防御をより厳重とし,教室,自宅,自動車の窓
には東レUV遮断ファルムを貼布,また眼にはNikon
のプラスチックレンズの眼鏡を装着するなどの手技を
実施させた.さらにcancer preventionの目的で
etretinate 30mg/day内服を昭和60年4月16日から開
始,以後漸減し現在lOmg/dayで維持している.平成元
年7月現在まで,径1mm前後の小丘疹が時々出現はす
るがあまり増大傾向はなく,他方冷凍療法のみによっ
て消失する皮疹が認められるなど,皮膚腫瘍発生に関
しては比較的良好な経過が観察されている.
考 按
色素性乾皮症(XP)に対する根本的な治療がない現
在,皮胤 口唇,眼における発癌予防としての紫外線
防御が最も大切な手段となろう.しかし,そのために
は母親教育,家族全員の積極的協力,環境の整備など
が必要であり,厳格な光防御達成は容易なものではな
949
い.自験例ではすでに述べた各種の紫外線防御手段を
施行したが,さらに皮膚癌予防目的でetretinate内服
を比較的長期間試みた.すなわち,まず30mg/day(約
0.6mg/kg)で開始,口唇炎を強く訴えるため6ヵ月後
から漸減,以後投与継続に支障をきたすような重篤な
副作用は認められず,4年間投与を継続した.その結
果,本剤単独の予防効果については判定が困難である
ものの,投与前3年間にBCEが4個出現したのに対
し,投与後4年間では2個の出現にとどまっている点,
また病歴上でのBCE発生から外科的切除までに要し
た期間は投与前で平均1.6ヵ月(BCE 4個),投与後で
平均5ヵ月(BCE 2個)であった点などからむしろ腫
瘍の増大傾向が遅延する印象であった.また通常の冷
凍療法によって,組織学的には未確認ではあるもりの,
1mm位のBCE様丘疹がより容易に消退するように
なった点も観察された.
レチノイドによる癌発生の予防に関しては,膀胱
癌3),騨癌'", nevoid basal cell carcinoma Syndrome5),
actinic keratosis", XPの皮膚癌予防効果報告例718)な
どが散見される.最近Kraemerら9)は5例のXP患者
に対し, isotretinoin (2mg/kg/day)を2年間投与し,
投与前2年,投与中止後1年という計5年間の観察を
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950 橋本 喜夫ほか
行ったところ,投与中に63%の皮膚癌発生率減少がみ
られ,投与中止後発生率が上昇することを報告,低用
量(0.5mg/kg/day)での追試を施行中という.本用量
の点に関しては,一般に高用量(lmg/kg/day)を用い
た例7)8)が多いか,一方,低用量(0. 4mg/kg/day)でも
予防効果が認められたという報告1o)もあり,投与量の
設定については今後の検討が必要であろう.
XPにおける本剤の皮膚癌予防の作用機序は不明で
ある. Wattenberg'"は癌の化学予防剤を作用点の面か
ら以下の三群に分類している.すなわち,(A)発癌物
質(complete carcinogen)に対して有効な物質,(B)
主として発癌のpromotionを抑制する物質(anti・
promoters), (C)発癌関連物質(initiaterとpr・
moter)に暴露される直前に投与すると有効な物質と
いう三群で,さらに(A)群につき前駆物質から完全な
発癌物質への転換を抑制するもの(A-I),標的細胞へ
の発癌物質の到達過程を遮断するもの(A-H),および
それらに続発して癌化する過程を抑制するもの(sup-
pressing agents :A・m)との三群に細区分している.
レチノイドはこの分類上,(A-m),(B),(C)いずれに
も属した化合物である点を考えると,その作用機序は
より複雑であろうと推測される.
Kraemerら9)は臨床的に比較的短期間内で予防作用
が出現したことから, initiation, promotionではなく,
むしろprogressionにレチノイドが作用するのではな
いかとの推測を下している.一方,レチノイド(E-5166)
が放射線誘発性腫瘍形質発現に対し抑制効果があると
いう報告12)もあり,その作用機序を考える上で興味深
いものと思われる.も・つともレチノイド(retinoic
acid)自身はXPにおける紫外線誘発DNA excision
repairに対し直接影響を与えないと報告13)されてい
る.
XPにおける細胞レベルの知見に言及すると,現在
文
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吊れ?Function, 14 : 173-181, 1989.
3) Studer UE, Biedermann C, Chollet D, Karrer P,
Kraft R, Toggenburg H, Vonbank F: Preven-
A~Hまでの8つの遺伝的相補性群とvariant型の存
在が知られている1慌本邦ではA群とvariantが多
く,欧米に多いC群が少ないことも特徴である15)16)と
いわれる.また一般にA,DおよびG群のXP患者は
XPに固有の神経症状を示す14)が,C群の患者には神
経症状が見られない14)17)のが通常であるといわれる.
自験例の場合,多くの神経症状が合併していたにもか
かわらず,各群標準細胞との融合細胞におけるUDS
の相補性テストの結果では,A,FおよびG群とは相補
性を示すものの,C群とは相補しない点が指摘された.
この点,自験例はC群である可能性が高いと考えられ
るものの,自験例の神経症状は欧米のD群の神経症
状14)に類似している点,C群細胞との相補性テストの
判定はA群細胞などの場合ほど容易ではなく慎重を
期する必要がある点14)18)さらに白験例細胞と標準D
群細胞との相補性テストが施行できなかった点,など
を考慮すれば,自験例をC群と断定することは現状で
は保留したい.仮にC群に属するとすれば,自験例は
知能低下などの神経症状を伴った稀なC群XPであ
るといえよう.
最後に自験例の神経症状についてであるが,
RobbinS19)は平均致死線量(DO値)の低下と神経症状
の関連性を重視し,逆にIchihashiら2o)はこれに合致
しない本邦XPD群症例を報告している.自験例では
DO値が約0.55J/m2で本邦XPC群およびD群に比べ
低値を示しており,神経症状との関連において興味が
もたれる.また自験例が仮にD群に属するとすると,
本邦XPD群はいずれも神経症状が軽微であり21)こ
の点では自験例の神経症状は本邦XPD群の典型でも
ない.また発癌年齢は9歳でかなり若く,この点はむ
しろC群に近いが,乳幼児期の遮光が不充分なために
BCE発生に至ったとも考えられる.
献
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