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空力騒音の予測と低減技術 豊橋技術科学大学 機械工学系 教授
飯田明由 ([email protected]) はじめに ファンなどの工業製品の空力音の解析では非圧縮性の流れ場の計算結果から空力音
を予測する分離解法が用いられる場合が多い.この要因の一つとして,流れ場と音場の
代表スケールが大きく異なることがあげられる.たとえば,時速 100km 程度で走行す
る自動車周りの流れと空力騒音について考える場合,てドアミラーによってできる渦の
最小スケールは 1mm 以下と予想される.一方,空力騒音の周波数数は数 100Hz から数
kHz 程度であり,波長は数 m から数 cm のオーダーである.ドアミラー周囲の流れの 3次元流れ解析にはドアミラー周囲の数 10cm の解析領域内に 100 万要素程度の解析メッ
シュを必要とするのに対して,音響解析では自動車の大きさや波長などを考慮すると
10m 程度の解析領域を必要とする. また,一般に流体の動圧に対して,空力騒音のレベルは 10-4から 10-6のオーダーと言
われており,空力騒音を正確に予測するには非常に精度の高い流体解析が必要となる.
たとえば,騒音計の基準音圧に相当する 94dBという音圧レベルを圧力に換算すると 1Paであるが,時速 100km で走行する自動車の動圧は 470Pa である.仮に 94dB という大き
な騒音が発生している場合でも動圧の約 1/500 であり,音のレベルが非常に小さいこと
がわかる. 空力騒音解析を困難なものにしているもう一つの要因は,空力騒音が本質的に非定常
な現象であることである.自動車の空気抵抗計測やファンやポンプの設計点における設
計では,時間的に平均的な流れの状態を対象とすることが多く,流れ場の非定常性は無
視できるか,省略することができる場合が多い.このような場合,解析規模の小さなレ
イノルズ平均乱流モデル(Reynolds-Averaged Navier- Stokes,RANS)を使用することが
できる.RANS ははく離や乱流中に含まれる渦の挙動を解析することはできないが,定
常流れについては精度が高く,十分に実用的である.しかし,非定常な流れ場の解析に
は適していないため,空力騒音の解析には非定常流れの解析に適した Large Eddy Simulation(LES)や Direct Numerical Simulation(DNS)を使用する必要がある.この点が空
力騒音の解析を難しくしている要因である. NS 方程式は非線形性が強いため,レイノルズ数の大きな流れを正確に計算するには,
解析メッシュの分割を細かくする必要がある.一般にレイノルズ数を Re とすると,3次元解析ではメッシュ分割数は Re9/4 となる.したがって,Re=106 の流れ場を解析しよ
うとすると 1013乗のメッシュ分割が必要となる.このような大規模な解析を行うことは
地球シミュレータを用いても難しく,設計で利用する PC クラスタやサーバーシステム
では困難といわざるを得ない.したがって,DNS を用いて工業製品の空力騒音を予測
することは現時点では実用的ではない.解析規模の小さな RANS は本質的に乱流場を
捉えるような非定常解析ができないことから,空力騒音解析には利用できない.したが
って,空力騒音解析には LES に代表される非定常流れ解析を使用する必要があり,解
析規模は一般的な流れ解析よりも大きくならざるを得ない. 表 1 に主な空力音響解析手法を示す.分離解法では,流れ解析によって求められた音
源項を波動方程式に代入して解析する.従来は自由音場を仮定して,Curle の式を用い
て表面圧力変動から空力騒音を予測する手法が一般的であったが,物体による音の反射
や音源である渦の挙動との関連を調べるため,物体表面の圧力変動や Lighthill テンソル
を数値解析を求めた後,境界要素法(代表的なソフト:SYSNOISE)や有限要素法
(Actran-LA)を用いて解析する方法が開発されている.この手法ではダクト内の音響
的な反射や減衰を含めて空力音を解析することが可能である.
表 1 主な空力音響解析手法
解析手法 流体解析 音響解析 音源モデル 特 徴 主要開発元または 市販ソフト
圧縮性流れ解析 (LES,DNS)
大規模解析が必要 東北大・井上研 東大生研・加藤研
直接解析 格子ボルツマン
なし(密度場の直
接解析) 乱流モデルの開発が
必要 神戸大・蔦原研 PowerFLOW
BEM 表面圧力変動
Lighthill-Curle, FW-H*
指向性解析精度× 東大生研・加藤研 FrontFlow/BLUE +SYSNOISE
非圧縮性
LES FEM,
LEE Lighthill テンソル
指向性解析精度○ 大規模解析が必要
東大生研・加藤研 JAXA FrontFlow/ BLUE +ACTRAN FLUENT + ACTRAN
BEM 表面圧力変動
Lighthill-Curle, FW-H*
音圧レベルの推定に
適している
SATR-CD + SYSNOISE Fuent + SYSNOISE RANS
LEE Lighthill テンソル 比較的小規模解析 指向性解析可
JAXA
分離解法
離散渦法 BEM 表面圧力変動
Lighthill-Curle, FW-H*
解析負荷が小さく,
音圧レベルの推定に
適している
横浜国大・亀本研 豊橋技科大・飯田研
* Ffowcs Williams and Hawkings のモデル 以下に解析事例として角柱から放射される空力騒音の解析結果を示す. 流れ場の解析は非定常三次元非圧縮性の Navier-Stokes 方程式を空間・時間ともに 2
次の精度の有限要素法を用いて行った.乱流モデルにはダイナミック・スマゴリンスキ
-・モデルを使用した.レイノルズ数は Re=40,000(代表長さ L は角柱の辺の長さ)で
ある.格子点数は約 280 万点とした. 音の伝播解析には無反射境界を取り入れた有限要素法を用いた.音源には LES によ
り算出した Lighthill テンソルを使用した.なお,解析領域は流れ場解析と同様である.
格子点数は約 20 万点とした.図 1 に音響場における境界条件を示す.風洞実験では流
れの二次元性を確保するために,角柱スパン方向に壁面を設けている.ただし,測定部
内での音の反射を抑制するため,上側の壁面には音響透過性材料(ポーラス材)を使用
した.スパン方向の音響境界条件は風洞実験に合わせるため,下側を壁面境界,上側を
無反射境界とした.
図 1 音響解析メッシュ及び境界条件
図 2 に角柱近傍の流速ベクトルを示す.LES を用いることにより流れ場のはく離の
様子が捉えられていることがわかる.図 3 に Lighthill テンソルの等値面(0.5 および
-0.5)を示す.角柱の下流 1L~2L 付近に Lighthill テンソルの強い領域が観察される.
したがって,角柱の下流部分の流れが空力騒音の発生に寄与しているものと考えられる.
log |div Tij|0.5
- 0.5
log |div Tij|0.5
- 0.5
図 2 角柱周囲の速度ベクトル 図 3 Lighthill テンソルの等値面
図4に空力騒音スペクトルの解析結果と実験結果の比較を示す.空力騒音スペクトル
の観測点は,風洞実験に合わせ,角柱側方 1m,スパン方向位置は反射面境界高さと一
致させた.風洞実験の結果には,低周波数帯域(100 Hz 以下)に風洞暗騒音の影響が
見られるがそれらを除くと Lighthill テンソルを用いた予測結果が実験結果と良く一致
していることがわかる.なお,細い実線は Curle の式を用いて物体表面圧力変動から求
めた空力騒音スペクトルである.
図 4 空力騒音スペクトルの予測結果
図 5 に角柱周りの音圧分布の解析結果を示す.物体表面圧力変動を音源とした音響解
析の場合,波長に比べて物体が小さいことから単純な双極子音源分布を示すが,
Lighthill テンソルから求めた空力音響場の分布は複雑な分布を示す.
SPL [dB]13090
SPL [dB]13090
音源:Lighthill テンソル 音源:表面圧力変動
図 5 角柱から放射される空力騒音の指向性分布
上流乱れの影響 電子機器に使用されるファンは低騒音化が進められているが,ファンの評価はチャン
バを用いた単体試験で行われることが多い.チャンバを用いた試験ではファンの上流の
流れは一様で乱れがほとんどない.一方,実際の電子機器では上流にファンガードがあ
るだけでなく,基盤や素子などが置かれているため,上流の流れには大きな乱れがある
場合がほとんどである.一般的にファンの上流に乱れがある場合,ファン性能が低下す
るため,十分な流量と昇圧ができないことが多い.このため,ファンの回転数を上げる
などして風量を確保する必要があるが,空力騒音が増加してしまう. 図 6 は上流に乱れがある場合のファン周りの流れの数値解析である.上流の乱れによ
ってファンの特性がどの程度低下するかをあらかじめ予測し,ファン上流の流れを一様
にする設計が望ましい.なお,主流に乱れがある場合にファン単体の騒音が増加する場
合と騒音が低下する場合があり,単体性能としては主流の乱れがあることの影響を予測
することは簡単ではない.主流に乱れがある場合にファン騒音が大きくなる要因は主に
ファン性能の低下に起因するものである. たとえば,図 7 に示すように円柱から放射される空力騒音を比較した結果,主流に乱
れがある場合のほうが空力騒音は小さくなっている.
図 5 上流の流れが乱れている場合のファン周りの流れ
(a) 主流の乱れが小さい場合(76dB) (b) 主流の乱れが大きい場合(74dB)
図 6 上流の流れが乱れている場合の円柱周りの流れと空力騒音レベル
電子機器の騒音対策事例 数値解析により音源であるファンの騒音や流路内の騒音の予測が可能になりつつあ
るが,実際の設計では電子機器冷却の基本設計が重要となる.以下に実際に電子機器の
冷却騒音を低減した事例を示す(シンポジウムではより具体的な事例とデータを示す予
定である). (a)ミーティングルームにおけるワークステーション騒音の低減 図 7 は大学の研究室の上面図である.色で塗りつぶした部分にワークステーションが
設置されている.B は研究室のミーティング机である.ワークステーションは数値解析
用の大型の機器であり,一台に付ファンが 5 台ついている. ワークステーションを設置した場合,ミーティングスペースの騒音は 54.4dB とかな
り五月蝿い状態であった.このため,図 20 に示すようにサイレンサ構造の机を作成し,
室内騒音を抑制することを試みた.その結果,室内騒音を約 10dB 低減することができ
た.サイレンサを取り付ければ騒音が低下するのは当たり前であるが,ここではサイレ
ンサ構造,吸音材の効果を見積もる方法を示す.
図 7 上流の流れが乱れている場合の円柱周りの流れと空力騒音レベル
表 2 研究室の騒音レベル
ワークステーション ワークステーションワークステーションワークステーションワークステーション ワークステーションワークステーションワークステーション
図 8 サイレンサ構造のワークステーション机
図8に示すように机の内部はワークステーションを囲むようになっている.このよう
なダクト型サイレンサの減音性能は,吸音材内張りダクトによる減音効果:K(f),曲り
ダクトによる減音効果:G(f),ダクト内での流路の断面変化による減音効果:Hの総和
として求めることができる.すなわち,減音効果をRとすると,
とあらわ
すことができる.ここで,a は垂直入射吸音率,L はダクト長さ,P はダクトの周 囲長さ,S はダクトの断面積,f は周波数,D はダクトの代表寸法,m はダクトの面積
変化 率である. また,ダクトの圧力損失hは,摩擦損失hf と曲がり損失(エルボ損失)
heは
とあらわすことができる.ここで,λは管摩擦係数,ρは空気密度,Vは流速,ζは損
失 係数,θは曲がり角度である. 騒音低減効果と圧力損失は比例の関係にあるが,サ
イレンサの設計では圧力損失は小さく,騒音低減効果は大きくすることが最もよい.上記
の式はエクセル等を使って簡単に計算できるので,ダクトサイレンサの騒音低減効果と圧
力損失の関係を簡単に調べることができる. 図 9 にはこの手法を適用して騒音低減を図った日立 SR8000 の写真と内部構造の模式図
である.全体の半分以上は騒音低減のためのサイレンサで電源,CPU,ハードディスクは
全て筐体の中央部に集められている.上部のサイレンサを介して冷却風を取り入れている. 吸気部を上にすることにより床付近の埃の侵入などを抑えている.排気は装置下部から緒
行うが,正面には排気せずに側面と後方に向けて排気している.これによって利用者に熱
風が当たらないようにすると共に,騒音が床面に反射して利用者の耳に届くことを防いで
いる.
サイレンサ(吸気部分)
サイレンサ(排気部分)
CPU
図 9 サイレンサ構造を適用したコンピュータ(並列計算機)
0
10
20
30
40
50
60
70
100
160
250
400
630 1k 1.6
k2.5
k 4k
6.3kH
z10
kHz
周波数 Hz
騒音
レベ
ル dB
サイレンサ無し 66.5dB
サイレンサ有り 59.9dB
側面1m
図 10 サイレンサの一例と効果の確認例
コンピュータの低騒音化実装の例として特許の一例を示す.この事例では従来のプロ
ペラ型のファンから大型の貫流ファンにすることによりファンの個数を減らし,音源を
一箇所(筐体上部)に集め,筐体前面パネル下部から冷却風を吸入し,パネル内部の吸
音構造により音を抑制している.また,筐体下部の側面及び後方に排気することにより
正面への音の伝播を抑制している.吸気部も床面付近にあるため,利用者の耳元から音
源となる吸排気口を遠ざけているのも騒音低減に役立っている.
(a) 特許事例
(b) 従来型 (c)サイレンサ型 (d) パネルサイレンサ (e)利用状況の模式図
図 11 サイレンサ構造型電子機器の事例