男性の育児休業取得と暴力性の関連についての実証...

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男性の育児休業取得と暴力性の関連についての実証的調査 岩谷良恵 高橋在也 長嶋明子 高瀬佳世 佐藤和夫 連合大学院博士課程3年 連合大学院博士課程3年 千葉大学教育学研究科修士課程2年 千葉大学教育学研究科修士課程2年 教育学部社会科教授 Empirical research on the relation of male childcare-leave to violence IWAYA Yoshie TAKAHASHI Zaiya NAGASHIMA Akiko TAKASE Kayo SATO Kazuo doctoral student of The United Graduate School of Education Tokyo Gakugei University doctoral student of The United Graduate School of Education Tokyo Gakugei University student of Graduate school of Education, Chiba University student of Graduate school of Education, Chiba University Professor, Faculty of Education, Chiba University 本稿は,主として男性育児休業取得者に対して行なった聞き取り調査を報告するものである。 本研究は,科学研究費基盤研究z「男女共同参画社会における男性の「社会化」と暴力性に関する研究」の一環と して行われているもので,その関心は,男性が家事や育児に従事することが,男性の暴力性の問題と関連があるかど うかを探ることにある。 この研究にあたっては,先行する研究の成果がある。ひとつは,地方の農業高校の調査で,その調査からは,子ど もたちが生きていくために不可欠な技術や知識を獲得することで,確実にこの世界で生きられるという確信を得てお り,必ずしも受験ランクが高いわけではない地方の実業高校における男女生徒間の関係が,じつに非暴力的で,ジェ ンダー平等的な要素があるのに気が付かされたことが挙げられる。 もうひとつは,海外での暴力研究の成果である。今日の暴力研究の中には,構造的暴力の視点と並んで,現代の競 争原理社会における無力感の醸成や自尊心の破壊といった問題を結びつけて考察する視点があり,仕事中心の生活構 造を抜け出ることなしには,男性の暴力問題の抜本的解決が難しいこと,暴力を生み出す人々の多くの根底に無力感 があることが示唆されている。 以上の先行研究の成果を踏まえた上で,男性にとっての育児休業の経験を聞き取り,考察したものが,本研究であ る。これまでの男性の育児休業に関する研究は,主として,少子化対策や企業の生産性,あるいは,性別役割分業へ の批判として論じられてきたことと考えられる。それに対して,本研究は,男性自身が育児休業を経験することの意 味について,男性の暴力性との関連で探る研究としても位置づけることができるだろう。 This article primarily reports on the results of interviews of men who are taking or have taken paternal leave. This research is a part of the Scientific research(B)by Grant inAid of JSPS entitled“research into the so- cialization of men and male violence in a gender equal society.”The focus of this research is on the relationship between the involvement of men in housework and childcare, and male violence. There exist results from previous studies related to this subject. For example, an investigation of provincial agricultural high schools found that students there gained confidence through the acquisition of life skills and knowledge. And even at a provincial technical school that did not neces- sarily produce high test results, relationships between male and female high school students were found to be non- violent, with a high level of gender equality. Another example is a study into violence abroad. Today, in addition to the view of structural violence there is a view influenced by the idea of a loss of self respect and a feeling of powerlessness stemming from a present com- petetive society. Those who believe this view suggest that without leaving the workcentered life structure itself, it is difficult to find a solution to the problem of male violence, and that it is this feeling of powerlessness that lies at the root of violence for many men. We have conducted our interviews under the influence of the results of the above mentioned research. We have considered the fact that until now, research relating to male paternal leave was primarily concerned with the problem of declining birth rates, with the question of business productivity, or with the criticism of gender roles. We believe that it should be possible to do research into the question of the meaning of paternal leave for men themselves related to the problem of male violence. 連絡先著者:佐藤和夫 千葉大学教育学部研究紀要 第57巻 283~296頁(2009) 283

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男性の育児休業取得と暴力性の関連についての実証的調査岩谷良恵 高橋在也 長嶋明子 高瀬佳世 佐藤和夫

連合大学院博士課程3年 連合大学院博士課程3年 千葉大学教育学研究科修士課程2年千葉大学教育学研究科修士課程2年 教育学部社会科教授

Empirical research on the relation of male childcare-leave to violence

IWAYA Yoshie TAKAHASHI Zaiya NAGASHIMA Akiko TAKASE Kayo SATO Kazuodoctoral student of The United Graduate School of Education Tokyo Gakugei Universitydoctoral student of The United Graduate School of Education Tokyo Gakugei University

student of Graduate school of Education, Chiba Universitystudent of Graduate school of Education, Chiba University Professor, Faculty of Education, Chiba University

本稿は,主として男性育児休業取得者に対して行なった聞き取り調査を報告するものである。本研究は,科学研究費基盤研究�「男女共同参画社会における男性の「社会化」と暴力性に関する研究」の一環と

して行われているもので,その関心は,男性が家事や育児に従事することが,男性の暴力性の問題と関連があるかどうかを探ることにある。この研究にあたっては,先行する研究の成果がある。ひとつは,地方の農業高校の調査で,その調査からは,子ど

もたちが生きていくために不可欠な技術や知識を獲得することで,確実にこの世界で生きられるという確信を得ており,必ずしも受験ランクが高いわけではない地方の実業高校における男女生徒間の関係が,じつに非暴力的で,ジェンダー平等的な要素があるのに気が付かされたことが挙げられる。もうひとつは,海外での暴力研究の成果である。今日の暴力研究の中には,構造的暴力の視点と並んで,現代の競

争原理社会における無力感の醸成や自尊心の破壊といった問題を結びつけて考察する視点があり,仕事中心の生活構造を抜け出ることなしには,男性の暴力問題の抜本的解決が難しいこと,暴力を生み出す人々の多くの根底に無力感があることが示唆されている。以上の先行研究の成果を踏まえた上で,男性にとっての育児休業の経験を聞き取り,考察したものが,本研究であ

る。これまでの男性の育児休業に関する研究は,主として,少子化対策や企業の生産性,あるいは,性別役割分業への批判として論じられてきたことと考えられる。それに対して,本研究は,男性自身が育児休業を経験することの意味について,男性の暴力性との関連で探る研究としても位置づけることができるだろう。

This article primarily reports on the results of interviews of men who are taking or have taken paternal leave.This research is a part of the Scientific research(B)by Grant ―in― Aid of JSPS entitled“research into the so-

cialization of men and male violence in a gender equal society.”The focus of this research is on the relationshipbetween the involvement of men in housework and childcare, and male violence.There exist results from previous studies related to this subject.For example, an investigation of provincial agricultural high schools found that students there gained confidence

through the acquisition of life skills and knowledge. And even at a provincial technical school that did not neces-sarily produce high test results, relationships between male and female high school students were found to be non-violent, with a high level of gender equality.Another example is a study into violence abroad. Today, in addition to the view of structural violence there is a

view influenced by the idea of a loss of self respect and a feeling of powerlessness stemming from a present com-petetive society. Those who believe this view suggest that without leaving the work―centered life structure itself,it is difficult to find a solution to the problem of male violence, and that it is this feeling of powerlessness that liesat the root of violence for many men.We have conducted our interviews under the influence of the results of the above mentioned research. We have

considered the fact that until now, research relating to male paternal leave was primarily concerned with theproblem of declining birth rates, with the question of business productivity, or with the criticism of gender roles.We believe that it should be possible to do research into the question of the meaning of paternal leave for menthemselves related to the problem of male violence.

連絡先著者:佐藤和夫

千葉大学教育学部研究紀要 第57巻 283~296頁(2009)

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キーワード:男性(men) 育児休業(parental-leave) 暴力性(violence)男女共同参画社会(gender-equality-society) ワーク・ライフ・バランス(work-life-balance)

� 研究の目的

男性の育児休業制度ができて以来,政府の大きなかけ声にもかかわらず,実際に育児休業を取得した男性の割合はいっこうに進展しない。数値だけで言えば,増えたと言えないこともない。厚生労働省が2008年8月8日に発表した「平成19年度雇用均等基本調査」によれば,2006年度(平成19年度)の男性育児休業取得率は1.56%であり,2年前の2004年度の取得率,0.50%に比べたら3倍以上の上昇である。しかし,これで大きな進展があったと考えないのは,その取得率があまりに少ないからである。0.50%というのは,200人に一人しか取っていないということであり,育児休暇を男性が取るのは当然という雰囲気などまるで感じられないことを示している。実際,2006年度の取得状況を見ると,事業所規模が,

100~499人の事業所の取得率は,0.57%,500人以上の事業所の取得率は,0.66%という状況であり,取得率を引き上げているのは,規模が30人未満の事業所の8.85%というごく小さな職場での取得率による。さらに言えば,1999年度(平成11年度)の取得率が0.42%だったことを考えると,ほとんど数値上の変化がないということも明らかである。ところが,平成18年度版『国民生活白書』によれば,

0歳から15歳までの子どもを持つ男性378人に聞いた調査において,育休取得に関して,「是非機会があれば育休を取るつもりである」,および「取得する希望はあるが,現実的には難しい」という取得希望者の数は,それぞれ,7.4%および36.0%であり,両方合わせれば,43.4%にのぼるという。したがって,男性の育児休業取得の希望はあっても取れないという状況が浮き彫りになるわけである。こうして,男性のなかにおける育児休業取得の希望と,実際に取得している男性の数との間には,極端なギャップがあることが明らかであり,育児休業取得経験者と身近で経験交流をすることなどほとんど不可能なのが現状である。さて,このような状況を改善しなければ,とかけ声だ

けは大きいのだが,そもそもの出発点に戻って,なぜ男性の育児休業取得率の改善が重要なのかということが一度確認される必要がある。というのも,ジェンダー平等という視点からして,女性が取得しているものを男性も対等平等に取れるようにしようというだけなら法整備の確立だけでよいはずだからである。それ以上に男性の育児休業取得が重視されるのは,女

性たちばかりに押しつけられることの多かった家事・育児の負担を男性にも平等に負担してもらいたいといった要求やら,仕事人間の男性たちが育児・家事から疎外された非人間的生活をやめて,人間的生活を取り戻して欲しいといったような願いが根底にあることは事実だろう。さらに言えば,ヨーロッパに代表的に見られるように,仕事とそれ以外の生活とのバランスを作ることの重要さが強調されて,自由時間と労働時間のバランスを取ることの一環として議論されることも重要である。

本研究は,このような男性の育児休業取得促進の運動や調査とはいささか趣を異にするものである。というのも,本研究は,男性が家事や育児に従事することが,男性の暴力性の問題と関連があるかどうかをめぐって行うものだからである。このような研究を行うのには,背景となる先行研究が

ある。本研究は,科学研究費基盤研究(B)「男女共同参画社会における男性の「社会化」と暴力性に関する研究」として,2006年からおこなわれている共同研究の一環として行われるものだが,この研究に当たっては,それ以前に同じく行われた科学研究費基盤研究(B)「男女共同参画社会における男女共学,共修に関する研究」の成果が係わっている。その研究においては,地方の農業高校の調査が行われたが,その際,当初の予測や外部の憶測とは大いに異なって,必ずしも受験ランクで言えば高いと評価できない地方の実業高校における男女生徒間のジェンダー関係が,じつに非暴力的で,ジェンダー平等的な要素があるのに気が付いたからである1)。その結論を,本研究との関連で述べるならば,これら

の実業高校においては,学校での学びが大学受験競争のための手段となるようなあり方を脱しており,学ぶことを通じて生きていく力を付けるための実生活に結びついた授業が行われているということである。とりわけて,農業高校の場合,日本の農業破壊政策によって,農業専業の就業者を卒業生として送り出すことがきわめて少なくなっており,実業教育としての農作業,家畜の世話,花卉栽培,料理実習などの多くの学習が,受験競争における劣等感や敗北感とは対照的に,自分がこの世界で生きていくための不可欠な技術や知識を身につけていくという自信を与えるものとなることが多いからである。普通高校の進学競争が,生徒たちのストレスを異常なまでに増大させ,極端な優越感と劣等感の交代にさいなまれるという精神的不安定状態を引き起こすことが多いのに対し,農業実習に代表されるこれらの実習は子どもたちに確実にこの世界で生きていける自信と誇りを与えるものである。つまり,この学校での学びにおいては,この世界の中

で生きるということへの実感を伴う充実が存在しやすいことを示しているのである。賃金収入のみを基礎にした都市型の生活形態は,基本的には,労働を人間の生命発現活動として実感できるものでなく,カネなり,権力なりを得るための手段と化するという性格を持っている。また,たとえ,能力を発揮する場として労働が存在し得たとしても,それはつねに他の労働者との競争原理の中で位置付けられてしまうものである。生きることがカネと権力へと抽象化されるという現代日本の基本構造によって,労働者の多くが生き方についてのきわめて狭隘な選択肢しか与えられないことになり,職場でのせまい人間関係,雇用関係のストレスが,直ちにその人の人格全体に響くような生活を強いられている。その結果,就職の可能性や賃金を得られる可能性が消えたり,不安になると同時にただちに生命としての危機を感じるような

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条件で暮らすようになる。実際に,秋葉原での無差別殺人を行った加藤智大のような場合を見れば分かるが,自分が賃労働の場で必要とされていないのではないかという不安感が,あのような凶行を引き起こした一因であることは象徴的である。今日のこのような労働形態の疎外あるいは抽象化は,

人間が営んでいる生活全体への無関心をも生みだし,今日の日本にさまざまな問題を引き起こしている。たとえば,若い世代のなかに蔓延する多様な労働形態に対する無関心がそれであろう。今日,大工や左官になる,あるいは,職人や庭師になるといった生活に不可欠で,やりがいも大いに与えられそうな仕事に対して,若い世代の大半は無関心であり,一部を除いては職業選択の積極的対象とはならない深刻な状況にある。仕事がおもしろくてやりがいがあるとしても,そのことに多くの人が関心を示さないのである。その結果,今日,多くの職種が,後継者がいないという理由で消失しかかっており,労働が自然との物質代謝の営みであるとか,自然との関わりの中で自分の能力を磨き,伸ばしていくものといった観念が消失しつつある。人間が,野菜や動物を育てたり,家具や家を造ったり

するというきわめて基本的な労働が生きる営みの中核的意味を喪失し,人間生活が賃労働と権力を得るための手段と化してしまっている近代的生活様式の基本問題をどう克服するかは,現代のもっとも深刻な問題である。その点で,農業高校での実践形態は,現代社会が忘れがちな興味深い側面を示唆しているように思われる。そこでの農業実践やサブシステンスの営み2)の習得は,人間の生きることの豊かさと多様性を実際に体験できる人間活動の領域がどこにあるかを示している。仕事に埋没させられている男性たちにとっては,育休

を取るというのは,休暇もゆっくり取れないような厳しい労働の中で,子どもの保育をという名目であれ,結果的に,職業労働以外の生活,無償労働や育児という人間の効率性の基準では測り得ない活動の空間に従事するチャンスを与えることになる。そして,この活動は彼らの生活を劇的に変える。第一に,育児休業という1年近く職場を離れる生活を

することによって,競争社会での勝ち負けに還元される貧困な生活から,生命発現活動という全く異種の営みに変わることを通じて,育児休業の経験者は,この大地に根付いて生活するとはどういうことかを根源的に考えさせられる。競争のための手段的な生活から解放されることによって,賃金収入や競争から離れて,子育てと家事を中心とした生きること自体が持つ苦労とおもしろみに直面させられる。子どもとの生活や家事に従事することは,効率よく結果を出すために活動するといったものとはまったく異なる営みを要求されることになり,それが生活そのものの多様な性格を気づかせることになる。第二に,「仕事が生活」という状況から,仕事(有償

労働)でない生活に専念するという形で,仕事一元的な生活形態を根本的に変えさせられる。それは,職場でのストレスがいかなるものであったにせよ,それだけが生きることであるかのような狭い人間観を根本的に変えることになる。ワーク・ライフ・バランスがいかに強く訴

えられたとしても,それが仕事優先であるかぎりは,そこに価値観の大きな変容は起きない。しかし,生きることが単に仕事だけではなく,家事や家族との生活のために時間を費やすことでもあるという意味を考えさせられるという点では,根底から一次元的に単調で無意味な生活から脱出させられる機会となる。この研究の背景には,すでに述べた二つの科学研究費

による共同研究の中で行われた国際的研究の調査による成果が反映されている。一つには,ノルウェーの「暴力およびトラウマ性ストレス研究センター」(Norwegiancenter for studies on violence and traumatic stress)におけるKristin Skjo/rtenおよび「ATV(暴力への代案)」の活動などが示唆している男性の暴力性に関しての研究がある。男性の暴力性に関して,ヨーロッパでも古くから活動している団体に属するこれらの研究グループは,「ノルウェーにおける暴力の研究」という報告書3)において,暴力の問題点を,男性のワーク・ライフ・バランス形成の問題と結びつけて論じており,仕事中心の生活構造を抜け出ることなしには,男性の暴力問題の抜本的解決が難しいことを示唆している。とりわけて,職場におけるストレスが暴力を生み出しやすい条件にあること,さらに,暴力を生み出す人々の多くの根底に無力感(powerlessness)があることを示しており,暴力問題に多くの示唆を与えている。これまでの暴力観が,主として戦争および支配者の権

力行使としての暴力に向けられることが多く,さもなければ,経済的な貧困に暴力の原因が求められることが多かったことに比べるなら,今日の暴力の問題のなかには,構造的暴力の視点と並んで,現代の競争原理社会における無力感の醸成や自尊心の破壊といった問題を結びつけて考察する視点が生まれていることは重要である。ジェームズ・ギリガン(James Gilligan)はその代表

的な論者で4),深刻な暴力犯罪をふるった受刑者たちの調査を通じて,彼らが暴力をふるった理由を,何らかの意味でメンツをけがされ,自己肯定感を壊された結果であると指摘している。彼らは,それらによって,「自我の死」を経験し,そのけがされた尊厳を取り返すものとして暴力を振るうのだという。同時に,ギリガンは,このような心理的原因に暴力問題を還元しないで,構造的暴力の仕組みを明らかにしており,究極的な理由を「階級システム」に求めている。以上のような暴力に関する国際的な研究は,育児休業

取得が男性の暴力性と関係しうるかもしれないことを示唆している。今日の極限にまで仕事が合理化され,一点のゆとりもないほど高度に組織化された労働形態は,人間から労働以外の生活の可能性すらも奪いかねない状況になっており,そもそも,個人の私生活自体が,スーパーやコンビニの出来合いの食品を食べることや,グルメのために高級レストランでリッチな食事を楽しむといった消費生活に還元されており,市場経済の枠組みのなかに組み込まれてしまっている。生命が自然との間に営むサブシステンスの人間的意味を暴力との連関で問うということ自体が問題の想定外にあるものとされている。本研究は,そうした視点を吟味するための実証的調査

の一端である。

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� 男性の育児休業に関する最近の研究動向

1 概括的な研究動向男性の育児休業取得が社会問題として登場してきたの

は,1992年に「育児休業等に関する法律」(育児休業法。96年に介護に関する規定が追加され,現在は「育児休業,介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律(育児・介護休業法)」に変更されている)が施行され,そのなかで男性を含めた労働者の育児休業の権利が明文化されたことが大きなきっかけであった。それまで,育児休業に関する法的保障には,1972年に施行された「勤労婦人福祉法」があるが,これは「勤労婦人」すなわち働く女性の育児休業を事業主が努力義務で保障せよ,というものであり,男性の育児休業などまったく想定外のことであった。この「育児休業法」が施行された背景については,一般に,1990年に合計特殊出生率が1.57を割り込んだいわゆる「1.57ショック」があり,少子化が社会問題として認識されたからだと説明される5)。ところが,男性が育児休業を取得する意義は何かという点に関しては,少子化対策の一環として意義があるという以上に踏み込んだ議論がされていない。たとえば,「少子化対策の方針として,男性を視野に入れて家事・育児を担いながら働けるような環境づくりに焦点が当てられるようになった」(坂本2002,12頁)といった説明である。「男性の育児休業取得の意義を考える」という題名で書かれた武石論文(2003)も,育児休業の意義としては,休業中の男性の業務を穴埋めする必要性が生じることで「情報の共有化・業務の分散化など組織の柔軟性・効率性が高まる」,「基幹職の女性の育休への意識も高まる」,「職場内の子育て負担を公平化していく」(武石2003,6―8頁)といった,企業側にとっての意義が挙げられているに留まる。2002年には厚生労働省が「少子化対策プラスワン」をまとめ,男性への育児休業取得推進にとどまらず「男性を含めた働き方の見直し」が大きく盛り込まれ,いわゆる「ワーク・ライフ・バランス」という観点からも男性の育児休業が語られる素地ができたともいえる。しかしながら,先行研究の議論の内容は少子化対策と企業価値の向上が多くを占め,育休男性の家事・育児の経験については,個人的経験という以上には扱われていないのが大勢といってよい6)。こうしたなかで,舩橋惠子は,スウェーデンおよび

EUの取り組みを紹介しながら,「父親の育児休業」の積極的意義を論じている(舩橋1996,舩橋2002)。船橋の立場は,男性の育児参加は,少子化対策という議論をこえて,「ジェンダー秩序」を変えていくためにも必要だというものである。「産むのも育てるのも女性,育児休業者も保育者も女性ばかりというのでは,ジェンダー秩序は変らない。そもそも,「産む/産まない/産めない」をめぐる葛藤がすべて女性に負わされ,仕事と育児の調和をめぐる困難が「男性問題」にならず「女性問題」とされることが,おかしいのである。……中略……もうひとつの生殖主体としての男性の育児責任が問われなければならない」(舩橋2002,52頁)。男性が家事・育児を担うことの価値は,少子化が社会問題になるずっと前から,フェミニズムが主張してきたことだった。フェミニズム

では,家事・育児に代表される生活の営みが人間にとっていかに不可欠であるにもかかわらず,それが女性だけに担わされ,かつその営みがまるで何も生産しない労働であるかのように見なされてきたことを問題視してきたのである7)。しかし船橋論文では,育児休業の経験が男性自身をどう変えていくかという点については,補足的にしか扱われていない。ジェンダーの観点をもちながら,男性の問題に中心の

照準をあてた論文集として,柏木・高橋(2008)が注目される。『日本の男性の心理学 もうひとつのジェンダー問題』と題されたこの論文集の問題提起は次の通りである。「これまでジェンダー問題の議論や研究では,とりあえずまず,今不公平・不平等に扱われている女性や女の子の救済をねらいとしてきた」(柏木・高橋2008,�頁)が,こうした問題に取り組むとき,かならず家父長的,性別役割分業的な考えを手放せない男性がどう変わっていくかという問題にぶち当たらざるをえない。しかしながら,心理学的調査をすすめていくと,実は社会構造的に優勢にあるようにみえる男性も,「男らしく」なければ,人間として失格であるというほどの重圧に悲鳴をあげていることが見えてきたという。さらに,国際比較をすると,こうした傾向は,日本の男性に顕著な特徴であることがわかったという。こうした状況下で「追い込まれた男性が精神障害,引きこもり,ニート,犯罪・非行,抑うつ,自死,過労死が多発している」(同�頁)という社会の問題を考えるとき,「男性が人間らしさを取り戻さない限り,ジェンダー問題の真の解決には至らない……中略……ジェンダー問題は男性問題であると,私たちは強く訴えたい」(柏木・高橋2008,�頁)と柏木らは主張する。かれらの主張の注目すべき点は二つある。一つは,

「ジェンダー問題は男性問題である」という断言に含まれる,男性の問題を正面から考えないとジェンダーの問題は解決していかないという視点だ。柏木らも指摘するように,研究者(とくに男性研究者)におけるジェンダーへの関心は一般に薄いないし表面的であり,ジェンダーに関心のある研究者のなかでは,ほとんど男性の問題を主体的には扱ってこなかったという背景があり,かれらの主張は新しい展開のものだといえる。二つめは,この問題を,単なる男性解放論としてではなく,男性が「男らしさ」あるいは競争原理から解放され,人間らしさを取り戻すことを通して,「男女の双方にとって暮しやすいあり方とは何かを考えてみよう」ということを主旨としている点である。こうした観点をもって,本稿と関わり,特に男性の子

育ての意味に迫ったのが,同論文集に収められている大野・柏木論文(2008)である。大野らは,子育ての際の親役割についての議論が,今まで父性論・母性論といった性別役割分業を前提としたものに終始してきたことに触れ,親役割についてのジェンダー・センシティブな研究のためには,「ジェンダー規範に則った性別役割分業家族に親役割の変更を迫る不測の事態(父親が失業する,母親が単身赴任する,父子家庭になるなど)が生じた場合,親の行動・心理や親子関係がどのように変わりうるかを観察する」(大野・柏木2008,163頁)ことが必要で

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あり,このタイプの研究として育児休業を取得した父親の調査を挙げている。次に,父親の家事・育児参加に関する最近の研究傾向をまとめ,「父親に育児・家事参加を躊躇させる現行の性別役割分業社会の矛盾を明らかにするために,「家事・育児参加に対する父親自身の認識の問題点や葛藤にまで踏み込んだ研究」の必要性」が提言されていること(佐々木ほか2000),さらに父親の育児については,研究対象としてはもはや単なる「母親への協力(�育児参加�)というパラダイムが乗り越えられ,母親と並ぶ「主な担い手」として研究対象とされるようになった」という(前田・内藤2003)。では,こうした研究動向のなかで何が明らかにされてきているのか。まず,父親の育児が,妻・子どもにとって「心理的安定」「精神的健康」に寄与していることは明らかになっている。では,父親自身にとっての子育ての意味についてはどうかというと,「多くの研究が,父親たちが子どもと関わる経験を通して「親になって成長したと感じていることを示している……中略……[その内容は]「柔軟になった」「我慢強くなった」「家族への愛情が深まった」「視野が広がった」など多岐にわたり,人格的成長という面では父親の育児関与の効用は十分に証明されたといえるだろう」(大野・柏木2008,165頁)。以上のような研究動向に対して,大野らが主張する問

題提起は,「一方で,育児経験が人格的成長という個人的体験を超えた側面に対してはどのような影響をもたらすのかを取りあげた研究は少ない」(同165頁)というものだ。「個人的体験を超えた側面」とは何か。育児経験というのは,「競争とパワーに絡め取られた「男らしさの病」を自覚し,一見非効率でゆっくりした世界に豊かな意味があることを発見する経験」であり,それは「男性の発達や精神的健康にとっても多大なメリットをもたらす」(同167頁)。それだけではない。「父親の育児の意味を突き詰めていくと「社会全体での子育て」というテーマに行き着く。子どもと共にある生活は,血を分けた親だけでなく第三者も含め,誰にとっても,過去から未来へ脈々と続く生命の流れやスローなものの豊かさを感じさせるみずみずしい体験である。今,日本の社会は子どもの成長を喜ぶ社会であるかどうか。子どもをもつ男女がジェンダーによる分業をしつつ,共に社会の周辺へ押しやられてはいないだろうか」(同171頁)。こうした指摘は,育児休業の狭い意義云々をこえて,生活をする経験そのものが奪われる社会構造そのものへの問い,さらには,それを突破しうる経験とは何なのか,こうした問題とジェンダーはどう関わっているのかという問いを含むものであり,本稿の問題関心に直結するものである。

2 先行研究における聞きとり調査それでは,具体的に育児休業を取得した男性への聞き

とり調査からは,どのような結果が得られているか。藤野(2006)は,「男性の育児休業が普及するために

は何が必要なのか」(藤野2006,162頁)を探るために,実際に取得した男性へのインタビューを試みている。その対象は,公務員3名,民間企業2名で,全員30代である。まず,どんなきっかけで育児休業を取得したかが考察されている。5人中4人が妻の育児休業からの復帰を

スムーズにするために夫が取得したという(同172頁)。だが,どちらからそれを提案したのか,葛藤があったかなどはわからない。次に,本人は育児休業の経験をどう振り返っているか。ほとんどの人が「仕事より大変」と実感し,「それ故に……中略……母親一人に任せておれないという実感が湧いてきた」,また,「自分が子どもにとってなくてはならない存在と意識した」(同173頁)という。育休復帰後は,「今まで以上に,有給休暇を子どもの病気のために取得したり,残業を減らしたりして,家事や育児に携わっている」。また,ある人は「一定期間,家事・育児を引き受けることで,地域社会との接点ができたと話し,男女共同参画社会がただ女性の男性化であってはならないのではないかとの問題提起をする」(同174頁)。こうした男性の生の声は,本稿の聞きとり調査と比較するうえでも興味深いものだが,藤野論文ではどちらかというと,育休法の制度改革に論点があり,男性の声は断片的に紹介されるに留まる。育児休業を取得することを決断したときや育休中の子育ての葛藤といった,経験のなかで人間が揺れ動く側面については描き出されていない。また,パートナーとの関係についてもほとんど描かれていない。しかしこの二点については,先の佐々木ら(2000)の指摘にあるように,単に男性の育児休業取得の「普及」のためではなく,育児休業が現代社会に持つ意味を考察するうえでは重要な点に思われる。菊池(2008)は,育児休業を取得した男性7人に,「父

親の育児休業のきっかけ,育児休業中の子育ての実態,さらに父親が主体的養育者の経験をもつことが父親にどのような影響を与えるのか」(菊池2008,196頁)という観点から聞き取り調査を行っている。まずきっかけであるが,夫が結婚前から育児休業の取得を宣言していた(2組),子どもの誕生を機会に取得を考えた(3組),妻からすすめられた(2組)というもので,もともと夫婦のなかで育児休業取得への積極性が共有されていて,特に前者5組は父親自身がそうであった。実態については,特に「父親の育児休業の取得期間が2ケ月以上の場合」「父親は職場から離れ家庭内の生活が中心になり,社会から遮断されている」といった「孤独感」(同198―199頁)が取りあげられている。父親の変化については,三点にわけて分析している。�「働き方への変化」。家族との時間を大切にするために,「労働時間への意識」(同199頁)が増えたとしている。興味深いのは,「子どもが病気のときに,保育所などからの急な呼び出しや看病のために休むことなど,予定が立たないからこそ仕事の効率をあげている」(同199頁)というケースである。家庭の時間を大切にするために,仕事の効率のほうをあげ,「みんなが休むときにちょっと仕事している」というケースも報告されている。�「家庭役割の変化」。これは,家事を実際ひとりで背負うことで,「子育て環境や家事役割においての性別役割分業に……中略……疑問を生みだ」(同200頁)しているという。「頭ではわかってた」「平等や公平にすべき」(同201頁)ということが,苦労のなかで深く実感される様子が分析される。�「親としての変化(子育て観)」。これは子どもに対する意識が変ったというものである。具体的には次のようなケー

男性の育児休業取得と暴力性の関連についての実証的調査

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スだ。子どもが保育園に預けられるとき,子どもが寂しくて泣いてしまう。それに母親が一緒になって泣いていた話を,育休をとる前は「ばかみたい」と思っていたのだが,自分が育児休業をしているときは「それがよくわかって,子どもってこんなに大切なんだ」(同201頁)と思った,「子どもと離れることが心配になり,そう思っていた妻の気持ちが……中略……わかった」(同201頁)というものである。ここでは「子育て観」としてまとめられているが,それに尽きずに,自分が決して理解しようとしなかった経験へと下りていく,パートナーに共感していき,というパートナー間の関係の変化が見出せて興味深い。以上,育児休業についての最近の研究動向,およびこ

れまでの具体的な聞きとり調査のなかで明らかにされてきたことを述べてきた。男性の育児休業の意義を考察することは,競争主義原理の社会構造・働き方・生き方を相対化し,新しい生活の価値を提案することにつながる可能性がある。そのために,育児休業の経験をとおして男性にあらわれた発見,揺れ動き,葛藤,パートナーを含む周りの人との関係の変化を,次節で見ていこう。

� 育児休業取得男性とそのパートナーに対する聞き取り調査報告

本節は,科学研究費補助金(基盤研究B)「男女共同参画社会における男性の「社会化」と暴力性についての研究」の一環として取り組んだ聞き取り調査による報告である。対象者は,育児休業を取得した経験のある男性4名とそのパートナー,そして,育児のための短時間勤務を経験した男性1名である。調査日時・場所,対象者の基本的属性等については,別表を参照していただきたい8)。男性たちがどのようなきっかけで育児休業取得や短時

間勤務を選び,家事・育児にどのように関わってきたのか,また,この経験を通じて,ライフスタイルや意識がどのように変化したのか。また,このような男性たちをパートナーたちはどのように見ているのか。本研究の目的にもとづきながら,以下に示したい。

1.育児休業取得のきっかけ育児休業を取得するきっかけについて,自分から提案

したというのは,もとから育児休業に興味のあった二人である。ひとりは,卒業論文で育児休業を取得した男性に聞き取りをした経験から,自分も取りたいと思っていたEさん。妻の妊娠中から育休を取ると周囲に言ってまわり,実際に育休を取得中である。もう一人(Cさん)は,妻の仕事復帰が早まったため,男性が育児休業を取得するという手もある,と提案した。しかし,彼自身の提案も「そういうちょっとした,そちら(パートナー:引用者補足)の事情がなかったら,ひょっとしたら私は育児休業を取ることは考えなかったかな」と言う。パートナーの仕事の都合でやむを得ず取得したという

のは,一般企業に勤めていて,短時間勤務を選んだDさんである。パートナーからの提案,あるいは強い要望で育児休業

を取得したのは2人だった。男女平等に意識的なパートナーと2人目の子どもの時には取ると約束をしていたAさんと,3年間仕事から離れていて仕事復帰に焦っていたパートナーからの強い要望を聞き入れて取得したBさんである。全員に共通しているのは,共働きであることで,男性

の育児休業取得や短時間勤務選択も,女性が仕事を続けることを前提とした選択肢として話し合いが行われている。制度的に収入の保障がなくなることから,男性が育児

休業を取得する際の経済的な問題点についても触れていたが,どのカップルも最終的にはパートナーの収入と貯金とでどうにか生活できるだろうという展望をつけていた。例えば,Eさんは,子どもができたと分かった時に,駅から徒歩圏内の安いマンションに引っ越して車を捨て,貯金がゼロになったら仕事復帰すると決めた。引っ越さないまでも,子育てをしていくにあたって,「収入よりももっと大切なものがある」,と話し合って決めたカップルもいた。Cさんが,他の同僚で男性の育児休業に肯定的でありながらも,「収入がなくなるし,家のローンがある」と言って自分では取得しない男性についてこう分析している。「やっぱり今までの生活と収入を簡単に変えられないということだろう」。彼自身は「もうそれでもかまわんというつもり」で育児休業取得に踏み切った。この他に,仕事との関連も育児休業取得を決めるきっ

かけになっている。「仕事を休みたい気持ちがあった」というBさんとCさんは,育児休業を「仕事が休める」という点でポジティブに捉えていた。Bさんの場合は,育児休業取得前にパートナーから家族全員での海外語学留学しようという提案をされ,夢を膨らませていた。Cさんは,育児休業を取得する直前の仕事のストレスを「休める」ことを励みにしてやっていた。そして,「いったん自分が取ろうかと思い始めたら,これはもう是非実現したいと思うようになって,ある意味,自分のために1年間,多分,自分から申し出て休んだりするのは最初で最後だ!みたいなのがあったものですから,取ったらこんな風に1年間すごしたいというビジョンが,どんどんどんどん,出てきた」と言う。ただ,労働条件が厳しく,休みたいというだけでは,育児休業には結びつかないようである。Cさんは,休みたいという気持ちと同時に,「たまたま休む前の年に,どちらかというと,学校外の仕事を任されていて,ここで,ぱっと(仕事に:引用者補足)参加しなくなったとしても,自分で大丈夫だなという気がしていたんです」とも言っていた。経済的な条件と同時に,労働状況との関係も,男性が育児休業を取得するにあたっては,関わってくるのではないだろうか。育児休業を取得した4人の男性とそのパートナーに共

通していることは,周囲に育児休業を取得した男性がいる,もしくは,育児休業を取得した男性の本を読んだり,講演を聞いた経験がある,ということである。もとから育児休業に関心のあった二人は,本や講演,聞き取りを通して,自分が実際に育休を取得したらどうだろうか,ということについて,育児休業取得以前から意識的だっ

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た。パートナーから提案された二人も,同僚や同じ県内の教職員組合で,具体的に育児休業を取得している男性と接点があった。ただし,同じ県内の教職員組合の講演会で,育児休業を取得している男性を知ったBさんは,「自分の世界じゃないし,もっと言うと,取得している男性はかわいそうだなっても思ってたりしたんですよ」と言う。男性が育児休業を取得することについての印象は,ポジティブであれ,ネガティブであれ,彼らは男性が制度的に育児休業を取得できることを知っていたし,その制度を利用して育児休業を経験している人を,数字ではなく,具体的に知っていたと言うことができるだろう。

2.周囲の人の反応次に育児休業を取得することを決定してから,周囲の

人がどのように反応したのかについて,見てみたい。まず,両親の反応は,積極的に好意的に捉えられるこ

とは多くなかったが,強く反対されることもなかったようである。自分の親について「古い考えの人」という印象を持っていても,強く反対されないという場合もあった。また,男性か女性かによって特別反対したり,賛成したりするわけでもないらしい。同僚からの反応について,Aさんは世代によって異

なっている印象を受けていた。世代が上の方が男性の育児休業を歓迎せず,管理職から「異動させるぞ」と脅されたというエピソードも聞かせてくれた。逆に,若い人だからと言って,積極的に育児休業を取るわけではないだろうと言っていたのはCさんである。若い人ほど意見が言えなくなっているというのがその理由である。女性の同僚からの反応は良く,拍手喝采された人もいた。一般企業に勤めていたDさんは,職場の同僚からは冷

たい目で見られていた。短時間勤務で1時間半遅れて出勤し,定時で帰る彼に対して,様々な陰口や直接ネガティブな発言をされることもあった。例えば,「妻と子どもを養ってこそ(男だ)」「仕事をする気があるのか」「お前の部は暇なのか」「どうして男のお前が遅刻して来るんだ。妻の仕事をやめさせて,家事とか育児は妻に任せればいいじゃないか」などである。そして,短時間勤務についても初めは「前例がないからダメだ」と言われていた。Dさんは,「男性は仕事,女性は家庭」と考えている会社の同僚や上司に嫌気がさし,その後,勤続10年で会社を辞めた。Eさんの場合は,ネガティブな反応はなかったが,代

替職員を見つけるのに苦労したと言う。仕事柄,誰でも良いというわけでもなかった彼の職を引き継いでくれる人を見つけるのは大変で,自分で結局いろいろなところに掛け合って見つけた。自分自身の経験から,すべての人に育児休業を取得させるようなことになれば,当然代替職員をどうするのか,という問題が出てくるだろうとEさんは指摘している。Bさんは,意識的に隠していたつもりはないが,育休

取得前には周囲に積極的に話をしなかった。今回の聞き取り対象者は教員が多かったこともあって,

生徒の反応についても尋ねている。全体的な印象として,男性が育休を取得することに関する反応は悪くはない。

場合によっては,大多数の男子生徒たちが自分も取りたいと感想に書いてくることもあった。ただし,女子生徒の一部に「自分のパートナーにそんなことをさせられない」という反応があることや,男子生徒の中に「楽だっただろう」「男がそんなことやれるか」といった反応もあるという指摘があった。このほか,育児休業中,あるいは育児休業取得後に講

演や講座などで自分の話をした時の印象を語ってくれた人もいた。Bさんの場合は,「男性に対して,会場の中はちょっと冷たいって思いましたもん。マイクとかポンと渡したりして。……中略……あんた来たんだから言いなさいよ。はい,男性今日連れてきました,はい何か言いなさい,こんな感じでポンと。それじゃあ,男性来んわな,と思ったんです」。EさんとEさんのパートナーは,「男性の意識を変えなければいけない」という前提を感じて,自分たちが本当に言いたいことが言えなくなると言う。Eさんのパートナーは,男性が育児休業を取るということに関して,男性の意識を変えるだけではなく,女性の意識も変えなければならないし,ジェンダーの問題としてだけではなく,会社が「働く人(働きながら子育てしている人:引用者補足)に対して冷たい」という問題を考えなければならない,と問題提起している。

3.育児休業取得以前の意識とライフスタイル男性にとって育児休業の経験が何であるかということ

を考えるために,最初に,育児休業を取得する以前の家事・育児に対する意識とライフスタイルについて見てみる。ここで注目したいのは,家事・育児についてどう考え

ていたかということと並んで,どのような意識で関わっていたのか,そして,どのくらいできたかということである。これは,Cさんの指摘に,「包丁が握れなかったら,そもそも育児休業は取れなかった」という発言があり,家事・育児の能力と経験がそもそも無い男性は,育児休業という選択肢は取れないのではないか,という問題意識からである。Aさんは,家事・育児について,興味関心は「もとも

とはなかった」し,「自分の感覚では,親がしない中で育ってるから家事は女性がするもんだと思ってい」た。しかし,パートナーの影響で,家事・育児に関わることが増えていき,「育休取る前は,手伝うもんだろと思っていて手伝って」おり,「家事ってものをしてるつもりだった」。料理についても「上の子が生まれるまでは全くやってなくて,上の子が生まれてからは週に一回だけ早く帰れたのでその時だけごはんを作るように」なった。生活は「小さい学校だったので,どうしても結構役を任せられていたので」仕事中心になっていた。Bさんは,工業高校卒業,工学部進学,そして,工業

高校の教員といういわゆる男社会で育った。育児休業取得前には,「思っていてもなかなかできないことがあった」と言い,育児休業を取り始めた当初の抵抗感についても語っている。例えば,最初は「買い物かごを男性が押すのはどうなんだろう」と思っていたり,育児サークルや地域の活動についても,意識の抵抗があったと言う。また,育児休業そのものに対しても,一方では「面白そ

男性の育児休業取得と暴力性の関連についての実証的調査

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うだ」と思いながら,もう一方で「別世界のこと」と感じていた。パートナーの都合で男性が仕事から早く帰るようなライフスタイルについても,「男性は承認する必要はないって思って」いた。Bさんのパートナーは,育休を取得し始めた当初のBさんについて「最初だんなは,私が仕事に復帰した際に,私の飲み会の送り迎えをするっていうことが,一項目として立てる分くらいはあった感じですよ」と話している。Cさんは,育児休業取得前は「ほとんど寝顔を見て寝

顔を見に帰る」仕事中心の生活をしていた。家事・育児も99%をパートナーに任せていて,「家事は関わりたくても,できない……中略……自信のなさというか,それが向わせてなかった部分はあるんです」と言う。料理の経験については,「適当にチャーハン作ったりとか,カレー作ったりとかまではできた」。Eさんも平日は仕事で早く帰れないことが多かったが,

土日を子どもと過ごす日と決めていた。しかし,パートナーも含めて家族3人で過ごすということは考えなかったと言う。子どもと二人で出かけて,母乳の時間だけ帰り,また出かけるというような休日の過ごし方をしていた。Dさんは子どもが生まれる前の生活について,「朝食

もとらずにギリギリまで夫婦とも寝て,慌てて出かけていくような仕事中心の生活で,地域も見えてなかった」と語っている。料理の経験については,大学生時代は自炊をしていた。こうしてみると,育児休業を取得した男性たちは,

「お手伝い」感覚であったとしても,ほとんどが家事に関わっており,場合によっては,「自分は十分やっている」という意識を持っていることもあった。料理に関しては,簡単な料理なら作れたり,何らかの形で自炊の経験がある人がほとんどである。また,家事・育児に主体的に関わる前には,仕事中心の生活をしており,家事・育児に関わる時間や余力がそもそも残っていないというライフスタイルだったと言える。

4.育児休業取得中,取得後の気付きとライフスタイル4―1.育児休業取得中の人間関係育児休業取得中に,男性たちはどのようなネットワー

クをもっていたのだろうか。Aさん,Bさん,Eさんは,パートナーが作っていた

ママ友だち(女性たち)のネットワーク,地域の子育てサークル,生協などの地域活動に関わっていた。Aさんの場合は,生協活動が「共通の目標があってすごく行きやすかったし,話しやすかったし,教員だけしてたらこんなこと絶対分からんよねっていう話がいっぱい聞けたので,はまっちゃいました。なので今でも生協の人とは連絡しています」と言う。Bさんの場合には,最初は抵抗があったものの,やはり同じく,「家と職場の往復では分からない世界」と,子どもを通じてのネットワークをポジティブに捉えている。Eさんの場合は,パートナーが「ネットワークを作っておいてくれて,夫が来ますからってね,お膳立てしてくれてた」と言う。Eさんはさらに積極的に,パパ友だちを作ろうと,地域のパパ向け講座に参加したり,ベビープールでたまたま出会っ

たお父さんたちに積極的に声をかけているそうである。地域のパパ向け講座で,Eさんは,「誰も完璧ではない」ということを他の人と分かち合える場がある,ということをポジティブに評価している。唯一地域のネットワークがほとんどなく,「一日のう

ちで話すのは保育園の保育士さんと,お互いの両親くらいしかいないという状況だったので,やっぱりストレスですよね,それは。子どもはまだ話ができないし」と言うCさんは,「あと1年延ばしていたとしたら,よっぽど自分がもっと周りに話す人間を作らないときついかな」と語っている。ただ,Cさんはその状況を「外部との遮断」とまで否定的に捉えているわけではなく,一方でその状況も期間限定のもので,一年後には仕事に復帰できるという思いでいたことと,趣味に打ち込みたいというのがあって,あまり深刻にはならなかったようである。Cさんの場合は,地域との交流はあまりなかったが,お互いの両親と子どもを通して交流できたと話している。Cさんがパートナーの両親と自分の両親とのちょうど間くらいに住んでいるので,普段仕事をしていたら話をする時間もなかったところに,育児休業で交流ができたことが良かったそうだ。こうして男性たちが地域のネットワークや,ママ友だ

ち(女性たち)とのネットワークに参加することには,パートナーの女性たちも好意的である。しかし,地域や子育てのネットワークがどうしても女性ばかりになってしまい,男性が育児休業で子育てに主として関わるようになると,女性たちのネットワークからどうしても外れがちになり,子どもが同年代の子どもと遊ぶ機会を減らしてしまうのではないか,と心配するパートナーもいた。Dさんも,地域活動は女性中心で,男性が地域の既存の自治会に参加しようとすると会長狙いだと思われて嫌な思いをしたと言う。地域に出て行く男性がまだまだ少ないのは,男性に時間がないということに加え,男性が参加しにくい現状もあるのかもしれない。

4―2.育児休業取得中,取得後に気付いたこと,変わったこと

家事・育児について,意識の変化が全くなかったと言う人はいなかった。家事能力がもとからあった人も,育児休業を通して学んだ人も,家事・育児への取り組み方やパートナーとの関係,ライフスタイルの変化などを感じている。しかしながら,男性たちが家事・育児を通して変化し

たことを,単純にジェンダー意識の変化やジェンダー役割からの解放とだけ位置付けることには慎重にならなければならないだろう。例えば,Dさんは,パパ友だちとチャットをしていた時に,「子どもがウンチをして泣いていたので,入浴中のパートナーのところに子どもを連れて行って,そのことを伝えた」という話題があり,それに対して,仲間からは,「入浴中はまずいよ」「待ったほうがいいよ」というコメントはあったものの,「自分でオムツを換えなよ」という人はいなかったという話をしてくれた。男性が育児休業中に家事・育児の経験をしたからといって,家事・育児に意識して関わるという行動へとつながっているわけではないようである。聞き取

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りの中でも,Aさんは「家事を女性がしていて男性が手伝わないってパターンはあるじゃないですか。でも男性がしていて女性が手伝わないってパターンはまずないですから。そこはラッキーだなと思いました」というコメントをしており,育児休業取得後も,「女性=家事」ないし「家事ができる」というイメージの転換にはなっていないのである。

4―2―1.家事・育児に関して気がついたこと,ライフスタイルの変化

Aさんは,育児休業を通しての一番の変化を「仕事と生活のバランスを考えるようになった」と表現している。Aさんは育児休業中に地域活動に参加するようになったことに加えて,趣味が増え,今では野菜づくりをしたり,梅干を漬けたりといろいろなことに挑戦している。女性は結婚してから仕事が中途半端になりやすいが,パートナーには短期間でも仕事に集中して欲しいという思いもあって,短時間勤務制度が導入されてすぐ利用し始めた。仕事ばかりの生活をしていた頃と比べると,今は「基本的には共働きじゃなくてもいいかなって思ってます。今みたいにパートみたいな感じでもいいと思ってます」と,家庭生活を重視するように変化している。しかし,Aさんのこのような考え方に,Aさんのパートナーは全面的に賛成しているわけではない。「だって,万一私が別れるって言わない可能性がないわけでもないじゃないですか。で,どうかなと。経済的な自立っていうのは,昔女性ができなくて別れられなかった理由としてとてもあるので,やっぱり大事だなと。ずっと(結婚して:引用者補足)いられるとしても不安じゃないのかな。私だったら不安だと思うんですけどね。辞めたら辞めたで社会とのつながりがなくなって。やっぱり嫌な気分になると思うんですよ」と,双方が働きながら家事・育児に関わっていく可能性を探ることの大切さを指摘していた。Dさんの場合は,短時間勤務をすることで一日のワー

ク・ライフ・バランスについて考えた経験から「ワーク・ライフ・バランスを数年から10数年単位でとらえてみたくなった」と言う。小学校にあがった子どもが学童になじめず,職場の男性の子育てへの理解がなかったこと,そして,パートナーの了承もあったので,10年勤めた会社をやめてパートをしながらの生活に変えた。男性たちが変わったと言うのは,ワーク・ライフ・バ

ランスをめぐる問題だけではない。Bさんは,家事・育児を「お手伝いの意識から主体的にやるという意識に変わ」ったのと並んで,家事・育児ができるようになったことで,「男らしさ・女らしさなんて全く関係ない」と思える「強さ」ができたと言う。家事・育児という,以前の彼からすれば,「別世界」と見なして触れなかった世界を体験したことで,やりたくてもできなかったことができるようになった。また,そのことを周囲にも知らせることで,「男性社会の男性」とは一歩違った自分になったという実感が次のコメントにあらわれている。「私ってこういう人間ではまったくなかったですね。客観視できるようになったんですよね。自分はこういう人間だったんだなっていうのがあったりして,すごく勉強になったところです」。Bさんはこのようにして以前の

自分を見つめる中から,「男性は否定されるのが怖い。自信がないから,褒めてもらいたい」「男性は言う言葉がないからすごく怒るとか行動に出ちゃうというのがあるのではないか」という話をしてくれた。Cさんの場合も「自分で生活する能力,家事能力がつ

いたということはものすごい変化になりました」と,家事・育児ができるようになったことが自分を変えたと語っている。「今まで家事は関わりたくてもできない,自信のなさが向かわせてなかった部分がある」が,それができるようになって,「自分の自信になっている」と言う。育児休業中に「子どもたちを食わせるためには,調味料もできるだけ悪いものが入っていないもので作らんといかんという責任感」から料理を学び,仕事復帰後は毎朝20分の弁当作りができるようになった。また,育児休業は子どもとの関係も変えた。特に毎日一日中一緒にいた下の子どもは「ママ」ではなく「パパ」とだけ呼んでおり,育児休業取得以前とは「子どものなつきかたが違う」と言う。働きすぎの自覚があった仕事も,復帰後は,職場に事前に希望を出したことによって,自分の仕事が終わったら帰っても良いという状況になり,担任を外してもらい,部活動にも土日をささげるようなことはなくなった。短時間勤務制度についても,制度的な不備があったために諦めたが,「子どもがある程度大きくなるまではあるのは良い」と考えている。

4―2―2.パートナーへの共感,パートナーとの関係の変化

Aさんは,育児休業を通して料理ができるようになって初めて,パートナーは料理が苦手ということを知ったと言う。それまでは「料理が苦手」と言えるような状況ではなく,自分しかいないので作っていたというパートナーも,今はAさんと得意・不得意で,料理と片づけを分担できるようになった。Eさんは,育児休業を取り始めてから,一日中子ども

といる大変さを理解し,「平日をもっと帰ってきてあげたほうがよかったかな」と言う。また,Eさんが育児休業に入ってから,Eさんの子どもはEさんにだけなつくようになり,パートナーは母親としてのアイデンティティに危機が訪れた。特に,会社の制度で収入に影響なく短時間勤務ができるのは子どもが1歳半までと決められており,半年後に職場に完全復帰してからの時期が,子どもとの関係がなくなってしまった。その上仕事が辛かったこともあり,精神的に追いつめられた。この経験から,Eさんは,女性たちが家事・育児のできない,あるいは参加しない男性たちは家にいなくても良いと考えがちになる気持ちが理解でき,Eさんのパートナーは,男性たちが子どもになつかれない・家事・育児に参加することができないという状況を体験することになった。彼女は,2ケ月のフルタイム勤務(と残業)の後,再び会社側からの提案もあって,短時間勤務を選択することになり,精神的に落ち着いたと言う。Cさんは,1年間の育児休業で子どもや保育園の状況

が分かったことから,パートナーとの話題が増えた。パートナーから見ても,育児休業中のCさんとは子どもが成長する喜びを共に分かち合えるようになり,「一緒

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に子育てをやっている」という実感が持てたと言う。また,以前のCさんはパートナーがイライラしていても,なぜイライラしているかの理由が分からなかったが,今は,怒っている理由が分かるようになったので,以前とはトラブルの質が変わってきているのだそうだ。以前は,自分ができないことを要求されてもそれを認められない自分がいたが,今は,対応できる家事・育児能力はある。ただ,仕事に復帰してから働きすぎの傾向が戻ってきているので,疲れていて対応できないという別の問題が出てきているとも言う。Cさんによれば,家事・育児をしない男性がパートナーとの間でトラブルになる場合には,まず仕事で疲れて帰ってきたのに,理由の分からないイライラをぶつけられること,そして,育児に関わらないと子どものことが分からないので,子どもの話をされても聞き流してしまうことが,パートナー同士の間ですれ違いを生み,場合によっては,暴力になってしまうのではないかと,自分の経験から分析していた。こうしたCさんの育児休業を通しての変化について,パートナーも「1年間休みをとったことによって……中略……逆に人間らしい生活っていうのが,できたのかなっていうところがありますので,ちょっと人間的に豊かになられたんじゃないかな」と,好印象を持っている。

4―2―3.家事・育児のストレス家事・育児では,男女を問わず,しばしばストレスや

怒りを体験する。育児休業という形で家事・育児に関わることになった男性たちは,一体どのような時にストレスや怒りを感じ,それをどう処理していたのだろうか。また,育児と暴力の関係についてどう考えるかを聞いた。Eさんは,「子どもは好きだけど家事は嫌い」,「育児

は自分との闘い」と言っている。家事は,いくらでも効率よくやろうと思えばできてしまうから,育児の方が,思い通りにならない関係にイライラするのだと言う。そういうとき彼は,「子どもにあたれないからもう,布巾とかをバンッ!てしてシャー�って言ったりしてることはある」。彼が暴力的に子どもにあたらないのは,母親に叩かれて育ったわけではないという経験なのではないか,と彼自身は言うが,そんな「完璧ではない自分」を,地域のパパ向け講座などで他の人と分かち合う場があるというのも暴力的にならない理由としてあるのではないだろうか。なお,自分が育った環境が暴力的でなかったから子ど

もに暴力をふるわない,というのは,Bさんの聞き取りでも聞かれた。Aさんは,育児休業を取って初めて,「自分はこんな

に怒れるんだな」ということに気がついた。子どもへの虐待になりそうだと思ったときは,パートナーが同じことを経験していて,相談できたことが良かった,と語っている。また,「大人の方に時間がないと怒ってしまう」ので,子どもといるときには予定をあまりつめすぎないようにするという工夫もしていた。Dさんは,自分の枠組みに反した子どもを怒ってしま

いそうになった経験があり,「枠を外すことができれば怒らなくて済む」と自分を分析している。育児を「自分との闘い」と位置付けたり,子どもに配

慮して予定を詰めすぎないようにしたり,大人の側の「枠を外す」のは,どれも,思い通りにならない子どもとの関係をまず,そういうものとして受け止め,その上で,どうするのか,ということに他ならない。プランどおりにすすめようとすればするほど,他者はプランどおりに動かず,プランどおりにならないことに対して怒りがわいてくる。人間関係のままならなさを,育児を通して男性たちが経験しているとも言えるのではないだろうか。

5.おわりに家事・育児や育児休業の意義が,単に企業の生産性や

ジェンダー秩序の変更の問題にとどまるわけではないことは,この聞き取り調査からも垣間見えるところである。しかしながら,特に本研究の柱として挙げられている

家事・育児と暴力性との関係を,この5組の聞き取り調査のみによって,確定的な結論を見出すのには注意深くなければならない。彼らも,「暴力をふるうこと」そのものについては,多少話をしてくれた。そして家事・育児に主体的に関わる中で次の事柄は明らかになっている。パートナーへの共感を深めたり,関係が変わったこと,育児サークルなどを通して地域とのつながりができたこと,あるいは,仕事中心の生活でないライフスタイルを経験したこと,家事・育児を含めて今までできなかったことができるようになったという自信などである。しかし,これらの多くの要素と暴力性との直接の関連については,聞き取り調査が十分とはいえない部分もある。今後,一層の検討を要する。

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3)HTTP://KILDEN.FORSKNINGSRADET.NORESEARCH ON VIOLENCE IN NORWAYPart1: IntroductionPart2: Violence in intimate relationships―presenta-

tion of books and reportsPart3: Violence at the workplace―presentation oftextsPart4: New research challenges in efforts to preventviolence―what more do we need to know!5. List of referencesby Hanne Sogn, Jorgen Lorentzen and O/ystein Gull-va°g Holter

4)James Gilligan: Violence: Reflections on a NationalEpidemic, 1997/05 Vintage BooksおよびPreventingViolence(Prospects for Tomorrow), 2001, Thames& Hudson

5)たとえば,武石(2003,2頁),藤野(2006,162頁)大野・柏木(2008,163頁)の議論を参照していただきたい。

6)たとえば「男性の育児休業が企業を変える」という『ESSOR』の特集では,育児休業を取得した男性の経験談が載っているが,「仕事のオンオフの切り替えがうまくなった」(21世紀職業財団2006,15頁)「いろんな発見があった」「仕事と家庭のバランスがとりやすくなった」(同16頁)といった漠然としたものである。

7)家事・育児がいかに「生産」しない労働とされてきたかについては,上野(1990)に詳しい。

8)別表は下記のとおり。

調査期間:2008年6月~7月※「●」;育休取得男性のコメント 「○」;育休取得男性のパートナーのコメント※基本的属性の項目;�調査日,調査場所 �職業 �年代 �最終学歴 �居住地域 �育休期間 �短時間勤務期間 �パートナーの職業,年代

A B C D E

�2008/6/6,聞き取り対象者民家

�養護学校教員

�30代

�大学

�熊本県

�2005/4~2006/3(2人目の子供の

時・1年間)

�2008/6~短時間勤務

�公立小学校教員,30

�2008/6/7,大分県別府市豊泉荘

�公立工業高校教員

�30代

�大学

�大分県

�2003~2004(2人目

の子供のとき・1年

間)

�なし

�公立工業高校教員,

30代

�2008/6/7,熊本市京町会館

�公立商業高校教員

�30代

�大学

�熊本県

�2007/4~2008/3(2人目の子供のと

き・1年間)

�なし

�私立女子高校教員,

30代

�2008/7/10,板橋区立グリーンホール

�会社員

�40代

�大学

�神奈川県

�なし

�1995~1997(1人目

の子供の時・3年間

�会社員,40代

�2008/7/13,聞き取り対象者民家

�福祉専門職

�30代員

�大学

�神奈川県

�2007年10月~現在取

得中(1年半を予定)

�なし

�会社員,40代

育休取得のきっかけ

●パートナーからの

プッシュ

●2人目の時は取ると

いう約束

●同僚の夫が先に取得

●パートナーからの強

い希望

●仕事を休みたいとい

う気持ち

●育休を取得していた

妻の仕事復帰が早

まったことをきっか

けに,夫の側から提

●仕事で疲弊,休みた

い気持ちだった

●たまたま育休の前年

度は,学校外の仕事

が多く,休んでも大

丈夫だろうと思った

●パートナーの仕事の

都合でやむを得ず。

●「こどもから必要と

される人間になりた

い」と思った

●せめて子どもと一緒

に夕食をとりたいと

いう気持ち

●子どもをゆとりを

持って育てたい,妻

に働いて欲しい,自

●1年間のパートナー

の育休後に取ろうと

思った

●男性の育休について

卒論を書いた

●しゃべれない子ども

とのコミュニケー

ションは一生に一度

だと思った

●仕事だけをやってい

る父親を見て,自分

男性の育児休業取得と暴力性の関連についての実証的調査

293

分も働きたいという

思い

は仕事も家事・育児

もしたいと思ってい

●職場での反応は,世

代によって異なって

いた。

50代:管理職から

「異動させるぞ」

40代:「先生がおら

んとね…」

30代:ちょっと応援

20代:自分も取りた

●妻の父:「休めてよ

かね」

●育休を取ることをあ

まり周囲に話さな

かった。

●職場では驚かれたが,

好意的に捉えられた。

女性の同僚:拍手喝

年配の男性:「自分

のときにとれたら,

取りたかった」

同世代:好意的だが,

育休は取らない

○夫の母親:「その選

択はどうかしら?」

●親戚:テレビに出た

とき,「M家の恥」

●親:正社員をやめる

とき,「そうしたい

なら奥さんに迷惑が

かからないようにす

ればいいんじゃない

か」。

●職場:「妻と子ども

を養ってこそ(男

だ)」「仕事をする気

があるのか」「お前

の部は暇なのか」「ど

うして男のお前が遅

刻して来るんだ。妻

の仕事をやめさせて,

家事とか育児は妻に

任せればいいじゃな

いか」などの陰口,

そして,「前例がな

いからダメだ」。

●職場の人には子ども

がお腹にいるときか

ら育休を取ると言っ

ていた。係長には

「育休が取れなけれ

ば辞めます」と言っ

た。

●役所だったので,他

にも男性で育休を

取った人がいた

●代替職員を見つける

のに苦労した。結局

自分で見つけてきた。

●お互いに母親しかい

ないので,所謂男性

の目線はなかった。

●母親やいろいろ言っ

てくるが,無視する

ことにした。

●育児サークルと生協

に参加。特に生協は

共通の目標があって

話しやすく,はまっ

た。

●育休を取得して料理

が出来るようになっ

て,料理と片付けを

得意・不得意で分担

できるようになった。

●妻にも短期間でも仕

事に集中して欲しい

と思うようになった。

●パートのような仕事

でもいいと思ってい

る。

○女性から「別れる」

と言う可能性がない

わけではないので,

経済的自立のために

も仕事は続けた方が

いいのではないか。

●育児グループ,生協,

ママ友だちとランチ

はすべて経験した。

最初は抵抗があった

が,今では抵抗はな

く,いろんな人に声

をかけるようになっ

た。

●お互いの実家と子ど

もを通してコミュニ

ケーションできた。

●1年後は復帰すると

いう思いでいたので,

外部との遮断とまで

は感じなかったが,

保育士と両親くらい

しか話し相手がいな

かったのでストレス

になった。

○育休中は「今一緒に

子育てをやってる」

実感があった。

●「家事や育児を妻と

共に分かち合ったこ

とにより,夫婦関係

も良好になった」。

●子どもができて,育

時連に参加した。育

時連の人が「パパ友」

になっている。

●パートナーが作って

いたママ友のネット

ワーク,ベビープー

ル,地域の子育て講

座やイベント

●積極的に声をかけて

パパ友を見つけるよ

うにしている。

●パパ向けの講座で

「誰も完璧ではな

い」ということを認

め合える場がある。

●女性だけの環境にい

るといつも緊張感が

あって安心できない。

●パートナーが時短を

取って早く帰ってき

てくれる。

●育休に入ってから,

平日に早く帰ったほ

うが良かったのかも

しれないと思うよう

になった。

●パートナーから魚の

小骨の抜き方などを

習った。

●仕事や家庭,経済的

なことで,攻防戦が

ある。

●自分はこんなに怒れ

るのだと気付く。

●育った家庭環境が暴

力をふるわれるよう

●家事育児に慣れない

うちはストレスに

●漢字練習の宿題で,

書き順を無視して

●子どもに手をあげる

ことはない。でも,

千葉大学教育学部研究紀要 第57巻 �:人文・社会科学系

294

●パートナーに相談で

きた。

●ストレスが溜まると

夫婦両方の怒りが子

どもにいってしまう

ことがある。

●家事をすると気分転

換になる。

●自分に時間がないと

怒ってしまうので,

予定をつめすぎない

ようにした。

な環境ではなかった

ので,暴力をふるい

たくなることはな

かった。

なった。

●自分ができないこと

を要求されても,素

直にそれを認められ

ない自分がいた。

ぱっと終わらせる息

子を見たときに,激

怒しそうになった。

「1字ずつ書いて欲

しい」という枠組み

に反したから怒って

しまいそうになった

が,「枠を外せれば,

怒らなくてすむ」。

●ストレス解消は,

サッカー観戦。テレ

ビの前でユニフォー

ムを着て旗を振る。

パートナーからは冷

たい目。

子どもといると,思

い通りにならない関

係に,いらいらした

り,頭にくることが

ある。子どもにあた

らないのは,育った

環境や教育があるか

ら。

育休取得前

●仕事だけの生活

●家事や育休に興味は

なかった。

(女性がするものだ

と思っていた)

●家事は手伝いとして,

十分やっているつも

りだった。

●料理は一人目の子ど

もが生まれるまで全

くやってなくて,生

まれてから週に一度,

夕食を作るように

なった。

育休取得後

●仕事と生活のバラン

スを考えるように

なった。

●趣味が増えた(野菜

作り,梅干し作り)

●家事は数えられるよ

うなものではない。

育休取得前

●工業高校→工学部→

工業高校教員という

男社会で育った。

●育休は別世界のこと

で,育休を取った男

性をかわいそうだと

思っていた。

●思っていてもなかな

かできないことが

あった。

●買い物かごを男性が

押すのはどうなんだ

ろうという意識の抵

抗があった。

育休取得後

●お手伝いの意識から

主体的にやるという

意識に変わった。

●自分を客観視できる

ようになった。

●男らしさや女らしさ

は関係ないと思える

つよさができた。

育休取得前

●育休に興味があった。

●子どもの寝顔を見て

寝顔を見に帰る,仕

事中心の生活。

●家事に関わりたくて

もできない自信のな

さがあった。

●チャーハンやカレー

程度の料理はできた。

(包丁が握れなかっ

たら,育休を取ろう

とは思わなかった)

●疲れて帰ってきて子

どもの話を聞いても,

分からないので聞き

流してしまっていた。

育休取得後

●自立した。自分で生

活する能力=家事能

力がついた。

●子どもや家事のこと

が分かるようになり,

パートナーと話がで

きる状況になった。

●子どもがなつく。

●子どもにはできるだ

け悪いものが入って

いないものを食べさ

せたいという責任感

で料理を学んだ。

○1年間休みをとった

ことによって人間ら

しい生活ができて,

ちょっと人間的に豊

かになったんじゃな

いか。

育児時短取得前

●子どもが生まれる前

の生活は,朝食もと

らずにギリギリまで

夫婦とも寝て,慌て

て出かけていく,つ

まり,仕事中心の生

活。地域も見えてな

かった。

●影響を受けたのは,

父親の反面教師と

「減点パパ」という

NHK教育のテレビ

番組。転勤族で,そ

の後単身赴任した父

親をみて,ああはな

りたくない,と思っ

たことと,「減点パ

パ」を見ながら(9

~19歳の間,ほとん

ど欠かさず見てい

た),子どもから子

どもを分かる父と思

われたい,子どもを

分かる父になりたい

という思いがあった。

育児時短取得後

●小学校にあがった子

どもが学童になじめ

ず,職場の男性の子

育てへの理解がなく,

本音が分かったこと,

そして,パートナー

も了承してくれたの

で,化学会社を10年

で辞め,パートをし

ながらの生活に変え

た。「短時間勤務と

いうのは,一日単位

での仕事と生活のバ

ランス調整にすぎな

育休取得前

●平日は帰りが遅かっ

たので,土日は子ど

もとの時間を取るよ

うにしていた。母親

と子どもと3人です

ごすことは考えな

かった。

育休取得中

●自分には専業主夫は

できない。

●家事は嫌い。だが,

やらなくてはならな

いので,やる。出来

ないわけではない。

●家事をすることで暴

力的にならないので

はなく,それは育児。

育児は自分との闘い。

●子どもは好きだが,

自分の子どもより人

の子どもと遊ぶ方が

好き。

男性の育児休業取得と暴力性の関連についての実証的調査

295

いように私は感じた。

そこで,ワーク・ラ

イフ・バランスを数

年~10数年単位でと

らえてみたくなっ

た。」と言う。仕事

を変えて,収入が

パートナーの6分の

1程度まで減ってい

るが,パートナーの

扶養家族にはなって

いない。

●短時間勤務には制度

的に不備がある。

●男性は否定されるの

が怖い。自信がない

からほめてもらいた

い。

●育休後は毎日20分の

弁当づくりができて

いる。

●短時間勤務も,一回

目の調査では希望し

たが,制度的に問題

があるので,結局諦

めた。子どもがある

程度大きくなるまで

は,短時間勤務など

の制度があるのは良

いと思っている。

●「日本の男性たちが

ワーク・ライフ・バ

ランスを実現するに

は,「ライフ」の時

間を捻出することが

まず必要であり,そ

のためにはなんと

言っても「休むこと

は悪いことではな

い」という感覚を年

少期に身につけてお

いて欲しい。」

○育休を取得し始めて,

妻が仕事に復帰して

から,子どもが夫に

だけなつく状況にな

り,妻が母としての

アイデンティティを

保てなくなってしま

うとことがあった。

でも,これは,世の

中の男性が経験して

いること,と妻の側

も考えた。時短を取

ることで,子どもと

の時間もできるよう

になり,精神的にも

落ち着いた。

○男性に育休を取れと

いうだけでなく,女

性の意識や労働環境

も改善しなければな

らないのではないか。

千葉大学教育学部研究紀要 第57巻 �:人文・社会科学系

296