建物壁面の反射を考慮した...

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中央大学大学院理工学研究科情報工学専攻 修士論文 建物壁面の反射を考慮した 都市部における防災無線の最適配置 Optimal Location of Wireless Speakers of the Disaster Prevention System in Urban Area Considering Acoustic Reflection by Building Walls 市村 真二 Shinji ICHIMURA 学籍番号 11N8100007G 指導教員 田口 教授 2013 3

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中央大学大学院理工学研究科情報工学専攻

修士論文

建物壁面の反射を考慮した

都市部における防災無線の最適配置

Optimal Location of Wireless Speakers of the Disaster Prevention System

in Urban Area Considering Acoustic Reflection by Building Walls

市村 真二

Shinji ICHIMURA

学籍番号 11N8100007G

指導教員 田口 東 教授

2013 年 3 月

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概要

2011 年 3 月に起きた東北地方太平洋沖地震に端を発する東日本大震災で大きな犠牲が出

て以降,全国の各自治体で自然災害に対する防災計画の見直しが行われている.災害発生

時に最も重要なことは,住民に迅速に災害情報を伝達することである.災害地域の住民が

迅速に情報を得て,自らが置かれている現状を把握し,適切な行動を取ることが犠牲者の

減尐に繋がる.そのための手段として防災行政無線(以下,防災無線と記述)が挙げられ

る.しかし,防災無線を設置してから長期間たち,都市化が進行した地域では,建物の壁

面が音を遮ってしまい,聴こえにくい地域が存在する.実際に文京区に設置されている防

災無線に対して,可聴範囲を調べるためのシミュレーションを行った結果,一見偏りがな

く設置されている音源でも,文京区全域の約 30%の地域にしか音が届いていないことがわ

かった.このように,防災無線は配置に偏りがないように見えても,音の伝わる経路が確

保されているかどうかを考慮する必要がある.

本研究の目的は,都市の建物が密集した地域において,広範囲に音が届く防災無線の配

置を求めることである.そのためにまず,地図データから建物の形状,位置,階数の情報

を抽出する.次に幾何音響学的手法を用いて音源を設置する候補地から音が届く範囲を計

算する.可聴範囲,音源の偏り,音の重なりの 3 つの観点から配置を評価するために,3 つ

の音源配置モデルを考え,算出した可聴範囲のデータを基にそれぞれ定式化する.3 つの最

適化問題を解いて得られた配置を比較して,より良い配置を決定する.

キーワード:防災行政無線,最適配置,整数計画問題,幾何音響学,虚像法

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目次

概要 ........................................................................................................................................... i

第 1 章 序論 ...................................................................................................................... 1

1.1. 研究背景 ................................................................................................................... 1

1.2. 研究目的 ................................................................................................................... 3

1.3. 本論文の構成............................................................................................................ 4

第 2 章 地図データによる建物の再現 .............................................................................. 5

2.1. MAPPLE デジタル地図データ ................................................................................. 5

2.1.1. MAPPLE2500 の概要 ....................................................................................... 5

2.1.2. MAPPLE2500 地図データベース ..................................................................... 5

2.1.3. 建物・入居者データベース .............................................................................. 7

2.2. 建物の 3 次元表現 .................................................................................................... 8

第 3 章 建物壁面を反射する経路の求め方 ..................................................................... 10

3.1. 概要 ........................................................................................................................ 10

3.2. 虚像法 .................................................................................................................... 11

3.3. 虚像法の問題点 ...................................................................................................... 12

3.4. 計算の高速化.......................................................................................................... 13

3.4.1. 効率的な反射経路の探索 ................................................................................ 13

3.4.2. 計算対象領域の限定 ....................................................................................... 27

3.5. 問題解決手法の効果の測定 .................................................................................... 27

第 4 章 防災無線の最適配置 ........................................................................................... 31

4.1. シミュレーションの設定 ....................................................................................... 31

4.2. 文京区における防災無線の現状 ............................................................................ 32

4.3. 音源の設置候補の選択 ........................................................................................... 36

4.4. 全域カバーモデル .................................................................................................. 40

4.4.1. 定式化 ............................................................................................................. 40

4.4.2. 結果 ................................................................................................................. 40

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4.4.3. 考察 ................................................................................................................. 41

4.5. 最大カバーモデル .................................................................................................. 44

4.5.1. 定式化 ............................................................................................................. 44

4.5.2. 結果 ................................................................................................................. 44

4.5.3. 現実的な配置に関する考察 ............................................................................ 46

4.6. 音の重なり最小化モデル ....................................................................................... 49

4.6.1. 定式化 ............................................................................................................. 49

4.6.2. 結果 ................................................................................................................. 50

4.6.3. 最大カバーモデルとの比較 ............................................................................ 50

第 5 章 結論 .................................................................................................................... 53

5.1. まとめ .................................................................................................................... 53

5.2. 今後の課題 ............................................................................................................. 54

謝辞 ....................................................................................................................................... 55

参考文献 ............................................................................................................................... 56

付録 A ................................................................................................................................... 57

A.1. 虚像を求める計算 .................................................................................................. 57

A.2. 交差判定 ................................................................................................................. 57

A.3. 障害物判定 ............................................................................................................. 58

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第1章

序論

1.1. 研究背景

2011 年 3 月 11 日に,宮城県三陸沖で発生した平成 23 年(2011 年)東北地方太平洋沖

地震は,2012 年 12 月 19 日現在で死者 15,878 人,行方不明 2,713 人,負傷者 6,128 人と

多くの被害者を生んだ[3].この震災によって多数の被害が出て以降,全国の各自治体では

大規模な自然災害に対する防災計画の見直しが行われている.図 1.1 は災害が発生したと

き,住民がどのような情報を欲しているかを調べるために東京都が行ったアンケートの結

果である.ライフラインの被害,地震の規模,交通機関の運行状況等,自身の置かれてい

る状況を知りたいという回答が多いことがわかる.東北地方太平洋沖地震の際に,これら

の情報が十分に伝達されなかった可能性がある.実際に,内閣府が行ったヒアリング調査[9]

によると,被害にあった人は,「自分が安全だと判断して避難しなかった」,「適切な判断が

できなかった」と回答している.また,今回被災にあったいくつかの自治体では,防災行

政無線(以下,防災無線と記述)が地震による電源設備の故障から利用できなかった[10].

他にも図 1.2 の内閣府が行った防災無線に関するアンケート[8]では,内容が聞き取れた避

難者は 56%しかいないことがわかっている.したがって,避難すべき人々に情報が十分に

伝わらず,自身の置かれている状況を正確に知ることができなかったため,被害が拡大し

た可能性がある.震災時における避難者の初動は被害者の数に大きく影響するので,住民

に即座に情報を提供する防災無線の整備は自治体の急務である.

防災無線からの音が聞こえない理由の一つとして,建物の壁面に音が遮られてしまう現

象が考えられる.特に都市部のような高い建物が多い地域では,偏りがないように分散し

て音源を設置したとしても,音源の近くに建物が存在すると特定の地域に音が聞こえ難く

なる.したがって,実際に防災無線を設置するときには,建築物を考慮する必要がある.

図 1.3 は,文京区全域を 10m メッシュで分割したときの,現在設置されている音源から音

が届いている地域を可視化した図である.黄色く図示した場所が,防災無線から音の届か

ない地域である.現在の防災無線の位置は偏りがない配置をしているが,建物を考慮する

と全体の 30%の地域にしか音が届かない.以上のことから,都市部における防災無線の整

備には,建物壁面における音の反射や可聴範囲を考慮して防災無線を設置する必要がある.

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図 1.1 災害時に知りたいこと

図 1.2 「避難の呼びかけ」を聞いた人の防災無線の聞き取り状況

56%

20%

6%

18%はっきりと聞き取る

ことが出来た

何か言っていたが,

聞き取れなかった

何か言っていたが,

覚えていない

呼びかけはしていな

かったと思う

全体N=201

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図 1.3 10m メッシュ領域における音が届き難い地域(黄色)

1.2. 研究目的

本研究の目的は,建物壁面による音の反射を考慮した防災無線の最適な配置を求めるこ

とである.現在のスピーカの配置は,建物による影響を考慮していないため,音が届かな

いもしくは内容が聞き取りづらいといった地域が存在する.したがって,建物壁面による

音の反射を考慮した防災無線の配置を求めることで,音が聞こえない地域を最小にし,か

つ話している内容をはっきりと聞き取れる地域を可能な限り多くする.

まず,都市部において音がどの程度届いているのかのシミュレーションを行う.本研究

では,計算対象の都市を東京都文京区とする.音の反射経路を求める方法は,幾何音響学

の一つの手法である虚像法を用いる.文京区の防災無線に対して,音の建物壁面を反射す

る経路を計算し,現在の防災無線の可聴範囲をシミュレートする.

次に,現状よりも広範囲に音が届き,かつ内容がはっきりと聞こえる音源の設置場所を

求める.まず,なるべく音が広範囲に届く音源の設置場所の候補を選ぶ.選ばれた候補の

中から,音が聞こえる地域を最大にし,かつ内容が聞き取りにくい地域を可能な限り小さ

くする音源の配置を求める問題を整数計画問題として定式化し,数理計画ソルバーで計算

する.得られた配置と現状を比較して,どの程度可聴領域が改善されるのかを調べる.

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1.3. 本論文の構成

まず,第 2 章で地図データから都市部の建物を構築する.第 3 章では音の可聴範囲を計

算するために,幾何音響学の分野の手法である虚像法を説明する.次に虚像法の問題点を

説明し,その解決方法を解説する.第 4 章では,第 3 章の手法を用いて都市部における防

災無線の現状を把握したのち,現状よりも広範囲に音が届き,かつ内容がはっきりと聞き

取れる防災無線の配置を求める.最後に第 5 章で本論文をまとめる.

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第2章

地図データによる建物の再現

建物壁面による音の反射経路をシミュレートするためには,計算機上で 3 次元の建物を

表現する必要がある.そこで,建物の位置と階数,形状を地図データから得る.得られた

情報を元に建物を長方体で表現することで,計算機上で 3 次元形状を構築する.

2.1 節では,計算機上で 3 次元の建物を表現するために必要な地図データである

MAPPLE2500[12]について説明する.2.2 節では,地図データを用いた建物の表現方法に

ついて述べる.

2.1. MAPPLE デジタル地図データ

MAPPLE デジタル地図データは株式会社昭文社が販売している建物や道路の情報が収

録されているデータベースである.地図の規模に応じて,MAPPLE2500,MAPPLE10000,

MAPPLE25000 , MAPPLE200000 , MAPPLE1000000 が存在する.本研究では

MAPPLE2500(平成 17 年 4 月 14 日版)を使用する.

2.1.1. MAPPLE2500 の概要

MAPPLE2500 は昭文社が販売している他の地図データの中で,最も詳細なデータが収録

されている.ただし,収録されている地図の範囲は,東京都 23 区全域及び東京都多摩地区

主要部のみである.

MAPPLE2500 は地図データベース,建物・入居者データベース,航空写真データベース

の三つのデータベースで構成される.地図データベースには,道路や建物などの建造物の

形状を表すための線分の集合体であるベクタデータが収録されている.建物・入居者デー

タベースには,建物ごとの入居者や階数,住所などの詳細な情報が文字データとして収録

されている.航空写真データベースには,該当地区の航空写真がビットマップ形式で収録

されている.本研究では地図データベースと建物・入居者データベースを用いる.

2.1.2. MAPPLE2500 地図データベース

MAPPLE2500 地図データベースは,線分の集合体であるベクタデータで構成されている.

このベクタデータを用いて,道路や建物,公園,駅などの建造物を表現する.本研究では

建物のみを計算の対象としているため,建物のベクタデータ(ポリゴンデータ)のみを抽

出する.ポリゴンデータの抽出は,データベース内の図形コードの属性で判別することで

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容易にできる.ポリゴンデータの書式は図 2.1 のようになっている.

図 2.1 ポリゴンデータのデータフォーマット

図形コードはポリゴンを判別する属性であり,かつポリゴンの始点を区別する属性でも

ある.一つの行には一つの座標しか記述されていないので,前行の座標と線分で結ばれて

いるのかの情報を図形コード属性から得る.レイヤ属性は,レイヤ構造で使用するレイヤ

番号である.レイヤ構造とは,ベクタデータを道路・行政界・建物といった項目別に分類・

管理するための構造である.本研究では,建物ポリゴンデータのみを用いるため使用しな

い.エレメントラベルは各ポリゴンが持つ個別のコードである.後述の建物・入居者デー

タベースとリンクするための属性である.キーコードは,未使用の属性である.ラインタ

イプは,ポリゴンデータを一般建物・重要建物・無壁舎などの種類別に分類・管理するた

めの属性である.本研究では,ポリゴンデータを区別しないので使用しない.X 座標属性と

Y 座標属性は,それぞれポリゴンの頂点の X 座標と Y 座標である.MAPPLE2500 で使用

されている座標は,国土調査法で定められた平面直交座標系第 9 系(原点千葉県野田市)

で表されている.

実際のポリゴンは,図 2.1 のデータが 1 行で書かれている.例えば,図 2.2 のポリゴン

は図 2.3 のように 5 行のポリゴンデータで表される.

図 2.2 ポリゴンの例

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図 2.3 図 2.2 のポリゴンデータ

図形コードが 61 で始まる行がポリゴンの始点であり,図形コードが 62 の最後の行が終

点である.ポリゴンは閉じた図形なので始点と終点の座標は必ず一致する.

2.1.3. 建物・入居者データベース

建物・入居者データベースは,入居者・住所などの建物に関する詳細な情報が収録され

ているデータベースであり,含まれるデータは建物ポリゴンと一対一で対応している.建

物・入居者データベースの書式は図 2.4 のようになっている.

図 2.4 建物・入居者データベースのデータフォーマット

EL は,エレメントラベルであり,MAPPLE2500 地図データから得られる建物ポリゴン

と一対一で対応させるための属性である.この属性を用いることで,建物・入居者データ

からポリゴンを特定することができる.また逆に,ポリゴンから建物・入居者データを得

ることもできる.ZNAME は,建物が含まれる図郭の名称である.MAPPLE2500 は地図全

域をメッシュで分割している.このメッシュのことを図郭と呼び,図郭ごとに固有の名称

が割り当てられている.本研究では,メッシュでなく市区町村で範囲を区切るため使用し

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ない.XMIN,YMIN,XMAX,YMAX は,それぞれ該当建物ポリゴンの直交座標系にお

ける X 座標の最小値,Y 座標の最小値,X 座標の最大値,Y 座標の最大値である.本研究

では,建物ポリゴンの頂点の座標がわかればよいので使用しない.住所 CD は,都道府県

(2 桁)+市区町村(3 桁)+大事・町(3 桁)+小字・丁目コード(3 桁)の 11 桁の数字

からなる建物ごとの固有のコードである.MAPPLE2500 の収録範囲は東京都のみなので,

都道府県を判別する必要がない.したがって本研究では使用しない.市区町村名は,市区

町村の名称が文字列として収録されている.大字町名は,町名または大字名が収録されて

いる.小字丁目名は,丁目名または小字名が収録されている.街区符号は,街区符号が文

字列として収録されている.住居番号は,住居番号または地番が文字列として収録されて

いる.ただし,一部収録されていない建物が存在する.建物名称は,建物の名称が収録さ

れている.本研究では使用しない.最上階は,該当建物の階数が整数型で収録されている.

ただし,4F 以上の建物に対するデータしか存在しない.

2.2. 建物の 3 次元表現

MAPPLE2500 地図データと建物・入居者データを用いて,文京区の建物を 3 次元で表現

する.地図データは 2 次元の情報しか持っていないため,建物の標高がわからない.その

ため建物・入居者データベースの最上階属性から建物の階数の情報を得る.得られた階数

情報をもとに,1 フロアを 3.7m として(2.1)の計算式で建物の標高を決定する.

標高(m) =階数 × 3.7 (2.1)

階数の情報が存在しない 3F 以下の建物は,すべて 2F とする.文京区の建物を 2 次元で表

示させた図が図 2.5 である.文京区の建物の総数は 38,633 であり,壁面の総数は建物の天

井を含めると 249,443 である.

本研究では,天井を除くすべての壁面を XY 平面に垂直な長方形としている.したがって,

現実の建物の形状より多尐異なる場合がある.また,本研究では地形の標高を取り入れる

ことまではできなかったため,すべての建物は海抜 0m の位置に建っていると仮定している.

本来であれば対応策として,国土交通省国土地理院が販売している数値地図を使用するこ

とによって.標高データを考慮に入れるべきである.標高データを用いることで建物間の

高低差も表現できる.ただし, 標高を取り入れる場合,地面を表現するポリゴンの数が増

える.そのため計算対象の壁面が増えるので計算時間も増加することに注意する.図 2.6

に文京区の標高を示す[7].

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図 2.5 文京区の建物

図 2.6 文京区の標高

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第3章

建物壁面を反射する経路の求め方

本章では,都市部における防災無線スピーカの音の到達範囲を計算する方法について述

べる.建物などの障害物が存在しない場合,スピーカを中心とした円を描けば,円の内部

が音の聞こえる範囲である.しかし都市部の場合,特に建物が密集している地域は建物の

壁面にスピーカの音が遮られてしまうため,すべての方向に音が届くとは限らない.した

がって都市部においては,建物壁面による音の反射を考慮した音の到達範囲を計算する必

要がある.

3.1 節では,音の到達範囲を求めるための手法の概要について述べる.3.2 節では,本研

究で用いる手法について説明する.3.3 節では,用いる手法の問題点を述べ,3.4 節で問題

点の解決方法を解説する.そして 3.5 節では,問題解決の手法を適用した時と適用しない時

の比較を行い,効果を検証する.

3.1. 概要

本研究では,音の到達範囲を計算する手法として,幾何音響学の分野における 1 つの手

法である虚像法を用いる.幾何音響学とは,音を直進する音線として幾何学的に扱う分野

である.音の直進性のみを考えることで,比較的容易に音の伝搬をシミュレートすること

ができる.

虚像法の特徴は二つある.一つ目は,音源から受音点までの,全ての音の反射経路が求

められることである.音源と受音点の座標を設定すれば,音がどの建物壁面に反射して受

音点に届くかがわかる(図 3.1).都市部のような建物壁面の数が数十万存在する地域では,

一見してどこに反射経路があるかわからないため,全ての反射経路を計算する虚像法は非

常に有効な手法である.二つ目は,計算が比較的単純であることである.音の回折や屈折

といった波の波動性を考慮しないため,比較的単純な幾何計算で反射経路を求めることが

できる.

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図 3.1 音源から受音点までの音の反射経路

3.2. 虚像法

虚像法は,音源の虚像を反射回数分だけとって反射経路を求める幾何音響学的手法であ

る.音源を𝑠,受音点を𝑡,反射回数を𝑛,反射次数𝑖(𝑖 = 1,… ,𝑛)の反射対象壁面を𝑊𝑖とした

とき,反射経路𝑠 → 𝑊1 → ⋯ → 𝑊𝑛 → 𝑡が存在するかどうかを計算する手順は次の通りである.

Step 1 虚音源の作成

音源𝑠の 1 次反射候補壁面𝑊1に関する虚像を𝑝1と置く.虚像を求める具体的な計算は付

録 A.1 で述べる.次に,𝑝𝑖の𝑊𝑖+1に関する虚像を𝑝𝑖+1と置く.これを𝑖 = 1,2,… ,𝑛 − 1ま

で行う(図 3.2).

Step 2 反射経路探索

線分𝑡𝑝𝑛が壁面𝑊𝑛と交点を持つかどうかを計算する.本研究では,これを交差判定と呼

ぶ.交差判定の計算方法は付録 A.2 で述べる.交点が存在する場合,交点を𝑞𝑛と置く.

交点が存在しない場合,反射経路は存在しない.次に,線分𝑞𝑖𝑝𝑖−1と壁面𝑊𝑖−1とで交差

判定を行う.交点が存在する場合,交点を𝑞𝑖−1と置く.交点が存在しない場合,反射経

路は存在しない.これを𝑖 = 𝑛,𝑛 − 1,… ,2まで行う(図 3.3).

Step 3 障害物判定

線分𝑠𝑞1上に𝑊1以外の壁面が存在するかどうかを計算する.本研究では,これを障害物

判定と呼ぶ.障害物判定の計算方法は付録 A.3 で述べる.𝑊1以外の壁面が存在する場

合,反射経路は存在しない.次に,線分𝑞𝑖𝑞𝑖+1上に𝑊𝑖と𝑊𝑖+1以外の壁面が存在するかど

うか障害物判定を行う.𝑊𝑖と𝑊𝑖+1以外の壁面が存在する場合,反射経路は存在しない.

これを𝑖 = 1,2,… ,𝑛 − 1まで行う.最後に,線分𝑞𝑛𝑡上に𝑊𝑛以外の壁面が存在するかどう

か障害物判定を行う.𝑊𝑛以外の壁面が存在する場合,反射経路は存在しない.存在し

ない場合,反射経路が存在する(図 3.4).

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図 3.2 虚像法の Step 1

図 3.3 虚像法の Step 2

図 3.4 虚像法の Step 3

3.3. 虚像法の問題点

虚像法の最大の問題点は,対象地域が広い範囲になると計算時間が増加することである.

計算時間に影響を及ぼすパラメータは,壁面の数と反射回数である.特に反射回数を増や

すと計算時間は指数関数的に増加していく.壁面の数を𝑛,反射回数を𝑘と置くと,反射経

路の有無を𝑛 𝑛 − 1 𝑘−1回計算する必要がある(図 3.5).したがって,𝑛または𝑘の値によっ

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て計算時間が膨大になってしまう可能性がある.特に都市部のような建物が多い空間を計

算対象とすると𝑛の値が大きくなる.例えば,文京区の建物の総壁面数は 249,443 である.

したがって,2,3 回の反射回数でも非常に時間がかかってしまう.

図 3.5 反射経路の有無を計算する回数

3.4. 計算の高速化

本節では,前節で述べた虚像法の問題点を解決する手段を解説する.本研究では,問題

解決方法として 2 つの手法を用いる.一つは反射経路の効率的な計算方法[2]を参考とした

手法であり,もう一つは計算対象領域の限定[1]を参考とした手法である.

3.4.1. 効率的な反射経路の探索

文献[2]を参考とした手法は,以下の 4 つの判定を判定 1 から順に行い,反射経路の有無

を計算する回数を減らす手法である.計算時間が膨大になる原因は,𝑛 𝑛 − 1 𝑘−1の壁面の

組合せの数だけ反射経路の有無を計算しなければならないことである.この手法を用いる

ことで,反射経路の有無を計算する際,早期に反射経路となり得ない壁面を計算から除外

できるので,交差判定や障害物判定にかかる時間を大幅に減らすことができる(図 3.6).

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図 3.6 文献[2]による適用前(左)と適用後(右)のイメージ

[判定1] ベクトルの内積を用いて,反射経路となり得ない壁面を除外する

音源または虚音源を𝑠,反射候補壁面の数を𝑛,反射候補壁面を𝑊𝑖(𝑖 = 1,2,… ,𝑛),𝑊𝑖の中

心を𝑐𝑖,𝑊𝑖の方向ベクトルを𝑣 𝑖とする.𝑊∗の次に反射し得る壁面の集合を求める計算は以

下の手順で行う.

Step 1

𝑊𝑖に対して,ベクトル𝑣 𝑖とベクトル𝑠𝑐𝑖 との内積𝑣 𝑖 ∙ 𝑠𝑐𝑖 の符号を調べる.符号が正の場合,

壁面は𝑠の方向を向いていないので,反射経路となり得ない.負の場合,反射経路とな

り得る.

Step 2

Step1 を𝑖 = 1,2,… ,𝑛まで行い,反射経路となり得る壁面の集合を求める(図 3.7).

図 3.7 判定 1 による壁面減尐のイメージ

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[判定2] 虚音源からの視野角を用いて,反射経路を作り得ない壁面を除外する

虚音源を𝑠,反射する壁面を𝑊∗,反射候補壁面の数を𝑛,反射候補壁面を𝑊𝑖(𝑖 = 1,2,… ,𝑛)と

する.𝑊∗の次に反射し得る壁面の集合を求める計算は以下の手順で行う.

Step 1

𝑊∗に対して,𝑊∗の外接球を求める.求めた球に𝑠から接線を引き,円錐𝑅∗を作る(図 3.8,

図 3.9).もし𝑠が外接球の内側にある場合には判定 2 は行わない.

Step 2

𝑊𝑖に対して,𝑊𝑖の外接球を求める.求めた球に𝑠から接線を引き,円錐𝑅𝑖を作る(図 3.10,

図 3.11).

Step 3

𝑅∗と𝑅𝑖とで,共通部分があるかどうかを調べる.共通部分が存在する場合,反射経路

が存在し得る.存在しない場合,反射経路は存在しない(図 3.12,図 3.13).

Step 4

Step2,Step3 を𝑖 = 1,2,… ,𝑛まで行い,反射経路となり得る壁面の集合を求める.

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図 3.8 判定 2 の Step 1

図 3.9 上から見たときの判定 2 の Step 1

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図 3.10 判定 2 の Step 2

図 3.11 上から見たときの判定 2 の Step 2

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図 3.12 判定 2 の Step 3

図 3.13 上から見たときの判定 2 の Step 3

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[判定3] 虚音源からの視野角を用いて,反射経路を作り得ない壁面を除外する

虚音源を𝑠,反射する壁面を𝑊∗,反射候補壁面の数を𝑛,反射候補壁面を𝑊𝑖(𝑖 = 1,2,… ,𝑛)と

する.𝑊∗の次に反射し得る壁面の集合を求める計算は以下の手順で行う.

Step 1

𝑠を頂点とし,𝑊∗を底面とする角錐を作る.𝑊∗を含む平面を𝐻,角錐の側面を構成す

る平面を𝐻1,𝐻2,𝐻3,𝐻4と置く(図 3.14,図 3.15).

Step 2

𝑊𝑖に対して,𝑊𝑖を構成するすべての頂点が𝐻に関して𝑠と同じ側にあるか調べる.同じ

側にある場合,反射経路となり得ないので除外する(図 3.16,図 3.17).

Step 3

𝐻𝑗 (𝑗 = 1,2,3,4)に関して,𝑊𝑖を構成するすべての頂点が𝑊∗と反対側にあるかどうかを調

べる.尐なくとも 1 つ以上の𝐻𝑗に対して𝑊∗と反対側にある場合,反射経路となり得な

いので除外する(図 3.18,図 3.19).

Step 4

Step2,Step3 を𝑖 = 1,2,… ,𝑛まで行い,反射経路となり得る壁面の集合を求める.

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図 3.14 判定 3 の Step 1

図 3.15 上から見たときの判定 3 の Step 1

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図 3.16 判定 3 の Step 2

図 3.17 上から見たときの判定 3 の Step 2

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図 3.18 判定 3 の Step 3

図 3.19 上から見たときの判定 3 の Step 3

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[判定4] 壁面の共通部分を求め,元の壁面に射影して反射候補として登録する

虚音源を𝑠,反射候補壁面の数を𝑛,反射候補の壁面を𝑊∗,𝑊∗以外の反射候補壁面を

𝑊𝑖(𝑖 = 1,2,… ,𝑛)とする.𝑊∗の次に反射し得る壁面の集合を求める計算は以下の手順で行う.

Step 1

𝑊𝑖に対して,𝑠の方向に向かって𝑊∗を含む平面𝐻に射影する.射影した壁面を𝑊𝑖∗とす

る(図 3.20).

Step 2

𝑊𝑖∗と𝑊∗の共通部分を求める.共通部分を𝑊𝑖

′とする(図 3.21).

Step 3

𝑊𝑖′に対して,𝑊𝑖を含む壁面𝐻𝑖に射影した図形を反射候補として登録する(図 3.22).

Step 4

Step1~Step3 を𝑖 = 1,2,… ,𝑛まで行い,反射経路となり得る壁面の集合を求める.

図 3.20 判定 4 の Step 1

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図 3.21 判定 4 の Step 2

図 3.22 判定 4 の Step 3

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判定 3 と判定 4 は反射候補壁面を減らすには非常に有効であるが,かなり時間がかかる

ので,最後の反射候補壁面を求める際には判定 3,判定 4 は行わない.

判定 1 から判定 4 の計算で反射経路となり得る壁面の組合せを求めてから,虚像法で反

射経路を求める.反射経路を探索する際に障害物判定する必要があるが,障害物となり得

る壁面は判定 1 から判定 4 の計算で求めた壁面の集合に含まれるので,計算領域内のすべ

ての建物壁面に対して障害物判定をする必要はない.

この手法を用いた,𝑛回以下の反射経路を求める計算のアルゴリズムは図 3.23 のように

なる.

記号

𝑛:最大反射回数

𝑙:現在の反射次数 𝑙 = 1,… ,𝑛

𝑆𝑖:𝑤𝑖に関する虚像におかれた虚音源 𝑖 = 0,… , 𝑙 .𝑆0は音源.

𝑤𝑖:第𝑖次の反射経路として計算中の壁面 𝑖 = 1,… , 𝑙 .

𝑊𝑖:𝑤𝑖−1の次に反射候補となる壁面の集合 𝑖 = 2,… , 𝑙 .𝑊1は 1 次反射候補の集合.

P1 判定 1 を行い,残った壁面集合を未探索の壁面集合𝑊1とする.

P2 各受音点に対して𝑊1に含まれる壁面と障害物判定を行い,障害物がない経路を直接音

が届く経路として登録する.𝑖 = 1とする.

P3 𝑖 = 𝑖 − 1 とする.

P4 𝑊𝑖から未探索の壁面を 1 つ選んで探索済みとし,𝑤𝑖と置く.

P5 𝑆𝑖−1の𝑤𝑖に関する虚像𝑆𝑖を作る.

P6 𝑆𝑖,𝑤𝑖に対して判定 1 を行い,残った壁面集合を未探索の壁面集合𝑊𝑖+1とする.

P7 𝑆𝑖,𝑤𝑖に対して判定 2 を行い,残った壁面集合を未探索の壁面集合𝑊𝑖+1とする.

P8 𝑆𝑖,𝑤𝑖に対して判定 3 を行い,残った壁面集合を未探索の壁面集合𝑊𝑖+1とする.

P9 𝑆𝑖,𝑤𝑖に対して判定 4 を行い,残った壁面集合を未探索の壁面集合𝑊𝑖+1とする.

P10 各受音点に対して,𝑤0,𝑤1,… ,𝑤𝑖を反射する経路が存在するか計算する.

P11 P10 で求めた各反射経路に対して,受音点と𝑤𝑖との間の経路上で,𝑊𝑖+1に含まれる壁

面と障害物判定を行う.続けて,𝑤𝑖と𝑤𝑖−1との間の経路上で,𝑊𝑖に含まれる壁面と障

害物判定を行う.これを音源まで行い反射経路を求める.

P12 経路上に障害物がない各反射経路を登録する.

P13 𝑖 = 𝑖 + 1 とする.

D1 𝑖 が 1 以上である.

D2 𝑊𝑖に含まれる壁面が全て探索済みである.

D3 𝑖 が 𝑛 未満である.

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D4 反射経路が存在する.

D5 障害物が存在しない経路が存在する.

D6 𝑖 が 𝑛 未満である.

図 3.23 𝒏回反射以下の経路を求めるアルゴリズム

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3.4.2. 計算対象領域の限定

文献[1]は広大な計算対象領域を限定することで,壁面の数を減らす手法である.どのよ

うに範囲を限定するのかについては,文献[1]から,音源と受音点を焦点とする楕円を範囲

とする.楕円の大きさは,文献[11]を参考にして決定する.[11]より音源から音が聞き取れ

る直線距離は 300m である.本研究では,壁面をコンクリートと仮定しているため,音は

ほぼ 100%反射する.すなわち,音の壁面反射よる音のエネルギーのロスはないものする.

したがって,計算対象領域は音源と受音点からの距離の和が 300m の楕円の内部とする(図

3.24).

図 3.24 計算対象領域の限定

3.5. 問題解決手法の効果の測定

前節で述べた 2 つの手法がどの程度計算時間を短縮できるのかを確かめる.音源と受音

点の数はそれぞれ 1 つとする.3.4.2 の手法を適用しない場合の壁面数は文京区全域の建物

壁面の数と等しく,その数は 249,443 である.手法を適用したときの楕円領域内の壁面数

は 1,866 であり,図 3.25 の黄色い建物壁面が計算対象である.計算機は Intel core i5-2540

CPU 2.60GHz,DRAM 8GB を用いる.

計算は 3.4.1 項の手法を用いた場合(手法 1),3.4.2 項の手法を用いた場合(手法 2),手

法 1 と手法 2 両方を用いた場合(手法 1+2)の三つのケースで行う.(手法 1)は 1 回反射

のみ,(手法 2)は 3 回反射まで,(手法 1+2)は 4 回反射まで計測する.計測結果を図 3.26

に示す.グラフを見ると,反射回数が増えていくと計算時間の差が大きくなることがわか

る.したがって,2 つの手法を組み合わせることで計算時間の減尐に大きな効果があること

がわかる.壁面数と反射階数を変化させたときの計算時間を図 3.27 に示す.壁面数が多い

ほど,傾きが急であることがわかる.壁面数を 7,069 にしたときの,3.4.1 項の手法を用い

た場合(手法 1)と用いていない場合(手法なし)の計算時間の推移を図 3.28 に示す.手

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法なしのケースは 2 回反射以降の計算時間が膨大になるため,1 回反射までしか実験をして

いないが,指数関数的に計算時間が増加していくことを考えれば,下に凸の曲線になって

いくと予測される.一方,手法 1 のケースでは,判定によって候補が絞られていくため,

反射していくごとに反射経路を作る壁面候補の組み合わせの増加量が減尐する.すなわち

壁面の数を𝑛,反射回数を𝑘とすると,手法なしのケースでは𝑛 𝑛 − 1 𝑘−1の組み合わせの数

であるが,手法 1 では反射するごと𝑛の値が減るので,手法なしのケースに比べて組み合わ

せの数を大幅に減らせることができる.計算時間は壁面候補の組み合わせの数に依存する

ので,手法 1 のケースでは手法なしのケースと同様に下に凸な曲線になるが,手法なしの

ケースほど急な曲線にはならないと考えられる.

図 3.25 計算対象領域の壁面

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図 3.26 反射経路を求める計算時間(壁面数:1,866)

図 3.27 壁面数と計算時間を変化させたときの計算時間

1

10

100

1,000

10,000

100,000

1,000,000

10,000,000

100,000,000

1回反射 2回反射 3回反射 4回反射

計算

時間

(ミ

リ秒

反射回数

手法1

手法2

手法1+2

1

10

100

1,000

10,000

100,000

1,000,000

1回反射 2回反射 3回反射 4回反射

計算

時間

(ミ

リ秒)

反射回数

273

823

1866

壁面数

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図 3.28 計算時間の比較(壁面数:7,069)

1

10

100

1,000

10,000

100,000

1,000,000

10,000,000

0回反射 1回反射 2回反射 3回反射 4回反射

計算

時間

(ms)

反射回数

手法なし

手法1

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第4章

防災無線の最適配置

本章では,東京都文京区における防災無線の最適な配置場所を求める.4.1 節では,防災

無線スピーカの音線到達範囲を計算するシミュレーションの設定を述べる.4.2 節では,文

京区における防災無線の現在での位置に対してシミュレーションを行う.4.3 節では,音源

を設置する候補の選び方を述べる.4.4 節では,最小の数で文京区全域に音を届ける音源の

配置を求める.4.5 節では,音源の数を制限して,最も多くの地域に音を届ける音源の配置

を求める.4.6 節では,音の重なりが最小となる音源の配置を求める.

4.1. シミュレーションの設定

可聴範囲を計算するシミュレーションを行うには,音源の座標と受音点の座標が必要で

ある.本節では音源の取り方,受音点の取り方を述べる.

本研究では,音源の設置場所を建物の屋上もしくは地上とする.しかし音源を建物の屋

上の中心に設置する場合,音の直進性しか考慮しないため,設置する建物の天井が障害物

となって周囲の受音点に音が届かなくなってしまう.そのため,天井を表すポリゴンの各

頂点に音源を置くことで建物の周囲に音が届くようにする(図 4.1).ただし,この設置方

法は計算方法の都合であって,実際に音源を設置する際は,1 カ所になると考えられる.こ

の際には回折現象によって音は回りこんで届くと期待する.また本研究では,無指向性の

音源を想定している.

図 4.1 建物屋上の音源の置き方

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受音点は文京区全域を 10m 四方のメッシュに分割し(図 4.2),メッシュの各領域の中心

に受音点を置く.各領域の受音点に対して音が届くかどうかを,第 3 章の手法を用いて計

算する.受音点に音が届いていれば,その受音点を含む領域で音が聞こえると仮定する.

設置した受音点の内,建物ポリゴン内に含まれる受音点は音が届かないので考慮しない.

文京区内のメッシュの領域は 116,088 存在し,そのうち受音点が建物ポリゴンに含まれな

い領域は 71,275 存在する.本研究では,ポリゴンに含まれない領域である 71,275 を全域

とする.しかし,受音点が建物ポリゴンの内部にあるメッシュ領域でも,音を届ける対象

であり,本来であれば受音点が建物の内部にある領域でも,音が届くかどうかを判定すべ

きである.例えば,受音点を建物の縁に新たに置く,屋上に受音点を置くといった対応が

考えられるが,本研究ではその段階まで行うことができなかった.

図 4.2 メッシュで分割した領域(一部)

4.2. 文京区における防災無線の現状

東京都文京区における防災無線の可聴範囲の現状を第 3 章で述べた手法を用いてシミュ

レートする.シミュレーションに必要な現在の防災無線の位置情報は,文京区が公表して

いる防災計画地図[5]から得る(図 4.3).文京区が公表している防災計画[6]からもスピーカ

が設置されている住所を得られるが,住所のみの位置情報では正確な 3 次元座標まではわ

からないので図 4.3 の地図を見ながら直接仮想空間上に座標をプロットする.シミュレー

ションは反射回数が 1 回のケースと 2 回のケースで行う.

図 4.4,図 4.5 に 1 回反射のシミュレーション結果を,図 4.6,図 4.7 に 2 回反射のシ

ミュレーション結果を表示させた図を示す.図 4.4,図 4.6 は建物を白色,音線を赤色で

表現している.図 4.5,図 4.7 は建物を青色,音が受音点に到達している領域を赤色で表

現している.1回反射までのケースでは,音が届く領域は21,238ヵ所存在し,全体の約29.8%

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である.2 回反射までのケースでは,音が届く領域は 26,426 ヵ所存在し,全体の約 37.1%

となり 1 回反射までのケースよりカバー率が約 7.3 ポイント上昇した.

図 4.3 現在の防災無線の位置(86 ヵ所)

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図 4.4 現在の防災無線の位置から出る 1 回反射までの音線の様子

図 4.5 現在の配置に対する 1 回反射で音が届く地域(赤色)と届かない地域(黄色)

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図 4.6 現在の防災無線の位置から出る 2 回反射までの音線の様子

図 4.7 現在の配置に対する 2 回反射で音が届く地域(赤色)と届かない地域(黄色)

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4.3. 音源の設置候補の選択

本研究では,音源を設置する候補地を建物の屋上とする.ただし,2 階建て以下の建物は

民家と想定し候補から外す.MAPPLE2500 には 3 階以下の建物のデータがなく,3 階以下

の建物は平均して 2 階としているため実際は 3 階以下の建物を外している.その結果,残

った候補は 5,321 ヵ所(図 4.8 のピンクの建物)であるが,5,321 ヵ所すべてを設置候補と

すると,後述する最適化問題を解く際に問題のサイズが大きくなってしまう.そのため,

使用する計算機(Intel Xeon CPU X5690 3.47GHz,RAM:24GB)ではメモリ容量が原因

となって,整数計画ソルバー(NUOPT version 13.1.5)が動作を停止してしまい解が得ら

れない.したがって更に候補を絞り,問題のサイズを実行環境で解ける水準にする必要が

ある.ただし,なるべく候補が偏らない方法を考える.

候補を絞る方法について述べる.音源は標高が高い位置に設置した方が音を壁面に遮ら

れにくくなるため,候補地は高い建物が望ましい.しかし,単純に標高の高い建物から順

番に選んで候補地とすると,オフィス街などの一部の地域に候補地が偏ってしまう.その

ため,なるべく候補地が偏らない方法として次のようにして,候補地を選出する.

まず,文京区全域を一辺が 100m のメッシュに分割する(図 4.9).そして,各メッシュ

の領域内で最も標高の高い建物を候補として選択する(図 4.10).選ばれた候補の数は 964

である.図 4.10 を見ると,全体的に設置候補が選ばれているが一部の地域で偏りが見られ

る.これは,2 階建て以下の民家が多く標高が高い建物が存在しないことが理由である.選

ばれた 964 ヵ所の候補に対して第 3 章で述べた手法を用いて音の可聴範囲を 1 回反射まで

で計算する.反射回数を 1 回にとどめる理由は,計算プログラムが不完全であり,十分に

高速化されていないからである.現在設置されている 86ヵ所の配置に対して計算したとき,

1 回反射の場合でも約 2 時間かかってしまい,2 回反射の場合は 5 日以上たっても計算が終

わらなかった.本来であれば,1 回反射と 2 回反射の結果を比較するなどの分析をしなけれ

ばならないが,本研究ではその段階まで至らなかった.詳しい調査まで行うことはできな

かったが,前処理や反射経路を求める段階で細かい無駄な処理が多く含まれていると思わ

れるため今後改善が必要である.

計算の結果,一部の受音点において壁面に囲まれていたり(図 4.11),音源が近くになか

ったりして音が届かない点が 5,373 点存在した(図 4.12 の黄色い領域).音が届かない受

音点に対しては,受音点を囲んでいる建物の標高と同じ高さまで受音点を持っていき,新

しく受音点を設定し(図 4.13),その受音点に音が届けばもとの受音点が存在する領域に音

が聞こえると仮定する.このように仮定することで,964 カ所の音源設置候補から,すべて

の受音点をカバーすることが可能になる.ただし,受音点を周りの建物と同じ高さに持っ

てきたとしても,さらにその周りに高い建物が存在すれば音が届かないので,必ず音が届

く保証はないことに注意する.

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図 4.8 4 階以上の建物

図 4.9 文京区を 100m のメッシュで分割した図

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図 4.10 964 ヵ所の音源設置候補の建物

図 4.11 壁面に囲まれている受音点

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図 4.12 964 ヵ所の候補から音が届かない 5,373 の受音点

図 4.13 壁面に囲まれていて候補地から音が届かない受音点への対処

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4.4. 全域カバーモデル

算出したデータをもとに,964 カ所の候補地から文京区全域のカバーに必要な設置場所と

設置数を求める問題を集合被覆問題として定式化する.4.4.1 項で定式化を行い,4.4.2 項で

解いた結果を述べる.4.4.3 項で結果の考察を述べる.

4.4.1. 定式化

入力・パラメータ

𝑆:音源の設置候補場所の添字集合

𝑅:受音点の添字集合

𝑎𝑖𝑗:音源 𝑖 ∈ 𝑆 から受音点 𝑗 ∈ 𝑅 に音が届いていれば 1,届いていなければ 0

決定変数

𝑥𝑖:音源を𝑖 ∈ 𝑆に配置する場合 1,しない場合 0

[全域カバーモデルの定式化]

min. 𝑥𝑖

𝑖∈𝑅

(4.1)

s.t. 1 ≤ 𝑎𝑖𝑗 𝑥𝑖

𝑖∈𝑆

for all 𝑗 ∈ 𝑅 (4.2)

𝑥𝑖 ∈ {0,1} 𝑖 ∈ 𝑆 (4.3)

(4.1)は目的関数であり,設置する音源の数を最小化することを目的としている.(4.2)と

(4.3)は制約式である.(4.2)は,すべての受音点に必ず 1 つ以上の音源から音が届くという

制約であり,(4.3)は,決定変数は 0 もしくは 1 のどちらかの値しかとらないという制約で

ある.

4.4.2. 結果

全域のカバーに必要な音源数は 834 となった.得られた配置を図 4.14 の赤い点に示す.

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図 4.14 最適化問題を解いて得られた 834 カ所の音源設置場所

4.4.3. 考察

結果として,現在の設置数である 86 と比べて非常に多くなった.多くなった原因は,音

を届けることができる音源設置候補が尐ない受音点が多いことが挙げられる.表 4.1 に図

4.10の964の候補地から,音を届けることができる候補の数に対する受音点の分布を示す.

表を見ると 1 カ所からしか音が届かない受音点が 5,376 存在する(図 4.15).この 5,376

の受音点のカバーに必要な音源数が 816 存在する.すべての受音点に音を届ける音源配置

モデルの(4.2)式において,各受音点に必ず 1 つ以上音が届く制約を課しているため,816

の音源は必ず選ばれる.したがって,非常に必要な音源が多くなってしまっている.また,

1 カ所からしか音が届かない受音点は住宅街に多いことがわかる.図 4.16 を見ると黄色い

地域には音を届ける設置候補が 1 カ所しかないため,ほぼ隣接している建物に音源が設置

されている.

834 の音源を置くことは現実的ではないため,音源の数を現在の設置数である 86 に近い

値に制限して,なるべく多くの受音点をカバーすることを考える.

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表 4.1 音を届けることができる音源設置候補の数

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図 4.15 1 カ所からしか音が届かない 5,376 の受音点

図 4.16 住宅街における 1 カ所からしか音が届かない点の例

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4.5. 最大カバーモデル

現在の設置数である 86 の音源で,できるだけ多くの受音点をカバーする問題を最大被覆

問題として定式し,数理計画ソルバー(NUOPT version 13.1.5)で解く.4.5.1 項で定式化

を行い,4.5.2 項で最適化問題を解いて得られた結果を示す.4.5.3 項で現実的な配置に関す

る考察を述べる.

4.5.1. 定式化

入力・パラメータ

𝑆:音源の添字集合

𝑅:受音点の添字集合

𝑎𝑖𝑗:音源 𝑖 ∈ 𝑆 から受音点 𝑗 ∈ 𝑅 に音が届いていれば 1,届いていなければ 0

決定変数

𝑥𝑖:音源を𝑖 ∈ 𝑆に配置する場合 1,設置しない場合 0

𝑦𝑗:𝑗 ∈ 𝑅に音が届いている場合 1,届いていない場合 0

[最大カバーモデルの定式化]

max. 𝑦𝑗𝑗∈𝑅

(4.4)

s.t. 𝑥𝑖

𝑖∈𝑆

= 86 (4.5)

𝑦𝑗 ≤ 𝑎𝑖𝑗 𝑥𝑖

𝑖∈𝑆

for all 𝑗 ∈ 𝑅 (4.6)

𝑥𝑖 ,𝑦𝑖 ∈ {0,1} (4.7)

目的関数は(4.4)であり,音が届く受音点を最大にすることを目的としている.(4.5),(4.6),

(4.7)は制約式である.(4.5)は設置する音源の数を決める制約である.本研究では現在設置

されている音源数と同数に設定する.(4.6)は,𝑦𝑗の値は受音点𝑗 ∈ 𝑅に届いている音の総和

以下であるという制約である.𝑖 ∈ 𝑆に音源を置くとき,受音点𝑗 ∈ 𝑅に対して,音が届いて

いれば𝑦𝑗が 1 となる.したがって,𝑥𝑖が決まると𝑦𝑗は一意に決まる.(4.7)は,決定変数は 0

もしくは 1 のどちらかの値しかとらないという制約である.

4.5.2. 結果

最大カバーモデルを定式化した最適化問題を解いて得られた配置を図 4.17 に示す.音源

の位置を赤色の点で表し,建物を青色で示している.カバー率は 75.2%となった.カバー

している地域を図 4.18 に示す.赤色で表示されて地域が,音が届く地域であり,音が届か

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ない地域を黄色で示している.図 4.18 を見ると音が聞こえない地域は主に住宅街であるこ

とがわかる.

図 4.17 最適化問題を解いて得られた 86 ヵ所の配置

図 4.18 最適化問題を解いて得られた配置における音が届く地域(赤色)

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4.5.3. 現実的な配置に関する考察

本研究では,音は反射のみで回折なし,反射回数は 1 回といった仮定を置いている.そ

のため,図 4.10 の 964 カ所の候補から音源の位置が偏って選ばれてしまう可能性がある.

現実的な配置を考えるならば,音源は偏りがない方が望ましい.したがって本研究では,

カバー率だけでなく,設置場所の偏りの観点からも最適な配置を求める.

偏りがない配置を求める方法として,メッシュのサイズを大きくすることを考える.メ

ッシュのサイズを大きくすれば,受音点の数が減るので偏りのない設置場所が求められる.

本研究では 10m メッシュの他に,メッシュの一辺の長さを 50m,100m,200m にして実

験を行う.それぞれの受音点の数を表 4.2 に示し,メッシュの大きさを表した図を図 4.19

に示す.

表 4.2 メッシュサイズごとの受音点の数

図 4.19 メッシュのサイズの比較

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注意する点として,一辺の大きさが 10m メッシュの場合と他の大きさのメッシュの場合

とでは建物ポリゴンの内部に含まれている受音点の扱いを変える.10m メッシュの場合,

建物ポリゴンの内部に含まれている受音点は除いている.しかし,メッシュのサイズを大

きくする場合,同じようにポリゴン内部にある受音点を除くと,受音点に偏りが出てしま

い,結果的に音源が偏って選ばれてしまう可能性がある.したがって,建物ポリゴンの内

部に受音点が置かれてしまう場合,該当建物の屋上に受音点を設置する.各ケースで求め

たカバー率と配置を比較して最適な配置を決定する.

各ケースについて,4.5.1項の最適化問題を解く.10mメッシュにおけるカバー率を表 4.3

に,それぞれの配置を図 4.20,図 4.21,図 4.22 に示す.表 4.3 を見ると,メッシュのサ

イズを大きくしていくと,10m メッシュにおけるカバー率が減尐していくことがわかる.

また,最もカバー率が良い 10m メッシュサイズの最適配置の図である図 4.17 と,偏りの

ない配置の参考として求めた図 4.20,図 4.21,図 4.22 とを比べても,偏りの差は視覚的

には見られない.したがって,10m メッシュのままで,4.5.1 項の最適化問題を解いて得ら

れた配置が,カバー率と偏りの観点から最もよい配置であることがわかる.

表 4.3 メッシュサイズごとのカバー率

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図 4.20 メッシュの一辺を 50m としたときの 86 ヵ所の最適配置

図 4.21 メッシュの一辺を 100m としたときの 86 ヵ所の最適配置

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図 4.22 メッシュの一辺を 200m としたときの 86 ヵ所の最適配置

4.6. 音の重なり最小化モデル

複数の音源から音が届く場合,一方の音源からの音が遅れて届いて,内容が聞き取りづ

らくなる可能性がある.したがって,なるべく音が重ならない配置が望ましい.本節では,

音の重なりの観点から配置を評価する.4.6.1 項で音の重なりが最小となる音源配置モデル

の定式化を行い,4.6.2 項でその結果を述べる.4.6.3 項で,音の重なり最小化モデルを解い

て得られた配置と最大カバーモデルを解いて得られた配置との比較を行い,より良い配置

を決定する.

4.6.1. 定式化

入力・パラメータ

𝑆:音源の設置候補場所の添字集合

𝑅:受音点の添字集合

𝑎𝑖𝑗:音源 𝑖 ∈ 𝑆 から受音点 𝑗 ∈ 𝑅 に音が届いていれば 1,届いていなければ 0

決定変数

𝑥𝑖:音源を𝑖 ∈ 𝑆に配置する場合 1,しない場合 0

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[音の重なり最小モデルの定式化]

min. 𝑎𝑖𝑗 𝑥𝑖

𝑖∈𝑅𝑗∈𝑆

(4.8)

s.t. 1 ≤ 𝑎𝑖𝑗 𝑥𝑖

𝑖∈𝑆

for all 𝑗 ∈ 𝑅 (4.9)

𝑥𝑖 ∈ {0,1} 𝑖 ∈ 𝑆 (4.10)

目的関数は(4.8)であり,各受音点に対して,音の重なりをカウントして,全体の音の重

なりを最小にすることを目的としている.制約式は(4.9),(4.10)である.(4.9)は,すべての

受音点に必ず 1 つ以上の音源から音が届くという制約であり,(4.10)は,決定変数は 0 もし

くは 1 のどちらかの値しかとらないという制約である.

4.6.2. 結果

メッシュサイズごとに音の重なりを最小とする音源数を表 4.4 に示す.すべての受音

点をカバーする音源配置モデルと比較すると,メッシュのサイズが 10m のままの場合では,

音源の数は変わらなかったが,メッシュのサイズを大きくしていくと音源の数が増えてい

くことがわかった.

表 4.4 メッシュサイズごとの音の重なりを最小化する音源数

4.6.3. 最大カバーモデルとの比較

まず,最大カバーモデルのときと同様に,偏りの観点から音源の偏りと音の重なりの関

係を調べる.最大カバーモデルにおいて,メッシュのサイズを変更したとき,音が重なっ

て届いている受音点がいくつ存在するのかを調べる.偏りが小さい配置の方が音の重なり

が小さいと期待される.その結果を表 4.5 に示す.最大カバーモデルで最も多くの地域を

カバーし,偏りも見られなかった 10m メッシュのサイズのケースが,音の重なりがない地

域の数でも最も多いことがわかる.

次に音の重なり最小化モデルと最大カバーモデルで得られた結果を比較する.ただし,

音の重なり最小化モデルは最大カバーモデルとは異なり,音源の数を指定することができ

ない.したがって,得られた音源設置数が 86 と近い数値である,メッシュの一辺のサイズ

が 200m の 117 の配置を比較対象とする.200m メッシュで 4.6.1 項の最適化問題を解いて

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得られた 117 の音源配置に対して,10m メッシュにおける音の重なりを調べる.117 ヵ所

の配置は図 4.23 のようになっている.また,カバー率は 67.1%となった. 表 4.6 に音の

重なりを示す.表 4.5 の中で最も音の重なりが尐なかったメッシュサイズが 10m の場合と

比べると,カバー率,音の重なりは最大カバーモデルを解いて得られた配置の方が良いと

いう結果になった.図 4.24 にそのときの音の重なりを表した図を示す.濃い青色になって

いくほど,その地域では音が重なっていることを表している.

表 4.5 メッシュサイズごとの音が重なっている受音点の数

図 4.23 117 ヵ所の音源

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表 4.6 200m メッシュにおける 117 の音源がカバーする受音点での音の重なり

図 4.24 最大カバーモデル(10m メッシュ)で求めた配置における音の重なり

以上をまとめると,最大カバーモデルにおいて,メッシュの一辺のサイズを 10m にして

求めた配置が,カバー率,音源の偏り,音の重なりの指標において最も優れているとわか

った.

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第5章

結論

5.1. まとめ

本研究では,災害が起きた際,より多くの地域に災害の情報を伝えるために防災無線の

最適な配置を求めた.配置に関しては,可聴範囲の他に,音源の偏り,音の重なりといっ

た異なる観点からも評価を行った.

地図データである MAPPLE2500 から文京区内の建物の形状と位置情報を抽出し,計算

機上で仮想的な都市を構築した.そして,幾何音響学の分野の手法である虚像法を用いて,

音源設置候補における音の可聴範囲を計算した.さらに,算出した可聴範囲をもとに,可

聴範囲,音源の偏り,音の重なりの指標において,全域カバーモデル,最大カバーモデル,

音の重なり最小化モデルの 3 つのモデルを考えそれぞれ整数計画問題を解くことで配置を

求めた.そして 3 つのモデルを比較し,最大カバーモデルが最も優れていることを示した.

その結果,約 30%しか聞こえていなかった現状を,同じ音源の数で約 75%まで可聴範囲を

広げることができた.また,音の重なりについては,約 46%の地域で複数の音源から音が

届かないようにすることができた.配置場所の偏りに関しては,本研究では偏りの定量的

な評価を行うことはできず,視覚的に判断するにとどまっている.

第 2 章では,計算機上で仮想的に都市部を構築するために,地図データから文京区内の

建物を抽出し 3 次元で表現した.地図データには MAPPLE2500 を使用した.そして,

MAPPLE2500 に格納されているデータの形式を説明し,シミュレーションに必要なデータ

を述べた.また,2 次元の地図データを 3 次元で表現するための計算方法を示した.

第 3 章では,幾何音響学の分野における手法である虚像法を用いて,建物壁面などの障

害物を考慮した防災無線の可聴範囲を計算した.まず,虚像法の特徴と計算手順を述べた.

次に,虚像法の問題点として,反射階数や建物壁面を増やすと計算時間が膨大になること

を挙げ,その解決策として文献を参考にした 2 つの手法の解説をした.そして,計算時間

短縮の手法を計算の手順に組み込んでからシミュレーションを行い,実際に効果があるこ

とを確かめた.

第 4 章では,地域のカバー率,音源の偏り,音の重なりの 3 つの観点から,それぞれの

評価が高くなる配置を求める問題を整数計画問題として定式化を行い,得られた配置を比

較してより良い配置を決定した.まず,建物の音源の置き方や音源を置く候補の選び方に

ついて述べた.そして,文京区全域に音を届かせるために必要な最小の音源数を求める問

題を集合被覆問題として定式化を行い,設置数とその配置場所を求めた.次に,音源の数

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を制限して,できるだけ多くの地域に音を届ける音源の配置を求める問題を最大被覆問題

として定式化した.さらに,音の重なりが最小となる音源数を求める問題を整数計画問題

として定式化した.最後に,可聴範囲,音源の偏り,音の重なりの 3 つの指標における最

適な配置を比較して,より良い配置を決定した.ただし,本研究では 1 回反射のみで可聴

範囲を求めたので弱い結果になってしまっている.

5.2. 今後の課題

今後の課題として,まず音源の偏りを定量的に評価することが挙げられる.本研究は偏

りを視覚的に評価して,配置に問題があるかどうかを確かめた.しかし,この偏りを数値

で定量的に表すことができれば,定式化に組み込むことが可能になるので最も偏りが小さ

い配置も求められる可能性がある.また,本研究では音源を設置する候補地を,文京区全

域をメッシュで分割し,メッシュごとで候補地を選んだが,図 4.10 を見ると設置候補地が

既に偏ってしまっている.したがって,偏りを指標化できれば,候補を選ぶ段階である程

度音源の配置を分散させることが可能になる.

次に音圧(単位:デシベル)の要素を取り入れることが挙げられる.本研究では,各地

域に対して音が届くか届かないかの 2 種類で考えてきた.しかし,音圧の要素を音源配置

モデルに加えることで,全地域における音量の均一化の視点から配置を評価できると考え

られる.

また,本研究では標高を用いなかったので,国土交通省国土地理院の数値地図から標高

のデータを抽出する.そして,より正確な建物の位置を把握し,地面の反射も考慮して音

の伝播のシミュレーションを行うことが挙げられる.他にも,受音点が建物の内部にある

領域も音を届ける対象とすることや,反射回数を増やしたシミュレーションを行うために

高速化のプログラムを改善することが今後の課題である.

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謝辞

本研究を進めるにあたり,中央大学理工学部 田口 東教授に多大なるご指導,ご助言を

頂きました.幾何音響学という興味深い研究分野に触れることができたことも,さらに本

論文にその成果をまとめることができたことも田口 東教授の熱心で適切なご指導のたま

ものです.ここに,心から深く感謝致します.

理工学部情報工学科 鳥海 重喜助教,高松 瑞代助教には研究を進める上で丁寧かつ熱心

なご指導を賜り,大変お世話になりました.心から感謝致します.

また,研究生活や就職活動で互いに支えあった長野 光氏,松本 徹朗氏には大変お世話

になりました.深く感謝致します.

最後に,西澤 拓海氏,叶 奕凌氏をはじめとする,研究生活を通じて多くの知識や示唆

を頂いた田口研究室の皆様に感謝の意を表します.

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参考文献

[1] 河井 伸一,佐納 由起子,川村 雅彦,唐沢 好男,“レイトレーシング法における計算対

象建物の効果的な判定方法に関する研究”,信学技報,A・P2006-78,11-16,2006.

[2] 田口 東,吉澤 哲也,佐藤 克昌,芹川 光彦,“幾何音響学的シミュレーションにおける

音線反射径路の効率的な計算法”,日本音響学会誌 41(8),542-545,1985.

[3] 警察庁,“平成 23 年(2011 年)東北地方太平洋沖地震の被害状況と警察措置”,(オンラ

イン),入手先<http://www.npa.go.jp/archive/keibi/biki/index.htm>,(参照 2013 年

2 月 6 日).

[4] 東京都,“防災情報で知りたいこと”,(オンライン),入手先<http://www.metro.tokyo.j

p/INET/CHOUSA/2011/11/60lbh114.htm>,(参照 2013 年 2 月 6 日).

[5] 東京都文京区,“文京区防災地図”,(オンライン),入手先<http://www.city.bunkyo.l

g.jp/var/rev0/0042/4554/map.omote.pdf>,(参照 2013 年 2 月 6 日).

[6] 東京都文京区,“文京区地域防災計画<資料編>”,(オンライン),入手先<http://ww

w.city.bunkyo.lg.jp/var/rev0/0023/5921/siryouhen.pdf>,(参照 2013 年 2 月 6 日).

[7] 東京都文京区,“文京区の地形図”,(オンライン),入手先<http://www.city.bunkyo.l

g.jp/var/rev0/0046/0200/siyou1_siryouhen.pdf>,(参照 2013 年 2 月 12 日).

[8] 内閣府,“情報伝達の現状と課題”,(オンライン),入手先<http://www.bousai.go.jp/jish

in/chubou/taisaku_tsunami/3/4-2.pdf>,(参照 2013 年 2 月 6 日).

[9] 内閣府,“東日本大震災時の地震・津波避難に関する特定集落へのヒアリング調査結果

(速報)”,(オンライン),入手先<http://www.bousai.go.jp/jishin/chubou/taisaku_tsu

nami/pdf/20120928_hearing.pdf>,(参照 2013 年 2 月 6 日).

[10] 内閣府,“東日本大震災における防災行政無線”,(オンライン),入手先<http://www.bo

usai.go.jp/3oukyutaisaku/higashinihon_kentoukai/4/syoubou1.pdf>,(参照 2013 年

2 月 6 日).

[11] 福井県小浜市,“小浜市防災行政無線整備事業”,入手先<www1.city.obama.fukui.jp/file

/page/1522/doc/4.pdf>,(参照 2013 年 2 月 6 日).

[12] 株式会社昭文社,“MAPPLE2500使用説明書”,2005.

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付録 A

虚像法の計算

A.1. 虚像を求める計算

元の物体の座標を𝑆(𝑥0,𝑦0, 𝑧0),壁面𝑊の中心𝐶の座標を𝐶 𝑎,𝑏, 𝑐 ,壁面𝑊の方向ベクトル𝑣

の成分表示 𝑓,𝑔, ℎ と置く.壁面𝑊を含む平面の方程式は

𝑓𝑥 + 𝑔𝑦 + 𝑕𝑧 + 𝑑 = 0 (1)

と表せる.このときパラメータ𝑑は,

𝑑 = 𝑓𝑎 + 𝑔𝑏 + 𝑕𝑐 (2)

で与えられる. 𝑆を壁面𝑊 を含む平面に,垂直方向に射影したときの座標は

(𝑥0 + 𝑡𝑓, 𝑦0 + 𝑡𝑔, 𝑧0 + 𝑡𝑕)である.この座標を式(1)に代入するとパラメータ𝑡は,

𝑡 = −

𝑓𝑥0 + 𝑔𝑦0 + 𝑕𝑧0 + 𝑑

𝑓2 + 𝑔2 + 𝑕2 (3)

で求められる.したがって,𝑆の虚像𝐼は,

𝐼 = 𝑆 + 2𝑡𝑣 (4)

で求められる.

A.2. 交差判定

3次元空間上の 2点𝑝1,𝑝2を結ぶ線分𝑝1𝑝2が壁面𝑊と交点を持つかどうか判定する.まず,

壁面𝑊を含む平面が線分𝑝1𝑝2と交差しているかどうかを,ベクトルの内積を用いて判定する.

壁面𝑊の中心を𝑐,壁面の方向ベクトルを𝑣 とすると判別式は次の通りである.

𝑝1𝑐 ∙ 𝑣 × 𝑝2𝑐 ∙ 𝑣 (5)

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この判別式の符号を調べる.符号が正の場合,壁面𝑊を含む平面と線分𝑝1𝑝2は交差しないの

で壁面𝑊との交点も存在しない.

次に,壁面𝑊を含む平面と線分𝑝1𝑝2との交点𝑞を求める.交点𝑞は,

𝑞 = 𝑝1 + 𝑡𝑝1𝑝2 (6)

で求められる.このとき,パラメータ𝑡は虚像を求める計算と同様にして計算する.すなわ

ち,𝑝1の座標を(𝑥0,𝑦0, 𝑧0),𝑣 と𝑝1𝑝2 の成分表示をそれぞれ 𝑓,𝑔, ℎ , 𝑠, 𝑡, 𝑢 と置くと𝑡は,

𝑡 = −

𝑓𝑥0 + 𝑔𝑦0 + 𝑕𝑧0 + 𝑑

𝑓𝑠 + 𝑔𝑡 + ℎ𝑢 (7)

で求められる.パラメータ𝑑は数式(2)と同様にして求める.

次に,交点𝑞と壁面𝑊を構成する𝑛個のポリゴンの頂点𝑤𝑖(𝑖 = 1,2,… ,𝑛)を𝑥𝑦座標平面,𝑦z座

標平面,𝑧𝑥座標平面のいずれかに射影する.このとき,壁面𝑊を含む平面と垂直にならな

い座標平面を選ぶ.交点𝑞を射影した点を𝑞∗,𝑤𝑖を射影した点を𝑤𝑖∗と置く.また,𝑞∗から十

分に離れた同一座標平面上の点をとり,点𝑜とする.

最後に,線分𝑜𝑞∗と線分𝑤𝑖∗𝑤𝑖+1

∗で交差判定を行う.これを𝑖 = 1,2,… ,𝑛まで行い,交差し

た回数をカウントする.ただし,𝑤𝑛+1∗ = 𝑤1

∗とする.2 次元上での線分の交差判定につい

ては参考文献を参照する.交差した回数が偶数の場合,線分𝑝1𝑝2と壁面𝑊との交点は存在し

ない.奇数の場合,交点は存在し,その点は𝑞である.

A.3. 障害物判定

3 次元空間上の 2 点𝑝1,𝑝2を結ぶ線分𝑝1𝑝2上に障害物が存在するかどうか判定する.障害

物となり得る𝑛個の壁面を𝑊𝑖(𝑖 = 1,2,… ,𝑛)と置く.線分𝑝1𝑝2と壁面𝑊𝑖とで,交差判定を行う.

交差判定の計算は,A.2 の方法と同様である.交差していれば,壁面𝑊𝑖は障害物となる.こ

れを𝑖 = 1,2,… ,𝑛まで行う.全ての壁面𝑊𝑖(𝑖 = 1,2,… ,𝑛)に対して,線分𝑝1𝑝2と交差していな

い場合,線分𝑝1𝑝2上に障害物は存在しない.

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関連発表

[1] 市村 真二,田口 東,“都市部における防災無線の最適配置”,都市の OR ワークショ

ップ 2012,南山大学名古屋キャンパス,2012 年 12 月 16 日.