描画と言語プロトコルによる消費者の選好分析 ·...

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描画と言語プロトコルによる消費者の選好分析 竹村 和久(早稲田大学文学学術院・理工総研・意思決定研究所) 玉利 祐樹 佐藤 菜生 高崎 いゆき(早稲田大学大学院文学研究科1.はじめに これまでの消費者行動における意思決定の研究においては,描画や自然言語による表現のような定 性的なデータをもとに計量モデルを作成して消費者の選好を分析するという方法はあまりなかったとい える.本研究発表では,これまでの理論的研究の成果を応用し,消費者のブランドに対する意識を言語 報告させる言語プロトコル分析(verbal protocol analysis)と描画の画像特徴を用いて,消費者の選好を 定量的に検討する方法を提案し,その実例を示す. 本研究で仮定されているモデルは,Kahneman & Tversky (1979,1992)のプロスペクト理論に仮定さ れている参照点の概念を除去して,注意の焦点化という観点から多重な参照点がある場合やフレーム が複数ある場合の説明を行う状況依存的焦点モデル(竹村, 1994; 藤井・竹村, 2000, 2001, 2003; Fujii Takemura 2000;竹村・藤井,2000, 2001; 竹村・若山・堀内, 2004; 竹村・玉利・藤井, 2007)の仮定を用いたものである. 2.消費者の描画および言語の表現と多属性意思決定のモデル 多属性意思決定を考える. X r q 次元の属性よりなる選択肢と考え,属性 x 1 , x 2 ,, x k ,, x q の直 積集合の部分空間の要素と考える.すなわち, X r = ( x 1r , x 2r ,, x qr ) " R # x 1 $ x 2 $ $ x q (1). ここで, X r の効用を U ( X r ) として,焦点パラメータα rk の関数として以下のように表現することができる. U ( X r ) = u ( x kr ) " jk k =1 n # (2). この意思決定モデルが弱順序を満たし,独立コンジョイントシステム(Krantz, Luce, Suppes, & Tversky, 1971) であると考えると,(2)式は重み付け線形モデルと等価である. ) ( ) ( 1 r k n k kr r x v a X U ! = = (3). ここで,データが描画や言語報告の場合,数多くの描画の特徴や単語によって構成される集合として データを考えることができる.描画の場合は,描画の統計的特徴(Takemura, Takasaki,& Iwamitsu, 2005),言語表現の場合は,消費者のブランドに対するプロトコルなどで表現される. 言語表現の場合,各単語は,複数の属性値のベクトルとして考えることができる.この属性値の表現に 関して,情報検索の分野で用いられてきた潜在的意味解析(latent semantic analysis)の考えを適用する ことができる.これにより,単語の背後にあると考えられる潜在的な基本次元によって,言語表現やフレ ームを記述することが可能になると考えられる. 言語表現は, t 個の単語, w 1 , w 2 ,, w t の列として表現することができるが,さらに,この 1 個の単語 w i を属性値のベクトルとして以下のように表現する. v(w i ) = [ a i1 , a i 2 ,, a in ] (4). ここで, a ij を単語のフレーム f i (あるいは,言語表現 l j )における重要度であると考える.重要度 a ij を要素とする行列 A を単語・フレーム行列(word-frame matrix)と呼ぶことにする. A は以下のように表

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Page 1: 描画と言語プロトコルによる消費者の選好分析 · 描画と言語プロトコルによる消費者の選好分析 ... r を! qr q次元の ... この意思決定モデルが弱順序を満たし,独立コンジョイントシステム(Krantz,

描画と言語プロトコルによる消費者の選好分析

竹村 和久(早稲田大学文学学術院・理工総研・意思決定研究所) 玉利 祐樹 佐藤 菜生 高崎 いゆき(早稲田大学大学院文学研究科)

1.はじめに

これまでの消費者行動における意思決定の研究においては,描画や自然言語による表現のような定

性的なデータをもとに計量モデルを作成して消費者の選好を分析するという方法はあまりなかったとい

える.本研究発表では,これまでの理論的研究の成果を応用し,消費者のブランドに対する意識を言語

報告させる言語プロトコル分析(verbal protocol analysis)と描画の画像特徴を用いて,消費者の選好を定量的に検討する方法を提案し,その実例を示す. 本研究で仮定されているモデルは,Kahneman & Tversky (1979,1992)のプロスペクト理論に仮定されている参照点の概念を除去して,注意の焦点化という観点から多重な参照点がある場合やフレーム

が複数ある場合の説明を行う状況依存的焦点モデル(竹村, 1994; 藤井・竹村, 2000, 2001, 2003; Fujii & Takemura,2000;竹村・藤井,2000, 2001; 竹村・若山・堀内, 2004; 竹村・玉利・藤井,2007)の仮定を用いたものである. 2.消費者の描画および言語の表現と多属性意思決定のモデル

多属性意思決定を考える.

!

Xrを

!

q次元の属性よりなる選択肢と考え,属性

!

x1, x2,…, xk ,…, xqの直

積集合の部分空間の要素と考える.すなわち,

!

Xr = (x1r , x2r ,…, xqr )" R # x1 $ x2 $…$ xq (1).

ここで,

!

Xrの効用を

!

U(Xr )として,焦点パラメータαrkの関数として以下のように表現することができる.

!

U(Xr ) = u(xkr )" jk

k=1

n

# (2).

この意思決定モデルが弱順序を満たし,独立コンジョイントシステム(Krantz, Luce, Suppes, & Tversky, 1971) であると考えると,(2)式は重み付け線形モデルと等価である.

)()(1

rk

n

kkrr xvaXU !

=

= (3).

ここで,データが描画や言語報告の場合,数多くの描画の特徴や単語によって構成される集合として

データを考えることができる.描画の場合は,描画の統計的特徴(Takemura, Takasaki,& Iwamitsu, 2005),言語表現の場合は,消費者のブランドに対するプロトコルなどで表現される. 言語表現の場合,各単語は,複数の属性値のベクトルとして考えることができる.この属性値の表現に

関して,情報検索の分野で用いられてきた潜在的意味解析(latent semantic analysis)の考えを適用することができる.これにより,単語の背後にあると考えられる潜在的な基本次元によって,言語表現やフレ

ームを記述することが可能になると考えられる. 言語表現は,

!

t個の単語,

!

w1,w2,…,wtの列として表現することができるが,さらに,この 1 個の単語

!

wiを属性値のベクトルとして以下のように表現する.

!

v(wi ) = [ai1,ai2,…,ain ] (4).

ここで,

!

aijを単語wjのフレーム

!

fi(あるいは,言語表現

!

l j)における重要度であると考える.重要度

!

aij

を要素とする行列

!

Aを単語・フレーム行列(word-frame matrix)と呼ぶことにする.

!

Aは以下のように表

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現できる.

!

A = [v(w1),v(w2 ),…,v(wn )]T (5).

単語

!

wiのある次元

!

jに関する重要度

!

aijの定義は,潜在的意味解析においても種々のものがあるが,

ここで北(1999)の手法に準拠する.

!

aij =GiLij (6).

ここで,

!

Giは1から単語

!

wiの正規化されたエントロピーを引いた値(大域的重み付け)であり,

!

Lijはフ

レーム

!

f jや言語表現

!

l jの中での影響度(局所的重み付け)であり,次式のように表現できる.

!

Gi =1+1

log2 npij log2 pij

j=1

n

" (7).

ただし,

!

pij =C(i, j) C(i, j)j=1

m" であり,

!

C(i, j)は単語

!

wiが言語表現

!

l j中に出現する回数である.

また,

!

Lij = log2(1+C(i, j) C( j)) (8).

ただし,

!

C( j)は,フレーム

!

f j中に出現する単語の総数である.

潜在的意味解析では,まず行列

!

Aを特異値分解する.すなわち,

!

A = BDVT (9).

ここで,

!

rank(A) = rとすると,

!

Bは

!

m" r行列,

!

Vは

!

r " n行列であり,

!

BTB =VTV = I(単位行列)

である.また,

!

Dは

!

r " r対角行列である.

ここで

!

Dの中の対角要素の上から大きい順に

!

p個の特異値だけを使って,再構成された行列を

!

A p

で表す.

!

A p = BpD pVpT (10).

単語

!

wiと単語

!

wjとの類似度

!

sijを,属性値ベクトル

!

v(wi )と

!

v(wj )との内積により以下のように定義す

る.

!

sij = aikajkk=1

n" (11).

このように類似度を定義すると,

!

sijを要素とする行列は

!

AATによって表現できる.行列

!

Aを

!

p個の特異値で近似表現した行列

!

A pに対して,類似度行列

!

A pA pTを考えると,

!

A pA pT = BpD p

2BpT

!

= (BpD p )(BpD p )T (12)

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となる.上式は,

!

n次元の単語の属性値ベクトルを

!

p次元のベクトルで近似した場合に

!

biD pとなること

を示している.

また,決定フレーム間の類似度行列は,

!

ATAを用いることができ,同様に特異値分解によって,基本

的な潜在的次元を探索することが可能になる.プロトコル法などによって得られた実際の自然言語によ

るテキストデータを潜在的意味解析にかけて,基本次元によって言語表現を表現することができる. 3.描画と言語プロトコルによる選好分析の適用例 ここでは,事例として,スターバックスとドトールというコーヒーショップチェーンのイメージ分析を行った

例を示す. 早稲田大学の教員および学生 33 名を調査対象として,スターバックスとドトールに関するイメージを 1枚ずつ描かせた.また,描画と併せてスターバックスとドトールの好きまたは嫌い度合いを 10 件法にて評価させ,その理由も記載させた.この理由を言語報告データとした. 描画の画像解析 以下に消費者の描画の画像解析の事例を示す.図1と図2は,それぞれ別の消費者に「スターバック

ス」と「ドトール」のイメージを描かせたものであるが,それらの描画を前述の画像解析にかけ,その画像

特徴量の主要指標を表 1に示した. 図 1 スターバックスのイメージ 図 2 ドトールのイメージ 例えば,濃度レベル差分法は,ある画素からθ方向に距離 d だけ離れた画素の濃度差が k である確率 P(k),(k=0,1,2,...,n-1)を要素とする行列を求め,その行列から次に示すテクスチャーの特徴を求める方法であるが,そこで求められるコントラストという指標Cは下記のようになる.

コントラストC

!

C = k2P(k)k=0

n"1

# (13).

画像については,スターバックスの画像特徴量と選好得点との間に有意な相関は認められなかったが,

ドトールについては,いくつかの画像特徴量との間に有意な相関が認められた.特に,左下領域 90度の今トラストについては,.466の有意な相関(p,<.0001)が認められ,左下領域 90度方向の描線が多いほどドトールが好きという傾向があった.

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表 1 図1,図 2の主要画像特徴量

濃度

ヒストグラム

0゚ 45゚ 90゚ 135゚ 0゚ 45゚ 90゚ 135゚ 平均

スターバックス 左上 0.861 0.855 0.862 0.859 1.844 3.456 1.694 2.769 247.430

右上 0.805 0.795 0.806 0.800 2.319 4.564 2.362 3.654 245.820

左下 0.942 0.940 0.943 0.941 0.791 1.337 0.597 1.074 251.870

右下 0.997 0.996 0.997 0.996 0.008 0.015 0.010 0.015 254.960

ドトール 左上 0.847 0.841 0.847 0.843 2.595 4.656 2.146 3.788 246.050

右上 0.897 0.893 0.898 0.894 1.744 2.807 1.281 2.497 249.070

左下 0.855 0.852 0.859 0.852 3.115 4.010 1.406 4.062 246.280

右下 0.793 0.787 0.796 0.789 3.848 6.050 2.760 5.612 242.100

エネルギー コントラスト

空間濃度レベル依存法 濃度レベル差分法

言語プロトコルの分析 1.データのコーディング 大学院生3人で不一致のあった場合相談を行い,自由記述の内容のコ

ーディングを行った. 2.潜在意味解析 コーディングしたデータに,潜在意味解析を行った.その際,全体としての重要

度,ドトールの重要度,スターバックスの重要度のそれぞれ3つを求めた. 全体の特異値分解の結果,分解された行列の第一列では「椅子」,「階段」,「テーブル」,「フード」が,

第二列では「コーヒー」が高い値を示した.これらは,店舗内での光景や雰囲気を示していると考えられ

る.第二列は,店舗の提供するコーヒーを示していると考えられる. 次に,ドトールの分析では,第一列では「客」,「テーブル」,「フード」が,第二列では「色」,「身近さ」,

「椅子」,「ライト」が,高い値を示した.このことから,第一列と第二列はともに,店舗内での光景や雰囲

気を示していると考えられる. 最後に,スターバックスでは,第一列では「フード」が,第二列では「コーヒー粉」が,高い値を示した.

このことから,第一列は,店舗内で購入できる軽食を示していると考えられ,第二列は,家庭で淹れるコ

ーヒーが表れているものと考えられた. 3.回帰分析 左特異行列にて2列目までに高い値を示していた意見を独立変数とし,10 件法の評価値を従属変数として,全体,スターバックス,ドトールのそれぞれで回帰分析を行った.なお,全体で

は,ドトールとスターバックスの評価値を比較して,ドトールよりスターバックスが高い場合には「1」とし,

ドトールよりスターバックスが低い場合には「0」とし,ロジスティック回帰分析を行った. 全体データでは,

ロジスティック回帰分析を行い,「椅子」,「階段」,「コーヒー」,「テーブル」,「フード」,を分析に投入し

たが,全てが有意とはならなかった. ドトールでは,「色」,「身近さ」,「椅子」,「客」,「テーブル」,「フード」,「ライト」を分析に投入したところ,「椅子」,「フード」が5%水準で有意となり,「色」,「身近さ」,

「客」,「テーブル」,「ライト」は有意とはならなかった.スターバックスでは,「コーヒー粉」,「フード」を分

析に投入したが,全てが有意とはならなかった.

主要参考文献 竹村和久・若山大樹・堀内圭子(2004) 広告受容の数理心理モデルとデータ解析法の開発‐消費者 の判断と意思決定の心理実験と調査研究を通じて 広告科学,45,153‐171. 竹村和久・玉利祐樹・藤井聡(2007) 潜在意味解析による決定フレーミング効果の検討 日本知能情 報ファジイ学会第 28回ファジイワークショップ講演論文集, 27-30. Takemura, K., Takasaki, I., & Iwamitsu, Y. (2005). Statistical Image Analysis of Psychological Projective Drawings. Journal of Advanced Computational Intelligence and Intelligent Informatics, 9, 453-460.