極値統計による中部地方の強風の解析...175 ( 2 1 )...

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173 いる。また,R. Suzuki1992は中部日本における地衡 風と地上のベクトル平均風との関係を明らかにし,藤部 1997は,日本における著しい強風を風向別統計によっ て季節ごとに求めている。 これらの研究においては極値統計を用いた解析は行っ ていないが,極値は防災の観点において重要視され,極 値統計を調べる必要が出てくる。また年最大風速の極値 統計についての研究は村上他 1986),大竹他 1991行っているが,月最大風速を用いて月ごとに極値統計を かけた研究はほとんど見受けられない。月ごとに極値統 計をかけた研究は神田 1986が行っている。 神田 1986は日本全国の年最大風速の再現期待値に対する,月別最 大風速の再現期待値の比率を求め,日本全国における傾 向をまとめた。しかし,この研究では短い期間のデータ を用いて 10 年再現期間を求めており,長期期間のデータ を用いて 100 年再現期間を用いた研究は行っていない。 .はじめに 防風対策を行うにあたって,強風の尺度と風向につい ての統計的知識は重要である。例えば,建築物の建設 や,農作物等を保護する防風施設を設置する際に強風の 強さや吹きやすい方向が問題になってくる。 極値統計は気象学に限らず,水文学,海洋学,工学な ど様々な分野で活用されている (高橋・志村, 2004)。降 水量・気温・風速などの極値は,土木・建築の安全性基 準の指標として欠かせないものであり,特に強風による 被害も増加している現在,風に対する防災対策にとし て,強風についての統計的知識がさらに重要であると考 えられる。これまで風については様々な研究が行われて おり,河村 1966は中部日本における冬の地上風系を 季節風に関連して求めており,大橋・川村 2007は夏 季の北陸地方のフェーン発現日おける地上風系を求めて 石川 知宏 ・加藤 央之 ** In this study, the regional characteristics of Chubu district are analyzed depending on spatial variation pattern of monthly extreme wind speeds at 23 meteorological observations for 30 years (1980-2009) using the Generalized Extreme Value(GEV) analysis and the cluster analysis. On the first step, the maximum wind speed for the 100-year return period. Max 100y were calculated for each site for each month. The monthly maximum wind speed is greater in typhoon season especially in September. On the second step, we classify the Chubu district depending on the normalized max 100y for each 12 months based on the cluster analysis. Chubu district is divided into four groups ; inland region (b), Pacific Ocean side( a), Sea of Japan side ( b) and the other region (a). Four groups are characterized by northerly typhoons, strong winds during winter monsoon, and the spring time southerly winds. Keywords : extreme wind speeds, Chubu district, generalized extreme value analysis, cluster analysis 極値統計による中部地方の強風の解析 Analyze the Strong Winds Using the Generalized Extreme Value (GEV) Distributions in Chubu District, Japan Tomohiro ISHIKAWA and Hisashi KATO ** Received October 31, 2011日本大学文理学部自然科学研究所研究紀要 No.47 2012pp.173 183 19 Graduate School of Integrated Basic Sciences, Nihon University: 3-25-40, Sakurajousui, Setagaya-ku, Tokyo 156-8550, Japan ** Department of Geosystem Sciences, College of Humanities and Sciences, Nihon University: 3-25-40 Sakurajousui, Setagaya-ku, Tokyo 156-8550, Japan 日本大学大学院総合基礎科学研究科地球情報数理科学専攻: 156-8550 東京都世田谷区桜上水3-25-40 ** 日本大学文理学部地球システム科学科: 156-8550 東京都世田谷区桜上水3-25-40

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Page 1: 極値統計による中部地方の強風の解析...175 ( 2 1 ) 極値統計による中部地方の強風の解析 Ⅱ-3-2 クラスター分析 本研究では,強風の季節変化の類似性に基づく地点

─ ─173 ( )

いる。また,R. Suzuki(1992) は中部日本における地衡

風と地上のベクトル平均風との関係を明らかにし,藤部

(1997) は,日本における著しい強風を風向別統計によっ

て季節ごとに求めている。

これらの研究においては極値統計を用いた解析は行っ

ていないが,極値は防災の観点において重要視され,極

値統計を調べる必要が出てくる。また年最大風速の極値

統計についての研究は村上他 (1986),大竹他 (1991) が

行っているが,月最大風速を用いて月ごとに極値統計を

かけた研究はほとんど見受けられない。月ごとに極値統

計をかけた研究は神田 (1986) が行っている。 神田 (1986)

は日本全国の年最大風速の再現期待値に対する,月別最

大風速の再現期待値の比率を求め,日本全国における傾

向をまとめた。しかし,この研究では短い期間のデータ

を用いて10年再現期間を求めており,長期期間のデータ

を用いて100年再現期間を用いた研究は行っていない。

Ⅰ.はじめに

防風対策を行うにあたって,強風の尺度と風向につい

ての統計的知識は重要である。例えば,建築物の建設

や,農作物等を保護する防風施設を設置する際に強風の

強さや吹きやすい方向が問題になってくる。

極値統計は気象学に限らず,水文学,海洋学,工学な

ど様々な分野で活用されている (高橋・志村,2004)。降

水量・気温・風速などの極値は,土木・建築の安全性基

準の指標として欠かせないものであり,特に強風による

被害も増加している現在,風に対する防災対策にとし

て,強風についての統計的知識がさらに重要であると考

えられる。これまで風については様々な研究が行われて

おり,河村 (1966) は中部日本における冬の地上風系を

季節風に関連して求めており,大橋・川村 (2007) は夏

季の北陸地方のフェーン発現日おける地上風系を求めて

石川 知宏*・加藤 央之**

In this study, the regional characteristics of Chubu district are analyzed depending on spatial variation pattern of monthly extreme wind speeds at 23 meteorological observations for 30 years (1980-2009) using the Generalized Extreme Value(GEV) analysis and the cluster analysis. On the first step, the maximum wind speed for the 100-year return period. Max 100y were calculated for each site for each month. The monthly maximum wind speed is greater in typhoon season especially in September. On the second step, we classify the Chubu district depending on the normalized max 100y for each 12 months based on the cluster analysis. Chubu district is divided into four groups ; inland region (Ⅰb), Pacific Ocean side(Ⅱa), Sea of Japan side (Ⅱb) and the other region (Ⅰa). Four groups are characterized by northerly typhoons, strong winds during winter monsoon, and the spring time southerly winds.

Keywords : extreme wind speeds, Chubu district, generalized extreme value analysis, cluster analysis

極値統計による中部地方の強風の解析

Analyze the Strong Winds Using the Generalized Extreme Value(GEV) Distributions in Chubu District, Japan

Tomohiro ISHIKAWA* and Hisashi KATO**

(Received October 31, 2011)

日本大学文理学部自然科学研究所研究紀要

No.47 (2012) pp.173 - 183

19

* Graduate School of Integrated Basic Sciences, Nihon University: 3-25-40, Sakurajousui, Setagaya-ku, Tokyo 156-8550, Japan

** Department of Geosystem Sciences, College of Humanities and Sciences, Nihon University: 3-25-40 Sakurajousui, Setagaya-ku, Tokyo 156-8550, Japan

* 日本大学大学院総合基礎科学研究科地球情報数理科学専攻: 〒156-8550 東京都世田谷区桜上水3-25-40 ** 日本大学文理学部地球システム科学科: 〒156-8550 東京都世田谷区桜上水3-25-40

Page 2: 極値統計による中部地方の強風の解析...175 ( 2 1 ) 極値統計による中部地方の強風の解析 Ⅱ-3-2 クラスター分析 本研究では,強風の季節変化の類似性に基づく地点

石川 知宏・加藤 央之

─ ─174( )20

そこで本研究では月最大風速の100年再現期間を用い

て,季節毎に,また地域 (地点) ごとに極値統計を通じ

て強風の特徴を調べる。すなわち,月ごとに強風の強さ

を明らかにすることで,きめ細かい防災情報を提供する

ことが可能になると期待される。さらに求められた月毎

の最大風速をクラスター分析にかけ,季節毎の強風の特

徴や地域特性を明らかにした。この結果,強風について

の時間・空間的な深い知見が得られると考えられる。本

研究では中部地方を解析対象とした。中部地方は,太平

洋,日本海,内陸と異なる地形・地域特性をもつことか

ら,気象学的に様々な強風の要因が想定される。このた

め研究対象として適していると考えられる。

Ⅱ.使用データと解析手法

Ⅱ-1.使用データおよび期間

極値統計を考える際には,できる限りデータ期間(事

例数)を多くとる必要がある。気象庁の気象統計情報で

は,月最大風速に関して1961年以降のデータが入手可能

であるため,解析には気象庁の気象統計情報による1961

~2009年の最大風速とその時の風向データを用いた。

対象地域は中部地方の気象官署23地点とした (図 1)

年最大風速については,気象庁が1961年から1974年

までは 3 杯型風速計,1975年からは風車型風向風速計を

風観測用測器として使用しており,この風観測用測器の

変更によって年最大風速の極値統計の再現期間に大きな

誤差が生じることが石原ら (2002) によって指摘されて

いる。また,3 杯型風速計から風車型風向風速計への補

正として,補正係数に0.9を用いることで,均質化され

た年最大風速は極値統計のGumbel分布への適合性が良

くなり,100年再現期待値の標本誤差が約28%下がるこ

と (石原ら,2002),これらの補正係数を用いることによ

り,統計期間の違いによる100年再現期待値の差が小さ

くなることも分かっている。

このことから本研究でも 3 杯型風速計から風車型風向

風速計への補正として,補正係数に0.9を用いることと

した。

Ⅱ-2.解析方法

はじめに,中部地方の気象官署23地点における1961

年から2009年の各月最大風速について,地点毎,月毎に

極値統計の計算を行い,月毎に100年再現期間値を求め

た。この結果から,各地点の再現期間100年の強風の年

変動についての考察を行った。次に,極値統計によって

求められた月毎の再現期間100年の最大風速を用いて,

クラスター分析を行い,強風の季節変化の類似性に基づ

いて地域区分した。最後に,各地点の各月での最大風速

を第3位まで抽出し,季節別に強風出現時の風向を調べ

た。この結果を地形図とあわせ,強風に及ぼす気象要因

と地形の効果を考察した。

Ⅱ-3.統計方法

Ⅱ-3-1 極値統計

極値統計とは,稀にしか起こらない極端な大雨の強度

や,頻度を統計的に示すために,ある現象が平均的に何

年に1回起きるかを示した値である「再現期間」を求め

るための手法である。50年・100年といった長い再現期

間の最大風速は,その地点で長い期間においてどのくら

いの大雨が起こりうるかを示す資料であり,防災計画や

建造物の建築などを施策する際の基礎資料として用いら

れる。(村上ら,1986)

ある母集団の中からある数のサンプルを切りだし,そ

の中の最大値を抽出したものを集めて統計解析を行う事

により,ある現象が平均的に何年に 1 回起きるか(再現

期間)を求めることが可能となる。本研究では気象の解

析で多く利用されるGumbel分布 (極値Ⅰ型分布) を用い

る。年最大 (確立変数X) の累積分布関数をFx (x) とす

るとGumbel分布は,

Fx(x)=exp[-exp{-a( x-b)}](a)

-∞<x<∞

136˚

136˚

137˚

137˚

138˚

138˚

139˚

139˚

35˚ 35˚

36˚ 36˚

37˚ 37˚

38˚ 38˚

図1 解析対象地域及び対象地点

Page 3: 極値統計による中部地方の強風の解析...175 ( 2 1 ) 極値統計による中部地方の強風の解析 Ⅱ-3-2 クラスター分析 本研究では,強風の季節変化の類似性に基づく地点

─ ─175 ( )

極値統計による中部地方の強風の解析

21

Ⅱ-3-2 クラスター分析

本研究では,強風の季節変化の類似性に基づく地点

(地域)の分類にクラスター分析を用いた。クラスター

分析とは,似通った性質をもった個体を1つのグループ

としてまとめ,最終的にいくつかのグループ(クラス

ター)に分類するための分析手法である。本研究のクラ

スター分析では各月ごとの再現期間100年の強風データ

(12個)を用いて,12次元空間での分類を行う。ここで

は,1 年間の強風の変動パターンが似通った地点がグ

ループ化される。

Ⅲ.結果および考察

Ⅲ-1.極値統計による再現期間100年の最大風速

ここでは中部地方の気象官署23地点で月毎の49年間

の年最大風速データを用いて強風の100年再現値を求め

た。極値統計での各地点の結果は以下に示す。Hazenの

プロットは,総データ数とその順位から決められるもの

であり,データの値は考慮されない。そのため,データ

の数が統計的に必ずしも十分ではない場合には再現期間

の計算値との誤差が大きい事例が推定直線から大きく外

れ,特異な事例として抽出される。例として静岡県網代

の10月の極値統計図を図 3 に示す。特異例は 8,9,10

月に出やすく,主に台風による影響が大きくバラつきが

生じたと考えられる。

図 4 は月別に見た浜松の再現期間100年の最大風速を

示した図である。これにより季節ごとの強風の特徴をつ

かむことができる。他の地点の同様なグラフについて,

全地点での比較を容易にするために,地点ごとに,月別

再現期間100年の風速値を12カ月のうちの最大値で割

り,ノーマライズ化したグラフを作成した(図 5)。こ

のグラフではそれぞれの地点ごとにその地点での最大値

で表わされる。また,年最大の累積分布関数Fx(x)と r

との間には

Fx(x)=1-1―r   (b)

という関係が成り立ち,(a)と(b)をxについて解くと

x=-1―a ln -ln 1-

1―r +b

となり,上記の式により任意の再現期間 r(年)に対して

x(その再現期間で生ずる風速)が求められる。図 2 は静

岡県浜松の1月の極値統計の結果である。DATAは49年

間の月最大風速を並べたもので,白抜きの正方形のプ

ロットが再現期間を示している。

Gumbelの積率法を用いる時,Gumbel確率紙へのプ

ロットに関してはHazenの方法によって適合度の評価を

するのが妥当と言われており,手順は以下の通りであ

る。

N個の観測値を大きい順に並べ,Hazenの方法により

それぞれの比超過率Fx (x) 計算する。上から i 番目の

データの比超過率は,

Fx(xi )=1-2 i-1―2 N

となり,これに対応する基準化変数を

s=-ln[-ln{Fx(x)}]

によって計算し,図にプロットし,Gumbelの積率法に

よる推定を書き込む。

図2  静岡県浜松の1月の風速の再現期間(再現期間は左か

ら順に 2 年,5年,10年,20年,50年,100年となって

いる。) 図3 静岡県網代の10月の風速の再現期間

Page 4: 極値統計による中部地方の強風の解析...175 ( 2 1 ) 極値統計による中部地方の強風の解析 Ⅱ-3-2 クラスター分析 本研究では,強風の季節変化の類似性に基づく地点

石川 知宏・加藤 央之

─ ─176( )22

い地点があることが明らかである。また7月と9月で風

速に大きな差が見られた。これは日本付近の海面水温

(SST)が7月ではまだ温まっていないため,台風が発達

せず日本付近で衰弱し風速が小さくなり,逆に9月は太

平洋高気圧の影響で日本付近のSSTが上昇し,台風が発

達を続けながら日本付近を通過するために7月の台風と

の風速に極端に差が出るものと思われる。

で割っているので,1 になる月が各地点の最大値を示

す。このグラフから再現期間100年の月別の風速値はほ

とんどの地点で9月に極大になっていることがわかる。

また,8月,10月も9月と同様に 1 に近い数値になって

いる地点も多く存在する。この他の特徴として,2月か

ら4月の春期では地点によって数値に大きくばらつきが

あり,春期に相対的に強風が生じやすい地点と生じにく

図4 浜松における各月毎の再現期間100年の最大風速

図5 各地点の再現期間100年の風速値をノーマライズしてまとめた比較図。本文参照。

Page 5: 極値統計による中部地方の強風の解析...175 ( 2 1 ) 極値統計による中部地方の強風の解析 Ⅱ-3-2 クラスター分析 本研究では,強風の季節変化の類似性に基づく地点

─ ─177 ( )

極値統計による中部地方の強風の解析

23

は,グループ内の距離 (distance) が急に大きくなってい

るところ,すなわちクラスター間の性質が大きく異なっ

ているところであり,大きなグループに分ける際の目安

になる。本研究では,この結果から中部地方の23の観

測地点を 4 つのグループ(地域)に分けた。

図 7 はクラスターに関する樹状図 (dendrogram) であ

る。樹状図からは,各クラスター間の関連性(分離の過

程)を知ることができる。

クラスター分析によって区分された地点の地理的な位

置を図 8 に示す。中部地方の観測点は,まず,太平洋岸

と日本海側の海岸沿いの地点のグループとそれ以外の地

点のグループの 2 つに大きく分けられる。各グループは

さらにそれぞれ 2 つに分けられ,合計 4 つのグループに

分けられる。Ⅰbは内陸,Ⅱaは太平洋側の海岸のうち,

主に岬に位置する地点,Ⅱbは日本海側海岸沿い,残り

がⅠaとなった。

Ⅲ-2.クラスター分析による地域区分

本節では,再現期間100 年の風速値(以下最大風速)

の年変化に関する地域特性を明らかにするためにクラス

ター分析を行った。ここでは,前節の極値統計によって

得られた月ごとの最大風速の1月から12月までの値に基

づいてグループ分けし,各地点 (地域) での最大風速が主

にどのような気象学的な要因に基づいて発生するのかに

ついて検討した。クラスター分析には図 5 のノーマライ

ズ化した数値を用いた。また,本解析では,データの期

間が限られていることによる特異的なデータの影響を防

ぐため,極値統計の再現期間値から大きく外れたデータ

を除き,再度極値統計を行って補正したデータを用いた。

各月における月最大風速12個のデータを用い12次元

空間内でクラスター分析を行った結果を図 6,図 7 に示

す。図 6 はクラスターのそれぞれのステップにおける各

グループ間の距離を示す。図 6 の丸で囲まれたところで

図7 クラスター分析の樹状図

図6 クラスター分析の各ステップにおけるグループ間距離

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石川 知宏・加藤 央之

─ ─178( )24

図 9 に,クラスター分析によって分類された 4 グルー

プごとに平均した,最大平均風速の年変化を示す。ま

た,グループごとに見た,最大風速のノーマライズしな

い値の年変化を合わせて図10に示す。図 9 によれば,1

月や12月の冬期にⅠのグループは他の月よりも相対的

に最大風速が小さくなっている。さらにⅠとⅡを細かく

見ると,Ⅰaは最大風速が9月にのみ相対的に大きくなる

傾向が顕著である。Ⅰbは,Ⅰaと同じく9月に大きくな

るが10月に極端に減少する。また,図10によればⅠb

はⅠaよりも風速の絶対値は小さい。Ⅱaは9月のみなら

ず,8,9,10月の最大風速が相対的に大きい傾向となっ

ている。また,図10によればⅡaのグループは他の 3 つ

のグループと異なり,最大風速が 1 番大きい。図 8 から

明らかなように,Ⅱaの地点は岬の先端付近など,強風

が吹きやすい地形条件にあると考えられる。Ⅱbは年最

大平均風速が 9月に最大になるが,1月や12月の冬期に

も他のグループより相対的に風速が大きくなっている。

Ⅲ-3.風向別からみた地形による強風の特徴

ここでは各地点の最大風速について,さらに風向特性

を調べた。対象地点全23地点について地点ごとに周辺

の地形図を作成した。また,地点別,月別に過去の第 3

図8  クラスター分析によって分類された観測地点の 4 つの

グループ。国土地理院発行数値地図50mメッシュ(標

高)データを使用した。

図9 クラスター分析で分類されたグループ毎の最大風速の年変化

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極値統計による中部地方の強風の解析

25

型気圧配置の時に強風が発生している。また,春季には

日本海の低気圧の影響が大きく,春一番と呼ばれる南か

ら西寄りの強風が発生する。Ⅰaのグループは主に面積

の広い開けた地形が多いため,季節風や台風などの影響

を受けやすいものと考えられる。また,長野や甲府など

の内陸の地点もⅠaに含まれているが, これらの地点では

西寄りの強風が多かった。これは長野や甲府が盆地の地

形効果により風が一定方向から吹くことが考えられる。

また,甲府のように 1 年を通して同じ風向になっている

地点がいくつか存在したが,これは地形の影響(図13)

の他,風観測用測器の周辺の建築物などの遮蔽物による

影響で風向が偏ってしまったことなども原因として考え

られる。

Ⅲ-3-2.Ⅰbの地点の特徴

Ⅰbの代表地点として松本があげられる。松本の強風

は南から南南東寄りの風向に集中している(図14)。 また,

寒候期に日本海またはオホーツク海上に発達した低気圧

が存在するときに強風が発生している。松本は標高約

600mに存在する南北に伸びる盆地になっている(図15)。

また,松本の西には標高3000 m級の飛騨山脈が存在

し,東にも山脈が存在するため東西を通る強風は吹かな

位までの風速を抽出し,風向別のプロット図を作成し

た。さらに地点ごとに,各月第 1 位から第 3 位までの抽

出事例について,風速・風向・強風が発生した要因をそ

れぞれ事例解析した。本節ではこれらの結果をもとに,

各グループ別に,各地点での風向風速の特徴を考察す

る。以下ではクラスター分析によって分類されたグルー

プ毎で 1 番特徴的な地点を紹介する。

Ⅲ-3-1.Ⅰaの地点の特徴

Ⅰaの代表地点として浜松があげられる。図11から浜

松では 6月から10月の暖候期に南南東から東北東寄り

の強風が吹く。逆に11月から5月の冬期,春期に西から

西北西の強風が吹く。浜松で西寄りの強風が発生する場

合,冬型気圧配置になっている場合が高い。逆に南南東

や東北東の東寄りの強風の場合,台風によって発生して

いる。これは太平洋から接近する経路の場合,その前面

で発生したものと考えられる。また,図12から浜松は

平坦な土地となっているため冬期の季節風の影響を受け

やすいとみられる。

Ⅰaは暖候期に南寄りの強風が発生し,寒候期は西~

北寄りの強風が発生する。暖候期は台風の影響が強く,

図 9 から分かるように 9月に最大値を持つ。寒候期は冬

図10 グループ毎に見た、最大風速のノーマライズしない値の年変化

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石川 知宏・加藤 央之

─ ─180( )26

いと考えられる。また,松本盆地は南にある諏訪湖や伊

那盆地と繋がっている。このため,南からの風が入りや

すい地形になっているものと思われる

Ⅰbのグループは,標高が500 m以上の高地となって

おり,主に標高の高い山に囲まれた盆地の地形になって

いる。この盆地による地形効果により,最大風速が他の

グループよりも小さいものと思われる。地点ごとの地形

の開き方によって強風の風向が変化しており,地形の開

けた方角から強風が吹くことが多い。また,夏季は台風

の影響が大きく,台風の他に雷雨による強風も見受けら

れた。冬期は冬型気圧配置の影響を強く受けているが,

松本のみ日本海を低気圧が通過した時に強風が発生して

いた。松本は西側に3000 m級の飛騨山脈が存在するた

め,冬期の季節風の影響を受けにくいことが考えられる。

春期は日本海を低気圧が通過した時,またはオホーツク

図11 浜松の月別風速の第3位までの風速とその時の風向 図14 松本の月別風速の第3位までの風速とその時の風向

図13 甲府周辺の地形図。データソースは図12と同じ。

図12  浜松周辺の地形図。国土地理院発行数値地図50mメッシュ (標高) データを使用した。

図15 松本周辺の地形図。データソースは図12と同じ。

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─ ─181 ( )

極値統計による中部地方の強風の解析

27

風速が大きくなったと考えられる。寒候期は冬型気圧配

置の時に西寄りの強風が発生している。また,この地域

は台風の通過した通路によって強風の風向が左右される

ことが多い。この他に,1 年を通して低気圧が本州の南

岸沿いを通過した時に東寄りの強風が発生している。

Ⅲ-3-4.Ⅱbの地点の特徴

Ⅱbの代表地点として新潟があげられる。図18から新

潟の強風は南西から北西の風向に集中している。新潟は

台風が太平洋側を通過した時に北西寄りの強風が吹く。

更に冬型気圧配置の時に南西寄りの強風が吹く。新潟は

南西から北東に伸びる平野に位置し,西から北側は日本

海に面している (図19)。このため西を中心とした強風

が吹くと考えられる。

Ⅱbは夏期には南寄りの強風が,冬期には冬型気圧配

海上に低気圧が存在するときに強風が発生している。

Ⅲ-3-3.Ⅱaの地点の特徴

Ⅱaの代表地点として伊良湖があげられる。図16のよ

うに伊良湖の強風は冬期の一部と 8,9月を除いてほぼ

東寄りの風向に偏っている。月別に見た場合,11月頃

から2月までは西から北西寄りの強風が多く,3月から

10月ごろまでは東寄りの強風が多くなっている。冬期

は冬型気圧配置により西から北西寄りの風が吹くが,日

本の南岸を低気圧が通過した時には東寄りの風が発生す

るためと考えられる。伊良湖は,太平洋と三河湾を分か

つ渥美半島の先端にある (図17) ため,風速が他のグ

ループよりも大きくなっていると考えられる。

太平洋海岸に位置するⅡaはほとんどが岬の先端付近

にあり,風が通りやすいため,他のグループよりも最大

図16 伊良湖の月別風速の第3位までの風速とその時の風向 図18 新潟の月別風速の第3位までの風速とその時の風向

図17 伊良湖周辺の地形図。データソースは図12と同じ。 図19 新潟周辺の地形図。データソースは図12と同じ。

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石川 知宏・加藤 央之

─ ─182( )28

が多い。これは盆地の地形効果によることが考えられ

る。また,1 年を通して同じ風向になっている地点がい

くつか存在したが,これは風観測用測器の周辺の建築物

などの遮蔽物による影響で風向が偏ってしまったことな

ども原因として考えられる。

Ⅰbは,Ⅰaと同じく 9月に最大風速が大きくなるが10

月に極端に減少する。また,Ⅰaよりも風速の絶対値は

小さい。Ⅰbの地点はⅠaと異なり標高が500m以上の高

地に位置しており,標高の高い山に囲まれた盆地の地形

になっている。この盆地による地形効果により,最大風

速が他のグループよりも小さいものと考えられる。ま

た,地点ごとの地形の開く方向によって強風の風向が異

なっており,地形の開けた方角から強風が吹くことが多

い。夏期は台風の他に雷雨によって強風が発生した例も

あると考えられる。冬期は冬型気圧配置の影響を強く受

けているが,松本のみ日本海を低気圧が通過した時に強

風が発生していた。松本は西側に3000 m級の飛騨山脈

が存在するため,冬期の季節風の影響を受けにくいこと

が考えられる。春期は日本海を低気圧が通過した時,ま

たはオホーツク海上に低気圧が存在するときに強風が発

生している。

Ⅱaは 9月のみならず,8,9,10月の最大風速が相対

的に大きい傾向となっている。また,他の 3 つのグルー

プと異なり,最大風速が一番大きい。Ⅱaの地点は太平

洋海岸に位置し,さらにほとんどが岬の先端付近にある

ため,風が通りやすく,他のグループよりも最大風速が

大きくなったと考えられる。寒候期は冬型気圧配置の時

に西寄りの強風が発生し,夏期は台風の影響により強風

が発生している。また,この地域は台風の通過した経路

によって強風の風向が左右されることが多い。この他

に,一年を通して低気圧が本州の南岸沿いを通過した時

に東寄りの強風が発生している。

Ⅱbの地点は夏期には南寄りの強風が,冬期には冬型

気圧配置の影響を受けて西から北寄りの強風が発生す

る。Ⅱbは日本海に面しているため,冬期の季節風の影

響を受けやすく,他のグループよりも冬期の最大風速が

大きくなるものと考えられる。また,Ⅱaでは太平洋側

を台風が北上した時に強風が発生していたが,Ⅱbでは

台風が日本海側を北上した時に南から西寄りの強風が吹

く。Ⅱbは9月の最大風速が最も大きい。

今後は,クラスター分析によって分けられたⅠaとⅠb

の最大風速の年変化のパターンの違い,またⅠaの平地

と盆地での季節ごとの風向の違いを明らかにするため,

地点ごと,風向別に強風の100年再現期間値を求める予

定である。

置の影響を受けて西~北寄りの強風が発生する。Ⅱbは

日本海に面しているため,冬期の季節風の影響を受けや

すく,図 9 のように他のグループよりも冬期の最大風速

が相対的に大きくなるものと考えられる。また,Ⅱaは

太平洋側を台風が北上した時に強風が発生していたが,

Ⅱbは台風が日本海側を北上した時に南から西寄りの強

風が吹く。

Ⅳ.まとめ

極値統計ではほとんどの地点で9月に強風が 1 番強く

なった。再現期間100年の月別の風速値はほとんどの地

点で 9月に極大になっていることが分かる。逆に 6月,

7月に風速値が小さくなっていることも分かる。さらに

長野,軽井沢,諏訪などの内陸部では年変化がほとんど

ないことも見受けられた。また,2月から4月に最大値

と最小値の差が大きく開いた。9月の最大風速が大きい

原因として,台風の影響が大きい。また冬期は冬型気圧

配置,春期は日本海を通過する低気圧の影響であると考

えられる。

7月と9月で台風の風速に大きな差が見られた。これ

は日本付近の海面水温 (SST) が 7月ではまだ温まってい

ないため,台風の北上がほとんどなく,日本付近で衰弱

し風速が小さくなり,逆に 9月は日本付近のSSTが上昇

し,台風が発達を続けながら日本付近を通過するために

7月との風速に極端に差が出るものと考えられる。

クラスター分析ではまず,太平洋側と日本海側の海岸

沿いの地点のグループとそれ以外の地点のグループの2

つに大きく分けられた。各グループはさらにそれぞれ2

つに分けられ,合計 4 つのグループに分かれた。Ⅰbは

内陸,Ⅱaは太平洋側の海岸のうち,主に岬に位置する

地点,Ⅱbは日本海側海岸沿い,残りがⅠaとなった

(図 8)。

1月や12月の冬期にⅠは他の月よりも最大風速が相対

的に小さい。さらに 4 つのグループについて風向・風

速,発生要因等を詳しく調べるところ以下の事が明らか

になった。

Ⅰaは最大風速が 9月にのみ相対的に大きくなる傾向

が顕著である。暖候期に台風の影響により南寄りの強風

が発生し,寒候期は冬型気圧配置の時に西~北寄りの強

風が発生する。また,春期には日本海の低気圧の影響が

大きく,春一番と呼ばれる南から西寄りの強風が発生す

る。このグループの地点は主に面積の広い開けた地形上

に多く,季節風や台風などの影響を受けやすいものと考

えられる。また,長野や甲府などの内陸の地点もⅠaに

含まれているが,これらの地点では一定方向からの強風

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極値統計による中部地方の強風の解析

29

本論文は,著者の一人である石川知宏の平成22年度日本

大学文理学部地球システム科の卒業論文に加筆・修正を行っ

たものである。

謝辞

本研究を進めるにあたり,日本大学非常勤講師の永野良紀

氏,ならびに日本大学研究員の田中誠二氏をはじめ多くの方

から助言を頂きました。心から感謝いたします。

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化.土木学会第57回年次学術講演会 . 石原 猛・日比一喜・加藤央之・大竹和夫・松井正宏 (2002)

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