環境負荷の定量化および製品寿命の長期化に関する費用の管理kg.kanazawa-gu.ac.jp/kiyou/wp-content/uploads/2014/08/keie02.pdf ·...

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環境負荷の定量化および製品寿命の長期化に関する費用の管理 1) 春名 2) Accounting for the Cost of Environmental Impact and Increased Product Lifespan 1) Ryo HARUNA 2) 生産企業は製品のライフサイクルに基づいて環境負荷を算出し,その負荷削減に向けたいくつかの取組みを積極 的に推進している.自社の存続・成長に必要不可欠な経済性が環境負荷の算出で考慮されていて,製品寿命の長期 化に対しては修理・部品交換などの保全性を考慮した場合のユーザーのコスト変化に対応可能な買い替えの時期を 検討する方法が存在することを示す. キーワード:循環型社会,環境負荷,ライフサイクルアセスメント,耐久消費財,経済性 はじめに 戦後の日本の生活様式およびそれを支えた産業活動は,大量生産・大量消費・大量廃棄型の社会経済システムと なり,経済的効率性を追求してきた.そのため,高度経済成長期に公害問題が発生し,多くの企業が公害防止対策 に取組み始め,資源の枯渇や環境への対応など地球環境問題を意識するようになった [1,2] この問題は,少数の個別企業が原因ではなく,一般消費者も含めた多くの関係者が,従来の社会経済システムに おいて製販一方型(生産・販売・消費・廃棄)の生産活動を続けてきたことにより顕在化された [1,3] .そこでは, 消費から生産へつなげて閉ループ型の生産システムを構築するための生産活動が鈍重であった.従って,それを少 しでも改善するため,大量の資源投入を抑制し,製造,物流,使用過程での CO や廃棄物の発生抑制と製品リサイ クルを軸に,天然資源の消費削減と環境負荷の低減を目指した資源循環型のシステムの構築を追求しなければなら ない.そのシステムは,製販一方型の生産活動において消費と生産を連結することで,図1に示す循環型の生産シ ステムとなる. 図1:循環型の生産システム [1] 上図で表されるシステムの構築においては,外的条件としての各国・地域における法制度や,企業内での経済性 ・効率性を追求するオペレーショナルな課題解決といった制約条件がある [1,2] .また,システム全体をマネジメン 1):平成25年10月10日受付;平成25年10月31日受理。 Received Oct. 10, 2013 ; Accepted Oct. 31, 2013. 2):金沢学院大学 スポーツ健康学部;Faculty of Sports and Health, Kanazawa Gakuin University.

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Page 1: 環境負荷の定量化および製品寿命の長期化に関する費用の管理kg.kanazawa-gu.ac.jp/kiyou/wp-content/uploads/2014/08/keie02.pdf · キーワード:循環型社会,環境負荷,ライフサイクルアセスメント,耐久消費財,経済性

環境負荷の定量化および製品寿命の長期化に関する費用の管理1)

春名 亮2)

Accounting for the Cost of Environmental Impact and IncreasedProduct Lifespan1)

Ryo HARUNA2)

要 旨

生産企業は製品のライフサイクルに基づいて環境負荷を算出し,その負荷削減に向けたいくつかの取組みを積極

的に推進している.自社の存続・成長に必要不可欠な経済性が環境負荷の算出で考慮されていて,製品寿命の長期

化に対しては修理・部品交換などの保全性を考慮した場合のユーザーのコスト変化に対応可能な買い替えの時期を

検討する方法が存在することを示す.

キーワード:循環型社会,環境負荷,ライフサイクルアセスメント,耐久消費財,経済性

1 はじめに

戦後の日本の生活様式およびそれを支えた産業活動は,大量生産・大量消費・大量廃棄型の社会経済システムと

なり,経済的効率性を追求してきた.そのため,高度経済成長期に公害問題が発生し,多くの企業が公害防止対策

に取組み始め,資源の枯渇や環境への対応など地球環境問題を意識するようになった[1,2].

この問題は,少数の個別企業が原因ではなく,一般消費者も含めた多くの関係者が,従来の社会経済システムに

おいて製販一方型(生産・販売・消費・廃棄)の生産活動を続けてきたことにより顕在化された[1,3].そこでは,

消費から生産へつなげて閉ループ型の生産システムを構築するための生産活動が鈍重であった.従って,それを少

しでも改善するため,大量の資源投入を抑制し,製造,物流,使用過程での CO2や廃棄物の発生抑制と製品リサイ

クルを軸に,天然資源の消費削減と環境負荷の低減を目指した資源循環型のシステムの構築を追求しなければなら

ない.そのシステムは,製販一方型の生産活動において消費と生産を連結することで,図1に示す循環型の生産シ

ステムとなる.

図1:循環型の生産システム[1]

上図で表されるシステムの構築においては,外的条件としての各国・地域における法制度や,企業内での経済性

・効率性を追求するオペレーショナルな課題解決といった制約条件がある[1,2].また,システム全体をマネジメン

1):平成25年10月10日受付;平成25年10月31日受理。

Received Oct. 10, 2013 ; Accepted Oct. 31, 2013.

2):金沢学院大学 スポーツ健康学部;Faculty of Sports and Health, Kanazawa Gakuin University.

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2 金沢学院大学紀要「経営・経済・情報科学・自然科学編」 第12号(2014)

トするためのトータルシステムとしての仕組みは環境マネジメントシステム(EMS : Environmental Management

System)の構築につながり,その規格要求事項を含む ISO14000シリーズにおいて,製品の全ライフサイクルにわ

たる環境負荷などの影響を評価するライフサイクルアセスメント(LCA : Life Cycle Assessment)を本稿の考察対

象とする.それは,ISO14000シリーズにおいて,LCA及びその原則を規格するものであり,ISO14040として認証

されている.

環境負荷を低減するには製品のリサイクルのみならず,製品の使用段階における発生抑制を考えて長期間使用す

ることも必要不可欠である.本稿では家電製品や自動車などの主要耐久消費財を対象とする例をもとに,それらの

買い替えサイクルを長期化するために信頼性理論が適用されていることを示し,さらに定期交換が行われることを

想定に入れたコストを考慮して,主要耐久消費財の買い替えサイクルを検討する方法が存在することを示す.

2 環境負荷の定量化に関する費用の管理

製品の製造段階のみならず使用・廃棄段階までの環境を評価し,その環境負荷を最小化するための手法として知

られているライフサイクルアセスメントは,循環型の生産システムを構築するためにも非常に重要な概念である[1].

環境負荷は製品やサービスの提供といった企業活動に伴い,それをできるだけ細分化して,分解された各活動(単

位プロセスと呼ぶ)に対する環境負荷の和で求められる.単位プロセスに対しては,考慮対象とする項目を検討し,

入力と出力を考慮する.それらが非常に多い場合は,個々の環境原単位を別々に算出することが難しい場合がある[5].

この場合,公開されている産業連関表に基づく環境負荷原単位データを利用できる.これより,対象業種の製品単

位価格当りの環境負荷データを入手できる.また,対象業種の産出量データから,単位産出量当りの環境負荷デー

タも得られる.

図1で表される循環型の生産システムでは,製販一方型および循環型の場合で製品のライフサイクルの環境負荷

を評価する方法がそれぞれ異なる[1,4].

� 製販一方型(単純型ライフサイクル)の場合

製品使用1年間当りの環境負荷=生産から廃棄に至るまでの環境負荷の和

製品寿命

ただし,この式の分子で販売における環境負荷を考慮していない.各段階での環境負荷を削減することが必要で

あるが,次に示す�の場合と比較すると,素材製造と廃棄物処理での環境負荷が大きくなることも考えられるため,次の点を工夫する必要がある.

・製品の長寿命化を図る

・再生可能な天然素材を利用する

・自然分解型の素材を使用する

� 循環型ライフサイクルの場合

製品使用1年間当りの環境負荷=1循環当りの製品の環境負荷

1循環当りの製品使用期間

この場合においても,�と同様にこの式の分子で販売における環境負荷を考慮していない.循環が繰り返される場合は,その回数を乗じる必要がある.製品について両方のライフサイクル方式がとれる場合は両方の環境負荷を

算出して,最小となる方式の選定を行えばよい.

� コストを考慮する場合

製品生産における費用は,環境負荷原単位の代わりに単位価格を用いて算出することができ,製品のライフサイ

クル全体で必要となる費用も同様に算出することが可能である[5].つまり,�の場合であれば,製品の1循環当た

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3春名:環境負荷の定量化および製品寿命の長期化に関する費用の管理

りの費用は,図1において販売を除く各段階の費用の和を,1循環当たりの製品使用期間で割って得られ,それは

以下の式で表される.

製品使用1年間当りの費用=1循環当りの製品の総費用

1循環当りの製品使用期間

環境負荷と経済性の両方に優れた製品を生産するには,基本的に代替案について�および�に示した式で数値を算出して選定を行えばよい.

3 製品の買い替えサイクル長期化に関する費用の管理

3.1 製品を長期間使用するための取組み

製品は,機能(製品がユーザに与える能力),性能(製品機能の水準),品質(製品に対する満足感),信頼性(寿

命や故障率の低さ),そして安全性(使用中の事故の少なさ)が優れているものが良く,保守・点検・修理・消耗

品販売,並びに各種の情報提供といったきめ細かなサービスを行うことが望まれている[1,6].このようなサービス

は,製品を長期間使用するためにも必要なことである.しかし,サービスの提供を受ける我々一人ひとりが「もっ

たいない」とか「良いものなら大事にする」という気持ちで製品を可能な限り長く使い続けようとする意識をもて

ば,買い替えサイクルを長期化して廃棄物の発生抑制につながる改善活動への取組みを前進させることができる.

3.2 買い替えサイクル長期化の課題とその対応

ここでは長期間使用できる製品の代表例として,家電製品や自動車などの耐久消費財を対象とすると,これらの

使用年数は約8年から10年である.また,その買い替え理由は「故障」の比率が高いことも分かっている.これを

バスタブ曲線(図2)の初期故障・偶発故障・磨耗故障で見ると,この故障は磨耗故障で,そこが買い替えの時期

ではないかと考えられるが,事実検証が必要になる[1,6].ここで,図中の故障について各々の特徴を以下に示して

おく.

� 初期故障期

・部品や組立不良などで製品が故障する

・事前に不良品を除去すると,故障率を下げられる

� 偶発故障期

様々な原因の重ね合せで偶発的に発生(予測や対策が困難)

� 磨耗故障期

・耐用寿命が過ぎると,製品の劣化などにより故障率が時間とともに増加

・製品が寿命に達する前に買い替える

循環型社会の形成において,製品を長期間使用し買い替えサイクルを長期化するには,製品自体の耐久性を上げ,

保全性を向上させ,設計信頼性を確保することが必要であると考えられる.

図2:使用期間とバスタブ曲線[1]

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4 金沢学院大学紀要「経営・経済・情報科学・自然科学編」 第12号(2014)

循環型社会の形成が進むにつれて,さらに長期間使用可能な耐久性が要求され,それは信頼性で重要なことであ

る.長持ちしなければ,どんなに使いやすくて,機能が良くても基本的な目的は達成できない.ただ,いたずらに

長くというのではなく,その要求使用時間は十分に機能を発揮しうることが必要である.一般的なバスタブ曲線(図

3)で考えてみると,寿命を長期化させるということは,磨耗故障になるまでの時間を引き延ばすことになる[6].

図3:製品寿命の長期化とバスタブ曲線[1]

3.3 製品ライフサイクルとコストの関係[5,6]

従来のバスタブ曲線は故障と時間の対応関係を見ることが目的であったが,コストと時間の対応関係もバスタブ

曲線として表すことが可能である.

図4:ユーザーから見た使用年数とコストのバスタブ曲線

ユーザーは導入期に初期投資をして商品を入手し,維持費をかけながら使用する.そして,故障が頻繁に起こる

と,修理費の増加に伴って買い替える.

さらに,修理・部品交換といった保全性を考慮した場合のユーザーのコストと時間との対応関係は次の図で表さ

れる.

図5:定期交換を考慮したコストのバスタブ曲線

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5春名:環境負荷の定量化および製品寿命の長期化に関する費用の管理

ユーザーも販売するメーカーも相互的にメリットのある関係になるような仕組みおよび運用を図ることで,買い

替えサイクルの長期化が可能になると考えられる.

4 おわりに

本稿においては,循環型ライフサイクルの環境負荷を算出する際に,個々の環境負荷原単位を別々に算出するこ

とが困難な場合,その代わりに単位価格を用いることが可能であり,製品のライフサイクル全体で必要となる費用

も同様に算出できるため,それを1循環当たりの製品使用期間で割って環境負荷を求める方法が存在することを示

した.環境負荷が少なくて経済性にも優れた製品の生産が実現可能であれば,経済メカニズムにより自然と環境負

荷は削減されるであろう.さらに,製品の買い替えサイクル長期化に対して,部品の定期交換が行われることを想

定に入れたコストを考慮すると,買い替えは使用年数が10年を超える時期に検討する必要があり,製品寿命を長期

化させることによって持続可能な社会の形成につながることを期待したい.

今後の検討課題は製品のライフサイクルにおける各段階の影響度を考慮して環境負荷を算出することであり,本

稿および昨年度の内容をさらに発展させることである.

本稿は昨年度の公開講座の内容をもとに執筆した文献[1]の続編となるため,両方を読んで環境マネジメント分野

に関するご関心が深まれば幸いである.

参考文献

[1]春名 亮:「持続可能な開発における生産活動のマネジメント」,金沢学院大学紀要(経営・経済・情報科学・自然科学編),

第11号,pp.11−17 (2013)

[2]曹 徳弼・中島健一・竹田 賢・田中正敏:『サプライチェーンマネジメント入門-QCDE戦略と手法-』,朝倉書店(2008)

[3]松井正之・由良憲二:『基礎 経営システム工学』,共立出版(2002)

[4]由良憲二:「生産の環境負荷と経済性」,オフィス・オートメーション,Vol.24, No.2, pp.55−59(2003)

[5]山下恭幸:「循環型社会における製品の長期間使用と信頼性の一考察」,日本信頼性学会誌,Vol.25, No.3(通巻127号),pp.230

−237(2003)

[6]-:「循環型社会での製品の買い替えサイクル長期化への対応」,YAMAHA MOTOR TECHNICAL REVIEW,第36号,(2003)