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9 福重 貴久 *・寺坂 明子 **・池田 浩之 *** 居場所環境とストレス・コーピング・スキルの関連 本研究では大学生のストレス・コーピング・スキルを高める1つの要因として居場所環境を挙げ、両者 の関連を検討することを目的とし、関西圏の大学に通う大学生206名に対し質問紙調査を行った。居場所 環境を「個人の持つ居場所を包括的に捉える概念」と定義づけ、木島(2008)のストレス・コーピング・ スキル尺度と居場所環境を尋ねる質問紙を用いた。その結果、大学生の「自分ひとりの居場所」、「家族の いる場所」、「家族以外の人のいる居場所」の具体的なデータが得られた。また、居場所環境として「家族 のいる居場所」と「家族以外の人のいる居場所」を併せ持つ人は「社会的サポートの所有」、 「プラス思考」 のスキルが高い傾向にあることが明らかとなった。今後の研究としては、ソーシャルネットワークを一種 の居場所と捉え居場所環境の見直しを行うといったように、時代に合わせた居場所について調査を行って いく必要があると考えられる。 キーワード:居場所環境,ストレス・コーピング・スキル,精神的健康,大学生 問題と目的 1.居場所研究 近年、 「居場所」についての研究が盛んに行われ ている。石本(2007)は居場所のうち物理的制 約のあるものを「物理的居場所」、物理的制約の ないいわば関係性を「心理的居場所」として分類 した。そして「物理的居場所」と「心理的居場所」 の機能は異なり、それらを別々に調査する必要が あるとし、 「物理的居場所」または「心理的居場所」 としてどのようなものが挙げられるのかを明らか にすることを目的として調査を行っている。さら に、石本(2006)は居場所の中に他者が存在す るかしないかによる分類にも着目し、ひとりでい て居場所を感じるものを「個人的居場所」、他者 といて居場所を感じるものを「社会的居場所」と して、この二つの居場所の心理的機能がどのよう に異なるのかを明らかにすることを目的として調 査を行っている。このように居場所は多様な観点 から分類され調査されてきたことが分かる。そこ で本研究では居場所を持つことによる有効な機能 に着目し、心理的な側面をも持つ居場所を分析の 対象とした。しかし、過去の研究をみてもわかる ように共通の心理的居場所の定義は存在せず、研 究者によってさまざまであるのが現状である。 よって杉本・庄司 (2006a) の「いつも生活して いる中で、特にいたいと感じる場所」という定義 を参考に、物理的な空間または心理的な関係性の 両方を表現することができる「いつも生活してい る中で、特にいたいと感じる空間、または一緒に いたいと感じる人や集団」を本研究での心理的居 場所の定義とした。 また居場所と精神的健康との関連についても研 究が行われている。中村 (2008) は杉本・庄司 (2006a) が明らかにした居場所の機能構造が精 神的健康と強く関連する心理的要因を含んでいる とし、居場所と精神的健康に関する研究を行って いる。また、石本 (2006) は「個人的居場所」、 「社 会的居場所」と精神的健康との関連を検討してい る。精神的健康の指標としては心理的well-being 尺度が用いられ、社会的居場所の確保度が高い群 *   兵庫教育大学大学院学校教育研究科 **  大阪教育大学教育学部教育協働学科 *** 兵庫教育大学発達心理臨床センター

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福重 貴久 *・寺坂 明子 **・池田 浩之 ***

居場所環境とストレス・コーピング・スキルの関連

 本研究では大学生のストレス・コーピング・スキルを高める1つの要因として居場所環境を挙げ、両者の関連を検討することを目的とし、関西圏の大学に通う大学生206名に対し質問紙調査を行った。居場所環境を「個人の持つ居場所を包括的に捉える概念」と定義づけ、木島(2008)のストレス・コーピング・スキル尺度と居場所環境を尋ねる質問紙を用いた。その結果、大学生の「自分ひとりの居場所」、「家族のいる場所」、「家族以外の人のいる居場所」の具体的なデータが得られた。また、居場所環境として「家族のいる居場所」と「家族以外の人のいる居場所」を併せ持つ人は「社会的サポートの所有」、「プラス思考」のスキルが高い傾向にあることが明らかとなった。今後の研究としては、ソーシャルネットワークを一種の居場所と捉え居場所環境の見直しを行うといったように、時代に合わせた居場所について調査を行っていく必要があると考えられる。

キーワード:居場所環境,ストレス・コーピング・スキル,精神的健康,大学生

問題と目的1.居場所研究 近年、「居場所」についての研究が盛んに行われている。石本(2007)は居場所のうち物理的制約のあるものを「物理的居場所」、物理的制約のないいわば関係性を「心理的居場所」として分類した。そして「物理的居場所」と「心理的居場所」の機能は異なり、それらを別々に調査する必要があるとし、「物理的居場所」または「心理的居場所」としてどのようなものが挙げられるのかを明らかにすることを目的として調査を行っている。さらに、石本(2006)は居場所の中に他者が存在するかしないかによる分類にも着目し、ひとりでいて居場所を感じるものを「個人的居場所」、他者といて居場所を感じるものを「社会的居場所」として、この二つの居場所の心理的機能がどのように異なるのかを明らかにすることを目的として調査を行っている。このように居場所は多様な観点

から分類され調査されてきたことが分かる。そこで本研究では居場所を持つことによる有効な機能に着目し、心理的な側面をも持つ居場所を分析の対象とした。しかし、過去の研究をみてもわかるように共通の心理的居場所の定義は存在せず、研究者によってさまざまであるのが現状である。よって杉本・庄司 (2006a) の「いつも生活している中で、特にいたいと感じる場所」という定義を参考に、物理的な空間または心理的な関係性の両方を表現することができる「いつも生活している中で、特にいたいと感じる空間、または一緒にいたいと感じる人や集団」を本研究での心理的居場所の定義とした。 また居場所と精神的健康との関連についても研究が行われている。中村 (2008) は杉本・庄司 (2006a) が明らかにした居場所の機能構造が精神的健康と強く関連する心理的要因を含んでいるとし、居場所と精神的健康に関する研究を行っている。また、石本 (2006) は「個人的居場所」、「社会的居場所」と精神的健康との関連を検討している。精神的健康の指標としては心理的well-being尺度が用いられ、社会的居場所の確保度が高い群

*  兵庫教育大学大学院学校教育研究科** 大阪教育大学教育学部教育協働学科***兵庫教育大学発達心理臨床センター

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10 発達心理臨床研究 第25巻 2019

ように我々の生活に大きな影響を与えるストレスであるからこそ、私たちはこのストレスと向き合って生きていかなければならない。そのうえで必要となるのがストレス・コーピング(ストレス対処)である。コーピングとは「能力や技能を使い果たしてしまうと判断され自分の力ではどうすることもできないとみなされるような、特定の環境からの強制と自分自身の内部からの強制の双方を、あるいはいずれかの一方を、適切に処理し統制していこうとしてなされる、絶えず変化していく認知的努力と行動による努力」とされる(Lazarus・Folkman, 1984)。つまり、ストレス・コーピングとは心身の安全を脅かす環境や刺激に対し、認知的方法と行動をもって適切に処理を行うことなのである。 ストレス・コーピングに関する研究は多く行われている。和田 (1998) は大学生がストレスにどのように対処しているのかを明らかにすることを目的とした研究を行った。また、木島 (2008) はストレス・コーピングの測定に関して、従来の研究はコーピングの方法を測定する尺度の開発と、職場ストレスなどの個々の領域におけるその利用についてのものが中心であったと述べている。その上で、それらの研究は個人のコーピング特徴を捉えただけのものであり、コーピング自体が適応的なものであるのか、また不適応なものであるのかの観点から研究されてきたものではないとしている。そして、個人が適切なコーピングを行うことができる能力すなわちストレス・コーピング・スキルを調査することは重要なことであるとして、個人のストレス・コーピング・スキルを測定する尺度を作成した。研究内では「ストレスフルな状況に適切に対応するための学習可能な諸スキル(技能)」をストレス・コーピング・スキルの定義としている。その項目を見ると杉本・庄司 (2006a) が明らかにした居場所の心理的機能の構造と関連するものが多く、本研究で用いることとした。またストレス・コーピングを上手く行うことができるということは精神的に健康であるというようにも考えることができることから、本研究ではスト

の方が低い群よりも有意に人格的成長、人生における目標、自律性、自己受容、環境統制力、積極的な他者関係の得点が高いことが示された。このように、居場所と精神的健康の関連は過去の研究でも検討されてきている部分が多く、着目すべき点である。 以上のように居場所は多様な観点から分類され、その分類をもとにして各居場所の機能について研究されてきた。しかし杉本・庄司(2006a)は1つの居場所のみで居場所から得られる心理的機能をすべて充足することは困難であるとしている。その後、杉本・庄司 (2006b) は個人の居場所それぞれの機能を検討することは重要としたうえで、さらに個人が持っている複数の居場所を包括的に捉えて分析を行うという新たな視点が必要であるとし、「居場所環境」という視点を導入した。居場所環境とは、どのような固有性を持った居場所をどのようなバランスでいくつ所有しているのかを表す用語として使われる。また杉本・庄司 (2006a) は居場所環境という観点を取り入れることによって、居場所から得ることができる心理的機能と関連すると思われる学校における不適応問題やメンタルヘルスについて、足りない居場所機能を補うというアプローチの仕方で解決を図ることができるようになるのではないかと考えた。このアプローチの仕方は居場所を持つことによる心理的機能が影響を与えると思われるものに対してアプローチする方法として一考の価値があるものである。そこで本研究ではこの居場所環境を調査の対象とし研究を行った。

2.ストレス・コーピングと居場所 私たちの生きている現代はしばしばストレス社会と呼ばれている。岩田 (2005) がストレスという言葉が一般の人々の日常会話の中で頻繁に用いられ、このことは現代の人が多種多様なストレッサー(ストレス刺激)にさらされていることを意味していると述べるように、私たちは様々なストレスに常にさらされ、ストレスを感じずに生活を送るということはとても難しいことである。この

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11居場所環境とストレス・コーピング・スキルの関連

方法1.研究デザイン…質問紙調査法2.調査対象…関西圏の11校の大学に通う大学生206名(男性101名、女性104名、未記入1名)3.調査時期…2017年11月~ 2017年12月4.質問紙構成 質問紙はフェイスシート、ストレス・コーピング・スキル尺度、居場所環境からなる4枚の構成となっている。 4-1.フェイスシート フェイスシートでは学年、性別、また一部の回答者に対しては所属大学および所属学部をたずねた。 4-2.ストレス・コーピング・スキル尺度 木島(2008)によって作成された基本的なコーピング・スキルを測定するための尺度を使用した。第1因子「情動的ストレス耐性」10項目、第2因子「積極的対応」7項目、第3因子「攻撃性の抑制」4項目、第4因子「社会的サポートの所有」3項目、第5因子「環境の変化への迅速な適応」3項目、第6因子「自己主張」3項目、第7因子「社会的サポートの活用」3項目、第8因子「プラス思考」4項目、第9因子「対人コミュニケーションにおける適切な対応」4項目、第10因子「悠然的対応」3項目、第11因子「冷静さの維持」2項目、第12因子「問題の洞察・把握」3項目、第13因子「気晴らし」2項目、第14因子「対人的配慮」2項目、計53項目。*第1因子「情動的ストレス耐性」の「心配事があると、夜、寝つかれなくなる」という項目について、「心配事があると、夜、寝つけなくなる」に変更した。回答方法は、「とても当てはまる(7)~全く当てはまらない(1)」の7段階での回答を求めた。

4-3.居場所環境 回答者の居場所環境を調査するために居場所の有無、具体的な居場所をたずねた。居場所の有無については、「はい」「いいえ」から選択をしても

レス・コーピングを適切なものにする一つの要因として個人の居場所環境を挙げ両者の関連を検討することを目的とする。

3.本研究の目的と仮説 まず初めに、「自分ひとりの居場所」「家族のいる居場所」「家族以外の人のいる居場所」全てを居場所環境として持つ人が最も良好な精神的健康と関連しているとはいえないという研究結果 (杉本・庄司, 2006b)もあることから、それぞれの居場所の組み合わせによって各ストレス・コーピング・スキルの高さが異なることも予測される。本研究では(杉本・庄司, 2006b)を参考に居場所の分類を「自分ひとりの居場所」「家族のいる居場所」「家族以外の人のいる居場所」とした。ここから以下の2つの仮説を立て検証していく。

(1)「家族以外の人のいる居場所」と「自分ひとりの居場所」を併せて居場所環境に持つ人は、自己肯定感が高く思考・内省しやすいので情動的ストレス耐性のスキルが高い傾向にある: 「家族以外の人のいる居場所」を持つ人は自己肯定感が高く、「自分ひとりの居場所」を持つ人は思考・内省をしやすいという研究結果(中村, 2008;杉本・庄司, 2006a)と、自己肯定感と思考・内省が情動的ストレス耐性のスキルに影響を与えると考えられることから仮説1を立てた。

(2)「家族のいる居場所」と「家族以外の人のいる居場所」を居場所環境に持つ人は、社会的サポートの所有または社会的サポートの活用、環境の変化への迅速な適応の得点が高い傾向にある: 「家族のいる居場所」と「家族以外の人のいる居場所」を居場所環境に持つ人は良好な人間関係を築いていると考えられることや、社会的居場所の確保が環境の変化への迅速な適応と類似する環境統制力を高めるという研究結果(石本, 2006)から仮説2を立てた。

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12 発達心理臨床研究 第25巻 2019

6.倫理的配慮 調査対象者に対し、フェイスシートにて、本研究の目的、集めたデータは統計的に処理され個人が特定されることはないことについて説明を行った。

結果1.記述統計量 初めに「居場所の有無」、「居場所環境」についてそれぞれの度数分布を以下のTable 1とTable 2に示す。 居場所があると答えた回答者は190名で全体の92%、居場所がないと答えた回答者は13名で6.3%、記入なしが3名で1.5%であった。

 

  自分ひとりの居場所だけを居場所環境に持つ人は12名で5.8%、家族のいる居場所だけを居場所環境に持つ人は5名で2.4%、家族以外の人のいる居場所を居場所環境に持つ人は12名で5.8%、自分ひとりの居場所と家族のいる居場所を居場所環境に持つ人は11名で5.3%、自分ひとりと家族以外の人のいる居場所を居場所環境に持つ人は32名で15.5%、家族と家族以外の人いる居場所を居場所環境に持つ人は28名で13.6%、自分ひとりと家族と家族以外の人のいる居場所を居場所環境に持つ人は88名で42.7%、居場所を持たない人は13名で6.3%、記入なしが5名で2.4%であった。

   

らい、「いいえ」を選択した回答者にはその時点で回答を終了してもらった。「はい」を選択した回答者には「現在の自分にとっての居場所を具体的に最大5つまで挙げてください。その際、自分の居場所だと強く感じるものから順に記入してください。またその居場所が自分ひとりの居場所ならひとりの欄に、家族のいる居場所なら家族の欄に、家族以外の人のいる居場所なら家族以外の欄に○を記入してください」という教示文のもと、具体的な居場所について自由記述方式で回答を求めた。なお本研究では杉本・庄司(2006b)を参考に、居場所環境をA群:自分ひとりの居場所だけ、B群:家族のいる居場所だけ、C群:家族以外の人のいる居場所だけ、D群:自分ひとりの居場所+家族のいる居場所、E群:自分ひとりの居場所+家族以外の人のいる居場所、F群:家族のいる居場所+家族以外の人のいる居場所、G群:自分ひとりの居場所+家族のいる居場所+家族以外の人のいる居場所、H群:居場所なしの8パターンに分類することとした。これをFigure 1に示す。

5.手続き 質問紙の配布方法については以下の方法をとった。(1)調査者の所属する大学の授業の始めに質問紙を配布し、授業終了後に回収した。(2)調査者の協力者に質問紙を渡し配布してもらい、回答終了後に回収してもらったものを回収した。 質問紙を回収した後、データの処理を行い分析を行った。

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13居場所環境とストレス・コーピング・スキルの関連

 家族以外の人のいる居場所として1番多く挙げられたのは高校の友人であった。以下大学の友人、サークル、バイト先・勤務先と続く。自分ひとりの居場所や家族のいる居場所は比較的少数の種類にまとまっているのに対し、家族以外の人のいる居場所は多くの種類にわたって挙げられることが明らかとなった。

  3.居場所環境各ストレス・コーピング・スキルとの関連 居場所環境をA群 (自分ひとりの居場所だけ)、B群 (家族のいる居場所だけ)、C群 (家族以外の人のいる居場所だけ)、D群 (自分ひとりの居場所+家族のいる居場所)、E群 (自分ひとりの居場所+家族以外の人のいる居場所)、F群 (家族のいる居場所+家族以外の人のいる居場所)、G群 (自分ひとりの居場所+家族のいる居場所+家族以外の人のいる居場所)、H群 (居場所なし) に分類した。その後、個人の持つ居場所環境により各ストレス・

2.個人の持つ居場所についての自由記述 本研究では質問紙の回答者に自分の居場所を複数回答可の自由記述という方式で挙げてもらった。その結果635の居場所が挙げられた。またそれぞれの居場所の数は、自分ひとりの居場所が153、家族のいる居場所が154、家族以外の人のいる居場所が328であった。その具体的な居場所を居場所の分類ごとに以下のTable 3~Table 5に示す。 自分ひとりの居場所について1番多く挙げられたものは自分の部屋であった。以下自分の家(下宿先)、ベッド・布団、トイレと続きていくことからひとりの居場所として、自分の家または自分の家の特定の場所を居場所として感じる大学生が多いことが明らかとなった。また自分の家以外のひとりの居場所として、図書館やプラネタリウム、美術館などの公共の施設や近くの湖といった身近な自然が挙げられた。  

  家族のいる居場所として1番多く挙げられたのは実家であった。以下リビング、家族、祖父母と続いていく。家族のいる居場所としてペットが挙げられたことから、居場所の対象として人間だけではなく、動物も挙げられることが明らかとなった。

 

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14 発達心理臨床研究 第25巻 2019

場所環境を自分ひとり (A群)、家族 (B群+D群+F1群)、家族以外 (C群+E群+F2群)、すべて (G群)、居場所なし (H群) で整理し直したもの、従属変数を情動的ストレス耐性得点として1要因の分散分析を行った。また、F群の居場所の数において「家族のいる居場所」の方が多い群をF1群、「家族以外の人のいる居場所」の方が多い群をF2群とした。その結果有意な差が認められ (F (4, 192)=2.57, p<.05)、Tukey HSDを用いた多重比較によると自分ひとりと居場所なしの群の間に有意である傾向がみられた。また、自分ひとり(M=31.64, SD=9.46)、家族 (M=34.44, SD=8.25)、家族以外 (M=35.96, SD=8.72)、すべて (M=37.82, SD=9.29)、居場所なし (M=41.23, SD=12.13)となった得点分布について、居場所があるものだけを比較すると社会的な居場所が増えるにつれて情動的ストレス耐性のスキルは高くなる傾向がみられた。

考察 本研究では質問紙をとおして大学生の居場所環境とストレス・コーピング・スキルについてのデータを収集し、両者の関連を確かめるために分析を行った。その結果について、居場所の自由記述で挙げられた具体的な居場所について考察を行った後、居場所環境とストレス・コーピング・スキルとの関連について考察を行う。

1.居場所についての自由記述 本研究では自分にとっての居場所について自由記述の形式で回答を求めた。その結果「自分ひとりの居場所」、「家族のいる居場所」、「家族以外の人のいる居場所」について具体的な居場所がそれぞれ挙げられた。その中で注目すべきなのは「家族

コーピング・スキル得点の平均値に差があるのかどうかを確かめるために、独立変数を居場所環境、従属変数を各ストレス・コーピング・スキル得点として1要因の分散分析を行った。その際、居場所環境として家族だけを持つB群のサンプル数が5と少ないため分析には用いないこととした。その結果を以下のTable 6に示す。情動的ストレス耐性、積極的対応、問題の洞察・把握については欠損値を含んでいた。そのため情動的ストレス耐性についての分析におけるA群のサンプル数は11、C群のサンプル数は11、D群のサンプル数は10、E群のサンプル数は31であった。積極的対応についての分析におけるC群のサンプル数は11、D群のサンプル数は10であった。問題の洞察・把握についての分析におけるC群のサンプル数は11、D群のサンプル数は10であった。 分析の結果より社会的サポートの所有のスキル(F (6, 189) =5.91, p<.05) が 有 意 で あ っ た。Bonferroniを用いた多重比較ではF群とG群の方が、A群・E群・H群よりも有意に高い得点を示した。また、プラス思考(F (6, 189) =4.40, p<.05)について有意な結果を得ることができた。Bonferroniを用いた多重比較ではF群とG群の方がA群よりも有意に高い得点を示した。この結果から、「家族以外の人のいる居場所」と「自分ひとりのいる居場所」を併せて居場所環境に持つ人は、情動的ストレス耐性のスキルが高い傾向にあるという仮説1については支持されなかった。また、「家族のいる居場所」と「家族以外の人のいる居場所」を居場所環境に持つ人は社会的サポートの所有、社会的サポートの活用、環境の変化への迅速な適応の得点が高い傾向にあるという仮説2については一部支持された。 情動的ストレス耐性については独立変数を、居

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15居場所環境とストレス・コーピング・スキルの関連

つことによって得られる思考・内省の能力が情動的ストレス耐性の項目と関連すると考えた。しかし情動的ストレス耐性のスキルを上げる要因として自己肯定感と思考・内省の能力が不適であったということが考えられる。2つ目の可能性として各居場所のサンプル数に偏りがあり、各群を代表できるだけのサンプルを集めることができなかったという可能性である。今回の調査では206名の大学生に質問紙を配り回答を求めた。その結果サンプル数が20以下の群が5つできてしまったのに対し、「自分ひとりの居場所」と「家族のいる居場所」と「家族以外の人のいる居場所」を併せ持つG群のサンプル数が88とその他の群と比較して大きくなってしまった。200名以上の学生の実態を表した有用なデータであるが、分析を行うには群の等質性が疑われてしまい、用いたデータの信頼性が低かったと考えられる。 しかし、居場所を整理した後の分析では、所有する居場所が社会的なものであるほど情動的ストレス耐性が高くなる傾向にあることや、居場所なし群においては標準偏差得点が高いことから情動的ストレス耐性が低いために居場所がないと答えた者や、情動的ストレス耐性が高いために居場所をもつ必要がないと答えた者がいることが明らかとなった。 2-2.仮説2について 仮説2について、「家族のいる居場所」と「家族外の人のいる居場所」を居場所環境として併せ持つF群と「自分ひとりの居場所」と「家族のいる居場所」と「家族以外の人のいる居場所」を居場所環境として併せ持つG群の方が、「自分ひとりの居場所」だけを持つA群と「自分ひとりの居場所」と「家族以外の人のいる居場所」を居場所として併せ持つE群と「居場所無し」のH群よりも社会的サポートの所有のスキルの得点が高い傾向にあるという結果が得られた。居場所環境に「家族のいる居場所」と「家族以外の人のいる居場所」を含むF群とG群が、その他すべての群よりも社会的サポートの所有のスキルにおいて点数が高いと

以外の人のいる居場所」である。具体的には、大学の友人、サークル、バイト先・勤務先などが挙げられたが、これより大学生の家族以外の人のいる居場所として、大学や高校など学校の友人や、学校の部活仲間、バイト先や恋人などの同年代の人との関係が多く挙げられることが明らかとなった。また恩師など影響を与えられたと推測される年上の存在も居場所となりえることが明らかとなった。さらにps4のオンラインやtwitterなど現実世界での関係ではない居場所が挙げられたことから、SNSなどのソーシャルネットワークでの関係も現代の大学生の居場所となりえることが明らかとなった。これは、スマートフォンやパソコンが普及し、いつでも誰とでもコミュニケーションをとることができるようになったためではないかと考えられる。

2.居場所環境と各ストレス・コーピング・スキルとの関連 本研究では居場所環境とストレス・コーピング・スキルとの関連を検討することを目的として調査を行った。そして、「家族以外の人のいる居場所」と「自分ひとりの居場所」を併せて居場所環境に持つ人は情動的ストレス耐性のスキルが高い傾向にあるという仮説1と「家族のいる居場所」と「家族以外の人のいる居場所」を居場所環境に持つ人は社会的サポートの所有、社会的サポートの活用、環境の変化への迅速な適応のスキルが高い傾向にあるという仮説2をたて、居場所環境を独立変数、ストレス・コーピング・スキルを従属変数として分散分析を行った。

2-1.仮説1について 仮説1について、仮説は支持されなかった。これを説明するものとして2つの可能性が考えられる。1つ目は仮説を立てるに至った理論が間違っていたという可能性である。仮説1については中村 (2008) と杉本・庄司 (2006a) を参考に「家族以外の人のいる居場所」を持つことによって得られる自己肯定感と「自分ひとりの居場所」を持

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16 発達心理臨床研究 第25巻 2019

2-3.居場所環境とその他のスキルとの関連 プラス思考のスキルついては「家族のいる居場所」と「族以外の人のいる居場所」を居場所環境に持つF群と「自分ひとりの居場所」と「家族のいる居場所」と「家族以外の人のいる居場所」を併せて居場所環境に持つG群のほうが「自分ひとりの居場所」だけを居場所環境にもつA群よりも有意に得点が高い傾向にあった。この点については他者との居場所を持つことによって得られる精神的安定の機能がプラス思考と関連するためだと考えられる。

本研究のまとめ 本研究では、ストレスを受けるような事態に直面した時に、適応的に対処行動をとることができない、または苦手とする人たちを援助するアプローチの一つとして居場所環境の観点を挙げ、居場所環境とストレス・コーピング・スキルとの関連を検討した。その結果、居場所環境として家族のいる居場所と家族以外の人のいる居場所を併せ持つ人は、社会的サポートの所有、プラス思考のスキルが高いことが明らかとなった。このことから、自分以外の他社のいる居場所を持つことが、社会的サポートの得やすさや、プラス思考につながっていると考えられる。また居場所のある人の方が環境の変化への迅速な適応のスキルが高い傾向にあることのように、一部のスキルにおいても居場所環境との関連が明らかとなった。このことから、適応的なストレス・コーピングを苦手とする人に対する居場所環境からのアプローチの可能性が示唆された。

今後の課題 本研究では問題点がいくつか生じた。1つ目は分析を行う際にサンプル数に偏りが生じたことで、データの信頼性が低くなった点である。居場所環境を独立変数、ストレス・コーピング・スキルを従属変数とした分散分析では、先述のとおり自分ひとりの居場所と家族のいる居場所と家族以外の人のいる居場所を併せて居場所環境に持つG群が

は言えないものの、一部の群と比較して社会的サポートの所有のスキルの得点が高かったことから、社会的サポートを得るという点においては「家族のいる居場所」と「家族以外の人のいる居場所」を居場所として持つことが有効であることが示唆される。 また、社会的サポートの活用のスキルについては、Cronbachのα係数が.506と低い値であったため分析において用いることができず、本研究では居場所環境との関連を検討することができなかった。この社会的サポートの活用のスキルについては今後改めて居場所環境との関連を検証される必要がある。 環境の変化への迅速な適応のスキルについては「家族のいる居場所」と「家族以外の人のいる居場所」を合わせて居場所環境に持つ群とその他の群との間に有意な差はみられなかった。「家族のいる居場所」と「家族以外の人のいる居場所」を居場所環境に持つ人が、他の群と比較して環境の変化への迅速な適応のスキルの得点が高い傾向になかったことについては、以下の可能性が挙げられる。それは環境の変化への迅速な適応のスキルの項目が少なかったという可能性である。本研究では石本 (2006) の研究結果を参考に、社会的居場所を持っている人、つまり「家族のいる居場所」と「家族以外の人のいる居場所」を居場所環境に持つ人は環境統制力と内容的に類似したスキルである環境の変化への迅速な適応のスキルが高くなると考えてきた。そして石本 (2006) は6つの項目によって環境統制力の尺度が構成されているのに対し、本研究での環境の変化への迅速な適応のスキルは3つの項目によって構成されている。後者は前者に比べて概念の幅がある可能性が考えられ、環境の変化への迅速な適応のスキルにおいて有意な差を得ることができなかったのではないか。以上の可能性により仮説2について一部支持されたものの支持されない部分もあるという結果になったのではないかと考えられる。

 

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17居場所環境とストレス・コーピング・スキルの関連

309-358.Richard, S.L., &Susan, F. (1984).

 Stress, Appraisal, And Coping, New York:Springer

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他の群と比べて大きくなり、サンプルサイズに偏りができた。これにより正確な分析が行えなかった可能性が考えられる。今後はサンプルサイズを等しくできるようにデータを収集して分析する必要があるだろう。2つ目はストレス・コーピング・スキル尺度の見直しである。この尺度は3項目以下で構成される下位尺度を多く含んでいた。ストレス・コーピング・スキルを測定する尺度としてより精度の高い尺度の開発も必要であると考えられる。これらの問題を解決し、より正確な分析を行うことが必要である。 また今後の課題としては居場所環境の見直しが挙げられる。本研究において家族以外の人のいる居場所として「ps4のオンライン」や「twitter」などのソーシャルネットワークも居場所となりえることが示唆された。現代は情報化社会と呼ばれスマートフォンやパソコンを使用する頻度が過去に比べて格段に増えている。その中で実際に会わずとも居場所となりえる関係性が現れたのだ。しかし、過去において居場所環境にソーシャルネットワークを加えた研究は見当たらない。今後は居場所となりえるものとしてソーシャルネットワークを含むといったように、時代にあわせた居場所について研究を行う必要があるだろう。 引用文献石本雄真 (2006). 個人的居場所と社会的居場所の機能の違い―理的well-beingとの関連を通して― 神戸大学発達・臨床心理学研究, 5, 61-69.

石本雄真 (2007). 青年期の心の居場所―物理的居場所, 心理的居場所に分けて考える― 神戸大学発達・臨床心理学研究, 6, 65-70.

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木島恒一 (2008). ストレス・コーピング・スキル尺度の作成―その信頼性・妥当性の検討― 心身医, 48(8), 731-740.

中村聡市郎 (2008). 大学生における「居場所」と精神的健康に関する一研究―居場所の心理的機能の観点から― 創価大学大学院紀要, 30,

Page 10: 居場所環境とストレス・コーピング・スキルの関連repository.hyogo-u.ac.jp/dspace/bitstream/10132/18109/1...4.質問紙構成 質問紙はフェイスシート、ストレス・コーピン

18 発達心理臨床研究 第25巻 2019

Relationship between environment of whereaboutsand stress coping skills

Takahisa FUKUSHIGE*, Akiko TERASAKA**, Hiroyuki IKEDA***

*Graduate School of Education, Hyogo University of Teacher Education

**Department of Educational Collaboration, Osaka Kyoiku University

***Center for Development and Clinical Psychology, Hyogo University of Teacher Education

In this research, as a factor to enhance stress coping skills of college students, we look at environments of

whereabouts and aimed to examine the relationship between them. We conducted a questionnaire survey on 206

college students attending colleges in the Kansai area. We defined the environment of whereabouts as “a concept that

comprehensively captures the individual’s whereabouts”, and we used the scale of stress coping skills developed by

Kijima (2008) and the questionnaire asking about individual’s whereabouts. As a result, we were able to obtain

concrete data of college students, “whereabouts where only individual exists” and “whereabouts where family

members exist” and “whereabouts where people except family members exist”. In addition, it was revealed that those

who possess "whereabouts where family members exist" and "whereabouts where people except family members

exist" together as a environment of whereabouts tend to have high skills of "ownership of social support" and

"positive thinking". In the future research, it is necessary to review the environment of whereabouts and investigate

the whereabouts according to the times since social network is regarded as one kind of whereabouts in our era.

Key Words: environment of whereabouts, stress coping skills, mental health, college student