世界の織機と織物 吉本 忍 - minpaku.ac.jp · ショップをはじめとする41...

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民博通信 No. 142 26 特別展「世界の織機と織物織って!みて!織りのカラクリ 大発見」 本共同研究は 2010 10 月から 2014 3 月までの 3 年半 を研究期間として予定しており、2 年次の 2012 9 13 から 11 27 日までの期間には、これまでの共同研究の成果 として、共同研究会のメンバーが実行委員会を構成し、特別 展「世界の織機と織物織って!みて!織りのカラクリ大 発見」を、特別展示館と本館 1 階のエントランスホールで開 催した。この特別展では、世界各地で収集された 154 点の織 り途中の織機を、さまざまな民族衣装をはじめとする織物、 織機部品(綜 そうこう 絖)の考古資料などとともに展示したが、その ほかに入場者がさまざまな仕掛けで織物を織ることを体験で きる体験ひろばも併設した。さらにミニレクチャーやワーク ショップをはじめとする 41 回のイベントを実施し、人類史の 中枢技術として位置づけられる織りの技術の延長線上にある 産業革命や IT 革命によって、人類の文化遺産ともいえる手仕 事によるモノづくりが放棄され続けている危機的な状況に対 して、手仕事への回帰の必要性をメッセージとして発信した。 また、2013 3 月には本共同研究の成果として、特別展関連 書籍『世界の織機と織物』(編著:吉本忍・作図:柳悦州)を 出版した。さらに、4 月には共同研究会のメンバーや研究協 力者の執筆による特別展関連の特集記事「機織りの現場から」 が収録された『季刊民族学』144 号も出版されている。 あらたな織物の定義と織物の基本組織 織物とはなにか、織機とはなにか、さらに織るということ はいかなることかということについての一般的な理解は曖昧 なままに推移し、今日に至るまで学術的にも明確な定義や具 体的な説明もなされてこなかった。共同研究では、そうした これまでの研究の不備をおぎなうべく、織物を「張力をかけ たタテ糸にヨコ糸を組み合わせたモノ」と定義した。また、 このあらたな定義に基づき、織物をつくる行為、すなわち 「織る」ということは、「張力をかけたタテ糸にヨコ糸を組み 合わせる」こととし、「織機」とは、「張力をかけたタテ糸に ヨコ糸を組み合わせる仕掛け」とした。そしてさらに、織物 の基本組織については、これまで定説となっていた 4 種類の 組織(平織組織、綾織組織、繻 しゅす 子織組織、からみ織組織)を、 5 種類の組織(交叉織組織、からみ織組織、タテもじり織組 織、ヨコもじり織組織、巻き織組織)にあらためた。そして、 このことによって、これまでには編物として理解されてきた 繊維製品の多くが、あらたに織物として位置づけられること となった。 織機の型式 特別展では、織機をあらたな織物の定義に基づき、タテ糸 に張力をかける仕掛けを分類の基本概念とし、からだ機、手 機、足機、腰機、芯機、弓機、杭機、棒機、錘機、重石機、 枠機の 11 型式に分類して展示した。これらの織機型式のう ち、とくにからだ機は、足と膝、足と手といった、からだの 複数の部位で、タテ糸に張力をかけるとともに、からだでタ テ糸の張力を制御する仕掛けをそなえた織機型式であり、そ のうちには道具をいっさい使わず、からだの複数の部位のみ でタテ糸の張力を制御する型式も見いだされる。 織物のかたち 織物のかたちといえば、日本ではキモノの反物のような四 角形が一般的である。しかし、世界各地で織られてきた織物 のうちには、四角形のほかにも輪状、楕円状、管状、丸紐状、 枝状、フォーク状、ひだ状、うろこ状、袋状などさまざまな かたちがある。そうしたことから、特別展では、四角形以外 の織物を異形の織物として取り上げ、それらの織物と、織り 途中の織機を異形の織物と織機として紹介した。また、そう した展示コーナーに続いては、ワラや縄などを糸素材とした 織物と織機、アイヌの織機と織物、日本の織機と織物、進化 した織機と織物も展示コーナーを設けて紹介した。 研究の実績 民博通信 132 号で紹介した研究会以降に実施した研究会は 以下のとおりである。 2011 3 5 日(土)国立民族学博物館 藤井健三 「平織から綾織、そして繻子織」 大野木啓之 「展示と社会連携」 井関和代 「バンツゥー系民族によるラフィア機」 全員 「国内で所蔵されている織機と織物」 2011 5 23 日(月)西陣織会館 藤井健三「西陣の織機と織物」 ひろいのぶこ「伊豫コレクションの織機について」 内海涼子「ベトナムと中国の壮族が伝える『天工開物』型 腰機」 2011 5 24 日(火)京都造形芸術大学 鳥丸貞恵「中国貴州省の苗族の織機と織物」 特別展「世界の織機と織物織って!みて!織りのカラクリ大発 見」の展示会場風景。 世界の織機と織物 文・写真 吉本 忍 共同研究 手織機と織物の通文化的研究(2010-2013

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Page 1: 世界の織機と織物 吉本 忍 - minpaku.ac.jp · ショップをはじめとする41 回のイベントを実施し、人類史の 中枢技術として位置づけられる織りの技術の延長線上にある

民博通信 No. 14226

特別展「世界の織機と織物―織って!みて!織りのカラクリ大発見」本共同研究は 2010年 10月から 2014年 3月までの 3年半

を研究期間として予定しており、2年次の 2012年 9月 13日から 11月 27日までの期間には、これまでの共同研究の成果として、共同研究会のメンバーが実行委員会を構成し、特別展「世界の織機と織物―織って!みて!織りのカラクリ大発見」を、特別展示館と本館 1階のエントランスホールで開催した。この特別展では、世界各地で収集された 154点の織り途中の織機を、さまざまな民族衣装をはじめとする織物、織機部品(綜

そうこう

絖)の考古資料などとともに展示したが、そのほかに入場者がさまざまな仕掛けで織物を織ることを体験できる体験ひろばも併設した。さらにミニレクチャーやワークショップをはじめとする 41回のイベントを実施し、人類史の中枢技術として位置づけられる織りの技術の延長線上にある産業革命や IT革命によって、人類の文化遺産ともいえる手仕事によるモノづくりが放棄され続けている危機的な状況に対して、手仕事への回帰の必要性をメッセージとして発信した。また、2013年 3月には本共同研究の成果として、特別展関連書籍『世界の織機と織物』(編著:吉本忍・作図:柳悦州)を出版した。さらに、4月には共同研究会のメンバーや研究協力者の執筆による特別展関連の特集記事「機織りの現場から」が収録された『季刊民族学』144号も出版されている。

あらたな織物の定義と織物の基本組織織物とはなにか、織機とはなにか、さらに織るということ

はいかなることかということについての一般的な理解は曖昧なままに推移し、今日に至るまで学術的にも明確な定義や具体的な説明もなされてこなかった。共同研究では、そうしたこれまでの研究の不備をおぎなうべく、織物を「張力をかけたタテ糸にヨコ糸を組み合わせたモノ」と定義した。また、このあらたな定義に基づき、織物をつくる行為、すなわち「織る」ということは、「張力をかけたタテ糸にヨコ糸を組み合わせる」こととし、「織機」とは、「張力をかけたタテ糸にヨコ糸を組み合わせる仕掛け」とした。そしてさらに、織物の基本組織については、これまで定説となっていた 4種類の組織(平織組織、綾織組織、繻

し ゅ す

子織組織、からみ織組織)を、5種類の組織(交叉織組織、からみ織組織、タテもじり織組織、ヨコもじり織組織、巻き織組織)にあらためた。そして、このことによって、これまでには編物として理解されてきた繊維製品の多くが、あらたに織物として位置づけられることとなった。

織機の型式特別展では、織機をあらたな織物の定義に基づき、タテ糸

に張力をかける仕掛けを分類の基本概念とし、からだ機、手機、足機、腰機、芯機、弓機、杭機、棒機、錘機、重石機、

枠機の 11型式に分類して展示した。これらの織機型式のうち、とくにからだ機は、足と膝、足と手といった、からだの複数の部位で、タテ糸に張力をかけるとともに、からだでタテ糸の張力を制御する仕掛けをそなえた織機型式であり、そのうちには道具をいっさい使わず、からだの複数の部位のみでタテ糸の張力を制御する型式も見いだされる。

織物のかたち織物のかたちといえば、日本ではキモノの反物のような四

角形が一般的である。しかし、世界各地で織られてきた織物のうちには、四角形のほかにも輪状、楕円状、管状、丸紐状、枝状、フォーク状、ひだ状、うろこ状、袋状などさまざまなかたちがある。そうしたことから、特別展では、四角形以外の織物を異形の織物として取り上げ、それらの織物と、織り途中の織機を異形の織物と織機として紹介した。また、そうした展示コーナーに続いては、ワラや縄などを糸素材とした織物と織機、アイヌの織機と織物、日本の織機と織物、進化した織機と織物も展示コーナーを設けて紹介した。

研究の実績民博通信 132号で紹介した研究会以降に実施した研究会は

以下のとおりである。2011年 3月 5日(土)国立民族学博物館 藤井健三 「平織から綾織、そして繻子織」 大野木啓之 「展示と社会連携」 井関和代 「バンツゥー系民族によるラフィア機」 全員 「国内で所蔵されている織機と織物」2011年 5月 23日(月)西陣織会館 藤井健三「西陣の織機と織物」 ひろいのぶこ「伊豫コレクションの織機について」 内海涼子「ベトナムと中国の壮族が伝える『天工開物』型腰機」

2011年 5月 24日(火)京都造形芸術大学

鳥丸貞恵「中国貴州省の苗族の織機と織物」

特別展「世界の織機と織物―織って!みて!織りのカラクリ大発見」の展示会場風景。

世界の織機と織物 文・写真

吉本 忍

共同研究 ● 手織機と織物の通文化的研究(2010-2013)

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No. 142 民博通信 27

大野木啓人「入館者参加型展示について」 2011年 7月 23日(土)国立民族学博物館 吉本忍・上羽陽子「民博収蔵の織機と織物 –1」 全員 「特別展展示に関する研究討論」 全員 「共同研究成果報告に関する打ち合わせ」2011年 7月 24日(日)国立民族学博物館 吉本忍・上羽陽子「民博収蔵の織機と織物 –2」 大高亨・仁尾敬二「織りに関わる展示コラボレーションについて」

2011年 9月 24日(土)国立民族学博物館 吉本忍「特別展の織機と織物」 全員 「特別展の展示に関する研究討論」 鳥丸知子「中国をはじめとするアジアのカード織機」 2011年 9月 25日(日)国立民族学博物館 日下部啓子「カード織機の型式と製織技術」 全員「織機、織物、織の技術、織物の素材に関する研究討論」 2011年 12月 3日(土)国立民族学博物館 吉本忍「みけしの里 織と染の資料館旧蔵資料について」 全員「特別展の展示に関する研究討論」 新井正直「『写真織』コレクション」2011年 12月 4日(日)国立民族学博物館 全員「織物の組織に関する研究討論」 全員「織機の定義、その他に関する研究討論」

2012年 1月 28日(土)国立民族学博物館 吉本忍 「新発見資料:竹富島の芯機」 吉本忍 「タテ糸の張力の保持方式による織機の分類」

全員 「特別展関連プロジェクトについて」

2012年 1月 29日 国立民族学博物館 全員 「織物素材の展示にかかわる討議」 全員 「特別展と共同研究成果報告資料集成の織機資料にかかわる討議」

2012年 3月 11日(土)国立民族学博物館 ひろいのぶこ、金谷美和 「織物の糸素材について」 全員 「特別展の展示に関する研究討論」 全員 「特別展の展示解説とカタログ、および特別展関連事業について」

2012年 4月 14日(土)国立民族学博物館 鳥丸知子「中国・貴州省のカード織り新発見について」 全員「特別展の展示に関する研究討論」 全員「特別展の展示解説とカタログ、および特別展関連事業について」

2012年 6月 2日(土)国立民族学博物館 全員「特別展の展示に関する研究討論」 全員「特別展の展示解説とカタログ、および特別展関連事業について」

2012年 6月 3日(日)国立民族学博物館 全員「糸素材と織構造の関係性について」2012年 6月 23日(土)国立民族学博物館 全員「民博所蔵の織物資料に関する研究討論 –1」 全員「特別展の展示解説とカタログについて」2012年 6月 24日(土)国立民族学博物館

全員「民博所蔵の織物資料に関する研究討論 –2」 全員「体験型展示のアクティビティに関して」2013年 1月 14日(日)国立民族学博物館 吉本忍「織りの定義と織機の分類について」 上羽陽子「染織文化とものづくりワークショップについて」 全員「来年度の成果報告について」 2013年 3月 27日(水)国立民族学博物館 吉本忍「成果報告に関する打ち合わせ」 行松啓子「日本と東南アジアの絹の現状について」 全員「総合討論」2013年 3月 28日(木)国立民族学博物館 ひろいのぶこ「韓国とウズベキスタンの細幅織物用織機」 上羽陽子「ラバーリーのからだ機について」 全員「総合討論」

研究組織本共同研究の研究組織については、民博通信 132号で紹介

しているが、本年度の研究会のメンバーには、以下の3名があらたに加わっている。板垣順平(大阪芸術大学非常勤講師)役割分担は東アフリカの織機と織物。2006年以来、アフリカと東南アジアで染織文化や染織技術について、調査・研究をおこなっている。鳥丸知子(九州栄養福祉大学非常勤講師)役割分担は中国の織機と織物。1997年以来、おもに中国でカード織をはじめとする染織技術について、調査・研究をおこなっている。行松啓子(群馬県立日本絹の里非常勤講師)

役割分担は絹用織機と絹織物。2003年以来、おもに日本とタイで養蚕技術、染織技術について、調査・研究をおこなっている。

今後の計画本共同研究は、2013年度末の 2014年 3月で終了すること

から、2013年度中には 3回の研究会を開催し、2010年度 10

月からおこなってきた研究成果の最終的なとりまとめをおこない、特別展関連書籍『世界の織機と織物』に収録した資料に、さらなる資料や論考を加え、共同研究会終了後に世界の織機集成ともいえる成果報告書の出版をおこなう計画である。また、昨年の特別展の展示については、「世界の文化遺産ともいえる展示である」との評価や、「常設展示をするべき」という声が多かった。そうしたことから、今後には館外での常設展示をも視野に入れて、特別展で展示した資料の常設展示の可能性についても探っていきたいと考えている。

よしもと しのぶ

民族文化研究部教授。専門は民族技術、民族美術・工芸。著書に『インドネシア染織大系』(上下巻)(紫紅社 1977 年、1978 年)、『インドネシアの金更紗』(講談社 1988 年)、『ジャワ更紗』(平凡社 1996 年)、『続シルクロード織機研究』(柳悦州と共編著 シルクロード学研究センター 2006 年)、『世界の織機と織物』(国立民族学博物館 2013 年)など。

道具をいっさい使わない「からだ機」の展示コーナー