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経済発展・成長と環境 考え方と経済計画や OECD の分析にみる実態加藤裕己・我妻伸彦 (注) 1.経済発展・成長と環境の考え方 (1) ストックホルム以降の流れと「持続可能な発展」 1972 年のストックホルムの「国連人間環境会議」では,欧米を中心とする先進国の環境問 題への対応を重視しようという論調に対して,途上国は自らの成長する権利を主張して対立 した。経済成長と環境はトレード・オフの関係にあり,環境問題の改善に深く関わることは, 経済成長の放棄につながると懸念されたのである。しかし,環境問題自体が,国内・局所的 な公害問題から,越境環境問題や地球環境問題へと広がり,他方,アフリカ等で飢餓・貧困 情況が蔓延するに従い,改めて,先進国・途上国を含む世界全体での取り組みが要請される こととなった。このため,1984 年にはじまる「環境と開発に関する世界委員会(ブルントラ ント委員会)」は合意・妥協点として 1987 年の報告書「Our Common Future(WCED (1987))」において,経済と環境の両立を促す「持続可能な発展(Sustainabledevelopment; SD)」を提唱した。 「持続可能な発展」の概念は,一般にはこのブルントラント委員会の定義に従い,「将来世 代が自らの要求を充たす能力を阻害することなく,現在の世代の欲求も満足させるような」 発展と理解され,世代間の公平性・資源配分,と世代内の公平性を追求するものとして, その後のリオデジャネイロの地球サミット(1992 年)等において国際社会に広く受け入れら れている。 しかし,この「持続可能な発展」の概念には,このブルントラント委員会の定義・解釈以 外にも様々な定義があり,今なお,議論が続いている。「世代間の公平性」は,分配の概念そ のものであり,価値判断から自由ではなく,それぞれの価値判断に応じた定義が存在する。 他方,比較的弱い価値判断の下でも,従来の経済学の基本的枠組みである割引現在価値の最 大化などの考えと抵触する内容 1) をもっており,それを現実の経済の中でどのように実現す るのか等について議論がなされている。 また,「持続可能な発展」という言葉が広く受け入れられた背景には,この概念が多義的・ 多面的で,具体性に欠ける面がある中で,経済と環境の間や,南北間の緊張関係に直面する ことを回避する方便として利用されたという側面もある。確かに,「貧困・人口・環境」のト ― 19 ―

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経済発展・成長と環境―考え方と経済計画やOECDの分析にみる実態―

加 藤 裕 己・我 妻 伸 彦(注)

1.経済発展・成長と環境の考え方

(1) ストックホルム以降の流れと「持続可能な発展」

1972 年のストックホルムの「国連人間環境会議」では,欧米を中心とする先進国の環境問

題への対応を重視しようという論調に対して,途上国は自らの成長する権利を主張して対立

した。経済成長と環境はトレード・オフの関係にあり,環境問題の改善に深く関わることは,

経済成長の放棄につながると懸念されたのである。しかし,環境問題自体が,国内・局所的

な公害問題から,越境環境問題や地球環境問題へと広がり,他方,アフリカ等で飢餓・貧困

情況が蔓延するに従い,改めて,先進国・途上国を含む世界全体での取り組みが要請される

こととなった。このため,1984 年にはじまる「環境と開発に関する世界委員会(ブルントラ

ント委員会)」は合意・妥協点として 1987 年の報告書「Our Common Future(WCED

(1987))」において,経済と環境の両立を促す「持続可能な発展(Sustainable development ;

SD)」を提唱した。

「持続可能な発展」の概念は,一般にはこのブルントラント委員会の定義に従い,「将来世

代が自らの要求を充たす能力を阻害することなく,現在の世代の欲求も満足させるような」

発展と理解され,ⅰ世代間の公平性・資源配分,とⅱ世代内の公平性を追求するものとして,

その後のリオデジャネイロの地球サミット(1992 年)等において国際社会に広く受け入れら

れている。

しかし,この「持続可能な発展」の概念には,このブルントラント委員会の定義・解釈以

外にも様々な定義があり,今なお,議論が続いている。「世代間の公平性」は,分配の概念そ

のものであり,価値判断から自由ではなく,それぞれの価値判断に応じた定義が存在する。

他方,比較的弱い価値判断の下でも,従来の経済学の基本的枠組みである割引現在価値の最

大化などの考えと抵触する内容1)をもっており,それを現実の経済の中でどのように実現す

るのか等について議論がなされている。

また,「持続可能な発展」という言葉が広く受け入れられた背景には,この概念が多義的・

多面的で,具体性に欠ける面がある中で,経済と環境の間や,南北間の緊張関係に直面する

ことを回避する方便として利用されたという側面もある。確かに,「貧困・人口・環境」のト

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リレンマのケースのように,最貧国などでは,環境と経済が補完関係となって貧困ゆえに環

境が破壊される場合も存在するし,Grossman andKrueger(1991)や,World Bank(1992)

が示したように,大気の SO汚染のような問題では,所得が低い間は,所得の増加とともに

汚染が増大するが,一定の所得水準を超えると,所得の増加に伴なって汚染が減少するとい

う現象も見られる。また,先進国でも,環境と経済発展・成長が常に矛盾するわけではない。

経済効率面から見ても環境保全の面から見ても不合理な補助金の撤廃や,経済的手段などの

効率的手段を従来型規制手段と適切に複合させることにより,「同一の環境面の効果ならよ

り少ない経済コスト」で,「同一の費用ならばより大きな環境保全の効果」が可能であること

は多くの人々が指摘している。しかし,World Bank(前掲)も適切に指摘しているように,

廃棄物問題や,CO排出など,少なくともこれまでの経験では,所得とともに悪化する環境

問題も多く,その間の緊張の緩和は容易ではない。

(2) 多様な「持続可能な発展」の議論

現在の「持続可能性(sustainability)」に関する議論につながる環境の立場からの初期の議

論は,ブルントラント委員会の議論よりもqり,1980年の国際自然保護連合(IUCN ; Inter-

national Union for Conservation of Nature)の「世界保全戦略(World Conservation

Strategy)」である。そこでは,生物資源などの持続的利用2)等,生態系の保全がテーマとな

っており,ブルントラント委員会の定義のような,ヒューマン・ニーズを充たすための経済

活動のあり方といったニュアンスはない。その後,この持続可能性=持続可能な発展の議論

は多方面に拡張され,経済学と関わるものでも,Perman, Ma, andMcGilvray(1996)では,

以下の五つの類型に分類される内容があるとしている。

1a)(一人当たりの)効用が時間を通じて非減少である情況を持続可能な状態という。

1b)(一人当たりの)消費が時間を通じて非減少である情況を持続可能な状態という。

2) 将来のために生産可能性を維持するよう,諸資源が管理された情況を持続可能な状態

という(諸資源の生産関数上の代替関係は認める)。

3) 自然資本(natural capital)のストック量が時間を通じて非減少である情況を持続可能

な状態という(自然資本と人的資本や人工資本の間の代替関係をあまり認めない)。

4) 諸資源より得られるサービス・フローの持続的利用が維持されるよう資源が管理され

た状況を持続可能な状態という(諸資源のサービス・フロー間の代替可能性には言及

しないが,ストック量が非減少であることは要請する)。

5) 時間を通じて生態系の安定性(stability)や復元性(resilience)のための最低条件が維

持される状況を持続可能な状態という(生態系の安定性などに関する必要条件等の知

見は不確実で,生態系が破壊されて始めて,その限界が認識されるという側面が強い

経済発展・成長と環境

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ため,この定義は必然的に,行動に関して,最小安全基準3)等,予防原則に従うことを

要請する)。

1a)〜2)の概念は,生産・消費を中心に考え,伝統的な経済学の概念に近いが,3)以降の

概念では,人工資本等の他のものでは代替できない役割が自然・生態系に存在することを認

め,自然・生態系の機能又はそれ自体を保全することが持続可能性の概念の中心的役割を占

めている。他方,1a)〜5)の全てにおいて,明示的又は暗黙に「時間を通じての非減少性」

が重視されていることに留意したい。このことは,伝統的な(最適)経済成長論等が経済の

異時点間効率性に着目しているのに対して,「持続可能な発展」では,単純な永続可能性に加

えて,経済の効率性よりも異時点間の公平性が重視され,強い価値判断が持ち込まれている

ことの表れとみることができる(Appendix 1参照)。

もちろん,「持続可能な発展」に基づく議論でも,多くの人は,「持続可能な発展」のクラ

スに属する経路の中では,より効率的なものを望ましいと考えるし,非効率な経済で,資源

が無駄に浪費されている情況では「持続可能な発展」の達成はより困難になると考える。し

かし,効率性は「持続可能な発展」の直接的な必要条件ではない。より直感的に 2期の経済

を考え,縦軸に第 2期の効用 U,横軸に第 1期の効用 Uをとり,効用フロンティアとの関

係をみると以下の図のようになる。

当初の配分を Aとすれば,この A点は明らかに,効用フロンティアの内側にあり,効率的で

ないとともに,著しく第 1期に分配が偏っている。この点 Aから,効用フロンティア上の点

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図 1 効率性と「持続可能な発展」

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Dへの移動は,効率性の観点からは是認されるが,偏った分配をさらに歪めるため「持続可

能な発展」には反する。一方,点 Aから 45°線上の点Fへの移動は,点Fがなお効用フロン

ティアの内側にあるという点で,効率的ではないが「持続可能な発展」に合致する蓋然性が

高い。但し,45°線と効用フロンティアの交点 Gと比較すれば,点 Gの方が効率性で優れる

分,点Fより選好されることになる。他方,点 Aから,点Eのような A点を除く集合 ABC

に属する点への移動は,パレート改善的ではあるが,なお分配が歪んでおり,消費が時間の

経過に伴ない減少するから「持続可能な発展」に合致するものとはみなされないことになる

蓋然性が高い4)。

いずれにしても,「環境保全と経済成長の同時達成」が政治的意思の在り方次第で「可能で

追求するべき課題」と捉える政治スローガンとしての「持続可能な発展」と,上記の 1a)〜5)

の定義で規定される環境経済学の立場でみた「持続可能な発展」の間には,かなり大きな認

識の差異がある。

(3) ハートウィック・ルール

改めて,経済の持続可能性に関する議論を振り返れば,マルサス以来の資源制約に関する

議論がある。近年ではローマ・クラブの「成長の限界」(1972 年)に繫がる議論であり,我々

の経済が,石油等の様々な天然資源に依存しており,かつそれらの供給量/存在量に限界が

あり,使われればその分,将来の残存利用可能量が減少する再生不可能資源である以上,い

ずれその再生不可能資源を使い尽くし経済活動を維持できなくなる時がくるのではないかと

いう問いかけである。

前述の「持続可能な発展」の概念のうち,1b)の消費の非減少性による定義は,この資源

制約論に直接関わる議論とみることもできる。この消費の非減少性の実現については,ハー

トウィック(Hartwick(1977, 1978))等により,その条件・含意が比較的詳しく検討されて

いる。即ち,再生不可能資源が存在し,それを用いて生産活動がなされている場合でも,

①生産関数において,再生不可能資源と人工資本の間の代替の弾力性が十分(CES関数な

らば 1 以上)あること,

②再生不可能資源の利用は異時点間でも効率的に行われ,「再生不可能資源のレント(ロイ

ヤルティ)の上昇率=人工資本の限界生産」で規定されるホテリング・プライシングが

成立していること,

③再生不可能資源のレントは全て人工資本の蓄積に投資される(ハートウィック・ルー

ル)5)こと,

という条件の下では,消費の非減少性が導かれる(Appendix 2参照)。

これらの条件には,様々な批判も多い。例えば,CES関数で,代替の弾力性 (σ )が 1以上

ということは,再生不可能資源を投入しなくても生産が可能であるか (σ>1),生産関数自体

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がCobb-Douglas 関数となる場合 (σ=1)であり,かなり限定的な条件といえる。特に,環境

関係者からは,環境資源の生命維持(life support)機能などを念頭に置けば,代替可能性は

かなり限定されるとする批判がある。

しかし,その批判では,環境資源の中に混在する再生不可能資源と再生可能資源の区別が

明確になっていない恐れがある。一般的にいえば,生態系などは一定の安定性と復元性を持

った再生可能資源であり,その再生力の範囲内での持続的利用は可能と考えられる。議論を

再生不可能な環境資源に限定して,その中で代替不可能な資源が考えられるか否かを再度問

い直す必要がある。むしろ,この批判は,再生不可能資源の有限性に議論を限定した当初の

問題意識の中に,再生可能資源についても,人為的原因で不可逆な変化を招く可能性がある

ことが含まれていなかったことに向けられるほうがふさわしい。

他方,我々は,環境資源のサービス・フローを直接的に消費もしている。環境資源を単純

な生産活動への投入とみなして,生産活動を通して得られる財の消費の非減少性だけを保証

しても,直接に消費される環境資源のサービス・フローが減少するならば,人々の効用は時

間を通じて減少することになるとの批判もある。

要すれば,ハートウィック・ルールが保証するものは,生産要素としての再生不可能資源

が関わる財の生産・消費の非減少性であり,生態系や大気の機能などの再生可能資源を含む

環境資源全体に関する持続性ではない。しかし,このことはハートウィック・ルールが持続

可能性を保証するのに十分でないことは示すが,このルールが必要なく無意味であることを

主張するものではない。ルールが要求する代替可能性などの条件を経済が満たしている保証

はないものの,ハートウィック・ルールを満たしている場合のほうが,満たしていない場合

よりも,消費の非減少性が実現されるチャンスは拡大する可能性が高い。また,生態系など

の再生可能資源を含めて考える場合にも,維持される消費の水準は異なり低いものとなるか

もしれないが,一定の水準での消費の非減少性自体は,持続可能な発展の重要な要素となる

と考えられる。実際には,多くの国では,石油やその他鉱物資源などの再生不可能資源の販

売による収益が,消費やそれほど収益性のないプロジェクトに使われているのであり,ハー

トウィック・ルールすら満たされていない状況にある。

(4) シャドー・プロジェクト

ハートウィック・ルールの自然な拡張として,自然資本-人工資本,再生可能資源-再生不

可能資源を通じて,資本総量を一定に保つことを持って持続可能性を定義することが考えら

れる。実際,ハートウィック(Hartwick(1990))等は,伝統的な国民経済計算(SNA)で国

民総生産概念から(人工の)資本設備に関する資本減耗を差し引くことにより,国民純生産

を導くことにならい,環境資本についてもその経済的減耗分を差し引く環境調整済み国民純

生産(ENP;environmentally adjusted measure of net national product)を考えることを提唱

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している。

しかし,その場合にも,人工資本と環境資本,さらには異なる環境資本の間の代替可能性

は問題となる。明らかに上述の ENPは,各種の人工資本や環境資本の間での代替可能性

(前述の 2)の立場)を前提として,単一の集計量に対して非減少性を要求しているが,資本

「総量」の非減少性の実現には,代替可能性を限定的に捉え,代替できない資本については,

個別の種類毎に非減少性を要求すること(前述の,3)の立場)も考えられる。この場合,代

替可能性の可能・不可能を厳密に考え,全ての物理的・生物学的に異なり,所在地と時間を

異にする個別環境資本毎に非減少性を要求すれば,殆ど全ての開発事業などは不可能となり,

現実的実現可能性は極めて限定される。このため,個々の活動/プロジェクト毎に環境資本

の非減少性の制約を満たすことを求めるのではなく,一定の代替性が認められる範囲の中で,

シャドー・プロジェクトと呼ばれる環境改善(環境資本増加)型のプロジェクトを組み合わ

せて行い,資本「総量」への影響を相殺・緩和することが提案されている(Pearce, Barbier,

and Markandaya(1990))。

但し,このシャドー・プロジェクトの現実的適用を考える場合には,補償されるべき「現

実に存在し,破壊されようとしている環境資本」の内容と,シャドー・プロジェクトの内容

を十分に比較検討する必要がある。

例えば,既に存在している,安定的で豊かな干潟の破壊を含む事業が存在し,他の場所に

人工の干潟を造るシャドー・プロジェクトが同時に提案されていたとする。この場合,提案

されているシャドー・プロジェクトが真にシャドー・プロジェクトの名に価するものである

かの評価にはかなりの慎重さを要する。即ち,持続可能性が個別的な環境資本の非減少性を

要求する以上,シャドー・プロジェクトのタイミングや,造成されたものの安定性や生態学

的機能・副作用などが問題となるからである。現存干潟の破壊は現時点ですすむ一方,代替

人工干潟の造成には数年かかり,さらにそれに生物が豊富に住み着き生態学的に安定した状

況を作り出すのに一層の歳月がかかるというのでは,その間,環境資本は減少した状態に置

かれ続けるのであり,持続可能性の確保というシャドー・プロジェクトの本来の目的は達成

されない。

加えて,シャドー・プロジェクトによる対応では,事業自体の環境影響の不確実性(破壊

された環境の知られていなかった機能等)と,シャドー・プロジェクトによる代替の成否に

関する不確実性と二重の不確実性にさらされることに留意する必要がある。即ち,干潟の例

でいえば,既存自然干潟の機能自身が十分に解明されていない部分を持つ上,代替人工干潟

が自然の中で物理的に既存自然干潟と同じように安定的なものとなるのか否か,海流の流れ

の変化などによる副作用を持たないものなのか否か等にリスクが存在するのであり,安易な

シャドー・プロジェクトは極めて危険といえる。真の環境アセスメントの確立及び,その制

度的位置付けの向上が必要となる他,当初の事業を中止してリスクを回避することの社会的

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費用が禁止的に高くない限り,事業そのものを中止するという最小安全基準(SMS)の適用

を含めた幅広い検討対象の中のひとつの選択肢として慎重な評価とともにシャドー・プロジ

ェクトを考慮するにとどめる方が,少なくとも持続可能な発展の概念には合致していると考

えられる。

(5)政策のタイミングと持続可能性 ―2つの後悔しない政策(no-regrets policies)―

他方,地球温暖化などの長期にわたる問題で不確実性・不可逆性が大きい問題に対しては

2つの視点から,「後悔しない政策(no-regrets policies)」が主張されてきた。

ひとつは,後悔しない政策を「取返しのつかない環境被害」を回避することと解釈するも

のである。この考え方は,1992 年のリオの地球サミット(UNCED;United Nation Confer-

ence on Environment and Development)で採択されたリオ宣言(環境と開発に関するリオ

宣言)の第 15宣言に「…深刻な,あるいは不可逆的な被害のおそれがある場合には,完全な

科学的確実性の欠如が,環境悪化を防止するための費用対効果の大きな対策を延期する理由

として使われてはならない」と明記されており,しばしば予防原則と呼ばれている。地球温

暖化などでは,深層海流の変化や,深海やツンドラに蓄積されたメタン・ハイドレートの融

解の可能性が指摘されており,生物/生態系の対応可能範囲を超えた劇的な気候変化の可能

性も指摘されている。これに対して,「環境被害回避の後悔しない政策」は,そのような被害

がなお不確実であっても,直ちに(費用対効果の大きな)対策を実行して,被害回避に努力

することを求める。経済的に考えれば,これは将来の不確実な損害に対して,一種の保険を

かけるべきだという議論と解釈できる。

もうひとつの後悔しない政策の考え方は,「取返しのつかない対策費用」を回避しようとい

うものであり,経済的にはオプション6)の議論と考えることができる。即ち,地球温暖化な

どの長期の環境問題では,そのメカニズムや,将来の被害のタイミングや程度に関する不確

実性も大きくまた,対策技術の将来動向も不確実である。従って,今即座に多大な費用をか

けて対策投資を行っても,将来の被害の程度が予想よりも小さかった場合や,将来の対策技

術が予想以上に急速に進歩し,対策費用が急速に低下した場合,その対策費用が無駄になる

と考え,追加的な情報が得られ不確実性が減少する将来まで,費用が大きな対策を延期しよ

うと考えるのである。現実の政策立案の場では,より積極的な評価を行い,例えば地球温暖

化対策では,「不確実性の下で,本格的対策には時期尚早であるので,省エネ対策や,経済的

にも合理性を持たないエネルギー関係の補助金の整理など,それ自体に経済的利益が存在し,

温暖化対策としても効果のある対策を実施する」ことをこの意味での後悔しない政策として

議論することがある。しかし,この場合にも,不確実性を理由に本格的対策を延期するとい

う面では変わりはない。

以下では,表 1 に示す簡単な例7)による通常の期待値で考えていくこととする。今 0 期か

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ら離散的に無限の将来まで続く経済を考える。何もしない場合(ケース A)の消費可能性は,

0 期に X,1期には確率 (1−p)で環境被害がなく Xであるが,確率 p で環境被害(Z)を生

じ X−Zとなり,2期以降その状態が継続するものとする。即座に対策を行う場合(ケース

B),0 期に対策費用 Iを生じ消費可能性は X−Iに低下するが,1期以降に確率 p で発生する

環境被害は対策効果で Y(Y<Z)に低下すると想定する(従って対策の効果は 1期ラグを持

って発生すると想定している)。即ち,1期の消費可能性は,確率 (1−p)で X,確率 p で

(X−Y)となる。ケースCは「対策費用回避型の『後悔しない政策』」に対応するものであり,

0 期には何もせず,Xの消費可能性を享受し,1期目に実際に環境被害が発生するか否かを

確認してから,環境被害が発生した場合のみ対策費用 Iをかけて対策を行う。即ち 1期目の

消費可能性は確率 (1−p)で X,確率 p で (X−Z−I)ということになる。この対策の効果に

より,2期目の消費可能性は確率 (1−p)で X,確率 p で (X−Y)となり,以降その水準で継

続すると想定する。

この各ケースについて,1期間の時間選好率を rとしてケース毎の将来消費可能性流列の

期待割引現在価値で評価したものをそれぞれ,VA, VB, VC と置けば,割引現在価値の大小

を選択基準として,ケース Cが選択されるための条件は,VC>VBかつ VC>VAとなる。

即ち,

VC>VBより,

X+[ {X−p(Z+I) } (1+r) ]+ [ (X−pY)r (1+r) ] > X−I+[ (X−pY)r]

∴ [ {X−p(Z+I) } (1+r) ]− [ (X−pY) (1+r) ]+I > 0

∴ I > [p (Z−Y) (1−p+r) ] (1)

他方,VC>VAより,

X+[ {X−p(Z+I) } (1+r) ]+ [ (X−pY)r (1+r) ] > X+[ (X−pZ)r]

∴ [p (Z−Y)r]+[ (pY−pZ−pI) (1+r) ] > 0

∴ [ (Z−Y)r] > I (2)

経済発展・成長と環境

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VA=X+[ (X−pZ)r]・XXX, Pr=1−pX

ケース A

期待割引現在価値・期3期2期1期0期

X−Y, Pr=pVB=X−I+[ (X−pY)r]

・XXX, Pr=1−pX−Iケース B

・X−ZX−ZX−Z, Pr=p

X−YX−YX−Z−I, Pr=p

VC=X+[ {X−p(Z+I) } (1

+r) ]+ [ (X−pY)r (1+r) ]

・XXX, Pr=1−pXケースC

・X−YX−Y

表 1 将来収益流列の例

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が成立していればケースCが選択される。従って,VB>VAが成立している場合,即ち,

X−I+[ (X−pY)r] > X+[ (X−pZ)r]

∴ [p (Z−Y)r] > I (3)

が成立し,何もしないより即座に対策投資をするほうが割引現在価値の視点でみて有利な場

合であっても,(1),(2)がともに成立し,

[ (Z−Y)r] > I > [p (Z−Y) (1−p+r) ] (4)

となる場合,即ち(3)の条件と合わせて考えれば,Iが

[p (Z−Y)r] > I > [p (Z−Y) (1−p+r) ] (5)

の領域にある場合には,VC−VB分の「追加的な情報の利益」が存在し,割引現在価値の大

きさによる比較という視点からは,対策投資を延期し追加的情報で,不確実性が小さくなる

のを待った方が有利と議論され得る。

しかし,このような議論は,特に地球全体の利害が関わるような地球環境問題の場合,持

続可能性の視点からみれば不充分である可能性が高い。確かに,検討対象となっている経済

が,より大きな経済の部分集合である場合ならば,当該検討対象経済の外に収益の源泉があ

る資産に投資することが可能で,そこから利子率相当の収益を得ることにより,人々は,自

分で消費の時間パターンを変えることができる。しかし,検討対象経済が地球全体であり,

適切な設備投資の下での成長経路上にあるのであれば,在庫を除いて,そのような消費の時

間パターンの変更は不可能であり,ある期の地球全体の消費可能性は,地球全体としての当

該期のフローの生産に制約される。従って,各ケースの消費可能性流列の時間パターンが,

そのまま異時点間の分配の公正さに関する評価の対象となる。

この時,ケースCの場合,期によって消費可能性が大きく不平等となっていることが問題

となる。即ち,ケース A, Bでは期毎の消費可能性の格差は,最大で X〜X−Z(I≦Zの場合)

又は,X〜X−(pZr)(I>Zかつ Y=0の場合)にとどまっているのに対して,ケースCでは,

表 1 でシャドーがかかっている第 1期に対策を取る必要が生じた場合,格差は X〜X−2Z

(I≦Zの場合)又は,X〜X−Z−(pZr)(I>Zかつ Y=0の場合)にまで拡大してしまうか

らである。しかも,ケース BとケースCの比較では,その不平等の拡大が,現世代(0 期世

代)と被害発生時世代(1期世代)の立場を入れ替えて発生していることに留意したい。「取

返しのつかない対策費用を回避する後悔しない政策」は,世代間の分配の視点でみれば,現

東京経大学会誌 第 275 号

― 27 ―

図 2 数直線上の「追加的な情報の利益」が存在する領域

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世代から被害発生時世代へ負担を転嫁しつつ,全体の世代間不平等を悪化させる結果を生じ

ることになる。

さらに,持続可能性に関する特定の価値判断を受け入れるか否かとは関わりなく,元々,

環境対策投資を保険と見る立場であれば,消費可能性の割引現在価値のような原変数の直接

の期待値で評価するのでなく,凹の効用関数を前提とする期待効用により,危険回避的な評

価をしていることになる。その場合,消費可能性の最小値を一層引き下げる結果となるケー

スCの消費可能性の流列の時間パターンに対する評価は低いものとならざるを得ない。

以上,不確実な環境問題を考えていく際に,時間の経過を通じて得られる情報の価値を考

慮すべきという指摘は非常に重要な意味を持つが,それは生産や消費可能性の将来流列に関

して,その時間パターンによる異時点間の平等の問題が無視でき,割引現在の大小関係に評

価を集中することが許される場合という条件付の議論となる。考察の対象が地球全体の経済

に及ぶ場合,消費可能性の流列の時間パターンは,生産の時間パターンと対策投資の時間パ

ターンに規定されることとなり,異時点間の平等の問題に正面から答える必要が生じること

になる。特に,未だこの世に存在しない将来世代の利害に関わる場合,この将来世代がいか

なる価値観・嗜好を持つかは現時点では判りようもない一方,現時点において下される将来

時点の環境・経済を規定する意思決定に関与・参加できないのであり,現時点で意思決定を

行う現世代に課せられた倫理的責任は極めて重い。

(6) 経済発展・成長と環境

経済発展・成長と環境が常に必ず矛盾すると考える必要はないが,容易に両立できるもの

でもない。環境への配慮に欠けた経済活動が横行している現状を出発点とするならば,特に

一様混和性汚染物質8)の環境問題の場合には,効率性に優れ「社会全体として同一の費用で

より大きな環境面の効果をもたらす」経済的手段を効果的に活用することにより,経済的負

担を抑えつつ相当程度,環境負荷の発生を抑制することも可能であろう。

しかし,経済的手段は,それさえ導入すれば全ての問題が解決するというようなものでは

ない。経済的手段は,環境対策の目標水準が定められれば,「その目標水準を,より少ない社

会全体としての費用で実現する」という点では有望な手段であるが,目標水準自体の決定の

メカニズムはその体系の外にある。特に,持続可能性との関連で,長期にわたる効用の非減

少性や,人工,自然の資本ストックの不変性,生態系の安定性などが問題となる場合に,環

境の価値の評価や,異時点間の公正の問題,SMS を加味した安全マージンのとり方などは外

で判断して設定する必要がある。また,人工,自然の資本ストックの不変性,生態系の安定

性などの不可逆性を含んだ問題では,その閾値を超えないために一定の直接規制と併用する

必要があろう。

さらに税・課徴金,補助金,排出許可証取引制度といった「通常の」経済的手段が実行さ

経済発展・成長と環境

― 28 ―

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れるためには,環境被害と課税対象となる物質等との間の関係,言いかえれば当該物質の有

害性が,広く承認されていなければならないという問題がある。オゾン層破壊問題のフロン

のように,当初全くノーマークのままで,環境中に放出され,気づいた時には,大量のフロ

ンが成層圏へ向けて上昇し,長期にわたりオゾン層を破壊しつづける状況を拱手せざるを得

ないといった問題を未然防止するといった観点でみると「通常の」経済的手段はあまり有効

でない。取引費用の問題など,解決するべき問題は多い9)ものの,難分解性の化学物質によ

る汚染などへの懸念などの問題に鑑みれば,環境被害に関する厳格責任などを内容とする広

範な environmental liability(EL)等の制度の導入・活用を真剣に検討する必要があると考え

られる。化学物質の発生・移動の記録化し追跡可能とすることを内容とする PRTR(Pollu-

tant Release andTransfer Registers)制度も,本来,EL確立に向けた第一歩として位置付け

られるべきものであろう。

他方,ハートウィック・ルールの議論にもあるように,超長期における持続可能性,即ち,

経済発展・成長と環境の両立可能性自体にも疑問が残るものの,現実的判断として,短期・

中期的には,国内的にも,国際的にも,経済発展・成長,経済規模自体を直ちに抑制すると

いうことで合意を得ることは容易ではないし合理的でもないであろう。従って,現時点では,

経済発展の在り方を改善し,将来の経済=環境の在り方を提示しつつ,環境政策政への人々

の合意を得ていくということが極めて重要となる。この点で,経済計画や環境基本計画の役

割は極めて大きいと言え,同時に,両計画がその責任を果たしているかが問われることにな

る。

2.経済計画やOECDの分析に見る経済発展・成長と環境

(1) 経済計画と環境問題

戦後の経済発展の中で,我が国では環境問題がどのように認識され,環境問題に経済的手

段がどのように係わってきたのだろうか。明治期の産業勃興時には,足尾,別子銅山開発に

伴う煙害が,地域公害として甚大な被害を及ぼし,対応策が採用され一応の成果を見た後は,

戦前においては深刻な公害問題は認識されていない。戦後においては経済成長とともに大気

汚染,水質汚濁,騒音といった地域に根差した公害問題がクローズ・アップされ,その防止

が大きな問題となってきた。ここでは戦後の経済発展との関連で環境問題がどのように認識

され対応策が考えられてきたかを,中長期の政府の経済運営に指針として作成されてきた経

済計画題との関わりにおいて見てみたい。その際,地球環境問題に対する経済的手段の活用

の重要性などについての活発な議論を行い,90年代での日本の議論に大きな影響を及ぼした

OECDでの検討状況などについても概括する。

我が国の経済計画は,1955年の「経済自立五ヵ年計画」以来,1995年の「構造改革のため

東京経大学会誌 第 275 号

― 29 ―

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経済発展・成長と環境

― 30 ―

表2長期経済計画と環境問題

1.0%

4.9%

経済の自立,完全雇用

1956 -1960

1955.12

経済自立

五か年計画

環境問題

経常収支

インフレ

失業率

経済成長率

計画の目的

計画期間

策定時期

名称

極大成長,生活水準向上

完全雇用

1961 -1970

1960.12

国民所得

倍増計画

記述なし

1.5億ドル

――

6.5%

極大成長,生活水準向上

完全雇用

1958 -1962

1957.12

新長期

経済計画

記述なし

0億ドル

1967.3

経済社会

発展計画

記述なし

0億ドル

2.5%程度

―8.1%

ひずみ是正

1964 -1968

1965.1

中期経済計画

記述なし

1.8億ドル

――

7.8%

公害対策の強化

35億ドル

4.4%

―10.6%

均衡がとれた経済発展を通

じる住みよい日本の建設

197 0 -1975

1970.5

新経済社会

発展計画

公害の防除

14.5億ドル

3%程度

―8.2%

均衡がとれ充実した経済

社会への発展

1967 -1971

6%台

1.3%台

6%強

経済の安定的発展と充実し

た国民生活の実現

1976 -1980

1976.5

昭和50年代

前期経済計画

環境保全

59億ドル

4%台

―9.4%

国民福祉の充実と国際協調

の推進の同時達成

1973 -1977

1973.2

経済社会

基本計画

環境の保全

40億ドル程

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東京経大学会誌 第 275 号

― 31 ―

経済企画庁各経済計画の報告書

インフレは,消費者物価上昇率

1.7%程度

以下

5.7%前後

安定した経済成長軌道への

移行,国民生活の質的充実

国際経済社会発展への貢献

1979 -1985

1979.8

新経済社会

7ヵ年計画

環境の保全整備

国際的の調和

のとれた水準

3%程度

2%程度

4%程度

平和で安定的な国際関係の

形成,活力ある経済社会の

形成,安心で豊かな国民生

活の形成

1983 -1990

1983.8

1980年代経済

社会の展望と

指針

環境の保全・整備

国際的に調和

のとれた水準

5%程度

1992.6

生活大国

5ヵ年計画

記述なし

国際的に調和

のとれた対

GDP比まで

縮小

1%程度

2%程度

3%程度

大幅な対外不均衡の是正と

世界経済への貢献,豊かさ

を実感できる国民生活の実

現,地域経済社会の均衡あ

る発展

1988 -1992

1988.5

世界と共に生き

る日本

地球環境問題への対応

経常収支黒字

の意味のある

縮小

%程度

2%程度

3%程度

自由で活力ある経済社会の

創造,豊かで安心できる経

済社会の創造,地球社会へ

の参画

1995 -2000

1995.12

構造改革のため

の経済社会計画

地球環境問題への貢献

国際的に調和

のとれた対外

不均衡の達成

2%程度

2%程度

3%程度

生活大国への変革,地球社

会との共存,発展基盤の整

1992 -1996

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の経済社会計画」まで 13度にわたって作成されている(表 2)。計画の期間は,おおむね 5年

間であったが,中には 1960年の「国民所得倍増計画」のように 10年に及ぶ計画期間のもの

もあり,一様ではない。しかし,経済情勢の変化などから各経済計画は策定から数年を経て

計画期間の満了を待つことなく,次の経済計画へと改定されてきた。各々の経済計画の主要

目的を見ると,基本的には成長の追求とその成果の配分にあるといえる。60年代までの経済

計画は,国内問題が主課題であり,経済成長の促進とそれに伴う歪の是正が問題とされてい

る。国際関係を問題とし始めるのは 70年代に入ってからであり,多くが協調・調和といった

ことを目的とし,この時期に経済面での国際的な不均衡が大きかったことをうかがわせてい

る。90年代に入って始めて地球社会といった概念が用いられている。経済計画であるがた

めの限界といえるであろうが,計画の主目的は常に経済の成長,安定であり,それに伴う分

配の歪は問題とされても,公害問題を含め環境問題への配慮は薄いものであった。

より詳しく見てみると,1960年に策定された「国民所得倍増計画」までの計画は,基本的

に戦後の復興と経済成長の促進による国民生活の向上,に主眼を置いており,それなりに経

済成長を実現してきた。1965年の「中期経済計画」においては,成長の成果の配分に目的が

置かれ,より所得面での公平性が求められている。こうした傾向は,1976年に策定された

「昭和 50年代前期経済計画」まで受け継がれている。70年代も後半に入ると日本の大幅な国

際収支の黒字を背景に,次第に国際関係が問題とされ,国際的に調和の取れた発展が目的と

されてきた。90年代に入り,国際的調和という言葉が地球社会という言葉に変貌を遂げてい

る。80年代後半からの地球規模での持続可能な発展といった議論に,ちょうど見合ったもの

となっている。経済計画の歴史は,明らかに時代時代に焦点とされたの経済問題を拾い上げ

策定されてきている。その意味では,高度経済成長が,ある程度進み生活水準の向上が実現

されるまでは,環境問題が取り上げられることはなかった。環境問題,公害問題は,1967 年

の「経済社会発展計画」で,公害の防除ということで初めて取り上げられた。その後は数度

の計画においても言葉は公害から環境に変化はしているが,内容はほとんど変化が見られて

いない。しかし,最も対外不均衡が問題とされた 80年代の後半における「世界とともに生き

る日本」では,不均衡の是正のみが取り上げられ,環境問題は明確に扱われていない。リオ

の環境サミットの開催年である 1992 年の「生活大国五ヶ年計画」においては地球環境問題へ

の貢献が取り上げられた。これは次の「構造改革のための経済社会計画」に受け継がれてい

る。

では,公害問題,地球環境問題に対処するに際し,どのような政策手段が考えられてきた

かを見てみたい(表 3)。公害問題としては,大気汚染,水質汚濁,廃棄物,交通騒音,など

が取り上げられており,地球環境問題としては,酸性雨や地球温暖化が指摘されている。基

本的には,公害問題に対しては長期計画の策定をし直接的な規制,指導により環境基準を達

成させようとしてきた。経済的手段をもちいることで市場を活用することで公害などの外部

経済発展・成長と環境

― 32 ―

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東京経大学会誌 第 275 号

― 33 ―

表 3 各経済計画における環境問題

経済社会

基本計画

1973. 2

公害対策の強化

公害問題の多発化,多様化。規制などが不充分。公害防止に必要な各種費用負

担のあり方については,原因発生者責任を原則,合理的な費用負担を検討。

規制の強化,生活関連社会資本整備,調査・研究および技術開発の促進

公害防止対策の広域化と土地利用の適正化,公害防止策のシステム化

新経済社会

発展計画

1970. 5

公害の防除

大気汚染,水質汚濁,騒音,振動および地盤沈下などの公害の深刻化。

公害行政機構の改善を図る。環境基準の設定と排出の基準,土地利用の適正化

と関連社会資本の整備,防止技術の開発と普及

経済社会

発展計画

1967. 3

記述なし中期経済計画

1960. 12

記述なし国民所得

倍増計画

記述なし新長期

経済計画

1957. 12

記述なし経済自立

五か年計画

1955. 12

環境問題名称

環境の保全・整備

環境基準の達成維持を目的に公害対策の強化,自然的環境の保全,土地利用の

適正化と環境影響評価の推進

具体的施策(大気汚染,水質汚濁,騒音・振動,廃棄物等について規制強化等,

自然環境保全,歴史的環境・町並景観の保全,その他)

新経済社会

7ヵ年計画

1979. 8

環境の保全

環境基準の達成・維持,総合的な環境保全対策の推進(関連施策の総合的推進,

環境影響評価の推進,公害防止計画の実施の推進,環境保全技術の研究開発の

促進等),具体的施策(規制強化などにより,大気汚染,水質汚濁,交通騒音,

廃棄物などに対応,自然環境保全にも規制を活用),民間公害防止投資を促進,

環境保全のための公共投資,費用負担は汚染者負担を原則

昭和 50年代

前期経済計画

1976. 5

環境保全

環境保全対策の不備,環境保全長期計画の策定(大気汚染,水質汚濁,廃棄物,

自然環境の保全と都市内緑地の創造,累積公害),目標の設定と達成にために環

境基準の強化,

望ましい環境水準達成のための具体的施策(環境サーベイランスシステム,基

準・規制の強化,環境保全技術の開発,研究体制の整備,公害防止投資の促進,

環境保全費用の汚染者負担,環境と調和した地域開発,自然環境の保全と緑の

創造,その他)

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不経済を内部化することは考えられていない。地球環境問題についてもODAの活用,NGO

の支援といった側面が強調されてきた。京都会議の議長国としての開催をまじかに控えた

1995年の「構造改革のための経済社会計画」においては,国際的枠組み作りへの貢献や,国

際機関の活動支援といったことにとどまっており,積極的に経済的手段の活用は述べられて

いない。

経済計画において,地球環境問題が記述され始める 90年の少し前から,OECDの経済政

策委員会などで経済的手段の是非についての議論が盛んに行われ,その成果は 90年代初に

さまざまな形態で公表されてきた。OECD諸国の中では北欧諸国やドイツなどで環境問題

への関心が強く,議論を積極的にリードしてきた。これら諸国は,酸性雨から森林の枯死な

ど深刻な影響を受け,その防止へ向け国際的な協議を続け,地球温暖化問題に対しても炭素

税を採用している国が少なくない。ここでOECDの研究成果について触れてみたい。

(2) OECDにおける環境問題への検討

OECD の経済政策担当部局では,1990年代はじめに集中して気候変動に伴う経済効果の

分析を行い,経済政策委員会での議論に付するとともにさまざまな形態で成果は公表されて

経済発展・成長と環境

― 34 ―

経済企画庁 各経済計画の報告書

地球環境問題への対応

地球環境問題に対して率先して国内対策に取り組むほか,対外的に世界全体の

持続的発展へ向けリーダーシップの発揮。国際的枠組み作りに貢献,国際機関

の活動支援

構造改革のため

の経済社会計画

1995. 12

地球環境問題への貢献

国際的枠組み作りに対する積極的・主体的参加やODAの活用などを通じ,地

球環境問題の解決に向け率先した役割を果たす

地球環境保全へ環境ODAの活用(経済発展に伴う大気汚染,水質汚染,熱帯

雨林の伐採,などによる公害問題,酸性雨,地球温暖化など)

わが国の経験と能力の活用(調査研究,観測・監視体制の整備,技術移転の促

進,NGOの支援など

生活大国

5ヵ年計画

1992. 6

記述なし世界と共に

生きる日本

1988. 5

環境の保全整備

発生源規制と併せて広く土地利用,経済活動,生活のあり方を含めた総合的多

面的対応

具体的施策(交通公害,水質汚濁,大気汚染,騒音・振動などについて規制強

化等,自然環境保全の整備と快適環境の創出,環境汚染の未然防止等,開発援

助を含め環境問題の国際的対応)

1980年代経済

社会の展望と

指針

1983. 8

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きた。ここでの分析はいわゆる温室効果ガスの排出量を削減することによる超長期における

経済的な効果についての分析が中心課題であった。もちろん,その集中した研究の公表から

十年近くが経過し,さまざまな新しい状況が生まれてきている。政策提言を現在時点で検討

するに当たっては,そうした変化をこれらの分析結果に加味して検討することは必要である。

特に,この十年近くの間での大きな発展は,気候変動に関わるさまざまな国際会議が開催

されてきたことである。1992 年にはリオ・デ・ジャ・ネイロにおける地球サミットが開催さ

れ,1995年にはベルリン・マンデートが適用されるにいたっている。また,1997 年には京都

会議において ANNEX I 諸国10)での温室効果ガスの排出を 1990年水準に比べ 2008 年から

2012 年の間に 5%削減することを謳った議定書が採択された。しかし,温室効果ガスの排出

は,この間も事態は改善されることなく休むことなく続いており,90年代初の一連の研究よ

り厳しい対応が必要とされている。

これまでのOECDでの議論などを通じて明確になったことは,

1.今後十年間を考える場合温室効果ガスの排出量は,途上国での排出が経済成長により

大きく増加し,OECD諸国または ANNEX I 諸国の削減ではその増分を相殺できず,地

球規模での削減とはならないこと,

2.途上国における温室効果ガスの削減を求めることは,国際間の平等性という困難な問

題を惹起,

3.温室効果ガスの削減目標を所与として,各国間,企業間,工場間での限界削減費用を等

しくすることが経済効率的であること,

の三点に大きくまとめることができる。

OECDにおける気候変動の経済効果分析の中心をなしたものは,二酸化炭素ガスの大気中

濃度の上昇による経済的な影響についてのさまざまな超長期世界モデルによるシミュレーシ

ョンの比較分析であった。この比較分析プロジェクトには六つの世界モデル11)が参加し,二

酸化炭素ガスの排出に制限のないことを想定したシナリオによる通常ケースと,二酸化炭素

ガスの削減を程度について三つのシナリオを想定するケースとの間で比較が行われた。具体

的には,通常ケースにおいては,世界人口,世界の生産量などの主要な経済変数を(表 4)を

各モデルに共通なものとして想定し,その想定にあうようにシミュレーションが行われ,二

酸化炭素排出量などの長期にわたる推計結果が検討される。それらの結果を基準として,そ

れからそれぞれ 1%,2%,3%ずつ二酸化炭素排出量の削減を想定する三つのシナリオにつ

いて検討が行われている。二酸化炭素排出量の削減の手段としては炭素税などの経済的手段

が用いられると想定されており,それぞれの削減が経済主要変数に及ぼす影響を通常ケース

からの乖離により検討しようというものである。

東京経大学会誌 第 275 号

― 35 ―

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(3) 通常ケースの結果

通常ケースにおいては,モデルによりばらつきはあるものの,二酸化炭素の排出量は 21 世

紀には年率 1〜2%で増加し,2050年には世界全体に蓄積される二酸化炭素ガスの量は現在

の 60億トンから 100〜200億トンにまで増加する(表 5)。最近データを加味した研究による

と,途上国の経済発展が進展したことなどから,二酸化炭素ガスの排出量の増加は加速され,

年率 2〜3%にまで上昇しているといわれいる。この結果,2020年には蓄積量は 1990年水準

の二倍に達し,その増加分の 50%以上が途上国からの排出によると考えられている。また,

21 世紀半ば以降,エネルギー源が原油,天然ガスから炭素を基礎原料とするような合成燃料

に転換されていくことが考えられ,それにより二酸化炭素ガスの排出が再び加速化される可

能性が指摘されている。もちろん,こうした推計は炭素含有のないエネルギーが安く,大量

に供給されるかどうかによっても変わるものである。

超長期の予測には,さまざまな不確実性が付随している。例えば,経済成長率の想定やエ

ネルギー効率の改善の度合,国際エネルギー価格の動向,などである。また,自動的なエネ

ルギー効率の改善が,どの程度のテンポで進むかについてを明確に想定することは困難であ

経済発展・成長と環境

― 36 ―

A. Dean and P. Hoeller(1992),rCosts of Reducing CO Emissions : Evidence from Six Global Modelst

OECD Economic Studies No. 19, Winter 1992

表 4 シミュレーションの主要前提

予測(百万人)90年水準百万人

人口についての仮定

617582その他OECD

284283285289267250アメリカ

21002075205020252000

1703157612851116中国

367361351337306289旧ソ連

643640643649

10421101779528819061765261世界計

731071436546533937013024その他世界

18171750

経済成長率(%)90年 GDP兆ドル

経済成長率についての仮定

2.7010.20その他OECD

1.001.251.502.002.505.60アメリカ

2075-21002050-20752025-20502000-20251990-2000

3.504.004.501.10中国

1.852.102.353.103.602.68旧ソ連

1.001.251.502.00

1.851.962.082.503.0122.92全世界

2.302.552.803.303.753.34その他世界

3.003.25

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東京経大学会誌 第 275 号

― 37 ―

A. Dean and P. Hoeller(1992),rCosts of Reducing CO Emissions : Evidence from Six Global Modelst

OECD Economic Studies No. 19, Winter 1992

表 5 二酸化炭素ガスの排出量の平均伸び率

1.02.0ERM

2.30.71.51.4..CRTM0.82.63.6

1980-851975-801950-75

通常ケースの予測値実 績

..1.92.12.01.8GREEN

1.41.21.3

1.10.71.11.5..CRTM−1.01.42.3アメリカ

2050-21002020-20502000-20201990-20001985-90

1.51.61.5..MR

....1.62.12.3IEA

1.11.1GREEN

0.60.70.80.81.8ERM

2.0

....0.71.51.3IEA

..0.71.1

0.61.21.9..CRTM−1.21.82.7その他OECD

0.71.51.21.4..MR

GREEN

0.50.40.81.41.9ERM

1.3

....1.01.32.0IEA

..1.00.71.41.7

1.1..CRTM1.92.55.9旧ソ連

0.91.31.31.8..MR

1.00.50.6−0.21.3ERM

1.1−1.31.1

..0.21.92.0IEA

..1.01.81.91.6GREEN

CRTM5.45.311.2中国

1.1−0.31.11.2..MR

..

2.32.632.32.9ERM

3.41.821.4..

3.34.4IEA

..3.24.63.73.1GREEN

5.44.7その他世界

3.02.62.21.6..MR

....3.1

1.72.01.52.8ERM

2.51.82.01.3..CRTM2.4

IEA

..2.32.82.62.6GREEN

1.6

全世界

2.51.92.21.5..MR

....2.83.02.8

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り,OECD の比較研究においては,モデルによりばらつきがあるが年率 0〜1%の範囲で改

善が進むと想定されている。また,国際エネルギー価格については炭素を含有しない代替的

なエネルギー価格の動向にも大きく依存しており,ここでも明確な想定を置くことは難しい。

また,二酸化炭素ガスの年々の排出量が毎年のストックとして積みあがっていくかというと

そうではなく,その間の明確な関係を示すことは難しい。1996年に IPCCは,こうした不確

実性を考慮に入れたとしても 2050年には産業革命前の 2倍の水準にまで二酸化炭素ガスの

大気中の蓄積が進むと想定している。

OECD の Green Model においても,経済成長の促進と産業の高度化により途上国での二

酸化炭素ガスの排出が,先進諸国よりも高い伸びとなることが示されている。2050年には現

在世界全体の排出量の半分を占めるOECD諸国のシェアが 25%に低下するのに対し,人口

の多い石炭使用国(中国,インドなど)を中心に途上国のシェアは 60%にも達するとみなさ

れている。特に,2050年には二酸化炭素ガスの排出は少数特定国に集中する傾向が見られる。

(4) 排出削減ケースの結果

ここでは,通常ケースに炭素税を導入することで,1%の二酸化炭素ガスの排出を各国で

削減することを想定して行われたシミュレーションを中心に検討する(表 6)。この計測結果

によれば,モデルの間でばらつきはあるものの,OECD諸国は二酸化炭素ガスの排出を 1990

年水準に比べ増加させることはないのに対し,中国,途上国では排出の増加が続くことが示

されている。これは通常ケースにおいて二酸化炭素排出量がこれらの地域国において非常に

高い伸びを示したことからも理解できる。この結果,モデルごとの炭素税の導入に伴う経済

成長率への影響の違い,エネルギー効率の違いにから一様ではないが,世界全体の二酸化炭

素排出量はおおむね 0.5%から 1%の伸びを続けることになる。

この計測結果において,国や地域ごとの二酸化炭素排出削減に必要とされる炭素税額が比

較できる(表 7)。OECD諸国においては炭素税は,おおむねカーボン・トン当り 50ドル

(1985年価格)から 2020年に 125ドル前後にまで上昇する。2020年以降はモデルによって,

また同一のモデルにおいても地域においても分散が大きくなる。

国ごとの税額が時間の経過とともに異なってくるのは,使用する化石燃料の炭素含有量の

違いによるものである。石炭は一般的に炭素含有量が高く,石炭使用の割合の高い国,地域

においては少ない税額で一定の削減の達成が可能となる。したがって,事後的に見れば排出

削減の限界費用に見合った税額は,石炭集約的なロシア,中国,インドにおいてより小さく

なる。しかし,石炭使用量が減少するに従い,その他の炭素含有量の低いエネルギー源へシ

フトすることにより限界費用は次第に逓増していく。将来において,炭素を含有しないエネ

ルギーが利用可能となれば,税額は安定する。

また,炭素税の導入は外部不経済の内部化に伴い生産水準を最適化することを通じ,効用

経済発展・成長と環境

― 38 ―

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東京経大学会誌 第 275 号

― 39 ―

表 6 二酸化炭素排出量(百万トン)

GREENERMCRTM

アメリカ

13831990

1%削減通常1%削減通常1%削減通常1%削減通常

MR

2010

14931649135514972000

14301430133913391383

1543208013691852130517642020

1516185013811684

102425142080

1804327812632295117721432050

1530457099328502100

16223972

GREENERMCRTM

その他OECD

13071990

1%削減通常1%削減通常1%削減通常1%削減通常

MR

2010

14851640147116242000

13751375141914191307

1569211513771864133017932020

1520185513961704

92822792080

1722312913992539111020192050

1669498887925132100

17244221

GREENERMCRTM

旧ソ連

14941990

1%削減通常1%削減通常1%削減通常1%削減通常

MR

2010

10721184110612212000

10551055101010101494

1100148212961756117115832020

1084132312621536

98424322080

755137213222394101918552050

8112422101128872100

7321792

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経済発展・成長と環境

― 40 ―

出典) OECD(1993),rThe Costs of Cutting Carbon Emissions,tOECD documents 1993

GREENERMCRTM

中国

7131990

1%削減通常1%削減通常1%削減通常1%削減通常

MR

2010

6837547948752000

641641608608713

872117515552142117015712020

76893711241363

285468832080

1381250830945531187033712050

372811140335994092100

25976359

GREENERMCRTM

その他世界

8701990

1%削減通常1%削減通常1%削減通常1%削減通常

MR

2010

15781743168218552000

1502150214381438870

1979266823383193109314692020

1794218919902418

164439912080

2589470424756240135224502050

552816517174149202100

432910600

GREENERMCRTM

世界計

57671990

1%削減通常1%削減通常1%削減通常1%削減通常

MR

2010

63106970640870712000

60036003581558155767

70639520793410806606981802020

6682815371538705

7434180992080

82521499210551189986528118382050

13266396367983225792100

1100426945

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東京経大学会誌 第 275 号

― 41 ―

表 7 炭素税額:二酸化炭素排出量を年 1%削減する場合

ERMCRTM

アメリカ

カーボントン当りドル

2005

88713137552000

000001990

IEAMRGREEN

12548961182020

7639691092010

1234255

11382082100

2087932082080

185653141652050

208

ERMCRTM

その他OECD

2005

161604937562000

000001990

IEAMRGREEN

120731271182020

735880952010

2317056

4402082100

2093782082080

186942411992050

208

ERMCRTM

旧ソ連

2005

1640251472000

00001990

IEAMRGREEN

84257872020

13316511372010

1338

1606082100

6081507362080

382491058452050

194

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水準の改善は図られるが,化石燃料消費量を抑制する結果,実質所得を減少させる(表 8)。

この生産規模の減少を通常ケースの GDP 規模からの乖離率としてみてみると,国・地域,モ

デルによっても大きく異なる。2050年について各国,地域での GDPの減少幅を見てみると,

アメリカで 0.4〜1.9%,アメリカを除くOECD諸国では 0.6〜1.6%の減少が生じるのに対し,

旧ソ連では 1.0〜2.3%,中国で 0.9〜2.8%,その他世界においては 0.8〜2.3%の減少に及んで

おり,概してOECD諸国を上回る GDP 減少幅が生じているといえる。この結果世界全体に

ついては,GDPの減少幅は 0.9〜1.8%に相当する(ERMおよび GREENの結果のみ利用可

能)。排出削減により生じる GDPへの影響は時間の経過とともにモデル後と,また国,地域

別に違いが大きくなっていくが,21 世紀の後半には GDPの減少が大幅なものとなることは

共通してみることができる。

炭素税の導入は,石炭業などに大きなダメージを与えるが,産業間においてもその影響の

経済発展・成長と環境

― 42 ―

注)IEAは北アメリカ

ERMは,最終年は 2100年ではなく 2095年

出典:OECD(1993),rThe Costs of cutting carbon emissions : results

from global modelst

OECD Documents, p 142-p 160

ERMCRTM

中国

2005

1655251382000

00001990

IEAMRGREEN

9510901522020

58855152010

638

3322082100

2083152082080

152221743062050

208

ERMCRTM

その他世界

2005

16626361662000

00001990

IEAMRGREEN

127541701082020

794093402010

3755

6242082100

2085082572080

13390330452050

208

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東京経大学会誌 第 275 号

― 43 ―

表 8 GDPロス:二酸化炭素排出量を年 1%削減した場合

ERMCRTM

その他OECD

2005

0.220.07−0.102000

0.000.000.001990

IEAMRGREEN

0.530.350.790.202020

0.350.240.002010

0.120.36

1.991.002100

1.351.990.802080

0.910.701.550.602050

1.49

ERMCRTM

旧ソ連

2005

0.950.100.302000

0.000.000.001990

IEAMRGREEN

1.280.410.700.402020

1.160.270.602010

0.200.37

1.012.102100

3.321.212.602080

2.300.961.082.202050

3.20

ERMCRTM

基準ケースからの乖離率%

アメリカ

2005

0.360.07−0.102000

0.000.000.001990

IEAMRGREEN

0.800.240.630.502020

0.530.180.202010

0.120.37

4.331.802100

2.133.511.702080

1.410.441.891.202050

2.34

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程度は大きく異なる。OECD諸国で自主的な排出削減策が採用された場合,石炭産業はその

規模を大きく減少させる。しかし,石油・天然ガス産業における影響は,石炭から需要がシ

フトすることによりかえって若干のプラスの影響を受ける可能性が高い。エネルギー産業以

外では,鉄・鉄鋼,非鉄金属,紙・パルプ,化学といったエネルギー多少費産業への影響は

大きいと考えられる。

(5) 排出量を制御することによる便益

ここでは排出削減による便益は,排出削減を行わなかった場合に生じるコスト(気候変動

に伴うダメージ)として定義されている。気候変動は,経済活動におけるさまざまな分野だ

けにとどまらず,健康,環境システム,などすべての上に甚大な影響を及ぼす。これらすべ

てへの考えられる悪影響を数量化することはできない。したがって,地球規模での温室効果

経済発展・成長と環境

― 44 ―

注)ERMは,最終年は 2100年ではなく 2095年

出典:OECD(1993),rThe Costs of cutting carbon emissions : results

from global modelst

OECD Documents, p 142-p 160

ERMCRTM

中国

2005

0.740.120.202000

0.000.000.001990

IEAMRGREEN

1.130.281.510.502020

0.780.180.202010

0.160.70

3.692.602100

3.543.992.502080

2.220.872.821.402050

3.93

ERMCRTM

その他世界

2005

1.240.351.202000

0.010.000.001990

IEAMRGREEN

1.710.890.950.702020

1.060.730.502010

0.580.32

2.263.402100

4.002.123.102080

2.271.421.600.802050

4.53

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ガスの排出削減する合意による便益を評価することは,不可能に近くこうした推計値は便宜

的なものといわざるをえない。

多くの研究が,産業革命前の 2倍の水準に大気中の温室効果ガスの蓄積量を安定化させる

ことによるダメージに焦点を当てている。この場合に発生するコストは世界 GDP の

1.5〜2%程度と推計されている。しかし,問題はこうしたモデルにおいては蓄積の安定化そ

のものではなく,蓄積の伸びを押さえる,フローでの排出量を削減することによる効果を見

ている場合が多い。したがって,この大気中の濃度が産業革命前の 2倍になるという事態が

近い将来に起こらないという保証はない。大気中濃度を安定化させることができなければ大

気温は上昇続けることになる。既に見たように大気温の上昇は各国地域の経済活動にさまざ

まな影響を及ぼし,世界全体の経済活動を減少させる可能性が指摘されている。こうした経

済的なロスは,各国地域に均一に生じるわけではなく,これまでも気温の高いアフリカ,東

南アジアではロスが発生するのに対し,比較的寒冷なカナダ,東ヨーロッパ,旧ソ連などで

は若干のゲインが発生する可能性が高い。相対的に発展途上国におけるダメージに大きなも

のがあるといえる。また,一国内においても地域によってダメージの現らわれ方は異なって

くる。

モデル比較分析などの結果では ANNEX I 諸国が排出量の安定化を行ったとしても,世界

全体の排出量の伸びが年率で 0.5%〜1%低下するに過ぎず,産業革命前の 2倍の水準にま

で二酸化炭素ガスの大気中濃度が増加するにかかる時間を多少遅らせることとなろう。した

がって,二酸化炭素ガスの排出を制御することの費用というものは,実際は大気中濃度の上

昇を遅らせることによる便益であり,二酸化炭素ガスの大気中濃度が産業革命前の 2倍に上

昇することは,ほとんど避けることができないということである。

二酸化炭素ガスの大気中濃度の 2倍化を避けるためには,モデル比較プロジェクトの結果

や京都会議の合意に見られたより大幅なフロー・ベースでの排出削減が必要とされる。付け

加えるならばタイム・ラグの存在から,総排出量を減少させ始めたとしても,しばらくの間

は大気中濃度の上昇は続く。大気中濃度の安定を図るためには世界全体で現行レベルを大幅

に下回る排出水準が求められる。また,このためには途上国での二酸化炭素排出量の大幅な

削減なしには実現が困難である。しかし,通常ケースに見られるように途上国では今後排出

量を急速に増加させると推計されることから,そのような削減を実行していくためには高率

の炭素税の実現とともに,経済的なロス,コストが非常に高いものとなる。仮に排出水準を

1990年水準に安定化するために必要とされる炭素税額や GDP 規模の低下を OECD Green

Model で見てみよう。炭素税は,1985年価格のドル表示では,OECD平均で 2000年の 69 ド

ルから 2030年には 76ドルに微増するのに対し,同じ期間に旧ソ連では 22 ドルから 65ドル,

中国で 44 ドルから 337 ドル,非 OECD(除く旧ソ連,中国)で 144 ドルから 328 ドルへとそ

れぞれ大幅な増加を必要とする。この税額の引き上げに伴い GDP 規模の低下を見てみると

東京経大学会誌 第 275 号

― 45 ―

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2030年にOECD全体の GDPのロスが 0.3%であるのに対し,旧ソ連で 1.7%,中国で 4.1%,

非 OECD諸国(除く旧ソ連,中国)で 4.5%という大きさとなる(Martins, J.O., J. Burnaiux,

J. Martin and G. Nicoletti(1993)参照)。

(6) 排出削減コストの低下

経済全般の効率性をさまざまな手段や政策により改善しながら温室効果ガスの削減を達成

する可能性がある。こうした手段・政策は排出削減の便益を考慮しないでも,経済的なメリ

ットをもたらし,よりコストを引き下げることができるということから no-regrets policies

といわれている。この no-regrets policies の典型としては,エネルギー補助金や化石燃料へ

の補助金の削減などがあげられる。事後的にエネルギーコストの上昇を通じ,排出削減が達

成されると共に,補助金によるデット・ウェイト・ロスを解消することでより高い実質所得

が実現される。事実,エネルギーはいたるところで補助の対象にされており,とく途上国に

おいて著しく見ることができる。こうした補助の大きさは,1990年において一次的な化石燃

料への補助金は全体で 2300億ドルに達し,カーボン・トン当りでは 40ドルに相当している

(Larsen and Shah(1992)*)。エネルギー源ごとに見ていくと,天然ガスは一番補助率の大き

なものであり平均で 23%にも及び,石炭でも 17%となっている。石油は,補助を受けてい

る電力業を通じ間接的な補助を受け取っている。こうしたことから世界銀行などの推計によ

れば,途上国ではエネルギー価格は長期限界費用を 30%下回っている。

OECD などの推計によればエネルギー価格のこうした歪みが是正されるだけで,2050年

には二酸化炭素ガスの排出量は,28%減少し,通常ケースの想定する成長率よりも 0.7%世

界の実質所得が上昇する。また,現存するさまざまな補助金を一挙に削除することが困難な

場合には,関連する補助金を相殺することで全体の歪みを小さくすることも可能となる。

現在,エネルギー源にはさまざまな形で課税が行われているが,こうした課税は炭素含有

量という観点からは整合的なものとはなっていない。このエネルギー課税を各々のエネルギ

ー源の炭素含有量に見合った大きさに変えていくだけでも二酸化炭素ガスの排出量の削減が

できる。例えば,天然ガスや石油といった炭素含有量の比較的低いエネルギー源に高いエネ

ルギー税を課することは,石炭を相対的に安いものとし,石炭業に補助金を供与することと

変わりはない。この税率の調整により排出量をある程度減らすことは可能となり,この場合

のコストは決して大きな物とはならない。植田他の研究によれば日本におけるこうしたエネ

ルギー源課税の税率の歪みを,全体の税収が変化しないように調整した場合,排出量が大幅

に削減されることが示されている(植田他(1997))。こうした no-regrets policies の重要性

は,京都議定書においても石炭,電力業での補助金の是正ないし見直しが重要ということで

認識されている。

エネルギー効率を改善する技術が,さまざまな分野において利用可能となってきており,

経済発展・成長と環境

― 46 ―

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また,低いカーボン・コンテンツのエネルギー源への代替の可能性が高まってきており,こ

の面からも排出量の減少が期待される。前述の植田他の研究によれば,鉄鋼業などでの産業

廃棄物の有効利用によりエネルギー効率の改善が達成し得ることや途上国への技術移転によ

り二酸化炭素ガスの大幅な削減が可能なことが示されている。しかし,こうした技術が no-

regrets policies として活用可能となるかどうかは,今後の進展によるところが大きい。

二酸化炭素ガスの排出削減目標を達成するための費用は,排出削減への時間スケジュール

によっても異なってくる。二酸化炭素ガスの削減コストは,将来的には技術進歩の進展や低

廉な価格での代替エネルギーの利用可能性などにより低下する可能性が高い。既存の設備ス

トックが減耗し,新しい資本ストックに置きかえられることでも削減コストは低下する。こ

のように時間の経過とともに no-regrets policies による効果が現れくることが期待できる。

しかし,削減への手段の採用が遅れることは,二酸化炭素ガスの大気中濃度を高め,それに

より将来への気候変動の要因となっていく可能性が高いことには注意を要する。炭素の大気

中での残存期間は 50年とも 200年ともいわれており,早期に削減を開始することがリスク

管理の面からも必要とされる。大きな不確実性を伴うとはいえ,これらのモデルによるシミ

ュレーションはさまざまな形態での費用を理解する上でも役立つ。また,これらのシミュレ

ーション期間が非常に長く,便益が現れてくる前に費用が表面化する傾向をもつことから割

引率の水準に結果が大きく影響されることから適切な割引率を用いることの重要性は大きく,

不確実性が常に存在することから危険回避をどのように想定するかなど問題も多い。

(7) 炭素税の導入に向けて

二酸化炭素ガスの削減コストは,国・地域によって大きく異なっている。したがって,低

費用国・地域が高費用国・地域より大きく削減することは,全体としてみた場合に低費用で

一定の削減を実現することを可能とする。全て地域,国において一律の削減を求めることは,

排出削減という効果を考えるとコストのかかる方法といえる。原則として,効率的に二酸化

炭素ガスを削減するために炭素税を課すには,理論的には炭素税を限界削減費用に見合った

ものとすることが必要である。この意味では,世界全体で同額の炭素税を課すための条件は,

全ての国・地域で限界削減費用の均一化が経済効率の観点からは求められる。この場合にお

いても,望ましい排出削減を達成するために必要とされる税率がどの程度であるかは把握す

ることは難しい。限界削減費用が均一ではない条件下で便宜的に同一税率を適用するのであ

れば,経済効率とは整合的ではなくなる可能性が高い。便宜的な税率の適用を考えると,全

体での排出量を規制し,その下で単一価格での排出権売買は,同率の炭素税を課すことと等

しいといえる。

先進工業諸国だけでは,二酸化炭素ガスの排出の世界的な安定化を達成することは難しい。

静学的な一般均衡モデルを用いた分析では,先進諸国の自主的な措置は二酸化炭素排出量の

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削減に有効との結論が得られている(伴(1998))。しかし,動学的なモデルを使用している

OECDのモデル・シミュレーションによれば,ANNEX I 諸国が排出量の安定化という目標

を達成したとしても,二酸化炭素ガスの大気中濃度は増加を続ける。ANNEX I 諸国の世界

全体の排出量に占めるシェアは低下するが,これは先進工業諸国だけが排出削減策を採用す

ることで見かけ上効果が出ているように見えるに過ぎない。この場合,いわゆるカーボン・

リーケジといわれる問題が発生し,排出量が先進工業諸国から途上国へ移転させられている

場合が考えられるからである。基本的にカーボン・リーケジは,工業諸国における排出量削

減が,排出削減非対象国・地域でのエネルギー集約的な財における比較優位を増すことから

発生する。カーボン・リーケジの大きさは,資本移動の容易さやスピード,供給や代替の弾

力性などに依存するため十分に検討されてきたとはいうことができない。この結果,さまざ

まなモデルにおいてもカーボン・リーケジは想定されているもののモデルごとのその大きさ

にいてはばらつきが大きい。しかし,二酸化炭素ガスの削減を合意する国・地域の範囲が広

がればリーケジの大きさは低下する。

(8) 炭素税と排出権市場

OECD諸国の間では極めて限られているとはいえ,二酸化炭素ガスの排出抑制を目的とし

た税が,直接炭素税という形態であったり,エネルギー課税という形態であったりするが,

採用されている。こうした税制はヨーロッパ諸国においてよく見ることができる(具体的に

各国の状況について Haugland 他(1992 年)や浅子他(1993)*,OECD(2001)参照)。

各国の事例を見ると,炭素税の導入に際して,効率性と言う概念から離れて,導入のしや

すさが重視され分配面での配慮が目に付く状況となっている。まず,全ての国がエネルギー

源の炭素構成によって税率を定めているわけではなく,多くの場合炭素・エネルギー税とし

て存在しており,生産物によって税の違いも見られ,二酸化炭素ガスの排出削減という観点

からは効率的なものとはなっていない。また,例外規定が設けられている場合が少なくない。

こうした例外は,電力,重工業といったエネルギー多消費産業や国際競争にさらされている

産業に付与されていることが多い。多くの国では分野ごとに異なった税率が適用されており,

単一税率といった原則からは遠く乖離している。

炭素税を導入するに際して,導入のしやすさを考えると石炭なら鉱業の段階で,原油なら

源井の段階といったできるだけ川上で課税することが望ましい。また,エネルギー輸入国に

おいてはできるだけ国内の一次エネルギー供給者に課税することが望まれる。課税の容易さ

から,課税に伴う行政費用を押さえることが可能となると共に,川上での課税は経済全般に

税の効果を薄く広く伝播させることができる。川下へ課税ベースを移していくに従って例外

措置が増加させられる傾向がある。

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京都議定書では,温室効果ガスの削減などが,共同達成,排出取引,共同実施,クリーン

開発メカニズムといった四つの伸縮的手法の採用により合意された。それらは,Annex I 諸

国に課せられる厳しい課題を克服するために考え出された。しかし,京都議定書の伸縮的手

法は,国際的規模での全く新しい試みであるため,制度設計や実施上に多くの課題が残され

ているという指摘も少なくない。また,排出権取引については従来から以下の問題も指摘さ

れている。

排出権市場を創設し,環境問題に対処したケースで十分に検討が行われているのは,アメ

リカで汚水の排出問題と SOの排出問題という公害問題であろう。

まず,汚水の排出(Water Effluent)については,取引がほんのわずかしか行われず,成功

したとは言いがたいと考えられている。1997 年の Clean Water Act により汚水の排出など

について地域での工場間の取引が認められた。しかし,これらの取引を進めるにあたって,

各々の取引において政府の承認が必要とされたことなどから市場インセンティブが欠如して

いたことに加え,排出に寡占的な状況が存在したことから十分に取引が進まなかったといわ

れている。

一方,SOについては 1995年に SO Allowance Programが開始され,十分に大きな取引

が生じている。このプログラムの実施にあたっては,政府の役割を最小化するよう努められ

ており,取引コストが低下され大規模取引が実現した。

OECDなどの議論によると,排出権市場の創設により,大規模な取引が行われると大幅に

コストを削減することが可能となることが示されたとされる反面,プラント間,企業内とい

った内部取引の増加によりコストの低下が実現しており,企業間取引には企業内取引よりも

取引費用が十分に大きくなることが懸念されている。また,排出権市場での取引の効率性を

阻害する要因としては,適切な取引相手を見つけ出すことに伴うコストと,行政の介入によ

る取引承認といったコスト上昇要因が指摘されている。行政の介入は,承認過程で不確実性

の増大,および市場統制のための細かな規制,その修正などに伴うコストの発生をもたらす

と考えられる。

一方,地球温暖化問題では,イギリスで 2002 年 4月から,二酸化炭素ガスの排出に関する

「排出量取引制度」の 5年間のパイロット・プロジェクトが開始された。イギリスでは,2001

年 4月に二酸化炭素ガス排出削減を目的とする「気候変動税」が導入されていたが,その税

負担軽減のための措置として,政府と業界団体,企業が「気候変動協定」という自主協定を

結ぶことにより,排出削減目標や省エネルギー目標を定めると,気候変動税を 80%免除する

という制度を設けた。このような目標の設定は,個別企業の排出枠の設定と同等の効果を持

つため,気候変動協定で定めた目標の達成の手段として,排出権取引制度が導入された。自

主協定とその監査に,初期の配分の設定と,実施のモニタリングという問題を取込むという

手法といえ,今後の成果に注目したい。

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(9) 結び

地球環境問題についての関心は,この十年に飛躍的に高まってきた。特に,1992 年のリオ

の地球サミット開催が,関心を高めることに一役買ったことは間違いない。地球サミットの

での議論は,昨年(1997 年;編集注)の京都会議における国際的な合意作りにつながるなど,

その後も一応の進Áを見せてきた。しかし,ここ数年は地球サミットを向かえる前のような

熱気は薄れ,京都会議においてはあのような国際的な関心の高まりといった盛り上がりは見

られなかった。この違いは,なぜ生じたのだろうか。

その大きな要因として,先進諸国の経済状況をあげることができる。1980年代後半には世

界経済は好況を持続させており,80年代初に生じたラテン・アメリカを始めとする累積債務

問題をも解決に向かわせた。こうした経済状況が,経済問題以外の諸問題へも関心を向かわ

せる余裕をもたらした。つまり先進諸国の経済問題での確信が,地球環境問題にも関心を向

かわせた。同時にまた,この時期に地球温暖化に伴うさまざま問題が観測され,広く認識さ

れ始めた時期でもあった。

地球サミットに前後して世界経済は 1990年代初から停滞局面に入り,次第に環境問題よ

りも日々の雇用へと関心が移っていった。このように環境問題は,経済活動に余裕が持たれ

ているときには関心が強まり,経済活動が困難となると関心が薄れやすい。

地球環境問題は,現世代の人々の遠い将来への関心の薄さから,現時点の経済問題に比べ

将来の環境などの重要性の優先度が低く押さえられやすいことからも生じている。言い換え

るならば,将来においても利用可能な環境などの価値といった将来財の割引現在価値を非常

に低くみなす我々の価値判断により,我々の高い割引率,低い時間選好といったことにより,

地球環境問題は関心を持たれにくくなっている。

マクロ経済問題においては,犠牲率という概念がしばしば問題とされる。犠牲率は,失業

とインフレのトレード・オフの関係から,その最適値を求めようというものである。ここで

はあくまで経済概念だけが問題とされており,環境その他の人々の効用関数には大きく影響

を及ぼすが,直接的に雇用などの経済問題に関係しない概念は取り扱われていない。環境問

題といった簡単に数量化できない概念を用いてこのトレード・オフの関係を修正することは

難しい。また仮に,何らかの方法により犠牲率という概念に環境基準を導入した場合,環境

基準の改善はインフレを高めたり,成長を抑制したりする可能性が高く,同じインフレと失

業率の関係を実現するために,この二変数で考える犠牲率を悪化させる。環境問題への取り

組みは,犠牲率をより厳しい状況へとシフトさせるため,経済状況によって環境問題への取

り組み,対応が,変化しがちである。

経済学における環境問題,特に公害問題などでは,市場の失敗という概念からアプローチ

が行われ,静学的な観点から社会的費用をいかに内部化するかが問題とされてきた。確かに,

一時点で考えるのであれば,また,将来問題を考える時の根拠として,こうした比較静学的

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な考え方が有意義であることは否定できない。しかし,比較静学による経済厚生最大化から

結論がもたらされており,インター・テンポラルな最適化とは言いがたい。また,社会的費

用,負の外部性の,内部化は現時点での私的費用と社会的費用のギャップを埋めるに過ぎず,

あくまで現在の経済社会の,市場参加者のみの議論である。そこには将来世代の意思決定が

働く余地は存在しない。

公害問題などについては比較静学での考え方は理解がしやすいが,温暖化など地球環境問

題となると社会的費用の大きさ把握が困難なことに加え,将来の環境ストックをどう評価す

るか困難な問題に直面する。また,仮に何らかの形で現時点での社会的費用を課し外部不経

済を内部化したとしても,例えば二酸化炭素ガスの排出がゼロとなるわけではない。その

時々の市場参加者の利潤,効用の最大化の下で排出は抑制されながらも継続され,ストック

としては,大気中濃度は増加を続けることになる。この意味では,この解決策はある意味で

は問題の先送りに過ぎない。

この市場参加者以外の意志は,何ら考慮されないというシステムは,政治における民主主

義と似た側面を持つ。民主主義においては,参政権を持つ市民の意志は考慮されるのに対し,

参政権を持たない若年層の意志は,社会の意思決定に反映されることはない。多くの場合,

現在時点に経済的な関心の強い参加者にとって有利であり,未参加者にとって不利な意思決

定がされることも少なくない。民主主義と市場経済とを考える場合,市場の失敗の関わる問

題への対応において共通の欠点が露呈する。特に,社会共通資本の供給に関しては,現在世

代の利益のみが強調されやすい。いわゆる公害問題を始めとする地球環境問題全般を考える

と,社会共通資本と同質の問題が見出される。もちろん,環境自体が優れて社会的共通資本

であることにおいて同根の問題であるからということができる。環境問題を含めた広く意味

での社会共通資本は,市場参加者が通常の意思決定において用いる時間視野の外にある時点

での資源利用などを考えることであり,適切な資源配分を行うことが難しい。

地球環境問題を考える場合,社会的費用に基づく最適費用という概念が正確に定義できな

い以上,炭素税の導入は最適解とは言い難く,どの程度の量を削減しうるかについては不確

実性を伴うことになる。また,排出権取引には,京都議定書で採用された四つの伸縮的な手

法の具体的な実施にあたっての制度枠組みなど多くの課題が残されているといえる。地球環

境問題への経済的手段の活用は,有効な手段であることは間違いないが,そのためには解決

を図らなければならない問題は少なくない。持続可能な発展を実現していくためには,短期

的な経済合理性,効率性の追求だけでは困難であろう。

(注) 本論文は,当初 1998 年にある出版企画の 1章分として書かれた。その後,企画が延期され最

終的には立ち消えとなるまで加筆修正されており,本論文は 2003年 11月時点の原稿を,我妻が形

式だけ調整した。なお,本文中の文献参照の際に*印があるものは「参考文献」に対応する文献の

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記載がありませんでした。

加藤裕巳(内閣府大臣官房審議官(経済財政運営担当兼経済財政分析担当)(当時))

我妻伸彦(立命館大学経済学部教授(当時,現職))

1 )割引現在価値が同一でも,その時間経路が異なり世代間の分配が著しく異なる経路は無限に存

在する。例えば,今,人口が一定かつ同一,利子率も 5%で一定かつ同一という条件で,A,B

二つの無限に継続するケースを考える。ケース jの t 年後の生産=消費額を Xとして,ケー

ス Aの生産=消費経路は, {X, X, ⋯, X, ⋯}={X, X, ⋯, X, ⋯}と毎年同一量の生産・消費

で表されるものとする。他方,ケース Bの生産=消費経路を,初年はケース Aの 2倍あるもの

の,以降,毎年 5%づつ生産は減少し,無限の将来まで継続するものとする。即ち, {X, X,

⋯, X, ⋯}={2X, 2X (1−0.05) , ⋯, 2X (1−0.05) , ⋯}。この 2 つのケースの生産=消費経

路の割引現在価値は共に 20Xと等しい。従って,もし,ケース Bの 1 年目の生産=消費額が

2X+ε, ε>0となるならば,割引現在価値を基準とする限り,ケース Bがケース Aよりも選好

されなければならない。しかし,明らかに,ケース Bでは,後の世代の生産=消費は常に以前

の世代より少なく,15年目以降ではケース Aよりも少なくなっており,「持続可能な発展」の

定義によっては,割引現在価値の小さいケース Aが選択される場合が生じる。もちろん,検討

している経済が,より大きな経済の部分集合である場合,当該検討対象経済の外に収益の源泉

がある資産に投資することが可能で,そこから利子率相当の収益が得られるならば,人々は,

自分で消費の時間パターンを変えることができる。しかし,検討対象経済が地球全体であれば,

そのような消費の時間パターンの変更は不可能となる。

他方,割引現在価値自体の概念を認めても,その割引率の値として,ⅰ世代間の公平性を重

視して,ゼロに近い値とするべきか,ⅱ効率性や市場での裁定を重視して市場利子率に近い値

とするべきかについて議論が分かれている(我妻(1998)参照)。

2)漁業資源となる生物種などについて,人間による当該資源の収穫を,自然の再生能力の範囲内

に押さえ,人間の行為による生態系への攪乱を抑えようとする考えかた。

3)最小安全基準(SMS ; safe minimum standard)とは,ワントラップなどにより提唱された概念

であり,元来は不確実性の存在したでの生態系や絶滅危惧種保護のイメージが強いが,現在で

は,一般に,「ある行為に伴って不可逆的な環境被害が生じる場合には,その行為を避けるため

の社会的費用が許容しがたいほど大きくなければ,その行為を回避すべきこと」(植田(1996))

と解されている。現実的効果としては,開発行為の計画において,従来は保全側が「被害が利

益より上回る」ことを証明しなければならないのに,SMS の下では開発側が「開発行為回避の

社会的費用が許容しがたいほど大きい」ことを証明するという挙証責任の転換が生じる。即ち,

計測が困難な環境の価値の問題を回避し,開発行為回避の社会的費用に議論を集約したところ

に特徴がある。他方,何が「許容しがたいほどの社会的費用」かについては,政治的判断が必

要となる。SMS に関する議論については,Randall and Farmer(1995)を参照。

4)但し,このように厳密に「持続可能な発展」を捉えれば,その理論的実現可能性はともかく,

現実的・政治的実現可能性についてのハードルは高くなる。まさに実際に,意思決定を行う現

世代の既得権益を奪い,その厚生水準を引き下げるからである。少なくとも短期間で人々の価

値観が逆転することがないとすれば,実際問題としては,現在と将来の配分比率を当初より改

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善するような動き(効用フロンティアの HG部分上の点への移動)や,将来世代の可能性を広

げるような技術開発への動き(効用フロンティアの外側・上方シフト)を「『持続可能な発展』

に『向けた』動き」と評価しないと,現時点での合意形成自身が困難となる恐れがある。

5)結果的にハートウィック・ルールは資本の集計量を一定に保つことになる。従って,消費の非

減少性で定義される持続性(前述,1b))と,将来のための生産可能性の維持で定義される持続

性(前述,2))は極めて密接な関係にある。

6)金融商品としてのオプションの詳細については,日本証券アナリスト協会編(1998)を参照さ

れたい。またオプション理論の経済問題全般への応用についてはDixit and Pindyck(1994),

資源環境問題への応用については Hanley, Shogren, and White(1997)第 7章を参照。

7)オプションの議論は本来,将来収益流列が確率過程に従うことを前提とするが,ここでは議論

の見通しをよくするために,「追加的情報の利益」発生のメカニズムが見える範囲で単純化し,

厳密なリアル・オプションの議論からは離れて,一回限りの不確実性が存在する設定とした。

8)一様混和性汚染物質(uniformlymixed pollutant)とは,排出源から検討対象となっている環境

中に排出されると直ちに環境媒体中に一様に拡散するような汚染物質であり,環境への影響は

その排出総量のみに依存することになる。他方,非一様混和性汚染物質の場合,環境への影響

は,汚染物質の排出量のほかに,排出源からの距離などに依存することになり,環境税で対処

する場合,その税率も距離などの要因に依存する(Baumol and Oates(1988),Hanley, Shogren,

and White(前掲書))こととなり,行政費用上の環境税の優位性が減殺される。

9)ELの実行版である米国のスーパー・ファンド法では,訴訟費用等の取引費用の高さが問題と

なるとともに,政府の環境汚染除去費用が汚染関係者に請求されることもあって,責任主体の

負担額が大きいと予測される場合,政府の環境汚染除去対策自体が縮小される恐れがあるとの

指摘もある(Sigman(1998))。

10)UNFCCC(the United Nations Framework Convention on Climate Change)の付属書Ⅰの署

名国で,メキシコ,韓国をのぞくOECD諸国とロシア,ベラルーシ,中央東ヨーロッパ諸国が

該当。

11 )六つの世界モデルは以下の通り。1)the Carbon Right Trade Model(CRTM), Rutherfold,

1992, 2)the Edmonds and Reilly model(ERM), barbs et al., 1992, 3)the OECD Green model,

Oliveira-Martins et al., 1992, 4)the International Energy Agency model, Vouyoukas, 1992, 5)

the Manne and Richels Global 2100 model, Manne, 1992, 6)the Whalley and Wigle model,

Whalley and Wigle, 1992

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Appendix 1.持続可能な発展と効率性・分配

以下では,一つの例として効用の非減少性で「持続可能な発展」を規定して,その背後の価値判

断のあり方を確認する。

静学分析におけるパレート最適性の概念を直接に援用すれば,異時点間の資源配分問題で feasi-

ble な配分 Aがパレート最適であるとされる条件は,t期の j 個人の効用を Uとした時,Aの下で

実現される各期の各個人の効用のうち,ある Uに対して,U

>Uとなる feasible な配分 B

が存在するとすれば,必ず,U<U

となる r,l が存在することとなる。見通しを良くし,異時点

間の問題に集中するために,各期の効用は代表的個人の効用で代表可能なものとし,t期の効用を

Uで代表させれば,feasible な時間経路の集合 Φの中で,U={U, U

, ⋯, U, ⋯} , B∈Φに対し

て,U={U, U

, ⋯, U, ⋯} , U

≧U for all jかつ少なくとも一つの kに対して U

>U, A∈

Φが成立するような時間経路Aが存在するならば,経路Aは経路 Bよりパレート改善的といいう

る。例えば,現在の趨勢を延長した business as usual の時間経路(BAU経路)に対して,今後のい

ずれの時点をとっても BAU経路に劣らない効用を実現し,少なくとも今後のいずれかの時点で

BAU経路よりも高い効用を実現する経路が存在するならば,その経路を BAU経路よりはパレー

ト改善的で,持続可能性に近づく経路として評価することも可能なはずである。しかし,この異時

点間のパレート改善性は,BAU経路の形状に依存しないから,経路上での効用の非減少性は導か

れない。言い換えれば,経路上で,効用などの非減少性を要求するということは,効率性とは関わ

らない公平性に関する価値判断を導入していることとなる。実際,例えば,t世代の効用を Uで代

表させ,異時点間の社会的厚生関数WをW=min {U, U, ⋯, U, ⋯}で定義し,その最大化を図る

といったロールズ的な価値基準(マクシミン原理)の下では,Uの均等化が導かれる(Rawls

(1971))。

Appendix 2.消費の非減少性

以下では,Perman, Ma, andMcGilvray(1996)に従い,再生不可能資源と人工資本の 2要素 1財

モデルの枠組で,

① 生産関数において,再生不可能資源と人工資本の間の代替の弾力性が十分(CES関数ならば

1 以上)あること,

② 再生不可能資源の利用は異時点間でも効率的に行われ,「再生不可能資源のレント(ロイヤル

ティ)の上昇率=人工資本の限界生産」で規定される Hotelling pricingが成立していること,

③ 再生不可能資源のレントは全て人工資本の蓄積に投資される(Hartwick rule)こと,

という条件の下で,消費が一定の経路が可能であることを示す。

C;消費,K;人工資本ストック,K=dKdt,R;再生不可能資源のサービス・フローとし,財の

供給 Qを生産関数 f(・)を用いて,

Q = f (K, R) A-1

と表せば,財市場の均衡の下では次式が成立する。

C = f (K, R)−K A-2

ここで,経済が次の条件に従うことを仮定する。

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ff = f Hotelling pricing A-3

K = Rf Hartwick rule A-4

但し,f=∂f (K, R) ∂R, f=∂f (K, R) ∂Kである。

A-2 と A-4 を時間に関して微分することにより,

C = fK+fR−dKdt A-5

dKdt = fR+Rf A-6

A-5と A-6を連立させて,

C = fK+fR−fR−Rf

= fK−Rf A-7

A-4 と A-7 より,

C = fRf−Rf A-8

A-3と A-8 より,

C = fRf−Rff = 0 A-9

以上により,Hartwick rule の下で,消費が時間を通じて一定の経路が存在することが導かれた。

参 考 文 献

( 1) 我妻伸彦(1998)「環境経済学」『ESP』1998 年 4月号(通巻 391)

( 2) 伴 金美他(1998)「応用一般均衡モデルによる貿易・投資自由化と環境政策の評価」,経済

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(11) Haugland,T., A.T.Lunde andK. Roland(1992)rA Review and Comparison of CO2Taxes in

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(12) 経済企画庁(1955)「経済自立五ヶ年計画」

(13) 経済企画庁(1957)「新長期経済計画」

(14) 経済企画庁(1960)「国民所得倍増計画」

(15) 経済企画庁(1965)「中期経済計画」

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(16) 経済企画庁(1967)「新経済社会発展計画」

(17) 経済企画庁(1973)「経済社会基本計画」

(18) 経済企画庁(1976)「昭和 50年代前期経済計画」

(19) 経済企画庁(1979)「新経済社会七か年計画」

(20) 経済企画庁(1983)「1980年代経済社会の展望」

(21) 経済企画庁(1988)「世界とともに生きる日本」

(22) 経済企画庁(1992)「生活大国五ヶ年計画」

(23) 経済企画庁(1995)「構造改革のための経済社会計画」

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(25) 日本証券アナリスト協会 編(1998)「証券投資論第 3版」,日本経済新聞社

(26) Nordhaus, W. D.(1994)rManaging the Global Commons,t: Cambridge, The MIT press

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