絵を「視る」ということについて - yamaguchi...

10
1)最も一般的なイタリア美術史の時代区分 Trecento トレチェント Quattrocento クワットロチェント Cinquecento チンクエチェント Seicento セイチェント 1300年代=141400年代=151500年代=161600年代=17Late Gothic Early Renaissance High Renaissance Mannerism Baroque 1420 1500 1520/30 1580 1715/30 マニエリスムの開始年は、ラファエッロの死の年 1520あるいは Sacco di Roma [皇帝カール五世の軍隊によるローマの掠奪1527 狭義のローマンルネッサンスは、1508-1527Ellis Waterhouse 広義の Renaissance Style 大文字のアート 例えば Wylie Sypher "Four Stages of Renaissance Style" 1955, New York [翻訳『ルネッサンス様式の4段階』河出書房新社刊] ルネッサンス様式の4段階とは 1)ルネッサンス 2)マニエリスム 3)バロック 4)後期バロック Baroque 以降、藝術の中心はローマを離れ、ロココ以降20世紀初頭まで藝術のえばパリを指すようになる。 Rococo 様式の時代の、イタリアおよび南ドイツの様式を『小さなバロック』Baroccheto と呼ぶ場合もある絵を「視る」ということについて

Upload: others

Post on 01-Aug-2020

0 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

Page 1: 絵を「視る」ということについて - Yamaguchi Uds.cc.yamaguchi-u.ac.jp/~okutsu/Lecture01.pdf1)最も一般的なイタリア美術史の時代区分 Trecento トレチェント

1)最も一般的なイタリア美術史の時代区分

Trecentoトレチェント

Quattrocentoクワットロチェント

Cinquecentoチンクエチェント

Seicentoセイチェント

1300年代=14C 1400年代=15C 1500年代=16C 1600年代=17C

Late GothicEarly Renaissance

HighRenaissance Mannerism Baroque

1420 1500 1520/30 1580 1715/30

マニエリスムの開始年は、ラファエッロの死の年 1520年 あるいはSacco di Roma [皇帝カール五世の軍隊によるローマの掠奪1527 ]狭義のローマンルネッサンスは、1508-1527(Ellis Waterhouse)

広義の Renaissance Style!大文字のアート

例えば Wylie Sypher "Four Stages of Renaissance Style" 1955, New York [翻訳『ルネッサンス様式の4段階』河出書房新社刊]

ルネッサンス様式の4段階とは 1)ルネッサンス 2)マニエリスム 3)バロック 4)後期バロック

Baroque 以降、藝術の中心はローマを離れ、ロココ以降20世紀初頭まで藝術の と えばパリを指すようになる。

Rococo 様式の時代の、イタリアおよび南ドイツの様式を『小さなバロック』Baroccheto と呼ぶ場合もある。

絵を「視る」ということについて

Page 2: 絵を「視る」ということについて - Yamaguchi Uds.cc.yamaguchi-u.ac.jp/~okutsu/Lecture01.pdf1)最も一般的なイタリア美術史の時代区分 Trecento トレチェント

2)各時代のイメージ; 作品と観客の関係図   視る者と視られるものとの関係から構成される美術史

rinàscitaRenaissance

manierismoManierisme

barroccoBaroque avant-garde

神の眼

Gothic

広義のルネッサンス様式

の象徴的形態 circle figura serpentinata [= serpentine form] ellipse

Cappella ArenaGiotto

Porta del ParadisoGhiberti

PerseusCellini

Cappella CornaroBernini

ProunroomLazar El Lissitzky(1890-1941)

1)Leonardo da Vinci

2)Michelangelo

伝統の転覆

思考実験ダ・ヴィンチの

理想の実現

伝統の継承

芸術的実Barocchetoを介して現代へ

イコノロジーの対象

方法論自体の革

新が必要

Page 3: 絵を「視る」ということについて - Yamaguchi Uds.cc.yamaguchi-u.ac.jp/~okutsu/Lecture01.pdf1)最も一般的なイタリア美術史の時代区分 Trecento トレチェント

rinàscitaRenaissance

manierismoManierisme

barroccoBaroque

3)広義のルネッサンス様式の視 化  imago di San Pietro in Vaticano

Michelangelo Maderna Bernini

Michelagniolo di Buonarroti 1475.3.6-1564.2.18Giacomo della Porta ca.1540-1602 (1587/8-89/90 cupola)Domenico Fontana 1543-1607 (1586 obeliskos)

Carlo Maderna 1556-1629.1.30(1606-24 nave façade)

Gian Lorenzo Bernini 1598.12.7-1680.11.28(1656-67 colonnade)

cupolaobeliskos

colonnade

nave façade

聖の中心 俗の中心

[上記の図は Argan の着想のイメージ化]

colonnade を作ることによって構造全体をバロック化

クーポラの実際の制作者は

Giacomo della Porta

ギリシャ十字からラテン十字へのプラン変更がバロックの画家の 要を生み出す

サン・ピエトロ寺院の実際の建立は初期バロックからであるが、それぞれの 分の持つ理念の異なりを上記の図は示している。

Page 4: 絵を「視る」ということについて - Yamaguchi Uds.cc.yamaguchi-u.ac.jp/~okutsu/Lecture01.pdf1)最も一般的なイタリア美術史の時代区分 Trecento トレチェント

釈の対象

Object of Interpretation

   釈の行為 Act of Interpretation

釈のための装置

Equipment for Interpretation

釈の制御原理 (1) Controlling Principle

of Interpretation

第一段階的・自然的主題 Primary or natural

subject matter

前=イコノグラフィー的記述 Pre-iconographical

description

実 的経験

Practical experience

様式の歴史

History of style

(A)事実的主題、

(B)表現的主題 factual

expressional

(および疑似=形式的分析)

(and pseudo-formal analysis)

(対象・出来事への精通)

(familiarity with objects and events)

(変転する歴史的状況下で対象

と出来事が 形によって表現されたその仕方に対する洞察)

( insight into the manner in which, under varying

historical conditions, objects and events were expressed

by forms )

美術のモティーフの世界

を構成する

constituting the world of artistic motifs

第二段階的・慣習的主題

Secondary or conventional subject

matter

狭義のイコノグラフィー

的分析 (2)Iconographical analysis in the narrower sense

of the word

文献資料に関する知

Knowledge of literary sources

型の歴史

History of types

イメージ・物 ・寓意

の世界を構成する constituting the world of images,

stories and allegories

(特殊なテーマや概念

への精通)

(familiarity with specific themes and

concepts)

(変転する歴史的状況下で特

殊なテーマあるいは概念が対

象と出来事によって表現され

たその仕方の洞察)

( insight into the matter in which, under varying

historical conditions, specific themes or

concepts were expressed by objects and events)

内在的な意味あるいは内容 Intrinsic meaning or

content

深い意味での

イコノグラフィー的 釈 (3) Iconographical

interpretation in a deeper sense

総合的「直観」

Systematic intuition

文化的徴候ないしは

『象徴』一般の歴史 History of cultural

symptoms or "symbols" in general

『象徴的』価値の世界を

構成する constituting the world

of "symbolical"  

values

(イコノグラフィー的総合)

(Iconographical synthesis)

(人間の魂の本 的性癖

 への精通)

(familiarity with the essential tendencies of the human mind)

(変転する歴史的状況下で人間の

魂の本 的性癖が特殊なテーマ、

あるいは概念によって表現された

その仕方の洞察)

(insight into the matter in which, under varying historical conditions,

essential tendencies of the human mind were expressed

by specific themes and concepts)

個人の心理学と『世界観』

に左右される conditioned by personal

psychology and "Weltanschauung"

4)Erwin Panofsky による Iconology の図表

右記の図表は『イコノロジー研究』"Studies in Iconology" 1939 におけるもの。『視覚芸術の意味』で以下のように修正されている。註1)『視覚芸術の意味』"Meaning in the Visual Art" 1955 ではこの『解釈の制御原理』という表現は『解釈の修正原理』[Corrective Principle of Interpretation] に改められている。またその下に括弧して(伝統の歴史)[History of Tradition]という言葉[以前は表の右欄外に付加されていた]が表中に補足されている。註2)この箇所は単純に『イコノグラフィー的分析』[Iconographical analysis]とのみ記されている。註3)この箇所も単純に『イコノロジー的解釈』[Iconological interpretation]とのみ記されている。

Page 5: 絵を「視る」ということについて - Yamaguchi Uds.cc.yamaguchi-u.ac.jp/~okutsu/Lecture01.pdf1)最も一般的なイタリア美術史の時代区分 Trecento トレチェント

図1) 釈の抽象=実在関連の大体系 ダイアグラム I

絵画

[作品]

創作の側面 分析の側面

主観的条件

普遍的歴史的条件

画家の仕事

歴史的-

体系的条件

歴史的-

体系的条件

像プロセス

の分析

釈の有効化

直  視

経  験

反  省

批判的意

判  断

選  択

形式と内容の考案

藝術家

の意図

平面̶浮き彫り

平面̶空間

要素の総合法

考案の実 :教養

複合体

制作手順則

伝承された藝術-構成-形象-要素

絵画ジャンル

伝承された主題

注文主

-テクスト

/像伝承された関係

る/書く読む

/見る

アリストテレス

文化的作品に対する

伝承的振る舞い

イメージの概念

理直視

比主体の一致像プロセスの歴史

線-図形

光-影喩

論色彩関係

-造形構成-配置

内容 [テクスト] -像

イコノロジー

史的説明内容[テク

スト] -

形象等の変形

藝術ジャンル

の意味での経験

5)Iconology とは異なる方法論の探求 :ベッチュマンの美術史的 釈学

Page 6: 絵を「視る」ということについて - Yamaguchi Uds.cc.yamaguchi-u.ac.jp/~okutsu/Lecture01.pdf1)最も一般的なイタリア美術史の時代区分 Trecento トレチェント

絵画

[作品]

画家の仕事 釈の有効化

創作の

歴史的-

体系的条件

分析の

歴史的-

体系的条件

補 :

絵画Aの歴史

図2) 釈の抽象=実在関連の大体系 ダイアグラム II

成果:

藝術理論

絵画AとBの

釈と歴史

からの

批判

[作品の区別]絵画A:

の歴史

藝術家の

創作

の歴史

補 :

絵画Aの歴史

像プロセス

の歴史

絵画B:

の歴史像プロセス

の分析

Page 7: 絵を「視る」ということについて - Yamaguchi Uds.cc.yamaguchi-u.ac.jp/~okutsu/Lecture01.pdf1)最も一般的なイタリア美術史の時代区分 Trecento トレチェント

ProfètaGiona

1

2

3

4

5

6

7

8

9

Geremia Sibilla Libica

Sibilla Persica Daniele

Ezechiele Sibilla Cumana

Sibilla Eritrea Isaia

Sibilla DelficaGioele

Zaccaria

Punizione di Aman Serpente di Bronzo

S1 S2

S1 S2

S3 S4Giuditta e Oloferne

S4S3Davide e Golia

Antenati

di Cristo

Le Lunette

Figura di

triangolo

(spandrel)

[ Matteo,1.1-16]

リビカ

ザカリア

ダヴィデとゴリアテ ユディトとフォロフェルネス

デルフォイヨエル

キリストの祖先

スパンドレル

ルネッタ

イサヤエリトレア

エゼキエル クマエ

ペルシカ ダニエル

エレミア

の蛇ハーマンの懲罰

6)La Cappella Sistina の構造

Serie dei Papi

Gli arazzi di Raffaello

Giudizio Universale

di Michelangelo

Vita di Mosè Vita di Christo

Serie dei Papi

Vita di Paolo

Gli arazzi di Raffaello

Vita di Pietro

パオロの生涯 ペトロの生涯

キリストの生涯モーゼの生涯

法皇の系譜 法皇の系譜

最後の審判

9 = Ebbreza di Noè

7 = Sacrificio di Noè

8 = Diluvio Universale

6 = Caduta di Adamo ed Eva

5 = Creazione di Eva

La Volta 円天井

ノアの泥

大洪水

ノアの犠牲

アダムとイヴの 放

イヴの創造

4 = Creazione di Adamo

3 = Dio spartisce le Acque

e crea i Pesci e gli Uccelli

2 = Dio crea il Sole e la Luna

e le Piante

1 = Dio separa la Luce dalle Tenebre

アダムの創造

神が水を分けて、 と を創る。

神が太 と月と植物を創る。

神が から光を分離する。

Ignudo

medaglione

裸体像

メダル

La Cappella Sistina

システィーナ礼拝堂

Page 8: 絵を「視る」ということについて - Yamaguchi Uds.cc.yamaguchi-u.ac.jp/~okutsu/Lecture01.pdf1)最も一般的なイタリア美術史の時代区分 Trecento トレチェント

Serie dei Papi

Gli arazzi di Raffaello

Giudizio Universale

di Michelangelo

Vita di Mosè Vita di Christo

Serie dei Papi

Vita di Paolo

Gli arazzi di Raffaello

Vita di Pietro

パオロの生涯 ペトロの生涯

キリストの生涯モーゼの生涯

法皇の系譜 法皇の系譜

最後の審判

6)La Cappella Sistina の構造

Page 9: 絵を「視る」ということについて - Yamaguchi Uds.cc.yamaguchi-u.ac.jp/~okutsu/Lecture01.pdf1)最も一般的なイタリア美術史の時代区分 Trecento トレチェント

7)『ノアの泥酔』図の解釈

資料1)

箱舟(arca)から出て来たノアの息子たち(filii Noe)は    

セム、ハム、ヤペテ(Sem Ham et Iafeth)

ハムはカナンの父(pater Chanaan)

この三人がノアの息子で、彼らから              

全世界の民は分かれ出た。

さて、ノアは、ぶどう畑(vinea)を作り始めた         

農夫であった。

ノアはぶどう を んで い(inebriatus) 、         

天幕の中で(in tabernaculo)裸に(nudatus)

─────────

カナンの父ハムは(Ham pater Chanaan)、         

父の裸を見て(vidisset)、

外にいるふたりの兄弟に告げた(nuntiavit)。

それでセムとヤペテは着物を取って、              

自分たちふたりの肩に掛け、

うしろ向きに歩いて行って、父の裸を

おおった。

彼らは顔をそむけて、

父の裸を見なかった(patris virilia non viderunt)。

ノアが いからさめ、                     

末の息子(filius suus minor) 、

った。                           

のろわれよ。カナン。(maledictus Chanaan)

兄弟たちのしもべらのしもべとなれ(Chanaan servus eius)。

また った。                          

ほめたたえよ。セムの神、主を。(benedictus Dominus Deus Sem)

カナンは彼らのしもべとなれ。

神がヤペテを広げ、セムの天幕に住ま              

わせるように。

カナンは彼らのしもべとなれ(Chanaan servus eius)。

旧約聖書の創世記第九章の該当する 分の記述

18

19

20

21

22

23

24

25

26

27

[( )内はヴルガータ、日本 訳は新改訳聖書、数字は行番号]

であった。である。

なっていた。

が自分にしたことを知って

☆なぜハムではなくハムの息子のカナーンが呪われなければならないのか

カナーンは「かれらの運動(Chanaan = motus eorum)」を、「かれらの行為(opus eorum)」を意味する。つまりカナーンは実存する一個の人格としてではなく、ハムの≪行為の擬人化≫

ハムはノアの裸が象徴するキリストの受難を告白によって知らせながら(キリスト教徒として)堕落した行為によって(ハムの行為=カナン)それを恥ずかしめているがゆえに、ハムではなくカナンが「のろわれよ。カナン。(Maledictus Chanaan)」と、神に代わって、『預言者ノア』によって預言されるのである。

☆アウグスティーヌスは2点において、聖書の原典とは異なる読みを示している。

1)ノアは「かれの家の中で(in domo suo)」裸になって泥酔していた、と読んだ。そこから、このように「自分の家の中で」というのは、かれの肉の属す民族つまり「ユダヤ人によって十字架と死をうけるであろう(Iudacis,fuerat crucem mortemque passurus)」ということを預示すると解釈した。

2)ヴルガータでは日本語訳同様原典に忠実に「かれの末の息子(filius suus minor)」と言われているが、アウグスティーヌスは、ハムを「ノアの真中の息子(medius Noe filius)」としている。

異教徒や、異端者ばかりでなく、むしろキリスト教徒の「真っただ中に」ありながら「堕落した生を送る」者たちが「ノアの真中の息子」によって表象されている

アウグスティーヌスの聖書解釈☆ノアの物語りに孕まれている預言的意味[隠された意味(secreta)]のヴェールを、アウグスティーヌスは次の三点の検証を通じて、取り除く。(一)ノア自身による「葡萄畑の栽培(uineae plantatio)」(二)その葡萄の果実から生じた「酩酊(inebriatio)」(三)眠っていて「裸体となったこと(enudatio)」

(一)イザヤ書(Isaias Propheta 5.7):「万軍の主の葡萄畑はイスラエルの家」

葡萄畑を、すなわちイスラエルの家を耕すもの=キリスト

(二)葡萄の果実から作られた葡萄酒が注がれてある「杯(calix)を飲み干す」、そしてそのことによって「酩酊する」という一連の行為の意味は?「わが父よ。できますならば、この杯をわたしから過ぎ去らせてください」(Mt.26.39)

「わたしが飲もうとしている杯を飲むことができますか」(Mt.20.22)

「杯 (calix)」=キリストの「受難(passion)」

受難の杯を自らに引き受けて飲み干し、「そして酩酊した(et inebriatus est)」=現実に「受難を受けた(passus est)」ということ

(三)「裸になっていた(nudatus est)」=「弱さ(infirmitas)」が「露わになった(apparuit est)」「たしかに、弱さのゆえに十字架につけられましたが、神の力のゆえに生きておられます」(II Cor. 13.4)と使徒パウロがキリストについて語る場合のような意味での弱さ

「ノアはぶどう酒を飲んで酔い、天幕の中で裸になっていた」という句の妊む預言は、「キリストの受難劇」として成就する。 《旧訳聖書と新約聖書の神秘的対応》

☆ハムの犯した罪は何か。二人は祝福され、一人は呪われる、その差別を根拠付ける徴表(diaphora)はどこに求められるのか。

1)キリストの受難劇を通じて「露わにされた弱さ」に対するノアの三人の息子たちのそれぞれの振る舞いの在り方の裡に

一。このキリストの受難を、悪しき人々は家の外で、声高に告げ知らせる。二。しかし善き人々はより内なる人の裡にかくも大いなる秘儀を抱き、人間よりも遥かに強く賢いがゆえに、神の弱さと愚かさを心の内深く尊崇する。

ハムは家の中から外に出て、父の裸=露わになった弱さを「外で(foris)」告げる。それに対しセムとヤペテは、父の裸=露わになった弱さを「覆うために」すなわち「敬うために」家の「中に入って来た(ingressi sunt)」。かれらは声高に呼ばわらず、心の奥で神の弱さと愚かさを敬うのである。「なぜなら、神の愚かさは人よりも賢く、神の弱さは人よりも強いから」(ICor.1.25)である。2)三人の息子らはその名前の持つ意味によっても差別される。

一。セムは「名あるもの(Sem = nominatus)」を意味し、最も「名あるもの」である キリストの肉の由来する種、すなわちユダヤ人を示唆する。二。ヤペテは「広がり(Iapheth = latitudo)」を意味し、そのように諸教会には諸民族の「広がり」がある。それは召されて義とされたギリシャ人である。

三。ハムは「熱い(Cham = calidus)」を意味し、「知恵の霊ではなく不寛容の霊によって熱した異教徒の種族(haereticorum genus calidum, non spiritu sapientiae, sed inpatientiae)」を示す。

☆ミケランジェロの画面構成は2点において伝統的図像と異なっている。

1)ノアは家の中で泥酔している。原典では、ノアが裸になっていたのは「かれの天幕の中(in tabernaculo suo)」である。天幕と家ではニュアンスにおける以外に、解釈の上でそれほど大きな差が生じるとは思えない。しかし造形表現においては大きな相違を齎すことになる。

2)ハムは兄弟たちの中央に描かれている。しかも告げ口を、家の外ではなく中でしている。

サヴォナローラの登場によってルネッサンス人を震撼させ、ボッティチェルリを恐慌状態にまで陥らせた恐怖の種がここに蒔かれたのである

アウグスティーヌスによれば、セムとヤペテが肩に担ぐ、父の裸体を覆うための布は『秘蹟(sacramentum)』を意味する。十字架から降ろされたキリストの屍体を包んだ聖骸布のことであろうか。

Page 10: 絵を「視る」ということについて - Yamaguchi Uds.cc.yamaguchi-u.ac.jp/~okutsu/Lecture01.pdf1)最も一般的なイタリア美術史の時代区分 Trecento トレチェント