学内演習「分子の構造解析入門」 - osaka university · 2012. 5. 18. ·...

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学内演習「分子の構造解析入門」 実習 分析測定室 1 はじめに 理学研究科技術職員研修は、学内研修、学外研修、学内演習をそれぞれ1日ずつ年に3 日間行う研修です。学内演習を理学研究科技術職員研修として行うようになって3年目に なります。学内演習の形式は、午前中に教員の講義があり、続けて技術職員が企画した実 習形式の演習を行うというものです。今年は、化学専攻の福本敬夫先生に「環境中の放射 性物質の測定 ―福島からの報告―」という演題で講義をして頂いた後、「分子の構造解析 入門」というタイトルで分析測定室主導の実習が行われました。化学の構造解析をした事 がない人にも簡単に理解出来るように、実習方法や解析手順を工夫し分析演習を実施する ことになりました。各分析の講義を行なった後に実習をしてもらい選択肢で難易度を調整 しました。 2 演習内容 分子の構造解析を行なう上で必要となる分析法の説明を各装置担当者が行い、午後から 3 班に分かれて異なるサンプルの調整・測定・解析までの一連の作業を実習しました。 今回は構造解析入門ということもあり、各サンプルに選択肢を設け難易度を調整しました。 サンプル調整は化学の学生実験室を使用し、事前に定量しておいたサンプルにホールピ ペットを用いて試料調整を行ないました。 測定については、分析装置毎にローテーションを組み、班毎に実習を行ないました。 全ての測定が終わると、技術部室で解析を行い、班毎にプレゼンテーションを行ないま した。この時、各装置担当者が各サンプルについての補足説明を行い、無事時間内に終え ることが出来ました。 今回演習で用いた資料及び演習風景を下記に示します。

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  • 学内演習「分子の構造解析入門」

    ― 実習 ―

    分析測定室

    1 はじめに

    理学研究科技術職員研修は、学内研修、学外研修、学内演習をそれぞれ1日ずつ年に3

    日間行う研修です。学内演習を理学研究科技術職員研修として行うようになって3年目に

    なります。学内演習の形式は、午前中に教員の講義があり、続けて技術職員が企画した実

    習形式の演習を行うというものです。今年は、化学専攻の福本敬夫先生に「環境中の放射

    性物質の測定 ―福島からの報告―」という演題で講義をして頂いた後、「分子の構造解析

    入門」というタイトルで分析測定室主導の実習が行われました。化学の構造解析をした事

    がない人にも簡単に理解出来るように、実習方法や解析手順を工夫し分析演習を実施する

    ことになりました。各分析の講義を行なった後に実習をしてもらい選択肢で難易度を調整

    しました。

    2 演習内容

    分子の構造解析を行なう上で必要となる分析法の説明を各装置担当者が行い、午後から

    は 3 班に分かれて異なるサンプルの調整・測定・解析までの一連の作業を実習しました。

    今回は構造解析入門ということもあり、各サンプルに選択肢を設け難易度を調整しました。

    サンプル調整は化学の学生実験室を使用し、事前に定量しておいたサンプルにホールピ

    ペットを用いて試料調整を行ないました。

    測定については、分析装置毎にローテーションを組み、班毎に実習を行ないました。

    全ての測定が終わると、技術部室で解析を行い、班毎にプレゼンテーションを行ないま

    した。この時、各装置担当者が各サンプルについての補足説明を行い、無事時間内に終え

    ることが出来ました。

    今回演習で用いた資料及び演習風景を下記に示します。

  • 学内演習-分子の構造解析入門-

    分析機器測定室

    分析化学(科学)とは

    ○ 定性分析

    試料中に含まれる成分、元素を決定する。

    ○ 定量分析

    目的の物質の試料中における含有量を決める。

    参照) クリスチャン分析化学

    (e.g. GC, LC, NMR, MS, IR, XRF, XPS, 有機元素分析 etc.)

    (e.g. GC, LC, GC (or LC)/MS etc.)

    ○ 物性分析、状態観察

    化合物、材料の性質(熱的、電気的、光学的 etc.)の決定。物質、材料の形や大きさ等を決定。

    (e.g. DSC, TGA, CV, 蛍光分光,各種顕微鏡観察, 光散乱 etc.)

    分析化学(科学)とは

    ○ 分子構造解析(定性分析)

    目的物或いは不明の化合物の構造を決定する。

    (e.g. NMR, MS, IR, XRD, XAFS etc.)

    ○ 半定量分析

    試料中における複数の目的物の相対量を決定する。

    (e.g. NMR, XRF, XPS etc.)

    ○ 絶対定量分析

    試料中における単一あるいは複数の目的物の量を決定する。

    (e.g. GC, LC, GC (or LC)/MS etc.)

    どのように構造を決定するか?

    ○ 分子の持つ構造情報

    分子:種々の原子が結合して出来たもの。

    (物質を作っているもので、その性質を持つ最小の粒子)。

    ・元素の組み合わせ(元素組成)

    ・質量(分子量)

    ・分子の性質を顕著に示す構造(官能基)

    ・原子の並び方(結合様式)

    装置によって得られる情報が違う。

    見たい情報によって分析装置を使い分ける必要がある。

    各装置の説明

    ・元素分析の基礎(飯島)

    ・赤外分光(IR)の基礎(大濱)

    ・核磁気共鳴分光(NMR)の基礎(稲角)

    ・質量分析(MS)の基礎(伊藤)

    実習の流れ

    ・参加者を3グループに分ける

    グループ分け(敬称略)

    グループ1:市原、金子、尾西、大森

    グループ2:川崎、古木、櫻井、笹尾

    グループ3:鈴木、平田、堀江

    ・測定の実習

    ・溶液の調整

    秤量済みのサンプルを溶液にする(@ 化学共通実験室)。

    グループ1: 元素分析&IR → NMR → MS

    グループ2: MS → 元素分析&IR → NMR

    グループ3: NMR → MS → 元素分析&IR

    実習の流れ

    *実習の際は磁気カードなどは身に着けないで

    来て下さい。

    2

    試料中の炭素、水素、窒素の含有率(%)がわかります

    試料が単一の化合物であれば組成比(組成式)が決まります

    NMR、質量分析、赤外分析、X線構造解析などの他の分析

    と同様、構造決定法の一つになります

    他の分析で分子構造等が決定出来ている場合、試料の純度を評価できます

    赤外分光法・質量分析法・重量法・容量法・熱伝導度法・差動熱伝導度法

    窒素酸化物のみを還元 / 還元銅などの金属を利用※余剰酸素の除去・銀粒によるハロゲン等の除去

    分離カラム法・吸脱着カラム法・吸収管除去法

    熱分解・酸素との酸化反応・金属酸化物による酸化反応ハロゲンや硫黄酸化物の除去

    ウルトラミクロ天秤で秤量 / 試料量:1.5~2mg程度

    試料の性質(吸湿性・昇華性・気化・空気酸化等)に注意

    3 4

    標準試料(アセトアニリド)の測定結果を平均して検量値(ファクター)を決める。その日ごと(午前・午後)に作成する。

    NCH

    CH3

    OAcetanilide (SP-1)

    C:71.09

    N:10.36

    ( % )

    6.71H:

    理論値との誤差が±0.3%以内ならOK

    (※±0.4%以内でもOKとする論文雑誌もあるが…)

    ※ 実際に混合ガス中の成分濃度を求める式は複雑なのでPCにお任せ

    5

    C8H9NO

    C8H9NO =(炭素の原子量)×8+(水素の原子量)×9+(窒素の原子量)+(酸素の原子量)

    N

    H

    CH3

    O

    =(水素の原子量)×9

    (分子量)×100H(%) = 6.71% (小数点以下第2位まで求める)

    =(炭素の原子量)×8

    (分子量)×100C(%) = 71.09%

    =(窒素の原子量)×1

    (分子量)×100N(%) = 10.36%

    分析値と比較する

    分子式

    NMRの基礎1

    原理

    NMRとは

    Nuclear Magnetic Resonance:核磁気共鳴

    原子核は小さな磁石とみなせる

    N

    S

    スピン (核磁気モーメント)

    ・NMRは、どのような現象を観測しているのか?

    エネルギーを加えると磁石が傾く

    時間が経てば安定状態に戻る

    安定状態

    時間t 官能基によって安定状態に戻る早さが違う

    ・NMR現象

    周波数で別ける

    周波数

    例1 メタノール 1Hスペクトル CH3OH

    X : parts per Million : Proton

    4.1 4.0 3.9 3.8 3.7 3.6 3.5 3.4 3.3 3.2 3.1 3.0 2.9 2.8 2.7 2.6 2.5 2.4 2.3 2.2 2.1 2.0 1.9 1.8 1.7 1.6 1.5 1.4 1.3 1.2 1.1 1.0 0.9 0.8 0.7

    3.00

    0.96

    -CH3

    -OH

    X : parts per Million : Proton

    4.1 4.0 3.9 3.8 3.7 3.6 3.5 3.4 3.3 3.2 3.1 3.0 2.9 2.8 2.7 2.6 2.5 2.4 2.3 2.2 2.1 2.0 1.9 1.8 1.7 1.6 1.5 1.4 1.3 1.2 1.1 1.0 0.9 0.8 0.7

    3.0

    0

    2.0

    0

    0.9

    6

    例2 エタノール 1Hスペクトル CH3CH2OH

    -CH3

    -OH

    -CH2-

    シグナルの分裂(隣に水素原子があるとシグナルが分裂する)

    メタノール

    1/2 1/2

    1

    1 : 1

    1個目の水素原子で分裂

    2個目の水素原子で分裂

    3個目の水素原子で分裂

    1個の水素原子で分裂 1/2 1/2

    1/4 1/2 1/4

    1/8 1/8

    1

    3/8 3/8

    1 : 3 : 3 : 1

  • 1/2 1/2

    1/41/2

    1/4

    1 : 2 : 1

    1

    1/2 1/2

    1/41/2

    1/8 1/8

    1

    3/8 3/8

    1/16 1/16 3/16 3/16 3/16 3/16 1/16 1/16

    1 : 1 : 3 : 3 : 3 : 3 : 1 : 1

    1/2 1/2

    1/41/2

    1/4

    1 : 2 : 1

    1

    エタノール

    13C NMRCH3

    CH3

    200 150 100 50 00

    5

    10

    15

    20

    25

    30

    35

    40

    45

    50

    55

    60

    65

    70

    75

    80

    85

    90

    95

    100

    105

    110

    115

    120

    TMS

    13Cの天然存在比は1%となっており、13C-13Cが隣り合う確率は、1万分の1になる。また、1Hデカップルを行なっているので、通常の有機化合物では1Hとは異なり、ピークは分裂しない。

    2D NMRCOSY(1H-1H相関 直接結合)

    7.5 7.0 6.5 6.0 5.5 5.0 4.5 4.0 3.5 3.0 2.5 2.0 1.5 1.0F2 Chem ical Shift (ppm )

    0.5

    1.0

    1.5

    2.0

    2.5

    3.0

    3.5

    4.0

    4.5

    5.0

    5.5

    6.0

    6.5

    7.0

    7.5

    F1 C

    hem

    ical S

    hift (p

    pm

    )

    CH3

    CH3

    a

    b

    c

    ab

    c

    まとめ

    1H-NMR

    ・シグナルより、大まかな官能基の種類を識別できる。

    ・面積強度比より、1Hの個数が解る。

    ・分裂パターンより、隣に1Hがいくつ存在するか解る。

    13C-NMR

    ・シグナルの数により、サンプル中の13C数が解る。

    ・シグナルが分裂している場合、1H以外の核が存在することが解る。

    2DNMR(H-H COSY)

    ・クロスピークにより、1H-NMRのシグナルの繋がりが解る。

    質量分析の基礎

    質量分析とは?

    ・サンプルを気化イオン(電荷を持った粒子)とし、質量 (m) と電荷数 (z) の比で分けて分析する手法。

    * 上図は+電荷の場合、-電荷についても同様にしてスペクトルが得られる 。

    m1

    m3m2

    サンプル – Samples –

    エネルギー– Energy –

    イオン – Ions –

    z+

    m1

    z+

    m3

    z+

    m2

    分離・検出– Separation, detection –

    m/z

    Re

    lati

    ve In

    ten

    sity

    スペクトル – Spectrum –

    m1/zm2/z

    m3/z

    * 質量分析法は基本的にイオンになってくれなければ測定ができない。また、混合物分析は非常に苦手とする分野になる。(何でもかんでも測定できる万能なツールではない)

    ・最大の特徴は超高感度である。

    化合物の性質にもよるものの 10-9 g それ以下の量での測定も可能。

    どのようにイオンにするか?

    ・サンプルにエネルギーを加える事で、分子をイオンの状態にする。

    エネルギー源としては、光・電気・粒子との衝突等がある。(今回の実習では電気エネルギー(高電圧)を利用した装置を使用する)

    *エネルギーの性質がそれぞれ違うので、サンプルによる向き・不向きがある。(与えたエネルギーを効率良く吸収・変換する必要がある為。)

    ・サンプルがイオンになる事で、重さと電荷を有した粒子が生じる。

    電荷を有する → 電気的・磁気的な力を加える事で加速させることが可能。

    加速された粒子の速度は電荷に比例し、重さに反比例するので、それにより分離し、スペクトルとして得られる。

    分子イオン (或いは付加イオン)– Molecular ion (or Adduct ion) –

    分子量– Molecular weight (M.W.) –この場合、赤丸の分子の分子量は z = 1 であれば m1 となる。– In this case, the molecular weight of the molecule indicated in red circle is m1when z is 1. –

    z+

    m1

    z+

    m1or

    * は H+ 等のイオン– is an ion, e.g. H+. –

    質量分析から何が解るか?

    ○+の電荷を持つ場合(良くあるケース)・電子の脱離

    実測値 = 分子量 – 電子の質量 ≒分子量

    ・水素イオンの付加実測値 = 分子量 + 1 (軽水素の質量)

    ・ナトリウムイオンの付加実測値 = 分子量 + 23

    ・カリウムイオンの付加実測値 = 分子量 + 39

    -分子量 -

    ○-の電荷を持つ場合(良くあるケース)・電子の付加

    実測値 = 分子量 + 電子の質量≒ 分子量

    ・水素イオンの脱離実測値 = 分子量 - 1 (軽水素の質量)

    同位体分布– Isotope distribution –

    元素組成– Elemental composition –元素によっては同位体の分布の仕方で、特定の元素の有無を判別できる。– Some elements have characteristic isotope distribution pattern which is useful for elemental analysis. –

    図. 同位体パターンを載せた周期表– Figure. Periodic table with isotope distribution pattern of each element. –

    質量分析から何が解るか?

    ○元素によっては安定同位体と言う、中性子(重さは大体 1)の数が違うだけの元素が混じっている。

    -元素の組成(同位体の分布) -

    ○各元素の安定同位体の天然存在比率は決まっている。

    → 安定同位体の比率に特徴のある元素の場合はその形から含まれている元素の特定が可能になる。

    同位体パターン分布を示した周期律表

    例えば Cl, Br 等は同位体分布の形を見るだけで、それらの含有量を推定できる。

    安定同位体:中性子の数が違う分、重さが違う。

    質量分析は重さで分けるので、安定同位体は別のものとして観測される。

    Cl

    Br

    フラグメントイオン– Fragment ions –

    構造情報– Structural information –この場合、赤丸の分子は m1’ と m1’’ の大きさの骨格を含むと推定できる。– In this case, the molecule indicated in the red symbol is estimated to include structures which formula weights are m1’ and m1’’ respectively. –

    z+

    m1’

    z+

    m1’’

    中性フラグメントは通常検出されない。

    – Neutral fragments are usually not observed. –

    質量分析から何が解るか?

    ○ 生じたイオンが壊れた(或いは意図的に

    壊す)事によって、断片化(フラグメンテーション)が起こる。

    通常の分子は、幾つかのブロックが組み合わ

    さって出来たものになるので、そのブロックが壊れる事で、目的の分子がどういうブロックを組み合わせて作られているかが解る。

    -分子の構造情報 -

    e.g.)

    CH3CH2-○-COOH と言う形の分子の場合、

    CH3CH2-、○、-COOHと言うパーツでできているので、

    目的イオンの質量 – 29 (CH3CH2-)目的イオンの質量 – 44 (-COO)

    等が見える可能性がある。

    * まれにパーツそのままで切れない事もある。

    まとめ

    ・質量分析により

    分子の重さ、元素の組成、どのようなパーツが含まれているかがわかる。

    一方で、どのような順番で並んでいるか?や同じ重さのパーツの区別はつきにくい(つかない)事が多い。

    他の測定結果との相補的に分子の構造を解析することになる。一般的には、

    IR: 特徴的なパーツの決定NMR: パーツの決定、パーツの並び方の推定MS: 分子量、パーツの推定元素分析: 元素組成比の決定

    の組み合わせになる。これらの情報を見比べる事で通常、分子がどのような形なのかを決定する。

  • 3 まとめ

    今回の演習では、通常業務以外の体験を実習することが出来ました。このような異分野

    との交流は、青島先生の講演でもあったような新しい視点を生むきっかけになると思いま

    す。

    また今回の演習では、受講者だけで無く演習を企画した分析測定室職員にとっても、「分

    子の構造解析」という時間を要する課題に関して、選択肢の選定等を工夫することで時間

    内にプログラムが終了する事が出来、とても良い体験に成りました。

    最後に、今回の研修も技術部として大変実りのあるものとなりました。