秋冬期の除草剤散布で斑点米を減らすdbn...

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植 物 防 疫  第 68 巻 第 9 号 (2014 年) 48 559 は じ め に これまでの斑点米の防除は水稲の生育期間中にカメ ムシ類の住み家となる畦畔雑草の除草や水田内の殺虫剤 散布によるものである。しかしこれらの作業は田植 えなどの作業と競合したり梅雨や高温の時期と重な 重労働となっている。そこで斑点米を減らすだけ ではなく水稲生育期間中の防除作業も軽減できる新た な防除技術を開発した。 I 福井県で発生する主な斑点米カメムシ類 福井県で発生し斑点米を産生するカメムシ類として トゲシラホシカメムシホソハリカメムシアカヒ ゲホソミドリカスミカメアカスジカスミカメクモヘ リカメムシである。特に温暖化の影響で暖地型のカメ ムシ類の生息数が増加しており耐寒性の高い卵で越冬 するアカスジカスミカメが優占種となっている(図1)。 II カメムシ類の発生源 斑点米カメムシ類はイネ科植物(スズメノカタビラメヒシバネズミムギエノコログサ等)の種子から栄 養を摂取し発育する。卵からふ化した幼虫は水分が摂 取できれば1 齢幼虫になるがイネ科植物がないとそ れ以上発育することができない。このためカメムシ類 の餌になるイネ科雑草をなくすことが発生量を増やさ ない重要なポイントになる。 III 秋冬期の除草剤散布のねらい カスミカメムシ類は5 月中旬ころに越冬卵がふ化し 幼虫が発生しその後30 日ごとに次の世代が発生 する。水田内に侵入し斑点米を作るのは 7 月下旬に発生 する第 2 世代以降である。斑点米の発生を少なくするた めには越冬世代の発生量を抑制することが重要と考え られた(図2)。 そこで秋冬期にカメムシ類の越冬場所である水田 周辺雑草地に翌年の 6 月まで雑草の発生を抑制する DBN 粒剤(カソロン粒剤 4.5)を散布し越冬世代にダ メージを与え発生量を低下させるのが新技術のねらい である。 福井県農業試験場 有機環境部 生産環境研究グループ 主任研究員 秋冬期の除草剤散布で斑点米を減らす 高岡 誠一 (たかおか せいいち) 1 カスミカメムシ類による斑点米 5 6 7 8 9 出穂期 越冬世代 2 世代 2 カスミカメムシ類の発生消長

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Page 1: 秋冬期の除草剤散布で斑点米を減らすDBN 粒剤(カソロン粒剤4.5)を散布し,越冬世代にダ メージを与え,発生量を低下させるのが新技術のねらい

植 物 防 疫  第 68巻 第 9号 (2014年)

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は じ め に

これまでの斑点米の防除は,水稲の生育期間中にカメムシ類の住み家となる畦畔雑草の除草や水田内の殺虫剤散布によるものである。しかし,これらの作業は,田植えなどの作業と競合したり,梅雨や高温の時期と重なり,重労働となっている。そこで,斑点米を減らすだけではなく,水稲生育期間中の防除作業も軽減できる新たな防除技術を開発した。

I 福井県で発生する主な斑点米カメムシ類

福井県で発生し,斑点米を産生するカメムシ類としては,トゲシラホシカメムシ,ホソハリカメムシ,アカヒゲホソミドリカスミカメ,アカスジカスミカメ,クモヘリカメムシである。特に,温暖化の影響で暖地型のカメムシ類の生息数が増加しており,耐寒性の高い卵で越冬するアカスジカスミカメが優占種となっている(図―1)。

II カメムシ類の発生源

斑点米カメムシ類は,イネ科植物(スズメノカタビラ,メヒシバ,ネズミムギ,エノコログサ等)の種子から栄養を摂取し発育する。卵からふ化した幼虫は,水分が摂取できれば,1齢幼虫になるが,イネ科植物がないとそれ以上発育することができない。このため,カメムシ類の餌になるイネ科雑草をなくすことが,発生量を増やさない重要なポイントになる。

III 秋冬期の除草剤散布のねらい

カスミカメムシ類は,5月中旬ころに越冬卵がふ化し幼虫が発生し,その後,約 30日ごとに次の世代が発生する。水田内に侵入し斑点米を作るのは 7月下旬に発生する第 2世代以降である。斑点米の発生を少なくするた

めには,越冬世代の発生量を抑制することが重要と考えられた(図―2)。そこで,秋冬期に,カメムシ類の越冬場所である水田

周辺雑草地に,翌年の 6月まで雑草の発生を抑制するDBN粒剤(カソロン粒剤 4.5)を散布し,越冬世代にダメージを与え,発生量を低下させるのが新技術のねらいである。

福井県農業試験場 有機環境部 生産環境研究グループ 主任研究員

秋冬期の除草剤散布で斑点米を減らす

高岡 誠一(たかおか せいいち)

図-1 カスミカメムシ類による斑点米

5月 6月 7月 8月 9月

出穂期

越冬世代

第 2世代

図-2 カスミカメムシ類の発生消長

Page 2: 秋冬期の除草剤散布で斑点米を減らすDBN 粒剤(カソロン粒剤4.5)を散布し,越冬世代にダ メージを与え,発生量を低下させるのが新技術のねらい

秋冬期の除草剤散布で斑点米を減らす

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IV DBN剤の特長と散布時の注意点

( 1) DBN剤の特長・雑草の種子の発芽能力をなくし,長期間雑草の発生を抑える(図―3)。・土壌処理剤であり,根まで枯らさないので,土手の崩壊などの心配がない。・低温期(平均気温 12℃以下)での散布が残効期間が長く効果が高い。・粒剤なので使用が簡単で,ドリフトの心配もない。・スギナ,ヨモギ,ギシギシ等の難防除雑草にもよく効く。

( 2) 散布時の注意点・土壌吸着性が高いため,散布はていねいにムラなく散布する。・畦畔などの雑草地だけに散布し,水田内に飛散しないように注意する。・散布後,土壌表面の耕起は行わない。・高温期(平均気温 18℃以上)では,効果が低下する。・マメ科雑草に対する効果は低く,他の除草剤の併用が必要となる。

・イネ科雑草でも,ススキ,チガヤなどの多年生雑草には効果が劣る。

V DBN粒剤の適切な散布時期・散布量

福井県では,散布時期は,平均気温が 12℃以下となる 11月中旬以降の散布が,翌年の雑草の発生時期が遅く,効果が長く持続した。特に,越冬後のカスミカメムシ類の餌になりやすいいスズメノカタビラは,6月下旬まで発生が抑えられた(表―1)。散布量については,10 a当たり 8 kg散布した場合が,雑草の発生抑制効果が長く持続する(表―2)。

VI 秋冬期の DBN粒剤散布によるカメムシ類の   発生抑制効果

秋冬期に DBN粒剤を散布した畦畔では,6月下旬に雑草が再生してきても,カスミカメムシ類(第 1世代)の発生がほとんど見られず,高い発生抑制効果が見られた(表―3)。

VII DBN粒剤の広域散布による斑点米発生抑制   効果の向上

アカスジカスミカメの成虫は,約 50 m飛翔し移動することが明らかになった(図―4)。

表-1 DBN剤の散布時期と雑草の発生時期

散布時期雑草の発生時期(雑草の草丈が 10 cm以上に達した時期)

スズメノカタビラ メヒシバ クローバー ヨモギ 他のイネ科雑草

10月 15日10月 30日11月 15日11月 30日12月 15日

6月 18日6月 24日6月 24日7月 1日7月 1日

6月 24日7月 1日7月 1日7月 1日7月 8日

4月 26日4月 26日4月 26日4月 26日4月 26日

6月 11日6月 11日―――

6月 17日6月 24日6月 24日7月 1日7月 8日

注)その他のイネ科雑草は,エノコログサ,カモジグサ,イヌビエ等が主であった.表中の―は,発生が確認されなかったことを示す.

DBN粒剤の散布ムラDBN粒剤散布無散布

図-3 5月下旬における雑草の発生状況

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そこで,30 aの水田 1圃場の畦畔に DBN粒剤を処理した場合に比べ,30 aの水田が 7圃場連続している210 aの圃場の畦畔に広範囲に処理したほうが,斑点米の発生が少なく,広域的に処理することによって,斑点米発生防止効果が高くなった(図―5,6,7)。

VIII 秋冬期の DBN粒剤散布を基幹とした     防除体系の効果

新たな防除体系(秋冬期の DBN粒剤散布 1回,除草1回,水田内殺虫剤散布 1回)は,慣行防除体系(除草3回+水田内殺虫剤散布 2回)よりも,斑点米の発生は少なく,1等米の検査基準である 0.1%以下になった。また,防除コストも,慣行の防除体系(10 a当たり約4,500円)に比べ,1,500円の低減が図られた(表―4)。

表-2 DBN剤の散布量と雑草の発生時期

散布量(10 a当たり)

雑草の発生時期(雑草の草丈が 10 cm以上に達した時期)

スズメノカタビラ メヒシバ クローバー ヨモギ 他のイネ科雑草

4 kg6 kg8 kg

5月 21日7月 1日7月 1日

6月 3日7月 1日7月 8日

4月 26日4月 26日4月 26日

5月 21日――

6月 11日7月 1日7月 8日

注)その他のイネ科雑草は,エノコログサ,カモジグサ,イヌビエ等が主であった.表中の―は,発生が確認されなかったことを示す.

表-3 DBN粒剤の秋冬期処理によるカメムシ類の生息密度抑制効果

(単位:頭)

調査地点名 処理区トゲシラホシカメムシ アカスジカスミカメ アカヒゲホソミドリカスミカメ

成虫 幼虫 成虫 幼虫 成虫 幼虫

南越前鯖波DBN散布無処理

00

00

0157

00

0 0

00

福井市北山DBN散布無処理

02

00

0 38

07

017

05

美浜町佐柿DBN散布無処理

00

00

10 18

00

2 5

00

注)調査月日:6月 25日 調査法法:20回往復すくい取り調査.

無散布

DBN粒剤散布

図-5 6月下旬の雑草の生育とカメムシ類の発生

100 m

50 m30 m10 m10 m10 m

雌成虫雄成虫

図-4 アカスジカスミカメの飛翔距離

30 a単独 30 a×7圃場=210 a連続圃場(広域処理)

0.19 0.14 0.09 0.09 0.08 0.09 0.09 0.12

平均 0.09%

図-6  DBN粒剤の処理面積と圃場ごとの斑点米発生率(%)下線は斑点米の発生率が 0.1%以上を表す.

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秋冬期の除草剤散布で斑点米を減らす

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さらに,新技術の導入により,防除作業の分散と省力化,農薬の使用回数の削減も可能となった(図―8)。

お わ り に

開発した技術は,水田周辺の雑草地を対象に普及推進するのが目標であったが,農地以外の雑草地(高速道路などの法面,河川の堤防など)でも斑点米カメムシ類の

生息場所となっているため,2013年度から中日本高速道路株式会社・福井保全サービスと連携し,高速道路法面での実証試験を行っている。今後は,さらに斑点米の発生防止効果を高めるために,農地だけでなく,農地以外の雑草地においてもこれを管理する関係機関と連携し,効率的な雑草管理を行う必要があると思われる。

図-7 広域処理圃場の雑草の発生状況

慣行の防除 体系5月 6月 7月 8月

防除

防除

防除

積雪前 DBN剤散布を基幹とした新防除体系前年積雪前

草刈り

草刈り

除草剤

草刈り

草刈り

図-8 慣行防除体系と新たな防除体系の比較

表-4 冬季の DBN粒剤散布を基幹とした防除体系の斑点米の発生と防除コスト

畦畔 DBN剤散布 畦畔防除(草刈り) 水田での殺虫剤散布 斑点米発生率(%)

防除コスト(円/10 a)12月上旬 5月中旬 6月中旬 7月上旬 穂揃期 傾穂期

○――

―○―

―○―

○○―

―○―

○○―

0.0730.0840.349

3,0004,500―