熊本地震はなぜ阿蘇カルデラ内で止まったのか?:...

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熊本地震はなぜ阿蘇カルデラ内で止まったのか?: 測地観測と数値計算で探る破壊の終焉(第 1 年次) 実施期間 平成 30 年度~平成 32 年度 地理地殻活動研究センター 地殻変動研究室 小林 知勝 松尾 功二 1. はじめに 地震の滑りの始まりについては,破壊核の形成に関する理論,実験,数値シミュレーション等が発 達し,その理解が深められている.一方,断層面上の滑りがなぜ止まるのかについては限定的な理解 にとどまっているのが現状である.このような背景の下,本研究は,内陸地震の断層破壊が火山体内 部に進展した様子を捉えた熊本地震の地殻変動データを足がかりに,地殻内構造の不均質が断層滑り の終焉にどのように関わっているのかを理解することを目的とする.なお,本研究は科学研究費補助 金(研究課題番号:18K03810 )により実施されるものである. 2. 研究内容 本研究では,SARによる地殻変動データ解析から断層滑りの空間分布を,重力データ解析から地下 構造の不均質を推定し,本震時の断層運動と内部構造の関係を明らかにする.さらに,これら解析に 基づき得られた断層形状と不均質構造の情報を組み込んだ動的破壊の数値シミュレーションにより, 断層滑りの終焉がどのような物理条件に制御されたのかを検討する.平成30年度は,SARデータの解 析により,阿蘇カルデラ内及びその周辺の地殻変動を詳細に分析した.また,ブーゲー重力異常の予 備的解析を実施した. 3. 得られた成果 2016 4 16 日に発生した熊本地震に伴って発生した阿蘇カルデラ内の地殻変動を調べるため, ALSO-2 衛星データを用いた解析を行った.熊本地震では,大規模な地表変位が断層帯沿いで発生し たため,干渉 SAR 解析のみでは大変位を計測することができなかったことから,ピクセルオフセット 法を適用することにより断層近傍の変動を抽出した.解析には,2018 4 29 日に実施された南行 軌道左観測及び北行軌道左観測のデータを用いた.ピクセルオフセット解析を適用することにより, 衛星視線方向の変位に加えて衛星進行方向(ほぼ南北方向)の水平変位も計測可能になる.これによ り独立した 4 方向の変位成分が獲得できることから,東西,南北,上下成分を最小二乗的に推定可能 となる.図-1 は解析から得られた阿蘇カルデラ西部の変位 3 成分を示す.各成分の図の左下に見られ る北西-南東方向に延びる変位不連続は,布田川断層の動きに伴い発生した地殻変動である.その地 殻変動は,阿蘇カルデラ内でも北東延長上にさらに進展していることがわかる(変位境界 A).水平 2 成分は右横ずれ運動と調和的である一方,沈降域は北側から南側に変わっており,断層面の傾きが北 側から南側に変わったことが示唆される(Kobayashi et al., 2018 ).これに加えて,阿蘇カルデラ西縁部 では,ほぼ東に進展する変位境界が,特に上下変位において明瞭に認識できる(変位境界 B).この変 位境界を境に北側が沈降している.水平成分もこの境界を境に変位量に大きな変化が認められ,左横 ずれに伴う変動と調和的である.これらの変位境界・急変帯は比較的広範囲に広がり,かつ直線的に 分布することから断層運動起因であることが強く示唆される. - 138 -

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熊本地震はなぜ阿蘇カルデラ内で止まったのか?:

測地観測と数値計算で探る破壊の終焉(第 1 年次)

実施期間 平成 30 年度~平成 32 年度

地理地殻活動研究センター

地殻変動研究室

小林 知勝 松尾 功二

1. はじめに

地震の滑りの始まりについては,破壊核の形成に関する理論,実験,数値シミュレーション等が発

達し,その理解が深められている.一方,断層面上の滑りがなぜ止まるのかについては限定的な理解

にとどまっているのが現状である.このような背景の下,本研究は,内陸地震の断層破壊が火山体内

部に進展した様子を捉えた熊本地震の地殻変動データを足がかりに,地殻内構造の不均質が断層滑り

の終焉にどのように関わっているのかを理解することを目的とする.なお,本研究は科学研究費補助

金(研究課題番号:18K03810)により実施されるものである.

2. 研究内容

本研究では,SARによる地殻変動データ解析から断層滑りの空間分布を,重力データ解析から地下

構造の不均質を推定し,本震時の断層運動と内部構造の関係を明らかにする.さらに,これら解析に

基づき得られた断層形状と不均質構造の情報を組み込んだ動的破壊の数値シミュレーションにより,

断層滑りの終焉がどのような物理条件に制御されたのかを検討する.平成30年度は,SARデータの解

析により,阿蘇カルデラ内及びその周辺の地殻変動を詳細に分析した.また,ブーゲー重力異常の予

備的解析を実施した.

3. 得られた成果

2016 年 4 月 16 日に発生した熊本地震に伴って発生した阿蘇カルデラ内の地殻変動を調べるため,

ALSO-2 衛星データを用いた解析を行った.熊本地震では,大規模な地表変位が断層帯沿いで発生し

たため,干渉 SAR 解析のみでは大変位を計測することができなかったことから,ピクセルオフセット

法を適用することにより断層近傍の変動を抽出した.解析には,2018 年 4 月 29 日に実施された南行

軌道左観測及び北行軌道左観測のデータを用いた.ピクセルオフセット解析を適用することにより,

衛星視線方向の変位に加えて衛星進行方向(ほぼ南北方向)の水平変位も計測可能になる.これによ

り独立した 4 方向の変位成分が獲得できることから,東西,南北,上下成分を最小二乗的に推定可能

となる.図-1 は解析から得られた阿蘇カルデラ西部の変位 3 成分を示す.各成分の図の左下に見られ

る北西-南東方向に延びる変位不連続は,布田川断層の動きに伴い発生した地殻変動である.その地

殻変動は,阿蘇カルデラ内でも北東延長上にさらに進展していることがわかる(変位境界 A).水平 2

成分は右横ずれ運動と調和的である一方,沈降域は北側から南側に変わっており,断層面の傾きが北

側から南側に変わったことが示唆される(Kobayashi et al., 2018).これに加えて,阿蘇カルデラ西縁部

では,ほぼ東に進展する変位境界が,特に上下変位において明瞭に認識できる(変位境界 B).この変

位境界を境に北側が沈降している.水平成分もこの境界を境に変位量に大きな変化が認められ,左横

ずれに伴う変動と調和的である.これらの変位境界・急変帯は比較的広範囲に広がり,かつ直線的に

分布することから断層運動起因であることが強く示唆される.

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東西成分 南北成分

上下成分

[m]

[m]

[m]

阿 蘇

中岳 草千里

変位境界 B

図-1 干渉 SAR 解析及びピクセルオフセット解

析から得られた 3 成分変位.(左上)東西成

分.(右上)南北成分.(左下)上下成分.

図-2 ブーゲー重力異常.(左)東西勾配.(右)南北勾配.赤線は活断層を示す.

阿蘇カルデラ

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図-2は阿蘇カルデラ及びその周辺の重力データを用いて計算したブーゲー重力異常の東西勾配及び

南北勾配である.ここでは地下の密度を 2300g/m3 と仮定している.東西勾配の結果には,カルデラの

西側に強い負の異常がほぼ南北に帯状に認められる.同様に,南北勾配の結果では,カルデラの南側

に強い負の異常がほぼ東西に帯状に認められる.SAR で認められた変動は,これら異常帯の内側縁辺

に沿った形に分布しているように見える.仮定する地下密度の影響を今後精査する必要はあるものの,

不均質な構造が発達しているのかもしれない.

4. 結論

ALOS-2衛星のSARデータを用いた干渉SAR解析及びピクセルオフセット解析結果を用いて,阿蘇カ

ルデラ内の地殻変動を詳細に分析した.その結果,阿蘇カルデラ西縁部で,断層運動起因と思われる

地殻変動が2方向に分岐していることが認められた.1つは布田川断層東部延長上に右横ずれを伴いな

がら南東側の地盤が沈降する変動を,もう1つはほぼ東西方向に左横ずれを伴いながら北側の地盤が

沈降する変動を示している.また,ブーゲー重力異常の東西及び南北勾配を計算したところ,カルデ

ラの西側に不均質な構造を示唆する結果(暫定)を得た.平成31年度は,SARデータ解析から得られ

た地殻変動データを基に,阿蘇カルデラ内の断層運動を考慮した詳細な断層モデルを構築する.また,

重力データ解析を進め,阿蘇カルデラ内の地下構造をさらに詳細に推定する予定である.

参考文献

KOBAYASHI, T., H. YARAI, S. KAWAMOTO, Y. MORISHITA, S. FUJIWARA and Y. HIYAMA (2018):

Crustal Deformation and Fault Models of the 2016 Kumamoto Earthquake Sequence: Foreshocks and Main

Shock, Internasional Association of Geodesy Symposia, doi:10.1007/1345_2018_37 (to be published).

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