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1 はじめに 先カンブリア時代が終わり,その後 約 3 億年間続いた古生代に,動物・植 物が大いに多様化した。カンブリア紀 初めの爆発的進化以降,古生代中頃ま でに,海では石灰質の殻を作るサンゴ, 腕足類,ウミユリ,コケムシ,有孔虫 などの底生無脊椎動物が,また海生植 物の石灰藻類が栄えた。その結果,古 生代最後の地質時代であるペルム紀 (Permian) の海には,きわめて多様な 生物群が生息していた。光合成に依存 した複雑な浅海生態系が進化し,世界 中の低緯度地域の浅海には生物礁が発 達した。一方,陸上ではカンブリア紀 に節足動物たちが上陸して以降,脊椎 動物の淡水魚類,両生類,爬虫類,さ らに分岐した「単弓類」と呼ばれる哺 乳類へ続く系統が,また多様な植物や 昆虫も栄えた。 これらの古生代型生物の多くは,ペ ルム紀末(約2億5,200万年前)に絶 滅した。当時の海の無脊椎動物の約 9 割の種が絶滅したため,顕生代で最大 規模の大量絶滅として知られている。 顕生代に起きた5回の大量絶滅(ビッ グ 5;1)の中でも最大規模であっ たこの事件は,古生代最後のペルム紀 と中生代最初のトリアス紀 (Triassic) の 頭 文 字 を 使 っ て,「P–T 境 界 事 件 」 と呼ばれる。この事件をもって,三葉 虫で代表される古生代が終わり,アン モナイトや恐竜で特徴づけられる中生 代が始まった。哺乳類の祖先はトリア ス紀に出現した。このように,古生代 中生代境界は,直接私たちにつなが る進化系列が直後に分岐したという点 で,進化史の中できわめて重要な意味 をもっている。 P–T 境界事件の原因については,ほ ぼ世界中の多様な環境の生物がきわめ て短期間に絶滅したことから,汎世界 的かつ急激な環境変化が起きたと推定 される。たとえば,地球規模の寒冷化, 巨大隕石の衝突,海水の化学状態の変 化あるいは巨大火山噴火など,これま でにさまざまな説明が試みられてきた。 現時点で,巨大隕石衝突の確実な証拠 は皆無で,研究者の多くは絶滅の根本 的原因が地球内部にあったと理解して いる。最近10年間で最も注目された 原因候補は,シベリアでの大規模玄武 岩噴火であったが,絶滅を導いた具体 的プロセスは未解明である。 2 2 つの事件の複合 古生代末の絶滅事件は,伝統的に P–T 境界で起きた単一の事件とみなさ れてきたが,1990年代半ば以降,それ は実際には 2 つの独立した絶滅事件の 複合であったと理解されている。すな わち,本来のペルム紀末(P–T境界) 事件のほかに,それに先んじること約 特集地球生命興亡史 顕生代における放散と絶滅 Part 2: 中生代の始まり 2 5,200 万年前大量絶滅・プルーム・銀河宇宙線 統合版 プルームの冬 シナリオ 磯﨑 行雄 Yukio Isozaki 東京大学 大学院総合文化研究科 広域システム科学系 教授 古生代末に起きた史上最大規模の大量絶滅について,地球磁場強度の変化と銀河宇宙線流入量の変化で生じ た地球寒冷化を根本原因とみなす新しいシナリオを紹介する。地球表層の環境変化と外核の挙動変化の具体 的証拠を解説し,宇宙線と寒冷化を結びつける絶滅プロセス 統合版 プルームの冬を議論する。 514

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Page 1: Department of Earth Science and Astronomy, …3 G–L境界の特異性 顕生代全体という枠組みの中でペル ム紀後半を眺めると,改めてG–L境 界直前に限ってきわめて特異な地質学

1 はじめに

 先カンブリア時代が終わり,その後約3億年間続いた古生代に,動物・植物が大いに多様化した。カンブリア紀初めの爆発的進化以降,古生代中頃までに,海では石灰質の殻を作るサンゴ,腕足類,ウミユリ,コケムシ,有孔虫などの底生無脊椎動物が,また海生植物の石灰藻類が栄えた。その結果,古生代最後の地質時代であるペルム紀 (Permian) の海には,きわめて多様な生物群が生息していた。光合成に依存した複雑な浅海生態系が進化し,世界中の低緯度地域の浅海には生物礁が発達した。一方,陸上ではカンブリア紀に節足動物たちが上陸して以降,脊椎動物の淡水魚類,両生類,爬虫類,さらに分岐した「単弓類」と呼ばれる哺乳類へ続く系統が,また多様な植物や昆虫も栄えた。 これらの古生代型生物の多くは,ペ

ルム紀末(約2億5,200万年前)に絶滅した。当時の海の無脊椎動物の約9割の種が絶滅したため,顕生代で最大規模の大量絶滅として知られている。顕生代に起きた5回の大量絶滅(ビッグ5;図1)の中でも最大規模であったこの事件は,古生代最後のペルム紀と中生代最初のトリアス紀 (Triassic) の頭文字を使って,「P–T境界事件」と呼ばれる。この事件をもって,三葉虫で代表される古生代が終わり,アンモナイトや恐竜で特徴づけられる中生代が始まった。哺乳類の祖先はトリアス紀に出現した。このように,古生代─中生代境界は,直接私たちにつながる進化系列が直後に分岐したという点で,進化史の中できわめて重要な意味をもっている。 P–T境界事件の原因については,ほぼ世界中の多様な環境の生物がきわめて短期間に絶滅したことから,汎世界的かつ急激な環境変化が起きたと推定

される。たとえば,地球規模の寒冷化,巨大隕石の衝突,海水の化学状態の変化あるいは巨大火山噴火など,これまでにさまざまな説明が試みられてきた。現時点で,巨大隕石衝突の確実な証拠は皆無で,研究者の多くは絶滅の根本的原因が地球内部にあったと理解している。最近10年間で最も注目された原因候補は,シベリアでの大規模玄武岩噴火であったが,絶滅を導いた具体的プロセスは未解明である。

2 2つの事件の複合

 古生代末の絶滅事件は,伝統的にP–T境界で起きた単一の事件とみなされてきたが,1990年代半ば以降,それは実際には2つの独立した絶滅事件の複合であったと理解されている。すなわち,本来のペルム紀末(P–T境界)事件のほかに,それに先んじること約

[特集] 地球生命興亡史   ─顕生代における放散と絶滅

【Part 2: 中生代の始まり ─約2億5,200万年前】

大量絶滅・プルーム・銀河宇宙線─統合版「プルームの冬」シナリオ

磯﨑 行雄 Yukio Isozaki東京大学 大学院総合文化研究科 広域システム科学系 教授

古生代末に起きた史上最大規模の大量絶滅について,地球磁場強度の変化と銀河宇宙線流入量の変化で生じた地球寒冷化を根本原因とみなす新しいシナリオを紹介する。地球表層の環境変化と外核の挙動変化の具体的証拠を解説し,宇宙線と寒冷化を結びつける絶滅プロセス(統合版「プルームの冬」)を議論する。

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Page 2: Department of Earth Science and Astronomy, …3 G–L境界の特異性 顕生代全体という枠組みの中でペル ム紀後半を眺めると,改めてG–L境 界直前に限ってきわめて特異な地質学

800万年,ペルム紀の中期と後期との境界(約2億6,000万年前)にもう一つ別の大量絶滅が起きていた。ペルム紀の中期と後期はおのおの「ガダループ世 (Guadalupian)」と「ローピン世 (Lopingian)」と呼ばれ,両者の頭文字をとって,その境界は「G–L境界」と呼ばれる。G–L境界での絶滅の規模はほぼP–T境界事件のそれに匹敵し,特に海洋の底生無脊椎動物が大きな被害を被り,多様性を減じた。ただし,最近の研究で,その絶滅はP–T境界の例ほどは急激でなく,ガダループ世後半に徐々に進んだとされる。 ガダループ世には,世界中の低緯度浅海に礁複合体が形成された。その中には,古生代型サンゴ,有孔虫の仲間で大型化したフズリナ,さらには巨大

な二枚貝などの光合成共生を営む,現生例に酷似した群集が生息していた。しかし,これらの生物群集はG–L境界直前にほぼ完全に消え,またそれまで中緯度に生活していた群集の赤道に向けた移動が始まった。これらの化石がもたらす情報は,ガダループ世末に地球規模の寒冷化が起きたことを暗示している。おそらく,寒冷化時が起きたときに,中緯度の生物はより暖かい低緯度地域へ避難が可能だったが,元々赤道付近にいた生物は逃げ場がなかったのだろう。 G–L境界での絶滅の後,生物の多様性はいったん回復に向かったが,元の高い多様性を取り戻す間もなくP–T境界事件が起きたため,生物多様性を大きく減じて古生代が終わった。最大規

模の絶滅となった理由は,2つの事件の間隔の短さであったと考えられる。 P–T境界事件の場合と同様,G–L境界事件の原因もまだよくわかっていない。ほぼその時期に噴火した南中国の峨が

嵋び

山さん

玄武岩が絶滅原因の候補として議論されているが,その規模は全地球的な環境変化の原因としては小さすぎるし,そもそもマグマの粘性の低い玄武岩噴出では大きな火山災害,特に地球規模の寒冷化を起こせないので,説明として説得力を欠く。原因はさておき,古生代末の絶滅に関して,最初に生物の多様性の激減が起きたのはペルム紀末ではなく,ガダループ世の終わりであった。かつて見過ごされていたG–L境界事件がもつ意味は大きい。

図1 顕生代の大量絶滅ビッグ5

Cm: Cambrian fauna, Pz: Paleozoic fauna, Md: modern fauna

主要な5回の大量絶滅の中でも,古生代末(約2.5億年前)の事件が最大規模であったことがわかる

(Sepkoski, 1984)

カンブリア紀先カンブリア時代

オルドビス紀

古生代 中生代 新生代

シルル紀 デボン紀 石炭紀 ペルム紀 トリアス紀 ジュラ紀 白亜紀 古第三紀

ペルム紀末2段階絶滅 (G–L境界事件 + P–T境界事件)

科の数

① ② ③ ④ ⑤

600

300 Md

Pz

Cm

5.42億年前 2.52億年前 6500万年前

515Vol.66 No.5

大量絶滅・プルーム・銀河宇宙線 ─統合版「プルームの冬」シナリオ

Page 3: Department of Earth Science and Astronomy, …3 G–L境界の特異性 顕生代全体という枠組みの中でペル ム紀後半を眺めると,改めてG–L境 界直前に限ってきわめて特異な地質学

3 G–L境界の特異性

 顕生代全体という枠組みの中でペルム紀後半を眺めると,改めてG–L境界直前に限ってきわめて特異な地質学的事件が,それも複数の異変が起きたことがわかる。すなわち,0) 大量絶滅自体のほかに,1) 海水準の極端な低下,2) 海水のストロンチウム (Sr) 同位体比

の最低値,3) 海水の炭素安定同位体比の激しい振動開始,4) 海水の酸化・還元状態(溶存酸素濃度)異常の開始,5) マントルプルーム起源の大規模火山活動の活発化,6) 地磁気の逆転パターンの大変化などがあげられる。いずれも,顕生代の中できわめてまれな,あるいは唯一回の出来事であったことは注目に値する。

3.1 海水準の低下 大陸棚に連続的に堆積した地層の厚さの時間変化パターンを調べることによって,海水準が上昇したのか下降したのかを判別することができる。世界各地の地層の厚さのデータを編纂することで,顕生代の海水準変動の大枠が明らかにされている(図2右)。それによれば,G–L境界前後の時期に海水

準は顕生代で最低(平均より約200 m低い)レベルにまで低下した。

3.2 Sr同位体比の最低値 過去の堆積岩中には,当時の海水のSr同位対比 (87Sr/86Sr) がほぼそのまま記録されている。カンブリア紀以降,低下を続けたSr比は,G–L境界直前に最低値をとり,その後,急上昇する

(図2中央)。顕生代での増減パターンは,超大陸パンゲアの形成・分裂時期と大局的に調和する(Box 1を参照)。

3.3 炭素安定同位体比の 激しい振動開始

 過去に堆積した石灰岩の主要構成物である炭酸カルシウム (CaCO3) 結晶は,堆積当時の海水中に溶存していた炭酸イオン (CO32-) の炭素安定同位体

 海水のSr同位体比は,同位体比

が高い大陸地殻の浸食の度合いと,

同位体比が低い中央海嶺の熱水活動

の程度とのバランスで決まる。海岸

線の総延長を反映して,超大陸形成

時は海水のSr同位体比が低く,大

陸が分散したときは高くなる。

Box 1

図2 顕生代における(左から)海水の炭素同位体比,Sr同位体比,そして海水準変動

新生代

白亜紀

ジュラ紀

トリアス紀

ペルム紀

石炭紀

デボン紀

シルル紀

オルドビス紀

カンブリア紀

炭素同位体比 (‰) Sr 同位体比 海水準

−2.0

0.0

+2.0

+4.0

+6.0

+8.0

低 高0.70

65

0.70

70

0.70

75

0.70

80

0.70

85

0.70

90

0.70

95

0

1

2

3

2.5

4

5

年代(億年前)

0

1

2

3

2.5

4

5

年代(億年前)

大西洋の拡大開始

パンゲアの初期分裂

G–L境界

海洋での生物生産の指標とされる炭素同位対比が激しい変動を開始,大陸地殻の削剝の程度を示すSr同位体比は顕生代の最低値に到達,そして海水準は顕生代の最低レベ

ルに達した。主要なグローバル環境変化は,P–T境界ではなく,最初の大量絶滅が起きたG–L境界頃に起きた (Isozaki, 2009)

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[特集] 地球生命興亡史 ─顕生代における放散と絶滅│【Part 2: 中生代の始まり ─約2億5,200万年前】

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比 (13C/12C) をほぼそのまま記録している。ガダループ世後半から海水の炭素同位体比が大きく変化し始め,それはP–T境界を越えてトリアス紀中期初めまで約2,000万年間継続した。しかし,その同位体比は,しばしば顕生代の通常期の値の範囲(+2 ‰と-2 ‰の間で変動)から大きく逸脱する特異な値(+8‰から-10‰)をとり,かつそれが複数回,正から負へあるいは負から正へと大きく振れた(図2左)。この振れ幅は,通常の生物の光合成のみによって支配される炭素循環だけでは説明が難しい(Box 2を参照)。最初の大きな同位体変動が起きたのがガダループ世後半であったことが日本でみつかり,九州の発見地にちなんで「上村事件 (Kamura event)」と名づけられた。

3.4 海水の酸化・還元電位(溶存酸素 濃度)異常の開始

 過去の海洋中央部の遠洋深海で堆積したチャートという地層には,当時の深海海水の酸化還元状態を示す記録が残されている。わずかに含まれる鉄鉱物の種類や希土類元素組成に基づき,通常は酸化的な海洋中央部の深海がP–T境界をまたいで貧酸素状態に陥った事件〔スーパーアノキシア (superanoxia)〕が日本で解明された。追加検証で,そ

の期間内に何度も酸化還元状態の変動が繰り返されたこと,局所的には浅海も短期間酸欠になったこと,すなわち通常なら酸化条件にあるはずの海洋がP–T境界を挟む長期間,特異な状態に陥ったことが確認された。深海での酸欠の開始時期については当初G–L境界付近からだとされたが,その時期にはまだ酸化的だったという報告がある。一方で,やや深い大陸斜面ではG–L境界以前に酸素極小層の拡大が確認されている。このように,海洋の酸化還元状態が不安定化したトータルの期間は,上述の炭素同位体が異常変動した期間とほぼ一致する。

3.5 マントルプルーム起源の 大規模火山活動の活発化

 マントル内で上方へ向かう大きな物質移動は「プルーム (plume)」と呼ばれ,それが地球表層に到達すると,しばしば大規模なマグマ活動を起こす。その産物の大規模な例は「巨大火成岩区 (large igneous province, LIP)」と 呼 ば れ,しばしば広大な洪水玄武岩の噴出を伴う(Box 3を参照)。ジュラ紀に超大陸パンゲアが分裂したときは,複数のプルームが南北方向に並んで上昇し,その割れ目が連結して新しい海洋(大西洋)が生まれた。大西洋沿岸のLIPとは別に,ペルム紀のパンゲア東部にも

複数のプルームが命中し,おのおのLIPを形成した(図3)。シベリアや峨嵋山の洪水玄武岩はその例である。

3.6 地磁気の逆転パターンの大変化 過去の火成岩や堆積岩の一部は,その形成時の地磁気の情報を記録していることがある。初生的な古地磁気の測定結果は,過去に地磁気極性の逆転が頻繁に起きたこと,また逆転の頻度やパターンが先カンブリア時代末にまで遡れることを示している。中でも,地質時代ごとに逆転の頻度やパターンの癖があることがわかっており,石炭紀の後半からペルム紀中頃までの約5,000万年間は,長期にわたって磁場の極性が変化しなかった特異な時代〔カイアマン逆帯磁期 (Kiaman superchron)〕であったことが知られている。ところが,G–L境界の約500万年前にこれが終わり,以後は頻繁に極性が変化する時代に急変した。この地磁気の逆転パターンの変化は,「イラワラ事件 (Illawarra Reversal)」と呼ばれている(図4)。地磁気は地球内部の外核内の液体金属の対流(地磁気ダイナモ)によって発生するとされるが,イラワラ事件は,その仕組みに大きな変調が起きたことを記録している。 上述のように,G–L境界前後には顕生代でもきわめて特異な地質学的現象が集中的に起きた。一見互いに関係しないように見えるものの,いずれもグローバルな現象である。これらは決して偶然同時に起きたのではなく,背景に強い因果関係があったことが推定される。伝統的により注目を集めてきたP–T境界前後には,絶滅や一部の洪水玄武岩の噴出は起きたが,それ以外の大事件は起きてはいない。古生代末の大異変の実態を探るうえで,最初の大

 光合成で有機物が作られる際には

重い同位体 13Cは嫌われ,選択的に12Cが使われる。光合成生産が活発

だと,海水中に13Cが過剰に残される。

生物の石灰質殻には海水の炭素同位

体比が記録されるので,過去の石灰

岩から生物生産の歴史が解読できる。

Box 2

 主要なマグマ(火山)活動はプレー

ト境界で定常的に起きる。一方,プ

レート内での大きなマグマ活動はマ

ントルプルームによって作られる。

既存の超大陸の分裂には,複数のマ

ントルプルームの活動と,それらの

連結が不可欠である。

Box 3

517Vol.66 No.5

大量絶滅・プルーム・銀河宇宙線 ─統合版「プルームの冬」シナリオ

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変動が起きたG–L境界事件の原因とプロセスの解明が最優先と考えられる。

4 グローバル寒冷化

 上述のG–L境界前後の諸イベントの中でも,熱帯群集の絶滅 (0) と海水準の低下 (1) は,地球規模の寒冷化の結果として整合的である。また,炭素同位体比で示される生物基礎生産の増加(上村事件)(3) も,地球寒冷化に伴う海洋循環の活発化,そして深海からの栄養塩の大量供給の結果と理解される。 古生代は基本的に温暖な気候が支配的であったが,終わり頃は基本的に寒冷化し,その後,中生代に向けて温暖化した。石炭紀末からペルム紀前半には南半球で巨大な氷床・氷河が形成された(ゴンドワナ氷期)。しかし,海水準レベルは,この氷河期のピーク時

ではなく,G–L境界直前に最低となった。最近確認されたペルム紀中頃の山岳氷河の発達は調和的である。これらの事実は,全体的な温暖化傾向の中で,G–L境界直前に明瞭な寒冷化パルスが起きたことを示している。 一方,海水準が低くなると,大陸地殻の表層露出・削剥面積が増えるため海水のSr同位体比は増加するはずだが,ガダループ世後期には顕生代で最低レベルとなった (2)。この見かけの矛盾は,寒冷化の中で海水準が低下したが,一方で氷河・氷床が大陸地殻を広く被覆したため,高い同位体比のSr供給が抑制された結果と説明される。また,陸棚よりも深い水深で酸素極小層が拡大したこと (4) も,表層での高い生産性と大量の有機物の沈降に促されて,海水中層の溶存酸素が減少した結果とみなされる。このように,G–L境界直前に起きた特異な地質学的現象は,い

ずれもペルム紀中期末に寒冷化が起きたことを示唆している。では,その寒冷化の原因は何であったのだろうか?

5 宇宙線・雲・磁気シールド

 地質学的記録は,過去の地球が何度も大きな気候変動を経験し,極端な場合には全球凍結という極限状態にまで陥ったことを物語っている。これまで,過去の寒冷化・温暖化についても,基本的に大気中の二酸化炭素の増減が原因だったと説明されてきた。しかし,21世紀に入って,カナダやデンマークの研究者たちがまったく異なる視点からの説明を提案し始めた。衛星観測のデータは,従来ほぼ無視されてきた雲の増減が地球表層の寒冷化・温暖化を決めたことを示唆している。また,雲の形成には銀河宇宙放射線 (galactic

図3 ペルム紀に形成されたLIP

赤道

超海洋パンサラサ 東部

60°N

60°N

30°N

30°N超海洋パンサラサ西部

古テチス海

新テチス海

超大陸 パンゲア

北米

南米 アフリカ

南極

北欧

オスロ

オマーン

北インド

西オーストラリア

シベリア

北中国

峨嵋山

LIP

マントル内の大きな上昇流であるスーパープルームは,上部マントルに到着すると複数のプルームに分岐し,それらが地殻に届くとおのおのLIPを形成する。通常のプレート境界での火山活動とは異なり,きわめて間欠的に形成されること,またおのおのが

円形の形をもつことが特徴である。ペルム紀LIPは当時存在した超大陸パンゲアの東半に集中しており,その後,ジュラ紀に開裂する大西洋沿いのLIPグループとは活動時期と場所が異なる (Isozaki, 2009)

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[特集] 地球生命興亡史 ─顕生代における放散と絶滅│【Part 2: 中生代の始まり ─約2億5,200万年前】

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cosmic radiation, GCR) による大気分子の電離で多数の雲粒の核を作る必要があることが指摘された。大量の宇宙放射線が大気に流入すると,広域に雲が発生して地表が寒冷化するのに対し,流入が少ないと連日快晴が続いて地表は温暖化する。大気へのGCRの流入量は,2つの要素,すなわち超新星などの発生源の強度と距離および地球と太陽の磁場強度で決まる。銀河の中での太陽系の位置に応じて超新星爆発に遭遇する確率が変化する。一方,後者はいわば磁気シールドの役割を担っており,磁場強度が十分高いとGCRは容易に大気中へ流入できない。 外核で起きる地球磁場の発生機構(地磁気ダイナモ)は,基本的に惑星中心と核─マントル境界との温度差が駆動する液体金属の対流である。対流が安定な場合は磁場強度が高いが,乱れると低下する。地磁気の極性が反転する際,特に頻繁に反転を繰り返すと,総じて磁場強度が低下する。 ここで,G–L境界に先立って特異なイラワラ事件(図4)が起きていたことを想起してほしい。石炭紀末以来約5,000万年もの間ずっと安定していた地磁気ダイナモが大きな変調をきたし,頻繁に極性を変え始めたのがガダループ世の始まり頃であった。この時期に磁場強度の低下が起きたとすると,地質学的に示された寒冷化とよく一致するように見える。イラワラ事件の正確な時期については今後の検討が必要だが,地球内部で起きた大転換が地表で寒冷化として現れた可能性がある。

6 「プルームの冬」

 GCRによって地球表層の気候変動が

大きく影響されるというメカニズムは,まだ完全に立証されておらず,現在も検証の途上にある。しかし,ペルム紀中頃末に集中的に起きた特異な諸地質学的現象は,その可能性を強く示唆する。本稿の最後に,地球内での物質移動を関係づけて,大量絶滅や地球規模

の環境変化を起こした全体のシナリオをまとめる。 安定していた外核の地磁気ダイナモを大きく変調させたのは,おそらく外核の内側ではなく外側の境界,すなわち核─マントル境界での温度変化が原因であったと考えられる。マントルの

図4 顕生代の古地磁気極性の変化 (Ogg et al., 2008) とイラワラ事件 (Isozaki, 2009)

石炭紀末からペルム紀中期末まで約5,000万年間安定に継続したカイアマン逆帯磁期はG–L境界の少し前に終わり,地磁気極性は頻繁に逆転を繰り返すようになった

先カンブリア

時代

カンブリア紀

オルドビス紀シルル紀デボン紀

石炭紀

ペルム紀

トリアス紀

ジュラ紀

白亜紀

新生代

5

4

3

2

1

石炭紀

ペルム紀

カイアマン逆帯磁期

シスウラル世

Pen

n.

Gzh

el.

Ass

elia

nS

akm

aria

nA

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skia

nK

ungu

r.R

d.

Wr.

Cap

itan.

Wuc

hap

.C

h.G

-DS

m.-

Sp

.

ガダループ世

ローピン世

Ind

.O

len.

トリアス紀

3

2.9

2.8

2.7

2.6

2.5

P–T境界絶滅

G–L境界絶滅

カイアマン

逆帯磁期

億年前億年前

正帯磁

逆帯磁

混合極性期

極性安定期

イラワラ事件

519Vol.66 No.5

大量絶滅・プルーム・銀河宇宙線 ─統合版「プルームの冬」シナリオ

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上部から核─マントル境界へ相対的に低温の物体が落下し,特にそれが磁場の極周辺ではなく側面(赤道領域)に着地した場合(図5A),外核の対流パターンを大きく乱すことが可能である。

実際に下部マントル内で下向きに大きな物質移動が起きるのは,沈み込んだ海洋プレートの残骸〔スラブ (slab)〕が巨大な塊〔メガリス (megalith) あるいはスーパーダウンスウェル (super-downswell)〕

として間欠的に落下する場合である。超大陸の形成に際して,元々各大陸間にあった海洋底はすべてマントルへ沈み込んで地表から消えるため,超大陸の下には必然的に大量の沈み込んだス

図5 統合版「プルームの冬」シナリオ

A2.65億年前イラワラ事件上村事件

沈み込んだ海洋プレート

スーパープルーム 巨大メガリス

(ダウンスウェル)

海洋プレート

海山

マントル

外核

内核生物圏

生物圏

寒冷化

上部マントル

下部マントル

大量絶滅

2,90

0 km

670

km

超大陸パンゲア

宇宙線による雲スクリーン

太陽光遮蔽

B

沈み込んだ海洋プレート

スーパープルーム

巨大メガリス(ダウンスウェル)

外核

内核生物圏

生物圏

海洋プレート

海山

粉塵による成層圏スクリーン

2.6億年前LIP形成

太陽光遮蔽光合成停止有毒ガ

ス 寒冷化酸性雨

2,90

0 km

670

km上部マントル

下部マントル

超大陸パンゲア異常火山活動(大陸の分裂)

大量絶滅

マントル

A: ペルム紀中期ガダループ世初め頃に上部マントル─下部マントル境界(約670 km深)からスーパーダウンスウェル〔メガリス(沈み込んだ海洋プレートの残骸)〕が核─マントル境界へ落下し,地磁気を発生する外核の対流を乱したため,地球の磁場強度が低下し,大量の銀河宇宙線が地球大気に流入した。その結果,広域に雲が覆う状態となり,地球表層は寒冷化したため,海水準低下が起こり,また生物圏での攪乱が始まった

B: スーパーダウンスウェルと入れ替わるように核─マントル境界から上昇したスーパープルームが少し遅れて上部マントルに達し,地殻表層に複数のLIPを作った。その特異な火山活動によってさらに表層環境が劣悪化し,生物多様性の減少,すなわち大量絶滅が起きた。G–L境界では「地磁気誘導寒冷化」と「火山噴火誘導寒冷化」の両方が起きたが,P–T境界では後者のみが起きた。2回の独立した絶滅が短期間に連続して起きたことが顕生代で最悪の被害をもたらした

(Isozaki, 2009)

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[特集] 地球生命興亡史 ─顕生代における放散と絶滅│【Part 2: 中生代の始まり ─約2億5,200万年前】

Page 8: Department of Earth Science and Astronomy, …3 G–L境界の特異性 顕生代全体という枠組みの中でペル ム紀後半を眺めると,改めてG–L境 界直前に限ってきわめて特異な地質学

ラブの塊が存在する。それらが構成鉱物の相転移のため上部マントル─下部マントル境界付近(約670 km深)でいったん集積・滞留した後に,急に核─マントル境界(2,900 km深)まで落下する。一方,ほぼ同時に核─マントル境界からは巨大な上昇流(スーパープルーム)が発生し,やや遅れて地表に複数のLIPを作り,大陸の分裂を促す。 ペルム紀にパンゲア東半で活動した複数のLIP(図3)はマントルプルームの痕跡である。それらが地表に到達する以前の上昇開始時に,巨大な下降流が核─マントル境界に着地したはずで,それがイラワラ事件として記録されたのであろう。 かつて筆者は,マントルの巨大プルームが地表に到達したときに異常に大規模なLIPマグマ活動が起こり,地球表層環境の激変と大量絶滅を導いたという因果関係を推定し,「核の冬」になぞらえて「プルームの冬」シナリオと呼んだ。これにGCRの効果による寒冷化を加えて,新たに “統合版「プルームの冬」”と呼ぶことにする。結局,宇宙からの寄与があったとはいえ,地球生物圏に対して大量絶滅に至る大被害のきっかけとなったのは,マントル内の間欠的な大規模物質輸送(プルーム)であったと考えられる。それに誘導れた地球磁場強度の低下によってまず(地磁気誘導型)寒冷化が起こり(図5A),やや遅れて大規模LIP火山活動による火山誘導型寒冷化が加わった

(図5B)。おそらく同源のプルームから派生した間欠的なLIP形成によって,P–T境界でも火山誘導型寒冷化が再現された。銀河宇宙線と過去の気候変動の対応については,先カンブリア

時代に2度起きた全球凍結事件を説明する可能性がすでに議論されている。しかし,寒冷化の時期に古地磁気のデータが対応する例は示されていない。いずれにせよ,GCRと気候変動との関係を実証するために,過去の岩石に記録された磁場強度およびGCR流入量の詳細な変化史の早急な解明が望まれる。 本稿で紹介した統合版「プルームの冬」シナリオは,宇宙との関わりを強調するとはいえ,かつて大いに取り沙汰された巨大隕石衝突説とはまったく異なる。これまでの大量絶滅の原因論の多くは,断片的な観察事実を説明するアドホク (ad hoc) なものが多かった。これに対して,本シナリオは,地球内部から外宇宙の現象までを含めて地球表層での環境変化を統一的に説明することを試みている。より大きな枠組みの中で多様な現象を整合的に説明する点において科学仮説として魅力的だが,まだ詳細不明な点も多い。その検証のための過去の物証探索およびGCRによる雲の発生機構の解明が今後不可欠となる。

磯﨑 行雄 Yukio Isozaki東京大学 大学院総合文化研究科 広域システム科学系 教授

略 歴: 滋賀県生まれ。 大阪市立大学理学部卒業。山口大学理学部,東京工業大学理学部を経て,2000年4月より現職。Geological Society of America Fellow(2007年~)。

受賞歴: 日本地質学会賞(2007年),Gondwana Research Best Paper Award 2010(2011年)専 門: 地質学,生命史

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大量絶滅・プルーム・銀河宇宙線 ─統合版「プルームの冬」シナリオ