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シー・ズーと眼の疾患
シー・ズー(Shih Tzu)は、獅子を意味する中国語を由来としており、その昔チベットでは神聖な犬として大切にされてきた。おそらくその頃から、今の温和な性格を引き継ぐように品種として固定されてきたのだろう。この性格と比較的毛が抜けにくいことが相まって、最近は「シニア層に対するお勧め犬種」とされている。 また、シー・ズーは「chrysanthemum dog(菊の犬)」と呼ばれることもある。鼻の周りの毛がさまざまな方向を向いているため、それが菊の花のように見えるからだという。もう1つの外見の特徴として、印象的な大きな眼があげられる。通常、犬の眼瞼裂の長さは、3cm以下であることが一般的だが、シー・ズーの眼瞼裂は3cmを越えることがほとんどである。
コミュニケーションツールとしての疾患統計・4
シー・ズーと眼の疾患島村麻子(アニコム ホールディングス株式会社)
原産国 中国起 源 17世紀コンパニオン・ドッグ体 重 5~7kg体 高 25~27cm
写真提供:小関 優
シー・ズー表1 シー・ズーの罹患率
シー・ズー24,706頭(a)
犬全体681,039頭(b) a/b
眼の疾患 23.2% 9.3% 2.5
寄生虫症 1.8% 1.1% 1.7
感染症 1.6% 1.0% 1.6
皮膚疾患 32.4% 22.1% 1.5
耳の疾患 21.2% 14.6% 1.5
血液・免疫疾患 0.5% 0.4% 1.3
泌尿器疾患 7.6% 5.8% 1.3
循環器疾患 5.7% 4.3% 1.3
肝・胆道疾患 3.5% 3.0% 1.2
腫瘍疾患 6.8% 6.3% 1.1
生殖器系疾患 2.0% 1.9% 1.1
消化器疾患 13.2% 12.7% 1.0
損傷 3.8% 4.0% 1.0
内分泌疾患 1.4% 1.6% 0.9
呼吸器疾患 1.9% 2.2% 0.9
神経疾患 1.1% 1.9% 0.6
筋骨格系疾患 2.8% 5.8% 0.5
歯・口腔疾患 0.9% 2.1% 0.4
0
5
10
15
20
25
30
35
40
0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
シー・ズー女の子シー・ズー男の子シー・ズー平均犬全体
罹患率(%)
(年齢)
図1 眼科疾患の罹患率推移の年齢推移(シー・ズーと犬全体)
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このチャームポイントともいえるシー・ズーの大きな眼には、同時に、乾燥や外傷による疾患が起きやすいという、注意すべき点がある。実際、2004年4月1日~2008年3月31日までにアニコムクラブに加入した24,706頭のシー・ズーの眼の疾患の罹患率23.2%は、犬全体の罹患率9.3%と比較して2.5倍高い値を示している(表1)。
シー・ズーとその他の疾患
眼の疾患ほどの差はないが、犬全体の罹患率と比べてシー・ズーで罹患率が高い疾患は、以下のとおりである。それぞれの疾患のシー・ズーの罹患率と、それが犬全体の罹患率の何倍にあたるかを示した(表1、図2)。 ・寄生虫疾患 1.8%(1.7倍) ・感染症 1.6%(1.6倍) ・皮膚疾患 32.4%(1.5倍) ・耳の疾患 21.2%(1.5倍) これらの疾患は、分類上便宜的に区分されているだけで、別の疾患というよりも同じバックグランドの存在が予想される。発生学的には、眼、皮膚、耳、いずれも外胚葉由来の臓器であるという共通点がある。 また、シー・ズーと同様に、これらの疾患の罹患率が高い傾向を示す犬種には、フレンチ・ブルドッグ、パグといった短頭種があげられる。短頭種に眼の疾患が多い理由としては、解剖学的に眼窩が浅いことがあげられ、納得がいく。短頭種
シー・ズーと眼の疾患
図2 シー・ズー(0~10歳)の罹患率(◆は0~10歳犬全体の罹患率)
5.7
1.9
13.2
3.5
7.6
2.0 1.1
23.2
21.2
0.92.8
32.4
0.51.4 1.6 1.8
3.8
6.8
14.6
3.1
0
5
10
15
20
25
30
35罹患率(%)
循環器疾患
呼吸器疾患
消化器疾患
肝・胆道疾患
泌尿器疾患
生殖器系疾患
神経疾患
眼の疾患
耳の疾患
耳の疾患
筋骨格系疾患
皮膚疾患
血液・免疫疾患
内分泌疾患
感染症
寄生虫症
損傷
腫瘍疾患
症状
その他
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20
表2 シー・ズーの性別罹患率(上位6疾患)
男の子 シー・ズー13,295頭(a)
犬364,423頭(b) a/b
眼の疾患 23.7% 9.5% 2.5
寄生虫症 2.1% 1.1% 1.8
感染症 1.5% 0.9% 1.6
耳の疾患 22.0% 14.7% 1.5
皮膚疾患 32.3% 22.2% 1.5
泌尿器疾患 7.1% 4.9% 1.5
女の子 シー・ズー11,411頭(a)
犬316,616頭(b) a/b
眼の疾患 22.6% 9.1% 2.5
感染症 1.8% 1.1% 1.7
寄生虫症 1.5% 1.0% 1.5
皮膚疾患 32.4% 22.0% 1.5
血液・免疫疾患 0.6% 0.4% 1.4
耳の疾患 20.4% 14.4% 1.4
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に皮膚や耳の疾患までも類似した傾向を示していることは、これら短頭種という表現型を生み出した遺伝的背景に何か共通項があることが予想される。 シー・ズーの男の子は、これら以外にも泌尿器疾患で、男の子の犬全体の罹患率4.9%の1.5倍に当たる7.1%を示している(表2)。
専門家に聴く「シーズーの眼の疾患」
オハイオ州立大学で獣医眼科学を学んだ、どうぶつ眼科EyeVetの小林一郎先生に話を聞いた。「犬の眼の疾患の80%が遺伝性。犬種差が非常に出やすく、シー・ズーには網膜剥離、パグには緑内障、キャバリアやフレンチ・ブルドッグには白内障というように、犬種によって特徴的に多い眼の疾患がある。シー・ズーでは、64%しか正常な眼を持っていないといわれている。シー・ズーで多い網膜剥離は、シー・ズーの3%に認められるというデータもある。網膜剥離は、早期のステージ(片眼の部分剥離)で発見できれば手術により改善も望めるため、とくに2~5歳のシー・ズーには年1回の眼の検査を飼い主に勧めたい。そうすれば、犬がまっすぐ歩けない、物にぶつかって歩く等の失明による症状は未然に防ぐことができる」。 成人であれば、ちょっと眼が見えなくなっただけでも、すぐに自ら眼科医に足を運ぶだろう。しかし、家庭動物の場合は、自ら症状を訴えることはない。しかも、眼の疾患に罹患していても、聴覚や嗅覚である程度カバーされ得るため、眼の疾患は、なんらかの行動異常に飼い主が気づくまで、病態が進行しやすい疾患なのである。さらに、シー・ズーに多い網膜剥離の場合、網膜の上部が剥離していても下部が残っていれば、飼い主を見上げるぶんには問題なく、視線を合わせることができる。そのため、ますます発見が遅れる可能性がある。そこで、とくにフードを食べる・水を飲むなどの下を向く行為に対して、食器にぶつかるなどのおかしな行動がないかを、日頃から観察するようシー・ズーの飼い主には伝える必要がある。 網膜剥離を健康診断でせっかく早期発見できても、飼い主が症状に気づいていなければ、状況をしっかり理解してもら
えるよう丁寧に伝える工夫が必要である。例えば、眼底カメラがなくても、エコー画像を見せることで飼い主のコンセンサスを得る一助となるだろう。また、網膜剥離は遺伝性の強い疾患であることが疑われているので、交配は推奨できないことも十分に伝えておきたい。 また、シー・ズーは眼が大きいが故に、瞬きが不完全となっていることが多い。すると、眼球の一部が常に露出してしまい、通常均一に分布するはずの涙液膜に偏りが出て、眼球の中心部分辺りが乾きやすくなっている。涙液膜は、眼球の保護と、光の侵入制限の役割を担っているが、これが不十分だと角膜潰瘍にもなりやすい。さらに、シー・ズーは睫毛重生も高頻度にみられ、角膜潰瘍を誘発している。 寝起きに眼の内側につく眼脂とは明らかに異なる量と分布域の眼脂がみられたら、乾性角結膜炎が疑われる。涙液腺機能の低下の原因としては、免疫介在性が疑われることがもっとも多いが、退院したら経過がよくなることもあり、ストレスが原因となっているような可能性も否定はできない。乾性角結膜炎も、遺伝性が強いことを配慮しておきたい。
参考:1) ACVO:Ocular disorders presumed to be inherited in purebred dogs.
5th, Meridian: American College of Veterinary Ophthalmologist, 2007.
2)ACVO:Genetics committee update. 2009.3) Gelatt K.N.(ed): Veterinary Ophthalmology 4th. Blackwell Pub
Professional, 2007. 4) どうぶつ眼科 . Eye Vet, 2001-2009.
飼い主さんとのコミュニケーションツールとして、どうぞお役立てください。
コミュニケーションツールとしての疾患統計・4
●問い合わせ先 より皆さまのお役にたてるよう尽力してまいります。 ぜひご意見・感想をお寄せ下さい。
メールアドレス:[email protected]
表3 犬(0~10歳)の眼の疾患の罹患率
頭数 罹患率
男の子 364,423 9.5%
女の子 316,616 9.1%
全体 681,039 9.3%
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●サイト「家庭どうぶつ白書」 家庭どうぶつの今を見られます。ぜひご覧下さい。 http://www.anicom-page.com/hakusho/
1 眼の疾患の特徴
犬の眼の疾患の80%が遺伝性と言われています。人間と違って、自ら症状を訴えることもなく、たとえ眼の疾患に罹患していても、聴覚や嗅覚である程度カバーされるため、発見された時には、すでに病態が進行してしまっていることも多いようです。
2 眼の疾患が多い犬種は?
アニコム家庭どうぶつ白書によると、以下の犬種が、犬全体の「眼の疾患」の発生率よりも高い発生率を示しています。シー・ズーには網膜剥離、パグには緑内障、キャバリアやフレンチ・ブルドッグには白内障、というように、犬種によって特徴的に多い眼の疾患があります。
3 眼の疾患を少しでも減らすために
(1) 観察:いつもと異なる行動がみられた時にはすぐに気づくことができるよう、日ごろからよく観察しましょう。例えば、部分的に網膜剥離を起こしている場合、飼い主さんを見上げることは通常どおりできているのに、足元の食器にはぶつかるというようなちょっとした変化の場合もあります。
(2) 定期健診:かかりつけ医をみつけて、定期的にチェックしてもらいましょう。症状が出ていないステージで早期発見できれば、失明を防ぐことができる可能性もあります。
(3) 交配への配慮:眼の疾患は遺伝性が疑われるケースも多くみられます。眼の発症歴を持った子を交配させようとする場合には、事前にかかりつけ医に相談しましょう。
「眼の疾患」知 る ワ ク チ ンvol.2
23.223.2
18.418.416.216.2 15.615.6
10.810.8 10.510.5 10.510.5
0
5
10
15
20
25
罹患率(%)
シー・ズー
パグ
キャバリア・
キング・
チャールズ・
スパニエル
フレンチ・
ブルドッグ
マルチーズ
トイ・プードル
ヨークシャー・
テリア
犬全体(0~10歳)の眼の疾患の羅患率 9.3%
図 眼の疾患の罹患率が高いおもな犬種
網膜剥離の進行ステージ
<片眼の部分剥離>・2~4歳で発症・無症状であることも多い・ 眼の検査を受ければ、発見することができる。
片眼の全剥離+ 片眼の部分剥離
<両眼の全剥離>・5~6歳で発症・ 失明しているため、犬がまっすぐに歩けない、物にぶつかって歩くなどの症状がある
両眼の部分剥離
片眼の全剥離