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16・東レリサーチセンター The TRC News No.121(Oct.2015)

1.はじめに

 デバイスの微細化・高密度化によって、単位電力当たりの処理能力の向上やトランジスタ当たりの製造コスト削減などのメリットが挙げられる。しかし、従来のサイズでは問題とならなかったような微量の結晶欠陥においても、デバイス特性に決定的な影響を及ぼすようになってしまうという弊害も挙げられている。また最近では透過型電子顕微鏡(TEM)観察では明確に捉えることができない、いわゆる“見えない欠陥”がデバイスの不良や故障に大きく関係しているということが考えられる。 そこで今回は上述のような問題に対して、高感度に結晶欠陥評価が可能なカソードルミネッセンス(Cathodoluminescence:CL)法を適用し、プロセスやデバイスにおける結晶欠陥評価の現状と課題について紹介する。

2.結晶欠陥と解析手法

 一般的な結晶欠陥解析手法について簡単にまとめたものを表1に示す。

 通常、結晶欠陥評価に用いられる解析技術としてはTEM観察が中心であることは言うまでもない。しかし、TEM観察において明確に差異が確認できない場合、特性差の要因は結晶欠陥ではないと言い切れるものであろうか? また、TEM観察で検出できない結晶欠陥はないと言えるであろうか? TEM観察において“見えない欠陥”が特性差に影響を及ぼしている可能性がある限り、この“見えない欠陥”

を高感度に評価する手法は非常に重要になってくる。そこで我々は以前から電子線を用いた発光分析法であるCL法に着目し、CL法を用いて高感度に結晶欠陥を評価することで、プロセス最適化やデバイス不良解析に関する研究を行ってきた1,2︶。

3.CL(カソードルミネッセンス)法の特徴

 CL法は電子線照射により、放出した光(luminescence)を検出する手法である。特に図13︶に赤字で示す点欠陥起因の発光を高感度に検出することが可能な手法である。

 本手法の特徴についてまとめたものを図2に示す。特筆すべきは、Microscopyという側面とSpectroscopyという側面の両方の長所を合わせ持つという点である。CLは、Microscopyとして、SEM観察による精密な位置決定精度を有し、またCL像(結晶欠陥分布イメージ)とSEM像を対比することが可能である。一方で、Spectroscopyとして、主に観測されるエネルギー準位の情報から、結晶欠陥の種類を同定することができ、また強度から結晶欠陥量の相対比較が可能である。さらには、電子線の加速電圧を変えることで試料への電子線の侵入深さを変えて、深さ方向の結晶欠陥の情報を取得することも可能となる。このように、多くの長所を持つ手法ではあるが、問題点や注意点もいくつか存在する。

 まず、CLという手法をどのような場面で使うのが最も有効であるか、という判断が難しいことが挙げられ

[特集]半導体

(3)ルミネッセンス法による結晶欠陥評価の現状と課題~見えない欠陥への挑戦~

形態科学研究部 井上 憲介

表1 結晶欠陥解析手法

図1 結晶欠陥の種類(モデル図)

図2 CL法の特徴について

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る。またスペクトル解析については解釈が複雑・難解であり、専門的な知識が必要な場面も多い。そこで、今回は分析事例を踏まえてCL法の効果的かつ有効な利用について具体的に解説していく。

4.Siプロセス最適化へのCL法の適用

 デバイス製造過程において、ドーパントを導入するイオン注入工程、ドーパント活性化と注入ダメージを除去するアニール工程は極めて重要な工程である。特にアニールが不十分な場合はダメージの残留が懸念され、デバイスの特性・動作に大きな影響を及ぼし、不良や故障の原因となりうる。最近ではより精密にアニール条件を制御することで、僅かな結晶欠陥の差異を議論しなければいけない場面が多く、このような微妙な差を精度良く評価するために、高感度な結晶欠陥解析手法はますます重要になっている。 今回、CL法を用いて、Siへの低ドーズAsイオン注入試料のアニール後における残留欠陥評価を試みた4︶。ドーズ量が低いことから、生成される僅かな欠陥(種類・量)の差異を評価することは一般的に困難であると考えられている。しかしながら、CL法を用いることで、生成された微細な点欠陥である格子間Si(self-interstitials)や不純物が関係した欠陥の情報などを極めて高感度に取得することができるようになった(試料詳細は表2参照)。

 まずはアニール条件の異なる試料について、ドーパントであるAsの深さ方向分布を、二次イオン質量分析法(SIMS)を用いて評価した(図3)。 SIMS分析の結果から、アニール前後におけるAsのプロファイル差は明確に観測されるものの、アニール条件の異なる試料間でAsのプロファイルに有意差は観測されなかった。よって、このような微妙なアニール条件差について、SIMS分析ではプロファイルに反映されないものであると考えられる。 次に、as implanted, Anneal time 10s(窒素雰囲気)、 Anneal time 10s(窒素+酸素雰囲気)の3試料について、断面からのTEM観察結果を図4に示す。モンテカルロシミュレーションによって計算した結果、Asの注入深さはおおよそ100nm程度である(対応する位置を赤色の点線で示す)。TEM観察の結果、as implantedとアニール後では断面TEM像からコントラストの違いがあるように見えるものの、アニール条件を変えた試料間(窒素雰囲気

と窒素+酸素雰囲気)において、差異は明確には観測されていない。このように、TEM観察からは結晶欠陥の定性・定量的な解釈は難しいということがうかがえる。

 そこで、表面からCLスペクトル測定を実施し、比較を試みた(図5)。より表面近傍(注入領域)の情報を反映させるために、CL測定における電子線の加速電圧を低く設定した。この結果、イオン注入によって生成されたと考えられる格子間Siが関係した欠陥(W線)は、アニールにより消失し、さらにAnneal time 10s(窒素雰囲気)とAnneal time 10s(窒素+酸素雰囲気)においても発光線の種類や強度に明確な差異が確認された。 欠陥量の違いを詳細に調べるために、非発光中心となる欠陥量の指標となるTO(バンド間遷移発光)線強度をプロットしたものを図6左に示す。アニールによって非発光中心となる欠陥量の減少(TO線強度の増加)が観測されている。さらには窒素のみのアニールと比較して、窒素+酸素アニールの方が非発光中心となる欠陥量はより減少(TO線強度が増加)していることがわかる。また、図6右に格子間炭素と格子間酸素の複合欠陥が原因のC線強度をプロットしたものを示す。窒素雰囲気のアニールではC線は明確には観測されなかったものの、窒素+酸素雰囲気のアニールにおいては、アニール時間とC線強度に比例関係が存在することが確認された。 C線の原因となる欠陥の由来については、同条件でア

表2 注入・アニール条件

1015

1016

1017

1018

Con

cent

ration

(at

oms/

cc)

50 200150100 350300250

Depth(nm)

As i 窒素 窒素 窒素 窒素 窒素 窒素

5004504000

implanted素 10s素 30s素 50s素+酸素 10s素+酸素 30s素+酸素 50s

0

図3 SIMS分析結果

図4 断面TEM像

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ニールのみを行った試料(イオン未注入)の測定、さらには試料断面からのイオン未注入領域における測定を行った結果、アニール処理のみによって基板中の微量不純物である炭素と雰囲気中の酸素によって生成されたものであると考えられる₅︶。このように、他手法では差異を識別できないような、わずかなアニール条件の違いでも、CL法を用いることで欠陥の種類や量、さらにはプロセスにおける欠陥生成のメカニズムについて議論するデータを与えてくれることがわかる。

5.パワーデバイスへのCL法の適用(SiC-MOSFET)

 Siパワーデバイスは理論性能に近づきつつあり、Si以上に性能向上が期待できるSiCパワーデバイスの研究・開発が盛んになっている。今回、市販されているSiC-MOSFETを用いて、ゲート近傍のキャリア分布と結晶欠陥分布の関係について、SCM法とCL法を用いて評価した内容を紹介する。 まず、図7に今回分析に使用したSiC-MOSFET(1200V耐圧ディスクリートパッケージ品)の概略図とSiCチップ断面の光学顕微鏡像を示す。また、図8にゲート近傍付近においてSEM観察を実施した結果ならびにSEM像に示す3箇所(Point1~ Point3)においてCLスペクトル測定を実施した結果を示す。 CLスペクトル測定の結果、いずれの測定箇所からも3.2eV付近のバンド端発光、2.9eV付近のL1線(イオン

注入起因の点欠陥による発光:SiとCのアンチサイト由来)、2.2~2.9eV付近のブロードな発光(帰属は明確ではないが、不純物が関係した発光と考えられる)が観測されている。特にL1線が観測されていることを考慮すると、SiCチップ中にはイオン注入が原因となる欠陥が残留しており、アニールが十分ではない可能性が示唆される。また、スペクトル形状はいずれの測定箇所においても同様であるものの、場所によってそれぞれの強度が異なっていることがわかる。これは測定箇所によって存在している欠陥の種類は同じであるものの、欠陥量が異なることを示唆している。

 また、図9︵a︶にゲート近傍付近のSCM測定結果、図

9︵b︶にL1線のCL強度マッピング結果をSEM像に重ね合わせたものを示す。ちなみにSCM法は実デバイスの微小部における2次元のキャリア分布評価が可能な手法である。今回、同じ領域をSCM法とCL法で比較しているが、SCM分析の結果、イオン注入深さは点線で示した位置であると考えられる。しかしながらCL強度マッピングの結果ではL1線の強度は注入深さと比較しても、より深い部分でも確認されている(イオン注入起因の欠陥が存在している)ことがわかる。イオン注入深さはSCMの結果からも明確であることから、イオン注入深さを超えて、エピ層全体にイオン注入起因の欠陥が拡散している可能性が考えられる。 このように、SEMの空間分解能で実デバイスにおける局所的かつ微量な結晶欠陥の評価が可能な手法としてCL法は非常にユニークであり、デバイスの研究開発における問題や潜在的な不良などについて多くの情報を与えてくれる。

図5 CLスペクトル(表面)

図6 CL発光線強度について

図7 SiC-MOSFET

� (a)� (b)図8 (a)断面SEM像と(b)CLスペクトル結果

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6.おわりに

 本稿ではCL法を中心として、SIMS分析やTEM観察、SCM分析の結果も含めて結晶欠陥評価について紹介した。CL法の特徴を簡単にまとめると、

①  点欠陥を中心として、結晶欠陥種や結晶欠陥量を高感度に評価可能な手法である

②  イオン注入、アニール、エッチング、エピ成長などのプロセスにおける問題・課題の解決に貢献できる

③  SEMレベルの空間分解能を有し、デバイスの不良原因の特定などにも威力を発揮する

などが挙げられる。このように非常に類まれな特徴を有

する手法であるが、各種前処理法と組み合わせることにより、さらに多くの情報が得られている6,₇︶。今後はTEM観察の相補的な手法として、さらに活躍の場が増えることを期待している。

7.参考文献

1) R. Sugie, K. Inoue, and M. Yoshikawa, J. Appl. Phys. 112, 033507(2012).

2) R.Sugie, T.Mitani, M.Yoshikawa, Y.Iwata, and R.Satoh, Jpn. J. Appl. Phys. 49,04DP15(2010).

3)http://www.tf.uni-kiel.de/matwis/amat/def_en/4) 井上憲介、杉江隆一、吉川正信、日本顕微鏡学会第

67回学術講演会講演予稿集(2011)₅) A. Sagara, M. Hiraiwa, A. Uedono, N. Oshima, R.

Suzuki, and S. Shibata, Nucl. Instr. Meth. Phys. Res., Sect. B 321, 54⊖58(2014).

6) 井上憲介、杉江隆一、吉川正信、日本顕微鏡学会第68回学術講演会講演予稿集(2012)

₇) 井上憲介、赤堀誠至、杉江隆一、橋本秀樹、日本顕微鏡学会第69回学術講演会講演予稿集(2013)

■井上 憲介(いのうえ けんすけ) 形態科学研究部 形態科学第1研究室 室長 趣味:小学生のバレーボールのコーチ

� (a)� (b)図9 (a)SCM観察結果と(b)L1線CL強度マッピング

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