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Page 1: 環境問題解決に向けたバイオマスプラスチック、 生分解性 ......でなかったため、開発・上市された生 分解性プラスチックは石油由来のもの

はじめに

わが国では平成14年に日本政府の総合戦略「バイオマスニッポン」が発表されて以来、バイオマスの利活用による持続的に発展可能な社会の実現に向けた政策が立案され、実施されてきた。この戦略は、バイオマスの有効利用に基づく地球温暖化防止や循環型社会形成の達成、さらには日本独自のバイオマス利用法の開発による戦略的産業の育成を目指すものである。また、地球規模での環境保護の観点から、バイオマス原料は日本のみならず、世界中から入手できる安価かつ豊富な資源の積極的な利用が求められている。

現在のプラスチックの多くは石油から作られており、これらのポリマーの一部については、工業レベルでのリサイクル技術が発達しているが、最終的には破棄され、焼却により二酸化炭素が発生する。地球温暖化防止に向け、材料の観点からもカーボンニュートラルのプラスチックが社会的に

求められている(図 1 )。そこで、地球環境に優しいプラスチック材料として、自然界の物質循環に組み込まれるバイオマスプラスチックが注目されている1)〜3)。バイオマスプラスチックの開発においては、エチレン(C2)をベースとするオイルリファイナリーと異なり、プロパノール、グリセリンなどのC3ベースの製品体系を含んでおり、新しい基盤技術の構築が必要である。

環境に優しいプラスチックとして位置づけられるバイオプラスチックは、再生が可能な有機資源を原料に社会的に有用なプラスチックを持続的に作ることにより枯渇性の化石資源の使用縮減に貢献するバイオマスプラスチック(入口原料の有意性)と微生物により分解するという機能の特徴から主には廃棄時の環境負荷低減が期待される生分解性プラスチック(出口機能が鍵)に大別される。近年の海洋プラスチックごみの社会問題化から生分解性プラスチックへの関心が高まっている。生分解性プラスチックの多くは脂肪族ポリエステルであり、ポリ[(R)-ヒドロキシアルカノエート](ポリヒドロキシアルカン酸、PHA)、ポリブチレンサクシネート(PBS)は海洋中の微生物で分解する。

現時点ではプラスチックの大半が石油由来であり、非生分解性である(表 1 )。わが国では1970年頃からの廃棄プラスチックの環境への悪影響の問題から、生分解性プラスチックの開発研究がスタートした。当時は炭素循環という考えが一般的

植物

光合成 カーボンニュートラル

加工

二酸化炭素

燃焼 バイオマスプラスチック

図 1 カーボンニュートラル

特集 SDGsの達成に向けた新たなプラスチックの技術開発と課題

大阪大学 宇Uyama山 浩

Hiroshi

大学院工学研究科 教授〒565-0871 大阪府吹田市山田丘2-1☎06-6879-7364

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環境問題解決に向けたバイオマスプラスチック、生分解性プラスチックの開発動向と課題

総 論

14

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でなかったため、開発・上市された生分解性プラスチックは石油由来のものと植物由来(バイオベース)のものに分かれる。バイオマスプラスチックは樹脂原料に関わる分類であり、樹脂の物性・機能は問われない。ポリ乳酸をはじめとしてバイオマスプラスチックの多くは生分解性を示すが、後述するバイオポリエチレン(PE)やバイオポリエチレンテレフタレート(PET)のように非生分解性のものもある。一方、生分解性は樹脂の機能に関するものであり、生分解性プラスチックではその構成成分がすべて生分解性であることが必要である。

本稿ではバイオプラスチックの開発動向を概説する。また、最近、社会問題化している海洋プラスチックゴミ問題についても言及する。

バイオプラスチック

バイオマスプラスチックの種類は構造や製造方法により分類される(図 2 )。製造工程の観点からは、①バイオマスを産出する植物中で生産されるもの(一段階合成)、②バイオマスを原料として微生物が生産するもの(二段階合成)、③バイオマスを原料として発酵生産したケミカルをモノマーとして生産するもの(三段階合成)に分類される。①は植物にプラスチックを直接生産させるものであり、天然ゴムやトチュウエラストマーが代表例である。PHAを遺伝子組換え植物中で合成する研

究が行われているが、現時点では生産性が低いために実用性は乏しい。②の代表例としてPHAのような微生物産生ポリエステルが挙げられ、糖や植物油を原料として微生物中でプラスチックが生産される。③の代表例はポリ乳酸であり、バイオマスの発酵により乳酸を生産し、これを化学プロセスで変換・重合してポリ乳酸を製造する。

バイオマスプラスチックの識別は日本バイオプラスチック協会が行っている。バイオマスプラスチックは原料として再生可能な有機資源由来物質を含み、化学的または生物学的に合成することにより得られる高分子材料と定義される。バイオマスプラスチック度が25%以上のものを「バイオマスプラ」と識別している。一方、生分解性プラスチックについては、日本バイオプラスチック協会

表 1 バイオマスプラスチックと生分解性プラスチックの分類バイオマス 化石資源

生分解性

生分解性バイオマスプラスチック・ポリ乳酸・微生物産生ポリエステル・ポリブチレンサクシネート・酢酸セルロース

生分解性石油由来プラスチック・ポリカプロラクトン・ポリブチレンアジペートテレフタレート・ポリビニルアルコール

非生分解性

非生分解性バイオマスプラスチック・天然ゴム、トチュウエラストマー・バイオポリエチレンテレフタレート・バイオポリトリメチレンテレフタレート・バイオポリカーボネート・バイオ不飽和ポリエステル・リグノフェノール・バイオナイロン610、バイオナイロン11・バイオポリエチレン、バイオポリプロピレン

非生分解性石油由来プラスチック・ポリエチレン・ポリプロピレン・ポリスチレン・ポリ塩化ビニル・合成ゴム(SBRなど)・ABS・ポリエチレンテレフタレート・ナイロン6、ナイロン66

微生物化学

一段階合成

二段階合成

三段階合成

バイオマス

バイオマス モノマー

植物

植物

植物

バイオマスプラスチック

バイオマスプラスチック

バイオマスプラスチック

二酸化炭素

二酸化炭素

二酸化炭素

図 2 バイオマスプラスチックの製造ルート

152020年10月号(Vol.68 No.10)

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が定めた基準をクリアしたものを「グリーンプラ」として認証している(図 3 )。

100%バイオマス由来原料から作られるバイオプラスチックの例として、ポリ乳酸、PHA、バイオポリオレフィン(PE、ポリプロピレン(PP)など)が挙げられ、部分的にバイオマス原料を用いた例は酢酸セルロース、バイオPET、バイオポリトリメチレンテレフタレート(PTT)、バイオナイロン(ナイロン11、ナイロン610、ナイロン1010)、バイオカーボネート、バイオPBS、バイオポリウレタン、バイオ不飽和ポリエステルなどである。また、構造から分類するとポリエステル系とそれ以外に大別される。前者の例はポリ乳酸、PHA、PBS、PET、PTT、それ以外にはナイロン類、ポリオレフィン類が挙げられる。

ポリ乳酸は最も代表的なバイオプラスチックである。光合成により二酸化炭素を固定化したバイオマスを原料に製造されるため、ポリ乳酸の燃焼や生分解により二酸化炭素が大気中に放出されても、二酸化炭素量は増えない。このようにポリ乳酸はカーボンニュートラルな物質循環型プラスチックである。乳酸はその化学構造からL体とD体があり、現在、L体乳酸からなるポリ乳酸が工業化されている。米国ではトウモロコシ由来のデンプンを原料に14万トンのプラントで生産されている。タイでも同規模のプラントが稼働しつつあり、今後、世界的に生産量が増大すると予想されている。

微生物産生ポリエステルは、ある種の微生物が細胞内にエネルギー貯蔵物質として蓄積する物質である。このポリエステルは光学活性ポリ[(R)-3-ヒドロキシブチレート](P3HB)であり(図 4 )、

分子量が極めて高い。P3HBはガラス転移温度が4℃、融点が180℃の結晶性ポリマーであり、その結晶構造は斜方晶系である。P3HBは結晶化度が高く、破壊伸びが7%、ヤング率が3.5GPaであり、硬くてもろい性質を示す。そのため、P3HBは単独では実用化に適さない。そこで融点と結晶性を低下させる共重合体ポリエステルの生合成に関する研究が行われてきた1)。融点と結晶性の低下により柔軟な材料となる。

PHAについては、1980年代に(R)-3-ヒドロキシブチレートと(R)-3-ヒドロキバレエートの共重合体[P(3HB-co-3HV)]が生分解性プラスチックとして上市されたが、高価格と物性の問題から販売量が伸びず、1999年に事業が凍結された。植物油を原料とし、側鎖の炭素鎖長をさらに一つ長くした(R)-3-ヒドロキシヘキサノエートユニットを導入したポリエステル共重合体[P(3HB-co- 3HH)、PHBH]を生産する技術がカネカで開発され、実用化された。PHBHは海洋生分解性を示す。

コハク酸とアジピン酸から製造されるPBSは生分解性プラスチックとして実用化されているが、最近、コハク酸の発酵合成が工業化され、バイオマスプラスチックとしても位置付けられるようになった。このバイオPBSは三菱ケミカルとPTT GC社(タイ)の合弁会社がタイで製造している。ドイツBASF社は生分解性ポリブチレンアジペートテレフタレート(PBAT)を工業化している。PBATの原料は石油由来のため、バイオマスプラスチックには分類されない。PBATの農業用マルチフィルムへの応用では、PBATフィルムが土壌微生物のエサとなるため、土壌の改良、収穫量

図 3  バイオプラマーク(左)、グリーンプラマーク(右)

O

O

O

O

O

O

O

O

O

m n

m n

CH3

m

O

P3HB

CH3 C2H5

CH3 C3H7

P(3HB-co-3HV)

P(3HB-co-3HH)

H H

H H

H

図 4 微生物産生ポリエステルの構造式

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