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Discover Nikkei 2015.04 Alberto Matsumoto 次世代日系人指導者の役割と期待 日系人は、基本的に戦前•戦後主にアメリカ大陸に移住した日本人とその子孫を意味するが(1)、戦後そして近年は欧米やアジア諸国に駐在し、そこで生まれ育った子弟も日系人として位置づけられることもある。南米では未開の土地を開拓し、農業を始め各分野で活躍した移住者の功績は大きく、その子孫である日系人も日本にとっては「資産または資源」であるという考え方も以前から存在する。戦前は特にその見方が強かったため、戦争に突入すると多くの指導者は適性外国人に指定され、その結果拘束されたり、財産を没収され、強制送還の対象にもなった(2)。しかし、戦後は日本の経済発展とともに日系人はそれまでの困難を乗り越え、日本の援助等も実って南米各地で成功事例が見られるようになった(3)。 日本政府は、こうした日系人を日本のソフトパワーの一環として位置づけている。すなわち、日本の良き理解者で日本とのつなぎ役を期待されているということである。そうした思惑から、南米だけではなく、北米の日系人指導者も招いて日本との関係強化を進めてきた。中南米とはこの招聘事業が再会して3年目になるが、今年も地元社会で活躍している8人の次世代日系人指導者が来日し(4)、日本との経済、商業、文化関係等の強化が期待されるキーマンである。近年、中規模の日系企業も南米進出を試みているが、高いハードルとリスクを少しでも軽減するには日系人の活用も一つの選択になる。この方法によってビジネスや文化交流が確実に成功する訳ではないが、初期段階の情報収集や人脈形成には安心感を与え、有利になる可能性もある。 昨年(2014 年)8 月、安倍総理はメキシコ、コロンビア、チリそしてブラジルを訪問した際積極的に日系社会の指導者や関係者と懇談した。これには、当時外務省中南米局長で日系人の役割を重視していた山田章氏の役割が大きい(現在、駐メキシコ日本大使)。 この地域にはまた景気が低迷気味の国もあるが、ここ十数年の間かなり発展し、新興国を含めて多くの国では貧困層が減少し、新しい中産階級が誕生した。格差は拡大し続けているが、購買力のある層が増えたのも確かで市場としての魅力は増している。約 3 年前ぐらいから、ジェトロや JICAは日本の中小企業進出に日系人のファシリテーターとしての役割を提言しており、その結果いくつかのビジネス開拓ミッションがブラジル、パラグアイ、ペルー等に派遣された(5)。 日本では企業の大小を問わず少子化と高齢化(生産年齢と消費人口の減少)によって、増えている外国人観光客か有望な海外市場を獲得しない限り、売り上げも利益もあげられない状態になりつつある。 写真1 写真2

外務省の中南米日系人指導者招聘プログラムもこうした枠組みの中にあるのかも知れないが、今

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回も外務省での会議には、日系人指導者たちは元日本大使や南米の専門家、JICA や国際交流基金、在日南米日系人等と懇談した。そして、安倍総理と世耕官房副長官と面談できたことは大きな意義がある。日系人たちに対する期待の現れでもある。こうした動きをチャンスと見る日系人もいるが、その分大きな責任でありこれまで築いてきた信頼と人脈が試される。 筆者も、これまでいくつかの案件に間接的または直接的に関わってきたが、委任状や関係書類を日本以外の国へ提出することはかなり労力と情報が必要になる。逆のケースも同様だが、今までの経験からするとむしろ日本側の方が案外簡素化している。ビジネスや文化交流事業には人とお金が動くが、国境をまたがると普通の書類も翻訳や認証が必要であり、国によっては指定公認通訳や公証人の証明等を求める。南米では、いかなる書類もそれを信用するには発行機関の係官の署名の証明、証明を行った機関の認証、そして外務省証明班の認証等、少なくとも三段階の証明手続きが必要である。これが、現地法人の設立となると日本側の法人登記証や役員の証明等膨大な資料を提出することになるが、外国でその手続きを委任するための委任状作成だけでもときには大掛かりな事前調整作業が必要である。 確かに日系人はガランチード(Garantido 保証付き、信頼性が高いという意味)と言われているが、法文化、行政の仕組みと各種手続きの運営等が異なる国との間で調整役を務めることは並大抵の仕事ではない。その日系人が弁護士または会計士で現地に人脈を持っていても、それだけではスムーズに行かないことが多い。法規定の適用が不透明で汚職が蔓延している役所が相手では、かなりセンスのいる交渉術と詳細な事前の情報収集(確認の確認)が要求される。日系人にとってもかなりリスキーな仕事で、労力がかかる割にはあまり高い報酬はのぞめない仕事である。 一方進出やビジネス拡大を試みる日本側も、分からないからといって丸投げしてはならず忍耐強く先方の作業に協力し、サポートしなければならない。海外経験が少ないまたは初めて進出する中小企業の経営者は、「おんぶに抱っこ」という姿勢が多く「すべてお任せします」というのだが、互いに悩んで学びながら対応しないと誰が仲介役であっても良い結果は得られない。 日系人は、この一世紀の間に海外の移住先で差別や偏見と闘いながら信頼と尊敬を勝ち取ってきた。南米では、そうした信頼や絆(友情)は毎回互いに試し合って築くものであり、陽気で気さくに映る人間関係も実はかなり不安定で嫉妬感が強くてかなり厄介なことも多い。週末等定期的に集まったり、一緒に社会活動をしたりするのは自分のためだけではなく他者との信頼を確認するためである。アミーゴ(amigo 友人)であっても平気で裏切るし、アミーゴだからこそ常にアンテナを張る必要がある。現地の日系人が日本の企業の案件をサポートするということは、ときには利害対立や誤解(デマや根拠のない噂)を招く可能性もある。「架け橋」というのは神経をすり減らす作業だということも、日本側に肝に銘じてほしい。 昨年の 8 月 2 日、ブラジルのサンパウロで日系社会の行事で安倍総理は(6)、「“progresar juntos, liderar juntos e inspirar juntos”(意訳すると、“一緒に発展し、共にリードして困難に立ち向かい、絆を深めながら夢を追う”)ということを強調したが、そのためには共にリスクを負い、学び、結果を分かち合うということでもある。

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(1)実際は、アジア諸国にも移住者の植民地が形成されている。

(2)移住先の多くの国が連合国寄りだったため、日本人もその取り締まりの対象になり、短期間に財産を処分しなけ

ればならなくなったり理不尽な方法で没収されたり、ペルーの日本人指導者 1700 人余りはアメリカの強制収容所に送還

された。日系社会の日本語学校や日本人会、機関紙等も閉鎖され、集会や行事も禁止された。国によってその取り締まり

の度合いが異なる。

(3)戦前にも、成功した移住者の例はたくさんあるが、二世等の社会進出という観点からはまだ十分とは言えない状

況だった。アメリカやカナダ等には、差別と偏見と闘いながらも大卒も増えつつあったが、戦争によってその可能性は閉

ざされた。戦後の移住には、あまり思わしくなかった事例もいくつかあるが(ドミニカ共和国、ボリビアやパラグアイ、

アルゼンチンの一部の移住事業)、それでも今は多くの農業移住地はその国の農工業国の手本となっている。二世代以降

も高等教育を受けたものも多く、各分野でときにはあまり目立たず功績を残している。

(4)3 月 16 日から、南米から来日した8名の公式日程が行われたが、その前の週にはアメリカ合衆国から 11 名の日系

人リーダーが来日しており安倍総理を表敬訪問している。南米からの招聘事業は一時中断しており 3 年前に再会した。

http://www.mofa.go.jp/mofaj/na/na1/us/page4_001037.html 米国日系人との会合

http://www.kantei.go.jp/jp/97_abe/actions/201503/19chunanbei_jisedai_hyoukei.html 南米日系人8名が安倍総理を表敬

訪問した時のことが掲載されている。 http://www.mofa.go.jp/mofaj/la_c/sa/page4_001064.html

安倍総理を表敬訪問した8名の南米日系人の動画 http://nettv.gov-online.go.jp/prg/prg11481.html

外務省中南米局南米課が開設した Facebook 中南米日系ネットワーク Latin America Nikkei Network

https://www.facebook.com/pages/Latin-America-Nikkei-Network- 中 南 米 日 系 ネ ッ ト ワ ー ク

-MOFA-Japan/1569594643321850?pnref=story

(5)日系人活用で中南米に進出、ジェトロセンサー, 2013.02 月号 56-57 頁

https://www.jetro.go.jp/jfile/report/07001170/cs_america_human_resource.pdf#search='ジェトロ+吉田憲'

「ブラジルー日系ブラジル人人材の架け橋、吉田憲」ジェトロセンサー2012.12 月号 70-71 頁

http://www.jetro.go.jp/world/cs_america/reports/07001132

こうした提言が後にいくつかのビジネス開拓ミッションにつながっていく。

(6)2014 年 8 月 2 日、安倍総理がサンパウロで演説した内容であり、PDF ファイルにはスペイン語とポルトガル語訳

もある。 http://www.mofa.go.jp/mofaj/la_c/sa/br/page3_000874.html

写真1 安倍総理大臣との記念写真、外務省提供

写真2 外務省南米主催の官民関係者との会議(2015.03.17)

写真3 ボリビアのサンタクルス郡イチロ県サンフアン市の伴井勝美市長。日系二世で、この 10 年この役職をつとめた。

今回、外務省招聘の一人で、彼の政治経験は他の日系人にも大きな手本になる。右は、数年前在ボリビア日本大使を務め

た白川氏です。外務省レセプションでの懇談。

写真4 国際交流基金での意見交換会 (2015.03.18)


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