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人材育成から組織変革へ—組織変革のプロセスをマネジメントする—

前回『経営センサー』(2015 年 11 月号)に寄稿した際、多くの企業において、さまざまな組織課題の解決策が旧来型の研修に偏っていることについて述べました。同時にそこから脱却するために、以下のような提言を致しました。1. 組織や個人が持っている固定概念を取り除く工

夫を行うこと (経験は財産にも不良債権にもなりうるので、固定概念を取り除きながら、新たな知見を取り入れる余地を創り、互いの経験を活かし合える場づくりが重要です)

2. 単なる研修から脱却するためにも、成人学習の考え方を理解し、学習のプロセスを丁寧に実行すること (単なる個人の「気づき」で終わっていてはいけない。気づきから深い理解、実践、振り返り、習熟、定着、成果創出に持ち込む必要があります)

3. 成人の特徴である「自己決定」を促すようなプ

ロセス設計を行うこと (何の説明もなく「研修に行け!」では、強烈な

「やらされ感」を生み出します)4. ケーススタディーではなく現場のリアルな課題

を扱うこと (ケーススタディーから大切なことを学び取るためには、数百のケースを解く必要がありますが、現場のリアルな課題を教材にできれば、組織にとっても効果が大きくなります)

5. 研修講師ではなくファシリテーターを用意すること (研修講師はあらかじめ決められている内容を教え込むことが仕事となりますが、ファシリテーターは、演出家、役者、脚本、監督と多岐にわたる役回りを演じながら、参加者を最適な方向に導きます)今回は、現場の実例を踏まえて、人材開発・組

織変革の潮流をもう少し掘り下げてお伝えしていきます。

ジョイ・アンド・バリュー株式会社 代表取締役大江 功次(おおえ こうじ)早稲田大学商学部卒。青山学院大学大学院ExecutiveMBAにて、国際経営学修士号取得。日産自動車入社後、海外部門、販売会社出向、秘書室、国際プロジェクトを経て、人財開発を担当。経営改革チームである CFT(クロスファンクショナルチーム)#11「ダイバーシティ」(多様性を活用した経営への貢献)チームでサブパイロットを務める。人財開発では、日産ウェイの開発・世界展開、サクセッションマネジメント、グローバル人財開発の中核となる日産マネジメントインスティテュートの企画・運営、ルノーとの人材開発戦略を取りまとめた。2007年 11 月、あらゆる組織で一人ひとりの力を最大化し、現場で喜びと成果を分かち合う姿を実現することを目指して、ジョイ・アンド・バリュー株式会社を設立。理論ではなく実践および成果にこだわり、さまざまな「実践の場」を提供。企業の抱えるリアルな課題・問題解決支援を独自のプログラムで行っている。コンサルティング領域では、経営の質向上、変革マネジメント、ダイバーシティマネジメント、グローバル人材開発戦略を専門としている。資格はアニマル・シンキング公式ファシリテーター、ファシリテーター養成担当講師。主な実績は商社、生保・損保等金融、食品メーカー、電機メーカー、自動車メーカー、化粧品メーカー、土木・建設、エンターテインメント、広告、マスコミ、自治体など、さまざまな業界、経営層からアルバイト社員に至る幅広い対象層に対して、経営・人事、課題・問題解決コンサルティングを行っている。

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参加者の情熱を冷ます現場の抵抗最初にご相談を受けたのは、以下のようなお話

でした。「経営陣から企業で成果を出すためには、現場

と経営陣をつなぐマネージャーの強化が必要だ、との要望もあって、近年重点的に投資を行ってきました。しかしながら、参加者から以下のような声が、徐々に聞こえてくるようになってきたのです。『現場に戻って学んだことを実践しようと努力してきたつもりですが、周囲に理解者を得られず、孤立してしまいました。上司にも協力を得たいので、いろいろと相談をしたのですが、「いいからこれをやっておけ!」の一言で片づけられたり…上司も同じようなプログラムに参加するようにしてもらえませんか? むしろ、上司からプログラムに参加してもらった方がいいような気がするのですが…』この話を最初に聞いたときは、その申し出をしてきた個人の問題、つまりリーダーシップの欠如だと思ったのですが、徐々にこうした相談が組織のあちこちから聞こえてくるようになったのです。こうした声をどう扱っていったらいいでしょうか?」

多くの日本企業では、ビジネスの国際化、ダイバーシティの尊重などの外部環境の変化、あるいは、コーチングがマネジメントツールとして日本に広がりを見せたことを契機に、自社のマネジメントのあり方について再考をし、マネジメントの品質向上に取り組み始めているようです。指示統制型のマネジメントから、協調・個性を活かすマネジメントへと。その流れを受けて、次の時代を担う、あるいは現職のマネージャーの方々を中心に投資を行っているのですが、現場に戻ったところで、そうしたプログラムを受けていない方々の洗礼を浴び、組織変革に頓挫してしまう。そんな事例が多いようです。

ここで、クルト・レヴィンという学者を紹介させて頂きたいと思います。レヴィンは、1947 年に逝去されていますので、彼が提唱した考え方は、もうずいぶんと昔のものになり、統計的に裏づけら

れた理論ではないものの、どことなく人間や組織のことをうまく描写していると思いますので、彼の提唱した組織変革のプロセスをご紹介します。

解凍→移動→再凍結レヴィンは、組織変革を達成するためには、そ

の組織、あるいはグループの信念や態度、価値観を解凍し、変化(移動)させ、新たな形で再凍結する、という複雑で段階的なプロセスが必要だと考えていました。

最初の解凍の段階では、通常グループディスカッションを行い、そこで参加者各個人が、自分の考えと違う他者の考え方に触れ、少しずつ他者の視点を取り入れつつ、自分の考えに少しずつ適応させるアプローチを取ります。

その個人の考え方や行動の変化が少しずつ他のメンバーにも伝わり始め、組織としての考え方や行動が変わり始めます。それを「移動」と呼んでいます。

組織に属するメンバーの 3 割程度以上が、「移動」のプロセスに入りこむと、新たな考え方や行動が、今までのものにとって代わるようになり、新たな常識として根づき始めます。これを「再凍結」と呼びます。

このレヴィンの考え方を先ほどの事例に当てはめるとすれば、どんなことが言えるでしょうか?恐らく、マネージャーの方々を集めたワークショップでは、解凍→移動→再凍結のプロセスが、設計上織り込まれていて、参加者の方々の考え方や、行動を変革に導くことができたのだと思います。しかし、本来は現場でも同じように 3 割程度の方々が新しい考え方や、やり方について、「そうだね」「やってみてよかったね」と言って頂ける状況を創り上げるまでの、組織変革プロセスを設計する必要があったということになります。

こうした事例、つまりある階層に投資を行い、その対象者は考え方、行動を変えようと努力しているのだけれども、現場にはびこる何かしらの慣習が、その変化を拒んでいる。結果、元の状態に

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戻るというよりも、変革に携わって努力した方々が、結局何も変わらない…という無力感を味わって、むしろ組織の状態が悪化している、ということがあるようです。

こうした負のサイクルから脱却することはできないのでしょうか? レヴィンの考え方を踏襲すれば、ポイントとなるのは、解凍から移動へのプロセスで、ここで組織におけるある程度の人数、3割程度が新しい考え方や、行動を実践に移せば(早く目に見える成果を出す必要がありますが)、再凍結に持って行くことができるはずです。

とある企業の事例となりますが、こうした組織変革のプロセスをうまくマネージしているケースをご紹介します。

複数の階層が同じプログラムに参加して、共通言語、組織文化を創り出す

こちらの企業では、係長およびシニアマネージャー向けに、それぞれの立場に応じた課題を設定し、1 年間を通じて解決するプログラムが実施されています。最終発表会で求められることは、あくまで成果、業績の向上であり、「~の提言」といった生易しいものではありません。ここまでは、よくあるとは言わないまでも、最近少しずつ増えてきた人材開発および組織開発を同時に成し遂げる方法なのですが、こちらの企業が他の企業と一味違うところは、プログラムの参加者の上司も、同時にプログラムに参加して、論議に加わる点が新しい点です。

具体的には、係長向けのプログラムには、その上司となるマネージャーやシニアマネージャーの方々、加えてその方々を統括されている部長の方々、加えてその事業の責任を負っていらっしゃる事業部長が同席されます。シニアマネージャー向けのプログラムには、上司である部長とその上司となる事業部長が同席されます。

つまり、全員で学び、全員で考え、行動を取っているのです。もちろん、上司の方々が、論議に

加わると言っても、参加者の発言を遮って、持論を展開するわけではありません。参加者(係長であれ、シニアマネージャーであれ)に徹底的に考えさせ、視点を上げ、視点を広げるための「問い」、参加者が発表した根拠の曖昧さや、論理的矛盾を指摘する「問い」を行っています。(決して「詰問」ではありません。)

詰問とならない理由は、上司の方々が全員プログラム開始前に、どのような思想に基づいてプログラムが設計されているのか、従って、上司はどのようなアプローチが求められるのか、具体的な場面を想定した場合、どのような質問が効果的だと考えられるか、部下の考えていることを引き出すには、どのように傾聴し、どのような質問を組み合わせれば良いのかなど、事細かくトレーニングを受けられているからです。またそのトレーニングも一過性のものではなく、継続して実施されています。

本年度のプログラムが開始されてから半年程度が経過していますが、着実に成果に近づいている様子が分かります。何より同時に参加頂いている上司の方々からそうした手ごたえを共有して頂けています。最初にこの活動がスタートしたのは、もう 3 年前になりますが、着実に組織の文化が強化されていることが肌感覚で分かります。

今回は、人材育成を組織変革にどうつなげていくのかという観点で、事例をご紹介致しました。もちろん組織変革を行うための手段は、これだけにとどまりません。人事制度の変更や、組織診断の実施、それらを統合した総合的な施策など、さまざまな手段が考えられます。大切なことは、その企業の実態をよく把握した上で、いつまでにどのような状態であることを目指すのか、目的と目標を決めた上で、考えられる施策を最適な形で組み合わせて実施することなのだと思います。そうした意味において、人材開発、組織変革を実りあるものとするためには、計画の質、現場の巻き込みが重要であるとあらためて感じた次第です。

人材育成から組織変革へ


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