Transcript

20

母親の勧めで先代社長が創業種雄牛「藤花」が高い評価

鹿児島県は黒毛和牛の出荷頭数が日本一のシェアを誇り、肉質に優れた「鹿児島黒牛」の評価は市場において高い評価を受けている。鹿児島は日本で一番の和牛王国でもある。その優れた和牛の生産には血統が重要で、TPP対策として国内の牛肉の品質を高めて輸入肉と差別化するとともに、海外への輸出を促進するためには、産肉能力の優れた種雄牛をいかに選抜し、造成していくかにかかっている。羽子田人工授精所では優秀な種雄牛を飼育し、そのDNAを県内だけでなく全国の畜産農家に供給している。

同社は1962年、羽子田幸一社長の父親・幸雄氏が創業した。幸雄氏は鹿屋工業高校建築科を卒業し、設計士になるのを夢見て地元の山佐産業に就職したが、創業間もない会社では毎日、山から木を伐り出す作業ばかり。会社を辞めて都会に出ようと考えたが、父親が戦死して母親と2人だけで、親戚に反対されたこともあり、地元に残って職探しをせざるを得なかった。役場の技術員から「人工授精師という仕事がある」というアドバイスをもらい、県の畜産試験場の講習所で家畜人工授精師の資格を取得。さらに自分で牛を飼い、牛が大好きだった母親が

「種牛をやってみたらどうか」と幸雄氏に持ちかけたのがきっかけで、種雄牛の人工授精所として創業した。「種牛屋としては、うちは県内では新参者。その

当時はちょうど転換期で、自然交配から人工授精に移る時期だった。1頭目、2頭目に導入した種雄牛は早く死んだりして失敗したものの、鳥取県から導入した3頭目の『藤花』が大当たり。鹿児島県の中でもトップクラスの育成頭数を誇り、県の品評会に出品される3分の2は藤花の子という時期がかなり長く続いた。いまでも県の名牛と呼ばれる牛にはほとんど4代、5代前に藤花が入っている。藤花の後は同じ鳥取県から導入した『若藤』が大当たりした」

(羽子田社長)

約30頭の種雄牛を飼養している羽子田和牛人工授精所

  活気みなぎる企業を訪ねて

元気企業訪問シリーズ

Vol.35

そ う し ん 元 気 発 信

社長 羽 子 田 幸 一  氏

有限会社羽子田人工授精所□所在地 曽於郡大崎町假宿3416□設立  昭和48年□資本金 300万円□売上高 4億円□従業員 10名□電 話  099(476)0122□FAX   099(476)0019

(大崎支店お取引先)

肉用牛のDNA提供をベースに、肉用牛の生産・肥育、販売、

  

飲食店経営、芸能事務所まで幅広い分野で臨機応変の経営

21

全国の畜産農家にDNAを供給している種雄牛「隆之国」

変化やリスクに対応しながら「臨機応変」を基本に経営

有限会社羽子田人工授精所の会社設立は73年。羽子田社長は鹿屋農業高校畜産科を卒業した後、そのころ種雄牛の本場といわれていた鳥取県の畜産試験場に2年間入り、21歳から家業を手伝い、27歳から実質的に経営に携わり、2014年に社長に就任した。家畜人工授精師に加え、家畜受精卵移植師の資格も取得している。

同社で現在飼育している種雄牛は30頭。優れた肉質はもちろん、「丈夫で飼いやすい」「受胎率が高い」牛づくりをモットーにしたDNAの供給に取り組んでいる。その中でも03年に生まれた「隆之国」は特筆される。全国に広がる「隆之国」産子の牛肉は、東京芝浦市場や横浜食肉市場でも和牛本来のうま味を持つ肉として定評があり、有名ブランドの素牛としても定着している。「わが社は、他があまりやらない系統で競争することが

特徴で、この20年近くやってきた。おかげで成功したと言える」と羽子田社長。「いま人気のある牛に合う精液を提供することで飛躍的に使ってもらう率は高まる。人もニーズも流行もいろんなものが常に流動する。その変化に対応して、その時その時に必要とされるDNAを提供していくことが重要。口蹄疫や狂牛病のように急にどんなことが起こるか分からない。それらリスクにも対応していかないといけない。TPPも転換期と捉え、笑って乗り越えられるような気持で取り組みたい」。羽子田社長は「臨機応援」を基本ポリシーに経営に当たっている。

地元農家や企業とタイアップ「大崎牛」ブランドを情報発信

羽 子 田 人 工 授 精 所 ではDNAの供給だけでなく、地元農家や企業とタイアップしながら「隆之国」

「大崎牛」ブランドの肉用牛の生産から肥育、飲食、販 売 ま で 手 掛 け て い る。地元大崎町の道の駅「あすぱる大崎」のレストラン「ロカヴォール」ではプロデュース役として参画し、大崎牛など地元の農水産物をふんだんに使った料理を提供。同町内の焼肉店「たかしや」と提携して、町のふるさと納税の返礼品として大崎牛の焼肉セットやステーキ肉、もつ鍋セットなどが高い人気を誇る。霧島市国分中央では直営店「焼肉 牛大陸」を出している。

最初は食材提供から始まり、3年前から経営に関わっている東京都千代田区のフレンチレストラン「ABO」では、「ロカヴォール」とほぼ同じようなメニューを提供しているが、特に大崎牛のハンバーグが好評。テレビなどで活躍している川越達也シェフの番組では、それまで300店の中で99点が最高得点だったが、ABOのハンバーグが101点という最高記録を更新。大崎牛の知名度を上げた。ちなみに店名は「安全安心・美味・大崎」のローマ字の頭文字にちなんでいる。

「肉用牛のブランドは普通、子牛から始まるが、大崎牛は一番の本元であるDNAから始まる。大崎で生まれたDNAを大崎の生産農家が使い、大崎で生まれ、大崎で肥育された大崎牛は、最初からトレーサビリティー(生産履歴)がはっきりしているので、最も安全・安心だと言える」と羽子田社長。大崎牛出荷グループの飼養頭数は約3000頭。東京に毎月送っており、今まで松阪牛などを扱ってきた老舗や名店が大崎牛を次々と扱い始めるなど、人気は高まっている。

ABOの2階に昨年10月、専用キッチンを設け、国内では一番厳しい日本イスラーム文化センターのハラール認証を受け、日本在住やインバウンドのイスラム教徒向けのメニューを提供している。店内で鹿児島県町村会の町村長や県選出の国会議員らが集まり、ハラールについての勉強会を開いたり、外務省などのイベントや団体観光客向けにハラール弁当の注文を受けるなど、実績を着実に上げている。

これを手始めに、海外展開にも積極的。まずは20年の東京五輪を目標に、食材や食品提供などオリンピックに食として関わっていくことを目指し、さまざまな商品を総合的に扱う株式会社HANETA(本社・大崎町)を今年1月に設立した。海外での店舗展開も昨年から動き始め、まずはシンガポールへの進出を計画している。「どういう店舗にするかはまだ決めていないが、和牛を和食と捉え、あえて和食に挑戦するのもありかなと考えている。海外の人に合わせたものを臨機応変に考え、おいしく食べてもらえるものを提供していきたい。農業は最終的には食。消費者においしいと思ってもらえるものを目指していけば、TPPやさまざまなアクシデントがあってもやっていける」(羽子田社長)

シンガポールの次はドバイ、最終的にニューヨーク進出を計画。さらに東京都内で焼肉店やハラール対応のラーメン店など食に関して4業態ほどに分けて約100店舗のFC展開も構想する。「大崎牛だけではなく、地元の野菜や果物なども含めて『大崎クオリティー』のアンテナショップとして位置づけたい」(羽子田社長)。昨年8月にはH&Sエンターテイメント(東京)という芸能事務所を設立。映像制作のほか鹿児島からスターを輩出し、鹿児島のPRにつなげたいと言う。このほか「クラウドネット」(食らうどネット)で商標登録し、通信販売事業を計画するなど、7社の複合企業体としてさまざまな分野で事業を展開。「地方創生の一翼を担い、田舎から上場企業を目指したい」(羽子田社長)と意欲に燃える。

大崎牛の2種類のハンバーグとニンジンスープ

羽子田人工授精所が販売元の隆之国和牛ライスバーガー


Top Related