Transcript
Page 1: 語彙知識と語彙指導を考える · 語彙知識へのアクセスの速さ,すなわち単語 の認知速度のことである。 上記の3 種類の語彙知識については,それ

2

1. はじめに学習指導要領の改訂に伴い,中学校で指導する語彙はこれまでの 1200語程度から 1600~ 1800語程度と大幅に増える。それに加えて,小学校において外国語が教科として導入されることに伴い,小学校で学ぶ語彙が 600~ 700とされ,小学校から中学校までの学習対象となる語彙数を単純計算しても,これまでよりも 1000~ 1300語の増加となる。これを限られた授業時数の中で指導することになるため,中学校英語科の授業における語彙指導が以前にも増して重要性を帯びてくることになる。したがって,語彙指導をどのように行うか,その指導のあり方を工夫することは喫緊の課題となる。本稿では,まず最初に,語彙知識とはどのような知識なのか,言い換えれば,単語を知っているとはどういうことなのかという,語彙指導,語彙学習に関わる根源的な問いについて考え,その上でその知識をどのように伸ばしていけばよいのかについて考察してみたい。

2. 語彙知識を考える語彙の知識が言語能力の発達における必要不可欠な知識であることは言を俟たない。幼児の母語習得を見ても,その初期の段階から,彼らは自分の周囲の目に入るものを指さしてその名前を発音したり,その名前を聞いて反応をしたりする。これはとりもなおさず,言語習得が語彙の習得から始まることを示すものである。それでは,語彙知識があるとは具体的に何を知っていることなのだろうか。すぐに頭に思い浮かぶこととしては,例えば単語の意味を知っているとか,発音の仕方を知っている,

あるいはスペリングを知っているといったことがあげられる。しかし,これだけでは実際の言語使用のための知識として十分ではないことは明らかである。単語の意味といっても,一つの単語にはいくつもの異なった意味があり,それらが場面・文脈でどのように使い分けられるのか,また,他のどのような単語・語句と一緒にどのように使われるのか,というコロケーション(collocation)や統語規則がわからなければ,実際には使えない。さらには,ある単語や表現が,正式な場面で使われるものなのか,友人や家族など親しい間柄で使われるものなのか,あるいは主に書き言葉で使われるものなのか,話し言葉でも使われるものなのかなど,いわゆる社会言語学的な知識や,使用域(register)に関する知識などが必要になる場合もあろう。このように一口に語彙知識と言っても,そこには様々な下位知識が含まれていることがわかる。

2.1 受容語彙と発表語彙語彙知識は,それが実際の言語使用の際どのように活用されるかという観点から,大きく受容語彙(receptive vocabulary)と発表語彙(productive vocabulary)に分けて理解される。受容語彙とは,単語を聞いたり読んだりしたときにその意味が理解できる語彙を,また発表語彙とは,伝えたい意味を適切な発音や綴りで表現できる語彙のことを言う。受容語彙と発表語彙の知識はそれぞれ独立した別個の知識体系ではなく,受容語彙から発表語彙にいたる連続体をなしているものと考えられるのが一般的である。すなわち語彙知識は,まず受容語彙知識として身につき,それが徐々に発表語彙知識へと発達していくと考え

野呂 徳治弘前大学教授 

語彙知識と語彙指導を考える

語彙指導の工夫

教研英語131.indd 2 2018/04/10 13:40

Page 2: 語彙知識と語彙指導を考える · 語彙知識へのアクセスの速さ,すなわち単語 の認知速度のことである。 上記の3 種類の語彙知識については,それ

3教科研究 TOTAL ENGLISH No.131

られている。したがって,通常は受容語彙の方が発表語彙よりも多くなるが,個人によってはある単語のある特定の意味に関しては発表語彙であるが,同じ単語の別の意味については受容語彙レベルにとどまっている場合もあり得る。また,受容語彙知識と発表語彙知識は相互に補い合っていることなども指摘されている。これらのことを踏まえ,望月他(2003)は,単語を受容語彙,発表語彙に区別して指導する場合もあることを認めた上で,まずは高頻度の語に対して親密度を高めていく必要性を指摘している。同時に受容語彙知識から発表語彙知識への発達は,学習者個々の言語使用上の必要性がその重要な要因の一つとなることも忘れてはならない。

2.2 語彙知識の「広さ」,「深さ」,「流ちょうさ」語彙知識は,それがどれくらい発達してい

るかを測定する際に,さらに三つの観点から分類することもできる。すなわち語彙知識の「広さ」(breadth),「深さ」(depth),「流ちょうさ」(fluency)である。「広さ」は,どれくらい多くの単語を知っているかという,知識の量を問題にするもので,いわゆる語彙サイズテストと呼ばれるテストで測定される。「深さ」とは,ある一つの単語をどれだけよく知っているかという,いわば知識の質に関わるものである。例えば,ある単語の複数ある意味のうちのどれくらいを知っているかや,その派生語,あるいはコロケーションや統語規則などの知識である。「流ちょうさ」は,語彙知識へのアクセスの速さ,すなわち単語の認知速度のことである。上記の 3種類の語彙知識については,それ

ぞれ異なる様々なテストが提案され,その知識量の測定がなされている。ただし語彙の指導にあたっては,これらの正確な測定よりも,語彙知識のどの側面に働きかけ,その発達を促そうとするのかを意識し,それを考慮した指導を展開することが重要であると考える。

3. 語彙指導を考える3.1 語彙はどう学ばれるか語彙知識の発達を促す指導はどうあるべきなのか。言い換えれば,生徒に単語を覚えさせるには何をすればよいのか。単語の学習は,結局のところ「暗記」するしかないのであろうか。まずは語彙の「学び方」について考えてみる。語彙学習は,大別すると意図的学習

(intentional learning)と偶発的学習(incidental learning)の二つに分けられる。前者は,語彙学習それ自体を直接の目的として行う学習であり,教師または学習者により文字通り「意図」され,計画的に行われるものである。一方後者は,語彙学習を直接的な目的とはしない言語使用を通して,「偶発的」に語彙知識が発達するような学習を指して言う。望月他(2003)は,両者の区別は明確なものではなく,例えばリーディングを通して偶発的に学ばれた語彙を単語帳などに整理することで意図的に学習したり,単語の問題集などで意図的に学習した語をリーディング教材の中で目にし,その知識が定着するというように,両者は相互補完的に語彙習得に貢献することが考えられるとしている。これについては次節でその指導のあり方について詳しく検討する。

3.2 語彙学習方略と語彙指導語彙学習方略については様々なものが提案されているが,代表的なものとしては,繰り返し方略,辞書を活用した方略,文脈から推測する方略,発音が似ている語と関連づけて記憶するキーワード法などが挙げられる。ここでは,中学生を対象とした語彙指導として辞書方略と文脈からの推測方略をとりあげ,その意義と効果について考察する。辞書方略を活用した語彙指導は,語彙に意識的に注意を向けさせ,意図的学習を促すという意味においては,英語学習の初学者レベルにある中学生にとっては語彙知識の基礎固

教研英語131.indd 3 2018/04/10 13:40

Page 3: 語彙知識と語彙指導を考える · 語彙知識へのアクセスの速さ,すなわち単語 の認知速度のことである。 上記の3 種類の語彙知識については,それ

[特集]語彙指導の工夫

4

めをするためにも有意義な指導であると考えられる。最初は,辞書に記載されている様々な語彙情報にふれさせ,それを一つずつ読み解きながら,単語を知っているということが単に訳語やスペリングを知っていること以上の多様で複雑なものであることを理解させる。その上で辞書を「読み込む」経験をさせることで,徐々にその使い方に習熟し,やがて自分がその時に必要な情報を選択的に入手することができるようになることが期待される。辞書方略の活用による語彙指導は,語彙知識の「深さ」をもたらすものであると言えるであろう。文脈からの推測方略を活用した指導については辞書方略と併せて行いたい。リーディングやリスニング活動の際に,意味のわからない単語をすぐに辞書で引くのではなく,まずその言語使用場面も含めた言語的・非言語的文脈からその語の意味を推測したり,文構造やコロケーションから文法的な働きや品詞などを推定したり,あるいはスペリングや音形から派生語・関連語の類推を通して,未知語の意味を推測しながら文章や発話全体の意味内容の理解へと導いていく。文脈推測方略を活用した語彙指導は,偶発的な語彙学習として語彙知識の「広さ」をもたらすことが期待される。同時に,生徒が行った推測が実際に正しいかどうかについて,辞書を活用した語彙指導を通して生徒に検証させ,間違っていた場合にはその語の正しい意味や品詞・語法などをあらためて確認させ,自身の理解を修正させることで,意図的な語彙学習としてより「深い」語彙知識へと発達させていくことができる。辞書活用方略と文脈推測方略による指導は,それぞれ語彙指導におけるボトムアップ・アプローチ,トップダウン・アプローチの観点から捉えることができる。前者は,個々の単語・熟語の意味や用法について辞書を参照しながら,それらの語句が含まれる文や文章の

意味内容の理解を図ろうとするものであり,部分から全体へと言語認知処理が進むプロセスととらえることができる。一方後者は,言語的文脈はもとより,非言語的文脈も含めた広い意味での文脈に表出される意味内容から個々の単語・熟語の意味・用法を推測するという,全体から個に還元するプロセスとみることができる。語彙指導の際は,両者を互いに独立した形で行うのではなく,相互補完的,相互往還的に進めていく,いわゆるインタラクティブ・アプローチが望ましい。この指導を通して語彙認知の「流ちょうさ」を発達させ,受容語彙知識,発表語彙知識を伸ばしていくことが期待されるのである。

4. 終わりに語彙知識は一足飛びにその伸張が期待できるものではなく,長い時間をかけて培われていくものである。さらに言えば,学習者が目標言語に直接的に,また間接的にどれくらい接する機会を持てるか,そして自分自身にとって本当に意味のある言語使用をどのくらい経験できるかによるところが大きい。生徒の語彙知識の発達を図るためには,目標語彙に生徒がこれまでどのような場面で,どのような言語使用を通して,どれくらい接してきたのか,それは今後どのような言語使用につながる可能性があるのか,生徒にとってその語を学ぶことにはどのような意味があるのか,といったことを考慮に入れた,多面的で複眼的な語彙指導の設計と実践が望まれる。

<参考文献>望月正道・相澤一美・投野由紀夫(2003)『英語語彙の指導マニュアル』大修館書店堀田誠・平野絹枝(2014)「日本人学習者の語彙学習方略」『全国英語教育学会第 40回研究大会記念特別誌 英語教育学の今―理論と実践の統合―』pp.156-159.

教研英語131.indd 4 2018/04/10 13:40


Top Related