安藤建設技術研究所報 Vol.10 2004
67
1.はじめに
昨年度実施した鉄筋コンクリート壁のひび割れ誘
発目地に関する要素実験では、ひび割れ誘発目地を
構成する躯体の欠き込み深さ(目地深さ)と、引張
り応力作用時にコンクリートの付着を断ち断面欠損
部として作用する誘発材の種類・形状とその壁厚方
向長さの組み合わせの選定を行った。目地深さと誘
発材の壁厚方向長さの合計を壁厚で除した値を断面
欠損率(%)で表記するとき、要素実験では、誘発
材の種類によらず断面欠損率が 20%の最小値の試験
体で目地内にひび割れが確認できた。また、誘発材
には、塩ビパイプ・半割塩ビパイプ・モルタルバ
ー・塩ビフラットバーを用いた。要素実験の試験体
は、壁厚および壁横方向長さはほぼ実大ではあるが、
壁高さ方向は、380mm と実大ではなく、特に誘発材
の取付方法は、試験体専用の暫定的処置としている。
そこで、誘発材の種類の絞り込みには、実施工では
ある程度高さ方向に長い状況下におけるハンドリン
グのしやすさ、取付方法、精度確保等の観点から、
フラットバータイプの誘発材が優れていると判断で
き、加工性も考慮して実大実験では鋼製フラットバ
ー(以下 FB)を採用することとした。
誘発材に FB を採用するに当たり、所要性能を保
持できる実用的な取付方法を提案し、実証すること
キーワード:鉄筋コンクリート/耐震壁/ひび割れ誘発目地/誘発材/断面欠損率/実大実験
Experimental Study on Crack-Inducing Slit in RC Shear Wall
鉄筋コンクリート耐震壁のひび割れ誘発目地に関する実験的研究
要 旨
ひび割れ誘発目地付き耐震壁に関する研究の一環として、実大試験体を用いてひび割れ誘発目
地部の誘発材取付方法の検証、およびひび割れの発生状況の観察を行った。誘発材には鋼製フラ
ットバーを用いて取付実験を行い、断面欠損率が 20%および 30%の 2 体の試験体でひび割れ観察
を行った。誘発材の取付は、策定した方法が妥当であることが確認できた。ひび割れは、2 体と
も誘発目地に最初に発生するが、目地以外にも分布することが観察された。ただし、誘発目地部
のひび割れ幅は、0.3mm 以下であった。
AbstractTest on real scale model was used as a part of the research on shear wall with crack-inducing slit. The
verification of the inducing material installation method of the crack inducing slit and an observation of theoccurrence conditions of the crack were performed. A steel flat bar was used for inducing material and an
installation experiment was performed. The crack distribution was observed in two test models with 20% and30% section loss rates, respectively. We could confirm that the planned method was appropriate for installinginducing material. A crack occurred at first in the slit two models, then it was observed besides the slit.However, the crack widths of the slit were less than 0.3mm.
桜井 徹* 安部 弘康* 立山 創一* 石川 伸介* 宮野 洋一**
ひび割れ誘発目地付き耐震壁の実大実験
by Toru SAKURAI, Hiroyasu ABE, Soichi TATEYAMA, Shinsuke ISHIKAWA and Yoichi MIYANOTest on real scale model of RC shear wall with crack-inducing slit
* 技術研究所材料施工グループ
** 建築本部技術部門
安藤建設技術研究所報 Vol.10 2004
68
を本実験の目的の一つとした。
また、要素実験における断面欠損率が 20%で目地
内のひび割れが確認できた結果を踏まえ、実大試験
体においても再現できるか否かを確認する目的で、
断面欠損率 30%の標準試験体に加えて、断面欠損率
20%の試験体も計画した。所定の取付方法で施工さ
れた誘発目地が、その性能を満たすことを確認する
ため、コンクリート打設後の試験体のひび割れ観察
を行った。
2.実験概要
2.1 試験体
図 1 に試験体コンクリート寸法図、図 2 に配筋詳
細図、図 3 に FB 取付詳細図を示す。鉄筋量は
0.63%(横筋全断面積/壁全断面積)である。目地
の配置は文献[1]に準拠し、壁面縦方向に両側の柱
際から 250mm の位置と中央部に目地間隔 3m で計
画した。断面欠損率の違いを検証するため、同形
状・同配筋の試験体を断面欠損率 30%(FB 幅
38mm)と 20%(同 19mm)の 2 体製作した。また、
FB 取付金物は、φ9mm の全ネジボルトを L 型に折
り曲げ加工したものを、長さ 3000mm 厚さ 4.5mmの FB に端部を含めて@200mm の等間隔で隅肉溶接
し、高ナットを介してもう一本の L 型全ネジボル
トを接合して一組とし、壁筋の内側に内接させ壁筋
に支持させることとした。
2.2 施工手順(計画)
目地を含めた、一連の施工手順を以下のように計
画した。
a.ベース筋・柱主筋・壁差し筋の配筋
b.ベース型枠建て込み
c.ベースコンクリート打設
d.壁筋の配筋
配筋後、幅止め筋および所要かぶり厚さ用のプラ
スチック製スペーサを所要間隔に配置する。
e.柱型枠建て込み
f.外部側壁型枠建て込み(目地棒取付済み)
g.FB の取付
①外部側型枠の目地棒を案内定規として、内・外
部両側の壁横筋に対して下げ振りを用いて FB 位置
の墨出しを行う。FB 位置の墨より D10 仮設縦筋の
位置の墨出しを行う。
②外部側の壁横筋の内側に D10 仮設縦筋を配筋
し、壁横筋との交点を全結束する。
③FB に全ネジボルトを@200 で隅肉溶接したも
のに、高ナットおよび相対する全ネジボルトをねじ
込み、FB が位置墨に合致するように、②で配筋し
た D10 仮設縦筋と FB 側(外部側)全ネジボルトの
L 型部分との交点を全結束する。
④内部側全ネジボルトの出を、内・外部両側の壁
横筋の内法寸法に合わせて調整する。
⑤内部側の壁横筋の内側に D10 仮設縦筋を配筋
し、壁横筋との交点を全結束する。
⑥⑤で配筋した D10 仮設縦筋と内部側全ネジボ
ルトの L 型部分との交点を全結束する。
h.内部側壁型枠建て込み(目地棒取付済み)
型枠の組立には、締付け金物として通常用いられ
る打ち放し用丸セパレータおよび P コンにより、
所要壁厚を確保することとする。
i.梁筋の配筋
j.梁型枠建て込み
k.柱・壁・梁コンクリート打設
①コンクリートはポンプ圧送とする。
②φ40mm 棒状バイブレータを 1 本使用して締め
固める。この際に、誘発材および目地棒に直接バイ
ブレータが接触しないように留意する。
③せき板表面を木槌でたたき、締め固めの補助を
行う。
l.コンクリート養生
m.型枠脱型
2.3 コンクリート(調合計画)
a.呼び強度:30(N/mm2)(Fc=24,ΔF=3,T=3)
b.スランプ:18(cm)
鉄筋コンクリート耐震壁のひび割れ誘発目地に関する実験的研究
69
図 2 配筋詳細図
図 1 試験体コンクリート寸法図
100
800
100
8003000 3000
8300 250250
3000
800
600
4400
150 150
500 500
外部内部
7300
B 断面図
500
2010
010
010
25
15
20
11外
部内
部
目地部詳細図
3030
F.B.- t*B
2250
横筋L2=2700
600
横筋継手芯
横筋L1=5500
2250
600
目地
芯
目地
芯
目地
芯
横筋
D13
@20
0ダブル
100
100
縦筋D13@200ダブル150
STP□D13@20050
50STP□D13@200
HO
OP□
D13
@10
050
50
ベース主筋上下8-D22
梁主筋上下4-D22
柱主筋12-D22
継手
長さ
:60
0
1000
横筋継手芯
(断面欠損率30%:FB-4.5*38)( 同 20%:FB-4.5*16)
100
800
100
8003000 3000
8300 250250
3000
800
600
4400
1000
150 150
500 500
外部
120110
7300
外部
内部
120
110 23
0
500
250
250
100
100
800
100 800 1008003250 3250250 250
100
100
800
A
B
B
B
AA
断面図
断面図
500
2010
010
010
25
15
20
11
外部
内部詳細図参照
目地部詳細図
290 280
100230100
140 130
内部
安藤建設技術研究所報 Vol.10 2004
70
3.実験結果および検討
3.1 施工要領(FB の取付要領)
a.FB の加工性について
・ FB は厚さが 4.5mm で、板幅は 38mm と
16mm の 2 種類、長さは 3000mm とした。FBの加工としては長さの切断のみであり、問題
ない。
・ 全ネジボルトの加工は、長さの切断および
90°折り曲げであり、これらも問題ない。
・ 全ネジボルトを FB に隅肉溶接する場合には、
FB の長さ方向に対して全ネジボルトの折り
曲げ部が直交すること、および折り曲げ部の
内法と FB の端部が一致していることが重要
である。精度管理上、前者は誤差が吸収でき
るが、後者は取付用の仮設縦筋に内接させる
必要上、後者の精度確保に重点を置く。
b. FB の取付方法について
・ 位置決めは、先行して建て込まれた型枠の目
地棒を定規として墨出しに利用することで、
精度良く行うことが出来る。
・ 本取付金物は壁厚方向の長さの微調整を可能
としたため、壁横筋の内法寸法を精度良く確
保できる。施工のばらつきにも対応できる。
・ 取付用仮設鉄筋と壁横筋、ならびに取付用仮
設鉄筋と取付金物は、それぞれの交差点をな
まし鉄線での結束のみで堅固に固定でき、特
殊な工具、技術者は不要である。
・ 外部側、内部側とも、取付用仮設鉄筋は全ネ
ジボルトとの交点をなまし鉄線での結束を想
定していたが、外部側(すなわち FB を溶接
した側)ではボルトの出入り調整の必要性が
ないので、あらかじめ全ネジボルトとの交点
を隅肉溶接しておくことで、現場での1工程
省略が可能となることが判った。取付用仮設
鉄筋先付けの概要図を図 4 に示す。
図 3 FB 取付詳細図
外部
内部
1010
010
020
30
10㎜
程度
25
壁筋D13
壁筋D13
取付用仮設縦筋D10
取付用仮設縦筋D10
全ネジボルトφ9㎜高ナットL=40㎜
F・B
L=
40㎜
隅肉溶接
30
10㎜
程度
L=
40㎜
(t4.5*B)
F・B- t4.5*幅B
B
高ナットL=40㎜
全ネジボルトφ9㎜
30
F・B- 厚4.5*幅B B=38(断面欠損率 30%)
)B=16(断面欠損率 20%
20
11
15
鉄筋コンクリート耐震壁のひび割れ誘発目地に関する実験的研究
71
c.打設時の目地棒および誘発材の挙動
・ コンクリート打設中、目地棒および誘発材あ
るいは壁筋については移動・変形等は観察さ
れなかった。
・ 計画では、取付金物の間隔を@200mm とした
が、取付後の状況から判断して@200mm より
大きい間隔でもコンクリート打設時の施工荷
重に対して十分安全であると考えられる。本
実験の FB 厚さおよび壁厚程度・取付方法で
あれば、最小間隔は@300mm が可能と考えら
れる。
3.2 コンクリート試験結果
a.フレッシュコンクリートの性状
① スランプ:20.0(cm)
② 空気量:4.0(%)
b.圧縮強度(N/mm2)
各材令における圧縮強度試験結果の一覧を表 1 に
示す。
表 1 圧縮試験結果(N/mm2)
4 日
(型枠脱型時) 7 日 28 日
現場水中 22.9 27.4 36.1標準水中 22.6 29.0 36.0
3.3 ひび割れ発生結果
試験体の材令にともなうひび割れ発生状況の概要
を表 2 に示す。材令 13 日に最初のひび割れが両試
験体の内部および外部とも中央目地部下方に発生し
た。その後、材令 67 日以降欠損率 30%の外部左右
目地部に続き、20%外部左右目地部、材令 108 日以
降に両試験体の内部左右目地部下方に発生した。こ
の間には、目地部以外では一部の P コン孔の周り
に、ひび割れが発生した。材令 120 日以降で、目地
部以外に P コン孔周りのひび割れが増長したもの
と思われるひび割れが観察された。材令 240 日にお
けるひび割れ図を図 5,6 に示す。ここで、ひび割
れ幅は最終の値を示す。誘発目地部に発生したひび
割れは、幅が 0.2~0.3mm であった。
また、断面欠損率の違いによるものと思われるひ
図 4 FB 取付詳細図(外部側取付用仮設鉄筋先付けの場合)
外部
内部
1010
010
020
30
10㎜
程度
25
壁筋D13
壁筋D13
取付用仮設縦筋D10
取付用仮設縦筋D10
全ネジボルトφ9㎜高ナットL=40㎜
F・B
L=
40㎜
隅肉溶接
30
10㎜
程度
L=
40㎜
(t4.5*B)
F・B- t4.5*幅B
B
高ナットL=40㎜
全ネジボルトφ9㎜
30
F・B- 厚4.5*幅B B=38(断面欠損率 30%)
)B=16(断面欠損率 20%
20
11
15
取付用仮設縦筋D10
隅肉溶接
安藤建設技術研究所報 Vol.10 2004
72
図 5 ひび割れ図(断面欠損率 30%) 上:内部 下:外部
鉄筋コンクリート耐震壁のひび割れ誘発目地に関する実験的研究
73
図 6 ひび割れ図(断面欠損率 20%) 上:内部 下:外部
安藤建設技術研究所報 Vol.10 2004
74
び割れ発生状況の顕著な差異は認められなかった。
今回の実大実験では、コンクリートの若材令時か
ら誘発目地部には貫通ひび割れが発生したが、時間
の経過と共に P コン孔を起点としたひび割れも散
見された。ひび割れ幅は小さいが、このように P
コン孔がひび割れの起点となり得ることが分かった。
P コン孔の穴埋め処理やセパレータの配置計画など
今後の課題である。
表 2 ひび割れ発生概要
材令
(日)欠損率
(%) 内外部 目地位置 発生状況
13 20・30 外・内 中央・下最初 の ひ び
割れ
67 30 外 左・下
20・30 外・内 -一部の P コ
ン孔周り
873020
外
外
右・下
左右・下
108 20 内 左右・下
117 30 内 左右・下
120以降
20・30 外・内 -
目地 部 以 外
部の ひ び 割
れ増長
4.まとめ
今回の実験より、以下の結果が得られた。
1) 誘発目地部を構成する誘発材について、FB と
適宜な取付金物を用いることで、コンクリート
打設時にも移動・変形がなくかつ特殊な工具・
技術を要しない取付方法を提示することが出来
た。
2) 計画した誘発目地構造において、ひび割れは最
初に目地部分に発生するが、目地以外にもひび
割れは分布する。断面欠損率を 20%と 30%と
変化させたが、ひび割れ発生状況に顕著な差異
は観察されなかった。
3) 誘発目地部分のひび割れ幅は、今回の実験では
0.2~0.3mm であった。
参考文献
[1]日本建築学会:鉄筋コンクリート造のひび割れ
対策(設計・施工)指針・同解説,pp45-50,2002