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Page 1: 讃岐ジオサイト(4) 長尾断層と嶽山 - Kagawa Uhasegawa/geositePDF/4nagao.pdf江畑断層 (9) 今後30,50,100,300年の 1.長尾断層とは 香川県には高松平野の南縁に長尾断層という活断

1.長尾断層とは 香川県には高松平野の南縁に長尾断層という活断

層があります。長尾断層は、香川大学斎藤実名誉教授が発見し、昭和 37 年(1962 年)に命名した香川県内最大の活断層です。さぬき市長尾町西では長尾断層が露出した崖が「長尾衝上断層」として、香川県の天然記念物に指定されています。長尾断層は香南町西庄から大川町南川に至る長さ約 24km にわたり、高松平野とその南側の花崗岩からなる丘陵との地形境界をつくっています(図1)。長尾断層に沿って、公渕(きんぶち)公園(高松市),三木町総合運動公園,長尾総合運動公園,みろく自然公園(さぬき市)があり、県民のいこいの場となっています。

2.地形・地質 長尾断層は、南側が隆起する南傾斜の逆断層で、地表の断層

露頭と反射法地震探査によると、南へ 50°前後傾斜しています(図2)。長尾断層の東端部には大川撓曲(撓曲:地表のたわみ)が、西端部には鮎滝断層という短い活断層があります(図1)。これらは長尾断層の末端の隆起部に形成された二次的な逆断層で、この隆起パターンから長尾断層は右横ずれ成分のある逆断層と推定されます。 長尾断層の中央部には讃岐層群の流紋岩から構成される二

子山,嶽山などの小山があり、長尾断層はこの付近で向きが少し南北方向に曲がっています。これは、元々直線的であった長尾断層の近くに流紋岩が貫入したため、断層が屈曲したと解釈されます。長尾断層では、中央の屈曲部が震源となって東西方向に破壊が進展する可能性が高いと思われます。

3.長尾断層が近い将来大地震を発生させる可能性は? 香川県では国の地震調査研究交付金を受けて、平成8年度に詳細な活断層

調査 3)を行いました。平成12年度には通商産業省工業技術院地質調査所が最新の活動時期を絞り込むためトレンチ調査を実施した結果、約3万年前から古墳時代(平安時代までの可能性あり)までの地層が、南側隆起の逆断層によって約 1.5m上下にずれていることが明らかになりました 4)。地表部の約 1.5mの段差は、平安時代以降に発生した長尾断層の活動によってできたものです。また、活動間隔は3万年程度なので、当分の間直下型地震を発生させる可能性はほとんどないようです(表1)5)。なお、平成 22 年度香川県埋蔵文化財センターによる高松市多肥北原遺跡発掘調査において 10-11 世紀の噴礫が発見されました。この噴礫は長尾断層の最新の活動による可能性が高いと思われます。長尾断層が地震を発生させると、断層周辺では震度 6強~7の激震となりますが、当分は大丈夫のようです。

参考文献:

1)活断層研究会:新編日本の活断層,東京大学出版会,1991.

2)長谷川修一・斉藤実:讃岐平野の生いたち-第一瀬戸内累層群以降を中心に-,アーバンクボタ No.28, pp.52-59,1989.

3 香川県:平成 8 年度地震調査研究交付金長尾断層系に関する調査成果報告書.234p, 1997.

4)杉山雄一・寒川 旭・田村栄治・露口耕治・藤川 聡・長谷川修一・伊藤 孝・興津昌宏:長尾断層(香川県高松市南方)の活動履歴-三木町氷上宮

下におけるトレンチ調査結果-.活断層・古地震研究報告,No.1,175-198,産業技術総合研究所地質調査総合センター, 2001.

5)地震調査研究推進本部地震調査委員会(2003):長尾断層帯の長期評価について,http://www.jishin.go.jp/main/chousa/03sep_nagao/index.htm

6)渡辺弘樹・長谷川修一:四国における岩盤すべりの素因としての熱水変質作用, 第 39 回地盤工学会研究発表会(新潟)講演概要集,2093-2094,2004.

7)中田高・後藤秀昭・岡田篤正・堤浩之・丹羽俊二・小田切聡子:1:25,000都市圏活断層図高松南部,国土地理院,1999.

讃岐ジオサイト(4) 長尾断層と嶽山

[作成] 香川大学工学部安全システム建設工学科 長谷川研究室 (長谷川修一,鶴田聖子) 【平成 24 年 3月 3 日発行】

香川県高松市林町 2217-20 TEL:087-864-2155,URL:http://www.eng.kagawa-u.ac.jp/~hasegawa/

* 資料の作成に当たり、平成 23 年度香川大学地域貢献推進経費を使用しました。

* この地図は国土地理院の承認を得て、同院発行の数値地図 25000(地図画像)を複製したものである。(承認番号 平 23 四複、第 57 号)

(1)活断層としての長さ(L) 約24km

(2)断層の形態 逆断層(南側上がり)

(3)1回あたりの変位量(D) 1.2~1.7m

(4)最新活動時期 9世紀以後~16世紀以前

(5)一つ前の活動時期 33,000年前以前

(6)活動間隔 概ね30,000年程度

(7)平均変位速度 0.05-0.1m/千年

(8)地震規模 マグニチュード7.1

(9) 今後30,50,100,300年の 地震発生確率

ほぼ0%

表1 長尾断層の地震危険度評価 5)

⑦香

東川

河床

の長

尾断

高松

空港

長尾

断層

鮎滝

断層

図7

図3

図5

大川

撓曲

図6

 長

尾断

層全

体図

(基図

はgo

ogl

e m

apを

使用

確実度Ⅰの活断層

確実度Ⅱの活断層

大川撓曲長尾断層

鮎滝断層

竹成断層

江畑断層

岡田断層

上法軍寺断層

中央構造線活断層系

嶽山

長尾断層

図2 香川県の模式断面図 2)

図1 香川県の活断層(活断層研究会(1991) 1)に基づいて作成,基図は google map を使用)

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4.長尾断層周辺のジオサイト

⑤トレンチ調査地点 長尾断層では平成8年度に香川県により三木町氷上

石塚と田中において、また平成 12 年度には産業技術総合研究所によって氷上宮下でトレンチ(掘削溝)調査が行われました(図3)。 氷上宮下トレンチでは、低断層崖を横断する長さ約

15m,最大幅 9m,深さ約 5m のトレンチが掘削され、長尾断層の最新の活動が確認されました。トレンチ壁面は、約 3 万年前から平安時代にいたる砂礫層,砂層,シルト,粘土層,腐植質層が南傾斜の断層によってずらされていることが確認されました。各層の上下変位は 1.1-1.6m とほぼ同じで、いずれの地層も 1 回の断層変位を受けていることがわかりました 3)。

図4 トレンチ壁面スケッチ(三木町氷上宮下)3)

トレンチ調査状況(三木町氷上宮下)

図3 長尾断層トレンチ調査地点(中田他(1999)「都市圏活断層図高松南部」の一部に加筆 7))

氷上宮下トレンチ

(平成8年,12年度)

氷上石塚トレンチ(平成 8 年度)

田中トレンチ(平成 8 年度)

⑦香東川河床の長尾断層 高松市香川町にある国道 193号線の新岩崎橋から上

流の香東川河床には三豊層群が露出しています。橋の上流側(南側)では、風化花崗岩の砕屑物起源の砂層、シルト層および腐植土層からなる三豊層群下部層が花崗岩を不整合に覆っています。本層はほぼ水平~緩く北に傾斜していますが、岩崎橋に近づくにつれ北への傾斜が 30~60°と大きくなります。また、新岩崎橋から下流(北側)に分布する礫層(三豊層群上部層)は、和泉層群砂岩礫を主体とし、新岩崎橋付近では北に約60°傾斜していますが、下流(北側)に向かうに従い緩傾斜になっています。これは長尾断層による三豊層群の撓曲構造で、長尾断層は新岩崎橋付近を通ると推定されています(図5)。

長尾断層

長尾断層による撓曲

図5 見学地点案内図(基図は国土地理院数値地図 25000「徳島」を使用)

長尾断層

地層の傾斜

長尾断層による三豊層群の撓曲

三豊層群下部層

三豊層群上部層

長尾断層

③嶽山(だけやま) 長尾断層の南側には三木町の嶽山や高松市の二子

山などの流紋岩の貫入岩体からなる残丘が、独特の景観をつくっています。二子山の流紋岩は約 1370 万年前の K-Ar 年代が報告されています 6)。 嶽山は火山岩頸で、全山流紋岩から構成される岩

峰です。高角度の流理面から、貫入面は垂直に近い高角度と推定されます。流紋岩は貫入に伴う熱水作用によって白色に変質し、一部は角礫状(火道角礫岩)となり、粘土化が進行したところもあります。嶽山は円錐形ではなく、谷が発達しています。この谷は熱水変質した流紋岩が差別侵食されて形成された可能性があります。また、嶽山は尾根部の表土が残っていません。これは、長尾断層の上盤直上にあるため、長尾断層が引き起こした直下型地震によって尾根や急斜面の表土が滑落したのかもしれません。

嶽山山頂の流紋岩

熱水変質した流紋岩

①香川県天然記念物「長尾衝上断層」露頭 さぬき市長尾名にある香川県指定天然記念物「長

尾断層露頭」は、昭和 35 年(1960 年)に香川大学農学部の斎藤実教授によって発見され、昭和38年(1963年)4月 9日に香川県指定天然記念物に指定されました。 ここでは、半固結の砂礫層の上に破砕・変質した

花崗岩が衝上しています。断層面は南へ約 45°傾斜していますが、地表に近づくにつれて 20-30°と低角度になっています。 上盤にある花崗岩はもともと硬い岩石ですが、断

層運動による破砕と熱水変質作用によって、粘土化が進行しています。 下盤にある砂礫層は、第四紀の三豊層群上部層と

推定されていますが、時代を示す化石や年代のわかる火山灰が見つかっていないため、はっきりとした年代はわかっていません。 この断層活動があったのは、砂礫層が堆積してか

らですので、第四紀(今から約 260 万年前から現在)に活動したのは確実です。しかし、この場所には、ここ数万年間に活動した証拠となる地形のずれ(変位地形)がありません。地表面の変位を示す地形は、この場所より約 100m南側を通るようです。

花崗岩

礫層 長尾断層

香川県天然記念物長尾衝上断層

②ボーリング調査・反射法地震探査地点 さぬき市長尾西には、長尾断層による撓曲の一部が比高約1mの低崖となっています。当地点で香川県が平成 8 年度にボーリングと反射法地震探査を行った結果、この地形は長尾断層を反映した撓曲であり、長尾断層は約 45°南に傾斜する逆断層であることが確認されました 3) 。

長尾断層

長尾断層の撓曲崖

④長尾断層低断層崖 三木町氷上には比高約1.5mの低断層崖があります。この低崖は、長尾断層の最新の断層活動による地表のずれで、長尾断層の地震の跡です。この地点におけるトレンチ調査によって、この低崖は、長尾断層によって撓んだ地表を段にした人工的な崖であることが確認されました。

長尾断層の低断層崖

長尾断層低断層崖

⑥長尾断層の断層破砕帯 長尾断層の破砕帯には、白色に変質した流紋岩が貫

入しています。これは、長尾断層が流紋岩の貫入前にすでに形成されていたことを示しています。 また長尾断層の上盤側(南側)にある花崗岩中に、

流紋岩の貫入に伴う熱水変質粘土が大量に形成されています。このような熱水変質を受けた岩盤は、地下に向かって掘削しても良好な岩盤が出てきません。切土工事によって地すべりを発生させることもあるので、注意が必要です。

熱水変質を受けて軟質粘土化した花崗岩


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