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国土交通省都市局まちづくり推進課 都市開発金融支援室 企画専門官 松田 賢二郎

ちづくり分野におけるSIB の活用検討についてま特集 ◦ まちづくりと官民連携/まちづくりに役立つ金融支援

1.はじめに人口減少や高齢化が進むなか、自治体の財政状況はこれまで以上に厳しくなることが予想される。このため自治体は、より効率的で最適な方法での政策実現が求められることになる。近年、このような課題の解決のために、民間のノウハウや資金を活用する、いわゆる官民連携手法が用いられることが多くなっている。例えば、官民連携手法の一つである PFI では、従来の仕様発注から性能発注への変化させることで、より民間のノウハウを活用しやすい環境を整え、効率的で質の高い事業の実施を可能としている。今回紹介するソーシャル・インパクト・ボンド(以下

「SIB」という。)も官民連携手法の一つに位置付けられるが、SIB では、PFI の性能発注を更に発展させ、「成果発注」とすることで、より民間のノウハウが活用しやすい仕組みへと変化させている。具体的には、従来の仕様発注や性能発注がこれに係る活動(アウトプット)を基準に対価の支払が行われるところ、SIB の成果発注では、サービス提供者の活動の結果、発生する成果(アウトカム)を基準として報酬が支払われることになる。一般的な SIB のスキームでは、サービス提供者が目指す成果は、行政におけるコストの削減等と連動して設定されるため、成果の達成と行政コストの削減等が同時に実現されることになる。また、SIB では自治体の関与が原則として成果の設定等に限定されることから、成果達成のための手法選択は、大きく民間に委ねられることになり、民間のノウハウが最大限に活用されることになる。前述のとおり、SIB では、サービス提供者がいかなる活動を行ったとしても、予め合意された成果が測定されなければ、報酬の支払いは行われない。つまりこれは、自治体の施策への関与が「提供する側」から「購入する側」へと変わることを意味し、自治体の行政施策への関わり方を変える仕組みでもある。

この SIB については、現在、複数の省でそれぞれの領域における活用方法についての調査・検討が進んでいるところであるが、当省でも、まちづくりにおける新たな手法による金融支援として、活用可能性を検討するとしていることから、以下において、SIB の概要とまちづくりへの活用方針についてコメントする。

2.SIB とは(1)SIB の定義SIB とは、一般的には、サービス提供者が提供するサービス(予防的活動等)の結果、生じた社会的便益(財政コストの削減又は歳入の増加等)の量に応じて、予め約した方法により自治体が報酬を支払い、また、サービス提供者はサービス提供のために必要となる資金を、将来得られるであろう自治体からの報酬を見込みとして、民間の資金提供者から調達する仕組みとされている。なお、SIB には、「ボンド」という語句が用いられているが、必ずしも債券の発行を要件とするものではない。

(2)SIB のスキームSIB の基本スキームは以下のとおり。

資金提供者地元企業・市民金融機関等

第三者評価機関 サービス受益者(市民)

自治体 中間支援組織又はSPV

サービス提供者(民間事業者)

⑤ 社会的成果の評価・測定

④ サービスの提供⑥ 成果報告

⑧ 元利金等の支払② 出資等の募集・実行

① SIBの組成・契約

⑦ 成果報酬の支払

③ 資金提供

(3)SIB のメリットSIB の活用には、以下のメリットがあるものと考えられる。

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特集 ◦ まちづくりと官民連携/まちづくりに役立つ金融支援

ア.成果創出の確実性向上SIB では、成果報酬を導入した上で、目指す成果そのものがサービス提供者の目標として設定されるため、サービス提供者の成果創出に対する意欲が最大化され、自治体が仕様や性能を定めて行う場合に比べて、確度の高い成果創出が期待される。イ.費用対効果の最大化一般的な SIB では、サービス提供者へ支払われる成果報酬は、社会的課題の解決に伴い削減された行政コスト又は増加した価値の内数で設定されることから、費用対効果の最大化が図られる。ウ.最適な手法の採用と開発SIB では、従来の仕様発注とは異なり、成果創出のためにいかなる手法を採るかは、サービス提供者に大きくに委ねられることになり、民間のノウハウを最大限に活かした効果的で効率的な手法を用いる機会が与えられる。また、従来の発想では生み出されないような革新的な手法が生み出されることも期待される。エ.社会的課題の共有と賛同者等の獲得SIB への資金提供を個人からも募る場合には、成果目標や活動の内容を広く説明することになるため、多くの人と解決すべき社会的課題の存在やそのための活動等を共有することが可能となる。また、資金の提供は、必ずしも経済的な観点だけではなく、むしろ当該活動の社会的な意義にも着目して行われることが多いと考えられるため、対象とする社会的課題解決に向けた賛同者(仲間)づくりが可能となる。

3.まちづくりと SIB(1)まちづくりにおける SIB 活用の意義まちづくり分野では、空き地・空き家の増加による

「都市のスポンジ化」や人口減少に伴う「都市の低密度化」など対処すべき課題が存在する。これらの課題解決には、行政だけでの対応では限界があり、民間の担い手や地域の住民等が一体となって取り組む必要がある。SIB の活用領域は、若者就労支援や生活困窮者支援など、予防的介入が効果的な分野で多いとされており、まちづくり分野における活用事例については、筆者の知る限り存在しない。一方で、まちづくり分野においてもSIBの活用が可能であれば、前述の課題解決のための有効な手段の一つとなり得る。このような中、滋賀県東近江市では、「東近江市版

SIB」として、コミュニティビジネスの支援活動を行っており、当該活動の一つである「がもう夢工房拠点整備事業」について、まちづくり分野における取組として紹介する。

(2)まちづくりにおける活用事例� <東近江市版 SIB の取組>滋賀県東近江市では、平成 28 年度より「東近江市版SIB」と銘打ち、SIB の要素を多分に取り入れた施策を実施。同市では、この東近江市版 SIB を、①補助金改革型、②施策目的の達成評価、③自治のあり方を変えるお金の使い方の3点から評価し、以降毎年度、実績を上げている。平成28年度の実施事業の一つである「がもう夢工房拠点整備事業」では、サービス提供者である(一社)がもう夢工房が、長年使われていなかった空き店舗を借り受け、SIB で調達した資金により改装し、コミュニティ拠点としてのカフェの運営を行っている。本事業では、成果指標として、①拠点整備の完成、②雇用の開始、③関係者の増加が設定されたが、これらの指標はすべて達成され、成果報酬の全額がサービス提供者に支払われている。実際にこの事業に携わった方々にインタビューしたところ、東近江市版 SIB について、仲間・支援者づくりの観点と資金の調達可能時期(事業着手時に調達が可能な点)の2点から特に高い評価を受けていた。

4.おわりに当課では、平成 30 年度下期より、まちづくり分野における SIB 活用に係る調査検討を本格的に開始する。SIBは、手法そのものが日本ではまだ確立されておらず、成果目標の置き方や効果測定方法、予算措置の方法など検討すべき課題が多数ある。更に、まちづくり分野における活用については、海外を含め事例が把握できておらず、また担い手捜しも必要となることから、事業化に向けたハードルは非常に高い。一方で、自治体の財政問題やまちづくりにおける課題など、解決すべき社会的課題も山積している。このような状況のなか、近い将来において、まちづくり分野における課題等の解決のための方策として、SIB の活用がその選択肢の一つとなることを目指し、検討を進めていきたいと考えている。(まつだ けんじろう)

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