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マルコフ・スイッチング・モデルによる我が国の地域経済別景気の転換点の推定 �

On Estimation of Regional Bussiness Cycle in Japan

Using Markov Switching Model

奥村拓史 (ニッセンGEクレジット株式会社)

谷�久志 (神戸大学大学院経済学研究科)

概要: 本稿の目的は,景気の転換点を推定できるモデルの 1 つとして Hamilton (1989) によって提案されたMS-ARモデル (マルコフ・スイッチング自己回帰モデル,Markov-Switching

Auto-Regressive Model)を用い,国全体の「平均的な景気」と地域ごとに観測される「局所的な景気」との間に乖離が見られるかどうかを調べることである。データとして公表されている景気動向指数や日銀短観などの景気指標と地域ごとの「局所的な景気」との間の乖離が指摘されることが多い (例えば,田原 (1998))。本稿では,データとして公表されている全国の景気指標 (例えば,景気動向指数,日銀短観,GDP等)から得られる景気 (すなわち,全国の景気)のことを国全体の「平均的な景気」と呼び,地域ごとの景気のことを地域の「局所的な景気」として区別する。生産活動を表す代表的な指標である鉱工業生産指数 (IIP)をデータとして用いる。全国の IIPと地域ごとの IIPのデータを用いて,国全体の「平均的な景気」と地域ごとの「局所的な景気」との間に乖離が見られるかどうかを調べる。

キー・ワード: マルコフ・スイッチング自己回帰モデル (MS-ARモデル),景気転換点,地域経済。

1 はじめに景気転換点の推定は,景気判断での重要なテーマの 1つである。現行の公式な景気判断に

要する時間は,景気の転換点から 1年以上かかる場合がある。景気の転換点をできるだけ早く把握することは,転換点前後の過剰な経済行動の抑制や緩和に役立ち,政府にとっても適

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切な経済対策をとることが可能になる。したがって,景気の局面判断を速やかに行うことは重要な課題といえる。景気の転換点の推定,または,予測に関する統計モデルの開発は米国を中心に研究が進め

られてきた (小巻 [11])。景気の転換点を推定できるモデルは,以下の 4つに大別することができる。

(i) プロビット・モデル,ロジット・モデル

(ii) Sequential probability recursionモデル

(iii) マルコフ・スイッチング・モデル

(iv) マルコフ・スイッチングを伴うダイナミック・ファクター・モデル

(i)は,0と 1を用いてある現象の生起確率を分布関数によって表すモデルである。分布関数に,正規分布を用いるとプロビット・モデルと呼ばれ,ロジスティック分布を用いるとロジット・モデルと呼ばれる。このモデルは,景気が良いか悪いかという質的特性を,経済データから,抽出する統計的手法である。Maddala [4]は,このプロビット・モデルやロジット・モデルを景気転換点予測に応用した。(ii)は,Neftci [5]によって提案され,景気拡張期と景気後退期とでは景気変動のパターンが異なるという点に着目し,各期ごとに景気転換の確率を推定するモデルである。(i)においても, (ii)においても,現時点が景気拡張期に属するのか,あるいは,景気後退期に属するのかなどの現局面についての外部情報が必要となる。これに対して,(iii) は,Hamilton [1] によって提案されたモデルで,一変量の時系列モデルにより景気変動を表現し,レジームの転換 (Regime Switching)がマルコフ確率過程にしたがって起こると想定される。実質 GDP の成長率の例をあげると,景気拡張期の成長率と景気後退期の成長率が異なると考え,各期ごとに 2つの局面は確率的に起こると仮定し,現局面は 2つのうちどちらの局面であるかを推定することができるのである。(iv)は,Kim and Nelson [2]

によって提案されたモデルであり,これは,Stock and Watson [6]が提案したダイナミック・ファクター・モデル (Dynamic Factor Model)とマルコフ・スイッチング・モデルを結合したモデル (Dynamic Factor Model with Markov Switching)となっている。Kim and Nelson [2]は,この景気指標を使った景気の転換点を分析するモデルをベイズの手法で推定を行った。このダイナミック・ファクター・モデルとマルコフ・スイッチング・モデルを結合したモデルは,Watanabe [7]により日本経済に応用されている。また,Kim and Nelson [2]では,マルコフ・スイッチング・モデルのファイナンスへの応用など,景気の転換点の推定以外の分野への応用例も紹介されている。本稿の目的は,景気の転換点を推定できるモデルの 1 つとして Hamilton [1] によって提

案された MS-ARモデル (マルコフ・スイッチング自己回帰モデル,Markov-Switching Auto-

Regressive Model)を用い,国全体の「平均的な景気」と地域ごとの「局所的な景気」との間に乖離が見られるかどうかを調べる。データとして公表されている景気動向指数や日銀短観などの景気指標と地域の「局所的な景気」との間の乖離が指摘されることが多い (例えば,田原 [12])。本稿では,データとして公表されている全国の景気指標 (例えば,景気動向指数,日銀短観,GDP等)から得られる景気 (全国の景気)のことを国全体の「平均的な景気」と呼び,

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地域ごとの景気のことを地域の「局所的な景気」として区別する。生産活動を表す代表的な指標である鉱工業生産指数 (IIP)をデータとして用いる。全国の IIPと地域ごとの IIPのデータを用いて,国全体の「平均的な景気」と地域ごとの「局所的な景気」との間に乖離が見られるかどうかを調べる。本稿は以下のようのな構成で進められる。次節では,本稿の分析に用いる Hamilton [1]の

MS-ARモデルを紹介する。第 3節では,地域の景気指標の状況と問題点を指摘し,MS-AR

モデルを用いて全国と地域別 (北海道,東北,関東,中部,近畿,中国,四国,九州)の景気の転換点を推定する。最終節では,結論と今後の課題が示される。

2 Hamilton (1989)によるMS-ARモデル次の AR(p)モデルを考える。

�yt � �(st) =

pXj=1

� j

��yt� j � �st� j

�+ ut; (1)

ut � N(0; �2); t = 1; 2; � � � ; T:

�yt は実質 GNPの対数階差の 100倍,すなわち,前期比成長率 (%)であり景気動向に依存して動くと考えられる。T は標本数を表す。ut は誤差項で,平均 0,分散 �2の正規分布に従い,しかも,u1, u2, � � �, uT はそれぞれ独立に分布すると仮定する。st は 0か 1の値をとる状態変数であり,0は不況局面を,1は好況局面を指すものとする。�st

は状態に依存した成長率である。具体的には次のように表すことができる。

�st=

8>><>>:�0 < 0; st = 0 (後退,不況局面)のとき�1 > 0; st = 1 (拡張,好況局面)のとき

(2)

また,景気拡張期から後退期 (あるいは逆) に推移する確率 (Transition Probability)に 1次のMarkov性の仮定 (すなわち,今期の状態が前期の状態に依存して決まるという仮定)を加える。Pr(AjB)を,事象 Bを与えたもとで事象 Aが起こる確率,すなわち,条件付き確率として表記すると,

Pr(st = 0jst�1 = 0) = q; Pr(st = 1jst�1 = 0) = 1 � q;

Pr(st = 0jst�1 = 1) = 1 � p; Pr(st = 1jst�1 = 1) = p;(3)

となる。したがって, qはそのまま後退期にいる確率,1� qは後退期から拡張期にスイッチする確率 (すなわち,景気の谷を迎える確率),1� pは拡張期から後退期にスイッチする確率(すなわち,景気の山を迎える確率),pはそのまま拡張期にいる確率となる。このように,次の局面への推移確率は現在の局面に依存すると仮定される。本稿では,(1)式~ (3)式によって表されるモデルを MS-ARモデルと呼ぶ。MS-ARモデルでは,不況期の成長率 �0 と好況

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期の成長率 �1 が異なると仮定されている。誤差項 ut の分散 �2 は両局面で一定と仮定する。Hamilton [1]は,1953年から 1984年の米国の実質 GNPのデータを用い,米国の景気変動をAR(4)モデルで分析を行った。好況期と不況期の分散は不均一としてとらえるのがより現実的ではあるが,本分析においては Hamilton [1]にしたがい,両局面で分散を均一とした。ある経済は,それに固有の好況時成長率 �1と不況時成長率 �0を持っており,現実に観測さ

れる成長率 �yt はこの二つの �0,�1 の間を変動する。外生的な需要ショックなどに起因して(2)式に従って,好不況局面の転換が生じ,転換の都度に �yt は確率的に上下にジャンプして基準線を切り替える。この転換を左右する (4)式の推移確率 (好況の持続確率 pや不況の持続確率 q)もその経済に固有の値をとり,モデル内で推計される。さらに,�0,�1,p, qの推定値から,好不況の平均持続期間 (D1,D0),好不況の定常確率 (�1,�0:長期でみた場合の好不況の発生確率),経済の長期期待成長率 (��)を推定することができる。D1,D0,�1,�0,��の意味や導出については,後述の補論で詳しく説明されている。標本観測値に基づいて推定されるパラメータは,�0,�1,�2,p,qと自己回帰係数,さらに, T 期までの情報から判断して t期が不況であった確率,すなわち,Pr(st = 0jT )である。ただし,T は T 期までに利用可能な情報を表すものとする。Pr(st = 0jT )は Smoothed Probabilityと呼ばれ,本稿では,時点 T から遡って過去のある時点 tが不況であった確率,すなわち,景気後退確率を意味する。これらの推定されるべきパラメータは,Hamilton [1]では EM (Expectation-Maximaization)アルゴリズムに基づく最尤法によって推定される。EMアルゴリズムでは,(i) Pr(st = 0jT )以外のパラメーター (�0,�1,�,p,q)に任意の初期値を与える,(ii)所与のパラメータ (�0,�1,�,p,q)のもとで,景気後退確率 Pr(st = 0jT )を計算する,(iii)所与の Pr(st = 0jT )のもとで,尤度関数の期待値を最大化する �0,�1,�,p,q求め,(ii)に戻る,といった反復計算が行われる。Hamilton [1]では,Pr(st = 0jT ) > 0:5であれば景気後退期,Pr(st = 1jT ) > 0:5

であれば景気拡張期にあると判断している。

3 地域別景気変動の分析

3.1 地域別景気動向指数の現状と問題点

多くの景気指標の中で,景気動向指数 (Di�usion Index,DI),景気総合指数 (Composite Index,CI),GDP等の速報値 (Quick Estimates,QE),日銀短観などは代表的な景気指標として重要視される。景気動向指数 (DI)は,景気に敏感な系列をいくつか選定し (具体的には,景気を先取りして動く「先行指数」では 12系列,景気と並行して動く「一致指数」では 11系列,景気に遅れて動く「先行指数」では 7系列がそれぞれ選ばれる),その選ばれた系列の中で 3ヶ月前の値と比べて増加している系列の割合を示すものであり,景気局面の判断と景気転換点(景気の山・谷)の判定に用いられる。景気総合指数 (CI)は,採用系列の変化率を合成,累積することにより経済活動を数量的に総合化し,景気変動の相対的な大きさやテンポといった量感を把握しようとするものである (内閣府)。国民経済計算における速報値 (QE)は,支出系列および雇用者報酬について,約 2ヶ月遅れで公表される。確報値は公表までに多くの時間

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を要する (確報値は毎年 12月頃に前年度とその四半期の計数の確定値が公表される)。それに対して,速報値はタイムリーに日本経済の状況を把握することを目的として作成される。日銀短観とは,「企業短期経済観測調査」の略で,景気の先行きを占うために日本銀行調査統計局が行っている調査であり,大企業・中小企業,製造業を問わず四半期毎 (3月,6月,9月,12月)に幅広い企業を対象に実施されている調査をいう。「企業の景況感やマインド」といった定性的な概念をとらえる,いわゆるビジネスサーベイの一つでる。これらの景気指標は国全体の平均的な景気指標である。国全体の景気指標を各地域共通の

景気指標を表すと考えるのは無理がある。景気は地域ごとに異なっていると考えるのが自然である。しかし,地域経済の景気分析に関してはほとんど研究がなされていず,しかも,景気指標が十分に整備されているとは言いがたい。地域経済の景気分析に関する研究がなされない原因として,田原 [12]は,地域景気問題に関する関心・問題意識の希薄さ,景気観測体制の不備,景気計測の指標不足の 3点を指摘している。日本経済に関するマクロ統計は多数の月次データ,四半期データが長期時系列として整備されているが,地域経済統計の多くは年次データで,月次データの種類は少ない。さらに,DIや CIのような景気指標に必要な採用系列は,全国ベースでは 2ヶ月程度の遅れでデータが利用できる。しかし,地域ベースでは,公表されるデータでさえ,半年以上の遅れがある。したがって,地域ベースのデータは全国ベースに比べて,データの種類が少ない上に,速報性にも欠ける。また,地域別の代表的な景気指標作成状況を見てみると,DI に関しては,1998年時点で

47都道府県のうち地方公共団体が 30道府県,地方民間企業が 8県について地域 DIを作成している。このように全部の都道府県で地域 DIが作成されているわけではない。日銀短観は,企業経営者の景気実感を表す指標であるが,調査対象が全国主要企業 700社を対象にしており,地域別の短観は作成されていない。このように,地域別に利用できるデータにバラツキがあるという問題点もある。

3.2 鉱工業生産指数 (IIP)およびデータ

3.1節で述べたように,地域別の景気動向指数やマクロ経済統計は,現状では,十分に整備されているとは言えず,したがって,地域別の景気分析に関する研究もほとんどなされていない。地域経済統計では GRP (Gross Regonal Product)などの多くのマクロ統計が,四半期データでは公表されていない。地域景気動向を表す指標として利用できる四半期データは,都道府県ごとに作成された IIP だけである。全国の IIP は,経済産業省が自動車,電子機器から食料品まで 521品目を対象に,基準年の水準を 100とした指数を算出し,速報値を翌月下旬,確報値を翌々月中旬に発表している。日本では,製造業の生産が GDP の 25%程度を占めており,IIPが景気の動きをみる上で重要な指標となっている。以下においては,地域別 IIPを使用し,地域経済の景気状況を推定する。なお,本稿の地

域経済指標の検討において用いられる地域区分は経済産業省経済産業局の区分に従う。都道府県の地域区分は所轄官庁によって若干の相違がある。大別すると,郵政事業庁郵政局,経済産業省経済産業局,財務省財務局,日本銀行,日本政策投資銀行,内閣府の府省庁がそれ

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図 1: 鉱工業生産指数 (IIP)の成長率 (地域別,年率 %)

全国

北海道 東北

関東 中部

近畿 中国

四国 九州

ぞれ独自の区分けをしている。各地域区分の相違点は,主に,新潟県・群馬県・長野県・静岡県・富山県・石川県・福井県をどの地域として区分するか,あるいは,全国をいくつの地域に分割するかにある。経済産業省経済産業局では,新潟県・群馬県・長野県・山梨県・静岡県を関東地方に,富山県・石川県を中部地方に,福井県を近畿地方に含めている。また,全国の地域は,北海道・東北・関東・中部・近畿・中国・四国・九州の 8つの地域に分割している。沖縄県は,経済産業省経済産業局の地域区分では別区分とされているが,本稿では,分析上,九州地方に含まれている。図 1は分析対象となる全国と各地域別,すなわち,北海道,東北,関東,中部,近畿,中国,四国,九州,の IIPの四半期季節調整済み系列の対数階差の100倍,即ち,前期比成長率 (%)をプロットしたものである。全部のグラフについて,縦軸の大きさを統一してあるので,グラフ間の比較が可能である。標本期間は 1972年第 1四半期から 2000年第 4四半期までである (データは,通商産業大臣官房調査統計部編 [9],[10]から得られる)。IIPの成長率を見る限り,地域別の景気変動の特徴を判別することはできない。

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表 1: MS-ARモデルによる推定結果

全国 北海道 東北 関東 中部 近畿 中国 四国 九州�0 �1:9016��

(�3:5324)

�5:4841��

(�3:7344)

�1:1813��

(�2:9807)

�1:7676��

(�3:1613)

�2:5252��

(�5:1563)

�2:1891��

(�7:4670)

�7:6945��

(�5:7498)

�6:7711��

(�5:3071)

�2:1156��

(�2:1311)

�1 1:1692��

( 6:1316)

0:2837( 1:0638)

1:6986��

( 5:3320)

1:3714��

( 4:9038)

1:3043��

( 5:6910)

1:3010��

( 6:1678)

0:5296�

( 2:4547)

0:6122�

( 2:3093)

0:9030��

( 3:6079)

�1 0:2165��

( 2:7858)

�0:1166(�0:6711)

0:5484��

( 5:0929)

0:2733��

( 2:9946)

0:1449( 1:6680)

0:3833��

( 3:4340)

0:2254��

( 2:6722)

0:2497��

( 2:9532)

0:2673��

( 2:7827)

�2 0:1472( 1:7739)

�0:1794(�1:6508)

�0:0329(�0:4460)

0:1154( 1:2687)

0:2012�

( 2:4506)

0:0190( 0:1553)

0:1603( 1:8823)

0:0486( 0:5468)

0:3375��

( 3:6282)

�3 0:1720�

( 2:1384)

0:0405( 0:4248)

�0:1376(�1:8543)

0:0484( 0:5312)

0:0854( 0:9820)

0:0140( 0:1388)

�0:0664(�0:7687)

0:0807( 1:0261)

�0:0089(�0:0951)

�4 �0:0804(�0:9679)

0:1398( 1:3365)

0:3196��

( 3:5943)

�0:0855(�0:9601)

�0:0493(�0:6090)

0:2507�

( 2:2793)

�0:1373(�1:5925)

�0:2362��

(�3:0056)

�0:3289��

(�3:7077)

�5 �0:4149��

(�5:4833)

� �0:4962��

(�6:5884)

�0:3078��

(�3:5969)

�0:4016��

(�5:1844)

�0:6233��

(�9:1622)

0:0043( 0:0522)

0:1178( 1:5111)

�0:0:373

(�0:4430)

� 1.2680 2.0568 1.1933 1.4838 1.5079 1.2611 1.7031 1.8916 1.3222

p 0.7634 0.2695 0.4307 0.8614 0.6752 0.5716 0.3601 0.2452 0.2353

q 0.9588 0.9794 0.7501 0.9692 0.9329 0.8662 0.9905 0.9779 0.8757

AIC 3.8324 4.5396 4.2061 4.0566 4.3019 4.2533 4.2266 4.5315 3.9961

log L �198:8 �243:6 �219:2 �211:1 �224:5 �221:8 �220:3 �237:0 �207:8

D0 4.23 1.37 1.76 7.21 3.08 2.33 1.56 1.32 1.00

D1 24.26 48.52 4.00 32.46 14.90 7.47 105.26 45.17 8.04

�0 0.1484 0.0274 0.3050 0.1818 0.1713 0.2380 0.0146 0.0285 0.1106

�1 0.8516 0.9726 0.6950 0.8182 0.8287 0.7620 0.9854 0.9715 0.8894

�� 0.7315 0.1257 0.8202 0.8007 0.6483 0.4704 0.4095 0.4018 0.5691

1)数値の右肩の �,�� はそれぞれ有意水準 5 %,1 %で帰無仮説を棄却されることを意味する。()内の数値は t値を表す。2)推定期間は,北海道が 1973:3~ 2000:4,その他が 1973:4~ 2000:4である。

3.3 MS-ARモデルによる推定

全国と各地域に関して,それぞれ個別の IIP を用いて MS-AR モデルを推定する。本稿で用いる MS-AR モデルの推定には OX というコンピュータ・ソフトウェアを使用した。OX とはオックスフォード大学の J. Doornik によって開発されたプログラミング言語であり,http://www.nuff.ox.ac.uk/Users/Doornik/doc/ox/index.html からダウンロードできるフリー・ソフトウエアである。プログラムを組むにあたって,Krolzig [3]を参考にした。自己回帰過程におけるラグ次数の選択は AIC (Akaike's Information Criterion)により行った結果,全国は AR(5),北海道は AR(4),その他 7地域 (すなわち,東北,関東,中部,近畿,中国,四国,九州)は AR(5)を選択した。推定結果をまとめて表 1に示す。表中の �0,�1 はそれぞれ不況期の成長率,好況期の成長率を,また, �1 � �5 は自己回帰

係数の推定値を示す。D0,D1 は不況期・好況期の平均持続期間 (Expected Duration)であり,本稿の場合,単位は 3ヶ月 (四半期データを扱っているため)である。�0,�1 は不況期・好況期の定常確率 (Steady-State Probability) である。これらの記号 (すなわち,D1,D0,�1,�0,

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図 2: 地域別景気後退確率 Pr(st = 0jT )の推移

全国

北海道 東北

関東 中部

近畿 中国

四国 九州

*網掛けは景気の山から谷への景気後退期間 (内閣府経済社会総合研究所により発表されたもの)を表す。

��)については,後述の補論に詳しく説明されている。また,図 2に全国と各地域それぞれの景気減退期の Smoothed Probability,すなわち,Pr(st = 0jT )を示し,表 2に全国および各地域別の景気の後退期 (Pr(st = 0jT ) > 0:5となる期間)を示す。推定結果をもとに,全国と各地域の景気変動を比較し,それぞれの各地域別の特徴を見る

ことにする。特に,表 1の不況期・好況期の成長率 �0,�1,推移確率 p,q,不況期・好況期の平均持続期間 D0,D1,不況期・好況期の定常確率 �0,�1,長期期待成長率 �� に着目する。

1. 北海道北海道は,好況の持続確率 pが 0.9794と全国に比べて高く (全国の好況の持続確率は0.9588),このため北海道の好況の平均持続期間 D1 の値が 48.52 (単位は,四半期)と大きく,好況期間が全国より長く続く結果となっている (全国の好況持続期間は 24.26)。逆に,北海道の不況の持続確率 qが 0.2695と全国と比べて極端に低く (全国の不況の持

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続確率は 0.7634),よって,北海道の不況の平均持続期間 D0 の値は 1.37と小さく,不況の期間は全国より短い (全国の不況の平均持続期間は 4.23)。このことは,図 2 でも確認できる。すなわち,図 2の北海道では,1980年以降 1998年までフラットな状態が続き,景気の後退が起こる確率がほとんどないことを表している。また,�0,�1 から,北海道の好況の定常確率が 0.9726,不況の定常確率が 0.0274となっており,好況の定常確率が圧倒的に高いことがわかる (全国では,好況の定常確率が 0.8516,不況の定常確率が 0.1484)。これより,北海道の景気変動は,全国の景気変動と比較して,異なることがわかる。なお,長期期待成長率 �� については,全国の 0.7315に対して,北海道では 0.1257と低く,長期的に高い経済成長は期待できないと判断される。

2. 東北東北は,全国に比べて,好不況の持続確率 p,qが 0.7501,0.4307と共に低く,そのため,好況の平均持続期間 D1,不況の平均持続期間 D0が 4.00,1.76と共に小さくなっている。これは図 2でも確認でき,東北では,景気後退期を示すグラフが激しく波打つ形状が示されている。また,定常確率 �0,�1 については,不況の定常確率が 0.3050と全国に比べて高く,好況の定常確率が 0.6950と全国より低い。また,表 2より,レジーム・スイッチが頻繁であり,好不況のサイクルが短いことがわかる。東北は全国の景気変動と比較すると,全国とは異なる景気変動を示していることがわかる。なお,東北の長期期待成長率 �� は 0.8202と全国よりも高く,長期的に高い経済成長が期待できる。

3. 関東関東は,好況の持続確率 pが 0.9692,不況の持続確率 qが 0.8614と共に全国に比べて高い。したがって,好況の平均持続期間 D1 が 32.46,不況の平均持続期間 D0 が 7.21

と共に全国に比べて大きい値を示している。このことから,関東では好不況共に持続する傾向があることがわかる。図 2によると,グラフの山・谷が全国と比べると長いことが見てとれ,好況期・不況期共に全国に比べて長く続いている。�0,�1 について,好況・不況の定常確率はそれぞれ 0.8182,0.1818となっており,不況の確率が全国に比べてやや高く,好況の確率がやや低い。関東は全国と比較して数値的には若干の相違がある程度で,相対的にほぼ全国の景気変動と似た動きをしていることがわかる。なお,関東の長期期待成長率 �� も 0.8007でほぼ全国と同じ値である。

4. 中部中部は,好況の持続確率 pが 0.9329,不況の持続確率 qが 0.6752と両方とも全国に比べて若干低く,好況の平均持続期間 D1 が 14.90,不況の平均持続期間 D0 が 3.08と共に小さい。表 2から,レジーム 1にいる期間が 6で全国の 4と比較して若干多い程度である。図 2において,全国の景気後退確率のグラフと中部のものとを比較すると,全国と中部はよく似た形状であることが見てとれる。また,�0,�1 を見ると,不況の定常確率が 0.1713と全国に比べてやや高く,好況の定常確率が 0.8287とやや低くなっている。このことより,中部は全国と比較して好況期・不況期が短い傾向があるが,相対的に見てほぼ景気変動は全国と同じような動きをしていることがわかる。なお,中部の長期期待成長率 �� は 0.6483で全国に比べ若干低く,長期的に高い経済成長は期待でき

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ない。

5. 近畿近畿では,好況の持続確率 pが 0.8662,不況の持続確率 qが 0.5716と共に全国に比べて低い。不況の平均持続期間 D0は 2.33と全国に比べて大きな違いはないが,好況の平均持続期間 D1が 7.47と全国のほぼ半分である。図 2でも,東北同様,グラフが波打つ形状を示している。表 2からも,近畿がレジーム 1にいる回数は 11と全国のほぼ 4倍であり,頻繁にレジームのスイッチが行われ,好不況のサイクルが短いことが示されている。また,�0,�1から判断すると,好況・不況の定常確率はそれぞれ 0.7620,0.2380であり,共に全国より低くなっている。このことも好不況が持続せずレジーム・スイッチが頻繁であることを示している。したがって,近畿の景気変動は全国の景気変動とは異なることがわかる。なお,長期期待成長率 �� は 0.4704と全国に比べて低く,長期的に高い経済成長は期待できないという結果が得られる。

6. 中国中国は,全国に比べて,好況の持続確率 pが 0.9905と大変高く,逆に不況の持続確率 q

は 0.3601と低い。不況の平均持続期間 D0 は 1.56と全国より小さく,好況の平均持続時間 D1 が 105.26と全国に比べて非常に大きい。このことは,図 2において,1975年以降グラフはフラットな状態が続き,好況期間が持続していることからもわかる。表 2

を見ても 1975年の第 2四半期以降,レジームのスイッチは行われていない。また,好況・不況の定常確率 �1,�0 がそれぞれ 0.9854,0.0146となり,好況の定常確率が不況の定常確率より圧倒的に高い。中国地域においても全国とは異なる景気変動を持つことが認められる。なお,長期期待成長率 �� は 0.410で全国に比べて低く,長期的に高い経済成長は期待できないと判断できる。

7. 四国四国は中国と同様の結果が得られた。四国では,好況の持続確率 pが 0.9779と全国に比べて高く,不況の持続確率 qは 0.2452と全国に比べて低い。不況の平均持続期間 D0

は 1.56と全国に比べて小さく,好況の平均持続時間 D1 が 105.26と全国より非常に大きい。図 2では,中国と同様に,四国のグラフはほぼフラットな形状で,1978年以降好況期間が続いていることを示している。表 2を見ると,1978年の第 2四半期以降,レジームのスイッチは行われていないことがわかる。また,不況・好況の定常確率 �0,�1

はそれぞれ 0.0285,0.9715となっていて,好況の定常確率が不況の定常確率より圧倒的に高い。四国地域においても,全国の景気変動の影響はあまり受けず,全国とは異なる景気変動を示していることがわかる。なお,長期期待成長率 �� は 0.4018で全国に比べて低く,長期的に高い経済成長は期待できないと考えられる。

8. 九州九州は,好況の持続確率 pが 0.8757,不況の持続確率 qが 0.2353と共に全国に比べて低い。また,不況の平均持続期間 D0 が 1.00,好況の平均持続期間 D1 が 8.04であり,不況・好況共に平均持続期間は全国に比べて小さい。このことは,図 2で,九州のグラ

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表 2: 鉱工業生産指数 (IIP)による景気後退期の推定 (全国,地域別)

全国1974:3�1975:11992:1�1993:41997:2�1998:2

北海道1974:4�1975:1

近畿1974:3�1975:11975:3�1975:41976:3�1976:31980:3�1980:31986:1�1986:11986:3�1986:41992:1�1993:41995:3�1995:31996:2�1996:21997:3�1998:3

東北1974:1�1974:11974:3�1974:41976:2�1976:21976:4�1977:11977:3�1977:31978:1�1978:31978:3�1978:31980:3�1980:31982:4�1982:41985:3�1985:31987:1�1987:11988:2�1988:21989:3�1989:31991:2�1992:41993:4�1993:41995:3�1995:31996:1�1996:11996:3�1996:31998:1�1998:31999:3�1999:4

関東1973:4�1975:11991:1�1994:11997:3�1998:4

中国1974:4�1975:1

四国1974:4�1975:11978:1�1978:1

中部1974:3�1975:11980:2�1980:41992:1�1993:41995:3�1995:31997:3�1998:2

九州1974:3�1974:31975:1�1975:11978:2�1978:21980:3�1980:31992:1�1992:11992:4�1992:41994:4�1994:41996:2�1996:21998:2�1998:2

1)推定期間は,北海道が 1973:3~ 2000:4,その他が 1973:4~ 2000:4である。2)上記の期間は,景気後退確率 Pr(st = 0jT )が 0.5以上と推定された期間を表す。それ以外の期間はPr(st = 0jT ) < 0:5と推定された期間,すなわち,景気拡張期に対応する。

フが波打つ形状を示していることとに対応している。表 2を見ると,レジーム 1にいる回数が 11と全国の 4に比べて多く,頻繁にレジームをスイッチし,好不況のサイクルが短いことが示されている。また,不況・好況の定常確率 �0,�1がそれぞれ 0.1106,0.8894であり好況の確率が高い。九州地域も全国とは異なる景気変動を持つことがわかる。なお,長期期待成長率 �� は 0.5691で全国に比べて低く,長期的に高い経済成長は期待できないと考えられる。

以上より,各地域別の景気変動には,I.全国と類似型,II.好況持続型,III.好不況混在型の3つのパターンがあることがわかる。

I. 全国と類似型:関東,中部関東,中部は好不況の持続期間 (p,q)が共に全国に近い値を示し,レジーム 1にいる回数 (全国 4:関東 3:中部 6)から,景気変動は全国とかなり似た傾向があることが見てとれる。ただ,不況時の成長率 �0 について,関東は若干高いが,中部は低くなっており,中部地方の不況時の深刻さが伺われる。ただ,これらの地域では,景気指標による国全体の「平均的な景気」とその地域で感じられる「局所的な景気」との間の乖離はあまり認められない。

II. 好況持続型:北海道,中国,四国北海道,中国,四国の景気変動は全国の景気変動とは異なっていることがわかる。景気

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の転換回数を示すレジーム 1にいる回数も全国に比べて少ない傾向にあり (全国 4:北海道 2:中国 2:四国 3),全国の景気変動の影響をあまり受けない (不況に強い)経済構造を持つ。また,好況持続確率 pが高く,したがって,好況時の平均持続期間 D1 が長い。さらに,不況時の成長率 �0 の値が低いことも共通している。すなわち,この地域では不況にはなりにくいが,いったん不況になると深刻な不況になるということを意味している。これら地域では景気変動については好況持続型として全国の景気変動とは異なり,国全体の「平均的な景気」と地域の「局所的な景気」との間に乖離が認められる。すなわち,DI,CI,日銀短観などの景気指標から判断される全国の景気と,北海道,中国,四国で実感される景気とは異なる。

III. 好不況混在型:東北,近畿,九州東北,近畿,九州地方に共通するものとしてレジーム・スイッチの回数の多さ (全国 4:東北 21:近畿 11:九州 10),短い好況持続期間 D1 があげられる (東北は全国の約 1/3,近畿は全国の 1/2,九州は全国の 2/3)。この地方では,他の地域で好況を持続していても,頻繁にレジームをスイッチし不況期に入るのが特徴である。これらの地域おいても,全国の景気変動とは異なり,国全体の「平均的な景気」と地域の「局所的な景気」との間の乖離が認められる。

MS-ARモデルの推定により,関東,中部を除く地域では,全国の景気変動とは異なる地域独自の景気変動が存在することが明らかになった。これは,全国の景気指標による「平均的な景気」と地域ごとの「局所的な景気」との間の乖離を裏付けるものである。または,関東,中部の景気が全国の景気を代表していると解釈することもできる。しかし,パラメータの推定結果すべてに満足できる結果が得られたというわけではない。

例えば,北海道,中国,四国において四半期ベースで,不況期の成長率 �0 が �5%以下という推定結果が得られた。これは年率に換算すると �20%以下のマイナス成長率となり,非現実的である。これらの地域は,いずれも図 2の Smoothed Probabilityで,1980年以降,好況期が続いていると判断され,レジーム・シフトをとらえることのできなかった地域にあたる。しかし,レジーム・スイッチが行われず,長期にわたり好況期が持続していたと解釈するには疑問が残る。非現実的な �0 の推定結果も含めて,再考の余地があろう。

4 おわりに地域経済の景気分析に関しては,多くの研究はまだなされていないが,国全体の「平均的

な景気」と地域ごとの「局所的な景気」との間の乖離が指摘される場合がある。これを確かめるために,本稿では,MS-ARモデルを用いて,全国の景気指標が地域経済の景気を正しく表しているかどうかを考察した。分析に用いたデータは,全国の IIP と地域別の IIP の四半期データである。得られた結論は以下の通りである。

(i) 景気指標が意味する国全体の「平均的な景気」とは異なる地域別の「局所的な景気」が存在する地域がある。

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(ii) 地域別の景気変動の特徴を整理すると,I.全国と類似型,II.好況持続型,III.好不況混在型の 3つのパターンに分類される。

(iii) 地域によってはレジームのシフトをとらえることができず,また,推定結果にも満足な結果が得られない地域があった。

以上のように,全国の IIPと地域別の IIPの四半期データを用いてMS-ARモデルを推定することで,全国とは異なる景気変動が存在する地域があることがわかった。しかし,本稿の分析では,データの制約から,IIPの一変数のみを使用して景気変動の分析を行った。地域によっては,必ずしも IIPが適切な景気指標を表すデータとは限らない。言い換えると,工業地域では IIP は景気を表す指標としては適切であると言えるが,農業地域では IIP は適切なデータとは言えない。

補論好況・不況の持続期間: 好況の持続期間をD1とする。好況が t期から t + j � 1期までの j

期間続き,t + j期に不況となる確率は,st = st+1 = � � � = st+ j�1 = 1かつ st+ j = 0が起こる確率に等しい。したがって,好況の持続期間が j期間となる確率は,

Pr(D1 = j) = Pr(st = 1) Pr(st+1 = 1) � � � Pr(st+ j�1 = 1) Pr(st+ j = 0) = p j�1(1 � p)

となる。よって,好況の平均持続期間 E(D1)は,

E(D1) =

1Xj=1

j Pr(D1 = j) =1

1 � p

となる。同様にして,不況時の平均持続期間を E(D0) = 1=(1 � q)となる。

好況・不況の定常確率: t時点にたって将来の好不況確率を予測する場合を考える。任意の時点 tから出発して,t期の景気の後退・上昇確率と h期先の t + h期の景気の後退・上昇確率との関係は,

Pr(st+h = 0jt)

Pr(st+h = 1jt)

!=

q 1 � p

1 � p p

!h Pr(st = 0jt)

Pr(st = 1jt)

!

によって与えられる。hが大きくなるにつれて,Pr(st+h = jjt)は収束する。その収束値が定常確率 � j となる。すなわち,h = 1として,Pr(st+h = jjt) = Pr(st = jjt) = � j を上式に代入すると,好況・不況の定常確率 �1,�0 は,

�0

�1

!=

q 1 � p

1 � p p

! �0

�1

!

を解くことによって得られる。したがって,それぞれの定常確率は,�0 = (1 � p)=(2 � p � q),�1 = (1 � q)=(2 � p � q)となる。

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経済の長期期待成長率: t 期における期待成長率は,P1

j=0 � jPr(st = jjT ) として計算される。Pr(st = jjT )を定常確率 � j で置き換えたものを,本稿では長期期待成長率と呼ぶことにする。すなわち,長期期待成長率は �� =

Pj � j� j = �0�0 + �1�1 と計算される。

*本研究は,科学研究費 (C)(2) 14530033 (2002年~2005年)と 21世紀 COEプログラムからの助成を受けた研究の一部である。

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[3] Krolzig, H.M., 1998, �Econometric Modeling of Markov-Switching Vector Autoregressions

using MSVAR for OX,�

http://www.econ.ox.ac.uk/research/hendry/paper/msvar.pdf

Also see http://www.econ.ox.ac.uk/research/hendry/krolzig/msvar.html

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[8] 浅子・福田編,2003,『景気循環と景気予測』財団法人東京大学出版会

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年版)

[10] 通商産業大臣官房調査統計部編『地域別鉱工業指数年報』(平成 10版~平成 14年版)

[11] 小巻,1999,「景気の転換点予測モデルの有効性-日本経済への適用-」『ファイナンシャル・レビュー』57号,pp.42-69

[12] 田原,1998,『日本と世界の景気循環』東洋経済新報社

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