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    1 Governed by Neighbors 隣人による統治(1)コミュニティ・アソシエーションの普及 手元に、アメリカのコミュニティ・アソシエーション・インスティテュート(CAI)が発行した「隣人による統治:コミュニティ・アソシエーションの本質」という1冊の住宅購入者向けパンフレットがある。まずはその内容を紹介しよう。 コミュニティ・アソシエーション(Community Association: CA)は、[AMENITY]:広場・湖、プール・テニスコート・ゴルフコースなどの豊かな共有のアメニティ施設を運営している。さらに、[SERVICE]:財政難の地元自治体に代わって、ゴミ収集、道路清掃、除雪、道路照明などについても良質なサービスを提供してくれる。一方で、[RULE]:居住環境の悪化・資産価値の低下を防ぐために、住宅修繕などの義務を居住者に課す。 このような特徴を有するCAの数は、1962年以前には、全米でも500程度に過ぎなかったと言われている。しかしその後、爆発的に住宅地数を増加させてきた(図1)。現在では、数軒で構成された小街区から都市的規模まで、あわせて全米で27万ものCAが存在しており、2,000万戸の住宅を抱えている。そこに暮らす居住者の数は、すでに5,000万人を超えており、ますます増加傾向にある。

    (2)富の集中と隣人による統治 このCAのもとで暮らすのは、大半が中流〜富裕層の家

    族である。そのため、CAの普及と共に、アメリカの住宅資産はそのなかに集中するようになってきた。現在、すべてのCAの不動産価値を合計すると、2.25兆ドルに達する。これは、アメリカの全住宅資産の17%に相当する。また、このCAは、アメニティの運営・サービスの提供等の業務に、年間に350億ドルを費やしており、大きなビジネスとなっている。 このCAの最高意思決定機関である理事会の構成員数を合計すると、なんと125万人に達する。さらに、その下部組織である各種委員会でも、30万人がメンバーとなっている。それらは、すべてCA内の居住者(所有者)によって担われている。 こうして、アメリカの住宅ストックの中でも、特に優良な2,000万戸を抱える住宅地が隣人の手によって「統治」されており、まるで「独立王国」のように、アメニティ・サービスの提供とルール遵守について自己決定しているのである。

    (3)HOA連合王国としての郊外 この全米のCAのうち、その約6割を占めているのが、今回テーマとするHOA(Homeowners Association)である注2。それは、「戸建て住宅やタウンハウスで構成されたコモンを持つ住宅地」を統治する組織として発展してきた。前回取り上げた、美しい街並みと人を惹きつけるコミュニティを有する住宅地の数々も、すべてこのHOAが治めているものであった。特に、カリフォルニア・フロリダ等の郊外住宅地開発が盛んなサンベルト地帯における新規開発の大半では、このHOAが組み込まれている。 たとえば、アメリカ有数の高級住宅エリアであるロサンゼルス郊外のアーバインランチで、その一部を構成しているニューポートビーチ市の地図を見てみる。すると、ほぼ全域がHOAを有する戸建て・タウンハウス住宅地で構成されており、それぞれ個性的な街区パターンとランドスケープを競い合っていることがみてとれる(図2)。そこは、

    郊外住宅地の成熟過程

    九州大学大学院助教

    柴田 建

    HOAによる住宅地の統治

    第6回

    図1 全米のCAによって統治された住宅地数の変化 注1

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    HOAが統治している独立王国の連合体、つまり「HOA連合王国」なのである。

    2 HOAの誕生 では、このHOAとは、どのような経緯で誕生したのであろうか。まず、HOA誕生のいきさつについて見てみよう注4。

    (1)資産的価値維持のためのカベナント HOAに先立ち、そこで用いられているルールの原型であるカベナント(土地利用制限約款)が、産業革命が進むイギリスにおいて、土地所有者間でその利用(農地の工場への転用)をお互いに制限する私的契約として誕生した。18〜19世紀になると、イギリス・アメリカの両国で、

    郊外等での富裕層向け住宅地開発が始まった。その際には、フェンスで囲まれたプライベート公園やアメニティ施設が、邸宅にあわせて開発された。この公園がのちに所有者によって別用途に転用されるのを禁止するために、住宅地にカベナントが持ち込まれたのである(写真1)。以後、富裕層向けの住宅地開発において、

    「アメニティの排他的利用権」のためのカベナントが普及していく。 19末〜20世紀初頭にかけてのアメリカでは、さらに郊外において富裕層向けの住宅地開発が進んだ。そこでは、ピクチャレスクなランドスケープを生み出すために、広いオー

    プンスペース・林・池が造成された。その維持管理と利用権付与のためにカベナントが用いられた。さらに各私有の区画についても制限を加えるようになり、a:建築線の規制、b:フロントヤード・バックヤードの位置指定、c:建物規模の制限、d:住宅建設コストの最低値、e:非白人への転売禁止、などが定められていた。このうち、a〜cは直接ランドスケープに関わる項目である。しかし、dは外観と共に、入居者の所得階層を制限する意図がある。さらにeは、直接的に黒人を排除する項目注5である。 こうして、「アメニティの排他的利用」のために用いられ始めたカベナントは、「ランドスケープのコントロール」、そして「階層・人種のコントロール」のツールとして普及していったのであった。

    (2)私的政府としてのHOAの成立 こうしたカベナントの目的は、もちろん、不動産価値の維持にある。そして、その目的をより確実に遂行するために、HOAが登場したのであった。そのきっかけは二つある。 一つは、共有の公園・アメニティ施設の維持管理を確実に行うためである。(冒頭の機能[AMENITY])。先ほどのグラマシーパークは、公園管理のためにHOAのが導入された最初期の事例といわれている。 一方で、上記a〜eのような個人を制限するカベナントを有する住宅地では、それに違反したオーナーを法廷に訴える場面が出てくる。その際に個人で訴えるのは負担が大きいことから、訴訟の主体として自発的なHOAが結成されるようになっていった([RULE])。 こうした二つの流れを受けて、1914年に開発されたミッションヒルズにおいて、加入義務のあるHOAが初めて設

    図2 ニューポートビーチ市のCA。着色部分がそれぞれHOAを表している

    写真1 ニューヨークのグラマシーパーク(1831)。アメリカ最古のプライベート公園といわれるニューヨークの「グラマシーパーク」では、塀で囲われた公園を邸宅街が取り囲んでいる。さらにここでは、カベナントによって、周囲の居住者から公園管理の費用を徴収する一方で、鍵を与え排他的な公園利用権を認めている

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    けられた。これにより、全戸からアメニティの維持管理費用を安定的に徴収するとともに、全居住者に対して強力なルールを課すことが可能となった。さらにディベロッパーが意図していたのは、地方自治体の制約から離れ、望ましいレベルのサービスを独自に提供する主体としてのHOAであった([SERVICE])。 こうして、現代のCAの3つの基本的機能が、この時点でのHOAにはすでに備わっていたのである。

    (3)ラドバーンにおける私的政府の完成 このHOAのシステムを確立し、現代のHOAの祖型といわれているのが、ラドバーン(1929)である。 ラドバーンのソフト面での計画の中心人物であった法律家のチャールス・スターン・アッシャーは、政治・法律・自治に関する専門家集団と共に、「ラドバーン・アソシエーション」と名付けられたHOA注6を核とするシステムを構築した。 まず、富裕層向けの住宅地開発を行っていたそれまでのディベロッパーが現場で生み出してきたノウハウである、カベナントとHOAの仕組みを受け継いだ。一方でアッシャーは、先進的な都市理論家として、この住宅地に、地方政府組織の新しい形態であった「カウンシル-マネージャー制度注7」を導入した。その結果、HOAが行うべき煩雑な業務を、理事会によって雇用されるプロのマネージャーが担う体制が導入された。 こうして、現場で培われたノウハウと理論家の新たな行政機構を組み合わせることにより、「私的政府(Private Government)」としてのHOAが住宅地を統治する仕組みが構築されたのである。そして戦後には、アメリカンドリームの舞台となる豊かな住宅地を支える必須システムとして、爆発的に普及していった。

    3 ウッドブリッジにおけるHOAの運営(1)HOAの体制 ラドバーンで確立した現代的HOAは、なぜこれほどまでに、戦後のアメリカで、特に良質な住宅地という「領土」を拡大していったのであろうか。 以下では、前号でも紹介した、カリフォルニア州アーバインランチ内の高級住宅地「ウッドブリッジ」(1978)を題材に、HOAの何がそこまで人々を惹きつけていったのか、具体的に観察してみよう注8(図3、写真2)。 ウッドブリッジは、9,600戸の住宅を擁する巨大な住宅

    写真2 ウッドブリッジの湖沿いの街並み。湖沿いの住宅は、特に厳しく住宅デザインがコントロールされている

    図3 ウッドブリッジ(1978)。1,700エーカーの敷地のうち500エーカーが、中央の2つの人工湖、47のプールと39の公園、グリーンベルト、遊歩道、各種運動施設などのコモン・アメニティ施設に割り当てられている

    郊外住宅地の成熟

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    地である。そのためHOAも、全戸がメンバーとなるマスター・アソシエーションの下に、住宅地区ごとに39のサブ・アソシエーションが設けられる2層構造となっている。 理事会は、マスター・アソシエーションの最高意思決定機関であり、7人の理事で構成されている。理事は、全員が居住者(住宅所有者)であり、立候補した候補の中から選挙で選ばれる。その下には、「建築コントロール」、「財務」、「施設」、「レクリエーション」、「役員」の5つの専門委員会があるが、こちらも住宅所有者がボランティアで委員を務めている。 こうして、HOAは、開発を行ったディベロッパーからも地元の行政からも独立した形で、素人である住宅所有者からなる理事会が、都市スケールの地域一体を統治しているのである。 なぜ、そのようなことが可能なのだろうか。一つには、同スケールの都市を統治する地方政府に比べ、取り扱う問題が限定されていることにある。さまざまな社会階層、ライフスタイル、人種の市民が暮らす都市に比べ、ウッドブリッジは、その特質に惹かれて集まってきた人々が暮らす、きわめて同質性の高い住宅地である。さらに、現在は黒人排除のカベナントはないものの、実際に大半の居住者は白人もしくはアジア系の富裕層であり、居住者として黒人を見かける機会はほとんどない。そのため、収入階層間、あるいは人種間の問題が基本的には発生しない。 こうして、地域の統治主体を、さまざまな党派の闘争の場である政治的アリーナではなく、唯一の目的を実現するための経営体と自己規定することにより、非常にシンプルな決断が可能となる。そしてその判断根拠こそが、HOAのレゾンデートルである「不動産の市場価値の維持・上昇」なのである。

    (2)マネージャーによるHOAの運営 もう一つの、居住者自身が都市スケールの地域を運営可能な理由が、マネージャーの存在である。 理事会は、「取締役会」のようにHOAの運営方針を定める役割であり、実際のHOA運営は、「執行役員」にあたるマネージャー注9が責任と権限を持っている。ウッドブリッジでは、フルタイムのオンサイト・マネージャーを直接雇用している。このマネージャーが、750万ドルに上るウッドブリッジHOAの年間予算を執行しているのである。 HOAは、中央部にコミュニティセンターを兼ねたオフィスを設けており、マネージャーをはじめとしたスタッフが常駐し、居住者に対する対面サービスを提供している

    (写真3)。また、前号で取り上げたように、各種アクティビティやイベント等のコミュニティ・サービスについても、豊富なプログラムを用意している。 一方で、湖、分散する緑地、数多くのアメニティ施設、さらには道路のメンテナンス・運営のために、多くのフルタイム/パートタイムの職員を雇用している。そのため、ウッドブリッジ内を歩いて見ると、街のあちらこちらで制服のジャンパーを着たメンテナンススタッフが手入れしている現場に出くわす(写真4)。マネージャーの指揮の下で、数多くのスタッフが住宅地の隅々まで、徹底した維持・更新・メンテナンスを行っているのである。 その結果、開発当初に計画されたアメニティ施設のすべてが、質を低下させることなく現在も居住者に提供されている。こうして、住環境を同一の状態に保持し続けることにより、各住宅の資産価値と、居住者のQOLを高水準にキープしているのである。その結果、居住者のHOAに対する満足度は、非常に高いという注10。

    写真4 ウッドブリッジのメンテナンススタッフ(撮影:渡和由)写真3 HOAのマネージャー室

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    (3)管理費の徴収 こうした多岐にわたる運営を行うために、全世帯から管理費が徴収されている。管理費は理事会で決定されており、現在はマスター・アソシエーションが82ドル/月、サブ・アソシエーションはその内部の居住者専用アメニティの状況等に応じて75〜350ドル/月を徴収している。 全米のHOAでも、平均180ドル/月が徴収されており、近年はさらに値上がりする傾向にある。この高額な管理費は、単にHOA運営コストの分担という側面以外に、転入してくる入居者の収入階層を限定するという役割も果たしている注11。 しかし、アメリカにおける住宅バブルの破綻後、多くのHOAで管理費の未払いが問題化している。HOAにとって未払金の増加は、アメニティの運営やメンテナンスが十分に行えなくなり、結果的に居住者の転出、そして最も避けたい市場価値の低下を引き起こすリスクがある。 そのため、未払いの住宅所有者への催促も、マネージャーの重要な業務とみなされている。遅延に対しては、まずは追徴金が課される。それでも支払われない場合は、弁護士を雇って交渉を行い、最終的には、HOAが先取特権を行使して住宅の競売にまで行き着く。 こうしてマネージャーは、アメ的手段とムチ的手段を駆使することにより、理事会から委任された「資産価値の維持」を遂行していくのである注12。

    4 CC&Rs によるコントロール(1)建築と街並みのコントロール 1929年のラドバーンにおいて法的に整理されたカベナントは、その後に財産価値維持の最も重要なツールとして多くの住宅地開発で採用されていった。特に戦後は、商品としての街並みデザインが成熟するのに従ってそれを規制する項目も次第に増加し、近年はCC&Rs(Covenants, Conditions and Restrictions:契約条項、制限条項、制限約款)として、数十ページに及ぶ書類が開発業者により

    作成されることも多い。 ウッドブリッジの開発時には、人工湖にかかる木製橋をシンボルとし、「木」と「アースカラーのスタッコ(化粧漆喰)」をデザインの基調として街並みが形成された(写真2)。そのため、全域の住宅の外壁には、主に木製サイディングとスタッコが用いられている。更に各住宅地区は、スパニッシュコロニアルからカリフォルニアランチ、フレンチメディタリアンなど、地区ごとに特定の様式で統一したデザインとなっている。 この特徴的な街並みを維持するために、ウッドブリッジのCC&Rsでは、住宅の外観および外構を良好な状態に維持することが、居住者の義務として定められている。 さらに、住宅や外構の改変工事を行う際のルールとして、詳細な「建築ガイドライン&基準」が定められている

    (図4)。ここでは、住宅の屋根・外壁、ドア・窓から、屋外の植栽やフェンス、さらにはバスケットボールのゴールまで、街並みに影響を及ぼす可能性のあるものはすべてが規制の対象となっている。基本的に開発当初に建設された住宅の形態・素材・色・様式に従うこととされ、そこから逸脱する改変・工事は許されていない。 ただし、このルールの存在のみで街並みが守られてい

    住宅に関するルール

    外壁 サイズ・位置・材料・色が既存の建物に適合すること。コーナー部をレンガや石で覆う強調表現は過度に装飾的にならないこと。

    塗装住宅の外観に関する色の変化はすべて申請が必要。使用予定の色見本チップを添付。通りの向かい側の家と同色に塗ってはならない。事務所にてHOAが推奨するカラーパレットの展示をしている。

    ドアサイズ・位置・材料・色が既存の建物に適合すること。色の変更でも委員会の承認必要。さらにサブアソシエーションごとに色や様式に関する詳細な規定。

    窓 サイズ・位置・材料・色が既存の建物に適合すること。色の変更でも委員会の承認必要。ミラーガラスは禁止。

    屋根 既存の屋根の勾配・素材・色と一致させること。材料と色のサンプルを事前に委員会に提出。利用可能な屋根材14種を列記。衛星放送用アンテナ 設置前の申請が必要。通りなどから見えてはならない。

    ガレージドア ドアの装飾は禁止。色は住宅の外壁と一致させること。さらにサブ・アソシエーションごとに色・形態に関する詳細な規定

    機械設備 エアコン室外機等も委員会の許可必要。壁面への設置は不可。

    外部空間に関するルール

    屋外の照明 過度に凝ったデザインの照明は禁止。セキュリティ用の照明は庇の下に隠す。

    看板 住宅販売時の不動産広告は位置が指定されている。日常的には,住所番号等の小さなサイン以外は禁止。バスケットボール・

    コート許可が必要。バックボードは白いアクリル板のみ許可。仮設の場合は、夜に必ず撤去。

    フェンス 木製フェンスの高さは6フィート以下。維持・塗装の義務。ペイントの色は、4色に限定(色番号表記)。金属・プラスティック等の素材は不可。

    フロントヤード 80%以上を芝張りとし,美しい状態に手入れしなければならない。装飾石、砂利、木材チップ等の使用禁止。一定量の植樹義務。図4 ウッドブリッジの「建築ガイドライン&基準」(一部抜粋)

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    るわけではない。工事からその後までのプロセスにHOAが積極的な関与をすることで、ルールは効力を発揮しているのである。 住宅の外観または外構を改変・工事しようとする所有者は、まず、事前に「住宅改変申請書」(図5)に工事内容を記入し、近隣の居住者の工事承諾のサインを得た上で、図面等を添付してサブ・アソシエーションの建築委員会に提出しなければならない。ここでのデザインレビュー(外部の建築家が関与する場合が多い)の後、さらにマスター・アソシエーションの委員会での審査を経て、ようやく工事着工となる。 HOAは、これらのルールを厳格に運用している。たとえば、CC&Rsに反して前庭の芝の手入れを怠ると、理事会から是正を命じる通知を受け取る。それでも所有者が従わない場合には、最終的に理事会が直接業者を雇って

    是正工事・作業を行い、所有者に費用を請求する。また、住宅・外構の改変・工事についても、フェンスの

    色、ガレージドアの改変、窓への網戸の取り付け、パラボラアンテナ設置等で違反があるという。しかし、建築委員会が是正までの間に罰金を科すことで、違反の解消を図っている。 こうして、住宅外観と外構に関するすべての改変工事・メンテナンスを詳細な規則により厳格にコントロールすることにより、開発当初に生み出された街並みを、あかたも

    「冷凍保存」するようなマネジメントがなされているのである(写真5)。

    (2)日常生活の取り締まり さらにHOAは、建築のみならず、居住者の日常生活までコントロールする力を有している。ウッドブリッジでも、規則(Rules and Regulations)のなかで、ペット、駐車、騒音などの生活に関する詳細な項目が定められている。 マネージャーによると、特に違反が多いのは、禁止されているRV車のガレージ外への駐車、開けっ放しのガレージドア、ゴミ捨て、バスケットボール・ゴールの無許可設置、犬をつなぐヒモの違反等だという。 これらの違反は、マネージャー自身やHOAのパトロール車が発見する。そのほかに「規則違反報告(Rules Violation Report)」という書式を用いて、居住者が近隣

    図5 建築委員会への申請書類の例。特に住宅の色を塗り替える際には、通常の住宅改変申請書に加え、この外壁色に関する確認書を提出しなければならない。そのプロセスは、①HOAがウッドブリッジで推奨する色を集めたカラーパレットを作成しており、オフィスで閲覧できる、②木製サイディング壁、スタッコ壁、ドア、ガレージドア、フェンス等、主要な要素はそれぞれの塗装予定の色番号

    (オールドクェーカー社の塗料番号を基準にしている)を図中に記入する。また、窓枠等の細かい部分は色名を記入。なお、フェンスに使える色は最初から4色に限定されている。さらに、屋根の木部、木製サイディング壁、スタッコ壁に関しては、実際の色見本を添付しなければならない。③隣接する区画の所有者から改変同意のサインを貰う。④サブ・アソシエーションの建築委員会では、地区独自の様式(カリフォルニアランチスタイルなど)に適合しているか審査。また、基準を満たしていても、通りの向かい側と同色は認められない。⑤さらにマスター・アソシエーションの建築委員会で、全体で定められている色調に適合しているか確認。⑥両者の確認後、行政の建築許可がようやくおりて工事着工。⑦もしも工事後に違反が発覚した際には、是正されるまで25ドル/日の罰金を支払わなければならない

    写真5 ある地区内の住宅色のバリエーション。調和するように厳密にコントロールされている

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    での建築や生活に関する違反事例を報告する仕組みも用意されている。彼ら/彼女らは、自らが迷惑をこうむっている行為(騒音など)をやめさせるために、もしくは、景観の調和を乱す住宅改変工事により自身の資産価値が低下するのを避けるために、この書類を理事会に提出する。こうした相互監視により、規模の大きな住宅地でも隅々までルールの効力が発揮されるのである。 違反があった場合には、マネージャーはまず警告書を郵送する。ウッドブリッジではその数が年間2,000通に達するという。違反の罰金は25ドルであるが、悪質な反復違反に対しては、150ドルの罰金を科すことを検討している。

    (3)HOAと法廷 ただし、すべての住宅所有者がHOAの命令に素直に従うわけではない。HOA vs. 住宅所有者のトラブルは、最終的に法廷へと持ち込まれる。そのため、HOAは当初から弁護士費用を予算に計上している。たとえば2006年度には、6件の訴訟があったという。 もともと、個人が隣人を訴える負担を解消するために訴訟の主体として誕生したという出自もあり、一般的にHOAは複数の訴訟を抱えている。私的政府としてのHOAの実情を批判的に描いたマッケンジーの「プライベートピア」では、図6のような訴訟の事例が紹介されている。 それは、子どもの転落防止のための崖へのフェンス設置が認められない、規定より若い女性と結婚したため転出せざるをえなくなるなど、日本人である私たちの近隣感覚からすると、あまりに血も涙もない対応のように思える。しかし、CAIのアンケート調査によると、全米のHOA居住者の9割は理事会と良い関係であり、否定的な意見を持つのは4%に過ぎない注13。 前回の「かりそめのコミュニティ」で考察したように、アメリカでは、ライフスタイルに合った住宅地を頻繁に住み替えていく。その際に、CC&Rs等のルールは住宅地の選択時点で理解している(べき)ことであり、納得の上で住んでいることになっている。もし後から許容できなくなったのなら、ただ出て行けば良い。その際に、強権的なコントロールをしている住宅地ほど環境が守られており資産価値が高いので、売るのに困ることもない。 このあたりは、終の棲家として住宅を購入し、将来までご近所付き合いが続く隣人との間に極力波風を立てないように暮らす日本人とは、大きな違いがある。

    5 日本型HOAの可能性 近年、日本の住宅地においても、アメリカのHOAのような住民自治のマネジメント組織の必要性が高まっている。そこで、たとえば「日本型HOA推進協議会」が設立され(私も微力ながら協力している)、さまざまな実践を通して可能性を検討している。ここで「日本型」とわざわざつけられているように、アメリカのHOAを、不動産に関する法制度が異なり、中古市場も未成熟な日本へ直輸入することが不可能・無意味であることは、すでに関係者間で共有されている。 では、日本において成立可能なHOA的組織とはどのようなものなのであろうか? 現代的な企業においては、株主の代理人である取締役会(ガバナンス機能)の決定に基づき、執行役員(マネジメント機能)が効率的に業務執行を行う。その目的は、

    「株主利益の最大化」にある。同様に、アメリカのHOAとは、「近隣による統治」と「専門家による運営」が役割分担した明快なシステムであり、その目的は、「不動産価値の最大化」にある。実際にウッドブリッジでは、その効果的なマネジメントにより良質な街並み・住環境を維持した結果、開発当時3,3万ドル〜8万ドルであった住宅価格が、その後3〜10倍に上昇している。 逆に言うと、エリアの住環境が個別の住宅の不動産価値に直結しない現状の日本では、HOAを直輸入しても、

    国旗掲揚 ベトナム戦争の退役軍人がアメリカ国旗を国旗制定記念日に掲揚しようとしたところHOAからカベナント違反として掲揚中止を命令された。メディアに取り上げられたのちに理事会はこの命令を撤回したが、この事件は地元紙の一面を飾った。

    フェンスの高さ

    ある居住者が裏庭に4フィートの高さのフェンスを設けた。その先は高さ400フィートのがけになっており、幼い子どもが転落するのを避けるためであった。HOAはフェンスの高さに関するカベナント違反として法廷に訴えたが、居住者が勝訴した。

    犬 カベナントで禁止されている犬を飼っている居住者をHOAが法廷へ訴えた。HOAが勝訴したが、この居住者は犬を飼うことを止めなかったため、法廷侮辱罪で刑務所へ送られた。

    高齢者の年齢制限

    退職者向けのコミュニティにおいて、住宅所有者である60歳の男性が45歳の女性と結婚した。カベナントで定められた居住者の最低年齢が48歳であったため、HOAは裁判所に訴え、結局この男性は判決により転出するか、女性と別居するかの選択を迫られた。

    ドライブウェイでキス

    HOAが、「ドライブウェイに駐車し1時間以上キスや悪いことをしていた」居住者を告発する注意書きを掲示した。この居住者は弁護士を雇い、名誉毀損・プライバシーの侵害・精神的苦痛で訴訟を起こすと脅したため、HOAは謝罪した。この事件はメディアで大きく取り上げられ,HOA の規制の増殖により、いかに多くの個人の自由が損なわれているかが話題となった。

    図6 HOAと住宅所有者の訴訟の例(文献2)より

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    そのインセンティブから機能不全を起こしてしまうのである。 では、どうすれば良いのか? 一つは、法制度の改正と中古市場の整備をすすめ、その売買の際にエリアの住環境に関する情報を含める仕組みを構築していくことであろう。その結果日本においても、個々の不動産価値を高めるために地域を共同管理する主体が、おのずから必要となってくる。 もう一つは、「不動産価値」ではなく、共に住み続ける場としての「生活環境」の維持・向上を、地域住環境マネジメントの目標として地域の居住者が共有することであろう。ただし、そこには特有の困難がつきまとう。望ましい「生活環境」とは唯一の指標で数値化できるものではない。そのため、高齢者が求める生活環境の質と、転入してくる若い家族の求める生活環境の質は、全く異なっているかもしれず、オートマティックに目標が共有できるわけではないのである。 むしろ、多様な居住者からなるコミュニティにおいて、合意形成のプロセス自体を活性化することにより、コミュニティ・ベースのマネジメントを立ち上げる可能性があるのではなかろうか。 次回は、そのような地域住環境マネジメントの事例として、「青葉台ぼんえるふ」での取り組みを紹介しよう。

    参考文献1) Community Association Institute(CAI)「Governed �y �eig�-Community Association Institute(CAI)「Governed �y �eig�-(CAI)「Governed �y �eig�-CAI)「Governed �y �eig�-)「Governed �y �eig�-Governed �y �eig�-

    �ors ─ T�e �ature of Community Association ─」2) エヴァン・マッケンジー『プライベートピア』世界思想社20023) 森傑「米国 �PO による戸建住宅地の自治マネジメント手法」日

    本建築学会大会梗概集、2009.84) 齊藤広子・中城康彦・渡和由「米国カリフォルニア州における

    コモンのある住宅地の管理」日本建築学会大会梗概集、2004.85) 樋野公宏・渡和由・柴田建・温井達也「北米の計画的戸建住宅

    地における「開いた防犯」の手法」、社会安全研究財団報告書、2008

    注 1 文献1)より。 注 2 CA のうち、55〜60%が HOA であり、他は、コンドミニアム

    (いわゆる区分所有マンション)が35〜40%、コーポラティブが5〜7%で構成されている。

    注 3 ニューポートビーチ市の HP より。注 4 以下、HOA の歴史については、主に文献2)を参考にした。注 5 当時、黒人の入居をきっかけに、一体の住宅価格が著しく低下

    することが実際にあり、大きなリスクとなってきた。そのため、黒人排除のカベナントは、1948年に最高裁で禁止されるまで多くの住宅地で用いられた。

    注 6 ラドバーン・アソシエーションは、理事会が住宅所有者を代表しておらず、厳密に言うと HOA ではない。文献3)。

    注 7 カウンシル - マネージャー制度とは、住民より選ばれた議会(カウンシル)が、シティ・マネージャーと呼ばれる都市経営

    の専門家を任命し、政策の実行・都市経営にあたらせるものである。取締役会と経営責任者が別れている民間企業の経営方式に近い。現在では、アメリカの都市の6割以上で採用されている。

    注 8 カリフォルニア州の HOA の制度面については、文献4)に詳しい。ウッドブリッジについては、文献5) に関する研究の一環として2007-2008年に調査を行った。

    注 9 全米の HOA のうち、42%が専門の管理会社と契約、26%がウッドブリッジのように常駐のマネージャーを雇用、5%がその組み合わせとなっている。一方で、小規模なものなど27%は居住者自身の手で運営されている。

    注10 前述の CAI のパンフレットによると、全米でも約7割の居住者は HOA の運営に満足しているという。

    注11 アメリカの住宅バブル期には、問題となったサブプライムローンにより、低所得者であっても無審査で住宅ローンを組むことができた。価格上昇が前提となっていたため、それでも破綻することはなかったのである。そのため、毎月支払い続けなければならない高額な管理費が、コミュニティへ低所得者が闖入してくることを防ぐフィルターの役割を果たしていた。

    注12 現在、ウッドブリッジでは30日以上の遅延発生は5%未満であり、良好な状態に維持されている。一方で、未払いが増加したある高級住宅地では、マネージャーの首をすげ替えることで持ち直しをはかっていた。

    注13 ネット上でブログ等を見ていると、たとえば芝刈りに関する警告を受けた居住者が、HOA マネージャーを旧ドイツの秘密警察呼ばわりしており、やはり心情的には嫌なものなのであろう。

    柴田 建(しばた・けん)九州大学大学院人間環境学研究院助教。1971年福岡市生まれ。2000年九州大学大学院博士課程修了。工学博士。郊外ニュータウン、沖縄、カリフォルニア、上海等をフィールドに、住宅の作り手のシステムと住み手のポテンシャルについて研究を行っている。また最近は、子どもの環境についても取り組んでいる。


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