本発表の構成
言語の概要
動詞における項の「省略」
– Polysynthetic language一般の問題
– そこに null はあるのか?
名詞における人称標示
– 古典ナワトル語特有の問題
– そこにも null はあるのか?
1.2 古典ナワトル語
時代: 16–17世紀
(植民地期前期)
地域: 現メキシコシティ周辺
ラテン文字による資料
写真 左: Códice Mendoza, via Wikimedia Commons 右: Florentine Codex, digitized by the Arizona
State University Hispanic Research Center
1.3 古典ナワトル語の文法特徴
Head-marking
Polysynthetic, holophrastic
– スロット型形態論 (template morphology)
– 義務的な主語・目的語一致
– 生産的な名詞抱合
Non-configurational?
“Omnipredicative” (Launey 1994)
スロット
1.4 動詞のスロット型形態論
動詞が一定数の形態論的「スロット」をもち、
決まった屈折形態素がそれを埋める
語 幹 Slot 1 Slot 2 Slot 3 Slot 4 方向接辞- 目的語接辞- 主語接辞- -時制接辞
1.4 動詞のスロット型形態論
I II III IV V VI VII
抱合要素
動詞語幹
時制
-I'
機能
主語
目的語
方向
再帰目的語
不定人物目的語
不定非人物目的語
再帰目的語
主語数
例 Ø- k- on- mo- te:- λa- ne- -ya -’
主語・目的語マーキング
1.4 動詞のスロット型形態論(例)
I II III VI - -I'
主語 目的語 方向 不定非人物 目的語
語幹 主語数
ši- kim- on- λa- maka-ti -Ø
二人称
Opt.
三人称 複数
あちらに 何かを 与え-させる
Opt.
単数 主語
(1) ši-kim-on-tla-maka-ti 「君は彼らをして彼女らに何かを与えさせなさい」
1.5 人称接辞の義務性
(2a) ni-kwi:ka 「私は歌う」
私が-歌う(自動詞)
(2b) ni-kim-itta 「私は彼らを見る」
私が-彼らを-見る(他動詞)
(2c) ni-mic-itta 「私はおまえを見る」
私が-君を-見る(他動詞)
(2d) *n-itta 「私は見る」
私が-見る(他動詞)
2.1 概要: 動詞における項の「省略」
主語・目的語が動詞の人称接辞で標示されるため、
動詞が単独で文として成立する(明示的なNPは非義務的)
独立形代名詞や full NP が明示的に現れる場合でも、
動詞の人称マーカーは省略されない
(3a) ti-ne:č-kokolia
おまえが-私を-憎む
「おまえは私を憎んでいる」
(3b) … in ne’ te’wa:λ močipa ti-ne:č-kokolia
... IN 私 おまえ いつも おまえが-私を-憎む
「おまえは私をいつも憎んでいる」
2.2 似た現象: イタリア語・ スペイン語タイプのpro-drop
スペイン語
(4a) (Yo) manej-o el carro.
私 運転する-1sg the 車
「私は車を運転する」
(4b) (Tú) manej-as el carro.
おまえ 運転する-2sg the 車
「おまえは車を運転する」
(4c) (Él / ella) manej-a el carro.
彼/彼女 運転する-3sg the 車
「彼は車を運転する」
2.3 Implied definiteness (1)
三人称で明示的主語が現れない場合、主語は定・特定解釈
(Generic・impersonal の読みは不可能)
スペイン語
(5a) Alguién manej-a el carro.
誰か 運転する-3sg the 車
「誰かが車を運転する」
(5b) Nadie manej-a el carro.
nobody 運転する-3sg the 車
「誰も車を運転しない」
(5c) Manej-a el carro.
「彼は車を運転する」/「*誰かが・人が車を運転する」
2.3 Implied definiteness (2)
古典ナワトル語でも同様(主語・目的語とも)
(6a) aw intla: aka’ Ø-k-a:nas-neki …
そして もし 誰か 3sgS-3sgO-捕まえ-たい
「そして、もし誰かがそれを捕まえたいと思っても…」
(6b) aya:k Ø-ki-yo:koya aya:k Ø-k-e:lleltia
nobody 3sgS-3sgO-想像する nobody 3sgS-3sgO-邪魔する
「誰もそれを想像せず、誰もそれを邪魔しない」
(6c) kil Ø-ki-či:w in okλi
と言われている 3sgS-3sgO-作った IN 酒
「彼(酒の神)こそが酒を作ったのだといわれている」
(おそらく「*誰かが/人が酒を作った…」 読みはNG)
そこに「三人称主語」はあるのか?: impersonal verb, etc.
2.3 Implied definiteness (3)
そこに三人称主語はあるのか?
接辞がゼロなら一・二人称解釈は不可能
Impersonal verb、weather verb など
のゼロ接辞は同様に解釈できるか?
2.4 共通点
人称標示が常に義務的
– NP項が現れる場合も動詞の人称標示は脱落しない
– 人称標示の有無がNP項の指示性に左右されない
(疑問詞・否定代名詞・不定名詞句 etc.)
Implied definiteness
– NP項が現れない場合、(三人称の)空の項は必ず
definite の人称代名詞として解釈される
2.5 古典的なpro-dropの分析 (1)
Rizzi (1982) etc.
項が本来現れるべき位置に音形のない不完全な
代名詞 pro を想定 (cf. Extended Projection Principle)
(8) pro manej-a el carro.
運転する-3sg 冠詞 車
「彼/彼女は車を運転する」
2.5 古典的なpro-dropの分析 (2)
一見つじつま合わせの強引な説明に見えるが…
pro は主語位置を占め、意味役割を担う
– 「明示的な代名詞がなくても代名詞主語がある場合と
似た意味になる」ことがとらえられる
pro は人称などの素性が未指定
– 「主語が明示されない場合、動詞の活用によって主語
の人称が recover される」ことがとらえられる
pro が明示的NPと相補分布する
– Implied definiteness を的確にとらえられる
2.6 古典ナワトル語への応用 (1)
Baker (1996) による分析:
– Polysynthetic languageのNP argumentは
すべてadjunctである (Jelinek 1984)
– Polysynthetic languageにおいては、英語や
スペイン語で主語・目的語NPが占めるような
項位置は常に空 (pro) である
– 妥当性のほどは不明
2.6 古典ナワトル語への応用 (2)
(9a) 明示的なNP項がない場合:
[ pro1 [ pro2 ti-ne:č-kokolia ]]
主語 pro 目的語 pro 君が-私を-憎む
「君は私を憎んでいる」
(9b) 明示的なNP項がある場合:
ne’i te’wa:tlj [ pro1i [ pro2j ti-ne:č-kokolia ]]
私 君 主語 pro 目的語 pro 君が-私を-憎む
「君は私を憎んでいる」
2.6 古典ナワトル語への応用: 問題点
スペイン語タイプとの共通性をどう説明する?
– Implied definiteness
– 明示的NPがある場合はnon-referentialも許される
本当にNP項はA'位置にあるのか?
– cf. Role & Reference Grammarでも類似の分析
できることなら空要素は想定したくない
2.7 近年の展開と課題: そこに pro はあるのか?
Alexiadou & Anagnostopoulou (1998)
動詞の活用それ自体を代名詞的と考える
– 不定名詞句主語の説明は?
– Polysynthetic language への応用は?
Cf. “NP-add” (Launey 1994)
3.1 概要: 名詞における人称標示
古典ナワトル語では、動詞だけでなく
名詞にも義務的な人称標示
現れる接辞は動詞の主語人称接辞と同じ
(i.e. 三人称はゼロ)
名詞述語だけでなく、項名詞にも義務的
通言語的に珍しい現象であり、
ナワトル語特有の問題
3.2 古典ナワトル語における名詞と動詞
名詞と動詞の語彙的区別は明確
– 名詞は所有者人称標示をもつ
– 動詞は時制・アスペクト・ムードをもつ
ナワトル語研究では、形容詞・後置詞は
名詞扱いされることが多い
3.3 名詞における人称標示の例 (1)
(10a) ni-me:ši’kaλ
「私はアステカ人だ/アステカ人である私」
(10b) ti-me:ši’kaλ
「おまえはアステカ人だ/アステカ人であるおまえ」
(10c) Ø-me:ši’kaλ
「彼・彼女はアステカ人だ/アステカ人」
3.3 名詞における人称標示の例 (2)
名詞述語における人称標示の例
(11a) ka ni-towe:nyo:
実に 1sgS-ワステカ人
「私はワステカ人だ」
(11c) inλa: Ø-nelli in am-me:ši’ka
もし 3sgS-真実 IN 2plS-アステカ人
「もし、おまえたちがアステカ人である
というのが本当なら…」
3.3 名詞における人称標示の例 (3)
項名詞における人称標示の例
(12a) …ni-nočo:kilia in n-amoko:l in n-a:šaya:ka
1sgS-嘆く IN 1sgS-2plP.祖父 IN 1sgS-人名
「おまえたちの祖父である私、アシャヤカトル王は嘆く」
(12b) ka nika:n t-onka’ in ti-nopilcin…
実に ここ 2sgS-存在する IN 2sgS-1sgP.子供
「私の子供(…)であるおまえは、今ここにいる」
3.3 名詞における人称標示の例 (4)
現在・現実の述定関係を含意しない例
(過去・未来・願望・命令)
(13a) ni-te:lpo:čλi ni-noči:wa
1sgS-若者 1sgS-なる
「私は若者になる」
3.4 名詞の人称標示の性質: まとめ
動詞の主語人称接辞と同じ接頭辞
– 三人称はゼロ
項名詞にも名詞述語にも義務的に起こる
名詞が単独で述定節を作ることもある
現在・現実の述定関係がなくても起こる
3.5 Andrewsによる解釈
Andrews (2003):
古典ナワトル語では、すべての名詞・動詞は「節」
(“nuclear clause”)
– “Omniclausality”(本発表の造語)
Nuclear clauseには主語部と述語部がある
– 人称接辞は拘束形代名詞
語どうしはcross-referenceにより結合している
古典ナワトル語では「語」「名詞」などの概念は
分析上有効ではない
Supplementation
3.5 Andrewsによる解釈(例1)
※Andrews (2003) の分析を簡略化したバージョン
(15) ni-no-čo:kilia in n-amo-ko:l
1sgS-reflO-嘆く IN 1sgS-2plP-祖父
私は嘆く IN 私はおまえたちの祖父だ
n- 1sgS
-amoko:l おまえたちの祖父
ni- 1sgS
-nočo:kilia 嘆く
Principal nuclear clause Supplementary nuclear clause
3.5 Andrewsによる解釈(例2)
Principal clauseの主語や項名詞が三人称の場合
多くの空要素が必要になるが、それだけの利点はあるか?
(16) Ø-españoles Ø-ki-wa:lla:sa’ in Ø-teposmiλ
3plS-スペイン人たち 3plS-3sgO-こちらに投げる IN 3sgS-金属の矢
「スペイン人たちは金属の矢を撃ってくる」
Ø- -スペイン人たち Ø- -こちらに投げる ki- Ø- -金属の矢
Supplementation Supplementation
Principal nuclear clause
3.6 名詞の人称標示とpro
(17) a. nitowe:nyo:
b. pro[1sg] nitowe:nyo:
「私はワステカ人だ」
(18) a. ninočo:kilia in namoko:l
b. [pro[1sg] ninočo:kilia] in
[pro[1sg] pro[2pl] namoko:l]
「お前たちの祖父である私は嘆く」
5 近年の一般言語学的展開と展望
Polysynthetic languageの類型論的研究
Role & Reference Grammarの精緻化
Minimalist Program
– proの使用の制限
– 一致素性の意味的側面の再評価
Predicationに関する研究
空主語の類型論
勉強会・研究会Ustream配信の試み
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TwiFULL SLiM
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