Download - New 2012 2013 2014 · 2019. 3. 16. · 2012年9月に出版された『ものが生まれる産地 ものを輝 かせるデザイン ある公設試験場指導員の80→90年代奮闘
日本の
ものづくり
とデザイン
変 わ る 『 産 地 と デ ザ イ ン 」 会 議
201220132014
R E P O R T
始 ま り は 1 冊 の 本 だ っ た 。
対 談
産 地 と デ ザ イ ン に と っ て 、い い も の づ く り っ て 何 だ ろ う ?萩 原 修 × 影 山 和 則
D A T A 1
日 本 の 伝 統 産 地 と デ ザ イ ン の 相 関 年 表
変 わ る 「 産 地 と デ ザ イ ン 」 会 議 2 0 1 2テ ー マ : 第 1 部 「 継 続 す る こ と 」
: 第 2 部 「 関 係 を つ く る 」
D A T A 2
伝 統 産 地 の 実 績 推 移
変 わ る 「 産 地 と デ ザ イ ン 」 会 議 2 0 1 3テ ー マ : 流 通 と プ ロ デ ュ ー ス
D A T A 3
産 地 と デ ザ イ ン の 関 連 サ イ ト
変 わ る 「 産 地 と デ ザ イ ン 」 会 議 2 0 1 4テ ー マ : も の づ く り と イ ン タ ー ネ ッ ト
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日本の
ものづくり
とデザイン
201220132014
変 わ る 『 産 地 と デ ザ イ ン 」 会 議
R E P O R T
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2012 年 9 月 に 出 版 さ れ た『 も の が 生 ま れ る 産 地 も の を 輝
か せ る デ ザ イ ン あ る 公 設 試 験 場 指 導 員 の 80 → 90 年 代 奮 闘
記』(影山和則著 ラトルズ刊)を制作した影山和則(著者)、
萩原修(企画)、中野照子(編集)の話の中から会議は生まれた。
本 に 著 し た よ う に 産 地 と デ ザ イ ン に は 多 く の 問 題 が あ り、
そ の 状 況 は 日 々 変 わ り つ つ あ る。 こ れ に つ い て 多 く の さ ま ざ
ま な 立 場 の 人 た ち と 話 し 合 い、 考 え る 場 が つ く れ な い だ ろ う
か、 と。 そ の 結 果、 出 版 記 念 パ ー テ ィ を 兼 ね た 第 1 回 か ら 毎
年秋に 3 回の会議を開催することができた。
会 議 は 会 費 制 に も 関 わ ら ず、 全 国 各 地 か ら 毎 回 100 人 も の
人 が 参 加 し て く れ た。 会 議 終 了 後 の 懇 親 会 だ け で は 話 し 足 ら
ず、 二 次 会 ま で 熱 く 語 る 人 た ち も い た。 こ の 冊 子 は そ の 会 議
の 記 録 で あ り、 会 議 か ら 見 え た も の と、 こ れ か ら の も の づ く
り に つ い て ま と め て い る。 今、 産 地 と デ ザ イ ン の 問 題 は 解 決
す る ど こ ろ か、 さ ら に 山 積 み さ れ 複 雑 化 し て い る。 こ の 小 さ
な 冊 子 が、 こ れ か ら の よ り よ い 方 向 を 探 る 手 掛 か り に な る こ
とを願っている。
『ものが生まれる産地 ものを輝かせるデザイン』は、書店、発行元のラトルズ、アマゾンでも購入可能
始まりは
1冊の本だった。
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1961 年生まれ。武蔵野美術大学 卒業。大日本印刷、リビングデザ インセンター OZONE を経て独 立。「コド・モノ・コト」「中央線 デザインネットワーク」「国分寺さんち」「てぬコレ」「かみの工作所」
「かみみの」「3120」「カミプレ」「モノプリ」「仏具のデザイン研究所」「旭川木工コミュニティキャンプ」などの独自のプロジェクト を企画推進している。著書に『9 坪の家』『デザインスタンス』など。05 年から実家を継ぎ「つくし文具店」二代目店主。http://www.shuhenka.net
萩はぎわら
原 修しゅう
デザインディレクター明星大学デザイン学部教授
影かげやま
山 和かずのり
則 埼玉県産業技術総合センター製品開発担当 主任専門員
1954 年北海道生まれ。千葉大学工業短期大学部木材工芸科卒業。千葉大学工学部建築学科勤務を経て、79 年から埼玉県の公設試験研究機関に勤務しプロダクトデザインを担当。春日部桐箱、川口鋳物、秩父織物、岩槻人形、小川和紙などの伝統・地場産業のデザイン開発、展示会、マーケティングなどの支援を手掛け、伝統産業の職人技術継承を始めとする産地の問題に取り組んでいる。武蔵野美術大学基礎デザイン学科特別講師、滋賀県立大学人間文化学部生活デザイン学科特別講師。
産地
と
デザインにとって
いいものづくりって何だろう?
対 談
3 年間の会議で見えてきたこと
萩原 2012 年から毎年開催した変わる「産地とデザイン」会議には、産地のメーカー、デザイナー、流通などいろいろな立場の約 100 人の方々が参加してくれました。会議後の感想などを読むと、みなさん、それぞれ立場で試行錯誤していることがよくわかりました。
影山 産地では技術を持った職人が少なくなり、このままでは消滅してしまうというところもあります。しかし,産地は昔からそう言われながら続いてきた歴史があります。我々、各県の産業技術センター* 1
の役割は基本的に、そうした産地のメーカーが技術を発揮し、ものづくりをして、つくったものを売って利益を得ることの支援をするのですが、いい技術があってもそれを発揮できない個々の事情があり、むずかしい時代になってきたと思います。 高度経済成長期からバブル期は経済の流れとリンクして、地方の産地でも売上げを伸ばすことができました。でも今は流通が大きく変化し、近くにいても産地の現場で何が起きているのか、よくわからない状況です。アマゾンや楽天を始めとするインターネット販売* 2 は売れるけれど、リスクも大きい。この新しい流通にのって一時的に売上げを伸ばすメーカーもありますが、「手軽に安く数を売る」ことで生き残っても、結果として苦労している人は多いようです。
萩原 使う側の暮らし方や生活スタイルも大きく変わりました。「機能さえ満たせればいい。安ければいい派」と、「顔が見える関係やいいものにこだわりたい派」。つくる技術は、少ないけれども一定数いる「こだわり派」に支えられているけれど、薄利多売の「安ければいい派」のものづくりは、コストを抑えるためにどんどん疲弊しています。
※1 産業技術センター国や都道府県に設置された公設試験研究機関。1928(昭和 3)年に、当時の商工省が仙台に「工芸指導所」を設立したことに始まる。伝統工芸技術を新時代の産業技術と生活文化に対応させようとする国策事業といわれ、戦後は「産業工芸試験所(産工試)」と改称、全国各地に次々と公設試験研究機関が誕生している。
※ 2 インターネット販売ネットショップ、web ショップなど、インターネットを介して通信販売すること。楽天やアマゾンのような大手から、百貨店や小売店、製造業による直接販売、専門性の高い小規模な通販オンラインショッピングコミュニティまで多種多様。ユーザーは自分で選んだ商品を直接届けてもらえるようになった。
会議当日、AXIS のサインボードに掲載された 変わる「産地とデザイン」会議のポスター。撮影/永島和弘 前ページ撮影/古庄良匡
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対 談 産地とデザインにとっていいものづくりって何だろう?
影山 たとえば雛人形の産地では、従来の職人がつくる人形の売上げが落ちています。最近の動きでは、子どもが喜ぶような大きな目の顔にして、インターネットで販売するメーカーのほうが売れています。確かにユーザーに求められるものをつくって売れれば成功と言いますが、正統派の職人から言わせると「あれは雛人形ではない」。正統派の人形はすでにユーザーの望むものからずれていると言えます。その一方で、現代の家に合わせた小さな人形で、クオリティの高い高価格のものが出てきています。これまでは大きな人形ほど高く売れ、小さいと値は上げられないという常識がありましたが、それが変わってきている。これはよい方向でユーザーに適応している人形のあり方だと思います。
萩原 僕は産地で若い経営者たちの可能性を感じました。何でも売れた時代の経営者を親に持ち、自分は「売れた」経験をしていないけど、バブル期のおかげでいい生活をし、デザイン系の大学などで学ぶこともできた。そのため、同時代の若いデザイナーと感覚的にもわかり合えるから、つくる、売る、経営することまでにその感覚を活かせる。それがうまくかみ合って、時代に合ったものづくりをしている人たちが出てきている。旧態依然としたものづくりに引っ張られていたら、成り立ちません。 また、家具の産地である北海道の旭川は、一貫してデザインと品質
(技術力)を大切にしています。売上げは全体として伸び悩んでいるけど、その姿勢を守っているメーカーは生き残っている。売りに行くのではなく旭川に来てもらい、つくる現場を見て納得して買ってもらう。観光と合わせてユーザーの願いも満たすことが、時代が求めているものに合っていると思います。他の産地でも生き残るのは、そこでしかできない独自の技術があるか、売る方法を考えているところ。かつてのように、組合をつくってみんなが同じようにつくっても売れない。これからは個性的なメーカーでありつつ、産地としてどう全体形成していくか、というビジョンが必要でしょうね。
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「しあわせなものづくり」の可能性
萩原 最近のブランディング* 3 のせいか、ちょっと気になるのが産地のものづくりがファッション化していること。 ファッションデザイナーにはデザインしてつくり、売るところまで行う人が多く、ブランドを立ち上げてファンをつくるのがうまい。「シーズン毎に競争して売り、売れ残ったのはバーゲンで安く売る」という循環に入ると消耗戦になるんだけど、きちんとデザインして経営まで行うデザイナーもいる。プロダクトでは 90 年代にセルフプロダクトを行う人が出てきたけれど、まだ数は少ない。小さい動きだけど可能性があると思うんです。デザイナーがメーカーであると、単に「売れればいい」というのとは違うはずです。
影山 産地というのは基本的に、たくさんつくってたくさん売るに越したことはないけれど、ほしい人に確実に届けることが大切なんです。会社がまわればいいのであって、在庫を抱えてまで過剰につくらない、過剰な利益は必要ない。すごく儲るわけではないけど、その商品をわかってくれて必要とするユーザーに必要なだけ売る。それでいい。それが「しあわせなものづくり」だと思うのです。 しかし、子どもが大学に行く世代の職人さんなど生活の問題が出てくると「もう少し稼がなきゃ」となる。その意味では、さっき萩原さんが言った二代目の経営者は、ものをつくることの喜びを知っていて、新しい売り方にも挑戦できそうです。私はいいものづくり産地を存続していくには、「しあわせなものづくり」がキーポイントになると思っています。
※ 3 ブランディング市場を開拓し、商品の認知度を上げるのがマーケティングであり、それらのイメージをつくるのがブランディングと言われている。ブランドとは、構成要素を強化し、活性させ、維持管理によって消費者の心にイメージとして蓄積させる心理的な価値のこと。企業、商品、サービスなどの認識評価を上げることが、ブランディングの役割である。
1埼玉県岩槻は人形の伝統産地。頭をつくる職人の作業。撮影/影山和則2伝統的な木目込み人形の立雛。写真提供/東玉3北海道の木工・家具産地である旭川では、毎年、2 泊3 日の「旭川木工コミュニティキャンプ(AMCC)」が開催される。北海道のつくり手を中心に、全国から家具メーカーやデザイナーなどが集い、間伐体験や工場見学、勉強会などを行う。写真はセミナーの様子。
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対 談 産地とデザインにとっていいものづくりって何だろう?
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産地の概念も変わってきた
萩原 かつて産地は、水がよければ和紙、材木の集散地であれば家具というように自然資源などによって形成されたんだけれど、最近ではそれとは違う産地もあるのではないかと思っています。つくり手がいて店があれば、ふつうの住宅地でも産地になり得るのではないかと。
影山 実際、織物業界などでは、産地内での分業体制がくずれてきています。産地内で廃業した工程は産地外に出しますが、今は宅配便などが発達しているので意外にスムーズにいっている。これからものづくりをしようとする人は、いろいろな技術を持つ人たちとの関係を築くことができれば、産地と離れていてもものづくりは可能になります。というか、そうせざるを得ないのが実情です。
萩原 技術の継承という点では、時代の変化に合わせて変更しているメーカーもある。和紙をつくっていたメーカーが、フィルムを扱って業績を上げることもある。よい技術だから継承しなければならないのか、伝統産地は何かしら残さなければいけないのか。そのあたりも問題です。
※ 4 桐本 泰一経歴は 23 ページ参照。家業である輪島塗を継ぎ、同時代の職人たちと共にネットワークを組み、現代の暮らしの中で使える漆の器を模索。インテリア小物、家具、建材などにも幅広く創作活動を行う一方、多くの人に漆の良さを知ってもらいたいと展示会や講演会、セミナーなどを数多く行っている。
※ 5 柴田 昌正1973(昭和 48)年、秋田県大館市生まれ。大学卒業後、会社勤めを経て、曲げわっぱ職人である父・慶信氏に弟子入り。注文の減少、後継者不足などさまざまな問題が深刻化する中、全国の百貨店の実演を積極的にこなし、ネットショップでの販売を伸ばすことで、先人たちが伝承してきた秋田杉・曲げわっぱの技術技法を後世に伝え残すことに力を注いでいる。
影山 一般に産地というのは、全体として何らかのものづくりに関する共同体が形成されています。極端にいうと、ふだんは全く無縁な生産活動をしている職人さんが、何かあると急に一体感を持って協力し合い、力を発揮することができた。しかし、分業体制がくずれてくると、自分の身を守るために、その工程を遠くに発注するか内省化するしかない。分業していた工程の道具や機械を自分で買ったりして、だんだん個人工房的になっていきます。産地の問屋など従来の流通がうまく機能しない傾向がありますから、工房でつくったものを直接デパートの展示会などに出して、使い手に直に見てもらいファンをつくる。輪島塗の桐本さん* 4 や曲げわっぱの柴田さん* 5 は、相当な数の展示会などをこなして、着実にユーザーをつかんでいます。そのような展開が伝統工芸産地の生き残り方の成功例ですね。
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対 談 産地とデザインにとっていいものづくりって何だろう?
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※ 6 補助金政府や自治体が直接的または間接的に公益上必要がある場合に、民間や自治体などに対して交付する金銭的な給付のこと。産地が活用できる補助金には、伝統的工芸品産業支援補助金、地域資源活用、農商工連携、Japan ブランドなどがある。近年は補正予算でものづくり補助金があり、いずれも事業費のうちの 2/3 の補助が受けられる。
ブランディングをどう考えるか
影山 最近のブランディングは、ますます消耗戦的な雰囲気になってきています。どこも似たようなネーミング、品揃え、売り方。一部のブランディング展開を進める一部の人たちが市場で大成功を収めたことで、みなそれに追従しているような動きです。さらにブランディング化を助長しているのは、Japan ブランドや地域資源などの補助金* 6
です。それに加えて、ものづくり補助金という補正予算が 4 年間も継続して地方の産地や企業に補助金が蔓延しています。
萩原 全くその通り。中途半端なブランディングで、本来的な価値をつくるデザインが置き去りにされて、プロダクトの雑貨化とファッション化が進行しているように見えますね。
影山 ブランディングは商品そのものではなく、全体の雰囲気づくり、見せ方が問題になります。デザインはその道具にすぎない。最近の展示会などでは地方でブランディングされた商品が大集合してすごいエネルギーだけど、多くの商品は似たようなスタイルです。 ブランディングは大切なことだと思うけど、成功している人たちは自分の分身のような若いプロデューサー人種をたくさん育てて、その人たちが利益のために忠実かつ効果的に動く。企業としては成功だけど、ものづくりの産地は増産を強いられ、ともすれば設備投資を余儀なくされます。無理に量産体制を整備をするから、売れているうちはいいけど売れなくなった時の不安がある。ブランディングをする人は、たぶんそこまでは考えていないでしょうね。
萩原 ブランディングされたものは、いやな感じはしないけれど、今一つだと感じます。しかし、そこがマーケティングのうまさで、時代を反映している。売れるということは、ユーザーがそういうものを望んでいるということでもあるんですよね。
1諏訪田製作所で刃物を研磨する職人。2川口鋳物鍋の開発は武蔵野美術大学と連携して行われた。ともに撮影/影山和則
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対 談 産地とデザインにとっていいものづくりって何だろう?
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※ 7 グッドデザインコーナー1955(昭和 30)年、日本デザインコミッティーと銀座松屋が立ち上げたセレクトショップの草分け的存在。デザインコレクションの商品はすべて、第一線のデザイナーやクリエーターであるメンバーによって選び抜かれ、個々の解説も書いている。その後、他の百貨店にもデザインコーナーがつくられるようになった。
影山 「これが売れているから、この路線でこの感じでやってください」とデザイナーに頼むメーカーは多いです。プロデューサーは「このブランディング手法で品揃えすれば」と言うけど、そこからほんとうによいものは出てこないのではないかと心配しています。
萩原 今はあるテイストで品揃えして、ユーザーが手に取りやすい棚をつくるような売り場発想でオリジナル商品を考えている。確かに売れるかもしれないけど、デザインやものづくりの本質は理解されていないと思う。
影山 ブランディングによって売れそうな商品が企画され、そのデザイン戦略に基づきデザイナーが売れ筋のデザインを強いられているような状況。これではデザイナーとしての職能が全うできるのか、疑問です。今、こんなことを言うと若いプロデューサーに「この人はブランディングが全然わかっていない」と言われそうですけど。 ユーザー・センタード・デザインのようにユーザーの求めるデザインを合理的に提供するユーザー中心のデザイン手法があり、その中でブランディングの確立は大きな要素であり、大手企業の商品開発には不可欠になっています。しかし、職人がものづくりをしている産地に、それをそのまま導入するのはきびしいのでしょう。流通もすっかり変わってしまいました。かつての松屋のグッドデザインコーナー* 7 みたいに、メンバーがデザイナーの立場からよいデザインと判断したものを並べた売り場や店がありましたが、今は少なくなった。売る側にも信頼できる眼は必要です。
萩原 そこでは必ずしも「売れる」わけではなかったですけどね。しかし今は、ブランディング化すると売れるのは間違いない。マーケティングの力を感じます。それだけ人やお金が集まるのだから、ひょっとしたら、その中から何かいいものが生まれるかもしれないという期待感はあります。
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対 談 産地とデザインにとっていいものづくりって何だろう?
デザイナーに求められるもの
影山 国は産地とデザインの後押しをしています。2005 年には Japanブランド、2010 年にはクールジャパンという政策を打ち出し、今は2020 年の東京オリンピックに向けて日本のものづくりを応援しています。だから、つくり手にはチャンスなんですよ。これまでは、4000万円くらいの補助金だと 2000 万円くらいが機械などの設備投資で、デザイン委託には 100 万円くらいしか積み上げられなかった。それが最近では「デザインは中小企業の基盤技術だから、デザインに 2000万円使ってもいい」と言う。web や動画作成などのプロモーション費用でもよいというように国の考え方も激変しています。
萩原 それは、ものづくりにデザインが必要だと認められたということなのかな。でも、認められた割にはデザイナーは儲っていない。それはデザイナーの総数が増えたからなのか、社会全体の状況が悪いからなのか。
影山 バブル以降の疲弊した 20 年の間にデザインの社会的立場が変わったからでしょうね。大手企業のデザインセクションが変化し、商品開発の手法が大きく変わったために、社内で具体的にデザインをする職能が必要なくなった。企業に必要なのはプロデュースする人間で、デザインは外注でいいということなのかもしれない。
萩原 つまり、これからのデザイナーに求められるのは造形能力だけではない。考えていることを形としてアウトプットできる能力は最低限必要だけど、それだけではないと。 全体の流れとして、大企業はデザイン部門を縮小して必要な時だけ外部のデザイナーを使うようになっている。中小企業で成功しているところは、デザイナーを社員にして、造形的な仕事だけでなく、その視点を活かして全体に関わってもらう。デザイナーとしてはしんどいかもしれないけど、可能性はあると思う。 今の時代、オリジナルデザインをつくるのはほんとうにむずかしくなっていますね。
1新 潟 県 三 条 の 諏 訪 田 製 作所。工場での作業を一般の人でも見学できる斬新な空間にリニューアルした。撮影/影山和則2広々とした北海道の自然の中にある旭川。気持ちのいい夕焼けに心がなごむ。
対 談 産地とデザインにとっていいものづくりって何だろう?
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「しあわせ」は新しい価値になるか?
萩原 「しあわせなものづくり」に関連して言えば、産地に行くと「ゆとりのある生活の中でものづくりができるのはしあわせだな」とつくづく思いますね。車で移動するなど時間はかかるけど、つくることに集中できて、家族との暮らしも充実する。産地の人は口では忙しいといいながら、5 時には工場を出て銭湯でひと風呂浴びて、7 時にはご飯を食べてる(笑)。お金はまわっていけばいいと思えば、気持ちにもゆとりが生まれます。
影山 日常生活のような物理的な「しあわせ」は地方の産地のほうが得られやすいんでしょうね。秩父の織元でも、生活はつつましいけれど、ものをつくる喜びにあふれている。そんな姿を見ると、今更ながらうらやましい気持ちになる。私は、こういう「しあわせなものづくり」をしている人の商品が売れてほしいと願っています。その中にも、web や SNS を活用してユーザーや販売店、販売組織とコミュニケートして、したたかにものづくりをする人も出てきている。こうしたものづくりがもっと増えて、それを支えるデザイナーにもっと活躍してほしいですね。
萩原 都会のデザイナーは、お金があっても実は長時間労働で、ゆとりを持ってデザインしている人はほんとうに少ない。 デザイナーはロイヤリティを別にすれば、売れたものの作業分のお金しかもらえない。リスクもあるけど、やり方次第でゆとりを持つこともできると思う。可能性はあると思いますよ。
1埼玉県の秩父銘仙の産地、秩父織塾横山工房で。撮影/影山 和 則2 AMCC の 間 伐 体 験。参加者はこのプログラムを通して森林の実態を知り、ふだん触れている木材がどのように生きているのかを感じることができる。
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※ 8 小泉 誠経歴は 23 ページ参照。家具デザイナーで、産地とのものづくりにおいても「じっくりしっかりゆっくり」をモットーに、腰を据えて取り組むことで知られている。「すぐ売れる」よりも「長く売れる」ほうが大事。商品となったものは運営する「こいずみ道具店」でも販売。デザインを伝える場になっている。
オリンピック以降も見据えて
影山 2020 年の東京オリンピックまでの産地は、ブランディング競争みたいな感じでいくでしょうね。ものづくりの現場に行くとみんな外国人観光客に買ってもらおうとあれこれがんばっています。食べていけないとやめていく人も多いけれど、結局、産地の人たちや職人さんたちはものづくりが好きなんだと思います。 今の産地は、目の前に東京オリンピックがあって「海外からたくさん人が来る=メイド・イン・ジャパンを買って帰る」とおいしそうなことがありそうだというイメージだけがあって、それに向かって落ち着きがないというのが現状です。国が補助金を出すというから、いただけるものはいただいて、ブランディングしてものづくりをしようとしているけど、その後のことはあまり考えていない。宴の後、取り残されてしまう企業も出てくるはずです。
萩原 それによって、産地のデザイン水準は上がるかな。
影山 残念ながらそれはない。補助金のようなお金が切れたら、それで終わり。小泉さん* 8 のように長年にわたり一緒になってつくり上げる産地メーカーやデザイナーはごくわずかです。 ものをつくるということは、そこにいろいろな要素があって、どれとどれをつないでいけばいいのか、何回もトライして、一つの方向を見出すということだと思います。デザイナーは長期間にわたり、粘り強く自分の意志を通していかなければなりません。
萩原 複雑になっているものを、きちんと整理して整えることが今は必要かもしれない。もう一度、産地やデザインの原点に立ち戻って原理原則から見直していくところからも、新しい展開が生まれてくるような気がします。
(2016 年 1 月 6日、国分寺さんちで収録)
対 談 産地とデザインにとっていいものづくりって何だろう?
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2010 年以降は、全国の動きが活発化
90 年代のバブル崩壊後、失われた 20 年の間に蓄積されたエネルギーは、2004 年の Japan ブランド事業などのカンフル剤により動き出します。それは年を重ねるごとに活発化し、まるでネット炎上してしまったように感じます。
DATA 1 日 本 の 伝 統 産 地 と デ ザ イ ン の 相 関 年 表構成・文/影山和則 出典『ものが生まれる産地 ものを輝かせるデザイン』
2010
2011
2012
2013
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日本の産地とデザインの黎明期
年表は上の黄色い部分が産地、下のオリーブ色部分がデザインを示します。グレー部分はその二つが融合した動きです。戦前の黎明期はまだデザイナーは少なく、産地とデザインはシンプルにつながっていました。
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変わる『産地とデザイン」会議
開催日時
2012年9月15日(土)13時から20時
開催場所 A
XIS G
AL
LE
RY
(東京都港区六本木)
主
催 変わる「産地とデザイン」会議実行委員会
2012
テ ー マ継 続 す る こ と関 係 を つ く る
conference on the changes of producing district and design
2012
基調講演 「ものが生まれる産地
ものを輝かせるデザイン」
影山和則(埼玉県産業技術センター)
パネラー
磯野梨影(ペアーデザインスタジオ)
小林知行(諏訪田製作所代表取締役社長)
佐藤
明(東北工業大学新技術創造研究センター)
杉原広宣(スカイ・モーション代表取締役)
辻
晃一(丸重製紙企業組合専務理事)
外山雅暁(経産省クリエイティブ産業課デザイン政策室)
芳賀修一(公益財団法人にいがた産業創造機構経営支援グループ)
日野明子(クラフトバイヤー
スタジオ木瓜)
古庄良匡(小鳥来
古庄デザイン事務所代表)
宮嶋慎吾(武蔵野美術大学基礎デザイン学科教授)
司会進行
萩原 修(デザインディレクター)
参加人数
105名
会場撮影/永島和宏
パネラー・プロフィール
佐藤 明 さとう あきら東北工業大学新技術創造研究センター 事務長・産学連携活動部門長1949 年生まれ。東北工業大学工業意匠学科卒業後、宮城県工業技術センターに。その後宮城県庁でも地域資源を活用した商品づくり、地域おこし、産業おこしに貢献、伝統工芸品や工業製品など幅広い分野の商品から流通までの支援を行った。県庁退職後も地域や産業の連携に尽力している。
外山 雅暁 とやま まさとき経産省商務情報政策局クリエイティブ産業課デザイン政策室室長補佐1973 年、岐阜県生まれ。99 年、スエーデンの Valand School of Fine Arts に留学し、2000 年金沢美術工芸大学美術工芸研究科(大学院)修了。01 年特許庁に入庁し、意匠審査官、総務部国際課などを経て、12 年から現職。
古庄 良匡 ふるしょう よしまさデザイナー、ディレクター 小鳥来 古庄デザイン事務所代表1977 年、大分県生まれ。日本大学法学部、桑沢デザイン研究所プロダクト専攻科卒業後、AURA を経て、2005 年に古庄デザイン事務所設立。エコをテーマにしたデザイン活動とともに、伝統産地の開発アドバイザーや大学のものづくりコースの指導などを行っている。
宮嶋 慎吾 みやじま しんご武蔵野美術大学造形学部基礎デザイン学科教授1948 年、東京生まれ。武蔵野美術大学造形学部基礎デザイン学科卒業後、GK インダストリアルデザイン研究所入所。82 年に独立し、プライベートブランドデザインや地域の商品開発に携わる。99 年に大学に戻り教授に。大学の産学連携プロジェクトを始め、全国各地で幅広く活動している。
小林 知行 こばやし ともゆき諏訪田製作所代表取締役社長1963 年、新潟生まれ。明治大学卒業後、地元商社を経て、92 年に諏訪田製作所入社。97 年に三代目の社長に就任。2011 年、ステンレス超高圧鍛造、刃合わせの職人技でつくられるニッパー型爪切りの世界的メーカーである自社工場を斬新なデザインによって見学可能なオープンファクトリーにリニューアル、話題を呼んだ。
REPORT 変わる「産地とデザイン」会議 2012
第1部テーマ:継続すること
肩書きなどは 2012 年当時のもの
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磯野 梨影 いその りえプロダクトデザイナー ペアーデザインスタジオ武蔵野美術大学造形学部工芸工業デザイン学科卒業後、ソニーのデザインセンター、ロンドンのデザイン事務所を経て、2000 年からペアーデザインスタジオとして活動開始。デザインだけでなく、商品のデザインディレクションも行う。子どもと一緒の暮らしを考える「コド・モノ・コト」運営メンバー。
辻 晃一 つじ こういち丸重製紙企業組合専務理事1979 年生まれ。大学卒業後、ベンチャー企業の企画営業などを経て、家業である丸重製紙企業組合に就職。機械漉き美濃和紙の製造・販売・企画に関わり、積極的な情報発信などで新規製品の開拓を進める一方、紙づくりに留まらず、まちづくりまで見据えた活動にも力を入れている。
日野 明子 ひの あきこクラフトバイヤー スタジオ木瓜共立女子大学在学中に、教授の秋岡芳夫氏に影響を受ける。松屋商事を経て、1999 年に一人問屋であるスタジオ木瓜を設立。百貨店やショップと作家や産地をつなぐ問屋業を主軸に、ジャンルなどを限定せず生活用品の展示会や企画アドバイスを行っている。
パネラー・プロフィール
第 2部テーマ:関係をつくる
杉原 広宣 すぎはら ひろのぶプロデューサー スカイ・モーション代表取締役1972 年生まれ。大学卒業後、ハウスメーカーを経て、リビング・デザインセンター OZONE で住宅やライフスタイル提案型イベントなどの企画、日本各地のものづくりや建築プロデュースを行う。独立後はそれらを発展させ地域に関わり、2011 年、ものづくりのショールーム「Japan creation space monova」をオープン。
芳賀 修一 はが しゅういち公益財団法人にいがた産業創造機構 経営支援グループ 市場開拓チーム(販売戦略担当)1967 年生まれ。武蔵野美術大学造形学部工芸工業デザイン学科卒業後、新潟県工業技術総合研究所デザインセンターに入所。新潟県生活文化創造産業振興協会を経て、2003 年から現職。県内の企業と協働で進める国際ブランドプロジェクト「百年物語」の事業企画、運営、商品企画、デザイン開発支援などを行っている。
肩書きなどは 2012 年当時のもの
REPORT 変わる「産地とデザイン」会議 2012
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いいものづくりは、関係を築き持続することから始まる
ものづくりには、産地企業やデザイナー、バイヤー、プロデューサー、行政などいろいろな人が関わっている。そこには金銭や人間関係をはじめとするさまざまな問題がある。話し合う中で見えてきたのは、時代の大きな変化にものづくりの仕組みが対応していないこと、それぞれがお互いのことを理解できていないこと。「売れる」ことが、いいものづくりの基準になっていることもわかった。これからの方法を探るためにも、立場を越えて話し合う場が必要だと確信した。以下は、産地とデザインの関係をよくするためにどうしたらよいか、会議の発言や会場の声である。
デザイナー、バイヤー、職人が同じテーブルで話をする。
使い手を育てる。
私がやるべきことは、つくり手、使い手、売り手に気づかせること。
枠組みをはずす。
寄り添い続けること、一緒に考えること、良いタイミングで離れること。
メーカーとしてつき合えるのは、仕事を持ってきてくれるデザイナー。
消費者が長く使いたいと思う、ずっと好きでいられる方法って何だろう?
課題と問題を自社で理解し整理する力をつける。
現場と現場で働いている人たちのことをまず知る。
関わっている人がみんな楽しくなることが大事。
使う人とつくる人をつなぐために、メディアは楽しい記事や企画を考え出す。
2012
REPORT 変わる「産地とデザイン」会議 2012
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最近、ほんとにこの商品、この仕事が必要なのか、悩んでいる。どう継続させるか? どう関係をつくるか? は切実な問題。
ものをつくっても、昔のような問屋やデパートのような存在がなくなった。売る人がいなきゃ、売れないんです。
時代は変わってきている。誰もが手探りで、自分なりの方法をつかむしかない。
苦労して「いいものができた」と喜んでも、結局、売れなかったりする。複雑に考えすぎるとダメ。大きく、シンプルに考えることが必要だと思う。
伝統技術でつくるのに、デザイナーはメーカーに「何か新しいものをつくってください」と頼まれる。補助金はなぜ同じものをシリーズとして長く売っていくことを奨励しないのか? デザインを変えないで長く使えるほうがすばらしいと思うけど。
国では、補助金は単年度であっても、継続していける仕組みになるように考えている。地域の活性化が未来へ続いていく成功事例がどんどん出てくることを期待している。
僕はデザイナーですが、産地がどういうものをどのようにつくっているのか、実際によく知りません。そこまで深く考えていなかった。
問題はたくさんある。だけど、あきらめない、やめない。
若い人が夢を持って「産地で仕事をしたい」と来てくれても、現実的には給料を払えないことがある。志のある若い人がうまく産地に入っていけるような仕組みがほしい。そうしないと産地は継続しない。
メーカーとデザイナー、お互いにどういう位置づけでものづくりをするのか、はっきりさせないとうまくいきません。位置づけが共有できれば、たとえ売れなくても、本業に何か得るものがあればいいんじゃないかな。
工場は売れないもの、つくりづらいものを嫌うけど、デザイナーが言う無理難題は、工場の技術力を上げることもある。
デザイナーって何なのですか?言葉がむずかしいんじゃないかな。
プロダクトのデザインばかりがデザインではない。メーカーがほしいのは経営のデザイン。
REPORT 変わる「産地とデザイン」会議 2012
20
1950 年代から 2010 年までの産地の実態をグラフ化しました。会議では家具、繊維、陶磁器の各産地を比較しました。企業数、従業員数、製造出荷額の変遷でみると、1964 年の東京オリンピックの頃からバブルの時期に向かって数値は伸びましたが、1990 年代から2000 年代にかけて一気に落ち込み、2010 年代にようやく回復に向かっているのが大筋の動きです。 家具産地の北海道・旭川と飛騨高山で比較してみると、旭川は1960 年代には企業数 200 社、従業員数は約 1700 人、売上げは 1憶 1000 万円でした。ピークはバブル期で、企業数は約 104 社と減っていますが、従業員数 2300 人、売上げ 234 億円と大きな産地になっています。90 年代からは落ち込み、現在では企業数 37 社、従業員数 732 人、売上げ 74 億円まで減少しています。 一方、高山はバブル期までの伸びは他産地と同様に大きいのですが、それ以降の落ち込みは意外に少なくなっています。これは、高山では椅子・テーブルなどの脚もの高級家具が多く、無垢材を使った少量多品種生産によって急激に生産が減少しないものづくりを継続してきたからと思われます。
DATA 2伝 統 産 地 の 実 績 推 移
従業員数5人以上の企業で集計
図・文/影山和則
▼ 旭川市 家具・装備品製造業
▼ 飛騨高山 家具・装備品製造業
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基調講演 「その後の産地とデザイン」
影山和則(埼玉県産業技術センター)
パネラー
大熊健郎(CLASKA G
allery&Shop
”Do
”)
桐本泰一(輪島キリモト・桐本木工所代表)
小泉
誠(家具デザイナー
Koizum
i Studio
)
ナガオカケンメイ(デザイン活動家)
能作克治(能作代表取締役社長)
日野明子(クラフトバイヤー
スタジオ木瓜)
司会進行
萩原
修(デザインディレクター)
参加人数
113名
変わる『産地とデザイン」会議
開催日時
2013年9月14日(土)13時から19時
開催場所 A
XIS G
AL
LE
RY
(東京都港区六本木)
主
催 変わる「産地とデザイン」会議実行委員会
2013
テ ー マ流 通 とプ ロ デ ュ ー ス
2013conference on the changes of producing district and design
会場撮影/永島和宏
パネラー・プロフィール
REPORT 変わる「産地とデザイン」会議 2013
桐本 泰一 きりもと たいいち輪島キリモト・桐本木工所1962 年石川県生まれ。筑波大学卒業後、コクヨ意匠設計部を経て、87 年に家業の桐本木工所入社。同年代の職人たちとネットワークを組み、個展や漆関係のセミナーなどを企画開催。伝統的な家業を大切にしながら、現代の暮らしの中で使える漆の器、インテリア小物、家具、内装材など幅広い提案を行っている。
ナガオカ ケンメイデザイン活動家1965 年北海道生まれ。日本デザインセンター原デザイン研究所を経て、97年、ドローイングアンドマニュアルを設立。2000 年、生活者とつくり手が集い、対話できる場を提供する「D&DEPARTMENT」を始め、現在では東京から全国に店舗を広げている。デザインの視点で新しい観光を紹介する雑誌
『d design travel』も好評。
第 2部テーマ:デザインとプロデュース
小泉 誠 こいずみ まこと家具デザイナー Koizumi Studio1960 年東京生まれ。原兆英・成光両氏に師事した後、90 年に東京・国立にKoizumi Studio 設立。箸置きから住宅まであらゆるデザインを手掛け、産地メーカーとじっくりつくり上げるものづくりには定評がある。2003 年にこいずみ道具店を開店。武蔵野美術大学空間演出デザイン学科教授。
大熊 健郎 おおくま たけおCLASKA Gallery & Shop”DO”1969 年東京生まれ。慶應大学卒業後、IDEE に入社してバイイングやショップディレクションに関わる。2005 年、全日空の機内誌『翼の王国』編集部に。07 年から CLASKA のリニューアルに携わり、CLASKA Gallery & Shop”DO”をプロデュースしている。
能作 克治 のうさく かつじ能作代表取締役社長1958 年、福井県生まれ。大阪芸術大学卒業後、新聞社勤務を経て、84 年に能作入社。2003 年に五代目社長に就任。富山県高岡の伝統産地に伝わる鋳造技術を用いて仏具、茶道具、花器などを製造。近年はテーブルウエアやインテリア製品、建築金物など分野を超えたものづくりに挑戦している。
日野 明子 ひの あきこクラフトバイヤー スタジオ木瓜共立女子大学在学中に、教授であった秋岡芳夫氏に影響を受ける。松屋商事( 株 ) を経て、1999 年独立しスタジオ木瓜を設立。一人で問屋業を始める。百貨店やショップと作家・産地をつなぐ問屋業を中心に素材を限定せず生活用具の展示会や企画アドバイスを行う。
第 1部テーマ:流通の現場
肩書きなどは 2013 年当時のもの 23
インターネットの普及などもあり、流通も企業の姿勢も大きく変化している。ブランディングは一般化し、それを推し進めるプロデューサーも全国に台頭している。一方で、つくることから売ることまで行う産地企業や、時間をかけてメーカーと共につくるデザイナー、独自の方法で伝えようという人たちがいる。それぞれの現状から語っていただいた。以下は、会議の発言や会場の声である。
売れないと、ビジネスとして成り立たない
売れないと、ものとして循環していかない。
どんなビジネスでも売上げを上げて利益を出さなければ、維持発展することはできません。
日本の手づくりをキーワードにやっていこうとしたが、雑貨店でやっていくのは難しい。スケールメリットを活かして、多店舗展開し、オリジナル商品を出すことで打開したい。
適正規模→ブランド化→大量生産→生産向上・コスト削減→海外移転→国内衰退の繰り返しでは?
国内にも販路あり!に賛成。
最近では、同じような店に同じようなものが置かれている。
おおかたのお客さんは、それほど「産地」を意識して買っていないと思う。
伝統技術でつくられたものは「長く使えるから高くない」というけど、本音は買い替えてほしいのではないですか?
ものそのもので勝負するのか、ものをつくる技術で勝負するのか?
産地でいいものができても、どう伝え、どう売るのか。その仕組みができていない。
メーカーが直販するメリットとデメリットは?
流通の現場
2013REPORT 変わる「産地とデザイン」会議 2013
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みんなが少しずつ+αの仕事をすると、いい流れができるはず
ブランド意識を持つのは大切なこと。それを持っていないと、自分たちの価値観というか軸がしっかりしない。
産地企業の適正規模について、もっと知りたい。
つくり手、デザイナー、売り手が同じ目線でないと、絶対いいものはできない。
つくる人、デザインする人、プロデュースする人、売る人。みんなが少しずつ+αの仕事をすることで、いい流れができると思う。
成功させるには、さまざまな立場のパートナーとの出会いが必要。そのお見合いの場がほしい。
日本の産地には協同組合が強いところがある。その場合、理事長が絶対的な権限を持って引っ張っている。技術やつくり手のことがわかり、先を見越してプロデュースできる人間はやはり必要だと思う。
産地の問屋はプロデュース機能を強化すべき。
産地の人は自分たちが持っている宝物に気づいてほしい。デザイナーが売れるものをつくれるわけじゃないんです。
10 人にも満たない小さな規模の産地メーカーで、それまでは下請けだったけれども、ようやく自社ブランドを立ち上げたいからと、デザインを頼まれた。デザインというより流通するだけのボリュームに仕上げるのに、企業側の体力の問題もあって苦戦している。
なぜ「地産地消」以上のものをつくるのか?東京を目指すのはなぜ?
その土地のものを背負って、社会や日本も背負って、そういう生き様の人がものをつくり続けないと、日本の伝統工芸は雑貨化してしまう。
お客様が産地に来て見てもらえれば、産地は緊張感を持って仕事をするし、お客様になぜその価格なのか理解してもらえる。
デザインとプロデュース
REPORT 変わる「産地とデザイン」会議 2013
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ネットで産地は変わるか、という視点で考えてみました。2010 年代が1980~90 年代と違うのは、デザイナーと産地という関係ではなく、プロデューサーと産地という関係に変わってきたことです。プロデューサーが産地に商品の方向性を示すことで、単独産地のものづくりではなく、複数の産地のものを品揃えして販売する。その全体をコントロールして販売体制をつくりあげるという展開になっています。 これは、1980~90 年代の百貨店の売り場とデザイナー、地方の産地の関係とは大きく異なっています。なぜこのような動きが活発化したのか。それは、インターネットによる販売の広がりと複雑な進化によって支えられているような気がします。日本のものづくり、職人技をテーマにして関連サイトはすざまじい勢いで増殖しています。このようなサイトは、行政、メーカー、小売店、デザイナーなど、中には大手広告代理店など資本が入ったサイトもあり、さまざまな形で発信されています。
DATA 3 産 地 と デ ザ イ ン の 関 連 サ イ ト文/影山和則
▼ アシストオン www.assiston.co.jp
▼ ててて恊働組合 tetete.jp
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変わる『産地とデザイン」会議
開催日時
2014年9月13日(土)13時から19時
開催場所 A
XIS G
AL
LE
RY
(東京都港区六本木)
主
催
変わる「産地とデザイン」会議実行委員会
2014
テ ー マも の づ く り と
イ ン タ ー ネ ッ ト
問題提起 「ネットで産地は変わるか」
影山和則(埼玉県産業技術総合センター)
パネラー
大治将典(デザイナー
Oji&
Design
)
大杉信雄(アシストオン代表取締役)
木口和也(ウェブデザイナー
wasavi-design
主宰)
坂口
剛(野村総合研究所
上級コンサルタント)
仲山進也(楽天大学
学長)
松崎良太(きびだんご
代表取締役)
司会進行
萩原
修(デザインディレクター)
古庄良匡(小鳥来代表)
参加人数
66名
REPORT 変わる「産地とデザイン」会議 2014
2014conference on the changes of producing district and design
会場撮影/永島和宏
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坂口 剛 さかぐち つよし野村総合研究所 公共経営コンサルティング部 上級コンサルタント野村総合研究所入社後、繊維産業や生活文化産業を中心に、省庁の政策立案支援や民間企業の海外展開支援などを行う。同時に「次世代が誇りを持って働ける良質の仕事をつくる」を目的に、触発による新しい事業創造を推進する活動に参画。最近ではプロボノにも力を注ぎ、活動の幅を広げている。
仲山 進也 なかやま しんや仲山考材 代表取締役 楽天大学 学長慶応義塾大学法学部卒業後、シャープを経て、1999 年に楽天に移籍、初代 ECコンサルタントの一人となる。2000 年に楽天大学を設立、楽天市場出店者42,000 社の成長パートナーとして活動中。組織が成長するそれまでの経験をもとに、人・チーム・企業の成長法則を体系化、社内外で「自走形人材」の成長を支援している。
松崎 良太 まつざき りょうたきびだんご 代表取締役1968 年生まれ。慶応義塾大学卒業後、コーネル大学 MBA、日本興業銀行を経て、2000 年に楽天入社。退社後、スタートアップ支援などを行い、13 年にはクラウドファンディングと EC を組み合せた「きびだんご」を立ち上げ、新しい事業エンパワーメントの仕組みを確立している。
大杉 信雄 おおすぎ のぶおアシストオン 代表取締役1965 年生まれ。京都薬科大学卒。96 年に Apple の PDA デバイス Newtonの専門店を立ち上げ、2000 年、優れたデザインや機能をもった製品のセレクトショップ、アシストオンをオープン。日用雑貨からデジタル機器、伝統工芸産地まで取扱い、日本産業デザイン振興会から、日本唯一の「G マーク・パートナーショップ」の認定を受けている。
大治 将典 おおじ まさのりデザイナー Oji & Design 代表1974 年広島生まれ。広島工業大学環境学部環境デザイン学科卒。建築やグラフィックの事務所を経て、99 年に独立。2007 年、「Oji & Design」に社名変更。伝統工芸産地での商品開発も多数手掛け、12 年につくり手・伝え手・使い手の三者をつなぐ「ててて協働組合」を有志と発足。見本市など各種イベントを企画開催している。
REPORT 変わる「産地とデザイン」会議 2014
第1部テーマ:インターネットの可能性
第2部テーマ:ツールとしてのインターネット
パネラー・プロフィール
肩書きなどは 2014 年当時のもの
木口 和也 きぐち かずやウェブデザイナー nMAKE 代表取締役1973 年愛知県生まれ。大学は物質工学科で学び、三洋電機でプログラマーとして働く。淡路島でカメラとデザインに出会ったのを転機に、独学でウェブデザインを学び退職、独立。近年は地方の中小企業や工務店のブランディングにも関わる。群馬県ではカフェやギャラリーなどの機能を備えたサロンスペースを運営している。
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現代ではインターネットがめざましい成果を上げているのは事実だが、一方で展開の早さなど、どこか落ち着かない感じを持つ人もいる。インターネットは、ものづくりの現場でツールとしての可能性はあるのか。さまざまな立場の方からお話を伺った。以下は会議での発言と会場の声である。
インターネットの可能性
2014「安さ早さ」だけでなく、楽しみながら使うツールにもなる
地方のものづくりには、非常に有効な発信手段。
インターネットを活用して生まれる圧倒的なスピード感。
インターネットによって便利になるはずなのに、逆にどんどん時間がなくなっています。情報発信はインターネットで、ご注文はお手紙で、というのは無理でしょうか?
ネットはきれいにまとめてあるけど、そこからものづくりの生々しさは伝わらない。
これまでの問屋や百貨店などの流通機能が変わる。
ものづくりをする人が広報する力を持つことが必須になる。
「産地を訪れたような気分にさせる」のではなく、「産地に訪れたくなるような仕組み」が大切。
インターネットを使えない人は使わなくてもいい。その代わり、インターネットにくわしい人と仲間になる。苦手なことはやらなくていい、得意なことをどんどん伸ばす。
ネットがいけないのではない。やる気があるか、実際にやるかどうかの問題。
クラウドファンディングを行えば、「買う」のではなく、プロジェクトに「お金を出して参加する」ことができる。参加型意識でつながるものづくりができる。
REPORT 変わる「産地とデザイン」会議 2014
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ツールとしてのインターネット
インターネットはウソがつけない
人がものを買う時は「コスト」と「メリット」のシーソーで、「メリット」の方が上まわった時にものを買う。「コスト」は値下げで勝負するしかない。ならば、お客さんが感じる「メリット」を増やす。そのためにも、お客さんにいいものを見分ける眼を持ってもらう。
ものをつくる段階から、ファンや応援団をつくる。
一品生産でも大量生産でもなく、その産地が成り立つ規模ということで中量生産のものづくりをしている。
伝統工芸品でも作家ものでもない中小規模のメーカーは発表する場がない。それらに関わっている人同士の出会いの場もない。インターネットはそうした文化を見せる場にもなっている。
web をつくっていて心掛けているのは、ものに触れたり体験できたりする機会をつくること。いいものに出会った時の驚きや感動を素直に出してサイトに表現しようと考えている。
爆発的に売れているネットショップは、情報量がすごい。ものを取り巻く背景から生産のこと、デザインのこと、もののよさをきちっと伝えている。それが精密であればあるほど信頼感につながり、ふつうのマーケットでは売れないものが売れる。
何かいいものがあっても、そのままでは動きません。そこに情報をうまく連鎖していくようにして点と点をつないでいくと、動くようになるんです。
インターネットがあってよかったと思うのは、資金がなくても情報発信できるし、ウソがつきにくくなったこと。SNS はさらにウソがつけない。正直なことを思う人にきちんと届けられるようになったと思います。もちろん、ものづくりの真価も問われます。
インターネットが普及し出して、まだ 10 年くらいです。なのにここまで変わった。この先、どう変わっていくかもわからないくらいです。確かにネガティブなイメージを持つ人もいると思うけど、そこに何か可能性があるから、これだけ多くの人たちがいろいろやっているんだと思うんです。
REPORT 変わる「産地とデザイン」会議 2014
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本冊子の資料・写真などの無断転載を禁じます。
記録 メディア・メトル料理 小野寿美江運営ボランティア 阪口公子、永島和弘、森野純一、ハギワラスミレ、 萩原葵、半田隆志、稲本将史、栗原英紀、森田寛之、 唐牛聖文、本多春樹、佐藤優、佐俣菜津子、田口めぐみ
文 影山和則、中野照子データ整理 吉川友紀子編集 中野照子デザイン 古庄良匡印刷製本 テンプリント
発行日 2016 年 3 月 31 日発行 明星大学デザイン学部 萩原 修企画 変わる「産地とデザイン」会議実行委員会 影山和則 中野照子 萩原 修 古庄良匡 吉川友紀子 http://www.sanchi-design. jp
会議を支えてくれた方々
冊子制作
Japanese manufacturing and design
conference on the changes of producing distr ict and design
「いいものづくり」
ってなんだろう?
産地のメーカーや職人、
デザイナーやプロデューサー、
バイヤー、流通、ショップ、支援機関や行政。
みんなが集まって話し合える場が必要だ。