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DPP-4 阻害作用に基づく経口2型糖尿病治療薬テネリグリプチン の創製 Discovery of Orally Active DPP-4 Inhibitor Teneligliptin for Treatment of Type 2 Diabetes 平成 25 年度 論文博士申請者 吉田 知弘( Yoshida, Tomohiro 指導教員 川﨑 知己 代表的な生活習慣病である 2 型糖尿病患者はその予備軍を含め ると我が国に 2210 万人といわれており、今後益々増加することが 予想される。糖尿病患者及びその予備軍は食事に応じたインスリン 分泌が遅延又は消失しており、食後に過度の高血糖状態に陥る。こ の慢性化が糖尿病の発症又は悪化を招き、糖尿病性神経障害、網膜 症、腎症等の重大な合併症を引き起こす。このため糖尿病に対する 食後高血糖の是正が治療上重要とされている。しかしながら既存の インスリン分泌促進薬は、投薬タイミングの管理が必要で、さらに 低血糖、体重増加あるいは膵β細胞疲弊のリスクを有している。イ ンクレチンの一つである Glucagon-Like Peptide-1 (GLP-1) は、食物 摂取に伴い分泌される消化管ホルモンで、膵臓にて血糖値上昇に応 じたインスリン分泌促進とグルカゴン分泌抑制を行う。しかし生体 内において GLP-1 Dipeptidyl Peptidase-4 (DPP-4) によって速やか に不活性化される ( 血中半減期約 2 ) 。この分解酵素 DPP-4 の阻 害剤は、それ自身がインスリン分泌に直接関わるのではなく、 GLP-1 の分解を抑制し、活性型 GLP-1 の増強と血糖値上昇を介し

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Page 1: DPP -4 阻害作用に基づく 経口2型糖尿病 治療薬テ …DPP -4 阻害作用に基づく 経口2型糖尿病 治療薬テネリグリプチン の創製 Discovery of Orally

DPP-4 阻 害 作 用 に 基 づ く 経 口 2 型 糖 尿 病 治 療 薬 テ ネ リ グ リ プ チ ン

の創製

Discove ry o f Ora l ly Act ive D PP- 4 Inh ib i tor Tene l ig l ip t in f or

Treat ment o f Type 2 Diabet es

平成 25 年度 論文博士申請者 吉田 知弘( Yosh id a , Tomohi ro)

指導教員 川﨑 知己

代表的な生活習慣病である 2 型糖尿病患者はその予備軍を含め

ると我が国に 2210 万人といわれており、今後益々増加することが

予想される。糖尿病患者及びその予備軍は食事に応じたインスリン

分泌が遅延又は消失しており、食後に過度の高血糖状態に陥る。こ

の慢性化が糖尿病の発症又は悪化を招き、糖尿病性神経障害、網膜

症、腎症等の重大な合併症を引き起こす。このため糖尿病に対する

食後高血糖の是正が治療上重要とされている。しかしながら既存の

インスリン分泌促進薬は、投薬タイミングの管理が必要で、さらに

低血糖、体重増加あるいは膵β細胞疲弊のリスクを有している。イ

ンクレチンの一つである Gluc a gon- L ike Pep t ide -1 (GLP-1)は、食物

摂取に伴い分泌される消化管ホルモンで、膵臓にて血糖値上昇に応

じたインスリン分泌促進とグルカゴン分泌抑制を行う。しかし生体

内において GLP-1 は Dipep t id yl Pep t i dase - 4 (DPP-4)によって速やか

に不活性化される (血中半減期約 2 分 )。この分解酵素 DPP-4 の阻

害 剤 は 、 そ れ 自 身 が イ ン ス リ ン 分 泌 に 直 接 関 わ る の で は な く 、

GLP-1 の分解を抑制し、活性型 GLP-1 の増強と血糖値上昇を介し

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たインスリン分泌を促進するため、DPP-4 阻害剤は空腹時低血糖を

生 じ る こ と な く 1 日 1 回 の 経 口 投 与 に て 血 糖 値 を コ ン ト ロ ー ル で

きる理想的な糖尿病治療薬になると考えられる。このような背景か

ら、当時開発中であった DPP-4 阻害剤 NV P-D PP72 8 の柔軟な構造

に着目し、その直鎖構造を硬直なプロリン環への固定化で活性の向

上を見出した ( F i g . 1 )。しかしながら化合物 1 は水溶液中ジケトピペ

ラジン 2 へと分解することが判明したため、 DPP-4 阻害剤 P3 2/98

を参考として、不安定なシアノピロリジンをチアゾリジン 3 に変換

した。この安定な化合物 3 をリードとし、プロリン環のγ位置換基

の最適化を行った。

N

ONH

HN

N

CN

N

OSer630

N

ONH

HN

N

CN

N

OSer630

S2 subsite

S1 subsite

DPP-4

S2 subsite

S1 subsite

DPP-4

N

S

ONH

HN

N

CNS2 subsite

S1 subsite

DPP-4

γ γ

NN

HN

O

ONVP-DPP728IC50 = 1.4 nM

1, IC50 = 0.25 nMUnstable

3, IC50 = 25 nMLead compound

O

NH2N

S

P32/98 IC50 = 75 nM

N

CN

2

H H

Fiγ.1 � � � � � � � � �

1.γ -アミノ置換 -L-プロリルチアゾリジン類の一般合成法

γ 位 に 種 々 ア ミ ノ 基 を 有 す る プ ロ リ ル チ ア ゾ リ ジ ン 類 4 は 、

N -Bo c- t rans -4 -ヒ ド ロ キ シ - L -プ ロ リ ン を チ ア ゾ リ ジ ン と 縮 合 し 、

DMSO 酸化でケトン体へと変換後、種々のアミンとの還元的アミノ

化、脱保護によりに合成した。なお還元的アミノ化は立体選択的に

c i s 体を与えた (Sc heme 1 )。

N

HO thiazolizine, EDCHOBt, DMF, r.t.

DMSO, SO3•PyridineTEA, 0 oC - r.t.

NN

O

SO 1. amine X

NaBH(OAc)3, AcOH 1,2-dichloroethane, r.t.

Boc BocCO2H N

HN

O

SX1.

2. 2. H3O+, r.t.

nHClScheme 1 γ-� � � � � -L-� � � � � � � � � � � � �

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2.γ -(4-単環アリール -1-ピペラジニル )-L-プロリルチア ゾリジ

ン類の構造活性相関 1

γ 位 に 環 状 ア ミ ン が 置 換 し た 化

合物を DPP-4 阻害活性を指標に探

索した (Tab le 1 )。その結果、4-フェ

ニルピペラジン体 5 はリード化合

物 3 と比較し DPP-4 阻害活性が約

2 倍向上した。

続いて 化合 物 5 のフェ ニル 基上 の 置換基 効果 につ い て検討 した

(Tab le 2 )。置換基導入位置として o -位よりも m -位 , p -位の方が、ま

た電子供与基よりも求引基の方が、活性を

増強した ( ex .化合物 6 )。さらにフェニル基

以 外 の 電 子 求 引 性 構 造 と し て ピ リ ジ ン 環

について検討を行った。その結果、 5-ニト

ロ -2 -ピリジル体 7 においてリード化合物 3

に比べて約 30 倍阻害活性が増強した。

3.γ -(4-縮合ヘテロア リール -1-ピペラ ジニル )-L-プロリ ルチア

ゾリジン類の構造活性相関 2

3.1.縮合ヘテロアリールの探索

次に縮合ヘテロアリール置換基を有する化合物としてキノリル、

イソキノリル基を有する誘導体を探索した (Tab le 3 )。その結果、こ

れら縮合環のβ体よりα体の活性が強く、2-トリフルオロメチルキ

ノリン体 8 は単環系化合物 7 よりも約 3 倍活性が向上した。一方、

縮合ヘテロ 5 員環でも高い活性が認められ、5 位にシアノ基を導入

NH

N

O

SXTable 1

X IC50 (nM) X IC50 (nM)

NNC NH

N

N

NN

H3C

NN

Ph

325

127

48

57.5

10.9

5

NH

O

N N SNAr

Table 2

Ar IC50 (nM)

4-MeOC6H44-ClC6H43-ClC6H42-ClC6H4

4-O2NC6H42-Pyridyl4-Pyrdyl

5-Cl-2-pyridyl5-O2N-2-pyridyl

13.5 8.7 4.110.8 1.6 2.7 3.1 2.5 0.92

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したベンズイミダゾール体 9 でキノリン体 8 と同等の活性を示した。

キノリン体 8 と D PP-4 との X 線共結晶構造解析 ( F i g . 2 )から、基質

を認識する酵素側ポケット部位 S1 ,S 2 との相互作用に加えて、キノ

リン部位と Phe35 7 , Arg358 ならびに Tyr 585 との新たな相互作用が

活性向上に寄与したと考察した。なお Arg3 58 とその周辺アミノ酸

で構成される第 3 のポケットを“ S2 ex t ens ive subs i t e”と定義した。

3.2.酵素阻害活性における選択性

臨床における副作用の観点から、標的分子と類似分子との分子認

識は創薬における重要な因子となる。そこで単環系化合物 6 とキノ

リン体 8 について DPP-4 の類似酵素である DPP-8 および -9 の阻害

活性を検討したところ、キノリン体 8 で最も高い選択性が認められ

た (Tab l e 4 )。S1 部位のアミノ酸配列は DPP-4 ,8 ,9 間で共通であるが、

S2 ex t ens ive subs i t e を形成するアミノ

酸配列は異なることから、後者との相

互作用は活性のみならず選択性の向上

にも寄与したものと推測される。

NH

O

N N SNAr

Table 3

Ar IC50 (nM)

N

N

N CF3

X

NY X = NH, Y = H 0.80X = NH, Y = CN 0.39X = O, Y = H 1.2X = S, Y = H 0.55

2.2

0.61

0.37 8

9

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4.γ -(4-ビアリール -1-ピ ペラジニル )-L-プロリルチアゾ リジン

類の構造活性相関とテネリグリプチンの創製 3

DPP-4 の X 線 構造 との 分 子モ

デリングより S2 ex t ens ive subs i t e

との相互作用には 5 員環‐ 6 員環

系 ビ ア リ ー ル 構 造 が 好 ま し い と 考

え 、 こ れ ら の 置 換 基 を 有 す る 化 合

物 の 構 造 活 性 相 関 研 究 を 行 っ た

(Tab le 5 )。 そ の 結 果 、 期 待 ど お り

1-フェニル -イミダゾール体 10、テ

トラゾール体 11、ピラゾール体 12a

は、 縮合 ヘテ ロ ア リー ル類 と 同 等以 上の 高活 性を 示し た。 また 3 -

メチルまたは 3-トリフルオロメチルピラゾール誘導体 12b、 12c は

12a より 3 倍程度活性が増強された。これらのうちラット ex v ivo

にて持続的な活性を示した化合物 1 2b を選択し、1-フェニル基上の

置換基検討を行ったが、さらなる活性の向上は認められなかった。

また類似酵素との選択性において、化合物 12b はキノリン体 8 と同

等の DPP-4 活性を保持しつつ、DPP-8 および -9 阻害活性は低下し高

い選択性を示した (Tab le 4 )。また、化合物 12b と DPP -4 の X 線共結

晶 構 造 解 析 か ら フ ェ ニ ル

ピラゾールと S2 e x t ens ive

subs i t e と の 相 互 作 用 が 確

認され、冒頭での分子モデ

リ ン グ の 正 当 性 を 証 明 で

きた (F i g . 3 )。

N N NH

O

N SAr

NN N

NN

NNN

NN

CH3

X

NN

CF3

X = H, 0.37 = 2-F, 0.85 = 3-F, 0.30 = 4-F, 2.9 = 4-Cl, 3.4 = 4-CN, 12

IC50 (nM)

Ar =

0.26 0.20 0.94

IC50 (nM)

Ar =

0.32

10 11 12a

12b 12c

Table 5

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テネリグリプチン 12b は、

Zu cke r f a t t y ラ ッ ト へ の 糖 負

荷評価 (1 g /k g )では、 30 分前投

与にて 0 .03 m g/k g 以上の用量

で 有 意 に 血 糖 値 の 上 昇 を 抑 制

し、その一方で 3 0 倍の用量 (1

mg/k g)で も 低 血 糖 を 示 さ な か

った (F i g . 4 )。

5.結語

DPP-4 阻害活性を指標として L-プロリルチアゾリジン 3 のγ位置

換基の 構造最適化を行った。その結果、新たに見出した DPP-4 の

S2 ex t ens ive subs i t e が阻害剤との相互作用において活性のみならず、

類似酵素 DPP-8 ,9 との選択性向上に重要であることを見出した。こ

の S2 ex t ens ive sub s i t e との相互作用をターゲットにした一連の構造

活性相関研究から、1日1回投与の糖尿病治療薬としてテネリグリ

プチン 12b を創製した。さらに 12b の薬理評価にて既存薬の副作用

である低血糖は期待通り認められなかった。なお、本剤は、昨年 6

月に製造販売承認を取得し臨床現場に供されている。

参考文献