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卒業論文 福岡市民を福岡通にするにはどうすればよいのか ―地元を知ることからはじめる「福岡の観光を元気にする戦略」― 中村学園大学流通科学部 4 年 明神ゼミ所属 学籍番号 10B168 氏名 若島 佳奈 2014 年 1 月 10 日提出

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卒業論文

福岡市民を福岡通にするにはどうすればよいのか

―地元を知ることからはじめる「福岡の観光を元気にする戦略」―

中村学園大学流通科学部 4年

明神ゼミ所属

学籍番号 10B168

氏名 若島 佳奈

2014年 1月 10日提出

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1

<目次>

第 1章 序論 ................................................................................................................ 2

第 1節 問題意識...................................................................................................... 2

第 2節 福岡の郷土愛の理由を探る ......................................................................... 4

第 2章 既存研究 ....................................................................................................... 11

第 1節 「地元を知ること」と「地域振興」の相互関係 ........................................ 11

第 3章 我が国の観光 ................................................................................................ 16

第 1 節 地域振興の現状 ......................................................................................... 16

第 2 節 我が国の地域振興における課題 ................................................................ 19

第 4章 地元「福岡」を地元民に知ってもらう戦略 .................................................. 22

第 1節 戦略その 1. ............................................................................................... 22

第 2節 戦略その 2. ............................................................................................... 26

第 3節 戦略その 3. ............................................................................................... 28

第 5章 まとめ ........................................................................................................... 31

<引用文献> .............................................................................................................. 34

<引用資料> .............................................................................................................. 34

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第 1章 序論

第 1節 問題意識

福岡好きな福岡人。でも・・・

わたしは今まで、学生という自由な身を使い、沖縄の離島を巡ったり、イタリアに行った

り、東京や大阪といった大都市や九州全県を廻った。楽しかったが、日本の最南端に行った

り、ローマのパスタを食べたり、大都会で最先端の流行に乗っかっても、ふるさとである福

岡の心地よさにはかなわなかった。それくらい、わたしは福岡が好きである。

生まれて 22年間一度も福岡以外の県に住んだことがないが、未だに福岡から出たいとは

思わない。というのも、福岡は食べ物が安くて美味しいし、なにより交通網が充実していて、

なおかつ街がコンパクトにまとまっているので、とても住みやすいのだ。おそらく、このよ

うに考えている福岡人はわたしだけではないと思う。

事実、福岡県は 2010年度の郷土愛ランキングでは全国 4位の結果を誇っており1、わたし

の周りにも福岡が好きだという人は多い。転勤先の土地としても福岡は人気だという。

しかし、以前日本経済新聞に掲載されていた「福岡検定」についての記事を読んで、わた

しははっとさせられた。

「市は 2012年を「観光元年」と位置づけ、大型客船の誘致や市内を廻る2階建ての「オー

プントップバス」の運行などに取り組んできた。

だが「観光に力を入れると言いながら、もてなす側の市民が実は地元のことをよく知らない

ということに気がついた」(市観光振興課)」2

この記事にあるように、いざ観光客が目の前に現れた時に、わたしは堂々と福岡のことを

案内できるのだろうか。福岡旅行を楽しみにやってきた観光客を、満足させて帰らせられる

のだろうか。

日本各地の地域では、より多くの観光客を呼び込むために、特産品やゆるキャラを作った

り、観光名所をメディアで取り上げたりといった活動が行われている。しかし、本当の意味

での「地域振興」とは、そういった表面的なアプローチだけで成せることなのか疑問に思う。

もしかすると、行政だけではなくその土地にすむ人々の力も必要なのではないだろうか。福

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岡市の考えたこの「福岡検定」も、案内人である福岡人がそんなことでは、魅力的な観光地

にはできないだろうという危機感から生まれたものなのだろう。

しかし、やはりそれでもわたしは福岡が大好きだと胸を張って言いたい。「郷土愛が強い。

しかし、実はよく知らない。」こんな矛盾が生じていることは、非常に悩ましいところだが、

ひとまずは福岡好きを代表して、なぜ福岡県民がこれほどにも地元を愛しているのかを、地

元愛の意見として頻出する「住みやすい」「食べものが美味しい」「都会だが自然も近い」と

いう3点を取り上げて、少し認識し直してみたい。

2012年3月24日に運行開始した二階建て観光バ

ス「福岡オープントップバス」3

福岡についての知識を高めてもらうために、2014年 2月より始ま

る「福岡検定」4

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第 2節 福岡の郷土愛の理由を探る

郷土愛の意見その1:「福岡は住みやすい」

□「天神・博多」発展の歴史5

1936:天神に岩田屋が開店。

1945:新天町が誕生。

1949:博多部と福岡部の人々の論争の末、博多の飾り山笠が新天町に建てられる。

1955:天神発展会設立。

1964:博多駅地下街がオープン。

1971:ダイエーショッパーズが開業。

1976:天神コア・岩田屋新刊・天神地下街開業。

1982:「I LOVE FUKUOKA」キャンペーン発足。

1989:イムズ・ソラリアプラザ開業。

1992:福岡三越開業。

1996:キャナルシティ開業。

2006:「We Love 天神協議会」設立。

2010:PARCO開業。

2011:博多シティ・第 2キャナル開業。

□商業施設がコンパクトにまとまった街

こうして見ると、天神は 1936年の岩田屋の開業を先駆けて、ショッパーズ、三越といっ

た小売業者が次々に誕生した。こうした大型小売業が天神エリアに出店し、互いに競い合い

ながら集客することで天神に人が集まるようになったのではないか。近年では、イムズや天

神コア、パルコといった若者向けの専門店も軒を連ねており、週末になると福岡県内だけで

なく九州各県から人が押し寄せている。

同じく、博多エリアもキャナルシティや博多シティといった商業施設がある。天神エリア

と博多エリアは徒歩でも 30分、地下鉄やバスを使えば 10分もかからないほど相互にアクセ

スがしやすく、それが「買い物がしやすい、遊ぶのに困らない」という福岡の良さに繋がっ

ていると考える。

最近では、「ソラリアプラザ」の改装も発表され、天神エリアの消費者の回遊性の向上も

図られている。

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「西日本鉄道は 27日、福岡市天神にある商業施設「ソラリアプラザ」を改装すると発表し

た。―地下2階にあった駐車場の一部、約 1千平方メートルを店舗フロアにし、―天神地下

街や福岡三越につながる地下通路と結ぶ。

―岩田屋本店と福岡三越の中間に位置している。消費者の回遊性を高められる施設にし、天

神の魅力向上につなげたい。」6

天神エリアは、天神地下街を起点に、天神コア・イムズ・パルコといったあらゆる商業施

設に気楽に足を運ぶことができるように作られている。この記事にもあるように、消費者の

「回遊性」を意識した企業の取り組みも、福岡の魅力を押し上げているのだろう。

□空も地上も動きやすい優れた交通網

西鉄バス・福岡市営地下鉄・西鉄電車・JR といった交通手段の豊富さも福岡の良さであ

る。特に、市民にとっては西鉄バスと福岡市営地下鉄はとてもありがたい存在である。空の

玄関口である福岡空港と、天神・博多エリアは地下鉄を使えば約 20分で行ける。地下鉄に

は5つの路線(空港線・七隈線・箱崎線・西鉄貝塚線・JR 筑肥線)があり、市内だけでな

く県内各地へアクセスが出来る。

市内には西鉄バスがひしめいていて、各地に向かうバスは本数も多く、市内はもちろん、

郊外各地へのアクセスもよく、九州各地にも高速バスが運行している。

福岡の物件を見ると、「地下鉄○○駅から徒歩 5分」「バス停○○から徒歩 10分」といっ

た表記をよく見るが、それほど福岡市にとって地下鉄と西鉄バスの重要性は高いのだ。

天神・博多エリアには大小様々な商業施設が密集しており、その回遊性もピカイチである。

さらに、日常生活の足となる地下鉄と西鉄バス、そしてちょっとした旅行に行くにも活躍す

る高速バス、大きな旅行や出張の際にアクセスの良い福岡空港の立地。東京や大阪に比べれ

ば決して大きな都市ではないが、そのうまくコンパクトにまとまった町並みと、日々の暮ら

しに密着した便利な交通網が、福岡独自の「住みやすさ」を作っているのだ。

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福岡の中心街「天神」 デパートや多くの

専門店がコンパクトに密集している。地

下街との回遊性もバツグンだ

福岡市営地下鉄「空港線」の路線図

主要駅の「博多駅」から「福岡空港」まで

はたったの 3駅だ。それぞれの駅にユニー

クなイラストが施されている

町中にひしめく「西鉄バス」7

福岡各地へアクセスできる地元民の足

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郷土愛の意見その2:「食べ物がおいしい」

□「博多の食」誕生の歴史8

1905年:石村萬盛堂創業。

1912年:吉野堂「ひよ子」の製造・販売開始。

1929年:名月堂創業。

・・・博多にはこの他にも、千鳥屋やさかえ屋をはじめとする和菓子屋が多く存在する。

福岡の菓子の歴史は遣唐使時代までさかのぼる。アジア諸国との文化交流の拠点だったた

め、大陸から菓子製造の技術が根付いた。

1956年:屋台の営業が公的に認められ、1965年あたりからラーメンが主流メニューとなる。

・・・今では博多の夜の町に欠かせない風景となっており、現在でも約 160件が福岡市で

営業しており、全国の屋台の約 4割が福岡県に存在する。

1975年:博多駅に新幹線が開通。

・・・ふくやの「味の明太子」が一気に全国に広まり、博多土産として広く認知された。

その時、明太子と同時に「博多弁」も全国に知られた。

1985年:もつ鍋がマスコミに取り上げられるようになり、福岡名物として認知される。

・・・火付け役となったのは、名代の食通で知られる作家「壇一郎」の長男である「壇太

郎」である。全国を食べ歩くのちに、もつ鍋を紹介して話題を集めた。

□福岡名物も、野菜も魚も美味しい

どの県でもそうだが、その土地に住む以上、日々口にするものは重要である。不味いよ

りは美味しいほうがいい。

福岡を語る上で欠かせないのが、とんこつラーメンやもつ鍋、和菓子といったグルメであ

る。特にラーメンに関しては、一人一軒は好きなラーメン屋があるくらい、福岡人の好物で

ある。福岡の美味しいグルメ・特産品を挙げればキリがないが、福岡の食べ物が美味しい理

由には大きく分けて次の二つの理由があると考える。

一つは、新鮮な海鮮が年間を通して水揚げされ、それらが新鮮のまま、安く市場に出回っ

ていることである。福岡には玄界灘を初めとする九州一円の海から魚が集まり、さらに鮮魚

市場が都心に近いところに位置している。なので、福岡市などの都心部でも一年中いつでも

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美味しい魚を食べることができるのだ。

二つめは、九州各地から美味しい野菜、果物などの農産物が集まってくることである。ス

ーパーの野菜売り場を見ても、佐賀産・熊本産など福岡県以外の九州各県の野菜が多く見ら

れる。

博多ラーメンやもつ鍋といった外食だけでなく、福岡でとれる鮮魚に加え、九州各地の新

鮮な野菜が集まることで、福岡は「日々の普通の食事」も美味しくて安いのではないだろう

か。福岡の人々は、ラーメンをはじめとする、新鮮な鮮魚・農産物といった「うまいもん」

をいつでも安く美味しく食べられる。これも福岡人の郷土愛を作る一要因だと考える。

福岡市の中心部にある「長浜鮮魚市場」9

都心で水揚げされるので、福岡各地に新鮮なまま魚を流

通できる。

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郷土愛の意見その3:「都会だが自然が近くにある」

福岡市の近郊には自然も多く、郷土愛の大きな要因の一つである。まず、福岡市の早良

区に「百道浜」という海がある。博多駅や天神からバスで 15分ほどだ。福岡のランドマー

クでもある「福岡タワー」もすぐ近くにあり、夏になると泳ぐのはもちろん、ビーチバレー

やバーベキューを行う人も多い。

海だけでなく、島に気楽にいけるのも魅力だ。「能古島」は、市内の渡船場からフェリー

で約 10分、金印で有名な「志賀島」は高速道路を使えば博多駅から車で 30分の距離だ。ど

ちらも綺麗な海があり、能古島は夏や春になるとヒマワリやコスモスといった花が咲き乱れ

る。さらに、福岡市から 40分ほど車を走らせると、豊かな自然が溢れる「糸島市」にも行

ける。同市は、発行部数約 7万部を誇る、福岡の情報誌「福岡ウォーカー」の読者による「住

みたい街ランキング」で、大名や薬院といった都心部を抜いて第一位になるほど魅力的な街

だ。

このように、福岡市は都会でありながらも、近くに海や山とった自然があり、いずれも車

や公共交通機関を使えば 1時間もかからない距離で、日帰りで訪れられるアクセスの良さが、

福岡市民の遊びの幅を広げているのだ。

市内の渡船場からフェリーで 10分の「能古島」10

「住みたい街ランキング」で一位に輝いた「糸島」11

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以上、福岡人の地元愛を構成していると思われる理由を軽くまとめてみた。このように福

岡は規模こそ決して大きくないが、とても魅力に溢れている街なのだ。

わたしは、より多くの観光客に福岡の魅力を感じてもらい、訪れてもらいたい。なぜなら

ば、漠然とはしているが福岡には美味しい食べ物も、住みやすい町も心地よい自然もあり、

おすすめする自信があるからだ。しかし、観光客をもてなせるだけの「地元についての知識」

には正直自信が無い。

福岡市は2012年を「観光元年」とし、これから様々な取り組みに力を入れ、観光客の誘致

をする。そして、福岡のさらなる魅力向上を実現しようとしている。福岡市は今まさに、そ

の下地づくりとして「福岡市民を福岡通にする」仕組みを始めようとしているのだ。郷土愛

が強い福岡人だからこそ、日頃住んでいる福岡に感謝するという意味をこめて、地元の魅力

向上に貢献してみるのも良いのではないか。

そのためにも、まずはいま一度自分たちの住む福岡のことを学んでみるのはどうだろうか。

観光客をもてなすには、「福岡が好き」という気持ちだけでは足りない。それならば、下手

なガイドブックのほうが役に立つだろう。観光客に「福岡ってすごくいいね」と思わせるに

は、まずは地元についての知識と、そして「好き」よりもっと上の気持ち、福岡への「誇り」

ありきではないだろうか。

きっと、本当の意味での「観光を元気にする」というのは、行政に頼りきりの姿勢ではな

く、地元民たちのそういった「協力」の心こそが必要ではないかと思う。

しかし、「福岡のことを知る」といっても具体的に何をすれば良いのだろうか。歴史本や

ガイドブックを読めばいいのだろうか。福岡検定を受ければ良いのだろうか。果たして、そ

れだけで事足りるのだろうか。

そこで本稿では舞台を福岡市とし、地元民がより地元のことを知るためには、地域振興に

関わる人々がどのような活動や考え方に取り組めばよいのかを追及したい。近年、全国各地

で起きている地域活性化に関する事例を取り上げながら研究を進めていく。

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第 2章 既存研究

第 1節 「地元を知ること」と「地域振興」の相互関係

特産品や観光名所づくりの限界

福岡市が行っている「福岡検定」だが、目的は「検定を通じて多くの市民が地元の魅力を

再発見し、『福岡通』として観光客をもてなしてもらいたい」12とのことである。記事にも

あるが、福岡市は今までにも大型客船の誘致や、市内を廻る2階建ての「オープントップバ

ス」の運行などに取り組んできた。このように、市の行政では福岡により多くの観光客を呼

び、そしてもてなす動きが盛んになってきている。福岡の魅力を向上させ、より元気な福岡

を目指しているのだ。

しかし、福岡に限らず全国の地方自治体に言えることだと思うが、地域の魅力を高め、元

気なまちづくりをするためには、観光客向けに特産品や観光スポットを作ってアピールする

ような「一時的」で「行政に任せきり」の取り組みでは限界があるだろう。

たとえば「花畑牧場の生キャラメル」はどうだろうか。一時はメディアにも取り上げられ、

知名度も上がり、爆発的に売れた。しかし今となっては、「花畑牧場の生キャラメル」は福

岡のデパートでも買える。そう、「花畑牧場」に訪れなくともだ。さらに、あのキャラメル

を持続的に、今現在も好んで買っている人はどのくらいいるだろう。「花畑牧場の生キャラ

メル」で北海道の経済は潤ったと言えるのだろうか。わたしは、おそらくそうは言えないと

思う。

さらに、最近観光客の伸びが良い島根県の記事にもやや疑問が残る。

「出雲大社で営まれている 60年ぶりの大改修「平成の大遷宮」が追い風となり、出雲、松

江の両市など島根県東部への観光客数は前年を大きく上回っている―宍道湖畔の温泉旅館、

てんてん手毬(てまり、松江市)でも 6月の売上高は前年同月比 92%増と大幅に増えた。「観

光需要を持続させるには独自のブランドづくりが必要」(神田裕幸社長)と観光客にアピー

ルする商品づくりに力を入れる。特に女性観光客に喜んでもらえるよう、縁結びや温泉の美

肌効果などをキーワードにした商品やサービスを打ち出していく考えだ。」13

確かに、出雲大社での縁結び祈願に、女性が喜ぶおしゃれな旅館や美肌効果をもたらすサ

ービスといったものを見ると、島根県は観光地としての魅力は十分にあると言えるかもしれ

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12

ない。しかし、記事のタイトルには「島根旅行ブーム」と書かれている。この急な観光客の

増加や、売上高の上昇はまさに一時的な「ブーム」ではないだろうか。

「持続的な地域発展」を目指すのならば、こういった「60年ぶりの平成の大遷宮」のよ

うな一時的なものや女性やカップルを狙った商品やサービスづくりを続け、事業者たちだけ

が喜ぶ「経済的拡大」を狙うのだけでは難しいのではないだろうか。

地元民が、地元を知ることの意義

それでは、地元民が自身の地元に関心を持つことの意義は何なのだろうか。地域ブランド

について分析を行った研究としては、和田(2009)による『地域ブランドマネジメント』があ

る。

「日本における地域ブランドとは、野菜、米、魚介類、肉などの食品や特産品を主としたモ

ノのブランド化が中心となっているが―地域ブランドの最終的な目標とは、モノが売れ、人

が訪れるだけでなく、地域に関わる人々が、地域に誇りと愛着、そしてアイデンティティを

持てることなのではないだろうか。―地域ブランド・マネジメントの視点とは、特産品や観

光地のブランド化による経済的拡大で終わるものではない。その視点は、地域への誇りや愛

着の想像による地域の持続的発展に寄与していくことにある。」14

地域振興、というと日本では主に特産品や観光名所をつくりだすことに専念する傾向があ

る。確かに、特産品や観光名所をつくれば一時的には人々が集まるかもしれない。メディア

などに取り上げられればなおさらである。しかし、人間は飽きる生き物である。生キャラメ

ルを延々と買い、伊勢神宮に毎年訪れ続けるというのは考え辛い。別の地域で新しい特産

品・観光名所が話題になれば、すぐそちらに浮気するだろう。さらに、和田はこのように述

べている。

「マーケティングが「売れる仕組みづくり」であるのに対し、ブランド構築は「売れ続ける

仕組みづくり」と言われる。―地域ブランドを育成するためには、単なる「特産品」「観光

地」を売るための努力ではなく、何度も買ってくれる、何度も訪れてくれる、さらには住み

たいと思ってくれる地域ブランドの育成を行って行かなければならない。

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―これまでの特産品や商店街・観光地を中心とした「買いたい」「訪れたい」地域ブランド

から、「たまに訪れたい、関係したい」といった「交流したい」地域ブランドへ、さらには

「住み続けたい、戻ってきたい、移り住みたい」といった「住みたい」地域ブランドへの育

成が求められる。」15

地域の魅力を上げる。しばしばその目的は「観光客を増やすこと」だけに完結しがちであ

る。しかし、「一時的に観光客を増やす」戦略、すなわち特産品や観光地の創出だけでは、

人々に「買いたい」「訪れたい」という欲求を創起するだけに終わり、人々がさらに魅力的

な他地域を見つければ、継続的な観光客の増加は見込み辛いだろう。地域の魅力を上げるだ

けでなく、持続的に発展する姿こそが、各地域が望むものなのではないか。

そこで、地域の持続的な発展に必要なのが、次のステップである「あそこに、今年もまた

訪れたいな」「あの地域のイベントにはまた参加したい」といったような地域の魅力の育成

だ。そして、最終的には「ここに移住したい」「来年もまた必ず戻りたい」という地域その

ものへの「愛着」の創造へ行き着くのが理想である。

このような地域を実現するにはどうすればよいのだろうか。そこで重要となるのが「地元

民の誇りと愛着」である。行政や事業者たちだけが必死に特産品を作り続け、観光地を PR

するだけでは限界がある。なぜならば、飲食店や小売店といったサービス業や商業施設、鉄

道や交通機関などに従事し、観光客との距離が一番近いのは、まさにその町に住む大勢の地

元民だからだ。彼らの観光客や出張で訪れた人々と触れ合う機会、またその影響力は、行政

の力や事業者個々の比ではない。町の様相や雰囲気といったものは、一人一人の地元民の集

合体によって作り出される。その地元民が地元への誇りと愛着をもつと、観光客へのおもて

なしは自然に良いものになるだろう。

自分が旅行で出会うならば、そんな地元愛が強い人の方がいい。ガイドブックに載ってい

ないような美味しいものを知っているだろうし、素敵な名所を教えてくれるだろう。

しかし、何のきっかけもなく地元民は誇りや愛着をもつのだろうか。

私は、地元をより好きになるには、「地元のことをより深く知ること」が重要なのではな

いかと考える。以外と地元民よりも、言い方は悪いが「よそ者」のほうがその土地のことを

知っており、感心していることがしばしばある。

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14

私も経験があるが、ある観光客に「ゴマサバって福岡のものなのですね。こんな美味しい

ものが年中食べられるなんて、羨ましいです。」と言われ、当たり前のように食べていたゴ

マサバの魅力だけでなく、福岡が発祥であり、それが羨ましがられているということに小さ

な誇りを感じたことがある。長い間その地で過ごしてきた地元民だからこそ、意外と知らな

いことがあるのだ。そのような「知らなかったこと」を改めて発見することが、小さな誇り

になり、愛着になり、観光客をもてなしたい、という気持ちを喚起させ、結果的に地域の魅

力を向上させるのではないだろうか。

地元のことを知ることで、地元への誇りや愛

着をもつようになる

訪れた人に対して、地元民が主体となり「知っ

てもらいたい」「楽しませたい」という気持ちを

もって、観光客たちをもてなす

1. 地元民にもてなされた観光客や転勤者が、その土地への愛

着をもつようになり、「また来たい」「関わりたい」「住みた

い」と思うようになり、経済効果も生まれる。

2. 特産品などに頼らずとも、永続的に地域の魅力が向上する

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15

人間関係でもそうだが、仲良くなったり愛着をもったりするには、まずはその人のことを

知ることから始まる。会話を交わしたり、一緒に食事をとったり、何かに取り組むことで相

手を知り、理解して仲良くなる。

何かに愛着をもち、誇りをもつ過程には必ず「それを知る」というプロセスがある。福岡

県民の「郷土愛」も例外ではない。郷土愛が強い福岡県民もまた、地元のことを知っている。

でもそれは、「住みやすい街である」とか「食べ物が美味しい街である」というようなもの

に留まる。どれも抽象的なのだ。

なぜ住みやすい街なのか。バスや地下鉄といった交通網が発達している以外にも何かがあ

るのではないか。なぜ食べ物が美味しいのか、福岡の海や島といった自然にまつわる歴史は

どのようなものなのか。きっと、今まで当たり前のようにあった身の周りの福岡の魅力をよ

り突き詰めて知ることで、「福岡が好き」という気持ちは「福岡への誇り」へと変化するだ

ろう。

ここまでの主張をまとめる。

1. 福岡は、全国でも地域への地元愛が高い県である。しかし、地元愛は高いものの、福岡

市民は実は福岡のことを良く知らない。それに対し、福岡市は 2014年より福岡市民に

向けた「福岡検定」を開始する。地元民に地元のことを知ってもらい、観光客をもてな

してもらいたいと考えている。

2. 最近、地域振興のために「特産品」や「観光名所」をつくるのに必死な地域が多い。し

かし、それらはいずれも「一時的」な盛り上がりをつくるだけであり、限界が見えてい

る。

3. 永続的な地域振興を実現するには、福岡市が行った「福岡検定」のように、地元民が地

元のことをよく知り、誇りをもち、訪れた人をもてなすことが大切なのではないか。

それにより、訪れた人々が「また行きたい」「関わりたい」「住みたい」と思うようにな

ることが、永続的に地域の魅力を向上するのではないか。

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第 3章 我が国の観光

2章でも触れたように、現在の日本の地域振興には、その考え方や成果に関してやや疑問

が残る。

この章では、改めて我が国の地域振興の実態を探り、課題を見つけていく。

第 1節 地域振興の現状

市と市民の分離した「役割」

2章でも少し触れたが、わたしは現在の観光は市(あるいは県)とその住民たちの役割が

分離していると思う。住民たちの役割、というと「観光施策は行政の仕事だろう」と思う人

もいるかもしれないが、わたしは全てを行政に任せきりにすることは反対だ。なぜならば、

行政がいくら、例えば「福岡検定」のような地域振興の手だてとなる施策を打ち出しても、

肝心の住民が興味を持たなければ全く意味がないからだ。いかにして多くの住民に受けても

らえるように努力するかは確かに行政の実力が問われるが、住民たち自身で興味・感心を向

ける努力、もっと言えば『地元の観光を元気にするために勉強してみようかな」という気持

ちを持つことも大切ではないだろうか。

しかし、最近ブームとなっている行政による「ゆるキャラ作り」や「特産品作り」のいま

いちの結果を見ていると、どうも行政だけが観光振興に前のめり気味になっていると思う。

以下の記事には、最近の「ゆるキャラ」に対して疑問が持ち上がっている様子が書かれてい

る。

「以前のゆるキャラは、地域の名物、特産品を持ちきれないほどつけていた。手に持つ

だけでなく、地域のシンボルを冠や帽子にしてかぶり、その地の染め物の腰巻を巻き、そこ

にいくつもの名産品を挿す。不格好になっても、ゆるキャラにはその地の地域色を出すこと

が優先されていた。―

だが、滋賀県彦根市の「ひこにゃん」の成功で、情勢が変わり始める。それまでは各地の商

店街の若者や自治体の職員が素人の発想で作っていたが―「ひこにゃん」が全国的な人気を

呼び、―各自治体や企業の依頼で、広告代理店やデザイン会社などがプロの視点でゆるキャ

ラを作るようになった。

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17

―こうしてデザイン会社の薄っぺらな意図が透けて見えるような「郷土愛」なき、ベタ「か

わいい」ゆるキャラが増殖中である。」16

デザイン会社がつくった洗練された「ゆるキャラ」も、その地域の若者が考えた不格好な

「ゆるキャラ」も、観光を盛り上げる一つの手だてとなるのは間違いないだろう。ここでわ

たしが主張したいのは、「地域振興に対して、行政ばかりが動きすぎではないのか」という

ことだ。

かつての「ゆるキャラ」は商店街の住民や、自治体の職員たちによる「郷土愛」によって

作られていた。不格好で可愛くなくとも、そこには間違いなく住民達の「地域を盛り上げた

い」という郷土愛の気持ちがあっただろう。しかし、今となっては、どういう意図か分から

ないが行政がデザイン会社などに「お金を払って」ゆるキャラ作りにやっきになっているよ

うだ。洗練されたデザインだからダメだ、というわけではなく、行政はもっと地元民たちの

協力を得てもよいのではないかと思う。

「ゆるキャラ」に限らず、行政が多少無理に(?)多大な金額をかけて地域振興に乗り出

す様子は他でも伺える。

「人気ゲームの主人公「レイトン教授」が、福岡市の歴史や文化をスマートフォンで案内す

る「福岡歴史なび」を市が開発した。

―文化財の紹介やクイズでレイトン教授が登場する。今回、完成したのは「中世博多の繁

栄」ルート。―市はシステム開発費などに約 1千万円かけた。―今年度中に第 2弾の福岡城

周辺ルートが完成予定。」17

このゲームは 2013年 7月 23日にリリースされたので、それから約 5ヶ月がたっている。

しかし、ダウンロード数を見てみると 2013年 12月 4日の時点でたったの 1000件程であっ

た。人気ゲームを通じて福岡の歴史を知ってもらおうという狙いだが、投資した額を見ると

功を成したとは言いがたい。その一千万円の他の使い道はなかったのだろうか。

行政が動く、となるとそれにはどうしても「お金」がかかる。そして、多大な資金をかけ

て行う施策が必ずとも成功するわけでもない。しかし、行政はわたしたち市民に様々なサー

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18

ビスを提供している。おなじみの福岡市営地下鉄はもちろん、日々のゴミの回収、福岡市美

術館の運営から予防接種の費用助成まで、あらゆるサービスでわたしたちの生活を支え、豊

かにしている。

しかし、これはよく考えると行政と市民の関係は、「企業と顧客」の関係に似たものを感

じる。まるで企業のように、行政は私たちにあらゆるサービスを打ち出す。それを私たちは

顧客のように消費する。これは不思議なことではなく、どこの行政と市民もそうである。

だが、この「固定概念」にこそ落とし穴があるのではないか。

行政が行う施策には、市民から集めた税金が使われる。だからこそ、市民からすると「適

切なサービスを提供してほしい」という気持ちは当然であり、行政に対するクレームも出や

すい。対する行政も、市民の税金を使うのだから公平で平等な施策を打ち出すことに神経を

使う。だが、そうして打ち出した施策が市民から「市民の求めていることが分かっていない」

と評価を下されてしまうこともある。

しかし、私たち市民が日ごろ使っている、市営地下鉄や市のゴミ回収といったものは、行

政によって提供されているものだ。たとえそれらの取り組みに税金が使われているとしても、

私たち市民はそれらをただ「消費者」のように「やや上から」の目線で享受してもいいもの

なのか。

行政と市民の関係が、このように「企業と顧客」のようなものになってしまっている点は

地域振興をするにおいて最初に注目したいところだ。なぜならば、「企業と顧客」という企

業の方だけが一方的な姿勢だと、前章で述べた地元民と行政の相互協力、すなわち「地元民

が地元を知り、誇りと愛着をもつことで観光客をもてなす風土」が実現し辛いからだ。

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19

第 2節 我が国の地域振興における課題

先ほど挙げた事例から見えてくる課題は、「市民が改めて地元への関心をもつことの意義

は十分あるのではないか」「行政はもっと市民の協力を得るべきではないか」ということだ。

企業と消費者、行政と市民、このような、両者の役割が固定してしまっている「固定概念」

は捨てるべきだと思う。この固定概念を崩すことから、地元民と行政の共同体としての力が

生まれるのではないか。

その町に住む市民たちは、「地域振興なんて、観光事業なんて自分には関係がない」と一

蹴せずに、今一度自分の生活を振り返ってみてはどうだろうか。朝起きて朝食を食べ、テレ

ビで天気予報を確認し、服に着替え、電車やバスを乗り継いで通学・通勤、または遊びに行

く。こんな日常は誰しもが少なからず行っていることであるが、果たしてこの一連の活動の

中で「自分で 0からつくりだしたもの」はあるだろうか?

朝食の白飯は誰かが苦労して作り、そして流通業者によって届けられたものだ。天気予報

で雨の対策ができるのは、天気予報士が早起きしてスタジオに入り、そしてなるべく正確な

情報を提供してくれているおかげで、今着ている服も誰かが、電車やバスも必ず「自分では

ない」誰かが提供してくれているのである。

人は支えあって生きている、というと聞き飽きた気持ちはするが、現実的にはわたしたち

は互いに何かを提供しあい、享受しながら生きている。そう考えると、福岡に観光客が来て

くれるからこそ、福岡の経済は潤い、市民の雇用を生み、交通網がさらに便利になるのだ。

その背景には、観光客をより多く呼び込もう、より楽しませよう、と奮闘している行政や観

光業の人々、さらに多くの業種の人々がいる。

果たして、わたしたち市民は彼らの努力から生まれた雇用やその他の利益、日々の便利さ

を享受するだけでよいのだろうか。わたしたちも、行政や観光に携わる人々と共に福岡の観

光振興を支える意義は少なからずあるのではないか。

対する行政も、観光事業を自分たちだけの仕事だと捉えることの限界に気づかないといけ

ないのではないか。いくら頭を捻り、予算を組んで独りで施策を行っても、実際に Face to

Faceで観光客をもてなし、楽しませるのは多くの地元民である。名所や歴史を聞かれた福

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岡人が、タクシー運転手が、デパートのスタッフが、飲食店のスタッフが、ガソリンスタン

ドのスタッフが・・・さまざまな人が全員「福岡案内人」となりえるのだ。

市民と協働して観光を盛り上げよう、という気持ちがあれば、「市民により地元のことを

知ってもらいたい」「市民が何かを始めるときは、ぜひ協力しよう」と思えるだろう。そう

すれば、低コストで、斬新なアイデアが生まれるかもしれない。市民と行政が一体となるこ

とで、短期的ではなく、長期的な関係を観光客と作れるだろう。

それが行き詰まり感のある福岡の観光を、より盛り上げるきっかけとなるとわたしは考え

る。

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・ 地元に貢献、感謝する気持ち

・ 観光に関わる意欲

・ 地元民の意欲を高める施策

・ 地元民の活動を支える姿勢

低コストの観光施策

長期的な盛り上がり

=行政と地元民が互いにできることを、

互いに支え合う関係

型にはまらない斬新なアイデア

親密感・一体感がある地域社会

<観光振興における行政と民間人の関係>

■現状

■今後目指したい関係

行政(企業)

・観光客誘致のために、次はこんな施

設をつくろう。資金は・・。

・交通網も充実させたい。しかしまた

コストがかかる・・・。

・次はこの施設か。観光客誘致に役立ってい

るのか?他にいいサービスはないのか?税

金の無駄ではないのか?

・正直、観光事業は行政の仕事であって私た

ちには身近な話題ではないな・・・。

まるで、企業と顧客の関係のように、

行政と地元民の役割が分離している

地元民(顧客)

gy行政(来 y号 z)

=共に地域を盛り上げよう、という気持ちが生まれ辛い

行政

地元民

gy 行

( 来

y 号

z)

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22

第 4章 地元「福岡」を地元民に知ってもらう戦略

ここまで、地元民が地元を知ることの意義と、日本の観光振興の現状と課題を挙げてき

た。

本稿はここから、「地元民に地元を知ってもらうための戦略」の核心に迫る。どうすれば、

地元民は地元を学べるのだろうか。魅力を感じられるのだろうか。観光振興に関わる人は、

どのような視点で活動を進めて行けばよいのだろうか。現在、全国各地で起きている事例を

取り上げながらそれを追求していく。

第 1節 戦略その 1.

SNSで「市民と自治体双方向」のコミュニケーションを促す

「ソーシャルネットワーキングサービス」、通称「SNS」をご存知だろうか。この SNSの

説明を以下で引用する。

「人と人とのつながりを促進・サポートする、コミュニティ型の Webサイト。友人・知人間

のコミュニケーションを円滑にする手段や場を提供したり、趣味や嗜好、居住地域、出身校、

あるいは「友人の友人」といったつながりを通じて新たな人間関係を構築する場を提供する、

会員制のサービスのこと。人のつながりを重視して「既存の参加者からの招待がないと参加

できない」というシステムになっているサービスが多いが、最近では誰も自由に登録できる

サービスも増えている。」18

SNSには「Facebook」「mixi」、「twitter」など多種多様のものがあるが、最近ではこの

SNSを活用して地域活性化を目指す自治体も多い。

福岡市でも、市が 2013年 6月に設立した Facebookのページがある。「福岡市広報戦略室」

19というものだが、主に市政情報や、福岡の郷土料理や観光資源の紹介、イベント情報など

を週に 1〜3回くらいの頻度で発信している。福岡人への「地元の知識」を提供していると

いっても過言ではない。わたしも時々情報を見ているが、今まで知らなかった観光名所やイ

ベントや祭りの情報もあるので感心することも多い。

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しかし、ここに一つ見逃している問題がある。それは、情報発信が一方的になりがちだ

ということだ。

一見、Facebookはコストもかからず多くの人に情報を発信できるのでとても魅力的なツ

ールである。しかし、投稿内容やそれに対するユーザーのレスポンスを見てみると、どうも

市が一方的に、空しく情報を流し続けているだけにも見える。

Facebookには、投稿に対してコメントができるほか、「いいね!」ボタンというものも

ある。関心をもったり、興味をもった時などに気楽にこの「いいね!」ボタンで評価したり

気持ちを伝えられるのだ。「福岡市広報戦略室」の Facebookページへの「いいね!」の数

は 629個だ。(2013年 12月時点。)ページ自体に「いいね!」すると、そのページ、ここ

でいうと「福岡市広報戦略室」からの情報を受け取れるようになる。しかし、「福岡市広報

戦略室」が日々発信する投稿に対しての「いいね!」は大体1つの投稿につき 20~60個く

らいだ。629人の人々が市からの情報を受け取っているにも関わらず、それに対して反応を

しているのはたったの 60名程に留まっている。

この「福岡市広報戦略室」の Facebookページのねらいは、市民に限らず多くの人に市政

情報を発信することで福岡市の PRをし、地元民や観光客に催し事への参加を促す事だろう。

しかし、この「いいね!」数を見るとユーザー達が情報に対してそれほど関心をもっていな

いことが分かる。情報が市からユーザーへ一方通行にしか伝わっておらず、さらに関心もあ

まり掴めていない。果たして、これで「福岡市を PRしている」と言えるのだろうか。

そこで、この Facebookを有効活用して地域活性化を実現している事例を紹介する。

「かき氷部に朝活部、政治部―。昨年前橋市で始まったユニークな形の地域サークルが、

全国にじわり広がっている。住民が共通の趣味や季節のイベントで気軽に交流する、“地域

部活”とでもいうべきもの。ソーシャルメディアをうまく使い、街のにぎわいづくりにも一

役買う。―「前橋囲碁部を立ち上げます。私が部長です」と FB上で宣言すれば即発足。イ

ベントを告知して参加者が活動報告を載せる。―この動きに山本龍・前橋市長は「○○部は

前橋の魅力を自分たちで見つけ、発信し、新たな人を呼び寄せている。市民の交流が増えれ

ば、街に新しい価値が生まれる」と期待を寄せる。―「商業頼みではなく、人のにぎわいを

取り戻したい」。この流れを生かせないか、市長も頭をひねる。」20

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Facebookをはじめとする SNSは、個人だけでなく既に多くの企業も自社の PRに使ってお

り、時には Facebookユーザー限定のクーポンを発信して来店を促すこともある。今や、多

くの組織が SNSに注目しているのだ。

SNSは、元来からユーザー同士のコミュニケーションはもちろん、企業と消費者同士のコ

ミュニケーション、つまり「一方通行」ではなく「双方向性」のコミュニケーションをとれ

るという魅力がある。どちらかが発信した情報に対して、「いいね!」のように評価し、コ

メントするのはもちろん、その情報をまた違う人とも共有することでさらに多くの人に情報

が行き渡るのだ。

自治体も企業と同じで、市民や観光客とのコミュニケーションを狙って SNSを導入してい

るところは多い。しかし、福岡市のように行政からの一方通行の情報発信になりがちなのが

現状だ。

しかし、前橋市では SNS を有効活用することで元来の「個人同士」の関係を超えて、「市

民同士」のコミュニケーションを実現させている。たとえ web上であっても、情報を発信し

合い、反応し合い、それを他のユーザーにも共有してまた反応を生んでいる。「○○部」と

いう取っ付きやすく興味をそそる活動内容、「人と繋がりたい」という人々のニーズを上手

く汲み取る姿勢が、そのような「双方向」の情報の流れを生み出しているのではないか。

さらに、Facebookにはもう一つ特徴がある。

Facebookは実名登録が必須で、顔写真の登録も当たり前のように行われているのだが、

ユーザー同士が匿名ではないので、ある意味では相手を信用できる SNSでもある。なので、

実際に「○○同好会」「○○県出身集合!」というような、web上で知り合ったユーザー同

士が現実世界で会い、交流する「オフ会」という活動もよく見られる。

前橋市ではこのメリットを大いに上手く活用している。見知らぬ住民同士が「○○部」と

いう web上のコミュニティを起点にして同志を募り、それを実際に現実世界でやってのけて

いるのだ。かき氷が好きな人、打楽器が好きな人・・・とジャンルを問わないからこそ、様々

な年齢・性別・職種の人々が集まるので、さらに広い人間関係の構築が望めそうだ。

以上述べたように、SNSでは 1.情報の双方向性、2.webを超えた現実世界での交流が期待

できる。ここで主張したいのは、SNSを「市民・観光客への情報提供」「地域活性化」に活

用するならば、いくらコストがかからないといって、気楽な気持ちで導入してもあまり意

味をなさないということである。「コストがかからないから、流行っているから・・・」

という安易な気持ちでは、従来通りの「一方通行」の情報発信、コミュニケーションしかで

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きない。せっかく取り入れるのならば、前橋市のように、「双方向」のコミュニケーション

が生まれるような仕組みにする必要があるということ、そしてそのコミュニケ―ションを現

実世界にまでもっていくくらいの気持ちが必要なのではないか。

SNSを上手く利用できれば、市政情報をはじめとする様々な地元情報を、市民だけでなく

観光客にも広く深く伝えられる。使い方を工夫すれば、地元民により地元を知ってもらうの

に 1役も 2役も買ってくれる優秀なツールとなってくれるのではないだろうか。

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第 2節 戦略その 2.

歴史を読みほどく

今ある街は、過去がつくったもの

自分が現在当たり前のように住んでいる街の、50年前、100年前の姿をあなたは知ってい

るだろうか。今ある街の姿は、過去の時代から脈々とつくられたものであり、そして現在も

刻一刻と変化している。

普段何気なく使っている駅や商業施設も、過去に誰かが作ったものだ。山も、川も海も、

その風景は 100年前と現在では、道路ができたり埋め立てられたりして大きく変わっている

のかもしれない。

そんな、自分が住む町の過去の姿を知ることで、「あの商業施設は、昔は形がこんなに違

ったのか」とか、「あの川の周辺は、昔はこんなにも地形が違ったのか」といったことに気

付き、街が本来もっていた魅力や、過去に街づくりに奮闘した人々の功績、そして現在の街

が失ったもの・手に入れたものを改めて再発見できるだろう。そして、その発見は街への愛

着・誇りへと繋がるかもしれない。

福岡市中央区にある九州朝日放送(KBC)が、創立 60周年を記念に制作した映像がある。そ

の内容は、明治維新から現在に至るまでの天神の 150年を描いたものだ。これもまた、天神

の過去を振り返り、多くの人に天神の昔と今を知ってほしいという気持ちから作られている。

「明治 40年代に天神で開かれた博覧会や福岡城佐賀堀の埋め立ての様子を地図や写真、

ロケ映像を用いて紹介し、「渡辺通」の名前の由来となった明治期の呉服商、渡辺与八郎が

街づくりにかけた情熱を再現ドラマで描くなど、様々なエピソードで歴史をたどる。

―公共機関に貸し出すなど、郷土史の教材として役立てたい考えだ。」21

私も実際に KBCへ足を運び、この映像を鑑賞した。あまり宣伝もしていないようだから、

客は少ないだろうと思っていたが、それは大きな間違いだった。会場には、年配の人が多い

ものの、わたしと同じくらいの年代の女性や男性もいて、ほぼ満席状態だったのだ。福岡市

民の郷土愛の表れだろうか、昔の福岡への関心を抱く人々がそこには大勢いたのだ。

鑑賞してみて、私は天神を発展させるために奮闘した人々への感謝の気持ちが湧いた。普

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段、電車を使い、商業施設で買い物をし、ランチを食べ、当たり前のように暮らしているこ

の街が今あるのは、過去に奮闘した人々のおかげだということに初めて気付いた。

天神の街にだけスポットを当てているものの、2013年の天神と 50年前、150年前の天神

では街の様子はずいぶん違う。今はない路面電車が走っていたり、電車の路線が今とは全く

違ったりと驚くことばかりであったし、なにより面白かった。そして、天神への愛着が今ま

で以上に強くなった。

地域振興というと、「現在」や「未来」にばかり目を向けがちである。確かにそれは当然

のことであり、重要である。しかし、自分が今住む場所の「昔」を知ることは、予想以上に

新鮮な体験だと思う。そして、過去に奮闘した人々の功績を改めて振り返り、その情熱や姿

勢を感じることが、次の時代を創るモチベーションに繋がるのではないだろうか。

「昔」を知る機会を提供する

以上述べたように、今ある街の「昔」を知ることには多くのメリットがある。この事例に

もあるように、KBCはこの映像を公共機関に貸し出して、郷土史の教材として活用するよう

だ。それはもちろん良いことであるが、私はそれだけではややもったいないと思う。

ほとんど事前知識なしに鑑賞したわたしでも感動したくらいなので、きっと福岡人ならば

誰が見ても少なからず感心するのではないかと思う。それほど、普段自分の街の「昔」を考

えることはないのではないか。

KBCが作ったこの映像に限らず、市政や地域振興に携わる人々は、「昔」を知る機会をも

っと市民や観光客に提供すべきではないか。今回の映像で言えば、大学や高校などの講義で

放映したり、SNSや地下鉄の広告で作品情報を発信したりするのはどうだろうか。もちろん、

映像に限らずとも、「天神の 100年前へタイムスリップツアー」といったイベントを打ち出

しても面白いと思う。

地元のことを知る時は、ぜひ「昔」にも目を向けてほしい。そして、そんな機会を市民や

観光客に積極的に提供することで、人々に郷土への愛着が湧き、そして自分たちは「今後」

どんな街をつくっていけばいいのかを考えるきっかけにもなるだろう。

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第 3節 戦略その 3.

お隣県との共働施策

地域振興というと、しばしばその県1つに注目しがちである。福岡も例外でなく、「福岡

への」交通網をいかに便利にするか、「福岡には」こんな特産品があってもいいのではない

か・・・。といったように、自分の地元のことを中心に考えて地域振興を行う、というのは

ある意味当然なことでもある。

しかし、どの県も周辺には違う県、つまり「お隣の県」というものが存在するものだ(北

海道と沖縄は例外だが)。そして、例えば観光客が A県に行く場合、時には B県、C県を通

ることも、同時に訪れることもあるだろう。その場合、A県だけが地域振興に張り切って魅

力を高め、お隣の県に注目がされなくなるのはどこかもったいのではないか。A県だけでな

く、B県にも C県にも魅力があり、それぞれの県になにか「一体感」があると互いに魅力的

な相乗効果が生まれるのではないかとわたしは考える。

福岡県がある九州地方には、福岡県、佐賀県、長崎県、熊本県、大分県、宮崎県、鹿児島

県の 7つの県が存在する。九州地方は総じて自然が豊かであり、食べ物が美味しくて歴史も

ある。九州にとって、観光産業は大きな経済の要でもある。

しかし、福岡県の地域振興を語る際に最近よく指摘されることがある。「九州は個々に独

立している。7県それぞれが 1つになって地域振興に乗り出さなければ、さらなる発展は難

しいのではないか」、というものだ。

「九州の観光客誘致に取り組む九州観光推進機構(福岡市)。現場トップの事業本部長に

昨年、九州旅客鉄道(JR九州)出身の高橋誠(59)が就いた。観光は九州の主要産業の一

つだが、「伸びる余地はまだある」。持ち前の粘り腰と行動力で、九州 7県の利害調整に奮

闘する。

―「九州には素晴らしい自然がたくさんある。『九州オルレ』にぜひ参加してほしい」。今

年 5月、東京都内のホテルで旅行関係者らを前に、九州の魅力を訴える高橋の姿があった。

九州オルレは韓国発祥のトレッキングの九州版。昨年から「オール九州」で取り組んできた

新たなレジャーを全国に周知するのが狙いだ。

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―オルレは自然の中を散策したり、史跡を巡ったりするもので、2007年に韓国で始まった。

高橋はある日、部下の韓国人女性からオルレが韓国で大ブームになっている話を聞くと、「こ

れはいける」と直感。九州に独自のオルレを導入しようと、すぐさま動き出した。周遊コー

スを選定するため、九州の観光名所や史跡、温泉地などを飛び回った。

―現在は指宿・開耳(鹿児島県)や高千穂(宮崎県)、平戸(長崎)など 8コースを設定。

今年 3月までの参加者は累計約 1万 3700人に達した。

―「九州は 1つ」ではなく、「九州は 1つ 1つ」―。九州各県はかねて足並みがそろわず、

ばらばらである実態を揶揄(やゆ)した言葉だ。

―例えば「佐賀牛と宮崎牛のおいしさについては佐賀も宮崎も絶対に譲れないだろうが、観

光は違う。地域の魅力が多いほど観光客にアピールしやすい」などと粘り強く説得し続けた。

「ライバルでは駄目だ。ウィンウィンの関係でなければ」。

―九州オルレ効果もあり、昨年の九州への外国人旅行者数は過去最高の約 113万人に達した。

来年からの 10年間で「観光を九州随一の基幹産業にする」考えで、23年には九州を訪れる

外国人を 10年の約 4倍強の 440万人に増やす目標を掲げる。「行政が初めて一丸になって

観光に取り組み始めた。今はまだスタートラインに立ったにすぎない」。22

この記事にもあるように、九州各県が独立しすぎだということは、やはり一部で問題視さ

れている。1章でも取り上げた「郷土愛ランキング」では、福岡県は 4位、宮崎県、鹿児島

県は 10位、熊本県は 13位、長崎県は 14位と、1〜15位の中で九州勢は 5県もランクイン

している。各県の郷土愛が強すぎる故、他県をライバル視してしまうのだろうか。

もし、例えば九州が一体となった旅行パッケージを打ち出せば、「自然が豊富だ」「魅力

的な歴史がたくさんある」といったイメージがしやすくなり、「九州」という名称に愛着が

湧くだろう。そして、「九州全県をまわってみたい」という気持ちにもするだろう。各県が

一体となって観光振興を目指していくことが有益なのは間違いない。

地元のことを知れば、地元により愛着が湧き、そして行政だけでなく市民も一体となって

観光振興に乗り出すことができる。

しかし、地元福岡のことだけを知れば十分なのだろうか。わたしは違うと思う。

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まず福岡県だけに注目してみる。福岡県には、市町村が 60個ある(2013年現在)。それ

ぞれの町にそれぞれの魅力があり、文化があり、そしてコミュニティがある。例えば、学問

の神様で有名であり年間多くの参拝客が訪れる「太宰府天満宮」がある太宰府市。豊かな自

然に恵まれ、牡蠣小屋で有名な糸島市。日本の産業を支えてきた炭坑の街で知られる、筑豊

地方。挙げればキリがないが、福岡県全体を見れば、福岡市内に限らずとも福岡の魅力は無

限大にある。どのエリアも、観光客にとっては「いってみたい」場所だろう。

さらに福岡県から出てみると、隣の佐賀県には日本最大級の弥生時代の環濠集落「吉野ケ

里遺跡」があり、「呼子のイカ」で知られる呼子町、伊万里牛といったグルメも豊富である。

熊本に行けば世界一のカルデラがある阿蘇、温泉大国大分県。福岡に限らずとも、九州には

他地域から来た観光客にとってワクワクするような街が多くあるのだ。

1章でも紹介した「福岡検定」だが、この出題範囲は福岡市の範囲に留まり、他の市町村

のことには一切触れられていない。検定の目的は、「福岡市民を福岡通にすることで、観光

客をもてなしてもらいたい」というものだが、わたしはできるならば福岡市民は市内の歴史

や文化だけでなく、福岡県全体、そして九州にまで目を向けることが重要だと思う。という

のも、観光客にとっては「福岡市内が見たい」というよりも、楽しい思い出をつくれるのな

らば市内に限らず、どこへでも案内してもらいたいだろう。それは、私たち福岡市民が同じ

ように他県に旅行に行く際にも抱く感情と同じだ。

ここで主張したいことは、観光振興において、自分の県にだけ注目して施策を進めるの

はもったいない、ということだ。「九州オルレ」のように、福岡市内から福岡県へ、そし

て九州全県に目を向けることで、また新しいチャンスが生まれてくる。

そして、肝心の市民もそんな「九州一体の観光事業」においても観光客をもてなせるよう、

最終的には九州の知識をさらりとでも持っていたい。そして、福岡への愛着が、九州への愛

着へと変わった時に、やり尽した感がある福岡の観光をもう 1歩、2歩と元気にすることが

出来るだろう。

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第 5章 まとめ

3つの戦略の振り返り

ここまで、福岡人を福岡通にする施策戦略の考え方について述べてきた。

今一度振り返ってみたい。

その 1. SNSで「市民と自治体双方向」のコミュニケーションを促す

ここ近年、「Facebook」や「twitter」といった SNSを使って地域振興を目指す自治体が

増えている。情報の内容は、市政情報や地元の特産品・文化といったさまざまな地元の情

報が主流である。

しかし、大抵の自治体が SNSを有効活用できておらず、いまいち効果が出ているのかが

不明だ。我々市民や観光客は自治体からそれらの情報をただ受け取るだけに留まり、それ

で完結しがちである。情報が自治体からの一方通行でしか動いていないのだ。

地域振興に SNSを活用するならば、市政情報をただ自治体から市民・観光客へ一方的に

流すのではなく、その情報に市民がくいつき、自治体に反応が返り、それにまた自治体が

反応し・・というように情報が行き来するような仕組みを作るのが重要だ。そして、web

上だけでの関係に完結せず、4章で紹介した前橋市の事例のように現実世界でのコミュニケ

ーションにまで発展させることが出来たならば、SNSは地域振興における優秀なツールとな

るだろう。

その 2.歴史を読みほどく

地域振興となると、まずは「今」の地元の状況に注目することがほとんどではないだろ

うか。「今はバスが多くて渋滞気味だ」「最近は不景気なので観光客はなかなかお金を使

わない」といった具合だ。そして次に「未来」について考え、交通網を見直したり、低価

格でおいしい特産品を作ったりする。

しかし、わたしは「過去」の地元の発展の歴史を振り返ることも非常に重要だと考える。

50年昔にさかのぼるだけでも、街の様子は違ったりするものだ。これが 100年、いや 200

年前の江戸時代にまでさかのぼると、今の町並みや文化などがいかに昔と比べて変化した

かが分かるだろう。

過去を振り返ることの何が重要なのか。1つは、慣れ親んだ地元に対して、改めて新鮮な

気持ちを抱く」ということだ。過去を振り返れば、今当たり前のように食べている郷土料

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理のルーツを知ったり、地図上の名称の変化を知ったりと、新鮮な気持ちを味わう事がで

きる。

2つ目は、「街をつくってきた人々の功績を知ることで、街に愛着がわく」ということだ。

電車にしろ、商業施設にしろ、食べ物も、文化も、それらは全て過去の人々が時には苦労

し、時には情熱をもってつくり上げてきたものだ。それが、現在に至るまで刻一刻と変化

して残っている。

以上のように、「昔」を知る意義は十分にあると考える。地元を知る、という際には「昔」

にも注目し、そして地域振興にかかわる人々や行政は、観光客や市民にそんなきっかけを

もっと積極的に打ち出すべきではないか。

今あるものが、決して当たり前のように最初からあったのではなく、必ず影で奮闘して

きた人々の姿があることを知れば、今ある街の財産に誇りや愛着をもち、そして今後さら

なる街の発展を望むようになるだろう。

その 3.お隣県との恊働施策

地域振興を考え、地元を学ぶ際に注目しておきたいのは、他地域の文化、そしてそれら

地域との恊働施策についてである。福岡を例にとると、「観光」という点において、九州

の他 6県との連携がいまいちだ。福岡は福岡で、佐賀は佐賀で、といったようにそれぞれ

の県が独立しているのが現状だ。

しかし、観光客の立場になってみれば「東北に行きたい」とか「四国を廻りたい」とい

った意見はよくある。それは九州も例外ではなく、(もちろん「わたしは福岡だけに行き

たい」という人もいるだろうが)、楽しい思い出が作れるならば福岡に限らず、佐賀にも、

熊本にも、というように九州エリア一帯を廻ってみたいものである。

九州に来たことがない人に、熊本だけを案内しても、福岡のことは印象に残らないだろ

うし、逆もまたしかりである。しかし、「九州は大自然に恵まれていて、ご飯もおいしく

て歴史もある」といったような、7県の共通した魅力を一体化して打ち出せば、「今回は熊

本しか行かなかったけど、次は福岡や佐賀で美味しい海鮮を食べたいね」といったように、

次回もまた「九州」に遊びにくるだろうし、そこで互いに相乗効果が生まれるのではない

だろうか。地元のことを学ぶ場合も、福岡市内だけではなく九州全体の共通文化や魅力を

認識することが重要だと考える。そうすることで、改めて福岡と他県の違いに気付き、今

後より注目されるであろう「九州一体化の観光戦略」への理解を深めることができるだろ

う。ライバル視ではなく、恊働という視点で改めて九州をまるごと知れば、より福岡への

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愛着が湧き、そして九州一帯の仲間意識が高まり、結果的には福岡の観光もより一層元気

になるのではないか。

これまで、本稿では「福岡市民を福岡通にするにはどうすればよいのか」ということを、

日本各地の新しい地域振興の事例をふまえながら考えてきた。

2、3章でも取り上げたが、日本の地域振興の現状は、やや空回りしているようだ。それ

は福岡でも同じで、オープントップバスの運行やクルーズ船の誘致、福岡検定の取り組みの

ように、「観光元年」を語るに値するような施策を次々に打ち出している一方、SNS の活用

にはやや不慣れ感があったり、未だに観光に施策において九州で独立してしまっていたりと、

もったいない部分がまだまだある。しかし、それは地域振興で伸びる余地がまだ大いにある

ということだ。

本稿のテーマで「福岡市民を福岡通に」とあるように、観光客や消費者の好みが実に多様

化し、行政の施策アイデアも頭打ちになっている今、地域振興において地元民の力は必要不

可欠なのだ。そして、地元民が一番にすべきことは、「より地元のことを知る」ことなので

ある。地元を知り、地元への愛着が湧いたときに、人々は自然と「観光客をもてなしたい」

という気持ちを抱くのだ。

予算内に抑え、さらに市民の反感を買わないように新たな施策に頭を悩ませる自治体、そ

してコストを気にして斬新なアイデアになかなか踏み出せない企業たち。「観光元年」を謳

う福岡市にとって、今こそ、様々な切り口から福岡市民に福岡通になってもらい、そして市

と市民が一体となった施策を打ち出すことが、福岡の観光をより元気にしていくだろう。

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<引用文献>

1.和田充夫(2009)『地域ブランドマネジメント』、有斐閣

2.日本経済新聞社編(1996 年)『福岡』日本経済新聞社。

<引用資料>

1.『日本経済新聞』「九州経済」2013年 5月 8日朝刊

2.『日本経済新聞』2013年 6月 16日夕刊

3.『日本経済新聞』「九州経済」2013年 6月 28日朝刊

4.『朝日新聞』「福岡」2013 年 7月 12日朝刊

5.『日本経済新聞』「特集」2013年 8月 3 日朝刊

6.『日本経済新聞』「らいふプラス」2013年 8月 13日夕刊

7.『朝日新聞』2013年 9月 3日朝刊

8.『日本経済新聞』2013年 9月 7 日朝刊

9.「新天町・福博年表」いきっ子会、平成 24 年 6月 21 日。

10.「ブランド総合研究所」

<http://tiiki.jp/corp_new/pressrelease/2010/20101021.html>(取得日:2014年 1月 8 日)

11.「福岡観光コンベンションビューロー」公式ウェブサイト

<http://www.welcome-fukuoka.or.jp/info/1152.html>(取得日:2014年 1月 8日)

12.「福岡検定」公式ウェブサイト

<http://fukuokakentei.com/info>(取得日:2014年 1 月 8 日)

13.「wikipedia」

<http://ja.wikipedia.org/wiki/西鉄バス>(取得日:2014年 1月 8 日)

14.「博多長浜鮮魚市場」

<http://nagahamafish.jp>(取得日:2014年 1月 8日)

15.「極私的福岡案内」

<http://www.city.fukuoka.lg.jp/navi/026/article.html>(取得日:2014年 1月 8日)

16.「糸島よかもん市場」

<http://itoshima.yokamon.jp/profile/about.action>(取得日:2014年 1月 8日)

17.「IT用語辞典 e-Words」

<http://e-words.jp/w/SNS.html>(取得日:2014年 1月 8日)

18.「福岡市広報戦略室」福岡市公式ページ

<https://www.facebook.com/fukuokacitypr>(取得日:2014年 1月 8 日)

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1 「ブランド総合研究所」

< http://tiiki.jp/corp_new/pressrelease/2010/20101021.html>(取得日:2014 年 1 月 8 日)

◇調査概要

調査元:株式会社ブランド総合研究所(本社:東京都港区、代表取締役社長:田中章雄)

調査対象:47都道府県、各都道府県出身者 3万 4257人(現在の居住/非居住は問わず)

調査方法:ふるさと(出身都道府県)について「愛着度(愛着があるかどうか)」「自慢度(誇りに思

うかどうか)」、「自慢(誇り)に思う要素(22 項目)」など、25項目

調査期間:2010年 7月 2日から 13日まで

2 『日本経済新聞』「九州経済」2013年 5月 8日朝刊

3 「福岡観光コンベンションビューロー」公式ウェブサイト

<http://www.welcome-fukuoka.or.jp/info/1152.html>(取得日:2014年 1月 8日)

4 「福岡検定」公式ウェブサイト

<http://fukuokakentei.com/info>(取得日:2014年 1 月 8 日)

5「新天町・福博年表」いきっ子会、平成 24年 6月 21日。

6 『日本経済新聞』「九州経済」2013年 6月 28 日朝刊

7 「wikipedia」

< http://ja.wikipedia.org/wiki/西鉄バス>(取得日:2014年 1月 8 日)

8日本経済新聞社編(1996年)『福岡』日本経済新聞社。

9 「博多長浜鮮魚市場」

<http://nagahamafish.jp>(取得日:2014年 1月 8日)

10「極私的福岡案内」

<http://www.city.fukuoka.lg.jp/navi/026/article.html>(取得日:2014年 1月 8日)

11 「糸島よかもん市場」

<http://itoshima.yokamon.jp/profile/about.action>(取得日:2014年 1月 8日)

12 『日本経済新聞』「九州経済」2013年 5月 8日朝刊

13 『日本経済新聞』「特集」2013年 8月 3日朝刊

14 和田充夫(2009)『地域ブランドマネジメント』、有斐閣、pp.3-4。

15 和田充夫(2009)『地域ブランドマネジメント』、有斐閣、pp.7-9。

16 『日本経済新聞』2013 年 6 月 16日夕刊

17 『朝日新聞』2013年 9月 3 日朝刊

18 「IT 用語辞典 e-Words」

<http://e-words.jp/w/SNS.html>(取得日:2014年 1月 8日)

19 「福岡市広報戦略室」福岡市公式ページ

<https://www.facebook.com/fukuokacitypr>(取得日:2014年 1月 8 日)

20 『日本経済新聞』「らいふプラス」2013年 8月 13日夕刊

21 『朝日新聞』「福岡」2013 年 7月 12日朝刊

22 『日本経済新聞』2013 年 9 月 7 日朝刊