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技研だより 第166号 2019/1NHK放送技術研究所 〒157-8510 東京都世田谷区砧 1-10-11 Tel: 03-3465-1111(NHK代表)
1月号2019No.166
新年を迎えて
明けましておめでとうございます。
東京オリンピック・パラリンピックの開催まで、あと1年あまりとなりました。選手たちの活躍を楽しみにされている方も多いと思います。NHKは、この感動を最高水準の放送・サービスでお届けすることも視野に入れ、昨年12月より「新4K8K衛星放送」を開始しました。技研の長年の研究が結実し、超高精細映像と立体音響で、スポーツをはじめとする臨場感あふれるコンテンツを、ご家庭でもお楽しみいただけるようになりました。これもひとえに、多くの関係者の皆さまのご尽力のおかげと、深く感謝しております。今後も、4K8K放送の本格普及とさらなる発展を目指して、家庭視聴に適したシート型ディスプレーや、将来の地上放送の高度化に向けた伝送技術などの研究開発を推進していきます。
また技研では、「技研3か年計画(2018-2020年度)」に基づき、新しい放送技術とサービスを創造する研究開発を進めています。その中では、新たな番組制作手法の開発や放送サービスの高機能化に向け、白黒映像のカラー化などAI(人工知能)技術を活用した番組制作支援技術や、スポーツ中継に使用できる映像表現技術などの研究を進めます。ユニバーサルサービスの拡充については、障害者を含むあらゆる視聴者に必要な情報を確実にお届けするために、自動で解説音声を生成する音声ガイドや手話CGなどの研究に取り組んでいきます。
スマホ(スマートフォン)の普及でさらに身近になったインターネットや通信技術を放送へ応用する研究も進めています。IPネットワークを活用し、遠隔地にある設備を制御して柔軟に、そして効率的に番組を制作、伝送する技術や、スマホで簡単にテレビとIoT機器を連携させ、番組をより楽しく、いつでも視聴できる技術の実現を目指します。
さらに、2030 ~ 2040年ごろを見据え、多様な視聴スタイルに対応した新しい放送・サービスの実現に向けた研究を進めていきます。特別なめがねが不要で、自然な3次元映像を楽しむことができる3次元テレビを研究するとともに、AR(拡張現実)・VR(仮想現実)技術など新たな視聴体験を提供する「空間表現メディア」の可能性も探究していきます。
技研の使命は、放送の持続的発展のため、最先端の放送技術やサービスの研究開発において、先導的な役割を果たしていくことだと考えています。いつの時代でも、放送が信頼される「情報の社会的基盤」であり続けるため、また、視聴者の皆さまに新たなコンテンツを視聴・体感いただくメディアであるために、研究員が一丸となって、基礎から応用に渡る幅広い放送技術の研究開発に取り組んでまいります。今年も皆さまのご指導ご鞭
べんたつ撻を賜
りますよう、よろしくお願い申し上げます。
NHK放送技術研究所長 三谷 公二
NHKは、2018年12月1日から“NHK BS4K”および“NHK BS8K”を開始しました。技研が先導して研究開発や標準化を進めてきた8Kによる衛星放送は、世界初です。これに合わせ、11月30日から12月4日まで、渋谷ストリームホールにて「12月1日放送開始!4K・8Kスーパーハイビジョンパーク」を開催し、ご家庭での8K放送視聴をイメージした「8Kリビングシアター」や「8K×22.2ch音響ホームシアター体験」を展示しました。 また12月1日には、技研のエントランスでBS4K、BS8Kの受信公開を実施しました。当日は、開局特番
『いよいよスタート!BS4K・BS8K開局スペシャル』や、過去の映画フィルムをリマスターした8K映画『2001年宇宙の旅』などの番組を、多くのお客様にお楽しみいただきました。引き続き技研エントランスでは、平日の10:00から18:00まで、8Kリビングシアターで“NHK BS8K”をご覧いただけます。お近くにお越しの際は、お立ち寄りください。
N H K B S 4 K 、 N H K B S 8 K がスタート!
NHKサイエンススタジアム2018で技研の研究成果を展示
12月1日~ 2日の2日間、体験型科学イベント「NHKサイエンススタジアム2018」にて、技研の研究成果を展示しました。会場の日本科学未来館(東京都江東区)では、NHKの科学番組の公開収録や科学に関するさまざまな体験・実演が行われ、来場者数は2日間で約4万人にのぼりました。 技研からは、フェンシングの剣先の動きを分かりやすくリアルタイム表示する番組制作技術「ソードトレーサー」と、特別なめがねを使わずに自然な3次元映像を見ることができるインテグラル方式によるテーブル型3次元ディスプレー、スマートフォンを利用した携帯型3次元ディスプレーを展示しました。来場者からは、
「速い剣先の動きがとても分かりやすい」(ソードトレーサー)や、「3次元映像がどのように表示されているのか詳しく知りたい」(3次元ディスプレー)などのコメントをいただきました。今後も技研の研究成果を広く皆さまへ紹介する取り組みを続けてまいります。
ソードトレーサーの展示 テーブル型3次元ディスプレーの展示
4K・8Kスーパーハイビジョンパーク(渋谷) 技研エントランスでの受信公開(12/1)
曲げられるディスプレーの実現を目指して逆構造有機EL素子の長寿命化
新機能デバイス研究部 佐々木 翼
ご家庭でも大画面テレビで8Kスーパーハイビジョンを楽しんでいただくために、家庭への搬入や設置が容易で、薄くて軽く、曲げられる「フレキシブル有機EL*ディスプレー」の実用化が期待されています。このディスプレーは、基板にプラスチックフィルムを用いていることが特徴です。しかし、基板がフィルムに代わると、従来使われてきたガラスに比べて、有機EL素子の劣化要因となる大気中の酸素や水分が透過しやすくなり、ディスプレーが時間の経過とともに劣化し、暗くなる課題があります。そこで技研では、酸素や水分に強い有機EL素子の開発を進めています。
有機EL素子は複数の薄い膜から構成されます。その薄膜の一つに電極から有機膜へ電子を入れるための電子注入層があります。ガラス基板を用いた通常の有機EL素子では、電子注入層にアルカリ金属を用います。ところが、アルカリ金属は酸素や水分に弱いため、フィルム基板を用いた場合には、画素欠陥が発生して次第に暗くなってしまいます。そこで、アルカリ金属より安定な材料を使うため、異なる形成方法を適用できる「逆構造有機EL素子」を採用し、それに適した独自の電子注入材料を開発しました(図1上)。開発した材料はディスプレー画面全体に均一に形成できるとともに、大気安定かつ発光輝度の低下が少ないことが特徴です。通常の有機EL素子と逆構造有機EL素子の性能を比較するため、それぞれを用いた簡易なフレキシブル有機ELディスプレーを作製し(図2)、大気中での劣化特性を評価しました(図1下)。その結果、逆構造有機EL素子を用いたディスプレーでは、むらの無い良好な発光が見られ、また長期間、画素欠陥などの劣化が少ないことを確認できました。
今後も逆構造有機EL素子の性能改善に取り組み、フレキシブルディスプレーの実用化に向けた研究を進めていきます。
*有機EL(Electro-Luminescence):有機物質に電流を流すと発光する現象およびデバイス
通常の有機EL素子 逆構造有機EL素子
通常の有機EL素子
5日後欠陥
逆構造有機EL素子
35日後
陰極電子注入層発光層
陽極基板
陽極
発光層
独自の電子注入層陰極基板
図1 有機EL素子の構造(上)と画素欠陥の様子(下)図2 逆構造有機EL素子を用いた
フレキシブルディスプレー
技研だより 第166号 2019/1NHK放送技術研究所 〒157-8510 東京都世田谷区砧 1-10-11 Tel: 03-3465-1111(NHK代表)
1月号2019No.166
音を選べるのは便利ね!
Labo ちゃんリサーチ
Vol. 8
オブジェクトベース音響お好みの音声を手軽に実現!
最近よく聞く、でも、いまひとつ分からない。これからの放送を支える「技術のキーワード」について、技研イメージキャラクターの「ラボちゃん」が、研究員に聞きました。
★今回の先生★テレビ方式研究部久保 弘樹研究員
将来の新しい音響方式として「オブジェクトベース音響」という言葉を耳にしたけど、どんな方式なの?
オブジェクトベース音響の「オブジェクト」とは、音楽や人の声などの番組を構成する音の素材一つ一つを指します。オブジェクトベース音響では、音の素材ごとに音声信号が記録され、ご家庭で再生する時には素材の再生位置情報を基に、実際に置かれているスピーカーの位置に合わせて番組を再生します。そのため、従来の完成された番組音声を伝送するチャンネルベース音響と比べて、番組の制作環境とご家庭の視聴環境が異なる場合でも、音の品質を高く保つことができます。 最近では、映画業界でオブジェクトベース音響の導入が進んでいます。映画館は場所によって視聴空間の大きさや形状、スピーカーの数や配置が異なりますが、この方式では、どの映画館でも、同じ映画の音を同じように聞くことができるからです。
ラボちゃんのママ
チャンネルベース音響(従来)
制作環境 視聴環境
スピーカー
再生音声
音の素材
番組制作 音の素材・情報 再生装置
(再生位置情報)
視聴環境に合わせて番組音声を生成し、再生
完成した番組音声
LR
オブジェクトベース音響
チャンネルベース音響(従来方式)とオブジェクトベース音響のイメージ
オブジェクトベース音響を使うと、視聴環境に合わせた音を再生できるんだね。技研では、このほかにどんなサービスを検討しているの?
オブジェクトベース音響では、番組音声の構成や再生条件の情報もあわせて伝送して、ご家庭の受信機で番組音声を再構成するので、視聴者の好みに合わせて番組音声をカスタマイズすることもできます。 例えば、人の声とBGMの大きさ(レベル)のバランスを変えることで高齢者でも聴きやすくしたり、他の言語に差し替えることで外国人の方も番組を楽しんだりすることができます。またスポーツ番組では、背景音を応援しているチームの声援だけに切り替えて、まるで応援席で試合を見ているようなサービスも考えられます。 技研では、これらのサービスを臨場感が高い22.2マルチチャンネル音響で、生放送にも対応できるよう、オブジェクトベース音響の国際標準化に寄与しています。また、複数の音の素材を効率的に制作するための研究も進めていきます。
レベルバランスの調整 仮想的な視聴位置の変化(応援席など)
BGM
人の声(
実況)
BGM
人の声(
実況)
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32
1
オブジェクトベース音響のサービスの例