韓国仏教の現状・調査報告 - ryukoku university儒 教 1.2% 0.5% 0.2% 円 仏 教 0.2%...

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龍谷大学アジア仏教文化研究センター ワーキングペーパー No.10-03 (2011 1 31 ) 韓国仏教の現状・調査報告 藤 能成(龍谷大学文学部教授) 目 次 1 調査の概要 2 韓国仏教の現状 ⑴ 仏教の歴史 ⑵ 統計資料 ⑶ 韓国仏教の現状 ⑷ 韓国仏教が抱える問題 ⑸ 今後の方向性 3 調査を終えての所感 【キーワード】:韓国・現代・仏教・布教・現況

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龍谷大学アジア仏教文化研究センター ワーキングペーパー

No.10-03 (2011 年 1 月 31 日)

韓国仏教の現状・調査報告

藤 能成(龍谷大学文学部教授)

目 次

1 調査の概要

2 韓国仏教の現状

⑴ 仏教の歴史

⑵ 統計資料

⑶ 韓国仏教の現状

⑷ 韓国仏教が抱える問題

⑸ 今後の方向性

3 調査を終えての所感

【キーワード】:韓国・現代・仏教・布教・現況

Page 2: 韓国仏教の現状・調査報告 - Ryukoku University儒 教 1.2% 0.5% 0.2% 円 仏 教 0.2% 0.2% 0.3% *天主教が10年間に77.4%の伸びを示しているのが注目される。

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1 調査の概要

①期日:2010 年 8 月 22 日(日)~9 月 3 日(金)

②調査者:藤 能成(龍谷大学文学部教授)

③調査目的:現代韓国社会における仏教の現状について把握する。

④調査方法:仏教関係者への聞き取り<聞取り対象者は、韓国の知人の紹介による>

⑤調査日程

8 月 22 日(日)

<ソウル・インチョン国際空港に到着>

8 月 23 日(月)

午前:⑴東国大学校印度哲学科鄭承碩教授に面会

午後:⑵仏教放送局 朴相弼製作局長に面会(ヤン・キョンイン氏同伴)

午後:⑶ラジオ放送収録見学、東国大学校印度哲学科金浩星教授に面会

*個人で「日本仏教史研究所」を設立、日本仏教の良い点を広める活動を行う。

8 月 24 日(火)

午前:⑷江南区の奉恩寺を訪問(江南はソウルの高級住宅地、信徒は数十万名)

*百中日<安居の最終日>の行事、多くの信徒参集:カン・ミンス氏より案内)

午後:⑸曹渓宗社会福祉財団を訪問、面会

午後:⑹有料老人福祉施設ノブレス・タワー社長 ハン・ムンヒ氏に面会

*施設内に、キリスト、天主教、仏教、儒教の礼拝堂を備える。

8 月 25 日(水)

午後:⑺曹渓宗布教院常任研究員 コ・ミョンソク氏に面会

*曹渓宗の布教に関する専門家、今後の布教の方向について積極的に提言する。

午後:⑻曹渓宗テンプルステイ事務局を訪問、面会

*テンプルステイは 2002 年ワールドカップに始まる、誰でも修行・文化体験ができる

制度、現在 67 ヶ寺が受け入れ、年間 20 万人(内外国人2万人、日本人が最も多い)

が利用。*観音 33 ヶ寺聖地巡礼、日本人年間 11,800 名が参拝。

8 月 26 日(木)

午前:⑼中央僧伽大学校布教社会学科 金応喆教授に面会(ウォンウク師同伴)

*曹渓宗の布教方策について緻密に現状を分析し、多くの提案を行っている。

午前:⑽本願布教院西願寺訪問:釈暁鸞師に面会。

*本願布教院西願寺・前住職、親鸞に傾倒し真宗で得度、韓国で本願念仏を広めてきた。

午後:⑾般若寺住職ウォンウク師に面会(金貞淑氏が同伴)

*長年、仏教放送に出演、随筆家。韓国現代仏教の歴史について聞く。

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8 月 27 日(金)

午後:⑿高麗大学病院付設法堂(仏教室)にジヒョン師を訪ねる。

*自ら仏教放送の番組を持つ。高麗大学病院に法堂を開設し運営する。高麗大学病院に

はキリスト教、天主教、仏教の礼拝室がある。大きな病院にはすべて葬儀場がある。

午後:⒀本願布教院西願寺住職・釈西真師に面会、および仏教センター訪問。

*現在、仏教文化センターを運営し、ビパシャナ瞑想を基盤とした修行法・生き方「ラ

イフ・ケア・システム」を指導している。

8 月 28 日(土)

午後:⒁ソウル大学校宗教学科 尹元澈教授に面会(金貞淑氏が同伴)

*韓国現代仏教の動向に詳しい。

8 月 30 日(月)

釜山へ移動(400 キロメートル、KTX 鉄道で 2 時間 40 分)

8 月 31 日(月)釜山

午前:⒂東亜大学校哲学科・康東均教授に面会

*釜山で念仏信行会慈光院を運営、浄土真宗との交流を進めてきた。韓国現代仏教界、

僧侶界について詳しい。

午後:⒃安国禅院訪問、釈修仏師、および信徒会会長・副会長に面会。

*信徒対象の看話禅道場で全国的に注目される。大規模な現代的ビルディング。600 人

~700 人/日(特定期間には一日に 1000 人/日)が修禅に通う。

9 月 1 日(火)釜山

午前:⒄弘法寺訪問、深山師に面会。

*一人の仏教信徒の莫大な寄進により建立された浄土信仰寺院で、広大な敷地を持つ。

地下鉄駅との間にシャトルバスを運行、一日に 600 人程の参拝がある。高さ 20 メー

トルの金銅の大仏を建立中<10 月 10 日に開眼式>)*韓国では仏教教団と政府が協

力して阿弥陀如来 48 ヶ寺霊場を選定中、来春発足予定、当寺も入る模様。

9 月 2 日(水)釜山

⒅真宗研究学会に参加、康東均教授より、現代韓国の仏教の歴史・状況、および朝

鮮時代の浄土教家・箕城快善に関する講演を聴講。

9 月 3 日(木)釜山

午前:⒆梵魚寺訪問、弘禅師<花園大学に留学>に面会。(安東繕氏が案内)

*釜山の中心的寺院、釜山市民の精神的支柱となっている。

午後:⒇安国仏教大学を訪問 *安国禅院が設立した、一般信徒対象の仏教大学(文

化センター:1年または 2 年過程)韓国で唯一、独立した校舎を備え注目を集める。

<夕刻、金海国際空港より飛行機にて帰国>

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2 韓国仏教の現状

⑴ 仏教の歴史

朝鮮時代、500 年間に亘り崇儒抑仏政策が続き、ソウル都城内の寺院は廃寺に、僧侶は都城に入る

ことを禁止され、賤民身分とされた。仏教は臨済禅(禅・教の二宗)に統合され、山中の寺院により

維持継承された。民衆は仏教教理に触れることなく、祈福信仰を主とした。

朝鮮の開国後 1895 年、日本人僧侶・佐野前励(日蓮宗)の進言により、僧侶の都城出入が 270 年

ぶりに許可される。1910 年頃、日本人僧侶・武田範之は韓国仏教・円宗を日本仏教に統合しようと

画策したが失敗する。1910 年、日本は韓国を併合、仏教は保護されたが、植民地時代を通じて 500

ヶ寺の日本寺院が建立された(本願寺派は 132 ヶ寺)。日本仏教の影響で僧侶の妻帯が進む。1945

年時点で、独身僧は 100 名に満たなかったとも言われる

1945 年、植民地支配から解放。韓国戦争(1950~1953)を経て、1954 年、李承晩大統領が 8 回

にわたり「妻帯僧は僧侶でない」という諭旨発表したため、独身僧と妻帯僧とで、寺院争奪の争いが

起こる。誰が独身僧で誰が妻帯僧なのか、区別がつかなくなる。無規範状況が長く続き、双方が暴力

団等を僧侶に引き入れ、力ずくで相手を負かそうとする暴力事態が始まった。

寺院の争奪戦が続く 1980 年、全斗煥大統領が各寺院に戒厳軍を派遣、偽僧侶ややくざ出身との嫌

疑があるという理由で僧侶を中心とする仏教関係者 55 名を連行する事件が起こった。このことが全

国の僧侶に与えた精神的衝撃は計り知れず、長く尾を引いた。その後 1985 年頃始まる民衆仏教運動

は失敗。

1992 年以降、曹渓宗宗務院長選挙において、当時の宗務院長の 3 選を阻止する勢力が立ち上がっ

たのを契機に、教団の正常化が進められた。その後、暴力事態も鎮まり、曹渓宗は教団としての組織

を整え、社会活動を進める体制ができ上がった。韓国仏教の現代化は、1990 年代になってやっと始

まったと見ることができる。

⑵ 統計資料

① 宗教人口(韓国統計庁「韓国宗教人口統計」2005 年:総人口 47,041,434 人)

85 年(全人口比) 95 年(全人口比) 2005年(全人口比)

総宗教人口 42.6% 50.7% 53.1%

仏 教 19.9% 23.2% 22.8%

改新教(プロテスタント) 16.1% 19.7% 18.3%

天主教(カトリック) 4.6% 6.6% 10.9%

儒 教 1.2% 0.5% 0.2%

円 仏 教 0.2% 0.2% 0.3%

*天主教が 10 年間に 77.4%の伸びを示しているのが注目される。

② 仏教教団数(2005 年の統計資料による)

168 教団(把握 103、未把握 63)

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1)大韓仏教曹渓宗 寺院数 2444、教職者数 13,576、信徒数 2,000 万人

2)韓国仏教太古宗 寺院数 3121、教職者数 8,378、 信徒数 483 万人

3)大韓仏教天台宗 寺院数 165、教職者数 400、信徒数 未報告

*4 位の勢力は、創価学会だと見られる。

③ 宗教系マスコミの数(2005 年)

区分 仏教 改新教 天主教 その他

ラジオ

CATV

インターネット TV

22

定期刊行物

新聞

月刊誌

その他雑誌

24

59

28

82

130

84

21

13

14

合計 124 322 43 31

④ 宗教系専門大学以上の数(2005 年)

仏教 改新教 天主教 円仏教 その他 計

一般大学 4 49 12 2 2 69

大学院大学 2 20 2 24

短期大学 27 2 1 1 31

サイバー大学 1 1

各種学校 3 3

計 6 99 14 6 3 128

⑶ 韓国仏教の現状

韓国の四大宗教は仏教、プロテスタント、カトリック、儒教である。朝鮮時代の抑仏政策を受け、

また日帝時代に日本仏教の影響を強く受けてきたため、独自の運営体制を築くのに時間がかかった。

特に僧侶の妻帯の問題は大きく影を落としてきた。尹元澈教授によれば韓国仏教は、1992 年以降、

初めて地を足に付けた歩みを始めることができたという。プロテスタントが優勢で、それも実に排

他的保守主義的聖職者が多い韓国において、仏教は苦闘してきた。朝鮮時代以降、山中仏教として

かろうじて命脈を保ってきたため、都市における伝道や社会事業等を推進する力が弱かったのであ

る。近年注目されるのは、カトリックの急成長である。その聖職者は人望の厚い人物が多く、良心

的なイメージを築いてきた。信徒の葬儀について手厚いお世話を受けられるのも高い評価に繋がっ

ているという。

曹渓宗の『韓国仏教の未来を準備する』(曹渓宗華厳会、2006 年)によれば、以後の教団の進

むべき方向性として①都市寺刹の強化、②都市布教に専念する僧侶の育成、③拠点寺刹がないため

に布教が困難な地域における、信徒組織の活性化、④都市布教についての信行(修行)・布教プロ

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グラムの開発、⑤福祉と文化を活用した布教の推進の五項目を提案している。

その 5 年後であるこの夏、私が韓国を訪問してみると、信徒については、信徒層の若さ、男性信

徒の多さを初めとして、自身の信仰に対する誇りの高さ、充実した信徒組織、活発な寺院活動、仏

教を学び修行しようとする意識の高さ、寺院や福祉施設でのボランティア活動への関心の高さ等が

感じられた。

曹渓宗としても、都市布教に力を入れ、社会福祉事業をも具体的に推進し、仏教文化体験を通し

たイメージアップ、信徒教育の充実等が、具体的な成果を挙げており、1996 年の5箇条の提案が

実現しつつあることを感じさせた。

曹渓宗では、都市布教においては、旧来の伝統的法会(陰暦1日、15 日、祈祷中心?)に加え

て、職業人が参加できる定期法会(土・日に開催、講義を行うなど、職業を持つ、学歴の高い参加

者を意識した内容)を行うことを推進しており、実際にそのような寺院が増えている。また仏教レ

クリエーション協会を作るなど、児童・生徒等の子ども達への布教も推進している(この点は、キ

リスト教の日曜学校との対抗関係がある)

信徒教育については、信徒基本教育(全 12 回)の受講者が年間 3 万人、その後、仏教大学(1

~2年課程、週1~2 回)へ進む信徒が 5000 名、卒業者が 3000 名に上る。仏教大学で学ぶ信徒

は 50 歳代が中心で、男性も約半数を占める。卒業した信徒が次に求めるのは、修行の実践であり、

実際、釜山の安国禅院では、1 日に 600~700 名が参禅に訪れる。

社会福祉事業としては、曹渓宗社会福祉事業団が 1995 年に設立され、現在 150 以上の施設を運

営している。その多くは国からの委託事業であるが、社会福祉事業を通して、仏教の精神を伝え、

社会における仏教の位置を高める効果が上がりつつある。

仏教文化は、もともと仏教教団が持っていた財産であるが、より本質・本物を求めるようになっ

た現代人の志向によって高く評価されるようになった。そのような仏教文化体験を通して、仏教の

布教が進められている。

2002 年ワールドカップに始まるテンプルステイは政府からの援助を受けており、全国 67 の寺

刹で年間20万人が利用している。内、外国人は2万人、日本人、アメリカ人、中国人が多い。韓

国社会でも自然・静寂・内省等の本質的なものを求める要求があり、多くの雑誌に紹介されるなど、

宗教を超えていた関心の高まりがみられる。

33 観音聖地巡礼は日本人のために開設され、11,800 人/年が参加した。来年からは、48 阿弥陀

聖地巡礼が開設されるが、これも政府の支援により推進されている。

釈迦生誕日(陰暦 4 月 8 日)の提灯行列は盛大でソウルでも数 10 万名が参加する。日本のねぶ

た祭りのように趣向を凝らした出し物、外国からの観光客も多い。

また健康食への関心から寺院の食事を提供する高級レストランも関心を集めている。

仏教徒はもともと低学歴で迷信的な傾向を持っていたが、近年の趨勢は高学歴・富裕層へと移り

つつあり、一般庶民からは仏教への敷居が高くなりつつあるという。

韓国の仏教は今後、内容的に充実していく方向で進んでいると見て良いだろう。しかし、宗教人

口としては、増加の兆しは見られず、現状維持の方向性で進んでいる。社会全体の傾向として、大

学入試一辺倒の価値観が支配しており、そのために、寺院等の宗教施設に通う余裕がなくなってい

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るという。子弟の教育のためには、親が犠牲になるのは普通であり、教育費の負担が大きいため、

女性の生涯出産率の低下は著しく、高齢社会へ突入する日は遠くない。また経済成長の陰で、経済

格差が広がっており自殺率も高水準である。このような社会の中で、仏教には、実際に人々の生き

る力、心の安らぎを与える役割が期待されている。

そのために、専門的な能力を身に付けた在家信者(布教使)や僧侶の養成を目指しているという

(相談業務・瞑想・法会の運営等)。

韓国仏教の特徴 韓国では僧侶と信徒との立場が明確に区別されていて、信徒は僧侶との付合い

を好むようである。僧侶は信徒よりも仏に近い存在と考えられ、信徒は僧侶にリーダ―シップを期

待している。日本のような檀家制度はなく、信徒はどの寺院にも自由に登録できるが、寺院よりも

僧侶個人との結びつきが強く、僧侶が他の寺へ移動すれば信徒もついていくことが多い。お金持ち

の信徒は、僧侶や寺に多額の寄付をするため、短期間に立派な寺が立ちあがることも珍しくない。

また大きな寺では信徒組織もしっかりしており、ソウル・報恩寺の信徒役員は 2 年任期制で、毎日、

朝 9 時から夕方 5 時まで寺の信徒事務室に詰めて、寺院の運営を担っている。寺院や福祉施設では

ボランティア活動が盛んで、喜んでボランティアに参加する人が多い。福祉施設の運営でも、ボラ

ンティアの役割が大きい。

⑷ 韓国仏教が抱える問題

ア)コ・ミョンソク研究員(曹渓宗布教院)の指摘

1、儀礼・儀式の読経が漢文で行われていること。

対策:信徒達が意味を理解できるように漢文を現代語に翻訳して行う必要がある。現在、翻

訳事業が進められている。

2、社会的実践の不足

対策:慈悲行・菩薩行等の社会的実践を推進する。

3、都市寺刹での定期法会が低調であること。

対策:職業人のために都市寺刹における土日の定期法会を推進する。従来、法会は主婦を対

象として、陰暦で行われてきた。

4、僧侶の減少と世俗化

対策:僧侶となる出家者の数が減っており、僧侶の平均年齢も高まっている。

また僧侶の世俗化も進んでいる。

5、「現世利益(祈福)」に関心を持つ信徒が多いこと。

対策:信徒の関心を「現世利益」から「修行・瞑想」へと誘導し、

本当の心の平和・安らぎが得られるように導く。

イ)キム・ウンチョル(金応喆)教授の指摘(中央僧伽大学校)

金応喆教授は、1980 年代以降、30 年間に亘り、韓国社会において仏教界が委縮してきた原因

を次のように分析する。

1、教育機関の未整備(キリスト教 10:仏教1)

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教育機関における宗教教育は、教団の伸長に貢献するものと思われる。仏教教団が運営する

大学・高校等の数は、キリスト教の 10 分の1程度に過ぎない。

2、大学における社会福祉学科の未整備(キリスト教 60:仏教5)

社会福祉への取り組みを通して、教団の社会的認知度や評価を高めることができる。

その面で、キリスト教系の大学のほとんどに社会福祉学科があり、そこで学んだ人材が、韓

国社会における社会福祉分野を開拓し、拡充させてきた。仏教教団は大学の数も少なく、社

会福祉分野への進出が遅れた。

3、信徒の組織化の遅れ(他の宗教よりも遅れた)

信徒の組織化は、信徒自身の意識の向上や、信徒会活動の活性化、寺院経営基盤の安定に寄

与するものと思われる。

4、政界へ仏教徒の輩出が低調であったこと(延世大学、李花女子大はキリスト教系)

政界への人材輩出が、国の宗教政策に与える影響は大きい。そのような面で、仏教系の大学

が少なく、政界への人材輩出も低調であった。

⑸ 今後の方向性

曹渓宗布教院のコ・ミョンソク研究員は、今後、曹渓宗における布教活動の方向性として以下

の7項目を挙げる。

①修行と文化布教の活性化

仏教を知識として学んだ後、信徒は実際の修行の実践を志向するという。そのような信徒のた

めに、修行の実践ができる指導体制が必要である。

また、仏教の伝統の中で培われてきた文化を体験することを通して、仏教の伝道が進められる。

ここでの文化としては、テンプルステイ、太鼓等の仏教音楽、寺院の精進料理等が挙げられる。

②在家信徒としての専門的人材育成

韓国の仏教界では、信徒の奉仕活動が活発である。そのような信徒の活力を、仏教の伝道に生

かしていく。僧侶の活動を支援する在家信徒の役割が期待される。例えば布教、法会指導者、相

談専門員等である。特に幼児・児童、青少年の法会活動における、活躍が期待される。

③瞑想による生活布教

信徒が実際に寺院に集うことができなくても、寺院で瞑想の方法を学べば、それを自身の生活

の中で実践できる。

④実質的な信徒の養成

仏教信徒は、キリスト教信徒に較べて、実質的な信仰生活の実践に欠ける面が否めない。一般

的なキリスト教徒であれば、週に1~2回は教会に通うが、仏教徒の場合、1 年に1回程度の寺

院参拝でも、自身を仏教徒だと考えている人も多い。仏教徒も、実質的に仏教を学び、信仰生活

を送り、寺院にも少なくとも月に1回ないしは数回程度は通うことが期待される。曹渓宗ではこ

のような状況を踏まえて信徒教育に力を入れており、入初教育(お参りの仕方等、最も基本的な

知識)、次に1年課程の仏教入門講座(年 12 回、基本教育)を受け、またその後1年または2

年課程の仏教大学へと進む信徒も多い。仏教大学の入学者は 5,000 名、卒業者は年間 3000 人に

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も上る。

⑤都市布教の活性化

韓国の仏教寺院は、伝統的に山の中の自然豊かな場所を中心に維持されてきたため、都市には

寺院が少なく、また都市の寺院は経営が難しい。しかし、人口が集中する都市にこそ寺院が必要

であり、職場を持つ人々に仏教に接する機会を与えて行かなければならない。

⑥幼児・青少年布教活性化のための体制の整備

キリスト教の活発な幼児・青少年布教に対抗して、仏教でも幼児・青少年布教を積極的に進め

る必要がある。幼児・青少年期に触れた宗教が、一生の宗教となることが多いからである。

⑦曹渓宗としてのアイデンティティの確立と定着

曹渓宗は、六祖慧能の祖師禅の法系を組んでおり、看話禅を行う宗派であるが、一般信徒の間

では、そのことへの共通認識が定着していない。多くの信徒が、曹渓宗の教義を理解し、修行の

実践に励むようになることが期待される。そのためには、看話禅を如何に大衆化するかという方

法論の問題も解決しなければならない。

また、曹渓宗の教義を基盤とした応用仏教に関する研究も進める必要であり、今後、相談(カ

ウンセリング)、瞑想、修行、法会の運営等の実施についての研究が進められることが期待され

る。

3 調査を終えての所感

私が、7 年間暮らした韓国を離れたのは 1992 年 12 月、今から 18 年前のことである。私は 1986

年 2 月から 1992 年 12 月まで約 7 年間、韓国で暮らした。最初の 2 年半は東国大学校印度哲学科

への留学生として、1988 年 9 月からの 4 年半は大邱大学校日語日文学科講師としてであった。留

学生の頃はソウル市内の寺院に住み込み、頭を丸め僧服を着て大学へ通ったため、韓国僧侶達との

交際も多く、僧侶の視点からの韓国仏教に接することができた。後の 4 年半は大学の教員として過

ごしたが、大邱の宗教文化研究所研究員、嶺南哲学会会員という立場を頂き、多くの大学関係者や

宗教関係者達との出会いに恵まれた。

日本に帰国してからも韓国を訪問する機会はたびたびあったが、主に知人を訪ねるのが主であり、

調査目的で韓国を訪問するのは今回初めてであった。ソウルに行くのも久しぶりであった。激動の

時代にある韓国では「5 年ひと昔」と言ってもよいのかも知れない。日本出国前は非常に不安があ

り、実際にソウルのインチョン空港に降り立った時も、空港の内部や、電話の掛け方、バスや地下

鉄の乗り方、ソウルの地理、宿所までの交通等、全てが霞に包まれているようで、果たしてこの調

査が成果を挙げることができるのか非常に心配になり、暗澹たる気分となった。

しかし、到着の翌日には昔韓国で過ごした感が戻ってきて韓国語が話しやすくなり、ソウルの地

理も分かってきた。結果として知人の紹介を糸口として、多くの関係者から話を聞くことができた。

もともと知人の間柄の場合、その人を良く知っていても、韓国仏教の現状について話を切り出す機

会は余りないものである。また韓国は年功序列の社会であり、目上の人から話を聞くのは一般的に

難しい(目下の人には余り丁寧には話さない傾向がある)。だから、知人であってもどの程度情報

が得られるか心配したが、私が調査を目的に来たことを知って、誰もが親切・丁寧に質問に答えて

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くれ、感激した。

しかし、一国の宗教状況を把握しようとするならば、単に個人レベルでの見聞に留まってはいけ

ない。社会における多様な宗教活動や行動に広く目を向ける必要がある。だから韓国の仏教関係者

であっても、社会全体のレベルでの仏教の状況について、マクロの視点から捉えている人は多くは

ない。だから、韓国社会全体の動きとしての仏教の状況を摑むためには、個人の経験のレベルを超

えて、ある程度客観的な資料や調査結果を土台とする必要がある。また、同時に現在の韓国仏教の

状況を知るためには、近・現代の歴史がどのように動いてきたのかについても、確認する必要があ

る。現実とはこれまでの歴史の積み重ねの結果であるからである。ただ韓国は、日本にくらべて国

土が狭く、人口も日本の約 3 分の1程度であるため、全体的な状況も(日本に比べて)把握しやす

いように感じる。

今回、訪問・面談した人々の中で、特にマクロの視点から韓国仏教の状況を説明してくださった

のは、曹渓宗布教院研究員 コ・ミョンソク氏、中央僧伽大学校布教社会学科 キム・ウンチョル

教授、ソウル大学校宗教学科 ユン・ウォンチョル教授、東亜大学校哲学科カン・ドンキュン教授

の四方であった。

コ・ミョンソク氏は鄭承碩教授が「韓国仏教の現状を知ろうとするならば、この人に聞けばすべ

て事足りる」と太鼓判を押した人であった。ウォンウク師が「是非紹介したい」と、お会いする前

日の晩にやっと連絡がついてお会いできたのが、キム・ウンチョル教授であり、奇しくもコ・ミョ

ンソク教授からいただいた「現代韓国における仏教の動向についての調査報告書」を執筆した方で

あった。友人が紹介してくれたユン・ウォンチョル教授は仏教学が専門であるが、韓国社会の動向

についても深く研究しておられ、朝鮮時代末期から現代に至るまで、特に現代については 1960 年

代から 90 年代に至る時代を 10 年間隔で区切って、仏教の社会的な位置の変化について的確な説明

をお聞かせくださった。今回、報告できなかったが康・東均(カン・ドンキュン)教授は元・僧侶

という経歴をお持ちで、日本への留学経験もあって、開化的な考えを持った方である。韓国仏教界、

特に僧侶のあり方の問題について、現代歴史を辿りながら鋭くご指摘くださった。

調査を振り返ってみると、日本人が、韓国仏教の現状について、これだけ多くの関係者に韓国語

でインタビューできたのは、多分これまでになかったものと想像する。今回、多くの方から話を聞

くことができた私には、韓国仏教の現状について日本に紹介する役割があると感じる。日本の仏教

は韓国の仏教に学ぶべき点が非常に多いと思う。今、韓国の仏教徒達は自信感と誇りに溢れ、韓国

仏教には希望があり、元気で活気があるからである。

本報告書で今回、ご紹介できなかった方々からお聞きした内容については、追って報告する予定

である。

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韓国仏教の現在(2010 年 8 月 23 日~9 月 3 日・撮影:藤 能成)

仏教放送局ラジオ収録風景 奉恩寺山門と薦度斎参拝の行列

ソウル・奉恩寺 百中日薦度斎 奉恩寺百中日薦度斎

奉恩寺百中日薦度斎 斎壇 奉恩寺境内から見える高層ビル

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奉恩寺大雄殿の内部 奉恩寺入試合格祈願百日祈祷の案内

曹渓宗本山・曹渓寺山門 曹渓寺大雄殿

曹渓寺・参拝する信徒 曹渓寺・法座の様子

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曹渓宗布教院布教研究室 曹渓寺前の仏教書店

曹渓寺前の精進料理店 ユン・ウォンチョル教授

.   有料老人ホーム仏教室 老人ホーム全景 同・カトリック室

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有料老人ホーム・儒教室 同・プロテスタント室

高麗大学校付属病院仏教室・入口 同・ジヒョン師

高麗大学校付属病院仏教室・仏教室 同・カトリック室

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キム・ウンチョル教授と筆者 本願布教院西願寺・仏教文化センター受付

釜山までのKTX(新幹線) 列車内雑誌にテンプルステイの紹介記事

安国禅院入口 安国禅院法堂

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安国禅院住持・修仏師 同・信徒会会長・副会長 安国仏教大学

弘法寺法堂と阿弥陀如来座像 弘法寺法堂

弘法寺住持・深山師 釜山市街の僧衣店

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梵魚寺・大雄殿 梵魚寺・弘禅師

梵魚寺僧侶の生活棟 梵魚寺・鐘楼