腸管感染症における化学療法の効果 - 感染症学雑誌 online...

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昭 和47年2月20日 41 腸管感染症における化学療法の効果 神戸市立中央市民病院 はじめに 腸管 感 染 症 の化 学 療 法 の特 色 は経 口投 与 され た 化学療法剤が消化管で吸収され体液性に局所病巣 に到達することのほかに,消 化管性に直接病巣に 到 達 し得 る こ とで あ る. かつ てMarshallは 細菌性赤痢(以 下赤痢 とす る)の 治 療 に 難 吸 収 性 のSulfaguanidineが 最 も有 効 で あ る とし,そ の理 由を こ の もの が 吸収 され な い で直接病巣 に 作用 す るため としたが,そ の後 出 現 した 易 吸 収 性 のSulfapyridine,Sulfathiazole 等 の偉 効 とそ れ らの非 経 口的 投 与 も また 有 効 な事 実 か ら,い わ ゆ るMarshall doctrineな る ものは 完 全 に修 正 せ られ た1).今 日で は 治療 剤 として難 吸収 性,易 吸収性両薬剤 が ともに 用いられてい る. そもそも化学療法の意義は薬物を用いて病原体 を攻 撃 す る こ とに よつ て疾 病 の 治癒 を 促進 す る こ とに あ るが,そ のための第一条件が薬剤の抗菌力 である.生 体 内代 謝 で著 し く不 活 化 され る場 合 は 別 と して通 常 はin vitroの 抗 菌 力 が 指標 に な る. と ころ が赤 痢 で はin vitroで 抗 菌 力 の きわ め て 弱 いMacrolide系 薬剤がその作用機序は明らかでな い が有 効 で あっ た とす る報 告 が 多 く2)3)4)5)6),ま サルモネラ下痢症では一般に抗生剤の効果はその 抗 菌 力に か か わ らず 疑 問 で あ る と され て い る7). → 方 腸 炎 ビブ リオ,病 原大 腸 菌 下痢 症 で は化 学療 法 剤 の種 類 に か か わ らず 治療 に支 障 を来 た して い な い.腸 チフス症では有効な化学療法剤は抗菌力 に か かわ らず 限 定 され る.こ の よ うな事 実 は 腸 管 感染症における化学療法の効果についての特殊性 を物 語 る も の と考 え られ るの で これ らに 関 して い さ さ か述 べ てみ た い と思 う. 腸管感染症 の病原体 としては数多 くがあ るが, ここでは赤痢菌,サ ル モ ネ ラを主 とし,腸 炎 ビブ リオ,病 原大腸菌についても触れることにする. 病像の変遷と化学療法の効果判定 感染 症 の病 像 は い うま で もな くHost-parasite- relationshipsによっ て決 まる .腸 管感染症における Host側 の重 要 な条 件 と して は 人 種,年 令 お よび 生 活 条件 を あ げ る こ とが で き よ う.日 本 人 と外 国 人 とで は お のず か ら差 異 の あ る こ とを考 慮 す る必 要があ るし,成 人 と小児 とでは勿論 のこと,と に 新 生 児 に対 して は特 殊 な考 慮 が 必 要 で あ る8). 生活条件は 時代 および 地域社会 とともに変化す る.Parasiteの 側 で はそ の種 類,侵 襲 力,毒 力等 常 に不 変 で あ るわ け で は な く,と くに化学療法に 対 して は 耐性 菌 出現 の 問題 が あ る.こ れ らがか ら みあつて病像を形成することになる. かつて致命率の最も高かった疾患としての疫痢 は 今 日で は ほ とん どみ られ な くなつ た が,そ れに は 病 原菌 側 の み な らず,個 体 側 の変 化 が 大 き く影 響 して い る こ とを 認 め な いわ け に は 行 か な い9). また腸 チ フス の 致命率 は 今 日約1~2%と 低下 し,か つ て の20~30%の 時 代 の こ とを思 えば ま こ とに 今 昔 の 感 に堪 え な い もの があ る.こ れにはC P療 法 が大 きく貢献 したが,現 在 で はす べ てを そ の 効果 に帰 す る こ とは で き な い であ ろ う.致 命 率 はその疾病の重軽度を表わ し,治 療効果判定の最 も よい 尺 度 とな る が,今 日で は も はや そ の 目安 と す る こ とは 困 難 で あ る.症 状 につ い てみ る と古 い 過去の赤痢と現在のそれとでは著しい違いがみら れ る.著 者 が 初 め て赤 痢 の治 療 に従 事 した1940年 ごろはTenesmusの 劇 しい 多数 の赤 痢 患 者 の苦 痛 をいかに して 除 くかに心 を 痛 めた ものであつ た

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Page 1: 腸管感染症における化学療法の効果 - 感染症学雑誌 ONLINE ...journal.kansensho.or.jp/kansensho/backnumber/fulltext/46/...昭和47年2月20日 41 綜 説 腸管感染症における化学療法の効果

昭和47年2月20日 41

綜 説

腸管感染症における化学療法の効果

神戸市立中央市民病院

山 本 琢 三

はじめに

腸管感染症の化学療法の特色は経 口投与 された

化学療法剤が消化管で吸収され体液性に局所病巣

に到達することのほかに,消 化管性に直接病巣に

到達し得ることである.

かつてMarshallは 細菌性赤痢(以 下赤痢 とす

る)の 治療に難吸収性のSulfaguanidineが 最 も有

効であるとし,そ の理由をこのものが吸収 されな

いで直接病巣 に 作用 するためとしたが,そ の後

出現した易吸収性のSulfapyridine,Sulfathiazole

等の偉効 とそれ らの非経口的投与もまた有効な事

実から,い わゆるMarshall doctrineな るものは

完全に修正せられた1).今 日では治療剤 として難

吸収性,易 吸収性両薬剤 が ともに 用いられてい

る.

そもそも化学療法の意義は薬物を用いて病原体

を攻撃することによつて疾病の治癒を促進するこ

とにあるが,そ のための第一条件が薬剤の抗菌力

である.生 体内代謝で著しく不活化される場合は

別として通常はin vitroの抗菌力が指標になる.

ところが赤痢ではin vitroで抗菌力のきわめて弱

いMacrolide系 薬剤がその作用機序は明らかでな

いが有効であったとする報告が多く2)3)4)5)6),また

サルモネラ下痢症では一般に抗生剤の効果はその

抗菌力にかかわ らず疑問 であるとされている7).

→方腸炎 ビブリオ,病 原大腸菌下痢症では化学療

法剤の種類にかかわらず治療に支障を来たしてい

ない.腸 チフス症では有効な化学療法剤は抗菌力

にかかわ らず限定される.こ のような事実は腸管

感染症における化学療法の効果についての特殊性

を物語るものと考えられるのでこれらに関してい

ささか述べてみたいと思 う.

腸管感染症の病原体 としては数多 くがあるが,

ここでは赤痢菌,サ ルモネラを主 とし,腸 炎 ビブ

リオ,病 原大腸菌についても触れることにする.

病像の変遷と化学療法の効果判定

感染症の病像 はい うまでもなくHost-parasite-

relationshipsによって決まる.腸 管感染症における

Host側 の重要な条件としては人種,年 令および

生活条件をあげることができよう.日 本人 と外国

人 とではおのずから差異のあることを考慮する必

要があるし,成 人 と小児 とでは勿論のこと,と く

に新生児に対 しては特殊な考慮 が必要である8).

生活条件は 時代 および 地域社会 とともに変化す

る.Parasiteの 側ではその種類,侵 襲力,毒 力等

常に不変であるわけではなく,と くに化学療法に

対 しては耐性菌出現の問題がある.こ れ らがから

みあつて病像を形成することになる.

かつて致命率の最も高かった疾患としての疫痢

は今日ではほとんどみられなくなつたが,そ れに

は病原菌側のみならず,個 体側の変化が大きく影

響していることを認めないわけには行かない9).

また腸チフス の 致命率 は今 日約1~2%と 低下

し,か つての20~30%の 時代のことを思えばまこ

とに今昔の感に堪えないものがある.こ れにはC

P療 法が大 きく貢献 したが,現 在ではすべてをそ

の効果に帰することはできないであろう.致 命率

はその疾病の重軽度を表わ し,治 療効果判定の最

もよい尺度となるが,今 日ではもはやその目安 と

することは困難である.症 状についてみると古い

過去の赤痢と現在のそれとでは著しい違いがみら

れる.著 者が初めて赤痢の治療に従事 した1940年

ごろはTenesmusの 劇 しい多数の赤痢患者の苦痛

をいかにして 除 くかに心 を 痛めた ものであつた

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42 感染症学会雑誌 第46巻 第2号

し,腸 粘膜をも削 りとつたような粘血便はまさし

く本症に特有であつたが,今 日ではそのような患

者はほとんどみられなくなつた。いわゆる血便で

赤痢を疑われて送院される患者ばサルモネラ,腸

炎 ビブリオ,病 原大腸菌,赤 痢菌のいずれによる

下痢症であつても一様に便性を粘血便 という共通

の語で表現してすまされるようにその特徴を失つ

たかのごとくに思える(あ る程度の相違は存在し

で遠るのであもが).と のような症状の変遷は当然

花学療法剤によも治療効果判定の目標に変化をも

たらした.トン赤痢め治療にサルファ剤(以 下 「サ」

剤 とす る)が 無効 となるに及んでCP,TCが 使

用されるま うにならたが,始 めの こちは主 として

解熱とTenesmus め消退ないしは排便回数の減少

が治療勧菓の自標にとされた.一抗生剤を1日 あるい

は壱日間投与して効果のみら航ないときは無効と

判断されたのである.そ の後症状のゆるやかなも

のが次第にご増加し,治 療後の再排菌が注 目され,

さちに薬剤め治療効果比較判定のための共同研究

が進むにられてもつぼ ら現行の5日 間投与法が画

一的に行なわれ るようになつた10).治 療効果判定

基準作成の必要性から種々の試案が試みちれたが

臭 くは使用に適しなかつた.最 近庵は滝上11)の試

案を経て高橋ら12)め試案が発表され愛いる.サ ル

モネラ,腸 炎ビブ リオ,病 原大腸菌下痢症は心ず

れ もいわゆる食中毒症として取扱おれていたが,

伝染病院に赤痢としで送院される患者め中にこれ

らの患者が次第に増加していることが判明し,赤

痢 と向様な観点た立つて詳しい観察が行なわれる

まち拠なづ滝のは比較的最近のことに属する.チ

フス性疾患については今 日も解熱が主 目標となる

ことに変 りないが,自 然解熱 との鑑別の必要性ぶ

増矢もてきている.

耐性菌の出現 と化学療法

症状め変化選を竜にもち一つの重要な問題は耐

性菌 の出現増加である.「 サ」剤耐性菌について

は省略するが,抗 生剤耐性菌は1950年 どうから徐

々に増加 し今日に至つたが,最 近10年 間の推移は

赤痢菌型の変遷 とともに,薬 剤耐性赤痢研究会の

業蹟がよくそめ経過を示している(右 図).

Pattern of Resistance of Isolated Shigellae

Serotypes of Shigellae

Transition of Antibiotic Resistance of Shigellae

図は8大 都市伝染病院の集計を示す.二

耐性菌の出現はCP,TCを 次第に無効として

行つた.そ のためこれに代つて新しい化学療法剤

が次々に使用されたが,多 くは症状に対する効果

は劣るとしながらも,も つばら排菌阻止効果が強

調された.

サルモネラについても次第に耐性菌が増加して

行つたが,赤 痢菌 が 圧倒的 にCP, TC, SM

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昭和47年2月20日 43

3種 耐性であるに対し,こ のものはSM耐 性が最

も多く,病 原大腸菌は3種 耐性が多い等耐性のパ

ターンは相違 した.腸 炎 ビブリオはKMに 対する

感受性がやや弱いほかは3種 抗生剤に感受性で耐

性菌はきわめて少ない.

病原検索の意義

腸管感染症では病原菌の決定がその疾患のすべ

てを決定するといつてもよい.こ のように重要な

菌検索 も特定の病原菌に注目し,検 索の努力を重

ね ることによつて検出率は相当に上昇するもので

ある.サ ルモネラ,腸 炎ビブリオでは増菌培地も

使用されるが,培 地を数多く使用する程検出率は

高 くなる13).観察期間,検 索の頻度 も関係するこ

とはい うまでもない.一 方菌検出率の上昇は化学

療法の評価を低下せしめることにも通 じる.

腸炎ビブリオは藤野(1956)に よりPasteurella

parahaemolytica,滝 川(1955)に よりPseudomonas

enteritisとして報告されたが,滝 川の報告以来食

中毒菌 として俄然注 目を浴び,加 藤14),斉 藤ら15)

は1960年 ごろから夏期伝染病院に赤痢として送院

される患者の中に本症の含まれるごとに注目し,

著者 ら16)もその事実を確認していたが,1963年 に

行なわれた急性感染性下痢症研究班の調査により

夏期の赤痢入院患者の約半数が本症であるとい う

驚 くべき事実が判明しだ.夏 期に赤痢菌検出率の

低いことはかねてより指摘されていたところであ

り,腸 炎 ビブリオは当時SS培 地にも集落 を作っ

ていたのであるから17)18),この方面の深い追究が

もつ と早 くなされていたならば,本 症発見の歴史

が書き代えられていたかも知れない.

一病原大腸菌は元来乳児下痢症の起因菌 として注

目されたものであるが,こ れが成人にもいわゆる

食中毒を起こすことが知 られ,そ の病原性は疑い

ないが,今 後さらに新 しい種類の病原大腸菌が追

加 されるに違いない と思われる19).

このように菌検索は新 しい疾病の概念を作 りあ

げ,化 学療法とも直結するものであるが,最 近の

赤痢様疾患ば病原菌不明のものがきわめて多 くな

つたことが注目される20).

赤痢

赤痢の化学療法剤 としてその卓効を誇つた「サ」

剤も耐性菌が急速に増加す るにつれて次第に効力

を失つて行つた.、'今日では赤痢菌の約95%以 上漆

「サ」剤高度耐性であるとみられる.

このようにもはや過去の薬剤 と思われた 「サ」

剤も核酸合成阻害剤であるTrimethoprimを 種 々

の割合に配合する覧 とによりサルモネ ラ,赤 痢菌

等にも強い抗菌力を獲得 し胞サルモネラ症などの

治療に用いて有効であつたとす有報告が相次いで

現れたことから21)22),わが国においてもSulfaiso-

mezoleとTrimethoprimを5:1の 割合に配合し

た合剤が腸管感染症の治療にも試みられでそめ有

効性がほぼ認あ られ,近 い将来に製剤化/される機

運にあ るが,こ のものの真の評価はその後におい

て決定 されるぞあろ う.

抗生物質による治療効果判定については赤痢病

像の変遷 とともにきわめて複雑 となつなが,こ れ

については六大都市の伝染病院を主体とした 「薬

剤耐性赤痢の分布及び治療に関する研究10)」塵参

照することが最も適切であると思 う.こ り研究鋳

1962年 に行なわれ,当 時はいわゆる常用抗生剤耐

性菌が全体の30~40%に 達し,患 者数も多く,症

状の顕著 なものもみ られた 時代 で あつたから耐

性,感 性両赤痢に対する化学療法剤の効果を比較

す るの に最もよい時期であつたと思われる.こ の

調査ではKM, PM, ZM, FM, CL, ABP

C,フ ラマイセチン,フ ラゾリドン,パ ンフラ

ンS,CP,TC投 与および 対症療法群に つい

て,患 者を排便回数1日3~9回 群 と10回 以上

群 とに分けて対症状お よび対排菌効果が観察され

た.

対症状効果については感性赤痢に対するCP泊

TCの 治療成績が最 もよ く,前 記 異群の抗生剤お

よびニ トロフラン系誘導体 では 効果が劣り,耐

性,感 性赤痢との 問に治効 の差がみ られなかつ

た.

対排菌効果については対症状効果のみられない

OM, EMに ついても観察されたが,フ ラマイタ

チン, CL,お よびKM30mg/kg投 与群は無効率

が高く,OM, EMは それ.それ12.6%, 10.6%の

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44 感染 症学雑誌 第46巻 第2号

無効率でよい成績を示 した.感 性赤痢にはCP,

TCは ともに16.7%の 無効率で最 も成績がよく,

その他の薬剤は耐性赤痢に対するよりも成績が劣

つた.

この研究で保菌者も含めた対排菌効果を表に示

す23).

Effcets of chemstherapeutic agents on

bacillary discharge

この成績からCLの 対排菌効果は疑わしいが,

他の薬剤間には有意の差はなく,大 雑ばにみて20

%前 後の治療後の排菌がみられた.

赤痢保菌者の排菌について落合はおおむね退院

後2月 以内に排菌を停止する24)としたが,ま れに

は1年 以上 も排菌をみるものがあり,2月 以上の

排菌も少 くはない25).著 者の経験 した3a耐 性菌

成人集団赤痢では44名 から治療後3~5週 間に12

名(27.3%)の 再排菌者がみられたし,ま た耐性

2aに よる幼稚園集団赤痢では24名 から約5週 後

に4名,10週 後に3名 の計7名(29.2%)の 再排

菌者がみられたが,い ずれ も在院中に投与した化

学療法剤の種類には何らの関連 も見出されなかつ

た.

in vitroで 抗菌力の弱いMacrolide系 剤が何故

対排菌効果だけす ぐれているかについては,腸 管

内での出の影響),腸 内菌叢との関連,糞 便中に

発育阻止濃度を越えた高濃度に排泄される26)27)等

の説明が試みられているが,い まだ結論は得 られ

ていない.

これまでに赤痢の有効な治療剤 として報告され

たものは枚挙にいとまないほどあるが,い ずれも

前記化学療法剤に比して大同小異 とみ られる.

このように赤痢では有効な化学療法剤 も約20%

において再排菌は避けられないものと思われる.

このことは本症の発症病理40),腸 内菌叢 との関連

等複雑な要因のか らみ合つた結果であろ うが,い

ずれにしても排菌についての本症自体の特質 と考

えられる.

サルモネラ症

サルモネラ症は臨床的にチフス型 と急性胃腸炎

型とに分けられる.チ フス菌,パ ラチフス菌,

S.choleraesuis, S.sendai等 は前者の型をとり,

その他はほとんど後者の型をとるが,と きとして

チフス型をとるものもある.

腸チフスにCPを 投与すると,か な りすみやか

に解熱す るが,ABPCを 投与しても解熱効果は

みられない28).一 方腸チフス保菌者にCPを 投与

しても排菌停止はみられないが,ABPCを 投与

す ると一たんは菌が消失する29).保菌者にABP

Cあ るいはHetacillinを 投与して菌の陰性化する

のはこれが胆汁中に高濃度に排泄されてチフス菌

が死滅するためであ り,投 薬を中止すると多 くは

再排菌がみ られるのは永続排菌者が多くは胆石を

有しその内部にチフス菌が生存し薬剤の影響を受

け難いため後になつて再び菌の増殖を来たすため

と考えられる30).CPが 無効であるのは胆汁中で

は著しく抗菌力 が 低下するため と考えられてい

る31).こ のように保菌者についてはCPとABP

Cと の効果の相違 を 明確に説明 できそ うである

が,有 熱者に対する解熱効果の相違はいかにして

説明できるであろ うか.抗 菌力,血 中濃度等化学

療法の立場に立つての説明に困惑を感 じる.

サルモネラ下痢症については臨床症状 とともに

排菌阻止の点か ら化学療法剤の効果は疑問とされ

るのみならず,抗 生剤の投与は反つて再排菌を助

長するとす る報告 もあつて32)33),この点について

はさらに検討が望まれる.深 谷 らはサルモネラ感

染症に抗生剤を投与 して順調な経過をとるものも

あるが,長期に排菌をみる例がかなり多い とし34),

谷垣 らはサルモネラ患者退院後の追跡を行ない33

名から18名(54.5%)に 菌を検出し,最 長は207

日の排菌例を経験 したという35).Mair E.M.Tho-

masら は英国で1953年 から15年間に917例 のサル

モネラ症を経験し追跡調査のできた1/4からは感染

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昭和47年2月20日 45

期間は2月 以上におよび間歓排菌が1/5にみられた

と述べている36).感染性腸炎研究会の調査による

と種 々の化学療法剤を投与された122例 のサルモ

ネラ下痢症の58.9%に 連続または再排菌がみられ

ている37).

このようにサルモネラ下痢症では化学療法剤の

対排菌効果は期待すべくもないが,こ の事実はこ

こでもその発症病理とも関連 した本症の特質であ

ると思われる.

腸炎ビブ リオおよび病原大腸菌下痢症

腸炎 ビブリオ下痢症は経過がすみやかで大抵は

予後良好であ り,と くに化学療法による効果を期

待する面は少ない.排 菌も比較的すみやかに停止

す るが,日 を追つて観察すると1週 以上 も排菌を

みるものもある.し かし化学療法剤を用いるとす

みやかに排菌の停止をみる38).保菌者はきわめて

まれであ り39),再排菌もみられない.薬 剤耐性赤

痢研究会の調査によれば種々の化学療法剤を投与

された122例 中再排菌をみたものは1例 もなかつ

た37).

病原大腸菌下痢症も同様に化学療法剤に期待す

る面は少ない.薬 剤耐性赤痢研究会の調査では化

学療法剤を投与された46例 中再排菌をみたものは

1例 もなかつた37).

むすび

化学療法剤の効果を対排菌効果についてみると

少 くとも現行の投与法では赤痢は20%前 後の再排

菌は避け難いものとみ られる.一 方サルモネラ下

痢症では治療後の排菌は50%以 上に達し化学療法

の効果はみられない.腸 炎 ビブ リオ,病 原大腸菌

下痢症ではすみやかに菌の消失をみ,再 排菌はま

ずみられない.

以上の事実は化学療法剤の効果の相違が病原菌

あるいは疾病の種類によつてもた らされ,い いか

えるとその疾病自体の特質であるとも考えられ,

化学療法の限界もこの辺に存していることを示し

ているように思える.

治療効果判定に当つては臨床症状に対する効果

についても自然治癒 との比較の上に立つて厳密な

観察が必要であ り,排 菌阻止効果の評価に当つて

は 以上 の事 実 の 認 識 の 上 に立 つ こ とが必 要 で あ る

と考 え る.

腸 チ フス につ い て の成 績 は 病 原 体 が 同一 で あ つ

て もそ の疾 病 の状 態 に よつ て 有 効 な 化学 療 法 剤 は

種 類 を異 にす る もの であ る こ とを 示 す 典 型 的例 を

提 供 す る もの とい え よ う.

腸管 感 染 症 に お け る この よ うな知 見 は 他 の 感 染

症 に お け る化 学 療 法 剤 の治 療 効 果 判 定 に 当 つ て も

考 慮 され る必 要 が あ ろ う.

最 後 に以 上 述 べ た疾 病 の種 類 に よ る化 学 療 法 剤

の 治療 効果 の相 違 は そ の発 症 病 理 と も関 連 す る点

が きわ め て大 で,そ の点 に関 す る重 要 な基 礎 的 研

究 の興 味 あ る知 見 に 関 して は 全 く 触 れ なか つ た

が,別 に あ らた め てそ の方 面 の専 門 家 の寄 稿 を期

待 す る もの で あ る.

引要文献

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46 感染症学雑誌 第46巻 第2号

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