国語科の書くことが困難な生徒への シンキング・ツールによる支...

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香川大学教育実践総合研究(Bull. Educ. Res. Teach. Develop. Kagawa Univ.),32:1-14,2016 国語科の書くことが困難な生徒への シンキング・ツールによる支援の効果の検証 川田 英之 (附属坂出中学校) 762-0037 坂出市青葉町1-7 香川大学教育学部附属坂出中学校 Practical Study Support Using “Thinking Tools” for Students who have Difficulties in Learning “Writing” of Japanese Classes Hideyuki Kawata Sakaide Junior High School Attached to the Faculty of Education, Kagawa University, 1-7 Aoba-cho,Sakaide 762-0037 要 旨 国語科の書くことが困難な生徒に,シンキング・ツールを用いた支援を行い,その 効果を検証した。実践研究の結果,「書く課題に対する既有知識が欠如している」「書く課題 と既有知識がつながらない」「書く課題と既有知識とはつながっているが,それを表現でき ない」ことが原因で書けない生徒に効果的であることが明らかになった。 キーワード シンキング・ツール 国語科スクーリングテスト 視覚化 焦点化 関係づけ はじめに 国語科の授業がここ十年で大きく変わり,読 むこと・書くことが困難で特別支援教育を必要 とするLDやADHD,高機能広汎性発達障害な どの子どもが増えつつある。そのため,学級 集団での国語の学習が成立しない状況が多々あ る。 前稿 において,筆者は,読むことの困難な 生徒に対するシンキング・ツールの支援の有効 性について検証した。難読症の内,脳の情報処 理(入力側)に問題のある生徒,情報発信(出 力側)に問題のある生徒のどちらにも効果的な 支援のツールとなることが明らかになった。 本論は,書くことの困難な生徒に対して,シ ンキング・ツールを用いることが,その支援と して有効に働くことを検証するものである。 1 書く行為と脳の働き 読む行為と書く行為とでは,脳の働きが異な り,書く方がより高度な力を要する。永江誠司 は,書く際には,前頭葉後部の運動野と頭頂葉 の体性感覚野と頭頂連合野が結びついて,書く 行為を支えており,「書けない」という状況は, 書く行為に含まれる脳の部位の統合が弱いと述 -1-

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香川大学教育実践総合研究(Bull. Educ. Res. Teach. Develop. Kagawa Univ.),32:1-14,2016

国語科の書くことが困難な生徒への シンキング・ツールによる支援の効果の検証

川田 英之(附属坂出中学校)

762-0037 坂出市青葉町1-7 香川大学教育学部附属坂出中学校

Practical Study Support Using “Thinking Tools” for Students who have Difficulties in Learning “Writing”

of Japanese Classes

Hideyuki Kawata

Sakaide Junior High School Attached to the Faculty of Education, Kagawa University, 1-7 Aoba-cho,Sakaide 762-0037

要 旨 国語科の書くことが困難な生徒に,シンキング・ツールを用いた支援を行い,その効果を検証した。実践研究の結果,「書く課題に対する既有知識が欠如している」「書く課題と既有知識がつながらない」「書く課題と既有知識とはつながっているが,それを表現できない」ことが原因で書けない生徒に効果的であることが明らかになった。

キーワード シンキング・ツール 国語科スクーリングテスト 視覚化 焦点化 関係づけ

はじめに

 国語科の授業がここ十年で大きく変わり,読むこと・書くことが困難で特別支援教育を必要とするLDやADHD,高機能広汎性発達障害などの子どもが増えつつある。そのため,学級集団での国語の学習が成立しない状況が多々ある。 前稿1において,筆者は,読むことの困難な生徒に対するシンキング・ツールの支援の有効性について検証した。難読症の内,脳の情報処理(入力側)に問題のある生徒,情報発信(出力側)に問題のある生徒のどちらにも効果的な

支援のツールとなることが明らかになった。 本論は,書くことの困難な生徒に対して,シンキング・ツールを用いることが,その支援として有効に働くことを検証するものである。

1 書く行為と脳の働き

 読む行為と書く行為とでは,脳の働きが異なり,書く方がより高度な力を要する。永江誠司は,書く際には,前頭葉後部の運動野と頭頂葉の体性感覚野と頭頂連合野が結びついて,書く行為を支えており,「書けない」という状況は,書く行為に含まれる脳の部位の統合が弱いと述

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を正しく理解させる手だてを講じなければならない。 ④の子どもには,既有知識を補充してやる必要がある。教師が知識を補充する情報を提供したり,学習者同士の話し合いの中で補充したりすることが有効である。 ⑤は,既有知識が雑然としすぎていて整理されていないか,他の知識が邪魔をしてつながらない場合である。こうした子どもには,既有知識を呼び覚まし,整理する方略を学ぶことが有効な手だてとなる。 ⑥は,書く内容は脳裏に浮かんでいるが,それを書くに至らない場合である。こうした子どもは書き方が分からないのであり,書くための型を提示することが手だてとして有効である。 この内,①②は,重要な問題ではあるが,本論の研究対象ではないので論考は割愛する。③は,書く以前の課題を理解する(課題を読む)段階の問題である。この段階のシンキング・ツールの支援の有効性については,前稿4で示したので,省略する。 今回研究対象としているのは,④⑤⑥である。 ④は,文字情報が外から入らないで行う書く行為の中で,学習内容や課題を脳の記憶から引き出し,つなげる作業が必要であり,そのための方法・方略の指導が必要である。⑤⑥は,記憶を書くという行為に結びつける過程の方法や方略の指導が必要となる。共通しているのは,書く過程の中で,コミュニケーションを活性化させたり,方略としての型を学んだりする支援が有効性をもつということである。

3 シンキング・ツールによる書くことの支援

 シンキング・ツール(thinking tool)は,思考ツールとも呼ばれ,Yチャート,PMI,ベン図など,思考の過程や枠組を可視化したワークシートや図・表などの総称である。「視覚的に表して,組織化するもの」という意味で

「グラフィック・オーガナイザー」(graphic

べる2。また,奥村安寿子・稲垣真澄は,文字を読む時と書く時には,共通の脳部位が活動するが,読む時には視覚野から情報を受けて働くのに対し,書く時には,情報がない状態で働かなければならず,読む時には大脳が正常に機能しても,書く時にはうまく働かないことがあり得ると述べる3。読めるのに書けないという子どもがいるのはそのためであり,書けない子どもには読みとは異なる支援が必要となる。さらには,教育の現場において,書けない子どもは多数いるが,「書けない」という症状は同じでも,アセスメントにより脳の障害の特徴を捉え,指導の方法を変えなくてはならず,個別の支援が必要となる。普通学級において,こうした指導や支援にはかなりの労力を要することとなる。

2 「書けない」症状の原因

 子どもの「書けない」という症状の原因として,次の六つが考えられる。 ① 文字自体が書けない(読めない) ② 書こうとする意欲がない ③ 書く課題が理解できない(課題の情報の

入力を誤る) ④ 書く課題に対する既有知識が欠如してい

る ⑤ 書く課題と既有知識がつながらない ⑥ 書く課題と既有知識とはつながっている

が,それを表現できない ①は,識字の問題である。中学校ではほとんどいないが,小学校入学段階では存在する。これについては,取り立て指導を行って教えることが必要である。 ②は,学習に参加しておらず,問いに対峙しようとしない子どもである。幼い頃からの負の連鎖を積み重ねてきた結果や,学習空間(クラスの雰囲気)の問題がこの原因に当たる。内発的・外発的要因等様々な観点から学習意欲の喚起を行う必要がある。 ③は,いわゆる「読み間違い」と言われる情報入力ミスである。こうした子どもには,課題

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organizer)とも言われる5。欧米の教育界では広く用いられており,日本でも導入されつつある6が,国語科教育における実践はまだまだ少なく,断片的に活用が始められたばかりで,広く様々な分野・教材に系統的に用いられるまでには至っていない。 筆者は,佐藤明宏他との共同研究において,視覚支援の「スケジュールを示す視覚支援」「物事の相互関係を示す視覚支援」が読むこと・書くことの習得が困難な児童・生徒に有効であることを明らかにした7。シンキング・ツールは,この内,「物事の相互関係を示す視覚支援」にあたる。 「2」で述べたように,文字情報が外から入らないで行う書く行為では,学習した事柄を記憶から引き出す作業の比重が高く8,その方法や方略を指導することは重要な視点である。 LD,ADHDなどが原因で書くことが困難な子どもは,課題と記憶を結びつける過程に大きな問題をもつ。そこで,「物事の相互関係を示す視覚支援」であるシンキング・ツールは,学習事項と記憶とをつなぐ役割を果たし,書けない子どもに有効に働くと考えられる。 次に,書くことが困難な生徒にシンキング・ツールによる支援を行う授業実践を行い,その有効性と課題について検証するものとする。

4 対象生徒

 対象生徒については,書くことの実態と,国語科スクーリングテスト9の結果を基に,香川大学教育学部附属坂出中学校平成26年度第1学年および平成27年度第2学年に在籍のA(男子),B(男子)の2名を対象生徒とした。 生徒A(中1男子) コミュニケーション能力が低く,対人関係を作るのに問題がある。理解に時間がかかり,定期テストでの作文問題はほぼ空白である。国語科スクーリングテストの結果,聴覚的短期記憶は優位であるが,言葉の想起,情報の統合,社会性に問題を抱えていることが明らかになった。「2」の症状で言うなら「⑤ 書く課題と

既有知識がつながらない」「⑥ 書く課題と既有知識とはつながっているが,それを表現できない」ことが原因であると思われる。 生徒B(中1男子) 対人関係は良好だが,理解力は低い。定期テストの作文問題では,一応書くものの,問われていることを正確に書くには至らないことがほとんどである。国語科スクーリングテストの結果,視覚的短期記憶,言葉の想起,情報の統合,長期記憶(知識)に問題を抱えていることが明らかになった。「2」の症状で言うなら,

「④ 書く課題に対する既有知識が欠如している」ことが原因であると思われる。 尚,A,B共に第1学年,第2学年と同クラスに在籍している。

5 実践方法

 実践については,次の三つを行い,対象生徒の書く過程と書いた内容を基に分析した。○実践事例1・題材名:「矛盾」・対象学年:中学1年・シンキング・ツール:ピラミッド・チャート○実践事例2・題材名:「枕草子」・対象学年:中学2年・シンキング・ツール:ツリー図○実践事例3・題材名:「反対意見を想定して書こう」・対象学年:中学2年・シンキング・ツール:ベン図

6 結果

(1)実践事例1 「矛盾」(26年11月実施) ① 学習内容 教科書にある「矛盾」の内容を理解した後の発展的な学習である。資料集にある「蛇足」「五十歩百歩」「蛍雪の功」等の故事成語から一つを選択し,身近な生活の中の出来事と結びつけた「暮らしの中の故事成語」の文章を創作する。

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 ② シンキング・ツールの活用 ピラミッド・チャート 自分で選択した故事成語と,身近な生活の中の出来事とを結びつけるツールとして用いた。この課題がすぐに行える生徒は,故事成語を選んでから生活の出来事を考えるのではなく,故事成語の意味と生活の出来事との結びつけを何度も頭の中で行っている。よって,故事成語を選択して書き始めた段階では,既に二つが結びついているのである。対象生徒の2人の場合,この結びつけができないために「書けない」のである。ピラミッド・チャートはこの結びつきの支援として有効である。ピラミッドを四分割し,上から「故事成語」「故事成語の意味」「故事(いわれ)」「生活の出来事」を記入することで,視覚的な結びつきがなされ,書くことの支援になると考えた。

 ③ シンキング・ツール活用の実際  ア 生徒A 課題を説明したが,Aはピラミッド・チャートになかなか記入しなかった。こうした生徒はAの他にも多数いたため,まず何でも良いので一つ故事成語を選ぶよう指示したところ,「助長」の故事成語を選び,「意味」「故事」の3段目までを記入した。その後,また手を止めて5分ほどじっとしていたが,「ある陸上部の子がいたが,その子は走るのが遅かった。その子の親が心配してきついトレーニングは

ママ

毎日続けさせた。結局,その子はそのトレーニングが原因で足を悪くしてしまい,もう走れなくなってしまった。」と4段目に記入した(図1)。 その後,4人組でツールを基に話し合いの場をもった。その中で「助長って何?」と聞かれ,Aがツールを使って説明したところ,「助長…余計な手助けをすること。それで十分いけると思う。親が余計なことをしたんやな。」と言われ,納得した様子であった。

【図1 生徒A ピラミッド・チャート】

 Aの創作した文は次のとおりである。

 ある陸上部の子がいた。その子は走るのが遅く,なかなかタイムをよくすることもできなかったため,先生によく努

ママ

られていた。それを知ったその子の親が心配し,毎日きついトレーニングを無りやり続けさせた。「お前はがんばればできるんだからしっかりやれ」と言い,休むこともさせてくれなかった。 ある日その子はトレーニング中にたおれて足が動かなくなってしまった。急いで病院につれて行った。そして処置を受けると,なんとか歩けるまでにはなったが,もう走ることはできなくなっていた。

 誤字はあるものの,「助長」の意味を正しく捉え,創作文が書けていた。

  イ 生徒B Aと違って,「蛇足」の故事成語をすぐに選択し,ピラミッド・チャートの3段目までを記入した。しかし4段目を書くことができず,

「分からない」と繰り返し言った。結局,4人組の話し合いの場まで,「生活の出来事」を書くことはできなかった。4人組では,次のような話し合いが行われていた。

 B:いらないこと,何かない?S1:いらないこと…例えば,…例えばなんか

せっかく練習試合とかでいい試合だったのに,最後にある人がぼそっぼそっと何か言うとか。

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 B:あー。S1:あの人があんなプレーしたからなって。 B:なるほど。S2: テストで合っていたのに,余計なこと書い

てばつとか。 B: 俺絶対あるし。俺は最初からわからんから

違うか(笑)。S1:練習試合やっていっぱいあるし。

 話し合いの中で,ヒントをもらうことでBは4段目に「野球の試合で完全試合まであとアウト1つなのに3ボールストライクでストライクをとってきたのに3球ともホォークで4球目はストレートでストライク5球目はストレートのストライクそして6球目はホォークでボールキャッチャーはなぜ6球目をとくいのストレートでないフォークにしたのか。」(下線―筆者)と記入した(図2)。 S1の言葉に納得し,「蛇足」のいわれと自分の野球の経験とが,Bの中でつながったのだと考えられる。 Bの創作した文は次の通りである。

 野球の試合で完全試合まであとアウト1つ1球目ストレートでストライク2球目もストレートで2ストライク,3球目キャッチャーからのサインはホォークでボール4球目またしてもホォークでボール3

ママ

球目ホォークでボールそして次のサインはホォーク。と

マ マ

まどったピッチャーはとまどったけどキャッチャーのサインにしたがいホォークを投げた。さてはんていはボール2球ストレートでおいこんだのに2ストライクからのフォアボールで完全試合はなくなった。

(下線―筆者)

 Bが創作した文は,ピラミッド・チャートの4段目を具体化したものである。句読点使用の誤りは目立つが,メモおよび創作文の下線部から,「蛇足」の意味と,キャッチャーが「余計なこと」をしたという意味をつなげて,正しい創作が行えたと考えられる10。

 ④ 実践事例1の考察 書けない生徒A,Bともにピラミッド・チャートによる支援が有効であったと思われる。Aの場合は,ピラミッド・チャートの階層により,つながりが視覚化されたことで,故事成語と生活の出来事を自力で結びつけることができた。Bの場合は,個の段階では結びつけることができなかったが,ピラミッド・チャートが対話のツールとして活用されることで,最終的に結びつけることができた。 クラス全体の事後アンケート結果は資料のとおりである。ピラミッド・チャートを使わず,同様の創作を行った他クラスと比較してみた。 「暮らしの中の故事成語はうまく書けましたか」という問いに対し,「かなり」の割合はどちらも同じであるが,ピラミッド・チャートを使ったクラスの方が「まあまあ」の割合が多いこと,「あまり」「いいえ」の割合が少ないことが違いとしてあげられる。「ピラミッド・チャートは役に立ちましたか」という問いに対しては,約9割の生徒が「かなり」「まあまあ」と肯定的に答えている。その理由としては,「いわれなどを書くので,すぐにどんな文を書くかが思いついたから」「関連づけたり,思い浮かびやすくなったから」と創作前の構成メモとして有効であった理由がほとんどであった。また,

「1回1回意味に沿って確かめられたから」「自分で略して意味などを書くので頭に入るから」と推敲や理解に役立ったという理由もあった。

「あまり」「いいえ」の理由は,「意味やいわれは知っていたから,書かなくてもよかった」「どちらかといえばピラミッド・チャートが無くて

【図2 生徒B ピラミッド・チャート】

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資料<ピラミッド・チャート 事後アンケート結果>資料1 <ピラミッド・チャート 事後アンケート結果>

<ピラミッド・チャート 理由>

○「かまり」「まあまあ」

・いわれなどを書くので,すぐにどんな文を書くかが思いついたから ・上下の考えとつなげられるから ・意味がわかり,構成,考えが立てられたから ・意味・いわれなどがすぐ上に書かれてあるから,文章を書きやすかった ・関連づけたり,思い浮かびやすくなったから ・順序立てて構成を書くので,頭で整理してから書けた ・はじめは何を書くかなかなか浮かばなかったけれど,これがあるとすぐにどんどんできていったから ・私は継次なので順に考えられた ・考える順番が見えて,文章を創りやすかったから ・文章をふみはずさないように書くことができる ・1回1回意味に沿って確かめられたから ・自分で略して意味などを書くので頭に入るから ○「あまり」「いいえ」

・意味やいわれは知っていたから,書かなくてもよかった ・どちらかといえばピラミッド・チャートが無くても書けた気がするから ・あまりくわしく書かなかったから

かなり

32%

まあまあ

58%

あまり

10%

いいえ

0%

暮らしの中の故事成語はうまく書

けましたか:対象クラス

かなり

32%

まあまあ

52%

あまり

13%

いいえ

3%

暮らしの中の故事成語はうま

く書けましたか:比較クラス

かなり

65%まあまあ

27%

あまり

5%

いいえ

3%

ピラミッド・チャートは役に立ちまし

たか:対象クラス

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も書けた気がするから」等であり,故事成語と生活の出来事をすぐに結びつけることのできた生徒によるものである。 また生徒A,Bともに「暮らしの中の故事成語はうまく書けましたか」という問いには「まあまあ」,「ピラミッド・チャートは役に立ちましたか」という問いには「かなり」と回答している。その理由をAは「先にメモとして書いておくと,文を書くときに書きやすかったから」と答えており,言葉の結びつけによる文の想起に有効であったと実感していることが伺える。また,Bは「書くないようをかじょうがきで書いていたから」と答え,対話の中で発想できた内容をメモすることで,創作がスムーズにいったことを効果として実感していることが伺える。 本実践より,ピラミッド・チャートは多くの生徒にとって有効なツールであり,また,書くことの困難な生徒に対しても有効に機能したと言える。

(2)実践事例2 「枕草子」(27年4月実施) ① 学習内容 教科書にある「枕草子」第一段を模して「私の枕草子」を創作する学習である。「春」「夏」

「秋」「冬」のそれぞれの季節にふさわしいと思う事物について,文章に表す。筆者の表現上の特徴を効果的に用いて自分なりに季節感や美意識を表現し,まとめる力が必要であり,実践1より高度な書く力が必要となる。

 ② シンキング・ツールの活用 ツリー図 それぞれの季節についてふさわしいと思う事物を列挙し,文章化するためにツリー図を用いた。対象生徒2人の場合,まず既有知識を掘り起こし,多数示された観点を整理して教材文と結びつけ,自分の最終的な考えを文にする力が弱い。ツリー図は情報を整理して結びつける支援として有効であり,本実践の課題文を書く支援になると考えた。尚,今回は,ツリー図の型を教師が示さず,ノートに自分で書き,文章を

構想するよう指示をした。

 ③ シンキング・ツール活用の実際  ア 生徒A 最初はツリー図をなかなか書けず,「春」「夏」

「秋」「冬」という項目を書いたのみであった。その後,友達から「季節で思いつくことを書いてみたら」と言われ,それぞれの季節で思いつく項目を羅列した(図3)。

【図3 生徒A ツリー図】

 Aの創作した文章は次のとおりである。

 春は桜。やうやう色づきはじめ,一年に一度だけいっきに花をさかせたる。 夏はすいか。お盆のころはさらなり,夏休みもなお,冷蔵庫の中を独占したる。また,ただ一つ二つなど,アイスクリームも真夏に食べることも

をマ

格別においし。 秋は紅葉。町の木々の葉がだんだんと緑から紅へ染まるさへあはれなり。まいてさぬき冨士などが真紅に染

るマ

は,いとをかし。日入り果てて,風の音,虫の音など,いつの世も変わりなく,はた言ふべきにあらず。 冬は年末のお決まりのテレビ番組。NHKの紅白歌合戦は言うべきにもあらず,ダウンタウンの笑ってはいけないシリーズ,ゆく年くる年を観るも,いとつきづきし。正月になりて,気がゆるびて食べていけば,身体が重がちになりてわろし。

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C:なるほど。冬は雪?寒い。他には?楽しいこととか?

B:雪だるま。C:それから?B:スキー。C:悪いことはある?「わろし」とか,最後に悪

いことになっとるやろ?B:んー交通事故。

【図4 生徒B ツリー図】

 Bが最終的に創作した文章は次のとおりである。

 春はさくら。木の下でおはなみしたりしゃしんをとる人おおし。 夏は野球。あせをかいてたのしい。けがだけちゅういしてやるように。 秋は夕日。きれいなけしき。色はオレンジいとつきづきし。 冬は雪。たまにふるけどさむい。雪だるまつくるのもたのし。スキーもまたたのし。交通事故雪で多くなるはわろし。(下線―筆者:最初の文章から推敲された部分)

 Bのツリー図は,Cとの対話の中で生まれたものである。実際,Bにとって具体的イメージがわかなかった「秋」の「とんぼ」が対話の中で「夕日」に修正され,「けしき」「オレンジ」

 Aのツリー図は,厳密にはツリーの形をしておらず,一見箇条書きのようにも見える。しかし,冬の段の「年末」「桓

ママ

例」「テレビ番組」の列と,創作した文章の冬の段から,Aの頭の中ではツリー図の階層になっており,この図から項目を取捨選択して文章化したと考えられる。完成した文は,各段の冒頭一文目が体言止めになっており,また,冬の段の最後は「わろし」と落ちで結ぶなど,枕草子をよく模して書かれている。ただ,花(春),食べ物(夏),風景

(秋),テレビ番組(冬)と,項目が統一できておらず,それぞれの季節の良いものを羅列した書きぶりである。ツリー図の「春」「夏」「秋」「冬」の項目の上に「花」や「食べ物」等の統一する項目を設定する指導ができておれば,さらに良い文章が創作できたと思われる。

  イ 生徒B Bは授業で最初全く書けず,「わからん」と繰り返しつぶやいていた。しばらくしてツリー図を書かずにいきなり文章を書き出した。最初に書いた文章は次のとおりである。

 春はさくら。木の下でおはなみしたりしゃしんをとる人おおし。 夏は野球あせかいてたのしい。けがだけちゅういしてやるように。 秋はとんぼ。 冬は雪。たまにふるけどさむい。

 その後,友達と対話する中で,隣のCにツリー図を書くように言われ,Cと話しながらツリー図を書いていった。BとCの対話およびBの書いたツリー図(図4)は次のとおりである。

C:秋はとんぼのどこがいいの?B:(無言)C:色とか?B:やっぱとんぼやめる。夕日にする。C:夕日のどこがいいの?B:きれい。C:それから?B:色。オレンジ色。

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とつなげて発想できている。また,「冬」にも「雪だるま」「スキー」の項目が加えられ,ツリー図及び文章に書かれている。ツリー図における階層も「夕日―きれい・色」「雪―寒い・雪だるま」と上位語,下位語の関係が正しく書けており,これによりBの創作文が最初より具体化されたと思われる。Bの文章創作にツリー図は大きく寄与しているが,最初書けなかったBの思考を促したのはCとの対話であり,前稿でも示した,シンキング・ツールのもつ「活動的サポートの効果」11による所が大きいと思われる。

 ④ 実践事例2の考察 生徒A,Bともにツリー図による支援が有効であったと思われるがその意味合いは異なる。Aの場合は,友達からの助言はあったものの,ツリー図に視覚化されることで,自力で言葉を関係づけ,文章化することができた。授業後の感想でもAは「メモ(ツリー図のこと-筆者注)が役に立った」と記している。一方Bの場合,自力ではツリー図を書くことはできなかったが,友達との対話の中でツリー図を書き,それが視覚化されることで,結果的に言葉を関係づけることができた。授業後の感想でもBは「友達のアドバイスがよかった」と記している。 同じシンキング・ツールを使う場合であっても,Aのように「書く課題と既有知識がつながらない」「表現できない」生徒と,Bのように「書く課題に対する既有知識が欠如している」生徒とでは,異なる支援が必要である。Aの場合は,シンキング・ツールを使用するだけでも有効性はあるが,Bの場合は単独で用いるのみでは効果は薄い。教師や他の生徒との対話と組み合わせることで,シンキング・ツールが初めて効果を発揮すると言える。

(3)実践事例3 「反対意見を想定して書こう」(27年6月実施)

 ① 学習内容 自分の主張への反論を想定した上で再反論する意見文を書く学習である。反論文を書くには,かなり高度な力が必要である。まず相手の

主張の根拠を理解したうえで,それに反する実例等を挙げなければならず,実践1,2以上に高度な書く力が必要となる。とりわけ,既有知識のない生徒Bにはかなりのジャンプが必要となる課題である。

 ② シンキング・ツールの活用 ベン図 反論は香西秀信の「類似からの議論」12に限定し,香西の正義原則の図を基とした。ただ,正義原則の図自体が中学生には難解であるため,シンキング・ツールのベン図を用い,交流・発表段階における情報交流ツールとして用いることとした。ベン図をもとに類似の事例を想起したり,話し合ったりすることで,AやBも反論内容を考えたりふくらませたりすることができると考えた。 尚,簡単に反論できる課題から始め,次第にレベルを上げていく単元構成を取った。最終的には支援なしで,自力でベン図を用いて反論文が書けたり,あらかじめ反論を想定した意見文が書けたりできることを目標とした。

 ③ シンキング・ツール活用の実際  ア 生徒A Aは,「自由がなく,自分の個性を発揮できないから,中学校の制服はなくして自由な服装にすべきである」とする内容の意見文に反論する課題を選択した。 図5はAの書いたベン図である。まず,制服と私服の違いについて「制服なら決まったものなのできちんとした服(制服)」「だらしないような服もある。(私服)」と書いた。ただ,この根拠では正しい反論にはなっていない。次に同じ課題を選択した者同士でベン図を見ながら話し合いをする機会をもったところ,A自身も反論になっていないと感じていたからか,積極的に対話を行っていた。その中で「個性が表現できる。(私服)」「部活のフニフォームなどは,同じものでは個性がでている。(制服)」と書き加えた。

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【図5 生徒A ベン図】

 最終的にAが書いた反論文は次のとおりである。

 僕は①の意見に反対する。 山辺慎吾は「中学生はきちんとした判断力が身につく年齢であるし,自分たちの判断にまかせるべきである」「制服では自由がなく,自分の個性が表現できない」という理由で「中学校の制服はなくして自由な服装にすべきである」と言っている。 しかし,これはおかしい。たしかに中学生は自分で判断することができる年齢であるが,中にはだらしない服を着たり,見るからにハデなものを着る人もいるかもしれない。そうすると,学校関係者以外の人がその人を見ると,学校全体がだらしないというふうに感じるかもしれないからである。そして,「制服では自由がなく,自分の個性が表現できない。」といっているが,部活のユニフォームなどはすべて同じだが個性は出ていると思う。例えば野球ならば投げるのがうまい人がいれば,打つのがうまい人もいる。このように服が同じでも,一人一人の個性は出ていると思う。 以上の理由で山辺慎吾の意見は間違っている。 (下線―筆者)

 Aがベン図を基に反論文を書いたことが伺えるが,対話の中で生まれ,付け加えた根拠が下線部である。図からさらに「例えば野球ならば~」の文が具体例として加えられており,Aの反論文をより的確なものとしている。 Aは授業後の感想で,「ベン図を使うと話しもでき,文がとても書きやすいと思った」と書いた。ベン図を基に話し合い,構想メモを修正できたことが,Aにとって反論文を書く上での大きな支援になったと思われる。 単元の最後に「英語の学習は中学生からではなく幼児期からどんどんするべきである」とする意見に「賛成」「反対」の立場と根拠を示し,反対意見の根拠とそれに対する反論も示して書くパフォーマンス課題を実施した。Aが書いた文章は次のとおりである。

 僕はこの意見に賛成でマ

すマ

。 なぜなら英語の学習は,幼児期からどんどんした方が英語になれ,中学校からはじめるよりは覚えやすいからである。 この意見に反対の人は,幼児期ではまだ英語を覚えることができる学力はないと言うだろう。しかし,たとえ覚えられなかったとしても,幼児期からなれておくことで英語にしたしみやすくなることができる。そのため,中学から習う英語でも,幼児期からなれている方がよい。

(下線―筆者)

 下線部は,相手の反論を想定して再反論している部分である。全体で学習した内容より高度な反論が自力でしっかりと書けていた。

  イ 生徒B Bは,「喫煙者が増加するという理由でたばこのCMが禁止なら,猛スピードで走る車のCMも禁止にすべきだ」とする内容の意見文に反論する課題を選択した。 図6はBの書いたベン図である。まず,「たばこ」と「車」の共通点として「やるときけん」と書いたことから,課題が正しく読み取れていることが伺える。さらに,二つの違いについて

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「(たばこは)早く死んでしまう」「やっても車ではやくしんでいる人とたばこで早く死んでいる人だったらたばこの方が多い」「たばこはだれにもおこられない」「車はけいさつにおこられる」と書いた。たばこの死亡率が高いこと,未成年者でなければ法律違反でないたばこと成人でもスピードを出し過ぎれば法律違反である車との違いの根拠を自力で発想していた。理由を思いついたのが嬉しかったのか,その後の同じ課題を選択した生徒同士の話し合いでは,積極的に話す様子が見られた。話し合いの中で,さらに「1回だけで」「未成年」(たばこ)「成人」

「めんきょをとらなくてわママ

ならない」(車)と書き,自身の根拠の補強を行ったことが分かる。

【図6 生徒B ベン図】

 最終的にBが書いた反論文は次のとおりである。

 私は川治太郎に反対する。 車のCMがだめとゆ

ママ

う意見はまちがっていると思う。車を

ママ

のっていてしんごうむしやそくどいはんでけいさつにみつかったらたいほさればつがあるけど,たばこはみせいねんですう以外は大じょうぶなのでばつがとくにない。しかもたばこをすうと早く死んでしまう。でも車はじこをしないかぎり死ぬことはない。あと車は成人にしか手に入らないけどたばこはみ成年にも手にはいる。み成年がたばこをすってしまうとはやく死んでしまうのでよくない。以上の理由で川治太郎の意見はまちがっている。

 誤字は目立つが,たばこのCMと車のCMは同じではないとする,正義原則を崩す反論を書くことができた。 Bは授業後の感想で,「ベン図を使ってみて思ったことは,かじょうがきで書けるので文章にしやすいこと。あと多くのいけんがだせるし意見をくらべられる。それに共通する内容もわかるのでだめなことやいいことがすぐわかると思う。(下線―筆者)」と書いた。ベン図により,自分の力で反論内容を想起できた効果を実感していることが,下線部からも伺える。 パフォーマンス課題のBの文章は次のとおりである。

 僕は英語を幼児期からすることに賛成です。理由は中学校にはいってきそがわかるしこれからどんどん英語がつかえたほうがこれからの社会でやくだつと思うからです。反対のいけんはなぜちがうかとゆ

うマ

と,理由は反対の人は中学からでもぜんぜんついていけるし幼児のときからやっていなくても中学校にはいって勉強できるとゆ

うマ

と思いますが,幼児のときからやっているとはつおんなどが勝手に耳にはいってはつおんがわかり中学校にはいってはつおんやあいさつなどをつかえるので幼児のときからやっているといいと思

うマ

。 (下線―筆者)

 下線部が相手の反論を想定して再反論してい

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る部分である。誤字や文のねじれ等はあるものの,内容面に関しては,Aと同様に反論が自力でしっかりと書けていた。

 ④ 実践事例3の考察 生徒A,Bともにベン図による支援が有効であったと思われる。しかし実践1,2とはその有効性の意味合いが異なる。Aの場合,これまでは課題と既有知識をつなげたりそれを表現したりするのにシンキング・ツールが効果を発揮していた。今回は既有知識が欠如しており,話し合わざるを得ない状況が生まれ,その話し合いにシンキング・ツールが有効であった。また,Bの場合,これまでは,書く課題に対する既有知識が欠如していることを補う話し合いのツールとして効果を発揮していた。しかし,今回は書く課題と既有知識をつなげ表現することにシンキング・ツールが有効であった。 このことから,国語科スクーリングテストの結果による生徒の実態が全てというわけではなく,異なる支援の方法として有効性を発揮する場合もあることが明らかになった。

7 成果と課題

 以上,実践事例1,2,3の結果から,書くことの困難な生徒に対して,シンキング・ツールによる支援は一定の有効性をもつと言える。これは,シンキング・ツールが,佐藤明宏の言う特別支援の指導に必要な10の観点13の内,「焦点化」「視覚化」による支援の役割を果たしているからである。 佐藤は国語科の中で育てるべき思考力を「関係づける力」14としている。書く行為は,読む行為と異なり,文章,文字等の関係づける視覚情報がもともとない。生徒A,Bともに言葉を関係づける力が弱いが,書く学習では,まず,関係づけるべき情報を焦点化し,視覚化する必要がある。実践1では「故事成語と自身の生活経験」,実践2では「枕草子と自身の生活経験」,実践3では「主張の根拠の事例と反論のための類似の事例」とが「焦点化」「視覚化」される

ことで,A,Bの中で関係づけができ,書くことができたのである。 また,実践1,2からは,シンキング・ツールを活用する場合にも,個により異なる支援が必要であることが明らかになった。Aのように既有知識はあるが「書く課題と既有知識が関係づけられない」「書く課題と既有知識とはつながっているが,それを表現できない」生徒には,シンキング・ツールを提示するだけでも効果的であった。一方,Bのように「書く課題に対する既有知識が欠如している」生徒にはシンキング・ツールを提示するのみでは不十分であり,対話などの活動と組み合わせることで効果が出た。また,実践3からは,その効果はいつも一様というわけではなく,課題によって,また授業の状況によって異なるということも明らかになった。「シンキング・ツール=全ての生徒に万能な方法」ということではないのである。 しかしながら,これはシンキング・ツールの有効性を否定するものではない。書く能力の個人差はクラスに40人いれば40通り存在する。40パターンの支援を想定して授業を展開するのは現実的ではないが,シンキング・ツールを活用しながら,大まかに書けない生徒A,Bの2パターンを想定したり,どの部分でつまづいているのかを大まかに2パターンで把握したりしておくことで,書くことが困難な生徒に対応した授業が展開できる。また,シンキング・ツールは,ワークシートや構想メモ等と比べても,単純で汎用性が高い分,応用が利く。実践3におけるBの事例から明らかなように,シンキング・ツールを繰り返し活用する中で,自力で書くことができるようになる。シンキング・ツール自体が書くための方略になるのである。 もちろん,本論で中心には述べていないが,学びを成立させるための「自分にとって学ぶ意味や価値のある学習課題」や学級の「支持的風土」があってこそ,シンキング・ツールが有効性をもつことは言うまでもない。 今後の課題として,次の2点を挙げる。 ① 今回は三つの実践で,三つのシンキン

グ・ツールを活用した。他にも,鑑賞文や

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批評文を書く活動等どのような書く活動にどのようなシンキング・ツールが有効なのか,さらには,最終的に子どもたち自身がシンキング・ツールを選択して活用するようになるにはどのような支援が必要なのか,実践の中で検証していく必要がある。

 ② 前稿15)の研究と併せ,「読むこと」「書くこと」の思考と有効なシンキング・ツールについて,実践の中で精緻化し,体系化していく必要がある。全体像が明らかなることで,読むこと・書くことが困難な子どものみならず,全員の子どもに対するユニバーサルデザインの授業作りの指針となる。

 そうした検証については,別稿に譲る。

註1 川田英之「国語科の読むことが困難な生徒へのシ

ンキング・ツールによる支援の効果の検証」『香川大学教育実践総合研究 第30号』香川大学教育学部附属教育実践総合センター,2015.3,1~14頁

2 永江誠司「脳科学から考える子どもの読む力・書く力」『児童心理』金子書房,2007,8月,50頁

3 奥村安寿子・稲垣真澄「『読み』と『書く』―脳の働きはどう違うのか」『教育科学国語教育 NO. 777』明治図書,2014,9月,7頁

4 注1に同じ。5 シンキング・ツールについては,以下の文献等を参

考にされたい。 ・ 大庭コテイさち子『考える・まとめる・表現す

る―アメリカ式思考の技術』NTT出版,2009 ・ 桑田てるみ『中学生・高校生のための探究学習

スキルワーク』全国学校図書館協議会,2112 ・ 足立幸子「グラフィック・オーガナイザーを使

用した情報を活用する読書の指導」『月刊国語教育研究 No.461』日本国語教育学会,2010,9月,4~9頁

・ 鈴木円「小学校社会科における『考える力』としての思考技能育成:グラフィック・オーガナイザーを活用した学習活動の提案」『学苑・初等教育学科紀要776』2005,68~82頁

6 主な先行実践としては,以下の文献が挙げられる。

・ 関西大学初等部『思考ツール 関大初等部式思考力育成法<実践編>』さくら社,2013

・ 関西大学初等部『思考ツールを使う授業 関大初等部式思考力育成法<教科活用編>』さくら社,2014

・ 田村学,黒上晴男著,滋賀大学教育学部附属中学校編『こうすれば考える力がつく!中学校思考ツール』小学館,2014

7 佐藤明宏ほか「小学校・中学校における読むこと・書くことの習得が困難な児童・生徒に対する視覚的支援の方法についての研究」『香川大学教育実践総合研究第27号』香川大学教育学部附属教育実践総合センター,2013.9,11~24頁

8 注3に同じ。7頁9 香川大学教育学部特別支援教室「すばる」で開発

されたアセスメントのためのテストである。第三回香川大学教育学部特別支援教育研究大会資料集,2011。なお,国語科スクーリングテストは,平成18~22年度文部科学省特別教育研究経費「特別支援教育推進事業」「特別支援教育の充実:発達障害児を対象とした根拠のある指導と評価をともなう支援」香川大学教育学部,2011にすべて収録されている。

10 「蛇足」は本来「既に完成しているのに付け加える必要のない余分なもの」の意であり,生徒Bの創作文とは厳密には異なる。しかし,Bの創作文は,

「普通に投げれば完全試合確実だったのに,余計な球を投げたためにできなかった」という意で書かれており,広い解釈では正しい創作文と考えて良いと思われる。

11 注1に同じ。12頁12 香西秀信『反論の技術 実践資料編―学年別課題

文と反論例―』 明治図書,200813 佐藤明宏編『特別支援の子どもの言語力をどう育

成するか―スクーリングテスト出題の実例とバイパス教材による指導のヒント―』明治図書,2012,17~41頁

14 佐藤明宏『国語科研究授業のすべて―教材研究・指導案・授業実践―』東洋館出版社,2012,69頁

15 注1に同じ

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参考文献桂聖『国語授業のユニバーサルデザイン―全員が楽

しく「わかる・できる」国語科授業づくり』東洋館出版社,2011

付記 本研究は,平成27年度文部科学省科学研究費助成事業(科学研究費補助金)(奨励研究 研究課題番号15H00104)の成果による。

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