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東京上田会(2013/12/13會田信子 1 / 9 中心溝 知覚中枢 運動中枢 ③視覚性言語中枢 ②聴覚性言語中枢 視覚中枢 聴覚中枢 ①運動性 言語中枢 外側溝 東京上田会「記憶にいいことわるいこと― 認知症や記憶に関するお話 ―」 あい 信子(上田高校 80 期) ■■■このテーマを選んだ理由 ●老年看護学の教員としての経験 1995 東京女子医科大学看護学部 2008~名古屋大学医学部保健学科 ●脳は 10%しか働いていないのではなく(90%の細胞は何もしていないのではなく)、脳内の色々な細胞は働いて いるが、「意味のある情報のやりとりになっていない」だけとうのが、近年の考え方。 ■■■学生Aさんの名前を3回も聞いた私の頭の中は、どうなっていたのか・・・? 学生Aさんの顔が分かった状態=「認識」レベル。 学生さんの画像が「スクリーン」映し出され 感覚的( 視覚) に処理されたのみで、 言語として処理されなかった 名前を「記憶」していなかった * 図は左脳.言語中枢は右利きの約 98% 左利きの約 70% で「左大脳半球」にある→ Dominic O'Brien (1957810日生) 記憶力選手権(World Memory Championで過去8回優勝。右側 全盲の人が点字を読む時の脳 触覚野ではなく,「視覚野」が最も活動 している=指先で字をみている 聾唖の人が手話を見る時の脳 視覚野ではなく,「聴覚野」が最も 活動している=手話を聞いている 光、音、色な どがわかる 物の存在や音の パターンがわかる 知覚した事象の意味 や概念がわかる 出力 作業記憶 想起 符号化 感覚記憶 情報の喪失 短期記憶 行動

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東京上田会(2013/12/13) 會田信子

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中心溝

知覚中枢

運動中枢

③視覚性言語中枢

②聴覚性言語中枢

視覚中枢聴覚中枢

①運動性

言語中枢

外側溝

東京上田会「記憶にいいことわるいこと― 認知症や記憶に関するお話 ―」

會あい

田だ

信子(上田高校80期)

■■■このテーマを選んだ理由

●老年看護学の教員としての経験

1995~ 東京女子医科大学看護学部 2008~名古屋大学医学部保健学科

●脳は 10%しか働いていないのではなく(90%の細胞は何もしていないのではなく)、脳内の色々な細胞は働いて

いるが、「意味のある情報のやりとりになっていない」だけとうのが、近年の考え方。

■■■学生Aさんの名前を3回も聞いた私の頭の中は、どうなっていたのか・・・?

学生Aさんの顔が分かった状態=「認識」レベル。

学生さんの画像が「スクリーン」映し出され

感覚的(視覚)に処理されたのみで、

言語として処理されなかった

=名前を「記憶」していなかった。

* 図は左脳.言語中枢は右利きの約98%、

左利きの約70%で「左大脳半球」にある→

Dominic O'Brien (1957年8月10日生)

記憶力選手権(World Memory Champion)

で過去8回優勝。右側

全盲の人が点字を読む時の脳触覚野ではなく,「視覚野」が最も活動

している=指先で字をみている

聾唖の人が手話を見る時の脳視覚野ではなく,「聴覚野」が最も

活動している=手話を聞いている

光、音、色な

どがわかる

物の存在や音の

パターンがわかる

知覚した事象の意味

や概念がわかる

覚認

出力

作業記憶

想起

符号化

感覚記憶

情報の喪失

短期記憶

行動

東京上田会(2013/12/13) 會田信子

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■■■記憶の種類としくみ

■■記憶とは、「記銘(獲得)」「貯蔵(保持)」「想起(再生,再認)」からなる働きをいう。

記憶とは、「脳を中心とした体内に情報を書き込むことと(記銘/獲得)、その情報を体内の神経回路やその他の

記憶のしくみに貯えておくことと(貯蔵/保持)、貯えられている情報を必要に応じて呼び出す(想起/再生/再

認)ことからなる働きである(岩田誠,2005)。」

- 記銘:ものごとを学習して覚える →例)情報をタイプして書類にする

- 貯蔵:覚えたものを維持する →例)書類にラベルをつけてファイリングして、キャビネットに入れる

- 想起:覚えたものを必要に応じて取り出す →例)必要時、キャビネットを開けて、ラベルを探してファイ

ルを取り出す

■■学生Aさんの名前(情報)を3回も聞いたのは何が原因か?

① 情報をタイプしなかった可能性 = 集中して関心をもって聞かなかった?

② 情報をファイリングしてキャビネットに入れなかった可能性 = そもそも覚えようとしなかった?

③ キャビネットに入れた情報が何処にあるか分からなかった=ファイリングと整理の仕方が悪かった?

■■記憶の種類:必要な時に思い出せなくて困る記憶は「長期記憶」の『概念的記憶(意味記憶)』に相当

1.記憶の保持時間からみた分類

種類(保持時間) 特徴

感覚記憶

(1~2秒)

意識にのぼらない一瞬の記憶。感覚器官から入ってきた刺激を記憶する。目や耳など

の感覚器官で受け取った感覚を、「とりあえず」「なんとなく」保持するための記憶。

刺激の持つ意味が分からなくてもそのまま記憶されている。「特に注意を引かなかっ

たもの」「特に重要でないと判断されたもの」の記憶は、数秒で消える。膨大な量の

情報が入っては消えていく感覚記憶の中で、意味がある情報だと「選択」された情報

だけが<短期記憶>に送られ、さらに必要ならば<長期記憶>へ変換される。

※ アイコニックメモリー(iconic memory):目でみた記憶。約 0.2~0.5 秒程度保

持。雑踏の中の歩行中の人など。

※ エコイックメモリー(echoic memory):耳から得た記憶。5秒程度記憶に残る。

短期記憶

(数秒~数分)

※ 最近の研究では最長2年

との結果もあり

短期的に保持される記憶。短期記憶の容量には限界があるとされ、時間経過や新たな

情報のインプットにより消えやすい。

短期記憶で保持されるものは2通り:①単に“言葉”がそのまま短期記憶される場合

(discursive processing)、② 形、色、香りなど“五感”が短期記憶される場合(imagery

processing)(MacInnis,2001)。両者のうち、記憶に残るのは、五感が短期記憶され

る②の方で、その理由は、好意が高まる、過去の記憶を刺激する、評価全般に影響を

与え、満足にも影響を与えるためと考えられている。

繰り返し呼び起こされた短期記憶は<長期記憶>へと受け渡され、一層の記憶が可能

となる。人間が一度に把握し操作できる情報の数は約 7±2 といわれている(マジカ

ルナンバー:心理学者ミラーの説)。認知症のテストでは、数字の順唱・逆唱などが

該当。

※ 短期記憶に情報処理能力を含める場合、作業記憶(ワーキングメモリー)とも呼

ばれる。

長期記憶

(数分~数十年)

比較的長期にわたって持続する記憶。忘却しない限り、死ぬまで保持される。

「感覚記憶」や「短期記憶」が、言語・イメージ・シンボルなどの情報に変換され、

記憶ネットワークに組み込まれることにより長期記憶となる。

長期記憶の容量は現在のところほぼ無限とされている。

※ 長期記憶は、「手続き記憶」と「陳述的記憶」にわけられる。

東京上田会(2013/12/13) 會田信子

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2.記憶の特性からみた分類

種類 特徴

作業記憶

ある瞬間において情報を処理するために利用できる認知資源の量。

作業記憶は短期的な情報の保存だけでなく、認知的な情報処理も含めている。

高齢者の作動記憶能力は、若年者に比較して低いといわれている。

例1)会話の時にどこまで話したかを一時的に覚えて、それにつながる話をするために必要となる。

例2)買い物の時の暗算。

手続き記憶 身体で覚え込み、そのやり方を意識しないで思い出すことができる「技の記憶」。

運動学習に近いもので、一度覚えたら忘れられない記憶。例)自転車乗り、包丁さばきなど。

陳述的記憶

出来事記憶

(エピソード記憶)

思い出や生活の記憶とも呼ぶ。「~を覚えていますか?」の質問の答えとな

る記憶。

例1)人生での思い出や個人史、社会的出来事など

例2)火を消す、電話内容などの一般的出来事

例3)自分の職業や家族成員の変化など

意味記憶

(概念的記憶)

繰り返し学習で獲得した知的記憶。単語、数字、概念、名前など社会全般に

通用する客観的・理性的な知識。「~を知っていますか?」の質問の答えとな

るような記憶。

ワーキング

メモリー

ワーキング

メモリー

このプロセスがワーキングメモリー

計算や会話が済むと・・・

ワーキング

メモリー

ワーキング

メモリー

手続き記憶

(技の記憶)

陳述的記憶

出来事記憶

記憶 記憶

手続き記憶

(技の記憶)

陳述的記憶

意味記憶出来事記憶

記憶

作業記憶(ワーキングメモリー)

買い物中もフル回転

計算中のデータを一時的に覚え、また引き算のやり方を思

い出して計算する。会話で、話の内容を一時的に覚えたり、話に関する以前の記憶を一時的に思い出したりして会

話を成り立たせる。

作業記憶(ワーキングメモリー)

東京上田会(2013/12/13) 會田信子

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■■記憶に関わる部位

感覚記憶:目でみた記憶は視覚野で、耳から得た記憶は聴覚野において、感覚記憶はそのままの形で記憶されて

いて、その刺激に関心がある時はその情報が処理され、短期記憶になる。

短期記憶:作業記憶(ワーキングメモリー)は、現在、海馬で一時的に保存されて、主に大脳皮質の前頭前野の

下部(人間らしさの形成脳)と左頭頂葉後部が働くと考えられている。いわゆる「仕事脳」で、ノルアド

レナリン神経と密接に関わる。生命の危機や不快状態と戦うための脳内物質。

手続き記憶(技の記憶):繰り返し行うことで身につくものや上達するものに関わるのが小脳で、ある刺激に対し

て特定の行動を記憶するのが大脳基底核の中の尾状核(ビジョウカク)と被殻(ヒカク)の役割。

できごと記憶(エピソード記憶):脳の内側にある海馬が大きな働きをする。海馬が損傷されても、知識の記憶に

はあまり影響しない。海馬は、<引き出しの把っ手>のような役割を果たす。把っ手が壊れれば、引き出

しが開かないから、新しく入れることも、収納しているものも取り出すことができない。長期間保持する

必要のある情報は、海馬に保存された後、大脳皮質に送られて長期記憶として保存される。

※ 情動記憶:過去の強烈な出来事が、喜怒哀楽とともに記憶されるものを「情動記憶」という。情動記

憶は、大脳辺縁系(感情脳)の中の海馬と扁桃核、帯状回も関与している。

概念的記憶(意味記憶):主に大脳皮質が関わる。大脳皮質自体が人間の高次機能を司る。

★短期記憶から長期記憶になっていくステップ

視覚情報が<後頭葉>の大脳皮質に入る →視覚情報が<海馬>に送られる →長期記憶への変換が図られる →<脳

弓>を通って視床・視床下部に向かい蓄えられる →その他の<大脳皮質>にも蓄えられる

連合野とは 、運動野と感覚野をはじめとして、大脳の中の各部とだけ

情報のやりとりをしている部位で、精神活動に関わる。育った環境の影

響を受けつつ、自己の役割を高めていくようになっている。

大脳辺縁系

扁桃核(ヘントウカク)

●脳弓(fornix):構成線維は主に海

馬から起こり、脳弓を通って視床下部

を貫き乳頭体に終わる

●amygdala, almond nucleus

情動反応の処理と記憶が主要 ●hippocampus(HIPP)

記憶と深い関係あり

大脳辺縁系は大脳の中でも古いほうの脳で、進化の過程で、はじ

めのほうにできた脳。働きとして、①喜怒哀楽といった感情、②本能的な衝動(食欲、睡眠欲、性欲など)、③記憶(海馬が中

心)がある。

海馬(カイバ)

帯状回(タイジョウカイ) 脳弓

(ノウキュウ)

中核核(チュウカクカク)

仕事脳

聴覚野 運動野 視覚野

体性

感覚野

前方連合野

(前頭前野)頭頂連合野

側頭連合野

後方連合野運動

連合野

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■■CMは「短期記憶」を「長期記憶」にするための戦略:ブランド名の記憶を促すための工夫

① チャンキング(chunking)

チャンクとはデータの固まりで、チャンキングとは物事を覚えるときに複数のデータを一つにまとめ、覚える

べきことの数を減らして記憶すること。ブランド名は短くして、仮に長くても2~3の言葉を組み合わせる。

⁻ ソニーのデジタルカメラ“サイバーショット”は7文字 →サイバー+ショットの2チャンク

⁻ 花王の“アジエンス”は5文字 →アジア+エンスの2つのチャンク

② リハーサル

リハーサルは、記憶したいことを繰り返し考えたり、声に出したりすること。

試験勉強時に、何度もノートをみて確認することもリハーサル。CMでは、記憶しようとする気を引き起こし

て視聴者をリハーサルさせる。商品にメリットを感じれば消費者は記憶しようとするので、商品の外観やネー

ミングの工夫でリハーサルを促すことが可能。

③ リサーキュレーション

CMで連呼するのは、典型的なリサーキュレーション(リハーサルのように意識的に思い出したり声を出した

りしないで単に短期記憶を繰り返しているうちに、自然に覚えてしまうこと)。馴染みのないブランド名でも繰

り返し聞いているうちに記憶してしまう。いろいろな場面でブランド名を露出することは効果的。

④ エラボレーション

エラボレーションとは、語義で「努力すること」の意味。記憶したいことを工夫して覚え込もうとすること。

つまり記憶したいことを情報処理して、既存知識と結びつけること。年号の語呂合わせなど。

⁻ 「熱さまシート」は商品機能をそのまま表現することによって、消費者が商品を覚えようと努力すること

を容易にしている(記憶が容易)。

■■記憶にいいことわるいこと

■■7つの習慣(に、無理矢理まとめました・・・)

1 日頃から健康への関心をもって、認知機能が低下しやすい病気を予防・治療する。

2 規則正しい生活で太陽の光を浴びて、セロトニン神経を活性化する。

3 リズム運動によって、海馬の細胞とセロトニンをダブルで増やす。

4 楽観脳と共感脳を鍛えて、癒し癒されストレス軽減。

5 他人の話を傾聴し、新しいことに挑戦する柔軟な脳をつくる努力を惜しまない。

6 右脳と左脳をバランス良く鍛えて、脳全体を活発に働かせる。

7 年齢を言い訳にしないで、記憶に挑戦していく姿勢と習慣が大切。

1.日頃から健康への関心をもって、認知機能が低下しやすい病気を予防・治療する。 ●認知機能が低下しやすい病気

脳卒中、糖尿病、高血圧、高脂血症、認知症など

●戦国武将と脳卒中

源頼朝(52歳,脳出血→落馬)

上杉謙信(49歳,高血圧性脳出血→トイレで意識消失)

山内一豊(60歳,脳出血→左麻痺)

徳川吉宗(68歳,再発性脳梗塞)

●食事:「まごわやさしい」を意識してバランス良く食べる。

ま(まめ)=豆類

ご(ごま)=種実類

わ(わかめ)=海藻類

や(やさい)=緑黄色・淡色野菜,根菜

さ(さかな)=魚介類

し(しいたけ)=きのこ類

い(いも)=いも類

★記憶物質は一種のタンパク質(アミノ酸)なので、食事で摂取する。

魚・肉・乳製品の動物性タンパク質がアミノ酸となる。

★DHA(魚類など)、ビタミンB6(レバー、まぐろ、かつお、種実

類など)、ビタミンB12(動物性食品など)、葉酸(豆類、緑黄色野

菜、海草、果物など)は記憶にいい。

★抗酸化作用のあるビタミンE(種実類など)、ビタミンC(野菜、

果物など)、ベータ・カロチン(緑黄色野菜など)は、酸化による

脳の損傷を予防。

東京上田会(2013/12/13) 會田信子

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●お酒は適量、飲む人のほうが長生きであることは事実。しかし、記憶のためには飲み過ぎよくない。

酔って記憶をなくすアルコール性記憶喪失の症状を「ブラックアウト」という。

アルコールは、脳内物質GABA(ギャバ;鎮静作用と催眠効果あり)を刺激する。アルコールにより刺激され

た GABA が海馬に働くと、記憶を抑制してしまうため、アルコールを飲んでいる時の方が、いない時よりも

記憶が低下する。

ニューロン間の接続を強化する長期増強(LIP)プロセスは、学習と記憶に不可欠。ブラックアウト(酔っ

て記憶をなくす症状)は、過度の飲酒によって、LIPプロセスを抑制するステ

ロイドがニューロンで産出されるために生じることが明らかにされた。何度も

ブラックアウトを起こしていると、海馬がダメージから回復せず、短期記憶が

弱くなり認知症のリスクが高まる。[ワシントン大学和泉幸俊研究室,2011ほか]

* ブラックアウト(black out)の意味には、アルコール性記憶喪失の他に、①停電、

②映像の全てあるいは背景など画面の一部が暗転してしまう現象、③戦闘機パイロッ

トが激しい旋回運動によって生じる重力加速度によって全身の血液が下半身に集中

し、視界が暗くなる状況などがある。ちなみに、足を持って振り回されるなどして、

脳内血流が増加して、視野が真っ赤になるのをレッドアウト、極地で雪の乱反射と全

天の雲によって距離・方向が不明になる現象をホワイトアウトというらしい。

●たばこは、「やめたほうがいい」と言える研究結果が多い。

長期喫煙者は、非喫煙者と比較して有意に<脳血流量>が有意に低下していた。

喫煙者は、非喫煙者と比較して<脳萎縮>の加齢変化が有意に強かった。

喫煙者の<中性脂肪値>と<最大血圧>は、非喫煙者より有意に高かったことか

ら、<アテローム性動脈硬化>を促進し、<脳萎縮>の程度を強くすると推測さ

れた 等 ・々・・

[公益財団法人喫煙科学研究財団『喫煙科学研究-10年のあゆみ-』http://www.srf.or.jp/histoly/frames/history-frame.htmlより]

●適量のカフェイン(コーヒー、緑茶など)は記憶にいい可能性がある。

マウスにカフェイン(コーヒー2 杯分)を摂取させると、海馬にある脳細胞の結びつ

きが強くなったとの結果から、カフェインは、脳に刺激を与えるので、記憶にいい可

能性がある。[米国国立衛生研究所]

※ コーヒーは古来、うつ病の薬でもあった。統計的にもコーヒー飲む人は自殺者が

少ないことがわかっている。独・作曲家・ヨハン・ゼバスティアン・バッハ(Johann

Sebastian Bach)、仏・哲学者・ヴォルテール(Voltaire)、仏・小説家・オノレ・ド・

バルザック(Balzac)もコーヒー好きだった。

2.規則正しい生活で太陽の光を浴びて、セロトニン神経を活性化する。

北欧に多い「冬季うつ病」の治療は、太陽の光(もしくは2,500

~3,500 ルクスの照明光)を浴びること(1 日 30分程度)。

冬の日照時間が極端に短くなるためにおこる。

人間の生命活動は、<太陽光>と密接に関係している。地球

の自転にあわせて約 24 時間のサイクルで変動する「生体時

計」のズレを太陽光が修正してくれる。脳は、日没とともに、

自律神経を副交感神経優位に切り替え、生体の活動レベルを

下げて、エネルギーを蓄積するように司令を出す。

⁻ 目の網膜からはいった太陽の光(光刺激)の影響を直接受け

るのが「セロトニン」。光刺激が神経を介してセロトニンが分泌される。セロトニンの働きは、①クールな

覚醒、②平常心の維持、③交感神経の適度な興奮、④痛みの軽減、⑤良い姿勢の維持。セロトニン神経が活

性化すると、頭がクリアになり、元気がみなぎり、心は安定し、記憶するのに良い条件となる。

東京上田会(2013/12/13) 會田信子

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3.リズム運動によって、海馬の細胞とセロトニンをダブルで増やす。

運動すると海馬の細胞が増える(1回 50分、週 3回以上のウォーキングで効果がみられた)。また、運動に

よって神経促進因子という因子がでて、神経細胞を伸ばしたり、枝分かれさせたり、数を増やすこともわか

っている。運動をつかさどるのは「前頭葉」のため、運動によって前頭葉の血流が上昇し、記憶が引き出さ

れると考えられている。

疫学調査でも、あまり身体を動かさない人は、かなり身体を動かす人よりもアルツハイマー病になりやすい

ことが明らかにされている。

ウォーキングも記憶にいいが、リズム運動は、セロトニン神経を活性化させることがわかっている。

リズム運動とは、一定のリズムを刻みながら身体を動かすこと。「呼吸」や「咀嚼」「ガムを噛む」も一種の

リズム運動。リズム運動には、ウォーキング、ジョギング、マラソン、サイクリング、水泳、エアロビクス、

スクワット、ダンス、ヨガ、太極拳などがある。起立して運動できない場合でも、寝たまま、椅子に座った

まま複式呼吸、ラジオ体操、太鼓を叩くなどもいいリズム運動となる。お寺のお坊さんの“お経をあげる”

“楽器を弾く”などもリズム運動に似た効果があるらしい。リズムが大切。激しさは必要ない。 [国際アルツハイマー病学会,2011;京都大学木下彩栄研究室,2012;有田秀穂,2010ほか]

4.楽観脳と共感脳を鍛えて、癒し癒されストレス軽減。

1)楽観脳:扁桃核と帯状回

⁻ 楽観的な脳は、<扁桃核>と<帯状回>にある。扁桃核は、恋愛をする脳、情動記憶の脳でもある。

⁻ 心理学的には、楽観的な考え方は、生まれもった性格ではなく、日常生活のなかで獲得していけるもの。

⁻ 人間は、生老病死のことなど、先のことを考えると悲観的になる。しかし、楽観的に考え、悲観的に行動す

る(リスク管理)と、バランスがとれて良いらしい。楽観脳を鍛えるには、①楽観的に物事を考える癖をつ

けること、②運動をすること(汗をかくと悲観的なことは考えない)を習慣化する。

※ 瞑想研究では、前頭葉眼窩面と海馬の体積が、非瞑想者より大きく、楽観・共感よりも、むしろ自己抑制や感情安

定に働く。上杉謙信は毘沙門堂で瞑想。秩序と筋を大事にした。自己判断の脳が鍛えられたとも・・・?

2)共感脳:前頭前野

前頭前野は、回りの空気を察して、他人への配慮ができる脳といえる。

共感脳:セロトニン神経が関与

学習脳:ドーパミン神経が関与

仕事脳:ノルアドレナリン神経が関与

一定のセロトニンが規則正しくでれば、ドーパミン神経とノルアドレナリン神経

の過剰な興奮を抑え、脳全体のバランスを整え、共感的で平静な状態となる。お

寺の和尚さんは、セロトニンを出す修行をしているといってもいい。

⁻ ドーパミンは、適量ならば快になるが、興奮が過度になると<依存症>をまねく。

⁻ ストレスなどでノルアドレナリン過剰になると、<興奮>のコントロールきかない。

他人の行動や感情を自分の脳に映し出す脳細胞(ミラーニューロン)。他人の感情と

同じような脳の状態をつくる。共感脳を鍛えるには、①(テレビ、ゲーム、携帯より)

ラジオを聞いて他人の立場にたって考える、②相手が笑った時に、自分も笑う(他人

と対峙して話す)、③人の話を、目をみながら聞いて関わること。

3)人との触れあいが、うつや引きこもり、トラウマの心を癒して、ストレスに強くなる

人は人間によって傷つくが、心の傷を癒すのも人間関係。共感脳は、他者の関わりの中で

活性化するので、人と接することで、セロトニンが分泌されて、自分も癒される。

他者のために活動している人は、そうでない人よりも長生きとのデータもある。

[板倉徹,2006]

仕事脳

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5.他人の話を傾聴し、新しいことに挑戦する柔軟な脳をつくる努力を惜しまない。 ●人の話が聞けないのは、脳に柔軟性が失われている・・・?

●人の話を聞いて、自分の考えと照らし合わせるのには、「作業記憶」が必要

となる。

●誰かに進言されても、頑固になって聴く耳をもたない。年とともにできるだ

け他人のいうことを聞き、新しいことに挑戦する柔軟な脳を形成するように

努力しなければいけない。

孔子「論語」

子曰、 吾十有五而志于学、

三十而立、

四十而不惑、

五十而知天命、

六十而耳順、

七十而従心所欲、不踰矩。

6.右脳と左脳をバランス良く鍛えて、脳全体を活発に働かせる。

●現在、右脳は「うつの脳」、左脳は「楽天的な脳」といわれている・・・

右脳が脳梗塞になった人はとても楽天的で、積極的にリハビリに臨む。左脳が脳梗塞になった人は、言語中枢

が左側にあるので失語症を生じ、物事をとても暗く考えるようになる。

ある学説では、左脳は論理とか計算といったコツコツと地味な、いわば面白くない作業なので、楽天的にして

おく必要があり、右脳は、空想とか企画といった創造的な機能のため、少し抑えて抑うつ気味にしておかない

と収拾がつかなくなる。だから、左脳は楽天的、右脳は抑うつ状態になっているとの説もある。

●現代のビジネスマンにうつ病が多い

お金勘定とか論理的なことなど、左脳ばかり使っているためではないかとの「左右の脳のアンバランス説」も

ある。抑うつを予防するには、左右の脳をうまく使い分けて、脳のバランスをよくする必要あり。

●織田信長の右脳と左脳の使い分け

▲右脳:茶道/音楽/芸術/能の鑑賞(現実から死後のバーチャルの世界に入るのが安らぎ与えた?)

▲左脳:戦いや攻撃/物を攻撃的に考える/金勘定/理論的なこと

前頭葉(左もしくは両側性)運動失語

人格変化,行動障害(自発性低下など)

認知障害(注意障害,記憶障害など)

左側頭葉感覚失語

記憶障害

攻撃性

左頭頂葉失算

失書

手指失認左右失認

両側性身体失認観念運動失行

観念失行

右側頭葉韻律障害(抑揚低下)

音楽能力低下

右頭頂葉左半側空間無視病態失認

身体失認地誌的失認

着衣障害構成障害

後頭葉純粋失読,相貌失認,視覚失認

左脳 右脳

大脳の上面と高次脳機能障害の局在

大脳縦裂

前頭極

大脳縦裂

後頭極

主な機能は,

空間の認識

洋服の着脱

形の認識

など

主な機能は,

計算・書く

道具の使用

身体の認識

など

東京上田会(2013/12/13) 會田信子

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7 年齢を言い訳にしないで、「記憶」に挑戦していく姿勢と習慣が大切。

●老後でも脳は活性化する。記憶術本を使って、チャレンジしてみるものいいのでは?

⁻ 毎日 20 万個の脳細胞が死ぬといわれてきたが(今までの学説は、生まれ

た時が一番多くて、あとは減る一方)、研究によって、再生細胞が脳にあ

って、年をとってからも能力が高まるという学説がでてきた。後から増え

ていく可能性がある。

⁻ 肝臓の細胞は、母が子供に半分あげても、1 年、2 年たったら増える。脳

の半分をあげたら、ないままであるが、記憶を司る「海馬」は成人になっ

ても、細胞が増えていくと考えられている。海馬の細胞は再生能力が高い

といわれている。

●現在までの研究でも、多くの記憶の大家は記憶術を使い、さらに練習を重ね

ることで記憶をすばらしいものにしており、生まれつきではないとの結論に至っている。

●「思い出せない」ということは「忘れた」ということではない。

思い出せないのは、<記銘-保存-想起>のどこかが目的的に行われていない可能性があることを意味する。

過去に、<記銘>と<保存>はした事実は覚えている。認知症になると、「忘れた」ことに気が付かない。

記憶力は、<筋力>と同じで使えば使うほどよくなる。筋力トレーニングと似ている!

睡眠学習のように、受け身で楽をして得ることはできない。睡眠学習については、1970年にニューヨーク州の

司法長官は、根拠がないとのことで、眠っている間に言葉を覚えられると

の機会の広告を禁止した。

★手書きの効用

手を使うことも大切。手書きは<筆圧>で「深部感覚」を刺激する。

ワープロ使用時は、あまり脳は働いていない。ノートをとりながら覚える

ということもあるが、手書きは、漢字を思い出したりしながら書かなくて

はいけないので、「想起」の訓練にもなる。

ワープロは、どんなに強く叩いても同じ文字しかでない。手書きは弱いと

時にならない、強いとうまくかける。作家の死期は文字が小さくなること

らしい・・・?。パーキンソン病ははじめ文字に変化がでる病気あり。

■文献(専門書の表記は割愛しました。一般書では下記を参考にしました)

岩田誠:脳と音楽、メディカルレビュー社、2001.

岩田誠:神経内科医の文学診断、白水社、2008.

岩田誠:臨床医が語る脳とコトバのはなし、日本評論社、2005.

岩田誠:図解雑学脳のしくみ,ナツメ社,2006.

立川昭二:病の人間学,筑摩書房,1999.

石浦章一:いつまでも老いない脳をつくる10の生活習慣,2008.

板倉徹:ラジオは脳にきく―頭脳を鍛える生活習慣術,東洋経済新報社,2006.

津本陽,板倉徹:戦国武将の脳,東洋経済新報社,2009.

高田明和:脳内麻薬の真実―感情を支配する活性ホルモンとは,PHP研究所,1996.

高田明和:脳トレ神話にだまされるな,角川グループパブリッシング,2009.

有田秀穂:脳からストレスを消す技術,サンマーク出版,2010.

有田秀穂:共感する脳 ,PHP研究所,2009.

以上