表計算ソフトを用いた都市計画立案支援のための費 …finally, the sheet gives...

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27 GIS -理論と応用 Theory and Applications of GIS, 2014, Vol. 22, No.1, pp.27- 35 【研究・技術ノート】 表計算ソフトを用いた都市計画立案支援のための費用試算シートの提案 相 尚寿 ・北垣亮馬 ** ・片桐由希子 *** ・田村順子 **** Cost Estimation Sheet on Spreadsheet Software for Supporting City Planning Decision Making Hisatoshi AI*, Ryoma KITAGAKI**, Yukiko KATAGIRI***, Junko TAMURA**** Abstract: This paper proposes a cost estimation sheet supporting decision making for city plan- ning. The urban form is represented by 30 by 30 cells on the sheet and the cost is estimated regard- ing population distribution, population projection, maintenance cost of road network, water supply and sewerage network, and investment for new development site. The sheet first requests its user to input current population distribution and several cost parameters. Then the sheet designates the downtown cells. A distance from closest downtown cell is calculated for each cell, which is used for cost estimation. User will be asked to finalize the spatial plan where cells are given the follow- ing labels; downtown, to be developed as new sub centers, to be disengaged. The maintenance cost is calculated by number of cells, distance from closest downtown, and population within the cell. Finally, the sheet gives how long does it take until the saving of maintenance cost by disengagement will balance the development cost of new sub centers. Keywords: コンパクトシティ(compact city維持管理費(maintenance cost費用試算(cost estimation表計算ソフト(spreadsheet software1.研究の背景と目的 今日の都市が抱える,高齢化や人口減少,車社会 化による生活圏の変化や公共交通の衰退,産業構造 変化による人口流出,自治体の財政悪化といった諸 問題の解決には都市域の縮小など都市の空間計画の 見直しが必要である.郊外幹線道路沿道の開発に伴 う中心市街地空洞化対策として既存中心市街地への 集約による再興を意図したコンパクトシティ(鈴木, 2007)の議論が代表例であろう.しかし,海道(2001は人口や住宅の密度を高める目標設定の不明確さや 市街地の郊外拡大抑制の不十分さから,多くの共通 課題を抱える日本の諸都市に広く適用可能なコンパ クトシティの日本モデルは未確立だと述べている. 都市の空間計画を見直す際には,人口分布,公共 施設配置,上下水道や道路などの社会基盤の現状把 握,上位計画や隣接都市の関係性など多角的な検討 が不可欠である.さらに都市計画事業としての事業 性や採算性の検討も求められる.特に住民の移動や 生活環境の変化を伴う場合,公正な計画策定ときめ 細やかな合意形成プロセスが求められ,計画者や住 民などの利害関係者が将来像を共有できる評価ツー ルが必要である.そこで本稿では,自治体担当者や 市民の利用を想定し,採算性検証や事業期間算定の 観点から都市の空間計画立案を定量的に支援する費 用試算シート(以下,試算シートと記す)を提案する. 都市の空間的な記述や計画策定のためのモデルに 関連した研究では,北垣(2013)が中心市街地や郊 外道路の位置関係,人口や施設配置などの諸条件を 整理し,行政コストの試算モデルを提案した.鈴木 2011)は,合併により広域化した都市での投票所 配置のモデルを提案した. 具体的なコスト計算では,小瀬木ら(2010)は, 面積あたりまたは夜間人口あたりの費用推計をもと に,大都市圏全体での維持管理・更新費用を推計し * 正会員 首都大学東京都市環境学部(Tokyo Metropolitan University192-0397 東京都八王子市南大沢 1-1 E-mail[email protected] ** 東京大学大学院工学系研究科(The University of Tokyo*** 首都大学東京都市環境学部(Tokyo Metropolitan University**** Department of Architecture, National University of Singapore

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GIS-理論と応用Theory and Applications of GIS, 2014, Vol. 22, No.1, pp.27-35

【研究・技術ノート】

表計算ソフトを用いた都市計画立案支援のための費用試算シートの提案相 尚寿*・北垣亮馬**・片桐由希子***・田村順子****

Cost Estimation Sheet on Spreadsheet Software for Supporting City Planning Decision Making

Hisatoshi AI*, Ryoma KITAGAKI**, Yukiko KATAGIRI***, Junko TAMURA****

Abstract: This paper proposes a cost estimation sheet supporting decision making for city plan-ning. The urban form is represented by 30 by 30 cells on the sheet and the cost is estimated regard-ing population distribution, population projection, maintenance cost of road network, water supply and sewerage network, and investment for new development site. The sheet first requests its user to input current population distribution and several cost parameters. Then the sheet designates the downtown cells. A distance from closest downtown cell is calculated for each cell, which is used for cost estimation. User will be asked to finalize the spatial plan where cells are given the follow-ing labels; downtown, to be developed as new sub centers, to be disengaged. The maintenance cost is calculated by number of cells, distance from closest downtown, and population within the cell. Finally, the sheet gives how long does it take until the saving of maintenance cost by disengagement will balance the development cost of new sub centers.

Keywords: コンパクトシティ(compact city),維持管理費(maintenance cost),費用試算(cost estimation),表計算ソフト(spreadsheet software)

1.研究の背景と目的今日の都市が抱える,高齢化や人口減少,車社会化による生活圏の変化や公共交通の衰退,産業構造変化による人口流出,自治体の財政悪化といった諸問題の解決には都市域の縮小など都市の空間計画の見直しが必要である.郊外幹線道路沿道の開発に伴う中心市街地空洞化対策として既存中心市街地への集約による再興を意図したコンパクトシティ(鈴木,2007)の議論が代表例であろう.しかし,海道(2001)は人口や住宅の密度を高める目標設定の不明確さや市街地の郊外拡大抑制の不十分さから,多くの共通課題を抱える日本の諸都市に広く適用可能なコンパクトシティの日本モデルは未確立だと述べている.都市の空間計画を見直す際には,人口分布,公共施設配置,上下水道や道路などの社会基盤の現状把握,上位計画や隣接都市の関係性など多角的な検討が不可欠である.さらに都市計画事業としての事業

性や採算性の検討も求められる.特に住民の移動や生活環境の変化を伴う場合,公正な計画策定ときめ細やかな合意形成プロセスが求められ,計画者や住民などの利害関係者が将来像を共有できる評価ツールが必要である.そこで本稿では,自治体担当者や市民の利用を想定し,採算性検証や事業期間算定の観点から都市の空間計画立案を定量的に支援する費用試算シート(以下,試算シートと記す)を提案する.都市の空間的な記述や計画策定のためのモデルに関連した研究では,北垣(2013)が中心市街地や郊外道路の位置関係,人口や施設配置などの諸条件を整理し,行政コストの試算モデルを提案した.鈴木(2011)は,合併により広域化した都市での投票所配置のモデルを提案した.具体的なコスト計算では,小瀬木ら(2010)は,面積あたりまたは夜間人口あたりの費用推計をもとに,大都市圏全体での維持管理・更新費用を推計し

* 正会員 首都大学東京都市環境学部(Tokyo Metropolitan University)      〒 192-0397 東京都八王子市南大沢 1-1 E-mail:[email protected]**  東京大学大学院工学系研究科(The University of Tokyo)*** 首都大学東京都市環境学部(Tokyo Metropolitan University)**** Department of Architecture, National University of Singapore

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た.佐藤・森本(2009)は公共施設および水道や道路などの維持管理費と人口密度との関係を算出し,都市をコンパクト化した際の維持管理費削減を推計した.計画策定に資する試算では,維持管理や建て替えの費用および住民への補償金や撤退地区の再整備費用を算出し,郊外住宅団地からの撤退最適時期を導出した清水・佐藤(2011),移動エネルギーや農地・森林による環境負荷削減効果,道路・水道・公園の維持管理費,開発用地と環境修復に関わるコストを考慮して都市のコンパクト化の効果を貨幣換算するシステムを開発した高橋・出口(2007)が挙げられる.

これらの研究は,施設の維持管理費や人口などの量的データを用い,モデルによる都市構造の記述や最適化を通じて,都市のコンパクト化など都市構造の変化に伴う空間計画の見直しの定量的な議論を可能にした.しかし,清水・佐藤(2011)は住宅団地単位での撤退を議論しており,個々に改築や転出入が生じる住宅地一般を含む都市域全体への応用は考慮していない.佐藤・森本(2009)は人口推計で隣接セルの変化率も考慮したコーホート変化率法を用いつつ,郊外から中心部への人口移動を想定したものの,詳細な計算手順は解説されていない.小瀬木ら(2010)では人口減少により除却可能なインフラ量を算出するために住宅およびインフラ分布状況をセル単位で解析する段階で,高橋・出口(2007)は鉄道駅1000m圏内のみ人口増加と土地開発を認めるモデルを検証するため該当地域の抽出段階で各々GISが必要であろう.このように提案したモデルを実際の都市に適用する際の具体的な計算方法や使用したソフトウェアを解説したものは少なく,いずれもGISや統計ソフトなど専門性の高いソフトウェアの利用や専用ツールの開発を想定していると考えられる.インタフェースの提案が少ないため,自治体担当者や住民が計画策定過程でこれらのモデルを活用して各都市の実情に応じた具体的な計算式を導出し,比較検討を行う計画案のシナリオに対応するパラメータを設定したうえで,適切なソフトウェアや分析手順を選択することは困難である.汎用ソフトウェアの活用や試算モデルの単純化によるインタ

フェースの進化および入力パラメータの自由度の向上による汎用性や操作性の改善が求められる.本研究で提案する試算シートは,北垣(2013)のモデルを参考に,現状人口分布,計画人口密度などのパラメータと計画案を入力すると,市街地集約により圧縮される行政コストと集約先の新規開発に必要な費用を比較し,新規開発費が行政コスト圧縮の何年分に相当するかを試算する.既往研究の多くは既存市街地への集約を前提とする一方,北垣(2013)は既に商業施設などの集積が進行した幹線道路沿道など既存市街地以外への集約の可能性を考慮しており,これは本研究で提案する試算シートにおける計画案の自由度の向上に有効であろう.試算シートは,自治体担当者が市街化の現状,交通網,施設配置などから複数の計画を立案した段階で各々の採算性を検証する際や住民参加型のワークショップなどで計画案を比較検討する際に,参加者相互間の意見交換や合意形成に資するよう設計した.このため,費用試算におけるパラメータ設定や出力結果の妥当性が重要であることに配慮しつつ,担当者による操作性,資料としての説明性,検討材料としての即応性を重視した.現状人口入力やパラメータ設定から結果出力までの全試算工程を表計算ソフト上に実装することで,専門知識を持たない自治体担当者や市民の利用も容易になり,汎用性や操作性の向上を図った.また,表計算ソフトの再計算機能により,入力や設定を一部でも変更すれば直ちに再計算が実行されて出力にも反映されることから即応性の観点でも優れている.空間計画の立案支援に表計算ソフトを用いるのは,筆者らの管見の限りでは初の試みである.

2.試算の流れとシートの基本的な構成操作性,汎用性の観点から,試算シートは都市空間を表計算ソフトMicrosoft Excel上に30×30の正方形セルで表現した.セルの幅は縮尺に相当し,利用者が設定する.入力データである人口に国勢調査500mメッシュを利用し,15km四方の試算を想定して都市空間を30×30のセルで表現したものの,Excel上で計算式をコピーすれば拡張も容易である.費用試算の基本的な流れを図1に示す.まず利用

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者は現状人口分布入力(① -1)とパラメータ設定(①-2)を行う.これらをもとに試算シートは既存市街地を抽出し(② -1),各セルの既存市街地からの距離を算出すると,試算シートは利用者に計画案を提示する(② -2).利用者が最終計画案を入力・確定する(③)と試算シートは将来人口分布(④ -1)と各セルのコストを計算し,最後に最終計画案に基づく維持管理費の削減を各セルで合計し,それが何年継続すれば集約市街地の造成や整備に要する新規開発費が捻出されるかを出力する(④ -2).中間的な計算処理を除いて入力と出力を同一シート上に配置したため,計画案やパラメータの変更が即座に出力部分にも反映され,確認が可能である.以下で各段階を詳説する.

2.1.現状人口分布入力とパラメータ設定利用者は30×30のセルに現状人口分布を入力する.ここで負値を入力したセルは試算対象外となる.同時に,利用者は表1に挙げたパラメータを設定する.パラメータは基本設定であるセル幅のほかに,空間的範囲,人口密度,人口増減率,道路と水道の維持管理費,新規開発費に大別される.

セル幅Cwは正方形セル1辺の長さ(km)を指定するもので試算シートの縮尺に相当する.空間的範囲では,計画対象距離Spと市街化限界距離Slを既存市街地からの距離(km)で設定する.前者は市域境界までの距離,後者は将来的な市街化を許容する外縁までの距離に相当する.人口密度(人/ha)は市街地Dd,縮退基準Dc,集約計画Dhの3種類を設定する.前2者は計画案提示で各々既存市街地と縮退させるセルの抽出に用い,後者は将来人口分布計算での計画人口密度に相当する.人口増減率は,表3に抽出条件を示す地域の分類に応じて既存市街地Pd,近郊縮退地域Pc,外縁縮退地域Poごとに設定する.縮退地域は市街化限界距離以内を近郊,以遠を外縁として区分する.前者は計画案検討で集約先の候補となりえる一方,後者は集約先の候補とならない.人口増減率は年率ではなく現状と計画完了時点の比率として入力する.維持管理費は,行政サービスに必要なコストに該当し,本稿では北垣(2013)を含む既往研究で多く言及されている道路と水道の実装を試みる.3章で適用例を紹介する足利市では,2013年度予算で道路事業を含む土木費が一般会計の約15%を占める.水道は水道,下水道両事業とも特別会計で,両事業合わせた予算額は土木費を上回る.道路,水道ともに行政コストの中で大きな割合を占め,かつ人口の空間分布に大きく左右されるため,最初の実装項目として選定した.この他の行政コストには,学校の運営費,公園緑地の維持管理費,社会福祉関連費,清掃事業費などがある.本稿では,学校,公園,医療機関などは道路や水道と異なり個々の住宅に到達するものではなく人口分布を考慮した個別の計画で最適配置や採算性の議論が可能であると仮定した.また清掃事業は,新潟市環境部(2012)によると,住民の分布に左右される収集費用は,ごみ処理原価の3割,清掃事業費全体では1割に満たないため,現時点ではいずれも試算シートには実装しない.維持管理費は,年間費用として,セルあたり一律の成分(セル成分),既存市街地からの距離に応じた成分(距離成分)に分けて設定する.セル成分はセル内の道路や水道管路の維持管理費,距離成分は

図 1 試算シートの処理フロー

基本 セル幅 Cw 道路維持 管理費

セル成分 Rc 空間的 範囲

計画対象距離 Sp 距離成分 Rd 市街化限界距離 Sl 水道維持

管理費 セル成分 Wc

人口 密度

市街地 Dd 距離成分 Wd 縮退基準 Dc 新規開発費 セル成分 Nc 集約計画 Dh

人口 増減率

既存市街地 Pd 近郊縮退地域 Pc 外縁縮退地域 Po

表 1 設定するパラメータ一覧

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セル内の道路や管路がネットワーク形成のために周辺の道路網や管路網に接続するための費用に各々相当する.道路はセル成分(万円 /セル)Rc,距離成分(万円 /km)Rdの2成分,水道も同様にセル成分Wc,距離成分Wdとする.新規開発費は造成と道路や水道の整備費用に相当するもので,既存市街地からの距離による変動は小さいと考え,セル成分(万円 /セル)Ncのみ設定する.

2.2.既存市街地の抽出と計画案の提示現状人口入力とパラメータ設定が終了すると試算シートは各セルの人口実数をセル面積Cw

2で除して人口密度Dに変換し,既存市街地に該当するセルを抽出する.表2に示す抽出条件の(a)は人口密度が高く市街化が進行したセル,(b)は市街地の外縁部で一部分が市街化したセルを意図する.隣接セルはムーア近傍とする.さらに各セルから最寄りの既存市街地セルまでの距離dを,セル中心点間距離で計算する.既存市街地に該当するセルはd=0とする.この計算はワークシート関数では実現できないため, 表計算ソフト内でのセルの座標にあたるセル参照を引数とし,全セルを走査して既存市街地に該当するセルとの距離を算出してその最小値を返り値とするユーザ定義関数を作成した.Dとdから試算シートは表2の通りセルを分類し,計画案として提示する.

2.3.利用者による最終計画案の確定前段階で試算シートが提示した計画案は,人口分布を考慮しているものの,道路網や施設配置あるいは既存の都市計画や広域計画を考慮していないため,参考として位置づける.将来人口分布や費用試算に用いる最終計画案は,利用者が各セルに表3のいずれかを割り当てて確定させる.

2.4.将来人口分布計算と費用試算利用者が最終計画案を確定させると試算シートは将来人口分布を計算する.既存市街地と近郊縮退地域,外縁縮退地域は入力の人口に各々Pd,Pc,Poを乗じ,集約市街地は入力に関わらずDhとする.維持管理費の削減Mは,試算対象外および既存市街地のセルであれば現状と将来の差分はないものとしてM=0,近郊縮退地域と外縁縮退地域では式(1)により,集約市街地では式(2)によりそれぞれ算出する.式(1)は,縮退地域では大幅な人口減少により道路と水道のセル成分と距離成分がほぼ不要となることを反映する一方,式(2)は大幅な人口の増加に伴うセル成分と距離成分の発生を考慮している.水道は管路老朽化に伴う破損の補修や復旧の費用を前提とするため,集約市街地では道路の費用増加分のみ計算する.また,本項目は費用削減の計算であるため,費用が増加する集約市街地の計算結果は負値となる.集約市街地では新規開発費Nも式(3)により計算する.パラメータの新規開発費Ncは完全に未整備のセルでの開発を想定している.実際の各セルの新規開発費Nは当該セルの現状人口密度Dと計画人口密度Dhの比率を1から減じたものを事業費軽減の係数とした.例えば計画人口密度の2/3を既に擁するセルを集約市街地とする場合,人口密度0のセルに集約する場合と比べ,新規整備費は1/3に抑制されると試算する.集約市街地以外のセルはN=0とする.

M = Rc + Wc + (Rd + Wd) d (1)M = - (Rc + Rd d ) (2)N = Nc (1 - D / Dh) (3)最後に一過性の費用である新規開発費の各セルの合計が各セルでの年間費用である維持管理費の削減

分類 抽出条件

D 既存市街地 (a)人口密度 D が Dd以上 (b)人口密度 D が(Dd+Dc)/2 以上,

かつ条件(a)のセルに隣接

P 集約候補地 人口密度 D が Dc以上,かつ既存市街地に該当しないセル

C 近郊縮退地域 人口密度 D が Dc未満,かつ既存市街地 からの距離 d が Sl以下

O 外縁縮退地域 人口密度 D が Dc未満,かつ既存市街地 からの距離 d が Slより大きく Sp以下

X 計画対象外 人口密度 D が Dc未満,かつ既存市街地 からの距離 d が Spより大きい

表 2 試算シートが提示する計画案のセル分類

分類 特記事項

D 既存市街地 原則,試算シートが抽出した既存市街地セルを踏襲 R 集約市街地 郊外部で市街地を集約する地域 C 近郊

縮退地域 市街化を抑制して他地域への集約を図る地域のうち既存市街地の周辺部

O 外縁 縮退地域

市街化を抑制して他地域への集約を図る地域のうち既存市街地から遠隔地域

X 計画対象外 計画対象範囲外の地域

表 3 利用者が入力する最終計画案のセル分類

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で捻出される年数を式(4)で算出し,出力とする. i i i iN M/Σ Σ (4)ただし,Ni,Miはセル iの新規開発費と維持管理費

3.試算シートの利用方法と適用例栃木県足利市(図2)を例に,試算シートの適用

例を示す.足利市は関東平野北部に位置する人口約15万人の都市で,1990年を境に人口は減少している.市南部を東西に横断する国道50号に沿って約10km

の間隔で人口規模が同程度の都市が連坦する.国道50号は既存市街地を避けてバイパス化され,その沿道に量販店,商業施設などが立地するため,足利駅周辺を中心とする既存市街地では人口減少が続く一方,市南部の人口は増加傾向にある.郊外にも宅地開発が散見され,足利駅周辺既存市街地の人口減少幅が市内各地域で最大である(足利市,2007).足利市は他都市とは連坦しない既存市街地があり費用試算を市内で完結しやすく,既存市街地の人口減少および郊外幹線道路沿道への商業集積と人口移動など都市の空間構造の見直しが求められる要素があるため,試算シートの適用事例に適していると考えられる.

3.1.現状人口分布入力とパラメータ設定パラメータの設定は図3① -2の通りである.現状人口分布には2000年国勢調査の人口500mメッシュデータを入力するためセル幅Cwは0.5kmとした.

計画対象距離Spは隣接自治体との境界に達する距離に相当し,既存市街地中心部に位置する足利駅から JR両毛線で隣接都市の中心駅である桐生駅と佐野駅まで,足利市駅から東武伊勢崎線で隣接都市の中心駅である太田駅と館林駅までの距離約10kmを折半した5kmとした.市街化限界距離Slは市街地の過度な拡大の抑制を図り,足利駅から2005年DID

の外縁である国道50号までの距離の3kmとした.市街地人口密度Ddは人口集中地区の定義を援用して40人 /ha,縮退基準人口密度DcはDdを折半し20人 /ha,集約計画人口密度Dhは郊外都市における幹線道路沿道への市街地集約の空間計画を提案した

片桐(2013)を参考に70人 /haとした.将来人口分布の計算に用いる人口増減率は,既存市街地人口増減率Pdを0.9,近郊縮退地域人口増減率Pcを0.2,外縁縮退地域人口増減率Poを0.1とした.国立社会保障・人口問題研究所(2008)の推計では,足利市の人口は2005年から2035年までに24.3%減少する.足利市の2005年のDID人口率が59.2%であるため,DIDでの人口減少を全体傾向より緩和した1割減少に留め,他に集約市街地への人口集約を図り,その他の地域では8~9割の人口減少を想定すれば概ね前述の推計に一致すると考えられる.道路の費用は『費用便益分析マニュアル(案)』(国土交通省,2003) ,水道の費用は『水道事業の費用対効果分析マニュアル』(厚生労働省,2007)に掲載された道路長または管路長あたりの維持管理費(以下,参考値と記す)をもとに設定した.道路のセル成分Rcは160万円 /セルとした.縮退による域内道路での維持管理費軽減を想定したもので,セルの面積0.25km2に道路率8%を乗じて算出した道路面積0.02km2を道路幅員6mで除して簡易的に算出した道路延長3.3km/セルに,市道レベルの参考値48万円 /kmを乗じた値である.一般的に道路率20%以上で整備された市街地とされるものの,対象地ではセルの全域が市街化してはいないと考えられること,縮退地域に該当しうる農地や郊外住宅地を中心とした土地利用の地域では道路率が

図 2 足利市の市街地と交通網

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10%未満であると報告されていること(Ai,2012)などを考慮して道路率を8%とした.道路の距離成分Rdは27万円 /kmとした.これは郊外と既存市街地を連絡する幹線道路の一部が維持管理不要となることを想定したもので,道路延長を既存市街地からの距離で近似した上で,県道レベルの参考値270万円 /kmに10%の軽減率を乗じた.軽減率は,県道レベルの幹線道路は他の市街地や隣接都市への連絡道路としても機能しているため,当該地域の縮退による全面的な維持管理費用の軽減は期待されず,交通量の減少や一部区間の整備が不要となるに留まることを考慮して設定した.水道のセル成分Wcは1,000万円 /セル,水道の距

離成分Wdは30万円 /kmとした.これらは管路老朽化による破損事故の補修・復旧費,漏水調査等の費用として記載されている参考値150万円 /kmを基準とした.水道管は道路地下に上水道と下水道の2種類が埋設されていると仮定し,道路延長3.3km/セルの2倍で管路延長を近似した.例えば小林・山崎(2012)が上水道管路網を道路データで近似し,DID

内では高精度に管路延長を近似できたと報告している.距離成分は道路と同様,当該地区の水道管を既存管路網に接続するための費用で,管路延長より算出される維持管理費を10%に軽減した値である.

試算対象セルの全てを縮退とし,上記の数値から維持管理費削減の総額を計算すると年間40億円である.足利市の平成23年度決算では,一般会計の土木費のうち普通建設事業と維持補修費が計27億円,水道事業の営業費と建設改良費が計25億円,下水道事業の施設費と事業費が計21億円,合計約73億円である.試算シートによる試算では維持管理費の距離成分に軽減率を用いること,土木費には道路関連以外の使途も含まれること,試算対象地域は足利市の主要な市街地を含む64.75km2であり178km2を有する市域全体ではないことを考慮すれば,上記のパラメータ設定は概算値として妥当な範囲内であろう.新規開発費は市街地集約のための,土地の造成および道路と水道などインフラの新規整備に関する費用を想定する.維持管理費は事業期間中,毎年発生するのに対し,新規開発費は一過性のものである.

新規開発費Ncは62億5000万円/セルとした.これは,近年の大規模な市街地整備事例として,千葉県流山区画整理事務所が管理するつくばエクスプレス駅周辺の2件の事業費から算出した2,500億円 /km2をセル面積0.25km2の費用に換算した値である.

3.2.既存市街地の抽出と計画案の提示試算シートが提示した計画案は図3②の通りである.既存市街地Dは存置し,その隣接セルや既存市街地に通じる主要地方道沿道に集約候補地Pが提示された.試算シートが提示する計画案は,交通網や施設立地などを考慮しないため,参考と位置づける.

3.3.利用者による最終計画案の確定試算シートの提示に含まれる既存市街地周縁の一部と,交通利便性と沿道商業施設の活用を考慮した国道50号沿道に集約市街地Rを配置して図3③のように最終計画案を確定させた.足利市都市計画マスタープランでは集約型都市構造の実現に向け,都市機能の集積を促進する拠点を市内各所に配置し,中心市街地の居住人口回復と国道50号の優位性を活かした産業系用地の確保が目標とされるため,既存市街地周辺も縮退させつつ国道50号沿いの交通結節点に集約市街地を配置した最終計画案とした.

3.4.将来人口分布計算と費用試算最終計画案の確定後,試算シートは人口増減率

Pd,Pc,Poと入力である現状人口分布(図3① -1)または集約計画人口密度Dhをもとに,計画終了時の将来人口分布(図3④ -1)を計算する.また,各種パラメータ,既存市街地からの距離,将来の人口密度をもとに各セルのコストを計算する.集約市街地では新規開発費と新たに発生する維持管理費,近郊および外縁縮退地域では縮退で削減される維持管理費が計算される.維持管理費,新規整備費とも全セルの合計が計算され,最終的に新規整備費が維持管理費削減の何年分に相当するかを出力する(図3⑤).利用者はこれをもとに事業期間の検証や計画の見直しを行う.適用例では,国道50号沿道に集約市街地が多く,新規整備費が多額となる一方,比較的市

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街化の進んだ既存市街地の北側を含めて広範に縮退の対象とするため,毎年の維持管理費の削減効果も大きい.人口は図3① -1の14.5万人から図3④ -1の12.2万人に約15%減少し,年間維持管理費削減は約22億円となり39年分で新規整備費が回収可能と試算された.

4.おわりに本稿では,人口減少や高齢化に対応した新しい都市構造の検討が急務であることを背景に,多角的な

検討が必要な計画策定プロセスに対し,特に費用面,採算性の検討を支援する簡易な費用試算シートを提案した.現状人口分布入力,計画人口密度,コストなどの各種パラメータ設定をもとに,試算シートが提示した計画案を参照して利用者が最終計画案を確定すると,将来人口分布と新規整備に要する費用が市街地集約で圧縮される維持管理費によって回収されるまでに要する年数が算出されるため,概算ながら事業の採算性が議論できる.試算シートは,自治体担当者による操作性,検討会議や住民説明会など

図 3 試算シートの処理フローと各段階のインタフェース

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比較検討や合意形成の場での説明性,計画案の見直しに対する即応性に重点をおいて設計した.各種パラメータや計画案をシート上で変更すれば,直ちに試算結果も修正されて出力されるため,複数計画案の比較検討や計画案の試行錯誤が容易に行える.適用例を示した足利市では国道50号などの交通幹線の活用,集約型都市構造の実現など5項目を目標に掲げ,マスタープランでは中心市街地に都心交流拠点,それ以外の鉄道駅周辺に地域生活拠点を設定している.後者は試算シートの集約市街地に相当するといえる.適用例では集約市街地を中心市街地周辺に限定し,既存市街地周辺にも縮退対象を設定しても,将来人口が予測を上回り,事業期間の試算は39年と長期化したことから,マスタープランでも拠点形成と同時に具体的な市街地縮退も検討すべきであると示唆された.試算シートは拠点形成と縮退の双方を同時かつ空間的配置に基づき試算できるため,計画具体化への活用が大いに期待される.なお,試算シートによる将来人口の計算はセルごとに現状人口とセルの分類に応じた人口増減率のみを考慮しており,年齢構成や世帯構成などは考慮していない.将来人口計算の精度向上は,今後の改良で考慮すべき重要な課題と位置づけられる.本稿の費用試算では道路と水道のみを実装したものの,試算可能な項目の増加,試算の計算式やパラメータ設定の検証を継続する必要があろう.これらは自治体ごとに状況が異なると考えられるため,自治体へのヒアリングによる項目の精査,計算式の検証,各自治体の実態に基づくパラメータ設定を行い,試算シートの有効性を高めることが重要である.また,試算シートでは維持管理費の算定方法がほぼ同一と考えられる単一自治体への適用を前提とし,隣接都市など他の都市との人口流動や市街地の連続性を考慮していないため,本稿で適用例を示した足利市のように10万人程度以上の人口規模で,一定規模の中心的な既存市街地を有するものの郊外化が進行し,隣接都市と市街地が連続しない自治体への利用が適していると考えられる.これに該当する地方都市も一定数存在するものの,広域合併して複数の中心市街地を持つ自治体や大都市圏で市街地

が市域を超えて連続する自治体で都市の空間構造の見直しが求められた際にも試算シートの有効性が示せるよう改良することは今後の重要な課題である.

謝辞匿名査読者の方々,CSIS DAYS 2012/2013ご参加

の方々の有意義なコメントにお礼申し上げます.

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(2013年7月31日原稿受理,2014年3月28日採用決定,2014年5月16日デジタルライブラリ掲載)

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