数学入門講義ノートsnii/lecturenote.pdf定義1.9 命題p,q に対してp →q...
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数学入門講義ノート
新居 俊作
読書百遍義而自見 —「魏志」王粛伝注董遇伝 —
教科書や参考書は解るまで何度でも最初から読み返すこと
小人之学也入乎耳出乎口 — 荀子 —
唯講義を聴くのみではなく、自分が講義できる様になること
千日の稽古を鍛とし万日の稽古を錬とす — 宮本武蔵 —
自分で多くの練習問題を解き、計算力を養成すること
志なき人は聖人もこれを如何ともすることなし — 荻生徂徠 —
「必死で」勉強する意欲の無い学生に対しては、教員の方からは助ける術は無い
2
初めに
本講義及び「コアセミナー」の演習の内容は、本来数学の他の科目の勉強を始める前に習得しておくべきものである。しかし残念ながら、そのようなカリキュラムを組む時間的な余裕がないため、他の科目の講義が既に始まってしまった状態で並行して行なわれる形になる。従って、講義の内容をその場で習得することを必要とする短期間に駆け足で進む授業になる。以上のような理由により、他の授業と比して毎週の予習復習、特に予
習が欠かせないので、そのつもりで授業にのぞんでもらいたい。以下にこの授業を受ける学生への要請、及び授業の進め方を述べる。
• 授業当日までに最低三回は教科書の指定された範囲を読んでくること。(週日に良く分からない点をチェックしながら一通り読み、週末にしっかり理解しながら熟読し、授業の前の晩にもう一度確認する。)
• 各回の数学入門の講義及びコアセミナーの演習の内容は翌週までに復習し、完全に習得しておくこと。
• 教科書及び授業で出てくる定義は全て何も見ずに書ける様にしておくこと。(定義を知らないで、何かが分かるはずがない。)
毎回授業の初めに小テストを行ない、予習復習を十分してきたかを確認する。
• 成績は「数学入門」の講義と「コアセミナー」の演習を一体のものと見なし、「数学入門」と「コアセミナー」に同じ点を付ける。
• 成績は試験 (毎回の小テスト、中間テスト、期末テスト) 50点、演習 50点の 100点満点とする。
• 試験の点は小テストの合計、中間テスト、期末テスト各三分の一づつとする。
3
第1章 論理
第一講
1.1 命題論理定義 1.1 成り立つか成り立たないかが客観的に定まっている主張を命題とよぶ。ある命題が成り立つときその命題は真であるといい、成り立たないときその命題は偽であるという。
論理学においては、一般に命題の間の関係を問題にし、箇々の命題そのものは問題にしないので、命題を抽象的に p, q, r · · · 等と表す。
例 p:0.3 = 13である。
q:0.9 6= 1 である。とすると、p は真で q は偽である。
定義 1.2 命題 p に対して、「p ではない」という命題を、命題 p の否定とよび p で表し、「p ではない」等という。
例 先の例については p:0.3 6= 1
3である。
q:0.9 = 1 である。となる。
当然のことながら、ある命題 p が真ならば命題 p は偽となり、pが偽ならば p は真となる。
定義 1.3 二つの命題 p, q に対して「p と q が共に真である」という命題を、 p と q の論理積といい p ∧ q で表し、「p かつ q」等という。
例 先の例の p, q については、p ∧ q は「0.3 = 13であり、かつ 0.9 6= 1
である」となる。
定義 1.4 二つの命題 p, q に対して「p と q の少なくとも一方は真である ( p, q 共に真である場合を含む )」という命題を、 p と q の論理和といい p ∨ q で表し、「p または q」等という。
4 第 1章 論理
例 先の例の p, q については、p∨ q は「0.3 = 13または 0.9 6= 1 である」
となる。
定義 1.5 二つの命題 p, q に対して「p と q の真偽が一致する」つまり、「p が真である時は q も真で、q が真となるのは p が真であるときに限る」という命題を、同値命題といい p ≡ q で表し、「p と q は同値である」等という 1。
例 これまでの例の p, q については、p ≡ q は偽であるが、p ≡ q は真である。(p の式の両辺を 3 倍すると q の式になる。)
定義 1.6 与えられた命題が真であること(真であるときではない )を 1、偽であることを 0 で表したとき、これをその命題の真理値とよぶ。命題どうしの真理値の対応関係を示した表を真理表という。
例 否定命題の真理表は以下の様になる。p p
1 0
0 1
問題 1.1 論理積、論理和と同値命題の真理表を書け。
定理 1.1 p, q, r を命題とする時、以下の同値命題は全て真である。
反射律 ¯p ≡ p
ベキ等律 (p ∧ p) ≡ p
(p ∨ p) ≡ p
交換律 (p ∧ q) ≡ (q ∧ p)
(p ∨ q) ≡ (q ∨ p)1この記号の使い方は教科書と異なる。教科書 60ページを必ず読むこと
1.1. 命題論理 5
結合律 ((p ∧ q) ∧ r) ≡ (p ∧ (q ∧ r)) (これを単に p ∧ q ∧ r と書く )
((p ∨ q) ∨ r) ≡ (p ∨ (q ∨ r)) (これを単に p ∨ q ∨ r と書く )
注意 この性質の証明は必要なことである。実際、他の演算で結合律の成り立たないものがある。例えば、実数の割り算については(a÷ b)÷ c 6= a÷ (b÷ c) なので a÷ b÷ c という表記は意味を持たない。
分配律 (p ∧ (q ∨ r)) ≡ ((p ∧ q) ∨ (p ∧ r))
(p ∨ (q ∧ r)) ≡ ((p ∨ q) ∧ (p ∨ r))
吸収律 (p ∧ (p ∨ q)) ≡ p
(p ∨ (p ∧ q)) ≡ p
ド・モルガンの法則 (p ∧ q) ≡ (p ∨ q)
(p ∨ q) ≡ (p ∧ q)
問題 1.2 上の定理を真理表を書くことによって証明せよ。
定理 1.2 (同値変形) p, q, r を命題とする。(1) p ≡ q が真ならば以下の同値命題は全て真である。 (i) p ≡ q
(ii) (p ∧ r) ≡ (q ∧ r)
(iii) (p ∨ r) ≡ (q ∨ r)
(2) p ≡ q と q ≡ r が真ならば p ≡ r も真である。
6 第 1章 論理
第二講定義 1.7 命題 p, q に対して、「p が真であることが q も真であることを意味する」という命題を、条件命題 (或は含意命題)といい p → q で表し、「p ならば q」等という。
これはつまり、命題 p が真であるという状況は、命題 q が真であるという状況に含まれているという命題である。下図参照。
&%'$
p
'
&
$
%q
定義 1.8 条件命題 p→ q に対してq → p をその命題の逆p→ q をその命題の裏q → p をその命題の対偶とよぶ。
次は明らかであろう。
公理 2 二つの命題 p, q について次の同値命題は真である。
(p→ q) ≡ (q → p)
下図参照。
&%'$p'
&
$
%q
条件命題の真理表を考える。先ず定義から以下は明らかである。
p q p→ q
1 1 1
1 0 0
2数学で議論の前提とする約束事のこと
1.1. 命題論理 7
更に、対偶を考えることによって対偶の公理より次が得られる。
p q p q q → p p→ q
0 0 1 1 1 1
最後に
p q p→ q
0 1
についてだが、もしこのときの p→ q の真理値が 0 であるならば p→ q
の真理表は以下の様になり同値命題の真理表に一致してしまう。
p q p→ q
1 1 1
1 0 0
0 1 0
0 0 1
即ち、p→ q, p ≡ q, p← q の三者が論理的に区別できなくなってしまう。
&%'$
p
'
&
$
%q
p→ q
&%'$p q
p ≡ q
&%'$
q
'
&
$
%p
p← q
よってこの場合の真理値は 1 でなくてはならない。以上をまとめて条件命題の真理表は次の様になる。特に、p が偽のとき
は q が真であっても偽であっても p→ q は真である。
p q p→ q
1 1 1
1 0 0
0 1 1
0 0 1
問題 1.3 次の同値命題が真であることを、真理表を書いて証明せよ。
(p→ q) ≡ (p ∨ q)
8 第 1章 論理
問題 1.4 命題 p, q に対して、p→ q の逆と裏の真理表を書け。
定義 1.9 命題 p, q に対して p→ q が真であるということを p⇒ q で表し、q は p の必要条件、p は q の十分条件であるという。
定理 1.3 命題 p, q, r について p⇒ q かつ q ⇒ r のとき p⇒ r である。
問題 1.5 上記の定理を真理表を書いて証明せよ。
定義 1.10 命題 p, q に対して p ⇒ q と p ⇐ q の両方が成り立つことをp⇔ q で表し p は q の必要十分条件であるという。
問題 1.6 命題 p, q に対し p ⇔ q であることと、同値命題 p ≡ q が真であることとは同じことであることを真理表を書いて証明せよ。
定義 1.11 これまで p, q, r, . . . で表してきた命題の最小単位を原子命題とよび、その間の論理関係を表す記号 ,∧,∨,≡,→ 等を有限回用いて作った命題を論理式とよぶ。
定義 1.12
(1) 恒等的に真である (その論理式を構成する原子命題にどのように真偽を割り振っても論理式全体としては必ず真になる )論理式を恒真命題またはトートロジーといい、I で表す。
(2) 恒等的に偽である論理式を恒偽命題または矛盾式といい、Oで表す。
この定義の意味するところは、これまでやった様に、有限個の命題をp1, . . . , pn と記号で表し、その間の論理関係を表す記号 ,∧,∨,≡,→ 等を有限回用いて作った論理式を単なる p1, . . . , pn の式と見たときに、個々の p1, . . . , pn の意味やその真偽に関わらず論理式全体としては必ず真である、又は偽である、という意味である。
例 (1) 排中律 p ∨ p は恒真命題(2) 矛盾律 p ∧ p は恒偽命題
定理 1.4 命題 p に対して(1) p⇒ I
(2) O⇒ p
問題 1.7 上記の定理を真理表を書いて証明せよ。
1.2. 述語論理 9
第三講
1.2 述語論理定義 1.13 p(x1, . . . , xn) が x1 から xn を変数とする (n 変数の ) 命題関数であるとは、x1 から xn のとりうる範囲 X1 から Xn が指定されていて、各 x1, . . . , xn の組を決めるごとに、p(x1, . . . , xn) が命題となることとする。このとき、変数 xi は Xi を動くという。
例 pk(x, y):x − y は 自然数 k で割り切れる。但し x, y は整数の範囲を動くとする。
注意 以下では、変数 xi の動く範囲は具体的に指定できる対象 ( 整数、実数等 ) に限ることにする3。
与えられた命題関数 p(x1, . . . , xm), q(y1, . . . , yn) に対し、否 定 :p(x1, . . . , xm)
論理積 :p(x1, . . . , xm) ∧ q(y1, . . . , yn)
論理和 :p(x1, . . . , xm) ∨ q(y1, . . . , yn)
同値命題:p(x1, . . . , xm) ≡ q(y1, . . . , yn)
条件命題:p(x1, . . . , xm)→ q(y1, . . . , yn)
が自然に定義される。但し、変数 x1, . . . , xm と y1, . . . , yn の間に共通の変数がある場合には、それらの動く範囲は一致していなければならない。
例 pk(x, y):x− y は自然数 k で割り切れる。但し x, y は整数を動く。ql (y, z):y − zは自然数 l で割り切れる。但し y, z は整数を動く。
とすると、pk(x, y)∧ ql(y, z) は「x− y は k で割り切れ、y − z は l で割り切れる」となる。但し x, y, z は整数を動くとする。
定義 1.14 p(x) を命題関数とし、x は X を動くとき、「X 内の全ての x
について p(x) である」という命題を ∀4x p(x) と表し、全称命題とよぶ。
注意 x の動く範囲 X が集合の場合 ∀x∈X p(x) と書く場合もある。また、X が条件として与えられているときは∀x”条件” p(x) と書かれたりする。
3「物の集まり全体」等のハッキリしない対象は考えない4英語の副詞句 ”for all ∼ ” を表す記号
10 第 1章 論理
例 p(x):x2 + x > 0、X = xは実数 | x > 0 のとき「∀x p(x)、x はX を動く」という命題を ∀x∈X p(x) と書いたり、∀x > 0 x2 + x > 0
と書いたりする。
公理 p(x) が命題関数で x がX を動くとき、X 内の a に対して
∀x p(x)⇒ p(a)
定理 1.5 命題関数 p(x), q(x) に対して
(∀x p(x)) ∧ (∀x q(x))⇔ ∀x (p(x) ∧ q(x))
(∀x p(x)) ∨ (∀x q(x))⇒ ∀x (p(x) ∨ q(x))
注意 定理の第二式の逆「(∀x p(x))∨ (∀x q(x))⇐ ∀x (p(x)∨ q(x))」 は成り立たない。
問題 1.8 上記の定理を真理表を使って証明せよ。
問題 1.9 上記の定理の第二式の逆の反例 (成り立たない例 )をあげよ。
次は明らかだろう。この場合第二式も必要十分である。
定理 1.6 命題関数 p(x) と命題 q ( x に依らない )に対して
(∀x p(x)) ∧ q ⇔ ∀x (p(x) ∧ q)
(∀x p(x)) ∨ q ⇔ ∀x (p(x) ∨ q)
定義 1.15 p(x1, . . . , xn) が x1 から xn を変数とする n 変数の命題関数で、x1 から xn のとりうる範囲が X1 から Xn であるとき、「Xi 内の全ての xi について p(x1, . . . , xi, . . . , xn) である」という (xi 以外の ) n− 1
変数命題関数を ∀xi p(x1, . . . , xi, . . . , xn) と表し、全称命題関数とよぶ。
p(x1, . . . , xn)が x1 から xn を変数とする n変数の命題関数であるとき、変数 xi について ∀xi p(x1, . . . , xi, . . . , xn) は命題関数なので、 i 6= j である xj について ∀xj(∀xi p(x1, . . . , xi, . . . , xn)) を考えることができる。これを単に ∀xj∀xi p(x1, . . . , xi, . . . , xn) で表す。以下同様にして k 6= i, j
ならば ∀xk∀xj∀xi p(x1, . . . , xi, . . . , xn)、· · · を考えることができる。以下の定理は直観的には当たり前なので証明は略す5。5この手の定理の証明には、先ず論理の公理系を決めてから議論を始めなければなら
ないが、本講はそのようになっていないので証明できない
1.2. 述語論理 11
定理 1.7 命題関数 p(x, y) について
∀x∀y p(x, y)⇔ ∀y∀x p(x, y)
定義 1.16 p(x)を命題関数とし、xは X を動くとき、「X 内の少なくとも一つの x について p(x) である」という命題を ∃6x p(x) と表し、存在命題とよぶ。
注意 x の動く範囲 X が集合の場合 ∃x∈X p(x) と書く場合もある。また、X が条件として与えられているときは∃x”条件” p(x) と書かれたりする。
例 p(x):x2 + x ≤ 0、X = x は実数 | x ≥ 0 のとき「∃x p(x)、x はX を動く」という命題を ∃x∈X p(x) と書いたり、∃x ≥ 0 x2 + x ≤ 0
と書いたりする。
公理 p(x) が命題関数で x がX を動くとき、X 内の a に対して
p(a)⇒ ∃x p(x)
定理 1.8 命題関数 p(x), q(x) に対して
∃x (p(x) ∨ q(x))⇔ (∃x p(x)) ∨ (∃x q(x))
∃x (p(x) ∧ q(x))⇒ (∃x p(x)) ∧ (∃x q(x))
注意 定理の第二式の逆「∃x (p(x)∧ q(x))⇐ (∃x p(x))∧ (∃x q(x))」 は成り立たない。
問題 1.10 上記の定理を真理表を使って証明せよ。
問題 1.11 上記の定理の第二式の逆の反例 (成り立たない例 )をあげよ。
次も明らかだろう。この場合は第二式も必要十分である。
定理 1.9 命題関数 p(x) と 命題 q ( x に依らない )に対して
∃x (p(x) ∨ q)⇔ (∃x p(x)) ∨ q
∃x (p(x) ∧ q)⇔ (∃x p(x)) ∧ q
6英語の節 ”there exists ∼ ” を表す記号
12 第 1章 論理
定義 1.17 p(x1, . . . , xn) が x1 から xn を変数とする n 変数の命題関数で、x1 から xn のとりうる範囲が X1 から Xn であるとき、「Xi 内の少なくとも一つの xi について p(x1, . . . , xi, . . . , xn) である」という (xi 以外の ) n− 1 変数命題関数を ∃xi p(x1, . . . , xi, . . . , xn) と表し、存在命題関数とよぶ。
p(x1, . . . , xn)が x1 から xn を変数とする n変数の命題関数であるとき、変数 xi について ∃xi p(x1, . . . , xi, . . . , xn) は命題関数なので、 i 6= j である xj について ∃xj(∃xi p(x1, . . . , xi, . . . , xn)) を考えることができる。これを単に ∃xj∃xi p(x1, . . . , xi, . . . , xn) で表す。以下同様にして k 6= i, j
ならば ∃xk∃xj∃xi p(x1, . . . , xi, . . . , xn)、· · · を考えることができる。以下の定理も直観的には当たり前なので証明は略す。
定理 1.10 命題関数 p(x, y) について
∃x∃y p(x, y)⇔ ∃y∃x p(x, y)
1.2. 述語論理 13
第四講注意 二変数の命題関数 p(x, y) について、一般には
∀x∃y p(x, y) 6⇔ ∃y∀x p(x, y)
問題 1.12 実際に上が成り立たない例をあげよ。
定理 1.11
∀x∃y p(x, y)⇐ ∃y∀x p(x, y)
は成り立つ。
定理 1.12 (ド・モルガンの法則) p(x) を命題関数とする(1) ∀x p(x)⇔ ∃x p(x)
(2) ∃x p(x)⇔ ∀x p(x)
どちらも意味を考えれば当然であろう。しかし、一応「証明7」を与えておく。両方やると長くなるので (2) のみ示す。以下の証明では、次の二つの公理 (推論規則)を用いる。(I) A を仮定して B が得られるとき、A を仮定せずに A⇒ B としてよい。
(II) A と A⇒ B から B としてよい。
(2) ∃x p(x)⇒ ∀x p(x)の証明∃x p(x) を仮定する。ある α について p(α) とする。(背理法の仮定)
上記より ∃x p(x) である。これと仮定より ∃x p(x) ∧ ∃x p(x) である。(これで p(α)⇒ ∃x p(x) ∧ ∃x p(x) がいえたことになる。)
よって p(α) である。(演習問題第二回)
7本来やるべきことは、述語論理の公理系を定めておき、その公理系の中でこの定理が証明できることを示すことである。その意味では此処での「証明」はナンセンスなのだが、感じをつかんでもらうために、公理系を明示する代わりにこれまでの講義のに合わせて多少修正した「証明」を書いておく。より詳しくは記号論理学の教科書等を参照のこと。
14 第 1章 論理
従って ∀x p(x) である。(これで ∃x p(x) を仮定して ∀x p(x) が得られたことになる。)
以上より ∃x p(x)⇒ ∀x p(x) である。
∃x p(x)⇐ ∀x p(x)の証明∀x p(x) を仮定する。∃x p(x) とする。(背理法の仮定)
上より (ある α について) p(α) である。また、仮定より p(α) である。上二つより p(α) ∧ p(α) である。p(α) ∧ p(α)⇒ q (定理 1.5、1.6 、また q は変数を含まない命題)
p(α) ∧ p(α)⇒ q
従って、p(α) ∧ p(α)⇒ (q ∧ q) である。(これで p(α) ∧ p(α) と p(α) ∧ p(α)⇒ (q ∧ q) が得られた。)
即ち q ∧ q が得られた。元々 p(α) が仮定されていたので p(α)⇒ (q ∧ q) 。即ち ∃x p(x)⇒ (q ∧ q)。先ほどと同様に ∃x p(x) 。(これで ∀x p(x) を仮定して ∃x p(x) が得られたので)
∃x p(x)⇐ ∀x p(x) である。
1.3 ε− δ 論法これまで述べてきた命題論理や述語論理が、標準的な数学の教程8で最
初に現れるのは微積分の ε − δ 論法である。その中からここでは、数列の極限と関数の連続性の定義を紹介する。高等学校の数学では、数列 an (n = 1, 2, 3, . . .) について
limn→∞
an = α
8日本の多くの大学の数学科での教程という程度の意味であり、他意は無い。
1.3. ε− δ 論法 15
とは、「n を大きくしたとき an は α に限りなく近づくことである」といった類の「定義」がなされている。しかしこの定義では、様々な数列を扱っていくうえで曖昧さが付きまとう。例えば次の数列は 0 に近づいているのであろうか?
1, 0, 1, 0, 0, 1, 0, 0, 0, 1, 0, 0, 0, 0, 1, 0, 0, 0, 0, 0, 1, 0 . . .
この数列では、1 と 1 の間に入る 0 の個数が一つずつ増えていくものとする。或は、関数 f(x) が x = 0 で連続であるとは、f(x) のグラフが x = 0
で繋がっていることである、といったイメージを持っているかもしれない。これについては、次の例は x = 0 で連続な関数であろうか?
f(x) =
sin 1x
(x 6= 0)
0 (x = 0)
この関数のグラフは x = 0 で繋がっているのかどうか判然としない。このような曖昧さをさけるために (他にも可能性のある中で9)以下で紹
介する所謂 ε− δ 論法による収束や連続の議論が標準となった。先ず lim
n→∞an = α の意味について考える。「an が α に限りなく近い」
のなら、素朴に考えれば「どんなに小さい (しかし有限の10) ε > 0 についても |an−α| < ε が成り立ちそうなものである。しかし an 6= α であるならば、ε = |an−α|
2ととれば当然 |an − α| > ε である。従って lim
n→∞an = α
の意味を「an がα に限りなく近い」ととると、an = α ということになってしまい、「近づく」のではなく「一致する」ことになってしまう。ここで見落としているのは当然、「n を大きくしたとき」という条件で
ある。即ち、小さい n についてはどうでも良いのである。という訳で先の考えを修正して、「十分大きい n 即ち、ある大きな N 以上の n については、どんなに小さい ε > 0 についても |an − α| < ε が成り立つ」と解釈してはどうだろうか。ところが、この解釈でも先ほどと同じ理由で N 以上の n については
an = α でなければならなくなる。(もちろんそのような定義も可能であるが、その場合 lim
n→∞1n
= 0 等は成り立たないことになって不便である。 )
そこでさらに高校の定義をよく見ると、「n を大きくしたとき」、「an はα に限りなく近づく」となっているので常に近い必要はない。即ち、先
9無限小や無限大の概念を認める超準解析 (non-standard analysis) 等がある10通常の数学には無限小の概念はない
16 第 1章 論理
ず近さを指定されたら、それが如何に近かろうが (「限りなく」)、n を大きくさえすれば an はその近さの範囲にある (「近づく」)、と考えるのである。これを数学らしく数式を使って書けば、「どんなに小さな ε > 0 が指定
されても、その ε に合わせて十分大きな N(ε) を選べば、N(ε) 以上の n
については |an − α| < ε が成り立つ」となる。これが limn→∞
an = α が成り立つことの厳密な定義である。
例 limn→∞
1n
= 0 についてどんなに小さな ε > 0 が指定されても、N(ε) =
[
1ε
]
+ 1 とすると、n ≥ N(ε) ならば
∣
∣
∣
∣
1
n− 0
∣
∣
∣
∣
=1
n≤
1
N(ε)=
1[
1ε
]
+ 1<
11ε
= ε
が成り立つ。 (但し、[a] は a 以下の最大の整数とする。この [ ] をガウス記号とよぶ。)
ここでの課題は、上で得られた limn→∞
an = α であることの定義を論理記号を使って表現することである。結論から先に書くと、
「∀ε>0 ∃N ∀n≥N |an − α| < ε が成り立つ」
または
「∀ε>0 ∃N ( n≥N ⇒ |an − α| <ε ) が成り立つ」
となる。(p→ q)⇔ (p ∨ q) なので上と下は同じである。
問題 1.13 上の二つが同じであることを示せ。
注意 言葉で書いたとき「どんなに小さな ε > 0 が指定されても」だったものが 「∀ε > 0」となって必ずしも小さい場合だけに限っていない理由は、小さい ε > 0 に対して N を選ぶことが出来れば、大きな ε > 0 についても N が選べるのは当然だからである。例えば ε = 1
10000に対して ∀n ≥ N |an − α| < 1
10000が成り立つ N が
見つかれば、ε = 10000 に対しても同じ N について ∀n ≥ N |an − α| <1
10000< 10000 となるからである。
1.3. ε− δ 論法 17
同様の考え方に従って limx→x0
f(x) = α であることの厳密な定義は、「どんなに小さな ε > 0が指定されても、その εに合わせて十分小さな
δ(ε) を選べば、0 < |x− x0| < δ(ε) を満たす x については |f(x)−α| < ε
が成り立つ」となる。
例 limx→0
ax = 0 ( a 6= 0 は定数 )について
どんなに小さな ε > 0 が指定されても、δ(ε) =ε
|a|とすると、|x−0| =
|x| < δ(ε) ならば
|ax− 0| = |ax| < |a|δ(ε) = |a|ε
|a|= ε
が成り立つ。
上の定義を論理記号で書けば、
「∀ε>0 ∃δ>0 0< |∀x− x0| <δ |f(x)− α|<ε が成り立つ」
または
「∀ε>0 ∃δ>0 ( 0< |x− x0|<δ ⇒ |f(x)− α|<ε ) が成り立つ」
となる。この二番目は当然
「∀ε>0 ∃δ>0 ∀x ( 0< |x− x0|<δ → |f(x)− α|<ε ) が成り立つ」
とも書ける。この定義に従って、f(x)が x = x0 で連続であるとは lim
x→x0
f(x) = f(x0)
で定義される。
問題 1.14 上の三つの表現が同じであることを示せ。
以上の様に論理記号で書くことの利点は、例えばド・モルガンの法則を使って否定命題が簡単に書けることである。
問題 1.15 (1)「数列 an が α に収束しない」という命題を論理記号で書け (当然極限が存在しない場合も含む )。(2) 関数 f(x) について「 lim
x→x0
f(x) = α ではない」という命題を論理記号で書け (当然極限が存在しない場合を含む )。(3) 関数 f(x) が x = x0 で連続ではないという命題を論理記号で書け。
18 第 1章 論理
ε-δ 論法小史ニュートン、ライプニッツ等によって創始された微分積分学は、当初
は、非常に小さい量 ∆x, ∆y を用いて今日の dy
dxに対応するものを有限
量の分数 ∆y
∆xとして扱い幾何学的な議論を行う等、非常に小さい量と無限
小の区別がなく、かなり曖昧な議論に基づいていた。これを厳密化しようという動きの中、最初にボルツァノの 1817年の論
文に今日の ε-δ の萌芽がみられる。しかし直ちには ε-δ 論法は極限の標準的な定義とはならなかった。次の段階はコーシーによる 1826年の「解析学教程」の中で今日の日本
の高等学校での極限の定義に近いものが導入され、先ず小さな有限量と無限に小さくなる量との区別がなされた。これにより、極限の概念が導入され微分積分学はかなり厳密化された。しかしコーシーも「fn(x)が連続で lim
n→∞fn(x) = f(x) ならば f(x)は連
続である」ことを上書の中で「証明」しており (Project 問題の III参照)、また「連続な関数は孤立した点を除いて微分可能である」(このことはガウス等の当時の数学者達に広く信じられていた)という「定理」を何度も「証明」しては撤回する等している。コーシーがこのような誤りを犯したのは、当然ことながら彼 (やガウス
等のそれまでの数学者達)が無能だった為でではない。原因は、「極限の定義」が依然として曖昧さを含んでいた為に「何を示せば証明したことになるのか」が曖昧であり続けたことにある。最終的に ε-δ 論法の導入によってこの曖昧さが完全に排除されるのは
ワイエルシュトラスによる 1859/60年のベルリン大学における解析学の講義においてである。彼はまた上記の「定理」に対する反例 (下記)も構成している。ワイエルシュトラスによる反例 (1872年)
a を 3 以上の奇数、0 < b < 1、ab > 1 + 32π とするとき
f(x) =∞∑
n=1
bn cos(anπx)
は全ての x で連続であるが微分不可能である。
19
第2章 集合と写像
第五講
2.1 素朴集合論定義 2.1 「もの」の集まりを一つのまとまりとしてとらえるとき、そのまとまりを集合とよぶ。集合を形成する個々の「もの」をその集合の要素或は元とよぶ。
注意 ここで考える「もの」は、本講では具体的な対象 (整数、実数、関数、· · · 等 ) に限定する1 。
注意 2 あくまで、「もの」の集まりを一つのまとまりとしてとらえたときに集合とよぶのであって、ただの集まりは集合ではない。
定義 2.2 「もの」xと集合 X について、xが X の要素であるときx ∈ X
と書いて「xは X に属する」等という。xが X の要素ではないとき x 6∈ X
と書いて「x は X に属さない」等という。
集合を具体的に書く方法は二通りある。一つは外延的記法とよばれ、x1, x2, x3, . . . という具合に中括弧の中に実際に要素を書き並べる方法で、もう一つは内包的記法とよばれ、 x | xは~を満たす という具合に中括弧の中に x がX の要素であるための条件を書く書き方である。
例
X = 1, 3, 5, 7, 9, . . . (外延的記法)
= n | nは正の奇数 (内包的記法)
定義 2.3 要素を一つも含まない集合を ∅ と書いて空集合とよぶ。
注意 ものの集まりを一つのまとまりとしてとらえるというのは、例えていえば、物が雑然と集まった状態ではなく、集まった物の入った箱のことを集合と呼ぶようなものである。従って、1, 2, 3 は集合だが、1, 2, 3
はただ数が三つ集まっているだけであって集合ではない。また ∅ = 、つまり空集合は何もないのではなく、空の箱のようなものである。
1教科書では「客観的に規定された”もの”」としているが、本講ではたとえ客観的に規定されていても、具体的にハッキリとしない対象は扱わない。従って教科書 135ページのラッセルのパラドックスに登場するような対象は扱わないことにする。
20 第 2章 集合と写像
例 よく使う集合の記号N:自然数の集合 (自然数全体を一つのまとまりと考えたもの )
Z:整数の集合 (整数全体を一つのまとまりと考えたもの )
Q:有理数の集合 (有理数全体を一つのまとまりと考えたもの )
R:実数の集合 (実数全体を一つのまとまりと考えたもの )
C:複素数の集合 (複素数全体を一つのまとまりと考えたもの )
定義 2.4 X, Y を集合とするとき
(1) x ∈ X ⇒ x ∈ Y のとき X ⊂ Y と書き、X は Y の部分集合である、または、X は Y に含まれるという。X ⊂ Y が成り立たない、即ち X が Y の部分集合ではないことを X 6⊂ Y で表す。
(2) X ⊂ Y かつ X 6= Y であるときX ⊂6−
Y と書き X は Y の真部分集合である という。
定理 2.1 X, Y を集合とするとき明らかに次が成り立つ。
X = Y ⇐⇒ X ⊂ Y かつ X ⊃ Y
次の定理は一見当たり前だが、証明には以前に学んだ条件命題の真偽を用いる。
定理 2.2 任意の集合 X について ∅ ⊂ X
問題 2.1 上の定理を証明せよ。
定義 2.5 X, Y を集合とするとき
(1) X ∩Y := x | x ∈ X かつ x ∈ Y によって X ∩Y を定義し、 X
と Y の共通部分という。特に X ∩ Y = ∅ のとき、X と Y は互いに素であるという。
(2) X ∪ Y := x | x ∈ X または x ∈ Y によって X ∪ Y を定義しX と Y の和集合という。特に X と Y が互いに素のときにはこれを X ⊔ Y または X
∐
Y と書き、X と Y の直和集合という。
注意 上で用いた記号 := は、「等号の左辺を右辺で定義する」という意味の記号である ( 英語で:は「即ち」の意味なので := で「即ちイコール」の意味となる。 )
2.1. 素朴集合論 21
定義 2.6 X, Y を集合とするとき
(1) X \ Y := x | x ∈ X かつ x 6∈ Y によって X \ Y を定義し、差集合 ( 正確にはX から Y を引いた差 ) という。
(2) XY := (X \ Y ) ∪ (Y \ X) によって XY を定義し、 X と Y
の対称差 という。
数学の理論においては、そのとき考えている集合は全てある一つの集合Ω の部分集合であるような場合が少なくない。Ω = R、Ω = Z、Ω = N、e.t.c.。
定義 2.7 枠組みとなる集合 Ω を一つ固定し、扱う集合を全てその集合の部分集合に限るとき、
(1) この Ω を全体集合 (又は普遍集合 )という。
(2) 全体集合 Ω が定まっているとき、Ω の部分集合 X に対し Xc :=
Ω \X によって Xc を定義し、 X の ( Ω 内での ) 補集合という。
定理 2.3 Ω を全体集合とし、X, Y, Z, をその部分集合とするとき以下が成り立つ。
Ωc = ∅
∅c = Ω
反射律 (Xc)c = X
ベキ等律 X ∩X = X
X ∪X = X
交換律 X ∩ Y = Y ∩X
X ∪ Y = Y ∪X
結合律 (X ∩ Y ) ∩ Z = X ∩ (Y ∩ Z)
(X ∪ Y ) ∪ Z = X ∪ (Y ∪ Z)
22 第 2章 集合と写像
分配律 (X ∩ Y ) ∪ Z = (X ∪ Z) ∩ (Y ∪ Z)
(X ∪ Y ) ∩ Z = (X ∩ Z) ∪ (Y ∩ Z)
吸収律 X ∩ (X ∪ Y ) = X
X ∪ (X ∩ Y ) = X
ド・モルガンの法則 (X ∩ Y )c = Xc ∪ Y c
(X ∪ Y )c = Xc ∩ Y c
問題 2.2 上の定理を証明せよ。
定理 2.4 X, Y, A を集合とするとき以下が成り立つ。
(1) X = (X ∩A) ∪ (X \ A)
(2) X \ A = (X ∪ A) \ A
(3) (X \ Y ) ∩ A = (X ∩A) \ (Y ∩A)
問題 2.3 上の定理を証明せよ。
2.1. 素朴集合論 23
第六講定義 2.8 集合の集まりを集合族と呼ぶ。
注意 例えば集合 X1, X2, . . . , Xn を集合のただの集まりと考えたときX1, X2, . . . , Xn を集合族という。この集まりをひとまとまりと考えたとき、X1, X2, . . . , Xn は集合2である。この場合、各集合 Xi は集合X1, X2, . . . , Xn の立場からは 一つの「もの」であって、もはや「ものの集まり」とは考えていない。
定義 2.9 X を集合とするとき X の部分集合全体からなる集合をP(X)
又は 2X で表し X のベキ ( 巾、冪 )集合という。
例 X = ∅ のとき P(∅) = ∅ である。( P(∅) = ∅ ではない。)
問題 2.4 X を n 個の要素からなる集合とするとき、P(X) は 2n 個の要素からなることを証明せよ。
定義 2.10 Λ を集合とし、その各要素 λ ∈ Λ に対し集合 Xλ が定まるとき、集合族 (Xλ)λ∈Λ を Λ によって添字づけられた集合族、Λ を添字集合という。
例 Λ = N ならば (Xλ)λ∈Λ とは X1, X2, . . . のことであり、Λ = R ならば (Xλ)λ∈Λ は . . . , X0, . . . , X 1
2
, . . . , X√2, . . . , X2, . . . , Xπ, . . . となる。
定義 2.11 n 個の集合 X1, . . . , Xn について、xi ∈ Xi を順番に並べたもの (x1, x2, . . . , xn) 全体の成す集合 (x1, x2, . . . , xn)| xi ∈ Xi をX1 ×
X2×· · ·×Xn 又はn∏
i=1
Xi で表し、X1, . . . , Xn の直積集合 といい、各 Xi
を直積因子という。また、各要素 (x1, . . . , xk, . . . , xn) ∈n∏
i=1
Xi についてxk ∈ Xk を k 成分又は k 座標とよぶ。
例 Λ = N のときにも同様に X1 × X2 × · · · × Xn × · · · =∞∏
i=1
Xi
:= (x1, x2, . . . , xn, . . .)| xi ∈ Xi (i ∈ N) で定義する。2教科書では集合の集まりは集合ではないことになっているが、本講では考える対象
を教科書より狭め、具体的な対象からなる集合のみを考えているので、集合を要素とする集合を考えても問題はない。
24 第 2章 集合と写像
定義 2.12 Λ を添字集合とする集合族 (Xλ)λ∈Λ について、∀λ∀λ′ λ 6=
λ′ ⇒ Xλ ∩Xλ′ = ∅ が成り立つとき、集合族 (Xλ)λ∈Λ は互いに素であるという。
定義 2.13 Λ を添字集合とする集合族 (Xλ)λ∈Λ について、
(1)⋂
λ∈Λ
Xλ := x | ∀λ ∈ Λ x ∈Xλ を (Xλ)λ∈Λ の共通部分という。
Λ = N のときは∞⋂
n=1
Xn と書くこともある。
(2)⋃
λ∈Λ
Xλ := x | ∃λ∈Λ x∈Xλ を (Xλ)λ∈Λ の和集合という。Λ = N
のときは∞⋃
n=1
Xn と書くこともある。特に (Xλ)λ∈Λ が互いに素であるとき、これを
⊔
λ∈Λ
Xλ または∐
λ∈Λ
Xλ と書き、(Xλ)λ∈Λ の直和集合という。
例 In = (− 1n
, 1 + 1n) とすると
∞⋂
n=1
In = [0, 1]、
In = [− 1n
, 1 + 1n] としても
∞⋂
n=1
In = [0, 1]。
Jn = ( 1n
, 1− 1n) とすると
∞⋃
n=2
Jn = (0, 1)、
Jn = [ 1n
, 1− 1n] についても
∞⋃
n=2
Jn = (0, 1)。
Kn = (n, +∞) とすると∞⋂
n=1
Kn = ∅ である。
問題 2.5 上を証明せよ。
定理 2.5 Λ を添字集合とする集合族 (Xλ)λ∈Λ とM を添字集合とする集合族 (Yµ)µ∈M について以下の分配律が成り立つ。
(1)
(
⋂
λ∈Λ
Xλ
)
∪
(
⋂
µ∈M
Yµ
)
=⋂
(λ,µ)∈Λ×M
(Xλ ∪ Yµ)
(2)
(
⋃
λ∈Λ
Xλ
)
∩
(
⋃
µ∈M
Yµ
)
=⋃
(λ,µ)∈Λ×M
(Xλ ∩ Yµ)
問題 2.6 上の定理を証明せよ。
2.1. 素朴集合論 25
また、直積についても次が成り立つ。
定理 2.6 集合族 (Xλ)λ∈Λ と 集合族 (Yµ)µ∈M について以下が成り立つ。
(1)
(
⋂
λ∈Λ
Xλ
)
×
(
⋂
µ∈M
Yµ
)
=⋂
(λ,µ)∈Λ×M
(Xλ × Yµ)
(2)
(
⋃
λ∈Λ
Xλ
)
×
(
⋃
µ∈M
Yµ
)
=⋃
(λ,µ)∈Λ×M
(Xλ × Yµ)
問題 2.7 上の定理を証明せよ。
定義 2.14 枠組みとなる全体集合 Ω を一つ固定し、扱う集合を全てその集合の部分集合に限るとき、集合族 (Xλ)λ∈Λ についても ∀λ ∈ Λ Xλ ⊂ Ω
となるもののみを考える。このようなとき、(Xλ)λ∈Λ を Ω の部分集合族とよぶ。
定理 2.7 Ω の部分集合族 (Xλ)λ∈Λ に対し以下のド・モルガンの法則が成り立つ。
(1)
(
⋂
λ∈Λ
Xλ
)c
=⋃
λ∈Λ
Xλc
(2)
(
⋃
λ∈Λ
Xλ
)c
=⋂
λ∈Λ
Xλc
問題 2.8 上の定理を証明せよ。
公理 ((可算)選択公理) N を添字集合とする任意の集合族 (Xi)i∈N について以下が成り立つ。
∀i Xi 6= ∅ =⇒∞∏
i=1
Xi 6= ∅ (i.e. ∃(x1, x2, . . .) ∈∞∏
i=1
Xi)
上記は一見当たり前のことのようだが、これが成り立つためには「全ての i ∈ N に対して一斉に xi ∈ Xi が選べる」ことが必要であり、これは決して明らかなことではない。実際証明不可能であるが、これを認めないと数学体系を構築していく上で非常に不便なので、一般には公理として認められている。
26 第 2章 集合と写像
第七講
2.2 写像定義 2.15 集合X から集合 Y への対応 Γ とは、各 x ∈ X に対し、Y
の部分集合 Γ(x) ⊂ Y を与える ( Γ(x) = ∅ の場合を含む ) 規則のこととする。このとき、X を対応 Γ の始集合、 Y を終集合といい、Γ(x) をx ∈ X の像という。また、Γ が X から Y への対応であることをしばしば Γ: X → Y で表す。
X ⊃ x | Γ(x) 6= ∅を D(Γ)と書いて対応 Γの定義域、Y ⊃ y | ∃x ∈
X y ∈ Γ(x)を R(Γ)と書いて値域という。X×Y ⊃ G(Γ) := (x, y) | x ∈
X, y ∈ Γ(x) を対応 Γ のグラフという。Γ を X から Y への対応とするとき、各 y ∈ Y に対して Γ−1(y) :=
x ∈ X | y ∈ Γ(x) とすると、これは Y から X への対応を定める。これを Γ−1 と書いて Γ の逆対応という。このとき Γ−1(y) を Γ による y
の原像又は逆像という。Y
AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA
R(Γ) G(Γ)
Γ(x)
Xx D(Γ)
Y
AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA
R(Γ) G(Γ)
y
XΓ−1(y) D(Γ)
2.2. 写像 27
集合 X から Y への対応 Γ について定義域 D(Γ) が X 全体で、各x ∈ X についてΓ(x) が唯一つの要素からなるとき、特に対応Γを写像とよぶ。 Y
R(Γ) G(Γ)
Γ(x)
X = D(Γ)x
写像は通常 f, g, h, . . . 等の記号で表し、x ∈ X の写像 f による像y = f(x) はただ y = f(x) と書き、写像 f は X の要素 x に対し Y の要素 y を定める規則と解釈される。その他の記号や用語については、対応の記号や用語をそのまま用いる。即ち、
定義 2.16 X, Y を集合とするとき X から Y への写像 f とは、各 x ∈ X
ごとに y ∈ Y を (唯一つ )対応させる規則のこととする。f が X から Y への写像であることは f : X → Y で表し、y = f(x) の
とき y を xの f による像という。(この場合 y は Y の部分集合ではなく要素である。)
また、X を f の定義域とよび、f(X) := y | ∃x ∈ X y = f(x) ⊂ Y
を f の値域とよぶ。逆対応 f−1 がやはり写像のときはf−1 を f の逆写像 とよぶ。
注意 y = f(x) と書く代わりに f : x 7→ y または
f : X → Y : x 7→ y
と書く場合もあり、本講義でもこの記法を使う。
注意 2写像とは、定義域 X 終集合 Y と、X の各要素に Y の要素を対応させる規則 f、の三つを合わせた概念であり、X や Y を定めずに f のみを定めることは出来ない。
定義 2.17 終集合が数 ( R や C ) である写像のことを特に関数という。関数 y = f(x) については、x を変数、y を値とよぶ。
28 第 2章 集合と写像
定義 2.18 X, Y を集合とするとき、X から Y へ写像全体の集合を Y X
と書く。
定理 2.8 X が m 個の要素からなり、Y が n 個の要素からなるとき Y X
は nm 個の要素からなる。
問題 2.9 上の定理を証明せよ。
定義 2.19 二つの写像 f : X → Y, g : Y → Z に対して、(g f)(x) :=
g(f(x)) によって定義される写像、g f : X → Z を f と g の合成写像とよぶ。
定理 2.9 (結合律) 三つの写像 f : X → Y, g : Y → Z, h : Z → W に対して、
(h g) f = h (g f) : X →W
が成り立つ。
問題 2.10 上の定理を証明せよ。
定義 2.20 f : X → Y を写像とする。
(1) x1 6= x2 ⇒ f(x1) 6= f(x2) であるとき、f は単射であるという。
(2) ∀y∈Y ∃x∈X y = f(x) が成り立つとき f は全射であるという。
(3) f が全射かつ単射であるとき、f は全単射であるという。
定理 2.10 f : X → Y が全単射であることは f の逆写像 f−1 : Y → X
が存在するための必要十分条件である。
問題 2.11 上の定理を証明せよ。
2.2. 写像 29
第八講定義 2.21 集合 X からそれ自身への写像 f : X → X で
∀x ∈ X f(x) = x
を満たすものを idX で表し、X の上の恒等写像とよぶ。
定義 2.22 X, Y を集合としX ⊂ Y とする。このとき、X から Y への写像 ι で ι(x) = x で定義されるもの ( 左辺の括弧内の x は X の要素とのみ考え Y の要素とは考えておらず、右辺の x については、X が Y の部分集合であることから Y の要素と考えている。) を ι : X → Y で表し、X の Y への包含写像という。
定義 2.23 f : X → Y を写像とし A ⊂ X とするとき、A から Y への写像 g で ∀x ∈ A g(x) = f(x) となるものを f |A で表し、f の A への制限とよぶ。逆に、写像 f : A → Y と集合 X ⊃ A について、写像 g : X → Y で
f = g|A となるものを f の拡張とよぶ。
注意 前回注意した様に、写像とは、定義域 X 終集合 Y と、X の各要素に Y の要素を対応させる規則 f、 の三つを合わせた概念なので、上で定義した idX と ι や f と f |A 等は写像としては異なるものである。
定義 2.24 (Xi)i∈I を (I = 1, 2, . . . , nまたは N で )添字づけられた集合族とするとき、Prk :
∏
i∈I
Xi → Xk : (x1, . . . , xk, . . .) 7→ xk ( k ∈ I ) を、
Xk への射影という。
定義 2.25 f : X → Y を写像とする。
(1) B ⊂ Y に対して、f−1(B) := x ∈ X | f(x) ∈ B を f による B
の逆像という。
(2) y ∈ Y に対して、f−1(y) := f−1(y) を f による y の逆像という( この定義は対応における逆像と同じ )。
30 第 2章 集合と写像
注意 f による y ∈ Y の逆像と、f の逆写像 f−1 によって y が対応する X の要素は、同じ記号 f−1(y) で表されるが、両者は全く異なる概念であるので文脈からどちらであるか注意して判断すること。特に、前者は X の部分集合であり (空集合である場合を含めて )必ず存在する
が、後者はX の要素であり f−1 が存在するときのみ意味をもつ概念である。
定理 2.11 f : X → Y を写像とし、(Aλ)λ∈Λ を X の部分集合族、(Cµ)µ∈M
を Y の部分集合族とする。このとき以下が成り立つ。
(1) f(⋂
λ∈Λ
Aλ) ⊂⋂
λ∈Λ
f(Aλ)
(2) f(⋃
λ∈Λ
Aλ) =⋃
λ∈Λ
f(Aλ)
(3) f−1(⋂
µ∈M
Cµ) =⋂
µ∈M
f−1(Cµ)
(4) f−1(⋃
µ∈M
Cµ) =⋃
µ∈M
f−1(Cµ)
問題 2.12 上の定理を証明せよ。
問題 2.13 上記 (1) で実際に等号が成り立たない例をあげよ。
定理 2.12 f : X → Y を写像とし、A ⊂ X かつ C ⊂ Y とする。このとき以下が成り立つ。
(1) f(X \A) ⊃ f(X) \ f(A)
(2) f−1(Y \ C) = X \ f−1(C)
(3) f−1(f(A)) ⊃ A
(4) f(f−1(C)) ⊂ C
問題 2.14 上記の定理を証明せよ。
問題 2.15 上記の (1) (3) (4) で実際に等号の成り立たない例をあげよ。
2.2. 写像 31
定理 2.13 写像 f : X → Y について以下が成り立つ。
左逆写像 の存在
f が単射⇐⇒ ∃g : Y → X s.t. g f = idX
右逆写像 の存在
f が全射⇐⇒ ∃g : Y → X s.t. f g = idY
( s.t.= such that の略。so that の継続用法の代わりに使われる。“∼ s.t.
· · · ” で 「· · · のような ∼」 )
問題 2.16 上の定理を証明せよ。
これより以下が従う。
定理 2.14 写像 f : X → Y について以下は同値である。
(1) f が逆写像を持つ。
(2) ∃g : Y → X s.t. g f = idX かつ f g = idY
( この g が f−1 。)
32 第 2章 集合と写像
第九講
2.3 濃度定義 2.26 集合 X の要素の数が有限のとき X は有限集合であるといい、無限のとき X は無限集合であるという。X が有限集合のとき、その要素の数を ♯X で表す。無限集合のときは ♯X =∞ と書く。
定義 2.27 二つの集合 X, Y について、X から Y への写像で単射であるものが存在するとき、X の濃度は Y の濃度以下である、或は、Y の濃度は X の濃度以上であるという。更に全単射であるものが存在するとき、X の濃度と Y の濃度は等しいという。
例 N の濃度と Q の濃度は等しい。
問題 2.17 上の例を証明せよ。
定義 2.28 X の濃度が Y の濃度以下であり、X から Y への全射が存在しないとき、X の濃度は Y の濃度より小さい、或は、Y の濃度はX の濃度より大きいという。
例 N の濃度は R の濃度より小さい。
問題 2.18 上の例を証明せよ。
定理 2.15 (カントール・ベルンシュタインの定理) 二つの集合 X, Y について、X から Y への単射と Y から X への単射が存在すれば、X から Y への全単射が存在する。( 即ち X の濃度が Y の濃度以下かつ以上ならば、X と Y の濃度は等しい。 )
証明 二つの写像 f : X → Y と g : Y → X がそれぞれ単射であるとする。どちらかが全射ならば結論は定義どうりなので、どちらも全射ではないと仮定する。( 即ち f(X) 6= Y かつ g(Y ) 6= X と仮定する。 )
先ず X0 = X \ g(Y ) とおくと、仮定よりX0 6= ∅。以下帰納的に Y1 =
f(X0), X1 = g(Y1), Y2 = f(X1), X2 = g(Y2), . . . とおく。X1 ⊂ g(Y ) なのでX0 ∩X1 = ∅ である。よって f が単射であることより Y1 ∩ Y2 = ∅
以下帰納的に
∅ 6= Xn ⊂ X \ (X0 ⊔X1 ⊔ · · · ⊔Xn−1)
2.3. 濃度 33
及び∅ 6= Yn ⊂ Y \ (Y1 ⊔ Y2 ⊔ · · · ⊔ Yn−1)
がいえる。従って X0, X1, . . . と Y1, Y2, . . . はそれぞれ互いに素な集合族である。M =
∞⊔
i=0
Xi とおき h : X → Y を以下の様に定める。
h(x) =
f(x) ( x ∈ M のとき)
g−1(x) ( x ∈ X \M のとき)
( x ∈ X \M のときは x 6∈ X0 i.e. x ∈ g(Y )、 かつ g は単射なのでg−1(x) が定まる。 )
M の定義より g−1(X \M) ∩∞⊔
i=1
Yi = g−1(X \M) ∩ f(M) = ∅。 よって h は単射である。更に、y 6∈ f(M) ならば M の定義より g(y) 6∈ M 即ち ∃x ∈ X \ M
g−1(x) = y が成り立つので全射でもある。
g(Y )
XX0 X1
Y1 Y2Y
f(X)
定義 2.29 N の濃度を可算濃度とよび、ℵ0 で表す。R の濃度を連続濃度とよび、ℵ で表す。
定義 2.30 集合 X が無限集合のときその濃度を card X で表す。集合 X の濃度が可算濃度以下のとき、 X は高々可算であるという。
可算濃度 ( 即ち card X = ℵ0 ) のとき、X は可算であるという。X の濃度が可算より大きいとき、 X は非可算であるという。
Rn の濃度はやはり連続濃度であるが、連続濃度より大きな濃度の集合も当然存在する。
例 集合 X のベキ集合 P(X) の濃度は X の濃度より大きい。
34 第 2章 集合と写像
問題 2.19 上の例を証明せよ。
集合族 (Xλ)λ∈Λ について添字集合 Λ が非可算集合ならば、直積集合∏
λ∈Λ
Xλ を∏
λ∈Λ
Xλ = (xλ1, xλ2
, , . . .) | xλi∈ Xλi
によって定義することは出来ない。( Λ の要素を λ1, λ2, . . . という具合に順番に並べることが出来たら、Λ は可算集合である。) そこで他の方法で定義する必要があるのだが、Λ が有限又は可算集合のとき、各添字 λ に対して λ 成分 xλ が対応していたことを土台にして以下の様に、Λ からXλ 達への写像の集合として直積を定義する。
定義 2.31 (一般の直積)
∏
λ∈Λ
Xλ :=
ϕ : Λ→⋃
λ∈Λ
Xλ
∣
∣ ∀λ ∈ Λ ϕ(λ) ∈ Xλ
問題 2.20 Λ が有限集合又は可算集合のとき、上の定義は以前の定義と同一視できることを示せ。
Λ が非可算集合のときは、以下が証明不可能であることは納得がいくであろう。( 全ての λ ∈ Λ について xλ を一斉に決められないどころか、各 λ について帰納的に順番に決めてゆくことすら出来ない。 )
公理 (選択公理)
∀λ ∈ Λ Xλ 6= ∅ =⇒∏
λ∈Λ
Xλ 6= ∅
35
第3章 構造の入った集合
第十講
3.1 群定義 3.1 集合 G について写像G ×G → G : (g1, g2) 7→ g1g2 が定まっていて以下を満たすとき、この写像を積とよびG はこの積に関して群を成す、或はただ単に G は群であるという。
単位元の存在 G の任意の元 g に対して ge = eg = g となる特別な元e ∈ G が存在する。この e を群 G の単位元とよぶ。
逆元の存在 G の任意の元 g に対して gg′ = g′g = e となる元 g′ ∈ G が各 g ごとに存在する。この g′ を g−1 であらわし g の逆元とよぶ。
結合律 G における積は結合法則 (g1g2)g3 = g1(g2g3) を満たす。
定理 3.1 単位元 e 及び各 g に対する逆元 g−1 は、存在するならば唯一つである。
問題 3.1 上の定理を証明せよ。
例
(1) 整数の集合 Z は通常の足し算 + に関して群を成す。単位元は 0、n の逆元は −n である。
(2) 三文字の置換全体の集合
S3 :=
σ∣
∣ σ : 1, 2, 3 → 1, 2, 3, :全単射
は写像の合成 (置換の積 ) στ = σ τ を積として群をなす。単位
元は単位置換 ε
(
=
(
1 2 3
1 2 3
))
であり、逆元は逆置換である。S3
を 3次の対称群とよぶ。
注意 各置換 σ は写像即ち集合 1, 2, 3からそれ自身への対応であるが、それらの集合 S3 を考えるということは、各置換を ( それが対応であることをいったん忘れて )単にものと考えているということである。
36 第 3章 構造の入った集合
問題 3.2 上の例が実際に群の定義を満たすことを確かめよ。
以下では便宜上 S3 の元を以下の様に書く。
σ1 = ε, σ2 =
(
1 2 3
2 3 1
)
, σ3 =
(
1 2 3
3 1 2
)
, σ4 =
(
1 2 3
1 3 2
)
,
σ5 =
(
1 2 3
3 2 1
)
, σ6 =
(
1 2 3
2 1 3
)
定義 3.2 集合 G がある積に関して群であるとする。G の部分集合 H が同じ積に関してやはり群であるとき、(即ち e ∈ H、h ∈ H ⇒ h−1 ∈ H、h1, h2 ∈ H ⇒ h1h2 ∈ H であるとき ) H は G の部分群であるという。
例
(1) n を自然数とするときnZ := nk | k ∈ Z ( n の倍数の集合 ) は通常の足し算に関して Z の部分群である。
(2)
S3 ⊃ A3 := σ1, σ2, σ3
は S3 の部分群である。A3 を 3次の交代群という。 σ1, σ4 、 σ1, σ5 、 σ1, σ6 、 σ1 も夫々 S3 の部分群である。
問題 3.3 上の例が実際に部分群になっていることを確かめよ。
以下では、群 G の部分集合 H, I と G の元 g, g′ について、gH :=
gh | h ∈ H 、Hg′ := hg′ | h ∈ H 、gHg′ := ghg′ | h ∈ H
HI := hi | h ∈ H, i ∈ I と書くことにする。
問題 3.4 H が G の部分群ならば HH = H が成り立つことを示せ。
定理 3.2 H を群 G の部分群とする。g1 ∈ G \H とすると H ∩ g1H = ∅
である。更に g2 ∈ G\(H⊔g1H)とすると g2H∩(H⊔g1H) = ∅である。以下同様に、gn ∈ G\(H⊔· · ·⊔gn−1H)ならば、gnH∩(H⊔· · ·⊔gn−1H) = ∅
となる。また、H が有限群 (元の数が有限な群 ) ならば、各 n について♯(gnH) = ♯H が成り立つ。特に G が有限群の場合は、 ♯H は ♯G の約数である。
3.1. 群 37
証明 h ∈ H∩g1H となる h が存在したとする。このとき、h ∈ g1H よりh = g1h1 となる h1 ∈ H が存在することになる。従って g1 = hh1
−1 ∈ H
となり仮定に反する。更に、h ∈ g2H ∩ (H ⊔ g1H) とすると上記より h ∈ g1H。よってある
h1, h2 ∈ H があってh = g1h1 = g2h2 が成り立つ。従ってg2 = g1(h1h−12 ) ∈
g1H となり仮定に反する。以下帰納的に結論が得られる。また、写像 fgn
: H → gnH : h 7→ gnh は全単射 (逆写像は fg−1n
: gnH →
H ) なので ♯H が有限ならば ♯H = ♯(gnH) である。最後の結論は ♯G が有限ならば上の操作は有限回で終わり、 G = H ⊔
g1H ⊔ g2H ⊔ · · · ⊔ gnH と分解できることより得られる。
定義 3.3 上記の各 gkH 及び H を、G を H で割った左剰余類とよぶ。(同様に右剰余類も定義される。)
定義 3.4 G が群のとき、♯G を G の位数と呼ぶ。
定理 3.3 G を群とし、H をその部分群とするとき、G を H で割った剰余類への分解G =
⊔
λ∈Λ
gλH は一通りである。
証明 ある λ について g ∈ gλH とすると g = gλhg となる hg ∈ H が存在する。従って gλH = gh−1
g H と書けるが、fh−1g
: H → H : h 7→ h−1g h は
全単射なので h−1g H = H。従って gλH = gh−1
g H = gH となり結論が得られる。
定義 3.5 G が群で H がその部分群であるとする。G が有限個の剰余類への分解出来るとき、その剰余類の数を G における H の指数と呼び[G : H ] で表す。i.e. G = H ⊔ g1H ⊔ · · · ⊔ gnH ならば [G : H ] = n + 1。
問題 3.5 A3 及び、 σ1, σ4 、 σ1, σ5 、 σ1, σ6 の各 S3 の部分群について S3 を剰余類に分解せよ。
定義 3.6 H を群 G の部分群とする。G の任意の元 g に対し gH = Hg
(⇔ gHg−1 = H) が成り立つとき、H は G の正規部分群であるといいG ⊲ H と書く。
例 A3 は S3 の正規部分群である。
問題 3.6 上の例を確かめよ。
38 第 3章 構造の入った集合
定理 3.4 G を群とし H をその正規部分群とする。このときG の H による剰余類の集合 H, g1H, . . . , gnH, . . . は積 (giH)(gjH) に関して群を成す。
証明 先ず剰余類の積が剰余類になっていることを示す。HH = H は練習問題で示した。また、G における結合律と H が正規
部分群であることより
(giH)(gjH) = ((giH)gj)H (Gにおける結合律)
= (gi(Hgj))H (Gにおける結合律)
= (gi(gjH)H) (Hは正規部分群)
= ((gigj)H)H (Gにおける結合律)
= (gigj)(HH) (Gにおける結合律)
= (gigj)H
である。この積が群の定義を満たすことを以下で示す。
単位元の存在 任意の g ∈ G について
H(gH) = (Hg)H (Gにおける結合律)
= (gH)H (Hは正規部分群)
= g(HH) (Gにおける結合律)
= gH
(gH)H = gH も明らかなので、 H はこの積の単位元である。
逆元の存在 任意の g ∈ G について
(gH)(g−1H) = (gHg−1)H (Gにおける結合律)
= (gg−1H)H (Hは正規部分群)
= eHH (Gにおける結合律)
= H
(g−1H)(gH) = H も同様に示せるので、g−1H は剰余類 gH の逆元(gH)−1 である。
3.1. 群 39
結合律 任意の g, g′, g” ∈ G について
((gH)(g′H)) (g”H) = (gH) ((g′H)(g”H))
が成り立つことは、G における結合律から明らか。
例 S3 において A3 は正規部分群なので、剰余類の集合 A3, σ4A3 は群を成す。
問題 3.7 上記のことを確かめよ。
定義 3.7 H を 群 G の正規部分群とするとき、上記の様にして定まる群をG/H と書いて G を H で割った商群又は剰余(類)群とよぶ。
例 上記の例は S3/A3 と書かれる。
注意 商群 G/H においては、各 giH はそれぞれ一つのものととらえられており、もはやG の部分集合とは考えていない。
40 第 3章 構造の入った集合
第十一講
3.2 同値関係定義 3.8 X を集合とするとき、x1, x2 ∈ X を変数とする二変数命題関数R(x1, x2) を集合 X 上の (二項 )関係と呼ぶ。集合 X 上の関係 R(x1, x2) が与えられているとき、a, b ∈ X について
R(a, b) が真であることを特に
a ∼ b ( 又は a ∼ b (R) )
と表し a と b は R の関係にあるといい、R(a, b) が偽であることを特に
a 6∼ b ( 又は a 6∼ b (R) )
で表し a と b は R の関係にないという。
定義 3.9 集合 X 上の関係 ∼ が以下の条件を満たすとき、特に ∼ は同値関係であるという。
反射律 ∀a ∈ X a ∼ a
対称律 a ∼ b ならば b ∼ a
推移律 「a ∼ b かつ b ∼ c」 ならば a ∼ c
例 G を群とし H をその部分群とするとき、g, g′ ∈ G に対し g ∼ g′ を∃h∈H g = g′h で定義するとこれは同値関係になる。
問題 3.8 上の例が実際に同値関係になっていることを確かめよ。
定義 3.10 集合 X 上に同値関係 ∼ が定められているとする。このとき、各 a ∈ X に対してC(a) := x ∈ X | a ∼ x を同値関係 ∼ による a の同値類とよぶ。
定理 3.5 集合 X 上に同値関係 ∼ が定められているとき、この同値関係による同値類について以下が成り立つ。
(1) a ∈ C(a)
3.2. 同値関係 41
(2) a ∼ b⇒ C(a) = C(b)
(3) C(a) 6= C(b)⇒ C(a) ∩ C(b) = ∅
問題 3.9 上の定理を証明せよ。
例 G を群とし H をその部分群とするとき、前に定めた同値関係による同値類は G を H で割った剰余類 gH ( g ∈ G ) である。
問題 3.10 上のことを証明せよ。
定理 3.6 逆に、集合 X が互いに素な部分集合の和に分解されている( X =
⊔
λ∈Λ
Xλ ) ならば、「a ∼ bdef⇐⇒ ∃λ a ∈ Xλ かつ b ∈ Xλ」とする
と ∼ は X の上の同値関係になる。
問題 3.11 上の定理を証明せよ。
定義 3.11 集合 X 上に同値関係が定められているとき、X を同値類の直和に分解する (X =
⊔
λ∈Λ
Cλ) ことを X を同値類別するという。
定義 3.12 集合 X の上に同値関係が定められ X が同値類別されているとき、各同値類 Cλ の元 aλ ∈ Cλ を同値類 Cλ の代表元とよび、各同値類から代表元を一つづつ選んで出来る集合 aλ をこの同値類別の完全代表系とよぶ。
定義 3.13 集合 X 上に同値関係 ∼ が定められているとき、∼ による同値類の集合 C(a) | a ∈ X を商集合とよび X/∼ で表す。
例 G を群とし G ⊲ H とするとき、商群G/H は前述の同値関係による商集合に G の群構造から自然に定まる群構造を定めたものである。
定義 3.14 集合 X 上に同値関係 ∼ が定められているとき、写像
π : X → X/∼ : a 7→ C(a)
を標準的写像または商射とよぶ。
例 G が群で G ⊲ H のとき標準的写像 π : G→ G/H : g 7→ gH は全準同形である。
42 第 3章 構造の入った集合
第十二講
3.3 R2 の位相定義 3.15 R2 の二点 P (x, y), Q(x′, y′) についてその距離 d(P, Q) を
d(P, Q) :=√
(x− x′)2 + (y − y′)2
によって定義する。また、点 P ∈ R2 と ε > 0 に対し
Vε(P ) := Q ∈ R2 | d(P, Q) < ε
を P の ε 近傍とよぶ。
定義 3.16 「R2 の点列 P1, P2, P3, . . . が点 P に収束する」ということを
∀ε>0 ∃N (n ≥ N⇒ d(P, Pn)<ε)
によって定義し、Pn → P (n→∞) または limn→∞
Pn = P で表す。
注意 上の定義は
∀ε>0 ∃N (n ≥ N⇒ Pn∈Vε(P ))
と同じである。
定義 3.17 S ⊂ R2 とする。
∀P ∈ S ∃ε>0 Vε(P )⊂S
が成り立つとき、S は ( R2の )開集合であるという。また、(
P1, P2, . . . ∈Sかつ limn→∞
Pn =P)
=⇒ P ∈S
のとき、S は ( R2の ) 閉集合であるという。
注意 定義より R2 及び ∅ は開集合かつ閉集合である。
3.3. R2 の位相 43
定理 3.7 (Oλ)λ∈Λ が開集合の族ならば⋃
λ∈Λ
Oλ も開集合である。また、
O1, O2 が開集合ならば O1 ∩O2 も開集合である。
問題 3.12 上の定理を証明せよ。また、無限個の開集合の族 (Oλ)λ∈Λ で⋂
λ∈Λ
Oλ が開集合にならない例をあげよ。
定理 3.8 O ⊂ R2 が開集合ならば Oc は閉集合である。また、F ⊂ R2 が閉集合ならば F c は開集合である。
問題 3.13 上の定理を証明せよ。
定理 3.9 (Fλ)λ∈Λ が閉集合の族ならば⋂
λ∈Λ
Fλ も閉集合である。また、
F1, F2 が閉集合ならば F1 ∪ F2 も閉集合である。
問題 3.14 上の定理を証明せよ。また、無限個の閉集合の族 (Fλ)λ∈Λ で⋃
λ∈Λ
Fλ が閉集合にならない例をあげよ。
定義 3.18 ϕ : R2 → R2 とし P ∈ R2 とする。このとき、
∀ε>0 ∃δ>0 ϕ (Vδ(P )) ⊂ Vε (ϕ(P ))
が成り立つならば、ϕ は点 P で連続であるという。
定理 3.10 ϕ : R2 → R2が点 P で連続⇐⇒ limn→∞
Pn = P となる任意の点列 Pn について lim
n→∞ϕ(Pn) = ϕ(P )
問題 3.15 上の定理を証明せよ。
定義 3.19 ϕ : R2 → R2 がR2 の全ての点で連続であるとき、ϕ は連続写像であるという。
定理 3.11 ϕ : R2 → R2が連続写像である⇐⇒任意の開集合O についてϕ−1(O)は開集合。
問題 3.16 上の定理を証明せよ。
定理 3.12 ϕ : R2 → R2が連続写像である⇐⇒任意の閉集合 F についてϕ−1(F )は閉集合。
44 第 3章 構造の入った集合
問題 3.17 上の定理を証明せよ。
定義 3.20 M ⊂ R2とする。O ⊂ M について、O = M ∩ O となる R2
の開集合 O が存在するとき、O は M の開集合であるという。また、F ⊂M について、F = M ∩F となる R2 の閉集合 F が存在す
るとき、F は M の閉集合であるという。
定義 3.21 M ⊂ R2について、M の開集合 O1, O2 が M = O1 ∪ O2かつO1 ∩ O2 = ∅ を満たすならば、O1 = ∅または O2 = ∅ であるとき、M は連結であるという。
定理 3.13 ϕ : R2 → R2を連続写像とする。このときM ⊂ R2が連結ならば ϕ(M)も連結である。
問題 3.18 上の定理を証明せよ。
定義 3.22 M ⊂ R2 とする。P1, P2, P3, . . . ∈ M かつ ∀n Pn 6= P で、lim
n→∞Pn = P となるものがあるとき、P は M の集積点であるという。
定義 3.23 M ⊂ R2 について以下が成り立つとき、M は点列コンパクトであるという。「任意の P1, P2, P3, . . . ∈M が M 内に集積点を持つ。即ち、点列 Pnの部分点列Pn1
, Pn2, . . . (i.e.各Pni
はP1, P2, . . .のどれかで limi→∞
ni =∞ )でlimi→∞
PniがM の要素であるものがある。」
定理 3.14 M ⊂ R2が有界な閉集合⇐⇒ M は点列コンパクト
問題 3.19 上の定理を証明せよ。
定理 3.15 M ⊂ R2が点列コンパクトであることと以下のことは同値である。「開集合の族 (Oλ)λ∈ΛがM ⊂
⋃
λ∈Λ
Oλ を満たすならば、(Oλ)λ∈Λ から有限
個のOλ1, Oλ2
, . . . , Oλnを選んで、M ⊂ Oλ1
∪Oλ2∪ · · · ∪Oλn
とできる。」(通常この性質をコンパクト性とよぶ。)
問題 3.20 上の定理を証明せよ。
45
第4章 付録
4.1 無限次元ベクトル空間定義 4.1 H を実 (複素)ベクトル空間とする。写像
(·, ·) : H ×H → R (H ×H → C)
は次の性質を満たすとき H の内積とよばれる。
(1) 任意の u, v ∈ H について (u, v) = (v, u) ((u, v) = (v, u))
(2) 任意の u1, u2, v ∈ H について (u1 + u2, v) = (u1, v) + (u2, v)
(3) 任意の u, v ∈ H と c ∈ R (c ∈ C)について (cu, v) = c(u, v) = (u, cv)
((cu, v) = c(u, v) = (u, cu))
(4) u ∈ H について (u, u) ≥ 0 かつ (u, u) = 0⇔ u = 0
(·, ·)を H の内積とするとき、‖u‖ :=√
(u, u)を u ∈ H のノルムとよぶ。
定義 4.2 内積の定義されたベクトル空間H の任意のコーシー列が収束する(共にノルムを用いて定義される)ときH はヒルベルト空間であるという。
定義 4.3 無限次元ヒルベルト空間のベクトルの列 (un)∞n=1 によって任意
のベクトル u ∈ H を以下の様に表せるとき、このベクトル列は完全系であるという:
u =∞∑
n=1
cnun ( cn ∈ R (又はC) )
以上の様に、無限次元のベクトル空間においてベクトル列の収束や、基底より更に良い性質を持った集合 (完全系)を考えることが出来る。更には無限次元ベクトル空間の間の線形写像も考えることが出来、有限次元の場合と類似の性質も成り立つ。
46 第 4章 付録
このような無限次元ベクトル空間の性質を扱う理論が関数解析である。下記は関数解析の理論と応用を、個別のトピックの細部まで深入りせ
ずに概観できる良い入門書であろう。
堀内利郎・下村勝孝 共著「関数解析の基礎 ∞次元の微積分」内田老鶴圃
4.2 実数の中の有理数定理 4.1 実数は殆ど全て無理数である。
証明 有理数は可算集合、即ち全ての有理数に番号付けが出来る。ある番号付けが与えられているとして、n (n ∈ N) 番目の有理数を r(n) で表すことにする。任意の ε > 0 に対して閉区間 In = [r(n)− εn, r(n) + εn] を定めると、当
然Q ⊂∞⋃
n=1
In が成り立つ。ここで、右辺の集合の各 In の長さは 2εn な
ので集合全体の長さは∞∑
n=1
2εn =2ε
1− ε以下、特に有限である。ε > 0 が
いくら小さくても以上の議論は成り立つので、Q の「長さ」は 0 でなければならない。しかし実数全体の長さは無限大なので、殆ど全ての実数は無理数でなければならない。
注意 上で「長さ」と書いたものは正確にはルベーグ測度とよばれる。
上記の様に、区間以外の集合についての「長さ」や長方形や円等の単純な集合以外についての「面積」を考えるには、測度論とよばれる理論が必要である。どのようにしてルベーグ測度の概念にたどり着くか、歴史をふまえて
丁寧に解説してある面白い本として以下を一読することを勧める。
新井仁之 著「ルベーグ積分講義 — ルベーグ積分と面積 0の不思議な図形たち」日本評論社
この本ではサブタイトルになっているような奇妙な図形以外にも、逆に「面積が正の曲線」の例が載っていたりする。